紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第零話「戦が残すは爪痕と」#1
「・・・で、どうや?アイツらの怪我の具合は」
警察病院の廊下。
星一と少女が靴の音を鳴らし並んで歩いていく。
星一は神妙な面持ちで藍色がかった黒髪の少女に訊く。服装からして女子高生のようだ。
「皆さん急所をかなり深くやられていて、正直私じゃなかったら助かりませんでしたね。
それどころか瀕死の状態からここまで持ってくるのは私でもきつかった」
少女は言う。眼の色は右が青で、左が緑と珍しい色をしている。
「つまり、アイツらは助かるということやな?」
「ええ。しかし・・・彼・・・黄河一馬さん以外は」
「・・・やっぱり、駄目やったか」
星一は軽く俯き、声のトーンを落とす。
「・・・残念ながら。肉体の損傷であれば脳を吹っ飛ばされでもいない限り
幾らでも治しようがあるのですが・・・
どんなに優れた医者でも、治癒能力でも人の心までは治せません」
「・・・せやな」
「ごめんなさい、私の力不足で・・・」
「ああ、気にせんでええねん。
こっちこそ毎度毎度無茶な注文で世話になりっぱなしでスマンな、鍼唖さん」
「いえ、お陰でこうして裏トゥルーラーでも警察を警戒することなく生活できてますし、
報酬もちゃんと貰ってますから」
鍼唖がそう言うと同時に、星一がスライド式のドアの手すりに手をかけ、ドアを開ける。
・・・霊零十六夜と黒西龍我の襲撃から、一夜が明けた。
瀕死の状態だった餡子達は星一が個人的に呼んだ
この裏トゥルーラーの少女『幾聖 鍼唖(いくせい はりあ)』の能力・生体治癒によって
一命をとりとめることができた。
一方、霊零十六夜達と猫を模した仮面の男の消息はつかめぬまま。
命は繋ぎ止めたとはいえ、状況は悉く最悪。
黄河一馬が精神を破壊されたことも含めて。
星一と鍼唖は、暫しの間俯いたままぴくりとも動こうとしない一馬を見ていたが、
見ていたからと言って壊された心が元に戻るわけでもない。
不意に、星一がはあ、と溜め息をつき、天井を仰ぎ言った。
「・・・結局ワイは五年前から何も変わらんままや。
ワイ自身の信じた平和さえ、それを実現するための仲間さえ守れへん」
___とある裏トゥルーズ店のバー。
時間帯が昼だからか、店内は人が少ない。只単にさびれているだけなのかもしれないが。
その丁度中央辺りにあるテーブルに、端から見れば一風変わった三人組が座っていた。
・・・尤も、端からでなく事情を知った者からみても十分に変わった組み合わせだが。
「・・・本当に、アイツはそこに姿を現すのね?」
美しい白金の髪のワンピースの少女・・・鈴瀬はジュースをストローで啜りながら紅に訊く。
「アイツのことだ。そんな一大イベントの情報を聞き逃す筈が無いし、そしてそれに参加しない訳が無い」
紅は目を伏せ煙草をふかしながら言う。
「・・・戦い、強さを追い求めることが俺達『アームチルドレン』に残された唯一の存在意義・・・
・・・ましてやアイツは研究所を、組織を潰したほどだ」
「・・・そうね。だから、お前も私もアイツを追っている」
鈴瀬はふ、と笑いそう言うと、グラスの中のオレンジジュースの残りを一気に吸う。
「・・・なあ、紅」
ジョッキでビールをかっくらっていた隼が、言う。
「何だ?隼」
「いや、そういやお前が『組織』に居たころの話ってあんま聞いたことないからよ。
そもそもお前らとアイツの因縁って何なんだ?」
「・・・そう言えば、まだ話したことなかったな。
・・・五年前の話だ」
___警察病院、病室。
無機質な部屋の中、餡子はベッドの上で一人突っ伏していた。
「・・・どうして・・・こんなものしか見れないの・・・?」
誰ともなく、餡子は呟いた。
「・・・餡子ちゃん、入っていい?」
コンコン、とドアをノックする音の後、ドアの向こうから杙菜の声。
からからと音を立て、ドアを開け杙菜は入ってきた。
「・・・・・」
二人の間を沈黙が流れる。
無理も無い。杙菜も餡子も、圧倒的な実力差の前に成す術も無く敗れ、
そして互いに『親友を守る』という約束を果たせなかったのだから。
杙菜は無言のままベッドに歩み寄ると、座っていい?と訊き、餡子は無言で頷いた。
杙菜はベッドの隅に腰をかけ、一息つくと言う。
「・・・何の為に『大太法師』は、戦争を起こそうとしてるんだろうね」
「・・・・・」
再び、沈黙が二人を包む。
しかし、沈黙を破ったのは今度は餡子の方だった。
「・・・戦争なんてくだらない。嫌なものしか視えてこないから」
___警察病院、別の病室。
「畜生!」
焔が、ベッドを蹴り飛ばす音が辺りに鈍く響く。
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生・・・どうして負けた!?
ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって・・・
戦争なんて起こさせる訳にはいかないのに!
・・・もう二度とあんなことがあっちゃいけないのに・・・!」

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