彼女が消えた理由。
作者 / 朝倉疾風

第3部 第2章『愛しいくらいに、残酷な』1
「どうも、安藤恵登です」
「それはわかります」
10月半ばで涼しくなってきた頃、蓮奈さんの事件を担当している刑事、安藤さんが家を訪ねてきた。 2回目の訪問で、1回目の時はミユキが眠っていたため、話が聞けなかったから。
「今日はミユキさん大丈夫でしょ? 何か聞いちゃマズイ事はないですか。 禁句な……タブーな言葉だとか」
「家族は好きなので、たぶん大丈夫だと思います。 ただ、10年前の事を深く思い出させると、錯乱状態になります」
「聞くのは園松蓮奈殺害事件だから、それは大丈夫だと思います。 ……たぶん」
自信が無さそうに苦笑しながら、スリッパに履き替える安藤さん。
相変わらず、三十代のくせに妙に若いというか。 童顔というか。 髪も染めているからホストに見える。
「おっじゃましま~す」
軽いノリで挨拶をする安藤さんを、ソファに座っていたミユキが怪訝そうな目つきで睨む。
基本的に大人に心を開かないミユキは、誰に対しても丁寧な敬語と冷徹な表情が崩さない。
「どうも。 刑事の安藤恵登っていいます。 お話、聞かせてもらってよろしいですか?」
「構いません」
このテンションの温度差が少し面倒くさいな。 安藤さんはずっと笑顔だし。
どうぞ、と手でソファの前にある椅子を指す。 そこに座った安藤さんに珈琲を出して、俺はミユキの隣に座った。
「ええと……ではまず、蓮奈さんの遺体を発見したときの状況を詳しく聞かせてください」
ミユキは簡単に、学校から帰宅して蓮奈さんの様子を見に行ったら、既に死んでいたことを話した。
質問と応答を繰り返す会話は、10分ほどで終わり、さっさと帰ればいいものを、安藤さんは何故か長居している。
「美人さんですね。 絶対にモテるでしょう」
「安藤さん、なんで帰らないんですか」
「いやだなあ、陽忍さん。 俺はミユキさんと仲良くなりたいんです。 今度、またお話聞かせてほしいので、どこかでお茶しませんか」
「それ、職権乱用っていうんですよね」
珈琲をぐいぐい飲みほして、安藤さんが子どもっぽい笑みを浮かべる。
「陽忍さんて、実はよく頭回る人ですよね」
「はあ」
「今度は、陽忍さんに聞きたいんですけど」
「どうぞ」
安藤さんは、チラッとミユキ気にかけてから、
「陽忍さんはミユキさんが蓮奈さんの遺体を見つけた午後4時30分ごろ、何してましたか?」
俺に疑いをかけてきた。 なんだ、犯罪者として見られてんのか。
「クラスメイトと一緒に寄り道してました」
「どこか店に入ったりした?」
「学校の近くの喫茶店。 クラスメイトがジュース零したんで、たぶん印象ついてると思います」
あの時の吉川の慌てっぷりはなかなか面白かった。
「分かりました。 ありがとうございます」
「チヒロを疑っているんですか」
澄んだ声でミユキがたずねた。
「いや、そうじゃないよ。 一応、ね」
「チヒロは殺してないです。 わたしたち、人を殺せないんです」
「────どういうことかな」
俺も、ミユキが何を言いたいのか分からない。
人を殺せない?
俺は、もう既に人を殺してる。 自分の母親を、ミユキを守るために。
「人を殺そうとすると、どうしても見なきゃいけないでしょう」
「なにを?」
「血」
短く一文字答えて、ミユキが少し顔をしかめる。
「血を……見ないとダメだから」
俺とミユキがこの世で一番、もっとも恐れている、血。
あの赤くてドロドロしていて臭いのある液体が、人間の中身いっぱいに詰まっていると思うと、恐怖で皮膚が粟立つ。
この恐怖が、分かるだろうか。

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