紫電スパイダー 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE /作

第九話「星の力は平和を求める」#3
十六夜が一馬の頭から手を離すと同時に、彼は膝から落ち、ごと、と音を立てて何の抵抗もなく倒れる。
「一馬君ッ!!」
杙菜が叫ぶ。
しかし一馬は返事をしない。突っ伏したまま、動かない。
「・・・何、死んではいませんよ。
命はある、意識もある、記憶もある、認識能力もある。
・・・私は只その『強い意志を伴った感情』を壊しただけです」
つまり、彼は廃人になったのだ。
一馬はもう、動くことは無い。
一馬はもう、戦う事は無い。
一馬はもう、話す事は無い。
一馬はもう、笑う事は無い。
彼はもう、この世に『居るだけ』の存在になってしまったのだ。
「・・・この世に居るだけの、空っぽの器なら生かしておく理由もないでしょう」
そう言うと十六夜は、先程彼らを切り裂き貫き血に濡れた
その爪を模した刃物をキシ、と音を立て振り上げる。
「さようなら」
十六夜はそう言って、一馬の首めがけて爪を振り下ろす。
「駄目ぇぇぇぇぇぇッ!!」
「!?」
その時、杙菜が一馬と十六夜の間に割って入り、一馬を庇う。
そして、十六夜の刃はぴたりと、杙菜を切り裂く寸前で止まった。
「・・・私の仲間を殺さないで」
杙菜は眼を潤ませ、必死で十六夜を睨みつける。
突然の出来事に、十六夜は困惑する。
刹那。
メゴォ、という嫌な音。十六夜が見えない何かによって床に叩きつけられめり込む音。
「ぐっ・・・!?」
「・・・はぁー、ようやっと動けるようになったわ」
星一のため息と声。
「・・・そうか、確かあなたの能力は『重力操作』でしたね・・・!」
床を這いつくばり、目は髪に隠れて見えずとも顔で星一を睨みつけて言う。
その時、目にもとまらぬ速さで龍我が星一に襲いかかる。
だが、星一が龍我の方へす、と手をかざすと見えない力の塊に・・・
重力の塊に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、動きを封じられる。
「なーるほど。つまりわてらの心に干渉して『恐怖心』を煽ることによって
精神的に、根本的に動きを封じていた訳やな。
しかし、一馬君は自らの感情でそれを無意識にぶち破った、と」
星一は軽い調子で言う。
「今更気付いたところでもう遅いですがね・・・!」
ぐぐぐっ、と両手を使い、十六夜は星一が生み出した重力に逆らおうとする。
が、ズン、という音と共に十六夜は再び、更に深く床にめり込む。
「・・・喋らんでええから、黙って這いつくばれや。
霊零十六夜、コードネーム『血雨月』、
黒西龍我、コードネーム『ドラゴン・スパイダー』及び実験体58号『不死龍』。
器物破損、クリア使用による殺傷、殺人未遂の現行犯で逮捕する」
今まで見たことも無いような、杙菜までおびえた表情で見るほど、
星一は眼鏡の奥のその眼光に冷徹さと憤怒を込めて言い放った。
「まだそれは困るな」
「「「「!?」」」」
大きく穴があき、壊れ果てた元窓の方から声。
星一と杙菜は声の方を向く。
そこには、黒いコートを着込み、黒いフードを深くまで被った猫を模した仮面を着けた男が立っていた。
右手には、箒を持っている。

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