彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第5章 『彼女が消えた理由』1



園松ミユキの家は、学校で曰くつきの家となっているらしい。
10年前に俺の両親とミユキの母親が殺され、数週間前に蓮奈さんが殺されたから。
たくさんの人が死んだけど、俺がいまでも鮮明に覚えているのは、ヒロカのことだ。

園松ヒロカ。 年の割に幼くて、あまり常識がない人。

「俺の、初恋の人」

ミユキと瓜二つな容姿。 違うのは、性格。 雰囲気。
俺はミユキではなく、いまでもヒロカのことを思い続けている。 ミユキに執着するのは、ヒロカと似ているから。
だとしても。
俺にとってミユキが大切なのは変わらない。 だから、助ける。 救い出す。


「こんにちは、お義父さん」 「誰がお義父さんだ」


乾いた笑い声と、飄々とした声。 どこか不思議な性質。

「ミユキはどこですか」 「俺の家にいる。 まあ、急くなや」

ああ、この人が。
この人がミユキの父親だったのか。




「ちぃさん」





星野さんと一緒に居て、俺の名前を聞いてきた人。
いまこうして見ると、ミユキとやっぱり全然似てない。 容姿は全部ヒロカに似たのか。

「あなたがミユキの父親だったんですか。 若いですね」
「俺が14歳のときにヒロカに出会ったから。 その時、ヒロカは27歳だった」

どこか遠くを見るような眼でこちらを見てくる。
過去。 俺が触れたことのない、ヒロカの過去。

「俺、ガッコーも行ってなかったし。 酒も煙草もやってて、親からも相手にされてなくて。 大人なんか知らねえよって時に、ヒロカと会ったんだ」

浸されていくのは、ちぃさんの記憶。

「自暴自棄になってたんだと思う。 自分の好きな相手が、自分のことを見てくれていなくて。 まだ中坊だった俺と関係を持つのも、時間の問題だった」

同性愛者だったヒロカの欲望は、他者に向けられた。 誰でもいい、と。

「ヒロカが妊娠した時も、俺はヒロカにおろすと言われたから、そのまま関係を続けてたのに……あいつは、ひとりでミユキを産んでいた。 俺に黙ってミユキを産んでいたんだ。 なんでだかわかるか?」

それまで笑っていたちぃさんの表情が、急に変わる。

「あの子がどうして産まれたのか、お前は知ってるか?」
「────復讐のため、ですか」

話の流れから、だんだん見えてくる。

園松尋花が抱いていた、感情。

あの笑顔の、裏を。

「そう……そうだよ。 園松ミユキがここに居るのは! ヒロカがお前ら陽忍に復讐するためなんだよ!」
「彼女をどう復讐に使うつもりだったんですか」

声が震える。 ダメだ、受け入れらないと。

「ちょうどヒロカが妊娠したとき、お前の母親も、お前を妊娠してたろ?」

俺に笑顔を向けていたあのヒロカが、俺たちを憎んでいた。

「ヒロカは、お前の父親と関係を持って、数年後にそれをバラす計画をたてていた。 園松ミユキは、実は、お前の父親の子ではないのかと、お前の母親に思わせるために産んだんだ。 ヒロカはッ、お前らのことなんか、何も考えてねえんだよッ」

ちぃさんの拳が振り上げられる。 避けることはせず、真正面からそれを受ける。
頭に鈍い衝撃が走るが、気にしない。

「ヒロカは千里が好きだったッ! ずっとずっとあの女に憧れて! でもあの女はヒロカの想いに気づきもしないで、他の男のことをベラベラと! ヒロカがどんな思いでそれを聞いていたと思う? 

 どんな思いで望みもしなかった子どもを産んだと思う!? なあ! どうして……ッ、どうしてお前は“チヒロ”なんだよ!!」

殴られるけど、抵抗はしなかった。
口の端が切れて、痛い。 血が、出てる。

「なあ、陽忍千尋。 お前のその名前、ヒロカとお前の母親の字からとったんだってな。 ────ヒロカが言ってたよ。 嬉しそうに、幸せそうに」

痛い。

「まるで、ヒロカとあの女の子どもができたみたいに!」
「なあ…………痛い」
「教えてやろうか、俺の名前。 俺の、名前をさあ!」

聞こえてねえのか、コイツ。 痛いっつってんのに。


「俺の名前はなぁ! 園松チヒロって言うんだわッッ!!」


なあ、何言ってんだよおまえ。
言ってる意味、わかんねえ。












──カミサマ、お願いです。 どうか、どうか、幸せになりたいです。