紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第零話「戦が残すは爪痕と」#5
とある家屋。
水色の髪の、一人の少女が頭を抱えうずくまっている。
室内に反響するのは、少女の救いを求める声、すすり泣く声。
・・・それもこれも彼女のクリア『千里眼』の所為である。
『千里眼』は、最も個人差の激しいクリアのひとつ。
精々自身の半径数メートルを角度関係無しに覗く程度の能力の者もいれば、
世界中を障害物も距離も関係無しに見渡せる能力の者もいる。
そして、この水色の髪の少女が見渡せる範囲は、自身を中心とした半径約10000キロメートル。
何ら特別な訓練も受けずにこの範囲を見渡せる程の使い手は、
それこそ『千里眼』で世界中を見渡したとてそうそう見つかるものじゃない。
・・・だが、この娘に限ってはそれが裏目に出たと言える。
たかだか11歳そこらの少女が、その余りに優秀すぎる力を制御できる訳も無く。
元々、自身のクリアを完全に理解し、制御するというのはそれこそ難解極まることであり、
後に『各分野のクリアの権威』と呼ばれるほどの人間達でさえもその域に居るのは数人程度。
自分の好きな時に、自分の好きな景色だけを見ていられたらどれだけ幸せだったろうか。
時は『クリアズウォー』の末期。彼女のの広すぎる視界は
死屍累々の血生臭い戦場を、硝煙と爆炎の舞う戦場を、自分の父親の最期を視るには十分すぎる程だった。
多大かつ多彩すぎる情報量、年端もいかぬ子供に見せるにはあまりに刺激的すぎる瞬間を
容赦無しにランダムで彼女の脳内に送り込み、彼女の心を蝕むそのクリアは、
『クリアズウォー』が終わるその日まで、ゆっくりと、徐々にその力を衰退させていった。
___小山餡子、11歳の初夏。
・・・ユートピア本土最西端、とある港町・・・があった場所。
ボサボサの茶髪の新兵・蚯蚓山蜘蔵は、他数名の新米兵士と共に、目の前の光景に愕然としていた。
そう、眼前の風景は瓦礫と死体の焼け野原。
ここは既に日本政府直轄の組織が送り込んだ『ある兵器』によって制圧された後のようだった。
一兵士としては安堵し、喜ぶべき光景だろう。
しかし一人間としては、衝撃を受けざるを得ない光景であろう。
その国歴史がどことなく感じられる建造物は無残にも破壊され只の木片、灰塵、瓦礫。
弱き人間が自分と大切なものを守る為に作りだした敵を殺す為の銃器は砕かれ。
自国を守る為に殉じた兵士達は腕をもがれ足を吹っ飛ばされ首をちぎられ、
愛する者が帰ってくる場所を守ろうとした女性の深紅に染まった腰から下は何処。
身を守る術も知らぬが、これから世界の未来を背負っていく子供の小さな手が足元に転がっていた。
炭、鉄、木、煙、炎、血、骨、肉、屍。
これほど地獄絵図と呼ぶに相応しい光景があるだろうか!
幾ら長く続いた『クリアズウォー』とはいえ、蜘蔵を含めたこの新兵達は初めて戦場、
その現地に赴いたのだ。この光景を目の当たりにするには、
彼らは些か守られた自国の内陸で平和を満喫しすぎた。
「新兵共、大尉がお呼びだ!」
中年の余り清潔とはいえない日本軍の兵士の男が大声を上げたので、
蜘蔵達は一生忘れることはできないであろう光景に戸惑いながらも声の方へと。
「・・・3分予定より早く着いたようだな」
黒く短い髪と、立派な口髭。褐色の肌の男は外観の割に
内部の武装は充実したテントの奥の椅子に座ったまま言う。
「見ての通り、この辺り一帯は既に政府直轄の先遣隊が制圧したようだ。
君達には明日から活動してもらおう。まずは今日は各班の簡易テントで明日に備えたまえ」
「了解です、矢来大尉!」
「では解散だ。給仕等細かい指示は追って伝える。
・・・と、蚯蚓山君、君は少し残りたまえ」
「・・・了解です」
蜘蔵は一瞬疑問を表情に浮かべた後、返事をした。
「・・・君は確か、これが初めての任務だったね?どうかね?現場の空気は」
矢来大尉は蜘蔵に訊く。
「・・・やはりまだどうしても、肩に力が入ってしまって・・・。
一刻でも早く馴染めるように努力したいと思う次第であります」
「ああ、いやそういう事じゃなくてだな・・・」
「え?」
蜘蔵が訊き返した後、一瞬の沈黙。
「この血生臭い、死屍累々の死の河をどう思う?」
・・・試されている。
蜘蔵はそう直感した。今回の作戦の隊長であるこの矢来 悠馬(やらい ゆうま)大尉に。
どれだけの国に対する忠誠心があるか。如何に私を捨て、公に徹することができるか。
だから蜘蔵は、嘘を吐いてでも今目の前にいる上官の自分に対する印象を良くしようと思った。
先遣隊の強さに感嘆した、自分も頑張らねばならない、etc。
だが幸か不幸か、嘘を吐くのが苦手なこの男、蚯蚓山蜘蔵は本音をぶちまけた。
「・・・最悪だと思います」
「・・・・・」
両者の間に、再び流れる沈黙。
「申し訳ありません。自分ごとき新米の一平卒が大それた発言・・・」
「いや、それで良いんだ」
悠馬は、自嘲気味に笑うとそう言った。
「え・・・?」
「こんな場所に、馴染まなくて良い。・・・戻ってよろしい」
まだ成人もしていない蜘蔵は、その言葉の意味もわからぬまま失礼しました、とそのテントを後にした。
___蚯蚓山蜘蔵、19歳の初夏。

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