彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第3章 『届くことのない恋文』3



『今日もミユキさん寝込んでるんですか。 仕方ありません。 また後日、蓮奈さんの人間関係についてお話を伺いにいきます。 ……あ、あと、たまには陽忍さん、通学してください。 ミユキさんにつきっきりだと、本当に留年しますよ。 ……はい、それでは。 はい、はい』



電話をきる。
安藤さんの自宅訪問を断ったのは、これで3回目だ。
言えるわけがない。 ミユキが消えた、なんて。

「────そんなこと、じゃなくて」

違う。
いま、俺が人に会いたくないだけだ。
考えることが多すぎる。

どういうことだよ。

ヒロカは、俺の母親を好きだったってことか?
3日前、吉川と一緒にミユキの家に行って見つけた、ヒロカの恋文。
ノートにびっしりと書き込まれた、俺の母親・千里への想い。

「ヒロカは俺の母親が好きで……でも、親父と浮気していて……」

知りたいことがあるのに、ノートには想いだけが書かれており、肝心な浮気の理由がまったく書かれていない。
母を好きなら、どうして親父と関係を持ったのか。 いや、それよりもまず。

──どうして、ミユキを産んだのか。

「ミユキの父親さえ分かれば、会って話を聞くこともできるのに……」

あの後、ミユキの家を一通り見たけれど、父親に関しての痕跡はなかった。
安藤さんに聞いてみるか……? いくらミユキの幼なじみであれと、プライバシーな情報は教えてくれないかもしれない。

「だーもーどうすりゃいいんだよ」

彼女がどこにいるか、それさえ分かることができたら。
ミユキ……








「おまえ、そんなにニーチャンが恋しいの?」

目を開けると、五鈴の顔があった。

「ッ、うあ!」 「何驚いてんだよ。 傷つくわー」 「どっから入ったんだよ」 「合鍵。 前に作らせてもらった」

陽忍五鈴。 27歳。 俺の兄。
俺が6歳のとき、両親とめちゃくちゃ仲が悪かったコイツは、高校に入ってすぐ一人暮らしを始めた。 夏休みに10年ぶりの再会をして、しばらく一緒に住んでいたけど、都会に帰ったはずだ。

「ひ、曳詰兄弟は……?」
「あいつらは家にいる。 あいかわらずだ」

曳詰サイは学校を自主退学して、いまはヤスと五鈴と暮らしているらしい。
学校では密かに宇宙人だったんじゃないか、なんて噂もあるけど。

「なんでここに来たんだよ」
「園松ミユキの叔母、殺されたんだろ。 ちょっち心配になってさ」
「よく言うよ」

汗を手でぬぐい、五鈴の足を少し蹴る。

「いま、ミユキどこにいんだよ」
「……知らない」
「は?」
「消えた」

完結に今の状況を伝えてみる。 五鈴はポカンと口を開け、何かを考えて、

「それ、ミユキ叔母殺しと関係あんじゃね? 失踪したってこと?」
「誘拐か、失踪か、家出か……。 でも、俺が刑事を駅まで送っている間に消えてたんだ」

わずか、数十分程度の時間に。

「ケーサツには?」 「言ってねえよ。 公にしたくない」 「殺されてる確立は?」 「無くは無い」

はあ、と長いため息をする五鈴。 こいつ、髪がまた伸びてるけど、切らんのかな。
親父に似てるから、少し気持ち悪い。 思春期真っ盛りの女子高生になった気分。

「あのさ、五鈴に聞きたいことあったんだけど」
「あー? どしたよ」
「…………ヒロカって、同性愛者だった?」

しばらくの沈黙。 耳にかけてあった五鈴の長い前髪が、ハラリと垂れる。

「………………………………………………え、なんで知ってんの?」
「俺からすれば、なんでお前が知ってるのかってなるんだけどな」

ますます意味がわからない。
ヒロカが同性愛者だと、五鈴は知っていたのか? 何故?

「誰から聞いたんだよ」

五鈴の答えを聞くまで、俺はまったく知らなかった。
本当に何も知らなかったのは、どこの誰でもなく、俺なのだと。





「ミユキの父親だよ。 ……小さいときに、お前も会ったろ?」