彼女が消えた理由。
作者 / 朝倉疾風

第3部 第1章『その日、彼女が泣いた夜』1
蓮奈さんが殺されて、1週間が経った。
「被害者、園松蓮奈さんは喉を刃物で引き裂かれて死亡。 争った痕跡も無し。 凶器も、目撃者も無し。 第一発見者である甥のミユキさんは話を聞ける状態ではない……と」
いま、目の前で珈琲を飲んでいる男に、無性に苛立っている。
「んで、幼なじみであるあなたが倒れてあるミユキさんと、死体になった蓮奈さんを見つけた……と」
「はい。 警察側から聞きましたが、死後3日ほど経っていたそうで」
「ミユキさんが学校を無断欠席しているから、心配になって家をたずねた……そういうことっすか」
「はい」
茶髪で、スーツを着こなしているホスト風の男。
刑事ですと手帳を見せられなかったら、完全に警戒していた。
「ミユキさんはいまどこに?」
「奥の部屋で寝ています。 ……起こさないでくださいね。 面倒なんで」
病院で目を覚ましたミユキは、なぜか必死で俺を呼んだ。 俺の家で眠りたいと医者に頼みこみ、それ以来ずっと俺のベッドから離れない。
ずっと、ずっと。
「いま平日の昼間なんですが……起きてないんですか?」
「ショックを受けたらしくて。 もともと、血とか怖がる性格だから」
「ただの幼なじみに、あなたも学校を休んでまでつきっきりですね」
くどいな。 コイツ絶対性格悪いだろ。
少し呼吸を整える。 あまり、いい関係じゃないから。 俺とミユキのことを語るには。
「知ってるんでしょ。 俺とミユキのこと」
「はい。 うちの上司がお二人の事件を覚えていて。 10年前でしたよね。 俺はあんま知らないんだけど」
同情してくる奴も嫌いだけど、無神経に逆なでしてくる奴も好きじゃない。
「安西さん、でしたっけ」
「安藤です。 安藤恵登。 あ、ケイトって字は、恵みに登る、です」
聞いてないし。
「安藤さん。 ミユキにこれ以上何か話を聞くのはやめてください。 ただでさえあの子は参ってるんですから」
「過保護だね、陽忍千尋クンは」
まるで挑発しているような口調。 蓮奈さんと若干似ている。
「まあ、ここに俺の番号書いておくんで。 なんかあったら連絡してください」
「俺たちはいままでどおり暮らしていきます」
安藤さんが立ち止まる。
テーブルに置かれた名刺を凝視して、続ける。
「ミユキにとっての世界をこれ以上壊したくないし、俺は彼女を一番に考えてます。 彼女が望むのなら、ここから一歩も出ずに、ずっと一緒にいようとも思ってます」
病んでると思われたって構わない。 だって病んでるのは事実だから。
俺は自分で病んでるという自覚があるから、まだ、大丈夫だ。
安藤さんは頬笑みを崩さずに振り返り、
「ロマンチックですけど、ここは現実世界なんで」
そう吐き捨て、玄関のほうへさっさと行ってしまった。
彼が出て行く音がして、ホッと息をつく。
「現実世界……」
わかってる。 蓮奈さんが殺されたここが本当の、現実だ。
夢じゃない。
あの人が殺された。
夢じゃない。
蓮奈さんが死んだこの世界が、
「ちひろ……」
コトッと音がして、そちらを向く。
ミユキが虚ろな目でこちらを見ていた。
「ミユキ、大丈夫か?」
「ん……ち、ひろ……。 おなか、すい、た……」
小さく口を開けて、幼い子どものようにねだってくる。
「たべさせて……?」
母親に依存しきっていた彼女は、本当に何もできない、生まれたばかりの赤子に等しかった。

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