彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第3章 『影濁り、闇現る』3



あの後、慌ててきた担任を軽くあしらい、無事テストを終えた。
正直、入院している吉川と、早退したミユキを除けば、俺はクラスで最低点を獲得するくらいの自信はある。
ナルシストだと言われたことはないんだ、あはは。 何が面白いのか分からないけど。
ついでに言うと、どうして曳詰サイが俺をストーカーしているのかも、分からない。

「────あのさあ、狙うんだったら可愛い女子高生でも狙えば」
「まあ、そう言うなよ千尋」
「なんで俺の名前を呼ぶんだ」
「そっちもサイって呼んでいいんだぜェ。 てか、なあアンタってミユキの幼なじみだったのなァ」

……次の口調は五鈴に似てるな。

「それが何。 どうせ10年前のことも聞いてるんだろ」
「ああ。 互いの親が浮気しあって、お前の母さんに殺されたってやつ?」
「────大まかには合ってるかな」

俺が自分の母親を殺したことは、公にはなっていないらしい。
何はともあれ、駅までの時間をコイツとのお喋りに使うつもりはない。 大人しく引き下がってくれればいいんだけど。

「なあ、いつまで着いて来る 「気にくわねェなァ」

肩を掴まれて、無理やり目を合わせられる。

「なんだ、その暗い目。 死んだみたいな……自分だけが世界の不幸をすべて背負いこみましたみたいな目……。 潰してェ」

薄い色素の目。
この目を見て、思い出した。
殺しをしている俺の母親と、同じ目。 本気の殺意を込めている目。
周りを見る。
くそ、人がいない。 いざとなったら目撃者がいるんだけど。

「そんなことは思ってないよ。 ……ただ、キミの目の奥はからっぽだなって」
「何を考えてるのか分からないってか? ああそうかも」

ひんやりと冷たい手を頬にあてて、にやりと笑う。



「キミの大切なあの子を寝取っちゃうかも」



軽くあしらい、再び歩きを進める。
べつにスルーしたつもりはない。 たとえ彼がミユキの体を奪っても、俺と彼女には、決して切れない縁があるのだから。
焦りはない。

「俺、キミに聞きたいことあるんだわ」
「────なにかな」
「昨日、吉川が心無い人に刺されたらしい。 ……心当たりはあるんだろ」
「ああ、ある。 その様子だと、キミも気づいてるらしいねェ」

だから腕を肩に回すな、鬱陶しい。 ただでさえ暑いのに。

「俺のかーわいい兄弟がやったんだろうな」
「見つかったのか? さっさと捜して言い聞かせろ。 メーワクだ」
「俺も捜してんだけど……全然見つからないわけ」

ゾクリと。

何かが背筋を駆け上がる感じがした。

「どこ行ってんだろうなァ。 ていうか、目立つはずなんだけど」

誰かが、こちらを見ている。
嫌な予感。
身震い。
曳詰がひっついているのに、冷や汗がでてくる。


視界の隅に、一人の人間が映った。


傷んだ髪は白く、短い。 真っ白な日傘に、白いゴスロリな服。
薄く化粧をしているが、男性とも女性ともとれる人間だった。

そいつが、俺を見て笑う。


「サイにも友だちがいたなんて……わたしは知らなかったな」

不気味だった。
あまりにも、不気味だった。