紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第七話「満月の夜の新月は破滅の足音」#8



___某病院四階、412号室前。

非常口への道を示す淡い緑のライトだけがかろうじて足元を照らす廊下。
そこにあるベンチに一人の少女がうつむいて座っている。どうやら杙菜のようだ。

「・・・一馬君。いてくれたんだ」
杙菜は笑顔で言う。本人はそれで精一杯疲労を隠したつもりだろうが、精神的に参っているのがわかった。

「ザイツェフさんに言われてな。これから数日以内に『大太法師』の刺客がこの病院に来るらしい」
「そうなんだ・・・」
とりあえず疲れたので、距離を置きつつも俺もベンチに座らせてもらう。

「・・・・・」
「・・・・・」

薄暗い廊下を、沈黙だけが流れる。



・・・気まずい。

あーもう、こういう空気苦手なんだよ俺・・・。
かといって何かを話そうにもストリートチルドレン時代につるんでた友達は皆男だったせいか
異性に免疫とかほとんどないし何を話したらいいのかわかんないし
あああああああもう空気が重い!
とりあえず餡子と蜘蔵の容体を見に行くとしようか。うん。それがいいそうしよう!

と、俺が立ち上がろうとしたその時。






「・・・私、役立たずだったね」

「・・・え?」

不意に、杙菜が口を開く。

「あの時、私相手が恐くて何もできなかった。
 皆が倒れた時にも私はただ震えているだけだった。
 一馬君とザイツェフさんのおかげで最後は勝つことができたけど
 もしあそこでザイツェフさんが来てくれていなかったら・・・私、皆を見殺しにしてた。

 今まで裏社会で生きてきてそれなりに実力も自信もついてきたと思っていたんだけどなあ。
 レベルの違いを見せつけられた途端動けなくなっちゃうなんて」
杙菜はどうにかして明るく振る舞おうとしていたようだが、次第にその声は涙声へと変わっていった。

「・・・ホントに、ごめんね・・・役立たずで・・・」

「・・・・・」



無理も無い。
俺だってあの時半ば諦めかけたんだ。
心を折られ、あと一歩で仲間を見殺しにするところだったのだ。
普通ならこれで鬱になってもおかしくない。

・・・あくまで『普通なら』だが。
裏社会では状況によっては仲間を見殺しにすることも止むを得ない。

・・・だがそれでも彼女がここまで心に傷を負ったのはその優しさ故なのだろう。



そんな彼女に俺が優しく心を癒す言葉をかけてやれる訳も無くて。






「・・・強くなれば良いじゃん」

それが俺がやっと絞り出す事の出来た言葉だった。

「・・・え?」



「なんつーか、ぶっちゃけ俺もあの時諦めかけてたしあんま偉そうなことは言えないけどさ、
 とりあえず死ななかったから次があるわけじゃん。
 だったら次こそはそういう思いしないように強くなればいいじゃん。



 ・・・俺も強くなる。自分の非力さを恨むのはもううんざりだから。

 『頂点に立つ』とか口先だけで言ってるだけじゃカッコ悪いから」

「・・・・・」



言った後に思った。超ハズい。

やべえ、すっごくこっち見てるよー。
見ないでー。ガチで今『穴があったら入りたい』気持ちだからー。

「・・・なんか・・・サーセン」






「・・・ううん、ありがと」

え?



「そうだよね。泣いてるだけじゃ何も変わらないよね。
 ・・・うん。私も強くなる。

 ・・・一馬君は今日皆と知り合ったばかりだけど、皆良い人たちばかりなんだよ。
 斗夢さんはおもちゃ屋の経営が苦しくて裏トゥルーラーになったんだけど子供にすごく優しい人で、
 たまに孤児院とかに手作りのおもちゃを持って行ったりしてる」
「タダで?」
「そう。経営が苦しいのに、『子供たちの笑顔が見れればそれでいいから』って。
 ・・・破魔矢さんはなんでも声帯が麻痺してるとかで喋れないらしんだ。
 だからいつもテレパシーを使っているんだって。
 でね、作曲するのが大好きでたまに新しい音楽を作って聴かせてくれることがあるんだ」
「あー何かクラシックとかそういうの系多そう」
「でも基本的にジャンルにこだわりは無いみたい。この前はへヴィメタだったし」
「意外すぎるわ!」
「あはは・・・。でね、焔さんはお父さんが焔さんとお母さんを置いて出て行っちゃって、
 だから男の人が嫌いなんだって」
「どうにもあの人苦手なんだよなあ・・・怖いし」
「でも、ホントはすっごく優しいんだよ?この前ノラ猫にごはんあげてるの見ちゃったし」
「これまた意外だな・・・」
「で、ザイツェフさんはすっごく頼りになる人で
 今回のこともそうなんだけど、武器だとか病院だとかあっという間に手配してくれる」
「最初会った時はこの上なく胡散臭かったけど、味方につけると頼もしいよな」
「なんでも政府の中枢にコネがあるとからしいんだ。星一さんが言ってた。
 星一さんといえばね、普段はあの部屋のパイプ椅子に座ってへらへらしてるイメージがあるけど、
 なんでも戦時中は『大参謀』って呼ばれてたんだって」
「マジかよ!?あの人が!?」
「うん、意外だよね。作戦立案能力では国内随一だって。
 ・・・で、餡子ちゃんは私の親友。
 会ったのはこの捜査チームに入ってからだけど間違いなく親友だよ」
「よっぽど気が合うんだな」
「うん。・・・だからもう絶対に傷つけさせたくないんだ」
「・・・・・」
「でね、蜘蔵さんは何でも妹さん二人、弟さん一人、それと戦争孤児を何人も稼ぎで養っているんだって」
「何という慈善事業家」
「で、少しずつだけど貯金を集めてて、いつか孤児院を建ててやるんだー、って言ってた」

「・・・ホント、皆良い人たちばっかりだな」

「・・・うん。だから、私はそんな皆が大好き。皆と一緒にいるのも大好き。



 ・・・だから、私も強くなる。



 それでさ、『大太法師』を倒したらさ、皆で打ち上げに行こうよ!」

杙菜は今度は曇りなき笑顔で言う。今度こそは。




「・・・ああ、そうだな」
俺は言った。

薄暗い廊下は、やけに静かだった。