二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ D・ステラ 【侵略世界編】
- 日時: 2017/01/16 20:03
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
【読者の皆様へ】
はい、どうも。二次版でお馴染み(?)となっているタクと申します。今回の小説は前作の”デュエル・マスターズ0・メモリー”の続編となっております。恐らく、こちらから読んだ方がより分かりやすいと思いますが、過去の文というだけあって拙いです。今も十分拙いですが。
今作は、前作とは違ってオリカを更にメインに見据えたストーリーとなっています。ストーリーも相も変わらず行き当たりばったりになるかもしれませんが、応援よろしくお願いします。
また、最近デュエマvaultというサイトに出没します。Likaonというハンドルネームで活動しているので、作者と対戦をしたい方はお気軽にどうぞ。
”新たなるデュエル、駆け抜けろ新時代! そして、超古代の系譜が目覚めるとき、デュエマは新たな次元へ!”
『星の英雄編』
第一章:月下転生
Act0:プロローグとモノローグ
>>01
Act1:月と太陽
>>04 >>05 >>06
Act2:対価と取引
>>07
Act3:焦燥と制限時間
>>08 >>10
Act4:月英雄と尾英雄
>>13
Act5:決闘と駆け引き
>>14 >>15 >>18
Act6:九尾と憎悪
>>19 >>21
Act7:暁の光と幻の炎
>>22 >>23
Act8:九尾と玉兎
>>25
第二章:一角獣
Act1:デュエルは芸術か?
>>27 >>28 >>29
Act2:狩猟者は皮肉か?
>>30 >>31 >>32 >>33
Act3:龍は何度連鎖するか?
>>36 >>37
Act4:一角獣は女好きか?
>>38 >>39 >>41 >>42 >>43 >>44 >>45
Act5:龍は死して尚生き続けるか?
>>48
第三章:骸骨龍
Act1:接触・アヴィオール
>>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55
Act2:追憶・白陽/療養・クレセント
>>56 >>57
Act3:疾走・トラックチェイス
>>66
Act4:怨炎・アヴィオール
>>67 >>68
Act5:武装・星の力
>>69 >>70
Act6:接近・次なる影
>>73
第四章:長靴を履いた猫
Act1:記憶×触発
>>74 >>75 >>76 >>77
Act2:龍素力学×龍脈術=3D龍解
>>78 >>79 >>80
Act3:捨て猫×少女=飼い猫?
>>81 >>82
Act4:リターン・オブ・サバイバー
>>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90
Act5:格の差
>>91 >>92 >>93 >>104
Act6:二つの解
>>107 >>108 >>109 >>110
Act7:大地を潤す者=大地を荒らす者
>>111 >>112 >>113
Act8:結末=QED
>>114
第五章:英雄集結
Act1:星の下で
>>117 >>118 >>119
Act2:レンの傷跡
>>127 >>128 >>129
Act3:警戒
>>130 >>131 >>132
Act4:策略
>>134 >>135
Act5:強襲
>>136
Act6:破滅の戦略
>>137 >>138 >>143
Act7:不死鳥の秘技
>>144 >>145 >>146
Act8:痛み分け、そして反撃へ
>>147
Act9:fire fly
>>177 >>178 >>179 >>180 >>181
Act10:決戦へ
>>182 >>184 >>185 >>187
Act11:暁の太陽に勝利を望む
>>188 >>189 >>190 >>191 >>192 >>193 >>194 >>195
Act12:真相
>>196 >>198
Act13:武装・地獄の黒龍
>>200 >>201 >>202 >>203
Act14:近づく星
>>204
『列島予選編』
第六章:革命への道筋
Act0:侵攻する略奪者
>>207
Act1:鎧龍サマートーナメント
>>208 >>209
Act2:開幕
>>215 >>217 >>218
Act3:特訓
>>219 >>220 >>221
Act4:休息
>>222 >>223
Act5:対決・一角獣対玉兎
>>224 >>226
Act6:最後の夜
>>228 >>229
Act7:鎧龍頂上決戦
Part1:無法の盾刃
>>230 >>231 >>232 >>233 >>234 >>235 >>236 >>239
Part2:ダイチの支配者、再び
>>240 >>241 >>242 >>243 >>244 >>245 >>246 >>247 >>248 >>250
Part3:燃える革命
>>252 >>253 >>254 >>255 >>256
Part4:轟く侵略
>>257 >>258 >>259 >>260 >>261
Act8:次なる舞台へ
>>262
第七章:世界への切符
Act1:紡ぐ言の葉
>>263 >>264 >>265 >>266 >>267 >>268 >>270
Act2:暁ヒナタという少年
>>272 >>273
Act3:ヒナとナナ
>>275 >>276 >>277 >>278 >>279 >>280 >>281
Act4:誓いのサングラス
>>282 >>283 >>284 >>285
Act5:天王/魔王VS超戦/地獄
>>286 >>287 >>295 >>296 >>297 >>298 >>301 >>302 >>303 >>304 >>305
Act6:伝説/閃龍VS獅子/必勝
>>313 >>314 >>315 >>316 >>317 >>318 >>319 >>320 >>321 >>323
Act7:青天霹靂
>>325 >>326 >>327 >>328 >>329 >>330 >>331
Act8:揺らぐ言の葉
>>332 >>333 >>334 >>335 >>336
Act9:伝説/始祖VS偽龍/偽神
>>337 >>338 >>339 >>340 >>341 >>342 >>343
Act10:伝える言の葉
>>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351
Act11:連鎖反応
>>352
『侵略世界編』
第八章:束の間の日常
Act1:揺らめく影
>>353 >>354 >>359 >>360 >>361 >>362
Act2:疑惑
>>363 >>364
Act3:ニューヨークからの来訪者
>>367 >>368 >>369 >>370 >>371
Act4:躙られた思い
>>374 >>375 >>376 >>377
Act5:貴方の為に
>>378 >>379 >>380 >>381 >>384 >>386
Act6:ディストーション 〜歪な戦慄〜
>>387 >>388 >>389
Act7:武装・天命の騎士
>>390 >>391
Act8:冥獣の思惑
>>392
Act9:終演、そして——
>>393
第九章:侵略の一手
Act0:開幕、D・ステラ
>>396
Act1:ウィザード
>>397 >>398
Act2:ギャンブル・パーティー
>>399 >>400 >>401
Act3:再燃
>>402 >>403 >>404
Act4:奇天烈の侵略者
>>405 >>406 >>407 >>408 >>409 >>410 >>411
Act5:確率の支配者
>>412 >>413
Act6:不滅の銀河
>>414 >>415
Act7:開始地点
>>416
第十章:剣と刃
Act1:漆黒近衛隊(エボニーロイヤル)
>>423 >>424
Act2:シャノン
>>425 >>426
Act3:賢王の邪悪龍
>>427 >>428 >>429
Act4:増殖
>>430 >>431 >>435 >>436 >>438 >>439 >>440 >>441 >>442
Act5:封じられし栄冠
>>444
短編:本編のシリアスさに疲れたらこちらで口直し。ギャグ中心なので存分に笑ってくださいませ。
また、時系列を明記したので、これらの章を読んでから閲覧することをお勧めします。
短編1:そして伝説へ……行けるの、これ
時系列:第一章の後
>>62 >>63 >>64 >>65
短編2:てめーが不幸なのは義務であって
時系列:第三章の後
>>97 >>98 >>99 >>100 >>101 >>102 >>103
短編3:文化祭(と言えば聞こえは良いが要は唯のスクランブル)
時系列:第四章の後
>>120 >>121 >>122 >>123 >>124 >>125 >>126
短編4:十六夜ノゾムの災厄な一日
時系列:第四章の後
>>149 >>150 >>153 >>154 >>155 >>156
短編5:恋情パラレル
時系列:第四章の後
>>157 >>158 >>159 >>160 >>163 >>164 >>165 >>166 >>167 >>168 >>173 >>174 >>175 >>176
短編6:Re・探偵パラレル
時系列:平行世界
>>417 >>418 >>419 >>420 >>421 >>422
エイプリルフール2016
>>299 >>300
謹賀新年2017
>>443
登場人物
>>9
※ネタバレ注意。更新されている回を全部読んでからみることをお勧めします
オリジナルカード紹介
(1)>>96 (2)>>271
※ネタバレ注意につき、各章を読み終わってから閲覧することをお勧めします。
お知らせ
16/8/28:オリカ紹介2更新
- Act8:揺らぐ言の葉 ( No.332 )
- 日時: 2016/08/19 16:19
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
「ちょうせい、上手くいってるかも?」
「はい。確かに」
執事服の男は、彼女に恭しい礼で返した。
「……適合率、80%——」
「これ以上はツグミ様に負担がかかることが予想されます」
「問題ないかも」
「ですが——これ以上のサイコスキャンは危険です。《アピセリン》は武闘財閥の技術をもってしても解析できなかったクリーチャー、これ以上は」
「……そう」
彼女は目を伏せた。
自身の握るカード——《アピセリン》を握りながら。
***
画して。
D・ステラ学校対抗予選の最後の試合は、当初何故か試合の延期をしてきた零央学園となった。
——相手はあの有栖川ツグミ——!!
前回。ボロボロに負けた上にヒナタや自分にキスをしたあの少女には、最早敵対心すら彼女は覚えていた。
そればかりか、彼女は自覚することになる。
自分が、暁ヒナタに好意を抱いているということを——
「《ヴェロキボアロス》でダイレクトアタック!」
「……うむ、流石だ」
言い放ったレンはカードをしまう。
またも、彼女の勝ちだ。最近、プレイングスキルにキレが掛かっている。
それをレンはこう評した。
「何というかだな。殺意が籠ってるな、この間から」
「相手は英雄使い……負けらんないのよ!」
「それだけではなさそうだが」
「うっ……」
見透かすように言うレン。
図星を突かれたように彼女は項垂れた。
「まぁ良い。武闘先輩から貰った革命——それがあれば、戦力面では問題ないだろう」
「……そーゆー心配はしてないわ。でも——駆け引きってのは、本当に苦しいものね」
「何だ?」
「何でも」
踵を返すと、鞄を彼女は背負う。今日はもう、この間から徹夜で何やら調べているらしいフジが死にかけており、「もうおめーら適当にやって適当な時間で適当に帰っていいから」とのことであった。
それにしても、試合前にしては一番早く切り上げるのが彼女だったことに、レンは少し驚きを覚える。
「どうした?」
「今日、家にあたししか居ないのよ。そろそろ帰って色々用意しないと。デッキ調整は夜中にでも出来る。夜更かしは肌の敵だけど、そんなことは言ってられない」
「ストイックだな随分と」
「ま、晩御飯とかどうしようか、ってのは思ってるけど」
見れば、既に時計は7時を回っていた。
ヒナタは、まだD・コクーンに潜って対戦しているだろう——
「——おいおい大丈夫なのかよ、それ」
「ふぇっ!?」
彼女の肩が跳ねた。
振り返ると、そこには肩掛け鞄を右肩にかけ、デッキケースを握ったヒナタの姿があった。
「ヒナタ……トレーニング、終わってたんだ」
「それよか、俺はお前の方が心配だぜ。両親が共働きっつーのは知ってたけどさ。どうしてお前しか家に居ないんだよ。確か兄貴がいたろ、そっち」
かなり性格に難のあるシスコン兄貴ではあるが。
「ええ。そうね。だけどうちのバカ兄貴、こないだのトーナメントの結果にブチ切れた星目先輩主催の合宿に狩りだされて居ないのよ。だけど、今日何食べるかも考えてないのよねぇ……と言いつつ、どーせコンビニの冷や飯を食べてるんだろうけど、あたし」
「ああ……しかし、あの先輩ならやりかねねーな」
「本当、何で天災しかいないんだこの学校の先輩は……」
流石のあの兄貴も、テツヤの圧力には敵わなかったのだろう。
打倒、侵略を掲げたらしい天災ドSデッキビルダーは、チームのメンバーを再びかき集め、わざわざ担当引率まで付けて合宿を始めやがったらしい。
また、どうやらこんな時に限って両親が仕事の用で家を空けているらしい。
「ま、あたしは大丈夫だし——」
「オイオイ、待てよ」
「?」
「今日、両親は居ない、兄貴も居ない——飯も何食うか決めてない——それならよ、良い考えがあるっちゃあるぜ」
「何よ」
じろり、とヒナタを見るコトハ。
ヒナタの考えとは何なのか。どうせろくでもない事だろう、と思っていたが——
「うちで飯食えばいーじゃねーか」
「!?」
一瞬、コトハの思考はフリーズする。
「い、いや、悪いわよそんなの……」
「いーやほっとけねーよ、流石に。女子中学生が、コンビニに弁当買いに夜出歩いてる構図もあんまりよろしくねーしな」
「うっ……」
ヒナタとしては、彼女の身を案じたのもあったのだろう。
「で、でも、あたしの分御飯が1人分増えちゃうってことだし……やっぱ悪いわよ。しかもこんな急に」
「ヒナタは結構、友人を家に連れて一緒に夕食をとることが多いぞ」
遠慮するコトハの逃げ道をふさぐように言ったのはレンだ。
「僕も1度世話になったからな」という言葉を添えて。
「えっ、そうなの……?」
「かく言うノゾムもこの間、試合の勝利のお祝いがてらヒナタの家で一緒に夕食をとったらしい。ヒナタの母の料理は絶品らしいな」
「そ、そうだったんだ……」
「だから景気づけに、な!」
「だ、だけど、やっぱり悪いわよ——」
「あ、母さん? 俺だけど。今日、一緒に練習してるクラスメイト、家で1人みたいでさ。そう、チームメイト! D・ステラに一緒に参加してる——」
「え、ちょ……」
スマホで家に連絡までとりだしたヒナタを見て、コトハは察する。
ああ、これはもう止める術は無いな、と。
レンも諭すように言う。
「気持ちは汲んでやれ。あいつなりの親切だろう。女子だから、男子だから、という理由で変に意識しないのもあいつの長所だからな」
「……ま、まあ分かったわよ。そこまで言うなら」
正直のところ、1人で食べるコンビニ弁当も味気ないと思っていたところだ。
遠慮する気持ちが無かった訳ではないが、彼女も最終的には承諾した。
「お、良いってさ! 行こうぜ、コトハ!」
「う、うん……」
とはいえコトハも悪い気はしなかった。
ヒナタが友人を家に誘うような感覚なのもあるし、自分も1人で家でコンビニの弁当を食べているよりはマシだと思ったのだろう。
——それだけ、無意識のうちにヒナタに心を許しているのもあるのであるが。
「どうした? 嫌だったか?」
「い、嫌じゃないわ。むしろ嬉しい。折角だもの、あんたの誘いに乗るとするわ」
「決定だな!」
言うと彼はスマホを仕舞う。
「それじゃ、俺らは先帰るわ」
「お疲れだ。僕もそろそろ帰る。ノゾム達にも言っておかねばな」
——ヒナタの家で……晩御飯……。
少し前までは考えられなかったことだ。それだけ彼が気を遣ってくれているのもあるのだろう。
どこか複雑な気持ちを抱えながらも、彼女はヒナタと一緒にビルを出たのだった——
- Act8:揺らぐ言の葉 ( No.333 )
- 日時: 2016/08/20 09:03
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
***
「ただいまー」
「——お邪魔します……」
ヒナタの家は、住宅街の中の一軒家であった。
初見印象は普通、であった。灰色の壁に二階建てで、如何にも住み心地の良さそうな家だ。
彼が扉を開けると、迎えたのは茶のかったウェーブのロングヘアを携える、まだ若さを残した女性であった。エプロンを付けており、また奥から聞こえる何かを煮るような音からして、彼女が台所で調理をしていたことは想像に容易い。
「あらぁ。お帰りぃ——あれ、その子が例のチームメイト?」
「そうだぞ、母さん」
「は、はい……今日はありがとうございます」
「可愛いらしいじゃない。そんなに緊張しなくても、くつろいでいって良いわよ?」
「は、はい……」
「さあ早く上がって上がって! もうすぐ晩御飯出来るから」
そういうと、彼女は奥のリビングの方へ走っていく。
「あれが、ヒナタのお母さん?」
「ああ。ちょっとおっとり天然ぽけぽけしたところがあるけど、料理はすっげー旨いぞ」
「ふぅーん……」
——結構、若そうだったな……。
そんなことを思いつつも、ヒナタが何か言い出す。
「多分今日は——おっ、この匂いはシチューか」
「そ、そうみたいね……な、何かやっぱり緊張しちゃうな、あたし。男の子の家にこんな風に呼ばれるの初めてだし」
「別に泊まるんじゃねえし、そこまで気にしなくて良いだろ。困ったときはお互いさまだし」
「と、とまるって……」
「何でそこに反応すんだよ」
「べ、別に!」
***
リビングに着くと、荷物はその辺に置いていて良いと言われる。かなり綺麗にしてある。正直、男子の家は汚いとかいう偏見が無いこともないコトハであったが、それが覆ることになる。
手を洗った後、ふと振り向くと視線を感じた。
見れば、部屋の方から小学生程の少年がこちらをじっ、と見つめているのだ。顔付きはヒナタに似ているが、幼く、背も低い。
そしてヒナタが来るなり、「にーちゃん、また連れてきたの?」と言っている。
気になって近寄ってみると、先にヒナタが口を開いた。
「ああ、コトハ紹介するよ。弟のユウキだ」
「如月コトハよ。よろしくね、ユウキ君」
「よ、よろしく……」
でも、と彼は続けた。
「——びっくりしたよ……。兄ちゃんに彼女いるなんて聞いてないよ?」
ぴしり、と2人の顔が凍り付く。
そして——ヒナタの拳骨がぐりぐり、と彼のこめかみを抉った。
「ユウキィーッ? 勝手な事言ってお姉ちゃん困らせちゃダメだろぉー?」
「いだだだだだだだだ、ごめん! ごめんって! いや、さ……兄ちゃんが女の子連れて来たの……久々だったし、つい……」
「チームメイトだよ、チームメイト。デュエマすっげーつえーんだぞ?」
「お兄ちゃんよりも?」
「そ、それは……」
言い淀むヒナタ。
そこに茶々を入れるようにコトハが冷ややかに言った。
「あら。素直にあたしの方が強いとは言ってくれないのね。弟の前では、そーやって見栄張るんだ」
「事実だろ!!」
「何ですって!!」
と言いかけた途端、後に続く言葉は掻き消される。
原因は、2人の腹の音であった。
「……こんなことで言い合ってる場合じゃなかったわね」
「……そうだな……いい加減腹減った」
「お皿に注いだわよぉー。ふふ、仲が良いのねぇ」
くすくす、と笑う母を後目に弟へ「ほら、席に着くぞ」と促すヒナタ。
家では結構、威張っているのだろうか、とも思ったが——
——というよりは……ヒナタって結構、年下への面倒見がいいわよね……。弟とも仲が良いみたいだし……良いお兄ちゃんなんだなあ……。
ノゾムやホタルに対する彼の接し方を見てもそうなのだろう。
対して、自分の兄のことを思い出すと——吐き気がするのでやめた。
——ヒナタがあたしのお兄ちゃんだったら良かったのになぁ……。
***
「ん、美味しい!!」
だが、そんなことはすぐさま忘れてしまった。
よく炒められた肉の匂いが食欲を、胃袋を刺激してスプーンが止まらない。また、濃厚で肉厚なベーコンが、小麦粉っぽさが全く感じられないルゥとよく絡む。また、全体的な風味や香りも野菜と相乗して引き立っており——総括すれば自分の家でたまに食べる市販のルゥを使ったシチューとはまるで違うように思えた。
「え、え、これどうやって」
「どうやって、って母さんはいっつも普通の市販のルゥを使ってるぞ。だけど、母さんは魔法が使えるからどんな料理でも美味しく出来るんだ」
「ま、魔法って——」
「もうヒナタ。中学生にもなって、いい加減な事を言わないの」
窘めるヒナタの母は、微笑むと言った。
「肉はバターを使って炒めてるのよ。後、ルゥは白ワインを加えると味が良くなるわね。こんぶ茶も実は相性抜群なの。市販のものでも、何かを足せば見違えるように美味しくなるのよ」
「でも、こうしてみると兄ちゃんの言ったことも強ち間違ってないよねー」
「料理はコンボが大事、だからな! 勿論、基本はしっかりと押さえた上でだ! デュエマと似てるよなぁ!」
「凄い……」
「ふふ。今日は少し張り切っちゃった。後、こういうのもあるのよ」
ぽん、と何かが目の前に置かれる。
それは、粉チーズの缶だった。
「それをね、振りかけてみて?」
「は、はい……」
ぱらぱら、と粉チーズをまぶしてみる。
そして少し混ぜてから——スプーンで掬って口に入れた。
「!」
コトハは言い知れない感動に襲われる。
コクだ。チーズの深いコクが、なめらかなルゥにマッチしており、さっきとはまた違った味を成しているのである。
「ね? シチューだけでも奥深いでしょ? お代わりまだあるからね?」
「は、はい、いただきます!」
「すっげー気に入ったみたいだな」
いつになくシチューにがっつくコトハを見ながら、ヒナタも思わず笑みが零れたのだった——
***
「別に送ってかなくても良いのに」
「もう暗いし、あぶねーだろ?」
帰り道。
街灯が照らす暗い道を、2人は歩んでいた。
「美味しかったなあ……シチューのレシピ教えて貰ったし、また帰ってきたら母さんにも教えなきゃ」
「腹いっぱいになるまで食って貰って、うちの母さんも喜んでたしな。何ならコトハが家族に振る舞ってやれよ」
「あたしー? 自信ないわよ、そんなの」
「出来るって。お前ならさ」
「……」
本当に、彼は優しい。
言葉の1つ1つは、荒っぽいかもしれないが、こうして付き合いも長くなると、彼が本当に出来た人間であることが分かる。
その裏には——大きな痛みがあることも、この間の彼の話でコトハは知っている。檜山ナナカという、大きな痛みが。
今日の彼の弟——ユウキの話からも大方察した。彼女も、ナナカもこうしてヒナタの家を夕食をとりに訪れたことがあったのだろう。
「……なあ。もしもまた、今日みたいなことがあったら——うちに飯食いに来てくれよ。弟も野郎ばっか遊びに来ても面白くないかもしれねーし。たまに、で良いんだ」
が、そんな思考を遮るようにヒナタは言い出した。
彼からすれば何気ない言葉だったのだろう。しかし、どこか決まりが悪そうだった。
「ふふ、考えておくわ。……ねえ、ヒナタ。この辺で良いよ。後はバス乗るだけだし」
「そっか。気を付けろよ」
と、言ってる間にバスが見える。
どうやら丁度時間だったらしい。
乗車口に駆けていくコトハは——振り向きざまに言った。
「ねえヒナタ。明日から練習、また頑張らないとね! 絶対、あいつらに勝つんだから!」
最後に彼女が見せたのは明るい笑顔。それに彼は心を奪われる。それは、彼女が滅多に見せない表情だったからだ。いつも、仏頂面で怒っているようにも見える彼女が、今は笑っている。本当に普通の少女のように笑っている。
「ああ! 勿論だ!」
そのままいつものように拳を突き上げて返す。
頷くコトハの姿はそのままバスと共に消えて行った——
***
バスに揺られながら、彼女はさっきの事を思い返していた。
——楽しかったなあ。
少しの時間ではあったが、何より暁ヒナタと言う少年の側面にまた一歩踏み込むことが出来たような気がした。
——こんな誘いをしてくれるなんて……あいつも少しはあたしの事を認めてくれてるってことなのかな……。誰彼構わず、って訳でもないみたいだし。
元は喧嘩で始まったような仲なので、自分とヒナタがそこまで仲が良いという自覚は無かった。
しかし。思い返しても此処最近のヒナタに対する自分の態度は軟化した気がする。
——でも、ヒナタはどうなんだろ。
それでも彼については分からなかった。ヒナタは、仲間に対しては分け隔てなく優しい。
自分も所詮、その仲間の中の1人でしかなくて——彼にとって本当に大切なのはあの少女——ナナカなのではないか、とさえ思えてくる。
彼は自分と彼女は似ているが違うと言っていた。代わりではないと言っていた。
ならば猶更——
——う……。
だとすれば——どうすれば、この苦しみを晴らすことが出来るのか。コトハには分からなかった。
- Act8:揺らぐ言の葉 ( No.334 )
- 日時: 2016/08/20 13:38
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
「如月ィ。ちょっと集中力欠けてねぇか?」
「えっ?」
革命の戦法を身に着けるため、フジと演習を繰り返していたコトハだったが、唐突にそんなことを告げられて戸惑いを隠せなかった。
確かに今の試合はプレイングミスが目立ったが——
「何か別の事考えながらやってただろ。オイコラ」
「す、すみません……先輩」
「……別にそこまで怒っちゃいねぇよ。色々あるんだ。誰だって悩む事はあるが——頼むからそれを試合に持ち込んで負ける、なんて結果だけは勘弁な。鎧龍は後1勝すれば確実に世界に行けるんだ」
「はい、分かってます……」
「まあ、プレッシャーを掛けるつもりはないがね。そこまで。もうちょい肩の力を抜いて行こうぜ。その代わり——ごたごたは解決できるなら、そっちで解決しとけ」
そんな言葉がずしり、と圧し掛かる。
簡単に解決できる訳がない。
この気持ちはもう、どうにも出来ない程に膨れ上がっているのだから——
「——くれぐれも、ヒナタの奴に甘えてその辺をなあなあにするんじゃねえぞ」
「……はい」
「テメェに渡したそいつは、テメェの分身そのものだ。そのカードが意味するのは——隠された側面。そいつを使いこなせるかどうかは、テメェの心境にかかっている」
***
「っ……やっぱ難しいな、コレ……」
「……そうね」
D・コクーンから、ほぼ同時に出てきて2人同時に溜息をつく。今の対コンピューター戦は敗北に終わった。
この動作は息ぴったりだが、プレイングまで息ぴったりというわけにはいかなかった。D・コクーンによって、出来るようになったタッグマッチの練習。
先ほどの試合の反省点を纏めることにしたのだった。
「前の試合は、結構攻撃面が手薄だったと思うわ。そっちは、ドラゴン中心にした方が変にメタ張るより効果的だと思うの」
先ほどの試合は、メタビート気味に纏めたものの、コトハもヒナタも積極的に殴るわけではないので、巨大な切札を出されて押し込まれた形になった。
これまで、2人のデッキを変えて最良の組み合わせを考えていたが、結果的にコトハがイメン、ヒナタが攻撃力の高いドラッケン軸の連ドラを使うことに。
「んじゃ、もう1回試すか?」
「……う、うん……分かったわ。……ふう」
そう言うと、彼女は椅子にへたり込むようにして座ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ごめん、ちょっと疲れたみたい……」
「最近さ。お前、無理してねえか?」
それは、此処最近の彼女の様子を見たヒナタの印象であった。
気丈に振る舞っているのは、いつも通りであるが——どこか仕草の1つ1つも歪だ。そわそわと落ち着いてないときが多くなったし、何よりも——以前よりきつい言動が大きく減っているのだ。
らしくないと言えばらしくない。
「……どうなんだよ。かなり打ち込んでるみてーだけど」
「……うっさい」
「顔色も心なしか悪い気がするし……無理してんじゃねえのか?」
「あのねぇ」
唸るようにコトハは言った。
「別にあんたには関係ないじゃない、そんなこと」
「だ、だけど、パートナーだろ、俺達。あの有栖川のリベンジに燃えてるのは分かるぜ。でも、それで体壊されたんじゃたまったもんじゃねえよ。無関係なわけねぇだろ」
正論で諭すヒナタ。
俯き加減になると、コトハは呟く。
「……ごめん。でも、本当に大丈夫よ」
「まあ……お前がそう言うなら大丈夫なんだろう。分かった」
そんなに表情に現れていただろうか。
確かに疲れた素振りこそ見せたが、此処まで言われるとはさしもの彼女も思わなかった。
ヒナタが自分を心配してくれているのは嬉しかったが、それでまた変な気を遣われるのは御免だ。そう思い、
「でも、いつの間にかもうこんな時間だし……多分、コクーンの中でちょっと酔っちゃったのかな、映像に」
「ああ、そうだったのか。実は、俺もちょっと根詰めすぎた所為か、頭が少し痛かったんだよ。じゃあしっかり休んでおけよ」
「う、うん」
そんなわけで、今日は解散となった。
微妙な彼とのすれ違いを感じながら——
***
『コトハ様ぁ……大丈夫ですかにゃぁ?』
「……」
布団に突っ伏しながら、コトハは黙りこくったままだ。
分からない。
此処最近の自分の不調を、どうすれば解決できるのか。
いや、恐らくもう分かり切ってるのだろう。何が原因なのかを。
『やっぱり原因は、ヒナタ様ですかにゃ?』
「……いいえ。原因はどうあろうと、あたし。これはあたしの問題よ」
『そうかもしれませんけどぉ……これ以上コトハ様が苦しんでいるところを見ているのは、このニャンクス、従者として耐え切れませんにゃ……』
ぎゅうっ、と彼女の小さな両手がコトハの手を握る。
『僕で良ければ、コトハ様の話を聞きますにゃ! 何だって遠慮なく!』
「ありがとう」
わしゃっ、と彼女の頭を撫でた。
本当に頼もしい自分の相棒だ。
「ヒナタに出会ったのは1年半前。鎧龍に入学した日の事だった」
『コトハ様?』
「……あいつと出会ったころのことよ。思い出してたの。あの頃は、本当にあたしも性悪で、誰かを事あるごとに下に見て、利用することでしか価値を見出せなかった」
思い返す。
成績優秀、実直で真面目な委員長。周囲からのそんな評価に自惚れていた。
責任感もあり、ちやほやされる一方で——他人をどこか下に見ていた。
薄々彼女は感付いていたのだ。自分に真に友人と呼べる人間など居ないことに。
「とにかくあたしは名声を上げることしか考えてなかった。周りから、尊敬されて慕われることしか考えてなかった。バカね、今思えば。そんなこと、自分から求めたって何の意味も無い。なのにあたしは、入学当初から自分はそうなるんだ、って思ってた。小学校の頃と同じ事が通用するって思ってた。だけど——入学早々、あるバカが喧嘩をおっぱじめてね」
『それって?』
「それがヒナタよ。相手は勿論レンだわ。あの頃からあいつらは今みたいな感じだったのよ。あたしがあいつらを止めたり、先生に言いつけたから、早速ヒナタとは険悪になってた。その矢先に最初の対戦であいつとマッチングしてね。此処でも勝って、あいつを屈服させてやる——そう考えてた」
だが、結果は思ったようにはならなかった。
コトハは——ヒナタの類稀なる閃きとプレイングの前に、敗れたのだ。
「結果はあたしの負け。面子はボロ崩れよ。何ならせめて、今度は利用してやろうと思ったの。鎧龍サマートーナメントのメンバーを組もう、って持ちかけたわ。でもね——」
彼女は目を伏せる。
自分の敗北の中で、最も忌むべき敗北。
あの事件が起こってしまったのだ。
オラクルの襲撃事件。
鎧龍の生徒がいずれ邪魔になると考えたオラクル教団が、デュエリスト達の襲撃を始めたのだ。決闘空間に引きずり込み、カードごとボロボロにする——そんなタチの悪い事件が何度も起こり——
「あれは誕生日の日だった。あたしも襲われたのよ。小学校のころからの同級生も含めて皆、誕生日のプレゼントを用意してくれたの。でも——あたしは、皆の所に来ることができなかった」
——彼女もまた、教団の魔の手の前に倒れた。
「切札もその時に焼き印を押されてね。屈辱だったわ。何度も病室のベッドで泣いた。身体も、カードも、ボロボロにされて——」
『コトハ様……辛かったでしょうに……』
「目が覚めたら、焼き印が押されて焼け焦げて、穴が開いて——もう使えないカードを見せられた。自分の大切なデッキも一緒に奪われたあの感覚は一生忘れない。喪失感でいっぱいだったわ。でもね。ヒナタは——挫けてたあたしを励ましてくれた」
くすり、と彼女の表情から笑みが零れる。
「ずっとね。只のチームのメンバーとしか思って無かった。只利用してただけとしか思って無かった。でも——あいつは、あたしを立ち直らせてくれたの。あの日の誕生日プレゼントは、絶対に忘れない。ちょっと日付はずれちゃったけど、目が覚めたあたしの誕生日を最初に祝ってくれたのは——あいつだから。多分、そこからでしょうね。あたしもあいつのことを、本当に仲間だって意識するようになって」
『でも……コトハ様、今とっても苦しそうですにゃ』
「うん。あの後も、何度も共闘して、一緒に居るうちに……いつの間にか、あたしは気付いたらあいつのことばかり意識しちゃってた。あいつと今の関係を崩したくないがばっかりに、冷淡な態度もとった。素直に、なれなかった」
ははっ、と乾いた笑みが漏れる。
「バカみたい、あたし——あいつと一緒に居るのが楽しい、ってもうとっくの前に気付いてたはずなのに————バカみたい、あたし。あたしがずっと、逃げてただけじゃない」
自嘲気味に彼女は漏らす。
ぽろぽろ、と涙も零れた。
「でも、あいつに——ヒナタに嫌われるのが怖い。だって、あいつには——」
彼の心には、もう既に居ないあの少女がいる。
それを理由に思いを跳ね除けられ、彼から避けられるようになるのが——怖かった。
『ならば、コトハ様の答えはもう出来ているはずですにゃ』
- Act8:揺らぐ言の葉 ( No.335 )
- 日時: 2016/08/21 07:54
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
ガリッ
何かが砕けるような音がした。
これは——ニャンクスが、自分の丸薬を噛み砕いた時の音だ。
次の瞬間、彼女の身体が、光る。部屋が照らされる程に。
気付けば——そこには、少女の姿があった。
人間体だ。以前にも披露されたことがある。本来ならば武装形態のみでしか、この姿を見ることはできないと思われていたが、人間の姿になるだけならば、丸薬で何とかなると以前の文化祭の時に証明されている。記憶の通り、とても可憐で、妖艶で、そして愛らしい少女だ。
しかし、今は瞳が怒りで揺れていた。
「思いを……伝えることが、そんなに怖い事なんですか?」
「……ニャンクス?」
眉間には皺が寄っていた。
低く、唸るような声だった。
自分よりも声色が高いニャンクスだが、この時ばかりは虎が唸る光景を連想させた。
これほどまでに、精神に強く干渉してくるとは。
「相手に好きだって伝えることは、いけないことなんですか? 自分の気持ちを伝えることが、そんなに忌まれることなんですか? 誰が、いつ、そんなことを決めたんですかっ!!」
「やめてよっ!! あたしは——」
怖い。
今までで初めて、彼女が怖く思えた。
怒っている。ニャンクスは——確かに怒りを表している。
不甲斐無い主人である、自分自身に——煌く眼差しを突き刺している。
実際はそうでないとしても、相当の迫力だ。人間の少女が放てるものではない。
人に睨まれるのと、クリーチャーに睨まれるのとでは、此処まで違うのか。
殺されるのではないか、という思いさえも刷り込まれる彼女の瞳がコトハに恐れを抱かせた。
姿かたちが似ていても、魔力を持ち、人間とは全く別の理の中で生きる異なる存在であることが嫌と言う程分かった。
——次に彼女は何というだろう。
自分は、自分は——どうすれば良いのだろう。
答えは出ない。
それを待たずにニャンクスが言葉を発したからだ。
「——コトハ様。僕は、コトハ様のことが、世界で一番好きです」
それは、とても柔らかく、優しい声だった。
いつの間にか、ニャンクスの瞳も穏やかな色に変わっていた。
ぎゅうっ、と自分よりも一回り大きくなった彼女の腕が、自分を包む。そのまま——ベッドに押し倒した。
艶やかな肢体で抱きしめられ、宝石のような瞳に見つめられ——相手は同性なのに、余りにも現実離れした美少女を前にしてコトハは赤面していた。
——ああ、そうか。
自分に似た姿、人間になるべく近い姿に彼女が成ったのは——同じ目線で彼女に思いを伝えるためだったのだ。
「素直じゃなくても、不器用でも、優しくて、困った人がいたら見過ごせなくて、全力で人のために頑張れる、そんなあなたが主人になってくださって、僕は幸せなんです」
「ニャン……クス……」
「でも、残念な事に僕は”クリーチャー”で貴方は人間——性別以前にこの2つの存在は決して相容れないんです。例え、どんな種族でも。これはもう、決まっていることなんです。残念な事に」
ぎゅうっ、と再び彼女は強く、強くコトハを抱きしめた。
「さっき、コトハ様は僕が睨んだ時、怖がっていました。僕には確かに分かりました。そう、それなんです。僕と貴方は、今こうして姿形が同じでも、桁違いに力が違うんです。魔法力も、腕力も、この世界の生き物とはケタが違うんです。それほど、クリーチャーから見た貴方たち人間の差は歴然なんです。悲しいけど、僕の世界は人間とクリーチャーが共存する世界だったから、よく分かるんです。明確に違うモノだと分かっているんです」
それに、と彼女は続けた。
「——変ですよね。人間の間でも、クリーチャーの間でも同性愛ってイレギュラーらしくって。僕も正直、そう思ってました。でも——一目惚れでした。貴方が、僕の迷いを断ち切ってくれたから。貴方が、僕の呪縛を断ち切ってくれたから。僕は、貴方に仕えるだけで十分で、何も要らないって思ってました。でも——僕は、いけない従者です。従者の最大の禁忌(タブー)を犯してしまいました」
「それって——」
「欲しくなっちゃったんです。コトハ様の事が。出来ることなら、性別なんて、種族なんて関係ない。貴方が欲しい。貴方ともっと一緒に居たい。出来る事なら、ずっと——心も体も交わりたいって」
欲しい。ただただほしい。欲望のままに。身体を震わせる渇きのままに。
それは、表には決して出さなくともニャンクスの枷となっていた。
今まで抑え込めていたのは、間違いなく彼女が従者としては完璧な存在だからだろう。
こんなことが無ければ、いつまでも抑え込めていたはずだ。
心の中でどんなに辛い苦しみを抱えていても。
「……叶う訳のない恋っていうのは、それだけ苦しいモノなんです。貴方が抱えているものよりも、ずっと凄惨で、悲惨な恋は、歴史がそうだったように時に悲劇さえ生むんです……この世界でもそうだったし、僕がいた世界でもそうでした。でも、それは思いもため込んでしまったから起きた事が殆どなんです。隠していたが故に、起こってしまった悲劇が占めているんです!」
「想いを隠す……」
「答えてください。コトハ様」
ひくっ、ひくっ、という溜飲が聞こえる。
それを聞いていて、コトハは胸が詰まり、何も言えなくなった。
それでも——ニャンクスは口を開き、精一杯に応えた。自分が今、主人に問いたいことを。
「コトハ様は、嫌でしたか? 僕にこんなことを言われて——僕に、僕なんかに好きだって言われて」
「……!」
「想いに応えるか、否か——それ以前に、コトハ様は僕に好かれるのが、嫌でしたか? 迷惑でしたか? 例えそうだったとしても——僕は、貴方の傍に居ます。それも駄目なら、貴方にカードのまま破り捨てられることを僕は選びます」
ニャンクスも、自分と同じだったことに気付く。
怖いのだ。
相手に嫌われるかもしれない。
そういった恐れが、気持ちを留まらせる。
しかし——伝えなければずっと苦しいままなのだ。
真実から出た言の葉は——絶対に自分を裏切らないということ。
そして、彼女の台詞は——彼女がコトハを心の底から好いており信じているからこそ、出て来た言葉だということ。
これだけは絶対に揺るがない事であった。
「——嫌な訳、ないよ……」
「コトハ……様」
一言置いて、コトハは続けた。
照れ隠しも、何もない。生のままの自分の言葉だった。
「ありがとう。ニャンクス。あたしは嬉しい。あんたがあたしのことを好きでいてくれるのが」
「う、ううう……ことはしゃま」
一旦コトハから離れたニャンクスの顔は——涙で濡れていた。
気付けば、自分の頬も濡れている。
胸が熱い。込み上げてくるようだ。
「でも、あたしには——好きな人が居るから、あんたの思いに本当の意味で応えることが出来ないの……本当に、ごめん」
「それで良いんです。コトハ様。ニャンクスは大丈夫です」
「でも、迷惑なんかじゃなかった。嬉しかったわ。こうやって告げられるのは、初めてだったからかもだけど——」
——そっか。
やっと彼女は気付いた。
「——誰かを好きになることって、そしてそれを伝えることって、こんなにも素敵なことなのね」
「う、ううう……コトハ様ぁ!」
「ひゃっ」
「ニャンクスは、お傍にいてもいいですよね!? これからも、ずっと!」
「勿論よ。あたしも、あんたが傍にいて欲しい。こんな主人だけど、ずっと傍にいて欲しい」
「はいっ!! 勿論です!!」
少しだけ、気が楽になった。
そして見えて来た。自分がどうすれば良いのかも分かってくる。
——そうね。まずはやってみなきゃ、何も分からないわ。デュエマと、同じ、カードは引かなきゃ何が来るか分からない! 例え、あいつにあたしの思いが通じなかったとしても、ね。
「そ、それとコトハ様……」
「? どうしたの。ニャンクス」
そう思った矢先だった。もじもじと恥ずかしそうに彼女は股をすり合わせると言う。
「——どうしよう。好きな人の前だから、ムラ——じゃなかったドキドキしちゃって……もう1つついでに我儘聞いて貰えたら嬉しいなぁ、と」
「ちょっと待て」
妖艶な姿で迫るニャンクス。
気付けば、彼女は何も服を纏っていない。
そしてコトハをベッドに押し倒したままなのだ。
「実は僕……というかワービースト・コマンドというのは元より子供の間は獣型、そして成熟すると人間に似た姿になるみたいなんです……これ、僕もこないだまで知らなかったんですけど、前から持ってたこの薬、変身薬じゃなくて、いわば一種の成長促進剤だということが、やっとわかって」
「ちょおっ!? 聞いてない!! そんなこと聞いてない!!」
「だ、だって! アスクレピオスの魔法陣での製薬なんてそんなもんですよ! こういうちょっとしたことなら、先に式の答えを埋めてから穴だらけのもう片方の辺を埋める感じで」
「うん、分かった……要するに、薬でどうしたいのかを先に入力して、って感じなのね……」
「正解です! だから、どういう効果で体に作用するのかは、後々から解析しないと分からないことが多いんですよねぇ」
「何その好い加減な製薬方法」
「だから今の僕、ちょっとサカっちゃってます。ご留意を」
「ねぇ、待とう? どういう理屈なの、それ。取り敢えず、話し合えば解決できるよ? あれ? そういう問題じゃない? ねぇ? ねぇ!?」
真っ青になりながら、コトハは言った。
「こ、コトハ様がいけないんですよ!! コトハ様が可愛いから……」
「冗談じゃないわよ!! カードに戻れ、ニャンクス!!」
「ふにゃあああ、コトハ様に嫌われてしまいましたぁぁぁ……」
「あ、いや、えーっと……ごめん」
「なら、お願いの1つや2つ——」
「一瞬でも躊躇したあたしがバカだったわ!! 図々しいわね、あんた!! 良いから、さっさとカードに戻れぇぇぇぇぇーっ!!」
「ひゃいっ!!」
画して。
流石に持ち主の権限には逆らえず、ニャンクスはそのままカードに封じられることになったのである。
***
『ご、ごめんなさいコトハ様……さっきはつい、興奮しちゃって……その』
「別に良いわよ。あれくらい気にしてないわ」
——もうちょっとでヤバかったけどね……。
元の子猫の姿に戻ったニャンクスを胸に抱き、コトハは続けた。
やっと落ち着いたようだ。さっき、どういう原因でああなったのかは分からないが。
「ありがとう。ニャンクス。少し気が楽になったわ。あんたが活路を見せてくれたおかげでね」
『……光栄ですにゃ』
「それじゃあ、そろそろ寝ましょう? ……寝てる間に悪戯しちゃダメよ?」
『ふにゃあ! しません、しませんにゃ!』
「……ふふっ」
微笑み、彼女は眠りにつく。
もう残り少ない零央戦までの期間——彼に何時思いを告げるかは、もう決めていた。
——あたしはもう、迷わないわ。
「——ねえ。大好きよ、ニャンクス。あたしの可愛くて賢くて強い、最高のパートナー」
『……ニャンクスには、勿体ない言葉ですにゃ』
- Act8:揺らぐ言の葉 ( No.336 )
- 日時: 2016/08/21 10:04
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
『ヒナタ……最近のコトハの件についてだが』
「? ……ああ。まあ、俺もおかしいとは思っていたよ。思えば7月のオラクリオン討伐の時……まさか、向こうからサービスをくれるとは……ゴフッ」
『おい鼻血』
きゅきゅっ、と勉強机に置いてある箱ティッシュの1枚をヒナタは鼻に詰めた。
今思い出しても凄まじい破壊力であったと思う。アレが本当に、中学二年生の身体だろうか、などど不埒な事を彼は考えていたのだった。
『そんなみっともないことを聞いたのではない、お前の持っている、えーっとなんだっけ、そうだ漫画のように鼻の下を伸ばすな』
「いや、これはさっき本当にぶつけて」
『ともかくだ。最近の彼女の様子は、そうだな——恋をしているように見えるぞ』
「ぶふっ、あいつが? あの堅物委員長が? ねーよ、あははは」
——はははは、じゃねぇよ有り得るんだよなぁぁぁぁぁぁぁーっ!!
これにはヒナタも顔で笑って内心で頭を抱えていた。
彼とて所謂ラブコメで言う難聴系及び鈍感系ではないのだ。
流石に、此処最近の彼女の様子がおかしいことには気付いていた。
その原因が恋であることにも気づいていた。
度々見せる頬の紅潮。
誤魔化すような態度。
「……相手は」
『む』
「……相手は誰だと思う」
『そこまでは私の見た限りでは分からんぞ』
「そうか」
だが、しかし。
イマイチ相手が誰なのかまでは確証が無かった。
そして、まさか自分ではないだろう、と当の本人は思い込んでいるのだから。
『それよりも、私が心配なのはお前の方だ』
「……俺ぇ?」
『聞いておきたい事がある』
「何だよ」
白陽は間髪入れずに言った。
『檜山ナナカの事だ』
「っ……!」
『聞いておこう。貴様は、もういないあの少女のことをまだ追っているのか? それが本当のようには私には思えない。貴様は前に、引きずりながら前に進むと言った。もういない幻影に縋る事は、引きずりながら後ずさっているだけだ』
「俺は——」
『問おう。貴様の答えを。貴様は、どうなんだ』
此処最近になって、彼女の姿がまた鮮明になった。
それは、他でもない。コトハを意識していたからに他ならない。
彼女と空気が似ていたコトハのことを——
「……んだよ。それの何がお前と関係あるんだよ」
『最近のお前の顔色が悪いからだ。お前が如月コトハを見る度に——どこか、青ざめているようにも見える。表ではさも普通に振る舞ってはいるが、こうも繰り返されてはクリーチャーとして貴様の心配の1つや2つ、したくなる』
思わず、俯いた。
そこまで分かっていたのか、とヒナタは何とも言えない気持ちに陥る。
「……多分、無意識ではずっと分かってたんだ。今まではあいつが。鎧龍では——コトハが俺を引っ張ってくれたから。でも、俺には分からない。散々前に進むって言っておきながら、俺は——ナナに似ているコトハを意識しているのか、それともコトハを見て、もういないナナを意識しているのか——ぐちゃぐちゃになって、もう分かんねえんだよ——!!」
『幻影は、所詮お前の心が見せているモノに過ぎないのだ』
「!」
『仲間を喪失した時、親しい者を喪失した時——何か近いモノに投影しようとすることはよくある。だが、お前はもう乗り越えているのだ。最も親しい者を失った悲しみをな』
ヒナタのサングラスを白陽は手に取る。
『この、さんぐらすと言ったか。これは、檜山ナナカが身に着けていたものと同じなのだな?』
「ちょっと色は違うけど、同じ種類のサングラスだ」
『そうか——ならば、お前が一番似合ってる』
「……どういうことだ」
『死者は、何かしらの形で生きている者に何かを託す。今までの話を聞く限りでは——あいつはお前に、お前の思っている以上の沢山の者を託し、そしてお前もそれを認めたように思える。もう、悲しみが繰り返している事は無いはずだ。何故なら——お前自身もそれを良しとしていないのだから』
「っ!」
『今一度考えろ。お前自身の答えを。正解は無い。だが、お前が一番納得できる答えを出せ。お前自身が熟考した末に出す、その答えは決して、お前が都合よく考えた幻想ではないのだ』
そう言い残すと——白陽はカードの姿に戻ってしまった。
ヒナタは、ぼーっと考える。
今までのことを、回想しながら。
自分自身の答えを出すために——
***
「零央学園との試合が近くなった。改めて対戦相手を確認しておこう」
いよいよ、決戦が間近に迫った日。
ミーティングにチーム全員を呼び出したフジは、スライドパネルに2人の顔写真を映した。
1人は、見覚えのある少女。そしてもう1人は——眼鏡を掛けた色素の薄い髪を持つ少年であった。
「——零央学園2年・有栖川ツグミと3年の真胴ハツタだ。奴らの使うのは、改造ならぬ戒造されたオラクリオン。今までのそれとは比べ物にならないということは、もう如月は分かっているはずだ」
「……はい」
「だけど、その分こっちもパワーでぶつかり合う必要があるってことですね。任せてください!」
がぁん、と拳を掌に打ち付けるヒナタ。
既にもう、やる気で満ち足りているようだ。
コトハの方も静かにうなずく。
今回は観戦側に回るレン達も、胸のざわつきを抑えることが出来なかった。
「オラクリオン零式……一体、どのような戦い方を実戦で披露してくれるのか。美学が騒ぐ」
「美学って何でしたっけ……黒鳥先輩」
「でも、ヒナタ先輩と如月先輩が苦戦するのは間違いないってことだろうなぁ……相当、ヤバそうな匂いがする」
「何であれ、2人の気迫が日に日に高まっている」
「そうだな。テメェら吹っ切れたように最近、キレがいいからな。まあ良い。これも俺様のおかげだな」
そう言い放ったフジは次の瞬間、2つの殺気を感じた。
1つは、コトハのデッキケースから、もう1つはヒナタのデッキケースからだ。
「……こほん。まぁいい。最後の試合は海戸マリンスタジアムで行われる。泣いても笑っても、これが日本戦の最後だ」
思えば、これが世界に行くための最後の関門なのだ。
「というのも、今から始まる試合次第でその辺のリスクが変わってくるんだ」
「そうっすよ、早く見たいのに」
「まあ待て。今中継を映すから」
そういうと、フジはモニターに試合を映し出す。
聖羽衣は此処まで鎧龍に負けている。対して零央は蓬莱に対して勝利をおさめていた。
此処で負ければ、もう後は無いが——見れば、開始早々零央の開発したと思われるカードにより切札の早期召喚を許してしまっていた。
その後も巻き返したりと奮闘を続けていたが——
『試合終了!! 勝者、零央学園!!』
——零央学園の二勝を許してしまうことになったのである。
これにより。
実質、次の試合。鎧龍対零央戦でどちらが世界に行くのかが決まることになる。
「負けられないわね……」
「いーや、元から負ける気なんてねぇよ、コトハ」
「そうだったわね」
色々あったが、これが決戦だ。
2人は頷く。
絶対に、次の試合で勝利するという決意を再確認するように。
「それでは、特訓あるのみだな!! 気ィ引き締めていくぞ!!」
『はいっ!!』
***
——画して。カウントダウンは始まった。そして——今、世界に行く者達を決める最後の戦いが幕を開けようとしている。
只一つの勝者になるため——それぞれの思いを抱え、決戦の日が迫る——
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