紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第零話「戦が残すは爪痕と」#3
「待ちやがれクソガキィ!盗んだもん返せ!」
エプロンを身に付けた太っちょの・・・
恐らく今彼が飛び出してきた店の店員であろう男が殺してやると言わんばかりの形相で怒鳴る。
「待てって言われて待つ馬鹿はいねぇよ!」
しかし太った店員の男の怒鳴り声もむなしく、
金髪の少年はパンやら惣菜やら『戦利品』を落とさんばかりに一杯に抱えて、
大人達の足の間をくぐり、街の中を駆け抜けていく。
「誰か、そのガキを捕まえてくれ!泥棒だ!」
太った店員の男がそう叫ぶ頃にはもう金髪の少年は、
さながら疾風のように醜く肥った大人達を置き去りにしていってしまっていた。
「おらっ!今日のメシだっ!」
廃工場前。金髪の少年はそう言うと、みすぼらしい格好の彼と近しい年代、
あるいはそれ以下の子供たちの前でドラム缶の上に『戦利品』をどっさと置いてみせる。
「おおーっ!すげえ、一馬兄ぃ!」
「流石一馬!」
「俺にかかりゃあこんぐらいチョロイさ!」
一馬と呼ばれた金髪の少年は他の少年少女達の賛嘆の声にふふん、と得意げに鼻を鳴らす。
「いつもすまねえな、一馬」
子供達の中でも年上の方と見られる少年が一馬に言う。
「気にすんな。さっき言ったろ?こんぐらい俺にかかりゃあチョロイっての。
それに皆で食うメシの方がうめえからな」
一馬は屑鉄の上に腰かけ、適当にパンの袋をとるとそれを乱暴に開け、頬張る。
「あー、それボクのだぞ!」
「いいじゃんケチ!」
「こら、ケンカすんな。二人とも没収すんぞ」
「とか言っておいてその没収したやつを自分が食おうってハラだろお前」
一馬は子供達が目の前でぎゃあぎゃあ騒ぐ様を眺めてから、特に意味は無いけど空に視線をやってみた。
空は喧騒を吸い込みそうなほど、青く澄み渡っていた。
___黄河一馬、11歳の初夏。
第零話「戦が残すは傷痕と」
青く晴れ渡った空には幾つかの歪な形をした黒い影。
それは我らが母国に一撃を浴びせんと遥々彼の地・・・『ユートピア』からやってきたのだ。
それは一般に、『魔術制御型戦闘機』と呼ばれるものであり、
近年その存在が明るみに出た魔術大国『ユートピア』の数多くの魔術兵器のひとつである。
特徴としては、まず一つ目が燃料と火器の弾丸は人間の精神力であること。
つまりはその分機体が軽くなり、小回りが利くようにもなれば、
その軽くなった分を他の装備の搭載に回す事も出来る。
つまり通常よりも重く頑強な戦闘機に仕上がったとしても、何ら問題は無いという事だ。
そう、そんな頑強な機体でやってきた彼ら、ユートピアの兵士達は自身で満ち溢れていた。
ちょっとやそっとじゃ撃ち落とされたりはしない、精神力が尽きる前に帰還してしまえば何ら問題は無し、
自身の心を打ち出す弾丸爆弾は通常の火器にさえ引けをとらない、むしろ凌駕する。
そう、そんな正に『空を飛ぶ悪魔』と呼ぶに
相応しいそれに乗ってきた彼らに死角は無いと、彼らはそう信じ切っていた。
しかし残念ながら、その機体達が空を飛ぶ悪魔と呼ばれることはなかった。
何故なら、もう既にいたからだ。
・・・其処に、『空を飛ぶ悪魔』が。
「何が起こった!?」
ユートピアの兵士の一人であるこの男は思わずそう言っていた。
無理もない。今しがたさんざその脅威を説明したばかりの機体が
突然、煙を吹いて落下していったのだから。
否、突然というほど唐突ではないかもしれない。
正確には、『黒い子供の人影のようなもの』がそれの下の空中をすーっ、と
通って行った直後に、その機体は発火し、炎上し、発煙し、落下していった。
男は機体を旋回させ、先程の謎の影の探索に移る。
理由は無いが、とてつもなく嫌な胸騒ぎがしたからだ。
そして機体が110度程旋回した瞬間、本当に一瞬であったが、彼は信じられないものを見た。
黒い衣服に身を包んだ年端もいかぬ子供が空中を舞っていたのだ。
極めて高度が高い空中。大人か余程訓練を重ねた子供でなければこの高度での活動は無理だろう。
・・・そしてその虚空を駆けていく子供が、一人。
その子供は黒いワイシャツ、黒いズボン、黒い靴、黒い手袋を身に纏い、
紫色の髪をたなびかせ、空中を舞う。
顔には六つの紫眼がついた黒い仮面。
どうやってこの少年がこの掴むもの無き虚空を自由に動き回っているのか。
簡単なことである。頑強且つ細い特殊な鋼の糸を繰り、それをこの機体達に巻き付けて
さながらサーカスの空中ブランコのように移動を繰り返しているだけである。
・・・いや、移動を繰り返す、というよりも撃墜を繰り返している、と言った方が正しいかもしれない。
がぎぎぎぃん、という金属音と共に火花が散り、ユートピアの戦闘機の右の翼が
超高温を帯びた特殊鋼糸に切断される。
今翼を切断したことによって糸は掴み所を無くしたので、少年はもう片方のあいた手を使い、
別の機体に糸を巻き付かせる。
そう、その機体とは先程の男が操縦する機体である。
男はいきなり自身の頭上から何かが落ちてきた音がしたので当然驚いて上を向いた。
すると、窓ガラス越しに彼を見下ろしていたのは先程仲間の機体を撃ち落とした少年。
恐怖と混乱を浮かべる男の表情をよそに、少年は男に向かって手をかざす。
すると次の瞬間、少年の掌で紫色の電気が踊ったかと思うと、
男が乗るコクピットの窓ガラスが吹き飛ばされた。
男はあっけなく気絶し、少年は器用にコクピットの中へ入り込み、操縦桿に手を伸ばす。
そして、遥か下、海上を悠々と進む戦艦の方めがけて機体を急降下させはじめた。
少年は自身諸共敵の機体で神風特攻をするつもりだろうか?
と、戦艦に機体が直撃する直前。
少年はひらり、と身を空に預け、彼の体は空に舞う。
そして機体は壮大な轟音と共に戦艦に激突する。
次に戦艦は耳を劈くような爆発音を上げ、見る見るうちに沈んでいく。
少年もまた、爆発に巻き込まれはしなかったものの海へと落ちていった。
そして少年はすかさず泳ぎの体勢に入り、辺りを見回す。
・・・案の定、潜水艦がいた。
其れを見つけると少年は、両腕を広げる。そしてそれと同時に辺りの海中一面に、紫色の電撃が奔り回る。
ざばぁ、と何かが水から上がる音。音の主は、紫色の髪の少年。
「・・・よくやったぞ、42号」
白衣の男が、少年に歩み寄りながら言った。
紫色の髪の少年、42号は何も言わず、ただその眼で白衣の男を見据えていた。

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