彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第3章 『この冷たい寂寞の闇』5
6月の半ば過ぎの夜。 10時過ぎ。
わたしは陽忍くんの語る、わたしの物語を聞いていた。
客観的に捉えられる 「わたし」 は、どんなふうなんだろうと。
興味が勝ったのもある。
「キミは幼なじみである末長のことが好きだったんだ」
そして、10年前に歪んだこの人が、どういうふうに語るのかを見てみたかった。
「彼が好きだったにも関わらず、キミは思いを告げることはできなかった。 その理由は、関係を壊すことが怖かったとか、自分は幼なじみでしか見られてないとか、まあどうでもいいんだけど」
陽忍くんの語りが饒舌になっていく。 よく舌が回るなぁ。
「高校生になって、末長に彼女ができた。 それを知った徳実さんは、末長を応援しようと最初は考えた。 その彼女は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の生活を送っていたし、情がわいたんだろう。 嫉妬よりも、先に」
自分のことを紐解いていくのって、やっぱり抵抗あるな。
心に沿って過去を辿っていくのは、あまり好きじゃない。
「だけど、彼女の不幸な生い立ちは、すべて嘘だった」
思いだしていた。
クラスの女子から聞かされた、あの女の生い立ち。 悲惨すぎて声にでなかったけど、それよりも史人を騙していたことに対しての怒りが先にきた。
「彼女は母子家庭で、その母親が親友の夫と浮気していた。 挙句の果てには、その親友に惨殺されるというどうしようもない事件。 それが、10年前に起きたんだ」
顔色一つ変えず、自分の過去を語る彼。
「────園松ミユキの母親は、俺の母親が殺したんだ」
陽忍くんはそう言い放って、わたしを見た。 真っ黒な目だった。
「それを聞いて、キミはミユキが嘘つきだと末長に言った。 ミユキの母親は淫売で性悪だから、末長もミユキに騙されてるんだと、そう言ったんだろ」
「そうだよ」
思いだす。 史人にすべてを話したあの日。
彼はわたしの言うことなんか、信じてくれなかった。
「わたしと史人は小学校も中学校も違うかったから、10年前のそんなこと知らなかった。 まさか、身近にそんな事件の関係者がいたなんて。 あの女は危険だって、嘘つきだって史人に言ったの」
「────だけど、末長はキミを否定した」
そうだった。
あんなに怒った史人を見たのは初めてだった。
人が変わったようにわたしが嘘つきだと罵って、園松ミユキを信じると言い出した。
「だから、言ってやったの。 アンタはあの淫売女の玩具にされてるだけだって」
そしてその言葉が、史人を傷つけた。
傷ついてズタズタになって、わたしの頬を叩いた。
だから、
「だからとっさに花瓶で頭を殴ったの」
気づけばもう、史人は死体になっていた。
頭からダラダラと血を溢れさせて、白目をむいて、ヒクヒクと喉を上ずらせて、醜悪な顔で。
「後悔はしたけど、反省はしてないよ」
そう言うと、陽忍くんの目が鋭くなった……気がした。
「でも、どうしてわたしだとわかったの?」
「────駅のホームで、キミはミユキに嫌味を言ったんだよ」
嫌味ねえ。
ああ、あれか。
──陽忍くんだって、孤立している子がいると放っとけないタイプじゃん。
──すごく史人とそっくりだよ。
「あれ、ミユキに対しての嫌味だろ」
「態度に出てたかなあ」
「めちゃめちゃ。 あとは、吉川に10年前の事件のことを聞きまくってたし……
それにと、彼は付け足す。
「今回の事件、10年前の事件に少しだけ似てるからさ」
…………ああ、なにやってんだろわたし。
これじゃあ、悪役みたいになってるじゃん。 わたしが悪いわけじゃないのに。
「キミは、どうするの。 これから」
「────どうしてほしい?」
「自首してほしいかな」
悪いけど。
それは、できないんだ。
「わかった。 自首するね」
「うん。 それがいいよ」
蒸し暑い夜の中、わたしは彼と約束をした。
自首をする、と。
だけど、ごめん。 たぶん、無理だ。
わたしは、自首なんて絶対にしないもの。
彼の中で、永遠になるの。

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