紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第十二話「玩具の王が売るは悪夢」#1
徳利の中で水が跳ねる音がして、澄んだ酒が盃を満たした。
豪勢な和室の奥、鎮座する『大太法師』の前には河豚刺しが美味しそうに盛り付けられている。
その左2m程先では黒西龍我と、スーツにサングラス姿の部下と思しき人物がその男の一挙一動を眺めている。
「・・・面白い奴等が紛れ込んでいる様だな」
『大太法師』は河豚刺しを一切れ口へ運び、言った。
「面白い奴等・・・?」
龍我はいまいちその言葉の意図が掴めなかったのか、訊き返す。
隣のサングラス姿の男は、眼の前の、レベルは圧倒的に違うとはいえどちらも絶対に相手取りたくないような男達を前に
訊き返すこともできないほど委縮していた。
別にこの男の気が小さいわけではない。
『大太法師』の前だから、仕方の無いことなのだ。
「・・・当ててみろ、龍我」
『大太法師』は少し酔っているのか、口角を少し上げて、言う。
「・・・『神楽』、『王無き宮殿』、『鷹の翼』、『白銀の重鎮』、辺りが有名どころ。
政府の狗共も嗅ぎまわっている様だが、『死の商人』以外は特に際立った戦力も無い。
『大参謀』は流石に裏の世界、相反し敵対する者達のど真ん中に割り込んでは目立ち過ぎると判断したようだ。
『三鳳城』の奴らの姿が見えないのが不気味だが。
しかしいずれも、貴方の敵には到底なりえない筈だ」
龍我は主に裏社会でその名を馳せている裏トゥルーラー達の名を出す。
その返答に『大太法師』はふむ、と予想の範囲内の答えだとでも言わんばかりの反応をする。
いずれも普通の裏トゥルーラーなら絶対に敵に回すことを拒むほどの使い手なのだが。
さておき、だが、と龍我は続けて
「『季節』、『紅水』、『マジシャン』、『死神』、『血染めの道化師』、『グレーテル』
・・・そして『紫電』には気を付けておいた方が良い」
僅かに、『大太法師』は眉をひそめる。
龍我の顔には緊張と共に、ある種の危険を予兆している表情。
「・・・気を付けろ、だと?」
『大太法師』の眼球が龍我の姿を捉え、
ふ、と軽く鼻で笑いその視線を龍我を外し、
次の瞬間、龍我の首から下が、黒く巨大な拳に握り潰された。
隣のサングラスの男が、それが『大太法師』の拳だと理解するまでに一秒間ほど、
盛大に巨大な指の隙間から溢れ出る血を浴びた。
先程までそれに掴まれていた筈の徳利は、中身の酒をぶちまけて畳に転がり、
肩から無機質な黒となり、紅い紋様が浮かび上がった巨大な左手に握られているのは、ぐちゃぐちゃの肉塊。
『大太法師』が握られた手を開くと、掌からぼとぼとと、
血だまりとなった畳の上に、赤黒いものと共に龍我の頭が落ちた。
瞬間、龍我の首から、新たに肉体が生えてきた。
「・・・貴様の能力は『肉体再生』だったな。
たかが一回死んだ処で、その出来の悪い脳天を潰されるか、
『ハート』が尽きるまで殺されない限り、死にはしないだろう?」
その余裕の口調から、『大太法師』にはその何れも何時でも易々と可能だというのは、安易に想像が付いた。
しかし龍我は肩で呼吸をしている。
それは『クリア』の使用に対する『ハート』の消費の影響か、
それとも今一回殺されたことへの、精神への苦痛か。
或いは単純に苦痛によるものか。
ひぃっ、と小さな悲鳴を上げると、返り血を浴びた姿のままサングラス姿の男は逃げ出した。
それら全てに対して___『大太法師』は、一遍も態度を変えず、盃の酒を啜った。
まるで怪物にも見える黒いその男の左腕が、その男の意思とは関係が無いようにさえ見えた。
「『季節』・・・確かお前の弟、そして銀嶺玄武の息子の一人でもあったな・・・。
問答無用に空間に作用する能力と、それと刀を用いた高速戦闘が得意らしいな」
『大太法師』は、うすら口元に余裕のような笑みさえ浮かべながら言う。
「残りは全て『アームチルドレン』の生き残り、か。
『紅水』、好んで赤い水を用いて戦う中遠距離戦闘系の少年。
その能力の特性上、範囲攻撃に関して言えば日本でも相当な上位だろうな。
『マジシャン』、触れただけで相手の命を奪い物質を破壊する裏トゥルーラーか。
一撃でも触れたら即座に冥土送り、と言う訳だ。
『死神』、身体能力強化系の移動術使いか。
つまりは常に相手の死角からの襲撃が可能という訳だ。
『血染めの道化師』、高度な念動力使いか。触れたものを分子レベルで分解し、
敢えて敵の装備で敵を殺す事が好みのようだな。
『グレーテル』、確か例の連続大量殺人事件の犯人か。
その細身にそぐわぬ身体能力、相手を切り裂く影。
その気になればこの箱舟を一つ沈める位は容易いだろうな」
ぐい、と酒を飲み干し、
「・・・そして、『紫電』。
身体能力、戦略構成、戦闘速度、攻撃力、機動力、頭脳戦、持久戦、心理戦。
その全てにおいて誰も、未だ全力を出していないその『失敗作』に勝てはしないだろう。
無論、貴様らもな」
龍我は歯を噛む。少し前の失態を思い出し。
「だが」
『大太法師』は、龍我が危惧している人物、その全ての強さを肯定した上で、
「所詮はその程度だ」
まるで最初から相手にならないとでも言うかのように、言った。
紫電スパイダー最終章『Decision』
第二話『玩具の王が売るは悪夢』

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