彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第3章 『この冷たい寂寞の闇』4



△彼女の理由



彼を殺すことに何の躊躇いもなかった。
何かを考えること自体、できなかった。 あんなに怒った彼を見たのは、初めてだったから。

気づけば花瓶で頭をかち割ってた。 その指紋をハンカチで拭いていた。

あんなに大好きだったはずなのに、彼を殺しても涙一つ出なかった。
なんだろうこれは。 この、清々しいとすら思える気持ちは。
良い思い出もそれなりにあったけど、嫌な気持ちにされることもあった。

いつのまにか大好きだった彼を、苦手とするようになった。

だけど、彼なんかよりも、もっと嫌いだったのは、彼にできた恋人だった。
あいつは大嘘つきだ。
嘘の生い立ちを彼に話して、同情をしてもらっていた。 彼の優しさをあいつは利用していた。

どうしてやろうか、あの女。

塾帰りにこんなこと考えるのもアレだけど、本当に毎日これしか考えていない気がする。
責めぬいて殺してやろうか。
それとも…………彼女のトラウマとなっている10年前のことを、本人に言ってやろうか。

「ヘーイそこのお嬢さん。 俺とお茶しない?」

────は?

振り返る前に、肩に手をおかれる。 一瞬体が強張ったけど、顔を見て安心した。

「陽忍くん…………」
「けっこう古かったかな。 いきなり声をかけて驚かれないように、あえてお茶目な感じでやってみたんだけど」
「────普通に名前呼ばれるほうがよかったかもね」

陽忍くん。
クラスは違うけど、みんなが格好いいと噂しているから、昔から名前くらいは知っていた。
最近、よく喋る。

「塾の帰り……かな。 制服だから」
「そうだけど、陽忍くんは何してるの」

確か陽忍くんの家とは逆方向だったよね、こっち。
なのに徒歩でふらついて。

「俺? 俺はねえ、殺人犯と逢引きしてんの」




あ、れ。 知ってたの。




「────驚かないんだ」
「どうしてそう思うのかな」
「否定でも肯定でもなく、疑問ときたか。 もう少しヒステリックになるのかと思ってたよ」

陽忍くんが、少しだけ笑う。
いつもの嘘笑いじゃなく、本当の微笑みだと思った。

「じゃあ、うん。 話そうか。 徳実柚木の嘘物語を」