二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Mythology
日時: 2015/08/16 04:44
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 初めましての人は初めまして、モノクロという者です。ここでは二次板と雑談板が拠点です。

 本作では基本的に既存のカードを使用するつもりではありますが、オリジナルのカードも多数登場します。ご了承ください。

 投稿したオリキャラのデッキにキーカードや切り札を追加したり、既存の切り札級のカードや、追加した切り札に召喚時の台詞を追加しても構いません。追加したい時はその旨をお伝えください。

目次


一章『神話戦争』

一話『焦土神話』
>>1 >>2 >>6 >>9 >>12 >>13 >>14
二話『萌芽神話』
>>17 >>18 >>21 >>22
三話『賢愚神話』
>>25 >>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>33


二章『慈愛なき崇拝』

一話『精力なき級友』
>>41 >>45 >>49 >>52 >>55 >>58 >>59 >>60 >>61
二話『加護なき信仰』
>>63 >>64 >>66 >>70 >>71
三話『慈悲なき女神』
>>72 >>73 >>74 >>75 >>76
四話『表裏ある未来』
>>77 >>78


三章『裏に生まれる世界』

一話『裏の素顔』
>>79 >>80 >>81 >>82 >>85 >>86 >>91 >>92 >>94
二話『裏へと踏み入る者』
>>96 >>97 >>98 >>99 >>100 >>101


四章『summer vacation 〜夏休〜』

一話『summer wars 〜夏戦〜』
>>103 >>106 >>107 >>110 >>111
二話『summer festival 〜夏祭〜』
>>112 >>113 >>114 >>117
三話『summer ocean 〜夏海〜』
>>118 >>121 >>127 >>128 >>129 >>132 >>141 >>148


五章『雀宮高等学校文化祭店舗名簿』

一話『ガーリックトーストレストラン』
>>152 >>153 >>156 >>157 >>158 >>160 >>162 >>163 >>164 >>167
二話『ロイヤルミルクティーカフェテリア』
>>168 >>169 >>170 >>173
三話『ゾロアスター教目録』
>>174 >>175
四話『天の羽衣伝説調査』
>>185 >>186
五話『日蓮宗体験記録』
>>187 >>190
六話『天草四朗時貞絵巻』
>>191 >>192
七話『後夜祭・神々の生誕劇場』
>>193 >>202 >>206 >>207


六章『旧・太陽神話』

一話『序・太陽神話』
>>208 >>212 >>213
二話『破・太陽神話』
>>214 >>217 >>218 >>219 >>221 >>222 >>223 >>224 >>231 >>235 >>236 >>243 >>244
三話『急・太陽神話』
>>266 >>267 >>268 >>269 >>270 >>271 >>272 >>279 >>282 >>285 >>292


七章『続・太陽神話』

一話『再・太陽神話』
>>293 >>299 >>300 >>303 >>304 >>315 >>316 >>317 >>318 >>319 >>320 >>321 >>322 >>323 >>324 >>329 >>330 >>331 >>332 >>333 >>334 >>335 >>336 >>337 >>338 >>341 >>342 >>343 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>356 >>357 >>358 >>359 >>360 >>361 >>362 >>363 >>364 >>365
二話『終・太陽神話』
>>366 >>371 >>372 >>373 >>374 >>375 >>376 >>377 >>380 >>381 >>382 >>383 >>384 >>385 >>386 >>387
三話『新・太陽神話』
>>393 >>395 >>396 >>397 >>398 >>399 >>402 >>403 >>404


八章『十二神話・召還』

一話『焦土神話・帰還』
>>405 >>406 >>407 >>408 >>409
二話『海洋神話・還流』
>>410 >>411 >>412 >>413 >>415
三話『萌芽神話・還却』
>>417 >>418 >>419 >>420 >>421 >>422 >>423 >>424


九章『聖夜の賢愚クリスマス・ヘルメス

一話『祝祭の前夜ビフォア・イヴ
>>425
二話『双子の門番ツインズ・ゲートキーパー
>>426 >>429 >>430 >>431
三話『祝宴の闘争パーティー・バトル
>>432 >>433 >>434 >>435 >>436 >>437 >>438 >>439 >>440
四話『知将の逆襲ノウレッジ・リベンジ
>>441 >>443 >>444 >>445 >>446 >>447


第十章『月の下の約束です』

一話『月影の同盟です』
>>468 >>469 >>470 >>471 >>472 >>473
二話『月夜野汐です』
>>486 >>487 >>489 >>490 >>491 >>492
三話『私の先輩です』
>>493 >>496 >>497 >>498 >>499 >>500 >>503 >>506 >>507 >>508


第十一章『新年』

一話『初詣』
>>512 >>513 >>514 >>515 >>516 >>519 >>520 >>521 >>522 >>523 >>524 >>525 >>526 >>527 >>528 >>529 >>530 >>531 >>532 >>533 >>534 >>535 >>536 >>537 >>538 >>539 >>540 >>541 >>542 >>543 >>544 >>545 >>546 >>547 >>548 >>549 >>550 >>553 >>554 >>557 >>558 >>559 >>560 >>561 >>562 >>563 >>564 >>565 >>566 >>567 >>568 >>571 >>572 >>573


十二章『空城夕陽の義理/光ヶ丘姫乃の本命』

一話『誕生日/バレンタインデー』
>>577 >>578 >>579 >>580 >>583 >>584
二話『軍人と探偵と科学者と/友人と双子と浮浪者と』
>>585 >>586 >>587 >>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596 >>597 >>598 >>599 >>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606
三話『告白——/——警告』
>>609 >>610


十三章『友愛「親友だから——」』

一話『恋愛「思いを惹きずって」』
>>616 >>617
二話『敬愛「意志を継ぎたい」』
>>618 >>619
三話『家族愛「ゆずれないものがある」』
>>620 >>621 >>622 >>627 >>628 >>629 >>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636
四話『親愛「——あなたのことが大好きです」』
>>637



コラボ短編
【1——0・メモリー(タクさんコラボ)】
外伝『Junior to connect』

一話『Recollection』
>>474
二話『His outrage』
>>475 >>476 >>477 >>478 >>480
三話『My junior and his friend』
>>482



デッキ調査室
№1『空城夕陽1』  >>95
№2『春永このみ1』 >>102
№3『御舟汐1』 >>136 >>137

人物
>>34
組織
>>35
フレーバーテキスト
>>574

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.636 )
日時: 2015/08/06 01:57
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「大変なことになっちゃったね、ゆーくん」
「まったくだ」
「でも、ちょっと楽しいよね」
「馬鹿言え、楽しいなんて言ってる場合じゃないだろ……と言いたいが、僕も少しあのデュエルを楽しんじゃったか。人のこと言えないな」
「クリーチャーが本物になるんだもんね。あんなの、テレビでしか見たことないよ」
「見たところ、ホログラムとかじゃなさそうだったけどな。僕とお前についたこの傷がなによりの証拠だ」
「あぁ、これねー。おねーちゃんに言い訳するの大変だったよ、これは……うちの制服もボロボロにしちゃったし」
「僕も暁に指摘された時はビビったよ。まあ、あいつ馬鹿だから思いのほか簡単に説き伏せられたけど」
「これからもこーゆーこと続くと大変だねぇ……あ、これって、汐ちゃんには言わない方がいいのかな?」
「当然だ、御舟まで巻き込めるか。またいつ、あいつらみたいなのが来るか分からないけど、このことは他言無用だ」
「二人だけの秘密ってことだね。あははっ、小学校の時みたいで、ちょっと面白いかも」
「そんなこと言ってる場合か。相変わらずの能天気チビが……」



 霞家がどのような家であるかと、一言で言い表すなら、極道だ。
 霞家は、極道の家系である。
 俗な言い方をすれば、ヤクザだ。
 ゆえに近隣住民からは近寄り難い存在になっているのだが、夕陽の場合はそうでもない。いや、実際は夕陽としても、関わりがないなら関わらないままで構わないのだが、そうもいかない。夕陽の妹が霞家の一人娘ーー霞柚と親友という関係である以上、霞家の存在は夕陽とも関わってくる。そしてついでのように、夕陽と非常に近しいところにいるこのみも、霞家とは多少の関わりがあった。
 なぜ一人娘が柚なのに、次期頭首が橙なのかという点は不思議に思うことだろう。夕陽も詳しくは知らないが、しかし大体察しはついている。こういう家系だと、家のしきたりなどがあるのだろう。
 ともあれ、夕陽は霞家とは浅からぬ関係があったりするのだが、しかしこの屋敷に足を踏み入れるのはかなり久しぶりだった。
 懐かしい板張りの廊下を進んみ、客間と思われる広い和室に通される。
「まずは、お前たちに言わなければいけないことがあるな」
 橙は、黒と灰色の紋付き羽織袴をはためかせ、どかっと豪快に、それでいて厳かにあぐらをかいて座り込む。
 夕陽とこのみもそれに続いて座るが、しかしこんな状況で足を崩すことはできなかったので、大人しく正座する。
「言わなければならないこと……?」
 確かに夕陽たちは、彼に聞きたいことが山ほどある。しかし、彼の方から言わなければならないこととは、なんだろうか。
 夕陽がそう思っていると、橙は両手で拳を握り、それを自分の座る位置よりもやや前方の畳に、叩きつけた。
 その動作に身が竦んだ夕陽とこのみだが、直後の彼の動作に、呆気を取られる。
「——すまなかった」
 橙は、座礼していた。
 体を大きく臥して、深く、深く頭を下げている。
 いわゆる、土下座だった。
「……いや……そんな、顔を上げてくださいよ、橙さん……」
 夕陽は、そんな橙に困ってしまった。
 何度も顔を合わせたことがあるわけではないが、夕陽も彼とはそれなりに面識がある。誰に対しても厳格で、触れれば切り捨てられてしまいそうな鋭さを持った人物というのが、夕陽の中の霞橙だ。
 その彼が、自分たちに土下座をしているという真実が、夕陽には信じがたかった。
 そうでなくても目上の人間に頭を提げさせているというのは、どうにも反応に困る。
「別に、土下座なんてしなくても……」
「いや、けじめはきっちりつけなくてはならない。ただの謝罪で済まされることだとは思っていないが、しかしこの程度もできないようでは、謝罪など無意味。それだけ、俺はお前たちに迷惑をかけたと反省しているつもりだ」
「…………」
 夕陽は黙った。呆れたわけではなく、なにも言い返せなかったのだ。
(そうだよなぁ……これが橙さんなんだよなぁ……)
 いつも厳めしい顔で、怒っているようで、話をしても辛辣な言葉が飛んでくるが、彼は決して理不尽ではない。
 確固とした己の意志というものを持ち、そして義理堅いのだ。ゆえに、夕陽たちへの謝罪というのも、誠心誠意行っているのだろう。
 言動が堅いので、いまいちその誠意は伝わりにくいのだが、しかし自分たちに頭を下げたのだ。それだけで夕陽としては十分だった。
「確認ですが……《豊穣神話》の所有者は、橙さんだったんですか……?」
「その通りだ」
 橙は即答する。そして続けた。
「正確には、元所有者だな。今《豊穣神話》は俺の手元にはない。そして、お前たちが思っている人間は、すべて俺だ。『popple』に通っていたのも、お前の肩を外したのも、すべて俺だ」
 夕陽は、改めて橙の姿を見る。
 これでもかというくらいに似合う羽織と袴、漆のように真っ黒な瞳と髪色。非常にそれらしい、日本人然とした佇まい。
 金髪碧眼のあの男とは、似ても似つかない姿だ。
「種は明かすほどのことでもないだろうが、あの姿は単純に鬘とカラーコンタクトで偽装していただけだ。眼鏡も、印象操作のためにかけていた伊達だ。人間、顔面の装飾の有無で印象が変わってくるからな。それに、人間は瞳孔である程度の識別ができるから、そのカモフラージュも兼ねていた」
 ということは、顔のガーゼは、橙の最も印象的な、顔の傷を隠すためのものなのだろう。
 もしもあの傷があれば、夕陽も金髪碧眼であっても橙を想像していたかもしれない。それだけに、橙には完全に偽装されていた。
「……あの……」
「なんだ、春永このみ」
「そろそろ、いいかな? この子たち出して……」
 珍しくおずおずと出て来るこのみは、ポケットからカードを取り出しつつ、言った。
 それは二枚のカード。一枚は《プロセルピナ》。そしてもう一枚は、
「構わん。お前の好きにしろ」
「うん……じゃあ、いいよ。プロセルピナ。それと——ケレス」
 刹那。
 ポンッ、とカードから二体のデフォルメされたクリーチャーが現れた。
 一方は言うまでもなく、幼い少女のような姿をした妖精、プロセルピナ。
 そしてもう一方は、デフォルメされてもなお威厳を感じさせる老体、ケレスだった。
「橙よ……すまぬ」
「構わんさ、ケレス。結局は、俺の意志が薄弱で、俺のやることは間違っていた。それだけだ」
 橙とケレスは少ない言葉を交わす。だが、それだけで二人の間では、なにかが了解されていた。
「えっと……どうしたらいいんだろ。ケレスって、ダイにーさんの持ってた『神話カード』なんだよね? だったら、返した方が——」
「それは断る」
「え……」
「いや、違うな……結果は違いはしないが、俺はそれを受け取れない、と言うべきか」
「な、なんでですか? 橙さんは、ケレスと今まで活動していたんじゃないんですか?」
 『神話カード』が“ゲーム”においてどれだけ重要であるかは、夕陽たちも十二分以上に理解している。
 ゆえに、橙が
「理由は三つだ。一つ、それは既に俺のものではなく、春永このみ。お前が俺を退け、手に入れた戦利品であるからだ。ゆえに俺はそれを手にする資格がない」
「は、はぁ……」
 いかにも橙らしい理由だった。しかしそれは彼の主義であり、本質的な理由ではない。
 真の理由は、他にある。
「二つ、ケレスはお前の手元にあるべきだと、俺は理解した。そして納得もした。ケレスも、それは了承しているはずだ」
「え、そうなの? ちょーろー」
「左様だ」
 頷くケレス。彼女としても、橙の手元を離れることは受け入れているようだ。
 そして、最後に、橙は声を険しくする。
「三つ、俺はケレスを、もっと言えば『神話カード』を持つべきではないと判断したからだ」
「……? 持つべきではない……?」
「あぁ。少し、考えを変えたんだ……いや、改めた、と言うべきか。俺の目的のためには、『神話カード』は不要だったんだ」
 重苦しく語る橙の言葉を受けて、夕陽はハッと思い出す。
 そうだった。夕陽が一番聞きたいことは、それだったのだ。
「橙さん」
「なんだ」
「橙さんの目的って、なんですか?」
 これが、夕陽が最も気になっていたことだ。
 唐突な自分たちへの接触、“ゲーム”への介入、『神話カード』を求める理由。すべてが謎だ。
 それらはすべて彼の目的へと繋がっているはずだが、その肝心の目的が分からない。
 【ミス・ラボラトリ】は研究と探究、【神格社会】は共有と共存、【神聖帝国師団】は支配と征服。
 これらの組織が持つような、【霞家】の、霞橙の目的とは、なんなのか。
 それが今回の事の発端なのだろう。
 やがて、橙はゆっくりと、重く、厳かに、口を開く。
「……俺の目的は、今も昔も変わりはしない。俺がこんなくだらない“ゲーム”の世界に踏み入ってから、常に思い続けてきたことは、たった一つ」
 橙は、確かな意志と信念を持ち、そして告げた。
 己の、使命ともいうべき、目的を。

「——柚を守ること。ただそれだけだ」

「え……柚ちゃん、ですか……?」
「そうだ」
 予想外の名前が上がり、夕陽は困惑する。
 霞柚。霞橙の義妹で、霞家の正当な血統者で、夕陽の妹の親友。少し気の弱い少女。
 彼女を守ることが、橙の目的。
 それはいったい、どういうことか。
 橙は、声の調子を変えずに、続けた。
「お前たちも、“ゲーム”に深く入り込んでいるのならば、思ったことはあるだろう。友、仲間、家族——自分と親しい者たちを、こんな世界に巻き込ませないと思ったことが」
「それは……」
 確かにそうだ。一般人、友人、クラスメイト、恩師、そして家族——無関係な人々を巻き込まないようにする、ということは、夕陽たちも常々考えていたことだ。
 橙の目的は、正にそれだったのだ。
 たった一人の義妹いもうとを守ること。
 それが、霞橙が“ゲーム”に身を投じる、ただ一つの目的。
 だが、矛盾している、と言わざるを得ない。“ゲーム”から彼女を遠ざけるために、“ゲーム”に深くかかわるなど。
「その矛盾は分かっていた。俺はいつだって矛盾と失敗ばかりだ。あいつにデュエマそのものを禁じていたことも、空城夕陽、お前の妹という存在がいたとはいえ、結局は逆効果だったしな。俺はいつだって矛盾し、失敗し、空回ってばかりだ……だからなのか。俺は、日々激化している“ゲーム”で生き延びるための、強さが必要だと思い、そして求めた。それも、ただ生きるだけの強さではない。自分ではない誰かを守るための強さだ。己さえよければそれでいいような、陳腐な強さではない、それ相応の強さ」
 そんな強さを求める中、出会ったのが《豊穣神話 グランズ・ケレス》——『神話カード』だった。
「ケレスと出会ってから、俺たちはなんとかケレスの存在を隠していたんだが……流石に、それも限界を感じた」
 これ以上隠匿する限界。そして、これ以上、『神話カード』に頼らず目的を果たす限界。
 それを感じた瞬間、橙は動きを変えたのだった。
「ケレスの申し出と協力もあった。それにより、俺は新たな『神話カード』を得ることで、さらなる強さを求めようとした……だが結局、俺がやっていることは、敵を増やすこと。いくら俺が強くなろうとも、そこにも限界が存在する。いずれその限界を超えられず、いつか柚をこの世界に巻き込んでしまう……そう、思い直したんだ」
 柚を守るために『神話カード』を得ること。だがそれは、新たな脅威が襲ってくることを意味し、それが連鎖すれば、やがて敵の魔手の範囲はどんどん広がり、やがて柚へと届いてしまう。
「そんな矛盾を俺は孕んでいたが、春永このみ、お前が俺を打破したお陰で、俺はその矛盾から抜け出すことができた。その意味でも、礼を言おう」
「え、いや、あたしはなんにも……そ、それよりさっ!」
 橙の率直な礼に恥ずかしくなったように、このみは強引に話題を変える。
「ケレスは、どうしてダイにーさんから離れちゃうの?」
「それは、お主と一緒にいた方が都合が良いと思ったからだ」
 このみの疑問に、ケレスは答える。
「儂が橙にプロセルピナを狙うように示唆したのは、儂自身がプロセルピナの力を求めていたから……ゆえに、儂としては、プロセルピナが傍にあればそれでよい」
「そ、そうだったんだ……」
「……だが、プロセルピナがお主を信じ、お主がプロセルピナを信じ、橙を討ったその力には、興味がないわけでもない。お主の力があれば、儂の目的を達することができるやもしれん」
「ケレスの目的って、なんなんだ? 話を聞く限り、橙さんとは協力関係だったみたいだけど、その橙さんの協力を断ち切ってまで、お前が成し遂げたいことって?」
「そうだな……言うなれば、この戦争を終わらせること、と言うべきか」
「この戦争って……“ゲーム”のことか?」
「お主らはそう呼んでいるのだったか。儂からすれば、“あの時”の戦争の焼き直しだがな」
 つまり、ケレスは“ゲーム”と呼ばれている、多くの人間とクリーチャーを巻き込んだこの戦いを、終わらせると言っているのだ。
 それならば、ケレスが橙と手を結ぶ理由になる。その点は納得できたが。
 しかし、そんなことを言われても、夕陽にはいまいちピンとこなかった。
「終わらせるって、具体的にはどうするんだよ?」
「さてな、儂も忘れていることが多い。どうすれば終わるのか、と言われても、すぐには答えを出せん」
 だが、とケレスは逆接する。
「検討くらいはついておる……まずは、クリーチャーを手懐ける素質を持つプロセルピナを仲間に引き込んで、少しずつ他の十二神話を召集していくつもりだった」
「だから最初にこのみに近づいたのか」
「本来なら、『popple』に通い姉と親しくなってから、春永このみと接触の機会を持つつもりだったのだが、まさかそちらから来るとは思わなかったがな」
「あはは……いやー、まさかこんなことになるとは思ってなくてさー……」
 ともあれ、ケレスが言うには、十二神話——十二枚存在する『神話カード』を集めることが、“ゲーム”を終わらせる鍵になるようだった。
「儂の憶測が多いが、十二神話は元々、十二柱で一つの調和を創り出す存在——それらが散っている状況を修正することが、終焉の要だろう」
 『神話カード』を蒐集する。その第一歩として、萌芽の力を持つプロセルピナに接近した。
 それが、ケレスの考えのようだ。
「ということらしい。俺よりも、お前たちの方が深く“ゲーム”に関わり、他の『神話カード』と接する機会も多いだろう。ゆえにケレスの目的のためには、お前たちと共にある方が良いと判断できる」
「そういうわけだ。よろしく頼むぞ、このみよ」
「う、うん。こっちこそ、よろしく」
 つい勢いでよろしくと言ってしまったこのみだが、大丈夫だろうか。
 橙の言うことも筋は通っている。ケレスの目的とやらも理解はした。
 それでも、このみと一緒にいるとなると、夕陽としては不安しかない。心配ばかりが募る。
「これで、俺からは以上だ。他に聞きたいことはあるか?」
「あ、いえ……特には……」
 橙の目的、彼の行動原理、その理由も分かった。
「……お前たちにも、守りたい何者かがいるだろう」
「え……?」
 唐突に、橙は口を開いた。
 その言葉は夕陽たちに向けられているのだろうが、どこか独白めいた口調で、彼は忠告するように語る。
「俺が柚を守ろうとしたように、お前たちにもそのような存在がいるはずだ。たとえば空城夕陽、お前の妹だったり、たとえば春永このみ、お前の姉だったり……家族でなくとも、友でも、仲間でも、なんでもいいが、この世界に踏み入ってほしくない人間がいるだろう」
「…………」
 橙に言われ、ふと夕陽は、自分の妹の姿を思い浮かべる。少し前に色々あったものの、橙と同様に、自分のたった一人の妹。
 小生意気で、騒がしく、迷惑ばかりかけ、手間のかかる妹だが、それでもこの世界に巻き込んでもいいと突き放せるようなものではない。
 確かに夕陽にとっては、彼女もこの世界に踏み入らせてはいけない人間の一人であった。
 このみも、同じようなことを考えているのだろう。どこか呆けたような、それでいて思案するように、口を結んでいる。
「お前の妹が絡むと、柚にもその火は飛び火する……俺の立場から、こんなことを言うのも筋違いというものだが、それでもあえて言おう」
 彼は、霞橙は、声を少し低くして、射抜くような眼で夕陽たちを見据える。筋違い、などと言っておきながら遠慮する素振りは一切見られない。
「今後の行動はもっと慎重になった方がいい。【ラボ】辺りはお前たちに相当干渉し、ともすれば保護とも言えるような支援をしているが、それでもいつ、どこから、なにを契機にして、俺たちの世界は、“ゲーム”の魔手は、俺たちの外に飛び出すかわからない」
 どことなく注意めいた物言い。確かにその通りだ、言ってることは間違っていない。だが、そんなことは言われるまでもなく分かっている。
 いや、言われるまでもなく、分かっているつもりだった、と言うべきか。
 橙の言葉を聞くうちに、夕陽は自分の中で、他人というものを軽視していた節を思い返す。彼の言葉を聞いて、ハッとしたのだ。
 誰でもない、無関係な人々を巻き込ませないという意識。それを、再認識させられたような気がした。
「無関係な誰かを守るためにも、お前たちはそのことを考えなければならない。これまでは部外者を巻き込むことは、暗黙の了解として禁じられていたが、元々“ゲーム”にルールはない。人質、籠絡、武力行使……どのような盤外戦術を用いてきてもおかしくはない。特に激化し、変化をみせてきた今の“ゲーム”ではな」
 だから、と。
 橙は眼光をさらに険しく、触れれば切れてしまう鋭い刃物のような声で、告げる。
 彼の本心にして彼の行動原理を、宣誓するように。それでいて、告白するように。
 そして、警告するように——忠告する。
 己のために。
 彼らのために。
 “彼女ら”のために。

「気を付けろ。お前たち自身だけではなく、お前たちの、守るべき者のためにも——」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.637 )
日時: 2015/08/07 00:27
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

『気を付けろ。お前たち自身だけではなく、お前たちの、守るべき者のためにも——』

 そんな言葉を最後に受け、夕陽たちは霞家を後にした。
 改めて認識させられる、外部との繋がり。
 裏の世界で認知されているからといって、表の世界と無関係なわけではない。むしろ、元々表の世界の存在で、今でもそちらの要素が強い夕陽たちにとって、表と裏をきっちりと区別し、この二つを断絶することは、他の者と比べてより重要だった。
 無関係な誰かを、自分の大切な人を、守らなくてはいけない。
 それは表と裏を行き来し、最後には表に戻ってくる、夕陽たちの義務だった。
「……大変なことになっちゃったね、ゆーくん」
「……まったくだ」
 どこかで交わしたことがあるような会話。思い出せないが、よく考えればこの言い方は間違っている。
 既に、大変な状況にあるのだ、自分たちは。
 今回は敵対していたのが橙だったため、両者に被害はない。彼も彼で色々と根回しをしているようで、周囲への被害や影響はかなり抑えられていることだろう。
 だがそれは、今回は、だ。
 今までも、【ラボ】が手を回して、夕陽たちの見えないところでサポートしてきた。《守護神話》を用いた広域への神話空間の展開を始めとする、事後処理、事前準備、それらはすべて【ラボ】に任せっきりだったと言ってもいい。
 つまるところ、【ラボ】に甘えていたのだ。夕陽たちは。いや、【ラボ】だけではない。自分たちの見えないところで、なにかをしている者たちに、頼りっきりになっていた。
 今まではそれでなんとかなった。夕陽の妹にも、このみの姉にも、汐の兄にも、“ゲーム”の存在は知られていない。
 だがそれは、今の話。
 橙の言うように、“ゲーム”は激化し、変化している。【師団】の動きも最近は大人しいが、それも【ラボ】や【神格社界】が動いている結果に過ぎない。
 彼ら彼女らとて、万能ではない。
 いつこの均衡が崩れるとも限らないのだ。
 つまり、夕陽たちも、いつまでも彼らに甘えているわけにはいかない。
 己の守りたいものは、己の手で守る。
 当たり前と言えば当たり前のことだが、その当たり前を為さなくてはならない。
「と言っても、具体的にどうするんだろうな、守りたいものを守るって」
 今まで通り他言無用なのは良しとして。
 他人に気づかれないように、不自然のないように、自然に生活をするとして。
 それ以上、なにをすればいいのだろうか。
 自分たちには【ラボ】のような技術力もなければ、【神格社会】のようなフットワークもない。事後処理も事前準備も根回しもなにもできない。知識も技量も持ち合わせてはいない。
 なにも、できることなどない。
 他人を頼らないようにするにしても、自分自身が頼りない。どうにもならない。
 と、その時。
 ふと、後ろで声がする。
「別に、だれかを頼ってもいいと思うよ」
「このみ……」
「だって、あたしたちにできないことって、いっぱいあるんだよ。それが全部できたらすごいけど、できないものはできないもん」
「開き直ってんじゃねえよ……」
 呆れた物言いだ。
 しかし、ある意味、真理ではある。
 このみは呆れた表情の夕陽の次の言葉を待たなかった。
「トリッピーも言ってたよ。『私たちは君らを全力でサポートする。君らにはインポッシブルなことをする。だから、君らは君らのポッシブルなことをするんだよ』って」
 いつの間にラトリとそんな話をしていたのか。言ってることも、案の定、真意が伝わりにくい。どこぞの芸人のような言葉遣い。
 その言葉がどこまで本気なのかわかったものではなかった。しかし、少なくとも、このみは本気だと思っているようだ。
 夕陽はなにか言いたい口を閉ざして、このみの言葉に耳を傾ける。
「あたしは、みんなが手を取り合って、みんなで協力できたらいいな、って思ってる」
「それは……確かにそうだな。先輩も、たぶんそれを望んでる」
「そうだよね。だからさ、あたしたちができないことを、あたしたちの友達がやってくれるのって、おかしくなくない? それが、手を取り合って、協力する、ってことじゃないの?」
「…………」
 反論できなかった。
 子供っぽい、どころかほとんど子供の精神そのままなこのみだが、子供っぽいがゆえに、その言葉に嘘や偽り、欺瞞、そして悪意は存在しない。
 すべてが純真無垢で素直な言葉だ。穢れも暗さもなにもない。
 そんな言葉を、否定できようか。
 綺麗事だ、などと片付けるには、彼女の言葉は眩しく、そしてまっすぐすぎる。
 反論など、できるはずもなかった。
「もちろん、あたしたちもおねーちゃんや澪にーさん、ひーちゃんに、キラちゃんやゆずちゃん、関係ないみんなを巻き込まないようにしないといけないけどさ。だから、ゆーくんが気にしてるとこを、ほかのみんなにやってもらってるぶん、あたしたちはそーゆーところでがんばらなくちゃ」
「……このみの癖に、生意気なことを……」
 しかし正論だ。
 理屈の上でも、理に敵っている。
 どうしたって、夕陽はその意見に同調しかできない。これがこのみの発言でなければ素直に聞き入れていただろうが、このみに逆に説き伏せられるなど、夕陽にとっては屈辱的なこととも言える。
 だが屈辱と同時に、ふと思ったことがある。
(少し、橙さんの言葉で気負いすぎたかな……)
 仲間とはなにか、協力とはなにか。
 それを、考える必要がありそうだ。
(なんとなく、それがひまり先輩の望みに、繋がりそうな気がするしね……)
 思えば、ひまりと最も仲が良かったのはこのみだった。馬が合う、というべきか。
 あれは、どちらも考え方が、その方向性が同じだったから、同調できたのかもしれない。
 このみの考え方、彼女の言葉が、がひまりの望みを知るきっかけになる。
 それを思ってしまった瞬間、夕陽から毒気が完全に抜けた。むしろ、今までやたら根回しがどうこうと背負い込んだり、このみに反発心を抱いていた自分がおかしくなる。
「……ま、でもそうだよな、確かに。僕らは僕らにできることをするしかないか」
「そうだよ。ゆーくんは昔っから自分でなんでもしちゃおうとするんだから」
「お前はなんでも自分でやらなさすぎだと思うけどな」
「そんなことないよ。あたしは昔からいろいろやってるよ?」
「自分のやりたいことだけな。とりあえず、帰ったら試験勉強しろよ。特別に僕が見てやる」
「えー!? やだよそんな——」
「問答無用だ。ほら、行くぞ」
「やーだー!」
 片腕で、このみの腕を引く夕陽。
 それでまた、ふと思い出す。
(昔は、僕がこいつに腕を引かれてたんだけっか……)
 小学生の時、彼女と出会ってから、夕陽は様々なところへ行き、様々な体験をした。
 それを先導していたのは、いつでも彼女だった。
 いつからだろう。自分が彼女の腕を振り払うようになったのは。
 いつからだろう。自分が彼女の行動を抑えるようになったのは。
 いつしか、自分は彼女の先に立つようになっていた。少しはしゃぎすぎる彼女を、押さえつけていた。
 彼女の腕を引かれるうちに、そう思うようになったのだったか。
 彼女に引かれてばかりではいけないと思い、前に立つようになったのだったか。
 なら、そろそろいい時かもしれない。
 夕陽は立ち止まり、このみの腕を引く強さを緩める。
「……? ゆーくん?」
 急に腕を引くのをやめ、このみが不思議そうに夕陽の顔を覗き込む。
 垢抜けない、純粋で純真な、子供そのもののあどけない顔。透き通るようなくりくりした眼。細く艶やかな明るい髪。
 昔となにも変わらない。見てくれも、その心も。
 夕陽は歩を進める。小さな一歩を、ゆっくりと。
「あ……待ってよ、ゆーくんっ」
 このみもその後を速足で追う。すぐに追いついた。
 ふと、思う。
 こうして歩くのは、初めてだったかもしれない。
 少なくとも、意識するのは初めてだ。
 遠い昔、自分の前に彼女がいた。
 少し昔、自分は彼女の前にいた。
 そして今は、自分の隣に、彼女がいる。
 これが本来のあるべき姿なのだろうか。
 自分と彼女の関係では、これが一番自然な形なのだろうか。
 よく分からない。だから、少なくとも今だけは、そういうことにしておこう。
 どちらが先導するでもない。抑圧もなく、前も後もない。
 少年と少女は、空城夕陽と春永このみは、歩み続ける。
 二人、肩を並べたまま——



「ゆーくん」
「なんだよ」
「あたしたちの人生ってさ、どうなんだろうね」
「そんなこと、僕に聞くなよ。僕は自分の物語を整理するだけで手一杯だ、お前の人生なんて知らねえよ」
「うん、ゆーくんならそう言うよね、やっぱ」
「当然だ」
「ねえ」
「なんだよ」
「大好きだよ、ゆーくん」
「うるせぇ。僕はお前なんか大嫌いだ」
「あははっ、知ってた。ゆーくんの考えてることはすぐわかる、幼馴染みだから」
「腐れ縁だ」
「そうかもね。それでも、あたしは好きなんだよ、ゆーくんのことが」
「あっそ」
「本当、好きで好きでしかたないよ。汐ちゃんも、姫ちゃんも、リュウ兄さんも……みんな大好き」
「……知ってるよ、お前のことくらい」
「でも、一番好きなのはゆーくんだよ」
「…………」
「だって……親友だもん」
「……そうだな」
「ねぇ、ゆーくん」
「なんだ、このみ」
「これからも、ずっと——ずーっと一緒だよ」
「——あぁ。親友、だからな」
「うんっ!」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.638 )
日時: 2016/01/31 15:26
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 某国某所、およそ一般人には見つけることが到底不可能なとある場所。
 広大ながらも緻密に隠蔽されたその場所は、【神聖帝国師団】の居城だった。
 その一室にて。
「……師団長」
「ニャルラトホテプか。どうした?」
 アジア系の顔立ちに、それなりに育まれた身体の女性——ニャルラトホテプは、落ち着いた声でジークフリートに問う。
「あの子、どこに行ったか知りませんか?」
「あの子……? あぁ、あいつか。あいつならもう行かせたぞ。あっちの時間に合わせる必要があるから、早めに出した」
「そうですか……もう行っちゃったんですか……」
 少し残念そうな表情を見せるニャルラトホテプ。
 それを見て、ジークフリートも少し苦い表情を見せた。
「俺も悩んだし、できればあいつに出向かせたくはなかったが、流石にもう無理だ。そろそろけじめをつけてもらわねえと、俺のメンツに関わる」
「あの子、失敗続きでしたからね。結果が出せなければ、どうしたってことは悪い方に進んでしまいますか」
「あぁ。俺もあいつの能力については買ってるんだが、如何んせん手際がいいとは言えねえからな。今まではゴタゴタしてたこともあって、保留保留で擁護してきたが、そろそろ庇えなくなった」
 本来ならもっと早くに処分を下すはずだったのだが、他のことに手を回すことで、実質的にその人物を守ってきた。その間に成果をあげれば、それまでの失敗もそれなりに相殺されるので、それを期待していたが、何事も期待通りにはなるとは限らないのだ。
 そして、そろそろその擁護が、他の方面に影響を及ぼし始めたのだ。
「成程、出来の悪い奴を大切にするのはなかなかの人格者で、感動的な話かもしれないが、劣等生を擁護し続けると、優等生からの反感を買う。出来の悪い奴のために、出来の良い奴を敵に回すなんざ、悪効率すぎる」
 要するに、いつまでも結果を出せない者が居続けるせいで、より優秀な者たちが、その者を敵視し始め、さらにその劣等者を放置しているジークフリートにも疑惑の眼差しを向ける始末だ。
「雑魚がいくら刃向かおうが所詮は烏合の衆だが、下っ端がいるからこそ組織は成り立つ。将軍だけで戦ができるわけはねえし、貴族だけで国が栄えるはずもねえ。そこには必ず、雑兵や被支配層が存在する。それをないがしろにしてたら、王国なんざ作れないわな」
「師団長の言い分はもっともですし、私もその意見には賛成します。しかし、非常に個人的なことを言わせていただきますと、あの子の処分については、やはり残念ですね」
 表情にほんのりと悲しさや寂しさを滲ませて言うニャルラトホテプ。
 それを聞いて、漆黒の中から黄色い少年がぬっと現れた。
「ニャルって、よくあのこの子と気にしてるよね」
「ハスタくん、いたんだ」
「その呼び方やめて。くぎゅううううう! って言いたくなる」
「あ、うん。ごめんね」
 唐突に現れたハスターに、丁寧に対応するニャルラトホテプ。それにハスターは、今日のニャルは面白いけどノリがいまいちだなー、なんぞと呟く。
「まあ、いっか。それよりも! ニャルって、結構あの子を気にかけてるよね。お気に入り?」
「うん、まあ、そんな感じかな。あの子のは、ちょっとだけ私に似てるから」
「そうなのか?」
 納得しかねるような視線を向けるジークフリートに、ニャルラトホテプは答えた。
「もちろん、本質は全然違いますよ。でも、私が身体を乗り換えるように、あの子も自分自身を偽って、取り替えて、違う自分を演じています。その生き方は、私の存在と通ずるところがあると思いませんか?」
「そう言われると、そんな気がするな」
「今日のニャルは説明が丁寧だ」
 前の時はひどかったからなー、などと話の本筋とは関係ないところで感想を述べるハスター。それはさておいて。
「私は身体を入れ替えながら生きています。それになぞらえるなら、あの子は……そうですね、名前を取り替えながら生きている、といったところでしょうか」
「名前?」
「はい、名前です。いくらなんでも私と同じ性質の生物なんて、この地球に二人といないでしょう。あの子は様々な自分を演じてはいますが、身体はいつだって同じです。だとすれば、個人を証明するのは、その人の名前。違う自分になるということは、その時の自分自身の証明たる名を変えることです。だからあのこの場合は、名前を変えながら生きている、というのが正しいと思いますよ」
 名前なんて、個人を識別する記号でしかない。そんな風に考えるものも、世の中にはいる。
 しかし、個人を識別するということは、その個人の証明となるものであるということで、そのように考えると、名前を取り替えるというのは、違う自分になることと同義と言えるだろう。
 そしてそれは、他の者に変化するニャルラトホテプと、似た存在であると言えなくもない。
「まあ、確かに今回は念には念をって、新しい名前作って向かったみたいだしな。あいつにとって、名前は一般人愚民以上に意味のあるものなのかもしれねえな」
 あるいは、一般人以上に名前の執着がないか。
 何度も名前を取り替えるなんて、およそ一般人には体感できないようなことをしているのだから、想像は難しい。
 そんなかの者の心情について考えているわけでもないだろうが、しばらく沈黙が訪れる。
 そこでハスターは、その沈黙に耐えかねたように、口を出した。
「ちょっと話を巻き戻していいですかね。あの子の処遇については分かりましたけどね。でもあの子、『神話カード』持ってるんでしょう? 本当に行かせて良かったんですか、師団長」
「そこなんだよなぁ。俺があいつにギリギリまで処分を下さなかった理由はそこだ。俺があいつを評価しているのも、奴の実力や手際が悪かろうが、その上で『神話カード』を手に入れる才があったからだ」
「失態は看過できないけれど、『神話カード』を失うのも辛いですよねー。それならいっそ、『神話カード』だけ取り上げちゃえば」
「できるかよ、今更。俺たち【師団】の掟にあるだろ、「『神話カード』は組織所有にあらず、個人所有である」ってな。これがあるからこそ、野心家の下っ端が働くんだ」
 それを今になって破るとなると、それこそジークフリートへの疑惑が生まれるというものだ。
「まあ、一番いい結果は、あいつが連中に打ち勝つことだが……無理だろうなぁ」
「あの子、実力ではちょっと劣りますからね」
「たとえ『神話カード』の力があっても、奴があいつらと真正面から戦って勝てるとは思えん」
「策略を用いるってことですか。あの子自身、自分の実力不足は理解しているはずですし、だからこそあの子の得意分野ではありますけど……」
 そこで、ニャルラトホテプの表情が少し陰った。
「お前と似た存在ってことは、あいつのできることもお前と似通ってるってことだよな、ニャルラトホテプ。仲違いって手は、もう既にお前が失敗してる」
「申し訳ないです……」
「いいところまでは行ったんだけどねー、まさか《月影神話》が絡んでくるとは思わなかったし、仕方ないよ」
 しょげるニャルラトホテプを、ハスターは気楽な口ぶりでフォローする。
 ふと、ジークフリートは思い出したようにハスターの方を向いた。
「ところでハスター、ロッテの方はどうだ?」
「どうだ、っていうのは?」
「“あれ”はまだかと聞いているんだ」
 至極真面目な顔で尋問するジークフリートに対し、ハスターはどこか嫌そうな、渋い顔をする。言い難いことを聞かれたような表情だ。
「そんなこと、ぼくに聞かないでくださいよ、師団長。確かにぼくは姫様の世話係ですよ? でも、こんなぼくでも男ですし、あんな姫様でも女の子です。姫様だってぼくに言う前にクトゥか師団長に言いますよ、きっと。だから聞くならクトゥに聞いてください」
「あのお姫様なら、ハスくんにも普通に言いそうだけどね……」
「そうかよ。ってことはまだか」
「というか、そんな一日二日で来るもんでもないでしょうに。姫様の年齢も考えたら、あと二、三年くらいは待つ必要があるかもしれませんよ」
「必要なら何年だろうと待つが、ラトリや『昇天太陽サンセット』どもの動きが気がかりだからな。こちらも早めに動きたい。急げ」
「無茶言わんでくださいよ。師団長はもっと姫様を大事にしてくださいよ——」
「あ?」
 唐突に。
 ジークフリートの声色が低くなる。冷たく、険しい声が空気の振動として、ハスターの耳を震わせる。
 その振動すらも、痛みと錯覚するほどに、彼の声は鋭かった。
「なんつったよ、お前」
「……なんでもありません。ごめんなさい、失言でした。でも、姫様だってまだ子供ですし、下手なことできません」
「恐れながら、私も同意見です。【ミス・ラボラトリ】や『昇天太陽サンセット』たちは、私たちの方でなんとかしますので、じっくり待ちましょう、師団長」
「……ちっ、わーったよ」
 吐き捨てるように言って、ジークフリートはそっぽを向く。そのまま、もう下がれ、と手を振って、二人を部屋から追い出した。
 残されたのは、ジークフリート一人。
 そして、彼の手の内にある、《ユピテル》のみ。
 ジークフリートは、手中に収まる《ユピテル》へと、語りかける。
「あんまちんたらしてられねぇんだがな。一刻も早く、俺の、俺たちの王国を築かなくてはならない。お前もそう思うだろ? なぁ、ユピテル——」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.639 )
日時: 2016/02/03 18:30
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 まずいことになった。
 遂に来てしまった。これで私もお終いだ。
 いや、いつかは来ることだった。むしろ、遅いくらいだ。
 恐らく、今まで外の動きが激しかったりなんだりで、後回しになっていたのだろう。私がここまで生き永らえることができたのも、きっとそのためだ。
 あの人からの直接の命令だから、突っ撥ねることなんて出来るはずがない。そんなことしたら、瞬間で私の首が刎ねられる。物理的に。
 そもそも首を刎ねるための命令なのだから、それは私の死期が早いか遅いかの違いでしかないけれども。
 ……さて、どうするか。
 当然のことを言うが、私は死にたくない。
 私は生きていたい。人間として当然の欲求だ。
 だから、生き延びる術を考える。
 この命令を下されるまで、私はミスばかりだった。
 つまり、ここで大きな手柄を上げれば、そのミスが帳消し——とまではいかないまでも、ある程度は相殺されて、首の皮一枚でも繋がるかもしれない。
 まあ、首を刎ねるための命令なんだ。それが簡単にできるような内容なはずがないけれども。
 しかし生きる道がそれしかないなら、その道を進むしかない。
 幸い、組織の方針として、“あいつ”を取り上げられることはなかった。“あいつ”がいなければ、八方塞がりとまでは言わないまでも、七方半くらいは塞がれてしまっていたはずだ。
 だから今回も、“あいつ”の力も最大限利用する。勿論、私自身も。
 私の言葉も、身体も、魂も、存在そのものすべてを利用して、あの人から下された命を成し遂げる。
 無茶振りな命令なのは分かってる。どうせ失敗する。そして、その失敗が私の死に繋がる。
 それでも、私は生きる。
 そして、あわよくば“あの子”も——



 仮進級、という制度を存じているだろうか。
 通常なら、学年制度を設けている教育機関において、修得すべき単位が、未修得——要するに赤点を取ること——だと、次の学年へ進級することはできない。
 しかし、学校とはチャンスも与えずバッサリと切り捨てて生徒を落第させるような鬼畜な場所ではない。
 多くの高等学校は単位制で、生徒の修得単位によって進級の可否を決めるのだが、進級可能なセーフラインと、進級できないアウトラインの間には、とある空間がある。いわゆるグレーゾーンだ。そのグレーゾーンが、仮進級、と呼ばれる制度の適用範囲になる。
 一部未修得の単位があっても、学校側が「留年させるほど不出来ではない」と判断すれば、ハンデを背負ったような状態にはなるが、進級はできる。もしくは、この生徒はまだ頑張れる、見込みがある、と判断されれば、ギリギリで落第のラインを超えてしまったとしても、教師の恩情で大目に見てもらえることがある。そうして辿り着く地点。それが仮進級だ。
 あくまで“仮”なので、その未修得の単位は次の学年で修得しなければならないが、留年するよりもよっぽどマシである。生徒の沽券も一応は守られ、学校側も年齢と学年がずれた面倒くさい生徒を抱え込まなくて済む、みんなが幸せになれる救済措置だ。
 では、それがどういうことを意味するのかというと——



「二年生!」
「……そうだな」
 空城夕陽は、真横というには低い位置の隣から発せられる、活力と生命力に溢れた声に、なんとも言えない調子で返事をする。
 しかし彼女は、春永このみは、そんな夕陽など気にすることなく、歓喜に満ちた明るい表情で、彼を見上げていた。
「二年生だよゆーくんっ! あたしたち、二年生になれたんだよ!」
「そうだな……お前が一番、その喜びを噛みしめられるんだろうな」 
 現代の暦感覚における一つの区切り。
 多くの命が芽吹き、萌える草花を祝う時。
 別れの後に必ず訪れる、新たな出会いの季節。
 それが——春。
 年の区切りは冬の一月だが、学校や会社など、年度の区切りは、今この時、四月という春だ。
 年越しも重要な時節ではあるが、しかし年度の変わる四月というこの時もまた、特別な時だ。
 夕陽たちは高校二年生になった。
 それがなにを意味するのか。
 その答えは、じきに明らかになる。
「にしても、教師の情けで仮進級って……あれだけ勉強して仮進級って……お前の成績どれだけヤバかったんだよ……」
「なんでもいーじゃん! 二年生になれたんだからさ!」
「よくねえだろ。お前、二年になっても一年の勉強しなきゃいけないんだぞ? 分かってるか?」
 呆れ果てて溜息を吐く夕陽。
 このみの進級の可否がかかった学年末試験。その直前で色々なゴタゴタがあったため、このみの試験結果が芳しくなかったとしても、ある程度は仕方ないと、夕陽も情状酌量の余地はあると思っている。
 結果的に仮とはいえ進級できたので、良かったと言えば良かったのだが、仮進級ということは未修得の単位があることに変わりはないわけで、つまりその単位を取るために他の生徒より勉強をしないといけないわけで、つまりこれからも結局勉強に追われることになることは明確であった。その未来は回避しようがない。
 果たしてこの能天気なミニマム少女は、それが分かっているのだろうか。いや、分かっていないだろう。
(……まあ、でも)
 今くらい水を差すのは止めるか、と夕陽はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
 この腐れ縁にはあまり甘やかしてはいけないが、しかし夕陽も多少なりとも浮かれているのだ。
 二年生になったということは、彼にとっても特別なこと。気持ちが高ぶらずにはいられない。
 それに、なにより、
(ひまり先輩と同じ学年……少しは、あの人に近づけたかな……)
 夕陽は、彼女のことを想起していた。
 我ながら滅茶苦茶なことを考えていると思う。自分の学年が上がるということは、彼女の学年も同じように上がるのだから、彼女と同じ学年だということは本来ありえないことなのだ。
 それでも、あの時の彼女に自分は近づけたような気がする。学年が同じになっただけで、そんな大きな変化などあるはずもないのだが。
「ゆーくん? どしたの? ボーっとして」
「ん……? あぁ、なんでもない」
「せっかく二年生になったんだから、もっと喜ぼうよ! ほら!」
「なにが、ほら、だよ。それより、さっさとクラス分け見に行くぞ」
 進級と言えば、クラス替えだ。
 一年を共に過ごしてきた旧友との別れもあれば、新しい出会いもある。学生にとっては切っても切り離せない出会いと別れの場。
 いくらドライな夕陽とて、多少はそのクラス替えというもので気分が高揚しないでもない。
 このみを連れて、夕陽はクラス替え発表のために特設された掲示板へと向かう。
「わぁ、人いっぱいだぁ」
「そりゃあな」
「ゆーくん、あたしたち何組? あたし、ぜんぜん見えないんだけど」
「明らかお前の身長よりも高い位置に張ってるし、この人だかりだからな。えーっと……」
 一つ一つ、張り出された紙に書かれた名前を眺める。
 一組に名前はなかった。次は二組。ここにも名前はない。次は三組、と目を移そうとしたところで、ふと思い出した。
 雀宮高校では二年から理系と文系でクラスが分かれるため、前の三クラスほどは理系クラスだったのだ。文系の夕陽やこのみの名前があろうはずもない。
 そう思って三組を飛ばして四組に名前を探すと、そこには『空城 夕陽』の名前があった。
 は行の名前を見れば『春永 木実』という名前もある。
「……僕らは同じクラスみたいだな」
「なんで残念そうなの?」
「また面倒な奴と一緒だなと思って」
 しかしこのみとは小中と違うクラスになったことが一度もない。もはやこれは逃れられない運命なのかもしれなかった。
「他には? 他にはだれがいるの?」
「えーっと……うわ、大体の知り合いはいるな、これ……」
 ざっと見るだけで、ここ一年間、“ゲーム”に関わった全生徒の名前が見えた。
 どこか作為的なものを感じる。まさか、黒村が手を回したのか、と思ったが、去年赴任したばかりの教師に、クラスを操作するだけの権限があるだろうか、と思い直す。
(いやでも、【ラボ】ぐるみでなにかしてたら、あり得なくもないか……? ぞっとしない話だな……)
 自分の知らないところで、そんな工作活動が行われていると思うと、自分が如何に非日常の世界に足を踏み入れてしまったのかを実感してしまいそうになる。
 しかしそれは実感しなければならないものだ。今更、それから逃げようとするには、夕陽はあまりに“ゲーム”の世界に深入りしすぎた。
 だが、今この日常の世界でくらいは、“ゲーム”のことは忘れていたかった。
 “彼女”も、そのように振舞っていたのだから。
「あ、姫ちゃんだ。おーい、姫ちゃーん!」
「っ……!?」
 このみが手を振って、誰かに大声で呼びかける。クラス替えに一喜一憂する生徒たちの喧騒もあるが、しかしそれでも注目を浴びてしまう程度には、目立つ声だった。
 もっとも、このみの存在は既に全校に知れ渡っているので、今更注目を浴びようが気にならなくなったが。本人も最初から全く気にしていない。
 このみが呼びかけた人物もこちらに気付くと、パタパタと駆け寄ってきた。その動きと共に、焦げ茶色のポニーテールがピコピコと揺れている。
「おはー、姫ちゃん」
「おはよう、このみちゃん……夕陽くん」
「あ、あぁ……」
 戸惑いがちに返す夕陽。目も合わせられない。
 彼女を見るたびに、頭の中が掻き回されるような感覚に陥り、なにも考えられなくなる。
 頭が真っ白になったと思ったら、真っ黒に塗り潰され、残るのは胸の内から湧き上がる、不安と焦燥のみ。
 期末試験が終わり、春休みの間、彼女の姿をまったく見ていなかったがゆえに、胸のざわつきはひときわ大きい。
 まだ、思考は、自分の気持ちは、分からない。纏まらず、整理もされず、答えが出せていない。
 それでも彼女はいつも通りに接する。以前よりも近い距離にいる。
 それが、夕陽の焦りをさらに肥大化させていた。
 このままでは間が持たない。姫乃はこちらを見つめたままだし、このみはなぜか口を閉ざしている。なにか話すべきなのだろうが、言葉が出て来ない。
 なんでもいいから、この場を仕切り直したいと、我ながら情けないことを考えてしまう。
 その時だ。
 “彼女”の声が聞こえてきたのは。

「——おはようです、先輩方」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.640 )
日時: 2016/04/29 12:22
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「え……?」
 抑揚のない静かな声。無機質で無感動な声だが、聞き覚えのある声。
 幾度となく聞きなれた、彼女の声だ。その声に応じて、振り返る。
 片側にぴょこんと跳ねたサイドテール。幼くも感情を読み取らせない表情。
 間違いなく、夕陽らの後輩であった、月夜野汐だった。
「御舟……! どうしてここに!?」
「そんな少年漫画のベタな台詞みたいなことを言わないでください。どうして、だなんて決まっているのですよ。これです」
 そう言って汐は、自分の着ている服の裾を引っ張る。
 黒を基調とした制服。しかし、東鷲宮指定の、黒いセーラー服ではない。上はブレザーで、胸元にはリボン。
 夕陽がこの一年間、ほぼ毎日のように見続けてきた、雀宮高校の制服だった。
「御舟、お前……」
「うちに入学したんだ!」
「はいです」
 驚く夕陽たちに対して、淡々と言葉を返していく汐。いつも通りと言えばいつも通りだが、どこか呆れているようでもあった。
「びっくりしたなぁ、汐ちゃんがうちにくるなんて。でもうれしいっ!」
「まさか御舟がうちに来るとは……もっと上を狙えただろうに……」
「……先輩方、まさか私の進学先がここじゃないと本気で思っていたんですか……」
 じっとりとした視線が襲い掛かる。夕陽とこのみを顔を見合わせた。夕陽としては若干癪だが、それだけでこのみの言ってることは理解できた。そしてさらに癪なことだが、互いに「思っていた」で意見が一致した。
 傍から見るだけでそれを察したらしい汐は、さらに呆れたように言う。
「ということは、気づいていたのは姫乃先輩だけですか」
「やっぱり。わたしの言った通りだったね」
「まったくです。私はそんなに後輩甲斐のない人間ではないつもりだったのですが」
「あはは、そうだね」
 笑い合う二人。心なしか、二人の距離が近いように感じる。
 いや、心なしどころか、実際に近い。どこか緊張した様子も、若干のよそよそしさもない。どちらも素の自然体だ。
(この二人、いつの間にこんなに仲良くなったんだ……?)
 少なくとも、春休みまではこんなに仲が良くなかったはずだ。しかも、今までは苗字にさん付けだったはずだが、いつの間にか名前で呼び合っている。一体この春休みの間になにがあったのか。
 急な仲の進展に首を傾げる夕陽。さらにそこに、このみが乱入する。
「汐ちゃん。その制服おっきくない?」
「服に着られてる感じはちょっとあるかも」
「そうですね。これでも、一番サイズの小さいものなんですが」
 汐は少し腕を上げる。指は出ているが、だいぶ袖が余ってしまっていた。
 夕陽はよくこのみばかりの背の低さについて言及しているが、一緒にいる汐にしても、相当背が低い。同じ小学生レベルの身長であっても、体型だけで見れば汐の方が幼く見られがちだったりする。
 なので、彼女は衣服に関してはなかなかサイズが合わず、苦労しているようだった。
「でも、このみちゃんのはピッタリだよね」
「まーね。なんたってオーダーメイドだから! そうじゃないと着れないんだけど。ぶかぶかだったり、ボタン取れたり」
「……うちには特注品を頼むような金銭的余裕はないのです。服に着られようとも我慢です」
 そして三人の会話がだんだんと盛り上がっていく。少々特殊な傾向のある三人だが、それでも女。三人寄ればなんとやらだった。
 会話に入れない夕陽は、一人残された孤独感と、辛い問題から逃れられた安心感と、その安心感から生じる逃避の事実という自己嫌悪の狭間に苛まれていた。
(居心地悪いな……誰か来ないのか?)
 また、この状況が変わるものを求めてしまう。
 確かに汐が来て、姫乃の注意がそちらに向いたが、夕陽の根本的な居心地の悪さはなにも解決していない。
 だから、つい求めてしまった。
 そして、その求めが、救いのようにやって来る。

「御舟さん」

 誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない声だった。
 汐が振り返る。すると、少しだけ目を揺らす。
 彼女が振り返った先には、一人の少女がいた。
 夕陽もあまり人のことは言えないが、特徴のない少女だった。そもそも、この学校に特徴的な生徒がやたら多いだけだが、それを差し引いても、すぐに人込みに溶け込んでしまいそうな、普通の少女だ。
 肩より少し長い程度の黒髪。見上げるほどの高身長でもなければ、首を下げなければいけないほど低身長でもない。やや細身だが、一般的な少女の体型。ノートの下敷きにでもできそうなほどの平面も、破裂寸前の風船のような膨らみもない。
 ただの、なんの変哲もない少女だ。少なくとも、外見上では、ごくごく普通の平凡な少女。
 その普通すぎる姿は、誰かと被る。そんな気がした。
「……すいません。つい、先輩たちとの会話に盛り上がってしまったです」
「それはいいけど、もうすぐ教室行かないと」
「そうでしたか。わざわざどうもです」
 汐と女生徒が言葉を交わす。普通だ。普通すぎる光景だ。
 その普通さにならって、女子生徒は見知らぬ顔の自分たちへと目を向けた。
「この人たちが、さっき言ってた先輩方?」
「えぇ、そうですよ」
「汐ちゃん、この子は?」
「クラス割の掲示板前で会ったんです。人が混雑してたので、なかなか自分のクラスが見つけられなかったのですが、その時に助けていただいたのです」
 先ほどのこのみと同じ目に、汐も遭っていたようだ。やはり背が低いと色々不便らしい。
 女子生徒は新たまったように制服を正すと、夕陽たちに向き直って名乗った。
「一年一組の御影ミントです。えっと……」
「あたしはこのみだよ。春永このみ」
「光ヶ丘姫乃、です。よろしくね、御影さん」
「はい、よろしくお願いします。先輩方」
 礼儀正しく、軽くお辞儀するミント。
 初対面とはいえ女子同士だからか、すぐに空気が溶け込む中、名乗るタイミングを逃した夕陽は若干手持無沙汰だった。
 しかしタイミングを逃したなどという言い訳は自分にしか通用しない。くいくいと、両袖を引っ張られる。
「先輩」
「ゆーくん、ほらほら」
「ん……おう」
 促されてしまったからには名乗らないわけにはいかない。少し気まずい感じもあるが、仕方なく名乗る。
「空城……空城夕陽。よろしく」
「……空城」
 ミントはぽつりと復唱した。
「噂で聞いた名前ですね」
「噂? え、僕の名前を?」
「はい。空城さんっていう人が凄いって、聞いたことがあります」
 初耳だった。
 いや、夕陽の名前自体は、わりと校内では知れている。しかしそれは大抵、このみとセットで呼ばれることが多い。
 それに在校生ではなく、入学したばかりの新入生にまで知られているなど、そうあることではない。一体、どこからそんな噂が流れているというのか。どんな噂にせよ、これは夕陽の沽券や名誉、高校生活の安寧のためにも突き止めなくてはならなかった。
「その噂は、どこで?」
「えーっと、オープンスクールです。案内してくれた先輩と少しお話した時に」
「オープンスクールってことは、生徒会か、それに近い委員会かなにかの役員だな……野田さんか」
 パッと思いつく中で、一番やりそうなのは、去年のクラスメイトである野田ひづきだった。自称、ゆーちゃん(=女装した夕陽)のファンなどと言っているくらいだ。雑談に乗じて変なことを言いかねない。今年も同じクラスなので、後で少し文句を言っておこうと心に書き留めておく。
「どんな噂?」
「えーっと……女友達ばかりだとか、結構可愛いとか、文化祭の花形とか……って言ってました」
「大正解ですね」
「間違いないよ」
「ゆーくんだね」
 全部否定してやりたかった。
 というより、まだ中学生であった彼女になんてことを吹き込んでいるんだ。雑談のつもりだったにしても、こんな知りもしない個人の話をしても、なにも面白くないだろうに。
「その噂は、あんまり真に受けないでね……」
 溜息を吐きながら、一応そう注意しておく。まだ変な色に染まっていない新入生ならば、妙な先入観や固定観念を持たせないようにできるかもしれないという希望的観測を抱いて。
「汐ちゃんと御影さん、時間は大丈夫?」
「……少し、急いだ方がいいかもですね。申し訳ないですが先輩方、また」
「失礼します」
「うん。ばいばーい!」
 汐とミントは、二人で教室へと向かって行く。
「私たちも行こうか」
「そだね。誰と一緒のクラスになるかな? 担任の先生誰だろ?」
 そして夕陽たちも、三人で新たな教室へと向かうのだった。


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