紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第十一話「紅水鴉が降らすは血の雨」#2



黒いコートを羽織った、黒い帽子の男が船の前に立っている。年齢は20代後半くらいだろうか。

その男の通り名は『鷹の翼(ファルコンフェザー)』。

紛うことなき一流の裏トゥルーラー。裏社会では名を知らぬ者はいない。
その男は炭酸飲料を一杯あおる。
雪が降っているほど寒いというのに、男はその冷え切った炭酸飲料が喉を通ると、満足そうにラベルの成分表示に目をやった。

不意に、男が港のコンテナ群の方へその視線を移す。

「・・・やっと来たか」

男の肩に降り積もった雪が、崩れ落ちた。






「・・・流石、そうそうたるメンツばかりが集まっているな」
船内。
紅い絨毯の敷き詰められた大広間。奥にはテラス。天井にはシャンデリア。
俺は周りを見渡し、適当に他の裏トゥルーラー達を品定めするような眼で眺めた後、言った。
「『三鳳城家』と『銀嶺一家』は来てないみたいだね」
杙菜も言う。
「・・・あと、『アイツ』も来てないな」
「?」
「こっちの話」
『アイツ』なら喜んで飛びつくと思ったんだが。それとも『アイツ』にまで情報が回っていなかったのか?

「・・・と」

群衆の中、一人の少女を見かける。
「え・・・ちょ、一馬君!?」
いきなりそちらへ歩き始めた俺を、杙菜が慌てて追いかける。
途中、少女の方も俺に気付いたようだ。こちらへ視線をやると目を細める。





「久しぶりだな・・・『グレーテル』」




美しい白金色の髪の少女、『グレーテル』。
俺が数カ月前、完膚なきまでに負けた相手。
「・・・あの時の金髪の餓鬼か」
アンタも餓鬼だろーが。金髪だし。
「だが・・・多少は」
言うと、間をおいて、






「強くなったようだな?」






殺気。
少女が笑みを浮かべると同時に、辺りにおぞましいほどのそれが振り撒かれる。
周囲にいた猛者たちさえも反射的にこちらを振り向いた。
数ヶ月前と何ら変わらぬ、まるで『絶望』が少女の形を得ただけのような。そんな感覚。

だが不思議と、俺はそれに怯むことはなかった。

「『多少』で済むといいけどな?」

にやり、と嗤い返してやった。
不思議と。
あの灰色の髪の男の
『<君は復活する。今までとは比べ物にならないくらいに強い心になって、そして誰よりも強くなって>』
その言葉を聞き心を取り戻して以来、この大広間にいる裏トゥルーラー達を前にしても、

あの『グレーテル』を前にしても、負ける気がしない。



「・・・ふ」
少女はしばらく俺を睨みつけていた後、軽く鼻で笑い目を伏せた。
「・・・ところで、『紫電』はどうした?」
『グレーテル』はそう尋ねた。しかし、
「俺だって知らねえよ。この『Decision』の事自体知らないんじゃないのか?」







「そんな訳無いだろ。こんな楽しい『賭け』を降りるなんて気がどうにかしてるぜ」



突如、ばぁん、と大広間の扉が蹴りを喰らい、勢い良く開いた音。
その直後に、あの戦闘狂の声。

そして紫色の髪の後ろには、黒いコートの男の集団。

「それは君だけだよ、『紫電』」と、以前病院で会った灰色の髪の男。手には箒を携えている。
「お前も同じようなこと言ってなかったかい?『灰被り』君」
次に黒い帽子を被った男・・・『鷹の翼』は、グレープ味のフォンタを一口飲むと灰色の髪の男に言った。
「・・・夥しい数だな」
コートのフードを深くまで被った男の顔は見えない。しかし、その声は殺気で満ち溢れている。
「あー、あー・・・なんで俺がこんなところまで足を運ばなならんのや・・・まあ金の為ならしょうがないけど」
銀色の髪の肥満体形の男、言わずと知れた『銀嶺一家』の頭『銀嶺 玄武(ぎんれい げんぶ)』は傍若無人な態度で言い放った。





「・・・『Decision【ディシジョン】』の会場は、ここで合っているな?」

そして紫色の髪、紫色の眼・・・藤堂紫苑。




「『紫電』・・・」
グレーテルがその顔に笑みを浮かべた。

「・・・そういう事かよ」
厄介なことになったな。
よりにもよって、アイツが『銀嶺一家』側に付くなんて。



紫苑はこちらに眼をやる。俺とヤツの視線が交錯する。



「よう、一馬」
にやりと嗤うは、『紫電スパイダー』。



紫苑の笑みが消えいつもの無表情になり、アイツはテラスの方へと眼を向けた。
テラスの奥から出てきたのは、霊零組頭領、霊零十六夜。
その背後に控えているのは、背広姿のセルシオ=ライクライン、夜桜渓、黒西龍我。









役者は集った。



「さあ、楽しい『賭け』の始まりだ」

藤堂紫苑は、そう呟いた。
いつも通りその横顔は端正なのだが、眼光は射抜くように。藤堂紫苑は本当に楽しそうに、そう呟いた。