紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第十話「嘘吐きシンデレラ」#1



・・・霊零十六夜による警察組襲撃事件から一ヶ月が経った。

その事件は『裏トゥルーラーの二人組によるクリア暴行殺傷事件』としてニュースで大きく扱われ、
世間一般からの裏トゥルーラー達への印象を益々険悪なものにした。
黄河一馬ら警察側に付いた裏トゥルーラー達は警察側との公約により、ニュースでは匿名扱い。
まさか暴行を受けたのもまた裏社会の住人とは知らない『表』の社会は、しばしの間この事件に震撼した。

だが、そんなものが何か日本を変えるわけもなく。
あれから一カ月経った今では、その事件も記憶から薄れるばかりであった。

・・・一部の人間たちを除いては。



「・・・その情報は、確かなんですか?」
「おそらくな」
とある玩具屋。ボサボサの茶髪の男、蜘蔵の問いに、黒髪の男、ザイツェフは曖昧な返事で返す。
「例え嘘の情報であったとしても、今はこれに乗るしか手段がないのも確かだ」
「・・・もし、罠だったとしたら?」
ふくよかな男、斗夢は言ったが、
「返り討ちにするまでよ」
と、赤い髪の気が強そうな女性、焔に一蹴された。
「【しかし、今の戦力で太刀打ちするのは難しい】」
盲目のスーツ姿、緑色の髪を後ろで束ねた男、破魔矢のテレパシーが室内に響く。
「その通りだ。だからこそ今『彼』を探している」
「だがザイツェフさん、あなた以前にも一回勧誘して見事に断られたんだろ?」
蜘蔵はザイツェフに視線をやり、言う。
「・・・今や裏社会は我々と一部の勢力を除いて、
 既にどこにいるかもわからない『大太法師』のものだ。ほとんどの裏トゥルーラーは奴に付いている。
 ・・・『大太法師』に勝てるとしたら、彼ぐらいのものだ。これしか手段はない」
「・・・・・」
ザイツェフは逆に、蜘蔵の眼を見返す。

「・・・そういえば杙菜ちゃんは?」
「杙菜なら、病院に一馬君のお見舞いに行っています。
 ・・・杙菜のせいじゃないのに」
斗夢の問いに、餡子は淡々と告げる。
しかし、最後の一言に悲しげな感情がこもっていたのは蜘蔵が『読心』を使わなくとも容易に読み取れた。
「・・・惜しい人材だったよなあ、一馬君・・・」
蜘蔵は誰ともなく、つぶやいた。



「・・・でね、そこで餡子ちゃんの予想通り相手がクリア使ってきて、見事に罠にかかっちゃったの!」
とある病院の一室。
「すごいよね。そういえば最近餡子ちゃんだけじゃなくて、他の皆も凄く強くなってきてるんだ」
杙菜は明るく、いとも楽しそうに話す。
「やっぱり皆、あの事件が悔しかったのかな。
 もちろん私も悔しいけどさ・・・」

・・・俯いたまま、表情一つ動かさず、声一つ出さない一馬に向って。

「・・・悔しいけど、さ・・・」
先ほどの元気は消え失せ、杙菜の言葉は、それ以上は続かなかった。

一馬のベッドの横の移動式の小さな白いテーブルの上には、彼が愛用していたハンドガン。
それと横には、クリアを強化させる力を秘めた直刀『村正』が立てかけてある。
しかし、その持ち主の心はもう、壊されてしまって、無い。
「・・・私も、強くならなくちゃ・・・」
杙菜が自身の大腿の上に置いた手に、ぐ、と力がこもり、
その小さな肩が小刻みに震える。
「もう、失いたくないから・・・」
ぼろ、ぼろ、と雫が、零れおちる。
「強くなるから・・・ひっく・・・今だけは・・・」
手の甲でその雫を掬い取ろうとしても、とめどなく、雨のように彼女の掌を、
後悔と自責と、悲しみは流れていく。

「う、わああああん!」

開け放った窓から吹く冷たい風はカーテンを揺らし、
差し込む昼間の日光は、さほど暖かくはなかった。



警察組の面々は、裏トゥルーラー『幾聖 鍼唖』の積極的な協力により驚異的な速度で回復を果たした。
ただし、黄河一馬の壊れた精神を除いては。
実は脳や精神に直接干渉するクリアは極めて珍しく、貴重である。
故にその研究も未だ発展途上であり、特にこういった精神を破壊された場合の
具体的な回復法は、いまだ発見されていない。

黄河一馬の復帰は、一縷の望みも無かった。






「・・・お前さん方の情報が正確なら、もうそろそろ・・・あと三日後やな」
品のない顔の、太った銀髪の男が言う。
「右腕本人から抜き取った情報だ。
 おまけに奴・・・『大太法師』はアンタの考えは全部お見通しだったぜ?銀嶺の旦那よ」
黒い仮面をつけた紫色の髪の男、紫苑が言った。
「カッ!忌々しいやっちゃ!」
銀髪の男は言い捨てた。
「全くアホガキ二人といい『大太法師』といい・・・邪魔くさいったらありゃしない!
 ・・・まあ、ええわ。いざとなりゃあ『フォロボス』がおる」
「自分の息子さえ利用するつもりですか」
「おいおい、聞こえが悪いで『灰被り』。有効活用や、有効活用」
「・・・ま、いいですけど。僕には関係ないですから」
「まあとりあえずは三日後や。それに備えて今から休んどき。
 お前さんたちにも働いてもらわなあかんからなあ」



「・・・全く、相変わらずあの男の相手は疲れるね」
灰色の髪、猫を模した仮面を被った男・・・『灰被り』は紫苑に言った。
「・・・・・」
「・・・相変わらず無口だなあ、『紫電』」
「なあ、『灰被り』」
その葉を落とし始めた木の下で佇む紫苑に不意に呼び止められ、『灰被り』は振り返る。
「この前お前が話していた、精神を破壊された奴だが・・・」
「ああ、黄河一馬君のこと?それがどうかした?」
「・・・そいつ、復帰する見込みはどうだ?」
「・・・それは人間の頭脳の電気信号さえも操作できる、君自身がよくわかっているんじゃないかな?」
「・・・・・」
「例え君のクリアでも、君が動かしている間しか動けないだろうね。人形みたいに」



「・・・お前のクリアならどうだ?」



「・・・何が言いたいのかな?」

ふ、と紫苑が仮面を外し、『灰被り』の方に振り向いて言った。






「ひとつ頼みたいことがある」

昼の日差しを打ち消すほど冷たい風はそよぎ、枯れた色に染まった木の葉をさらっていった。