紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第十一話「紅水鴉が降らすは血の雨」#1
「・・・雪だ」
鉛色の空から降ってくる白い氷の結晶を手で優しく受け止めると、杙菜はそう呟いた。
マフラーを首に巻いた、すっかり冬の服装の彼女の吐息は白い。
「今年は早いな」と、蜘蔵。
「こりゃ、この冬は冷え込むね」
斗夢はうー、さむと肩を震わせている。
「・・・体温をあまり下げるのは、望ましくない・・・」
餡子は黒い厚手のパーカーを身に纏って、言った。
その時、火炎が酸素を焼き、周りの空気の流れを変えるゴウ、という音。
「・・・これで多少暖はとれるでしょ?」
そう言い放つ焔の右手には、漆黒の火炎。
「うむ。ありがたいな」
とザイツェフはちゃっかりその火の恩恵にあやかる。
「【・・・確かその火炎、相手のハートを削る能力が無かったか?】」
「一馬君、君はいいのかい?」
ザイツェフは破魔矢の言葉、もといテレパシーは聞こえていなかったかのように俺に訊いてきた。
「・・・俺はいいっす」
俺は言い放った。
自分達がいる港、そこに船舶し圧倒的な威圧感を放っている黒く巨大な遊覧船、10隻。
俺はその一つを見上げている。
「寒い?んな訳ないでしょ。今は燃え盛るように熱い」
そう言って視線を船から周囲に移し、見渡す。
周りには見るからに屈強そうな面々。
『神楽』、『王無き宮殿』、『鷹の翼(ファルコンフェザー)』
といった裏社会でもかなり名の通っている裏トゥルーラー達を始め、大規模な勢力、その幹部達。
日本中の強者が今全てここに集まっていると言っても過言ではない。
・・・今日、この全てを統べるチャンスが巡ってきたのだ。
さんざ苦渋を味わわされたあの頃の野望が、今目の前の景色に。
「・・・これが燃えずにいられるかよ」
俺は再び船を睨めつけた。
「・・・予定より多くの人数が集まったようだな」
10隻の中でも一際大きい船の中、豪勢な和風の部屋。
奥の掛け軸の前に鎮座し、徳利を片手に盃の酒を飲み干すは袴羽織の男『大太法師』。
その部屋にはその男しかいない筈。
だというのに、まるで幾千幾万もの軍勢を前にしているような、
まるで難攻不落の城閣を前にしているかのような威圧感が確かに存在した。
「はい。予想以上に貴方の噂が出回ってしまったようですね・・・」
その覇気に圧倒されながらも、緑色の着流しを着た、黒い長髪の霊零十六夜は申し訳なさそうに言う。
「構わん。寧ろ好都合だ」
にやり、と『大太法師』は口角を上げる。
「来るべき戦は大きい。戦の為の駒は、在り過ぎて損をする事は無い」
決して大きくはないその低く厳かな声、
その言葉の一つ一つ、単語の一つ一つがまるで天地を鳴動させる巨人の足音のように、
『恐怖』と共に、十六夜の鼓膜に響いた。
十六夜の頬を、つう、と冷や汗が一筋伝う。
「・・・さて、そろそろ中に入ろうか」
所再び遊覧船の前。ザイツェフは政府組の面々に促す。
「遊覧船は全部で10隻。・・・どうする、手分けするかい?」
と斗夢。
「ああ、それが望ましいだろうな。やはり直接奴の乗っている船に乗り、
奴・・・『大太法師』を直接叩くのが一番手っ取り早い。
何もわざわざ敵の土俵に上がってやることはないからな」
「【・・・しかし単独行動は避けたいところだな】」
「・・・二人一組で分かれるのが、一番効率的」
餡子の発言に、一同が彼女の方を向く。
「まずは強力なアンチクリアの能力を持ち、戦闘力もおそらくこの中では2番目に高いザイツェフさんは
お世辞にも戦闘向けとはいえない『千里眼』の能力を持つ私と。
次に糸を武器とし、『読心』を使える蜘蔵さんは焔さんと」
「ちょっと待って!なんでアタシがこんな奴と組まなくちゃいけないのよ!」
「貴女の『黒炎』は蜘蔵さんの糸と相性がいい。
それに貴女が暴走する前にそれを察知して制御できるのも貴女だけ」
餡子の冷静な言葉に、焔は納得いかなそうに呻きながらも渋々引っ込む。
「それと破天荒さんと組むのは斗夢さん。やはりこれも、互いの能力と武器の相性が良いから。
それに、斗夢さん」
と、餡子の言葉にはいな、と斗夢がリュックから取り出したのは。
「・・・クマのぬいぐるみのキーホルダー?」
「斗夢さん特製。それがあれば破天荒さんの『テレパシー』の応用で
いつでも私達同士で連絡を取り合う事が出来る」
「【分かりやすく言えば、そのクマを通して話した音声が私の元へ送られ、
それを私が全員に発信する、といった仕組みだ】」
「能力の応用でそんなことまでできるのか・・・」
俺はまじまじとそのクマのキーホルダーを見た。
「・・・そして、一馬君」
「ん?」
不意に、餡子の声がかかる。
「一馬君は、餡子ちゃんと二人で行動。
多分貴方達が一番この中で戦闘力の高い組み合わせ。
戦闘では基本的に一馬君が前衛、隙の出来た敵を杙菜ちゃんが能力で切り裂く、この戦法をとって。
・・・それに・・・」
「?」
「・・・何でもない。とにかく一馬君は、杙菜ちゃんを守って」
「ああ、任せとけ」
俺は自信ありげに笑って見せた。
「頼りにしてるよ?なんてね。
大丈夫、私だって弱いわけじゃないから!」
杙菜も明るく笑ってみせたのだった。
ザイツェフが白い煙草の煙を吐く。
斗夢はリュックを背負い直す。
破魔矢はネクタイを締める。
焔はスニーカーの紐を緩まないようにきつくする。
蜘蔵はジャンパーの襟を直す。
餡子は本を閉じる。
杙菜は髪を結い直す。
俺は『村正』の刀身を確認し、軽く一振りする。
冷たい刃が初冬の冷たい空気を切る音がした。
すぅー、と音も無く刀身を鞘に収めていき、軽い金属音を立てた。
「よし・・・」
「行くか!」
紫電スパイダー最終章『Decision』
第一話『紅水鴉が降らすは血の雨』

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