紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第九話「星の力は平和を求める」#5



「一体何があったんだ・・・!?」
先程の病院の近く、空は深い紺色と灰色、木々は黒く染まっている森。
緑色の着流しの男・・・霊零十六夜は憎らしげにつぶやく。
「何故私はあの男のいいなりになっていた・・・!?」
「・・・今から戻って仕留めるか?」
龍我は言う。
「・・・そうするより仕方ないですね。
 しかし、今度は彼らに見つからないように、あくまでも隠密に・・・」



「懲りないな」
「「!?」」
ふと、二人の頭上から声。
音も気配も無く木の上に立っていたのは、黒いコートを着込み、黒い仮面を着けた男。
「・・・先程の男といい、何故この残暑の厳しい季節にわざわざ黒いコートなんて
着込んでいるのか疑問でしたが・・・今理解しましたよ。

 貴方、銀嶺一家の駒ですね?」

「・・・駒になった覚えは無いさ。只の代打ちだ」
黒い仮面の男は言う。
「あんなクソジジイの代打ちなぞやって何が楽しいのか・・・」
龍我が言う。
「・・・兎にも角にも」
不意に、十六夜が口を開く。
「貴方はあの『語り部』を圧倒した男です。何が目的かは知りませんが・・・」
十六夜は爪を模した刃物を取り出す。
「貴方にはここで消えてもらいます」

言いざま、十六夜は『人心操作』を発動しながら黒い仮面の男に襲いかかる。
心の虚を突いた攻撃であることを考慮しても、その速さは常人には目で追えないほどである。
その刃が黒い仮面の男の喉笛を引き裂く・・・



刹那、男が空中の見えない『何か』を引くと、十六夜の全身から鮮血が噴き出す。
「な・・・!?」
「・・・成程、『国を一つ滅ぼした』能力の正体は『人心操作』か・・・。
 確かに国家首相クラスの心を乗っ取り有りっ丈の兵器で自国を攻撃させれば容易いだろうな」
「ぐ、あああ!」
十六夜は全身を切り裂かれながらも黒い仮面の男に突っ込む。
そして、黒い仮面の男の顔を掴む。

・・・彼の精神を崩壊させるために。

そして、勝った、と十六夜は確信した。
先程の一馬のように、心を壊してしまえば最早生ける屍も同然。
にやり、と十六夜が笑みを浮かべた、

その瞬間。黒い仮面の男は言った。

「俺の精神を壊すつもりなんだろ?やってみせろよ」




「!?」
十六夜が人の心を蝕むクリアを黒い仮面の男に流し込む、すると。



十六夜の表情が、みるみる勝利の確信から恐怖と絶望へと変わっていった。
「何・・・だこれは・・・!!」
十六夜が男から手を離そうとする。
が、男はその手を掴んだ。

「どうした?手を離したら心は壊せないぜ?
 ほら、壊すんだろ?さっさとやってみせろ」

十六夜の顔が引きつり、恐怖に歪み、絶望を露わにする。

「・・・何だ、思ったよりもつまらないな」
黒い仮面の男が失望した調子でそう言い、十六夜の顔を掴む。
「さて、と。『奴』の情報を抜き取らせてもらう」
「やめろ・・・!」
十六夜は持てる力を全て使い、自身の心にできる限りの頑強なプロテクトをかける。

しかし、まるでそれをすり抜けるかのように黒い仮面の男が十六夜の心に入り込む。
「やめろぉぉぉぉ!!」

「・・・ふん、全てお見通しだったという訳か・・・『大太法師』よ」

そう言うと黒い仮面の男は十六夜から手を離す。
十六夜はその拍子に体勢を崩し、尻餅をつく。
そして、男の黒い仮面が外れ、地面に落ちる。
「・・・何だ、『霊零組』の頭といってもこの程度か。・・・つまらないな」

そう言い、男は仮面を拾い上げようとする。



その刹那、十六夜の凶刃が男に襲いかかる。
こちらの、『大太法師』の情報を知られた以上は生かしておくわけにはいかないからだ。
十六夜の刃が男を切り裂いた。






否、切り裂かれたのは男のコートのみ。
「!?」
気付いた時にはもう遅く、男は十六夜の背後。
十六夜の体は闇夜に紛れ殆ど肉眼では捕えることの不可能な特殊鋼糸に捕えられ、彼の動きは封じられる。



そして次の瞬間、男が腕で空を切ると、紫色の閃光が奔り、十六夜を悉く斬り刻んだ。



十六夜は悲鳴を上げる間もなく気絶し、龍我は目の前の光景に唖然とするばかり。



「・・・アンタもかかってくるか?」
男は仮面を拾い上げ、龍我に言い放つ。

「その能力・・・お前は・・・!」
龍我は驚愕を隠せない声色で言う。






不意に、雲に覆われていた月が姿を現し、
男の姿が、男の紫色の髪と眼が月光に照らし出される。

「紫電スパイダー・・・!」



紫色の髪を夜風になびかせ佇む男、籐堂紫苑はその紫色の眼光で龍我を見据えていた。