紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第十話「嘘吐きシンデレラ」#3



杙菜が、泣いてる。

俺は俯いてる。

空は青く晴れてる。

木が風に揺れてる。

太陽の光が刺してる。



俺、黄河一馬の心の中は今こんな感じ。






近頃、裏社会の住民たちの間で噂になっていることがある。
しかして、それは『大太法師』に関わることであって、『大太法師』のことではない。
表の住民から見れば所謂只のチンピラの抗争。
だが裏社会の住民から見れば、戦争と同じだけの価値があり、
日本政府から見ても、それは変わらない。
その噂の正体は、ある程度までならば日本政府も予測していたことではある。
何の用意もなしに世界に戦争を吹っ掛けるわけがない。
ならばまずはその為の保険、尖兵、用意が必要。
・・・そしてその為の『準備』が、『大太法師』を始末する唯一最大のチャンスであることも。



「・・・いよいよ、三日後、やな」
警視庁の一室、どこか普通でないところがあるとすればそのpcの多さ、
そんな殺風景な部屋の椅子に座っている男、鬼塚星一の声。
「・・・今のところ、勝算は?」
「正直言って、全くわからへんな」
黒髪、整った口髭の男ザイツェフ・エストランデルの問いに、星一は何の嘘偽りも無く答えた。
「はっきり言おう、霊零十六夜を始め、黒西龍我、セルシオ=ライクライン、夜桜渓。
 この四人は裏社会においても実力は上の上、筋金入りの化け物共や。
 加えてそいつらを事無く服従させる『大太法師』の謎のカリスマ性、そしてこれまた謎に包まれた実力」
星一はそこまで言って背もたれに腰を預け、ふーっと溜め息をつく。
「・・・せやけど、こっちかて負けとるわけやあらへん」
その口元に、にやりと笑みが。
「相手の手下の能力を把握できただけでも、上出来や。
 なんやもっと現実ぶっ飛んだ能力かとでも思ってたんやけど、
 意外とそうでも無くて安心したで」
「現実ぶっ飛んだ能力・・・」
「せや。例えば・・・二年前の『四條親子の事件』みたいにな」
「・・・・・」
ザイツェフは返す言葉もないようで沈黙する。
「ま、それは置いといて。 
 あの程度なら対策は十分とれる。『大参謀』なめんなや。
 極めて貴重な『適合者』の一馬君を失ったんは痛手やったけど、それでも戦果は上々。
 仕込みも餡子ちゃんにしておいたし、他の彼らも相当成長しとるみたいやないか。
 ・・・いざとなれば、ワイが直々に出張ればええ」
口調は軽い。が、縁なし眼鏡の奥に宿るその眼光は、歴戦の智将と呼ぶに相応しいものがあった。
「・・・それとその為の『彼ら』・・・ですか」
「まあアイツらも本来『大太法師』のストッパーの為に造られたようなもんやしな。
 そのストッパーに噛み付かれるとは流石に予想してなかったみたいやけど」
「・・・政府の用意周到さが、逆に仇となりましたね」
「裏トゥルーラー達への警戒でワイらへの情報を意図的に制限したりとかな。
 ・・・せやけど今回ばかりは、それが転じて福となってくれるかもしれへんで?」
再び椅子を軋ませ、星一は立ち上がる。
「・・・ワイらの敗北か、ワイらの勝利か。
 その答えは神ならぬ彼のみぞ知る、といったところやな」
「だからこそ、『全くもってわからない』、ということですか」
「そゆこと☆ま、たまにはこんな『賭け』も悪くないやろ思ってな」
星一は言いながら窓の方へと。

「・・・『紫電スパイダー』が選ぶのは私達か、『大太法師』か、あるいは・・・」
ザイツェフが星一の背に向けて放った一言は、pcばかりの殺風景な部屋に静かに響いた。






「ま、どの道負けは許されへんけどな。
 この一世一代のトゥルーズ『Decision【ディシジョン】』は!」






三日後。
世界の終わりが、始まる。
裏社会の住民たちの間に流れる噂の正体、『Decision』。

・・・それは、日本各地の有力な裏トゥルーラー全てを巻き込んだ裏トゥルーズ、その宴。

『大太法師』が主催するとされる、この宴。
この日彼らは決断を強いられるのだ。

『大太法師』に付くか、『大太法師』の首を殺るか。

即ち『世界を相手にした戦争に加担するか、世界最強級の人間達を手中に収めるか』。



「・・・儂に楯突く謀反者は、全て潰すのみだがな」

世界のどこかで、『大太法師』はそう言った。






・・・所変わって、再び黄河一馬だった人間がいる病院。
時間も変わり、天気も変わった。辺りはすっかり暗くなり、空には暗雲。
鉛色の水蒸気の塊からは、冷たい雫が降り注ぐ。

杙菜は泣き疲れたのか、ベッドにもたれかかり、すうすうと寝息を立てている。






開け放した窓の鉄縁に、黒いコートの『灰被り』が立っているのも気付かずに。






「やあ、久しぶりだね。・・・黄河一馬君」

男は仮面を外しフードをとると、意味ありげにその名を呼んだ。
美しく整った顔立ちに、白髪とも黒髪ともつかぬ、珍しい灰色の髪。まさしく『灰を被ったように』。

『灰被り』はコートを揺らし、今しがたその身に浴びてきた雨粒と共に音も無く床に着地する。
その存在感の割にはあまりに希薄な気配の彼に気がつかず眠ったままの杙菜に見向きもせずに、
適当に安っぽいパイプ椅子に腰をかけ、ふぅ、と息をついた。
「心、壊されたんだってね?」
『灰被り』は笑顔で、一馬に問いかける。
無論一馬は俯いたまま、一向に返事をする気配はないが。
予想がついていたのだろう。彼が自分の頭を掻く動作はどこか嘘臭かった。

「この調子じゃあ、三日後の舞踏会には間に合わないね。
 せっかく楽しそうなのにね。残念」
相変わらず俯いたままの一馬に向かって、『灰被り』は言葉を並べる。

「でも喜びなよ。僕は魔女じゃない、『灰被り(シンデレラ)』。だけど、君に魔法をかけてあげよう」
そう言って一馬の顔を覗き込み指差し、次に彼が放った言葉は。






「<君は復活する。今までとは比べ物にならないくらいに強い心になって、そして誰よりも強くなって>。






 ・・・礼を言うなら僕じゃない、『運命の糸を操る蜘蛛』に言ってくれよ?」
そう言うと、『灰被り』は窓へと振り返った。




「・・・ああそうだ、自己紹介がまだだったね。
 僕はコードネーム『灰被り』、『変城 光(かわらぎ こう)』。
 クリアは・・・放った嘘を現実に変えてしまう『言霊』。
 また会った時、覚えておいてくれると嬉しいな」

そう言うと再び窓縁に立ち、

「じゃあね。三日後『Decision』で」

『灰被り』・・・変城光は仮面を着けフードを被り、雨の中へと消えていった。