紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第九話「星の力は平和を求める」#1



___病院一階、ロビー。



人だかりができている。
診察に来た者、処方箋を受け取りに来た者、入院中の者。
皆ざわつき、その群衆の中心を方へ視線をやっている。
そしてその視線を集めているのは、焦りと混乱を隠せない医師、看護婦、それと担架。



そして・・・腹部を切り裂かれ、多量の血を流している男、ザイツェフ・エストランデル。
誰の手にかかったのか、言うまでもないだろう。
意識を失っていることも、死の直前と言えるほどの深手であることも言うまでもないだろう。

・・・悪夢が始まろうとしていた。

霊零組頭領、『大太法師の右腕』、霊零十六夜の手によって。



第九話「星の力は平和を求める」



___病院4階、412号室。



そのわずか一秒にも満たない時間で起きた出来事を理解するのには少々時間がかかった。

破魔矢が先手を取らんと、十六夜に毒針を仕込んだ一撃を叩き込もうとした。
そこまでは理解できた。

だが、その次の瞬間破魔矢が十六夜の得物に貫かれた。
・・・眼で追うどころか、反応すらできない一撃で。


「・・・・・!」
声帯の麻痺している破魔矢は、叫び声を上げることさえできずにその場へ跪いた。
そして、ごと、と床に倒れる。

「破天荒!」
焔が叫ぶ。
その時。

「危ない、焔さん!」
俺の声も間に合わず、龍我のナイフの一閃が焔を切り裂く。
「うぅっ・・・!」

「く・・・!」
斗夢が十六夜と龍我の二人に向かって凶器を構えた熊のぬいぐるみの兵隊、否、軍隊を放る。が。

龍我はぬいぐるみの攻撃をものともせず、喰らった端から再生し、
斗夢は彼の重い蹴りを喰らい、吹っ飛び、壊れた窓の外へとふっ飛ばされていった。

その様子を十六夜は、目が隠れている所為か冷然と見える表情で眺めていた。

その瞬間。彼の背後から、糸使いの蜘蔵とナイフを取り出した餡子が襲いかかる。

が、反応する間も無く二人は彼の、十六夜の凶刃に切り裂かれた。
二人の悲鳴が響く。

「・・・嘘だろ・・・」

まさに、刹那の出来事だった。
攻撃は届かず、流れるは味方の鮮血のみ。
先程までの優勢は嘘のように暗転し、目の前に広がるは惨状。
体は相も変わらず反応せず、命令を受け付けない。

そして、この辺りでようやく気付く。

早すぎて反応できないのではない。敵を恐れているから、心が竦んでいるから
攻撃も防御も反応もできないのだと。



「さて、残るは君達三人です。・・・覚悟は良いですね?」
十六夜は言った。辺りに絶望を撒き散らしながら。



___某所、とあるクリアマフィアの拠点。



夏の夜とは、何かしらの特別なもの、例えば桜、紅葉、雪等が無くとも不思議と風情にあふれている。
特に日本の文化の中において、それは一層映える。

それを体現したような純和風の大きな屋敷。周囲は高い塀で覆われている。
綺麗に手入れされた庭には、針葉樹、落葉樹問わず緑が青々と茂っている。
誰しもが落ち着き、心を安らがせずにはいられないような、そんな風景。



・・・ただし、黒いコートを着込み、フードを深くかぶった男が箒で掃除をしている事以外は。

フードの下はネコ科の動物を模した仮面を着けており、顔は完全に隠されている。

男は月明かりに照らされて、無言で庭を掃き続ける。



ふ、と男は手を止め、顔を上げる。
そして、言う。

「・・・こんばんは、新入りさん」

・・・箒を持った男と同じような黒いコートを着込み、フードを深くまでかぶった黒い仮面の男に。

・・・先程『裏社会随一の情報屋』を圧倒した、その黒い仮面の男に。