彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第5章 『彼女が消えた理由』5



        ──「彼女」が消えて、残ったのは
     
                偽りのキミだった。



──彼女が消えた理由。

それは、陽忍千尋がヒロカを愛していたから。

──彼女が消えた理由。

それは、陽忍千尋がヒロカを求めていたから。

──彼女が消えた理由。

それは、陽忍千尋が現実を受け入れなかったから。



それだけ。
それだけの、理由。










一人の少女がアパートから降りてくる。

年齢は中学生くらい。 顔立ちは整っていて品があるのに、短い髪がどこか男の子のようだった。

部活に行くのか、背中にはバドミントンのラケットを入れた袋を吊るしている。
アパートの1階にある自転車置き場へ行き、ロックしていた鍵をあけて自転車に乗ったところで、

「陽忍美雪さん?」

男に声をかけられた。
振り返る。 少女にとって、見知らない男だった。

「あー、はい。 そうっすけど」
「ああやっぱりそうでしたか。 俺、安藤恵登です。 刑事やってます」

馴れ馴れしく話かけてきた、40代ごろの男。 華やかな容姿のためか、見た目より若く見える。
刑事、という普段であまり耳にしない言葉に、少女は少し警戒する。

「なんか、アタシに用ですか?」
「あの~、ご両親についてお聞きしたいんです」
「……はあ」

どうして両親のことを聞かれなくちゃならない。
少女はそう思ったが、とりあえず了承する。 男はニコニコと笑いながら、

「ご両親のお名前は、陽忍千尋さんと、陽忍ミユキさん……であってますか?」

と確認をとってきた。
少女は少しため息をついて、迷惑そうに言い放つ。

「母の名前、ヒロカなんですけど。 人違いじゃないっすか?」
「────やはり、そうでしたか」

ボソリと言った男の声は少女には届かず。
怪訝そうな表情をして、少女は自転車で走り去っていく。

少女は、知らなかった。

少女の名前を「美雪」と決めた母親の心情も、未だに亡き者の幻影を見ている父親の歪みも、そして───


「あ、吉川サンにゲーム返しに行かないと」



自分がどうして産まれたのか。 その本当の意味も、なにもかも。















                        完