彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第3章 『影濁り、闇現る』5



「五鈴ってさあ、曳詰兄弟と知り合いなのか?」

そう聞くと、ソファで寝ころんでいた五鈴が、なにかのおやくそくみたいに派手にずっこけた。
リアルにこんな奴いたんだな。 軽く引いたわ。

「えっと……なんで?」
「お前が捜してるノリトって奴を、あの兄弟たちも捜してたから」
「あー……なんだ。 もうネタばれしちゃったんだ」

あの後、ノリトという奴を知っているかと聞かれたとき、俺は自分の兄もそいつを捜しているとヤスたちに告げた。
あいつらは特別驚いた顔もしていなかったから、なんとなく。 知り合いかなーって。

「どういう関係だよ。 曳詰たちと」
「初対面はヴィジュアル系バンドのライブかな。 1年くらい前だ」
「なんで知り合いになったわけ」
「────襲われた」

冷蔵庫の戸を閉めて、なるべく顔がひきつらないように五鈴を見る。

「────笑いが堪えきれてねぇぞ」
「いやだって、アンタ襲われるってタチかよ」
「誤解だって。 そっちの襲うじゃなくて、奇襲のほうな。 ナイフ持っててビビッたわ」
「なんで急に襲われたんだよ」

サイはともかく、ヤスは手が荒いと思う。
吉川の話からしても、理不尽な理由で斬りつけてくるのは分かっている。
五鈴が何か気に入らないことをしたのか、それとも……。

「ヘンだって言ったんだ。 曳詰ヤスに」

五鈴の顔が曇る。
ヘン、だと言われて、彼女が何を思ったのか、感じ取ったのかはわからない。
だけど、彼女にとってその言葉は、タブーだったとしたら。

「ライブの途中にすっげぇ力で外に引っ張り出されてさ。 いきなり肩を抉られたんだ。 ありゃー参ったわ」
「────どこがヘンだって言ったんだよ」

聞くと、五鈴はゆっくりと俺の左目の前に手をかざした。

「曳詰ヤスはなぁ、左目が抉れてて、顔がケロイド化してんだよ」

ヒッソリと。
ここには俺たちしかいないはずなのに、小声で。

「前髪で隠れてて見えなかった」
「あいつ異様に長いからな。 気にしてるらしいぜ」

あの白い髪の奥に、赤黒い肌があるとすると、それはけっこうエグいと思う。

「なあ、そのノリトって奴は誰なんだよ」
「実はだなぁ……俺も知らんのだわ」

知らんのかい。
さっきの五鈴のようにこけそうになった。 あぶねぇ。

「知らないってなんで。 五鈴、捜してたじゃん」
「俺は曳詰兄弟に捜してほしいって言われたからな。 まあ、いろいろとあって」
「────もしかして、そいつを捜すためだけに帰ってきたのか?」

目があった五鈴がニヤリと笑い、肯定の意を表してくる。
それなら、ノリトという奴が見つかれば、こいつはまた都心のほうに戻るのか。

「バカかおまえ……第一そんなに手間かけて捜すくらいなら、警察に頼めよ」
「俺もそう言ったんだけど、あいつらが嫌だって」
「それ本当にただの人探しなわけ……? なんかヤバいことしてんじゃねぇの?」

あいつらに出会ったこと自体が、もうヤバいことだと思う。
ヤスなんか知り合いたくもないというのが、正直な感想だったから。

「んーそこんところは怖ぇから深読みして無ぇ」

チキンか、おまえは。

「んで、訳も分からんノリトって奴を捜してるけど、自分はそのノリトって奴を知らないってか。 なんで曳詰兄弟に肩入れするわけ」
「あれ、嫉妬してんのか?」
「べつに」

10年も実の弟をほったらかした兄なんて、もう兄だと思ってもいない。
嫉妬ではなく、苛立ち。
そんな他人の頼みをここまで聞き入れるなら、どうして10年前も一緒にしてくれなかったのかと。
今責め立てたところでどうしようもない苛立ちを、抱えている。