彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第3章 『影濁り、闇現る』2
翌日、9月に入ってまだ2日だというのに、実力テスト云々があるため、朝から憂鬱な気分だった。
テストのこともあるけど、五鈴が俺のベッドを占領したため、ソファで一夜を過ごしたのも、不機嫌の原因の一つだ。
テストでざわつく教室に入ってきて、その光景を見るまでは、そんな小さいことが不機嫌の理由だったんだけど。
「両親を事故で亡くすなんて……今までつらかったね、園松さん」
「つらい時もあったけど、今は楽しいよ」
俺の席に座って、ミユキに親しげに話しかける曳詰。
ミユキは、満面の笑顔で曳詰と話していた。
「お、陽忍クン。 悪いけど、席かりてるよ」
曳詰が俺に気づく。 ミユキは少しだけ鬱陶しそうな顔で俺を見た。
……まただ。
末長の時だって、こうだった。
「いや、いいよ。 でもテスト勉強したいから」
「リョーカイ。 見た目によらず真面目だねェ、陽忍クン」
自分の席に戻っていく曳詰を睨みつけ、鞄を乱暴に机上に置く。
「邪魔しないでよ」
ミユキの刺々しい声が聞こえた。
彼女はいつもの冷たい目で俺を一瞥する。
「今度のターゲットは曳詰なわけ。 また嘘の生い立ちを話したんだ」
「うるさい」
「どうせ、すぐにバレるよ。 俺らに何があったか、知らない奴より知ってる奴のほうが多いんだから」
噂でも陰口でも。
どうせ、曳詰にはミユキの本当の過去が伝わるに違いない。 教室であれだけ親しそうに話していたんだ。
クラスメイトの誰かがこっそりと告げ口してくれるだろう。
「ていうか、両親が事故死したってより、そっちのほうが同情してくれるんじゃねえの?」
「10年前のことを笑いながら語れるほど、わたしは無神経じゃない」
「その割には、男をたぶらかすのが上手いな」
いきなり、ミユキが俺の腹を蹴ってきた。
不意打ちで、しかもかなりの力だったため、そのまま倒れる。 隣の机に頭をぶつけた。 痛い。
「アンタなんか、大嫌い」
見下ろし、俺への感情を吐き捨てるミユキ。
パンツ見えるかなーとか考える暇もなく、腹にもう一回蹴りをいれられた。
あ、ヤバい。
ちょっと、ねえ。 ミユキ。 おまえさあ、あのさあ
「ヒロカに似てんだよ、チクショー」
吐き気をこらえて立ち上がり、ミユキの腕をつかんだ。
クラスメイトが見ている前で、ミユキの体を壁におしつける。
「センセー呼ぶけど」
「またおかしく言われるんじゃない。 10年前に狂った子どもだから、仕方ないって言われるにきまってる」
「そうかもな。 少なくとも、普通は幼なじみを足蹴りにしない」
手に力を込める。 この際、彼女の手首に痣ができてもいいと思った。
クラスメイトの数人が、教室から出て廊下を走っていく。 きっと、教師を呼びに行ったんだろう。
「家に帰る。 テストは受けない。 はやく手を放して」
「───わかったけど、もう暴れんなよ」
小学校と中学校のとき、ミユキの教室内での自殺未遂を思い出す。
警戒しながら手を解くと、ミユキは鞄を持って教室から出て行った。
クラスの奴らが、俺を遠慮気味に見てくる。
慣れている。
この好奇の視線にも、噂話にも。
慣れている。

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