彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第2部 『傷が抉られ、身が弾けて』1
夏休みが始まって2週間が経った。
俺、陽忍千尋。
ただいま入院中なう。
「しっかしなんだね。 いきなり電話がかかってきて何事かと思ったけど。 なんでアイス買いに行って入院なわけ。 行動に脈略がほしいわ」
「いやそれ俺に言うな。 いきなり襲撃してきた奴に言え」
ため息混じりの蓮奈さんが、病室のパイプ椅子に座って苦笑している。
ミユキはアイスを舐めながら、無言で退屈そうだ。
「警察に言わんでええわけ?」
「────おもしろおかしくされるから、いい。 犯人はわかってるし」
「ありゃ。 誰さ」
答えようと息を吸うと、
「千尋の兄さんだった」
変わりにミユキが答えてくれた。
吸った息は言葉にならず、二酸化炭素として吐き出される。
「兄さん……アンタ、兄貴なんていたっけ」
「年は離れてるけど、いる」
「へえ。 アンタの兄貴ねえ。 見たことないな。 似てるの?」
似てる……だろうか。
俺は母親似だけど、兄は父親似だったと思う。
どうだったかな。 10年間まともに会ってないから、わからない。
「どうだろう。 性格は似てるって言われたかな」
「最悪の性悪だ。 わたしはコイツより、あっちのほうが嫌いかも」
ミユキが感情的に兄への怒りをあらわにする。
兄。 俺の、おにーさま。
名前は、五鈴。
五鈴と書いて、「いすず」 と読む。
俺と10歳ほど年が離れていて、両親と本気で仲が悪かった。
高校生になって、自分でバイトしながら独り暮らししてた、そんな兄。
両親の葬式のとき、顔は見せていた。
「性格が腐ってんのかぁ」
「俺が言うのもアレだけど、性格悪い」
「───自覚はあったんだ、千尋も」
俺が自覚ナシでミユキを苛めているとでも思ったか。
「んで、なんで兄貴はアンタの足の骨を折ったの?」
「俺が知りたいわ、ンなもん」
全治2週間だと言われた。 リハビリ込で、夏休みは完全に病院通いだ。 ちくしょう。
だけど、あの兄貴がここに戻ってくるなんて……ありえない。
「なんか、変な胸騒ぎがする」
「おー漫画みたいじゃん。 ワクワクするよ、アタシ」
「俺のこういう胸騒ぎは、よくあたるんだよ」
ざわざわと。
心の波紋が揺らいで、焦りを掻き立てる。
この感覚は……10年前にも体験した。
「嫌いだな。 そういう予期不安」
ミユキが、舐め終わったアイスの棒を、ごみ箱に捨てる。
噛まないのかと、自分の癖が他人の癖ではないことを知る。
「千尋のはよくあたるもの」

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