紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第八話「不死の龍は断頭台」#3



俺は咄嗟に体勢を低くして『刺客』の右手のナイフの一閃をかわす。
すると『刺客』は俺に息をつく暇も与えず直ぐに左手のナイフで第二撃を繰り出す。
その重い一撃をかわせる訳も無く、『村正』でその一撃を防ぎ、勢いで吹っ飛ばされる。

・・・強い!
恐らく体術だけで言えば今迄の誰よりも・・・紫苑や『グレーテル』よりも上だろう。
その上『超速再生』と来た。
捕える以前に・・・このままでは幾らこちらの方が人数的に有利とはいえ簡単に仕留められてしまう。
とはいえ、奴が油断するまでは迂闊に動く訳には・・・。

「一馬君ッ!」
不意に杙菜が叫び、俺ははっとする。

俺が考え事をしている隙を、『刺客』が見逃すわけがなかった。

『刺客』のナイフが、俺の喉元へ・・・。



___都内某町、某ビル屋上。

「・・・都会も良いね。壊し甲斐がありそうで」
明るい茶髪を肩まで伸ばし、やや不釣り合いなサイズの丸眼鏡をかけたオッドアイの男・・・
セルシオは蠢く群衆を見下し微笑みながら言った。
「いきなり物騒なこと言わないでください、師匠。それに今騒ぎを起こす訳にはいかないでしょう?」
刀を携えた黒髪赤眼の少年・・・渓は言う。
それに対しセルシオはわかってるよー、と頬を膨らませる。

が、次の瞬間二人の間に流れる空気が一変する。

「・・・誰だい?」
セルシオは気配も無く自分達の十メートル程後方に立っていた男に言う。

男はフードの付いた黒いコートを着込み、フードを深く被っているという風体。
フードの下は黒い仮面を着けているようで顔は完全に見えない。
手には黒い手袋を嵌めている。

それだけなら『裏社会随一の情報屋』のセルシオともあろう男がここまで警戒はしなかっただろう。

男は一馬の言う『強者独特の雰囲気』を纏っていた。
それこそ彼自身を含むセルシオが今まで出会ってきた誰とも比にならないような・・・。
彼が『最強』と信じてきたある少年と同等かそれ以上の雰囲気を。

渓も自身の師匠が目の前の黒いコートと仮面の男を異常なまでに警戒している事を察したようだ。
渓はゆっくりと刀の柄に手をかける。



「・・・『大太法師』に関する情報を貰いに来た」
そう静かに黒コートの男は言った。

「・・・まずはこちらの質問に答えてもらおうか。君は何者だい?」
セルシオは言いながら、懐から武器を取り出す。

「ここまで姿を隠した奴が、わざわざ自ら姿を晒すと思うか?」
黒いコートの男は言う。

「・・・そうか。じゃあ彼に関するどんな情報であれ教えるわけにはいかないな」
セルシオと渓は各々武器を構える。



「別にいい。お前の口から聞く必要は無いから」
男が言い終わるか言い終わらないか、彼の纏う雰囲気が一層凄みを帯びる。






次の瞬間、辺りに弾丸の音、豪風の音、風が真空を創り出す音、風がコンクリートを抉り、砕く音、
セルシオ達が本気で黒コートの男を仕留めにかかった事を知らせる音が約五分間、
ビルが只の瓦礫になるまで、辺りに響いた。
その余りの風圧にセルシオ達自身が途中から標的を見失うほどに。

「・・・全く、今騒ぎを起こす訳にはいかないって言ったばかりなのに・・・」
渓がセルシオに言う。
「奴を放っておくわけにもいかなかっただろう?」
セルシオはそう言い返した。






「考えが無いな、行動も、戦略も」
「!?」

黒コートの男はセルシオ達の後ろに立っていた。

・・・あの風の刃風の槌風の槍風の弾丸の中、傷一つ負うことなく。

セルシオが言葉の一つも発する間も無く風の刃を放とうとした瞬間、
黒コートの男の蹴りがセルシオの腹部にめり込み、肋骨の砕ける音が鳴った。
「ぐふっ・・・!」
セルシオは口から血を吐き吹き飛ばされる。
次の瞬間、風の渦を刀に纏わせ、目にもとまらぬ速度で渓が男に斬りかかる。

が、刹那渓の刀は宙に放りあげられ、
「ぐぁッ・・・!」
同時に渓は見えない何かに全身を切り裂かれていた。

男はセルシオの方へ歩いていく。
セルシオは肋骨の辺りを押さえながら立ち上がり、無数とも思えるほどの不可視の風の弾丸を放つ。

が、男はそれよりも速くセルシオの懐に入り込み、黒い手袋を着けたその手で彼の顔を掴む。
そして、言う。






「俺の勝ちだ。情報を抜き取られる覚悟はできているな?」

「・・・出来るものならやってみなよ・・・」
セルシオがそう言う。
彼の心にはプロテクトがかけられている。
仮に目の前の男が心を読む能力を持っていたとしても問題無いと判断したのだろうが、

「・・・!?」
その判断は、いささか甘すぎたと言わざるを得ない。






セルシオは自身の思考が読み取られている事が直ぐにわかった。
目の前のこの男に。

「君は・・・何者だ!?政府側の人間か!?」
セルシオは冷静さをかなぐり捨て、取り乱して言う。

すると男はククク、と嗤うと、言った。






「誰の味方とかどうでもいいよ。どうせなら全て敵に回した方が面白い」

次の瞬間、セルシオは気絶した。

一馬達四人の屈強な裏トゥルーラー達を手加減しながらも圧倒し、
結局ザイツェフという援軍が来ながらもその力の底を見せること無く戦闘を終わらせ、
彼らに圧倒的な力の差を見せつけた『裏社会随一の情報屋語り部』とその弟子を、



能力の正体も得物の正体も自身の正体もその実力の底を明かす事も無く圧倒した黒コートと黒い仮面の男は、

綺麗に夕焼けに染まる空を一瞥した後、どこかへと歩いていった。