紫電スパイダー  紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作



第???話「???????」#?



気分転換に、しばらく先に書く予定だった紫苑と鈴瀬の最終決戦シーンをちょこっとだけ投下してみます。
舞台は廃墟の一室です。

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ノイズさえ聴こえてきそうな静寂が、まるで深紅に熱した鋼の糸のように紫苑と鈴瀬の間に張りつめている。
「・・・ようやく、舞台が整ったな」
斬られた左眼から鮮血を流しながらも、不敵な笑みを口元に浮かべて透き通る声で紫苑は言った。
しかし、端整な顔立ちに相反し、その眼光は研ぎ澄まされた名刀のように冷たく、静かに獰猛で。
鈴瀬が右手の大剣を握り直し、僅かに刀身が揺れる。
鈍く黒光りする鎬、幾千の返り血で染められた刃。
それはまるで一日千秋の想いで待ちわびた獲物を前にした猛獣の牙のようにさえ見えた。
いや、実際その通りだった。
「ああ。・・・やっと、この時が来た。・・・この手でお前の首を切断できる時が」
鈴瀬は軽く上を向き、すぅ、と息を吸い込む。
宝石を紡いだ糸のような白金の細い髪の一本一本が、規則正しく波をたてた。
首に巻かれた深紅のリボンが髪の色と相反し、奇妙なアクセントを作り出している。
その動作は緩やかで、美しく、可愛らしくもあり、何処か官能的な魅力さえも秘めていた。
紫苑にさえ、こんな処で無ければ十分に女としての幸せを獲得できただろうに、と思わせた。
だが彼は、まあそれは無理な話だろうと淡々と折り合いを着けた。
何故なら___

さわり、と風が吹き抜ける。
そよ風は鈴瀬の髪の間をすり抜けて行き、紫苑の髪もまた流麗に揺れる。
黒いワンピースの裾を揺らして、黒いワイシャツの襟を揺らして。
両脚に巻かれた包帯の端が風に踊り、黒いワイシャツの袖は少し動いた。

はぁ、と吸い込んだ息を吐き出し、鈴瀬は仮面を投げ捨てた。
所々に、血のシミ・・・彼女の殺戮の痕が染み込んでいる、道化の仮面を。
乾いた音が響いて、仮面は何回か跳ねた後床に収まった。

「提案だ。お互いに仮面を着けずに戦うのはどうだ。
 仮面は相手を殺した後に割れば良い。・・・満足ゆくまで戦いたいんだろう?」

そう言う鈴瀬の眼光は、純粋に、紫苑を喜ばせたいという感情に満ちていた。
元より、相手の思考を読む事が出来る紫苑に騙し討ちなど意味は為さないが。

「・・・いいぜ。その提案、乗った」

一笑み。
紫苑も、漆黒の中に紫色の六眼が光る仮面を空中で放った。
仮面はやはり乾いた音を立て、少し遠くの床で跳ねるのをやめた。

最早仮面は二人の間に意味を持たなかった。
紫苑が望むものを鈴瀬は完全に理解し、また鈴瀬が望むものを紫苑は完全に理解していたから。

鈴瀬が大剣を構えるとほぼ同時、紫苑は足を肩幅開き半身になった。
硝子を踏みにじるバリバリという音がコンクリートに反響する。

再び取り戻された静寂はやはり先程のように張りつめていて、しかし先程とは比べ物にならないほどに切り詰めていた。

「・・・紫苑」
「・・・何だ」
幸福を孕んだ表情で鈴瀬が問いかけ、紫苑はふわりとした柔和な笑みでその問いかけに応える。







「お前は私が殺す!」
「やってみせろ!」

触発。戦いの火蓋は斬って落とされる。
音の波動。金属同士が散らす火花。紫苑の鋼糸と鈴瀬の大剣が激突した。






鈴瀬の足元から影の刃が襲いかかる。大剣ごと右へいなす紫苑。
右、右斜め上、左、右斜め下、左斜め上、左斜め下、上、下。神速の連撃を全て紫苑は紙一重で避ける。
更に紫苑は首を捉えんと横に一閃された刃を仰け反ってかわし、更に足元に放たれた追撃を跳んで回避した。
空中に鋼の糸を張り、それを足場にして紫苑は空中に駆け上がる。
天井を蹴り飛ばし、右手に纏わせた紫電が鈴瀬に襲いかかる。
伸びた影が紫苑を迎え撃つ。紫苑は影を弾いて、鈴瀬の背後に着地する。
鈴瀬が後ろを振り向く勢いで大剣を振り抜こうとする。
その瞬間鋼糸が大剣に巻き付き、紫苑が腕を振り上げた事を合図に大剣が虚空を回転する。
下段蹴りが鈴瀬の足を捉えた。一瞬うめき声を上げるが、影の刃が一斉に噴き上がる。
紫苑は一歩後ろに退きそれを避け、その隙に空中に跳んだ鈴瀬は大剣を掴み、全身全霊で振り抜いた。
コンクリートの床は砕け、紫苑は辛うじてそれを避けた。
紫苑の右手に鋼糸が巻き付いて、紫苑の腕をコーティングする。
鈴瀬が再び大剣を振りかぶり、影が大剣を中心に無骨な渦を巻く。
淡い紫色の雷気を帯びる紫苑の手刀、闇よりも深い漆黒を纏った鈴瀬の大剣。

それが交錯する瞬間___





二人は、確かに嗤っていた。





___俺達は普通の幸せを獲得することはできない。
何故なら、今この瞬間が俺達にとっての本当の幸せだからだ。












辺りに光と闇を振り撒いて紫電と絶影が激突した。