彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第2章 『彼女の過去=彼の過去』5
教室についてからは、一度もミユキと話さなかった。
席が隣なのにも関わらず、目も合わせようとしない。 俺の前に座る吉川が気まずそうにミユキに話しかけても、無視だった。
「なんかさあ、園松って訳わからんよな」
「そうか? フツーの女子じゃねえの」
昼休み。
購買で買ったパンを屋上で咀嚼する、男子高校生2名。
青空の下、とかなんとかつけ足せば爽やかな青春系の絵になるんだろうけど、この暑さのせいで、汗がダラダラ。
教室にクーラーはついているけど、極限の暑さを耐えて、教室に入ったときの涼しさがくせになっている。
「中学ン時はさ、けっこう人気あったじゃん。 美人だし」
「んーまあね」
話題になっているのは、ミユキのこと。
小、中学校と一緒の吉川は昔のミユキを知っているから、その変化にも敏感なんだろう。
「中学ン時は、よく笑ってて、ちょっと天然で、なんかこう……クラスの看板娘みたいなさあ」
「へえ。 俺はミユキと同じクラスになったの、1回しかないからな」
「俺ともけっこう喋ってたんだぜ。 けっこう……好き、ではいたけど」
吉川の言う「好き」は、恋愛感情よりも憧れのほうが強いんだろうな。
こいつの性格のことだから、ミユキと話せるだけで幸せだと感じていたに違いない。 つくづくおめでたい奴だ。
「ある日さあ、急に授業中に暴れだして。 コンパスを手首にあてて、死ぬとか言ってさあ。 けっこうビビったなぁ」
それは知ってる。 うちのクラスの女子らが噂で話してたから。
「人気がた落ちよ。 精神が病んだ危ない奴って女子らが言って……。 園松はそれからよく暴れるようになったし」
「ミユキはもともと依存性が強かったから。 みんなの目が自分に向いていないと、不安になるんだ」
自分を見てくれない。
ミユキにとってこれは、とても耐えがたいことになる。 自分を見てほしいがために、小学校のころから仮病や、自演の過呼吸が多くあった。
そのたびに周りが心配して、声をかける。 それがとても嬉しいらしい。
「末長を殺したのって、園松じゃねえよな」
「それは違うと思う。 まあ末長もけっこう女にモテてたらしいじゃん。 幼なじみの徳実っていう子。 あいつも末長のこと好きっぽいし」
まったくの憶測だけど。 今日の朝話してみて、こいつ末長が好きだったのかなって思った。
────遠まわしに、ミユキに嫌味を言ってたし。
「徳実って……徳実柚木?」
「知ってたのか」
「委員会が同じなだけで、あまり喋ったことねえけど。 前にさあ、その委員会の集まりのときに、やたらと園松のこと聞いてきたんだけど」
「───へえ」
吉川にミユキのことをねえ。
「どんな奴だとか、昔の……その、10年前のこと、とか。 彼氏はいまいるのかとか」
「末長と徳実さんは中学校も違うかったよな」
「ああ。 2人とも高校からだけど」
この高校に通ってくるのは、旭川中学校と穂波中学校の生徒が圧倒的に多い。
場所が田舎のほうにあるから、あまり人気がないし。 この2つの中学校から近い距離にあるため、生徒の大半数がこの中学校から来ている。
「2人とも……穂波中か」
「どうせ旭川中の奴らが面白半分に話したんだろ、穂波中の奴らに。 園松のこと」
「10年前のこともかな」
それはそれで、なんというか、ムカつく。
「10年も前だから、詳しく覚えている奴はいねえだろ。 表面上のことだけ話したんじゃねえの」
「────そっか」
最後の一口を食べ終えて、立ち上がる。
涼しい教室に戻りますか。
「ありがとな、吉川」 「え? あ、ああ」
そんなに珍しいものを見るような眼で見るなよ。
少しだけ、胸がくすぐったい。

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