二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Mythology
日時: 2015/08/16 04:44
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 初めましての人は初めまして、モノクロという者です。ここでは二次板と雑談板が拠点です。

 本作では基本的に既存のカードを使用するつもりではありますが、オリジナルのカードも多数登場します。ご了承ください。

 投稿したオリキャラのデッキにキーカードや切り札を追加したり、既存の切り札級のカードや、追加した切り札に召喚時の台詞を追加しても構いません。追加したい時はその旨をお伝えください。

目次


一章『神話戦争』

一話『焦土神話』
>>1 >>2 >>6 >>9 >>12 >>13 >>14
二話『萌芽神話』
>>17 >>18 >>21 >>22
三話『賢愚神話』
>>25 >>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>33


二章『慈愛なき崇拝』

一話『精力なき級友』
>>41 >>45 >>49 >>52 >>55 >>58 >>59 >>60 >>61
二話『加護なき信仰』
>>63 >>64 >>66 >>70 >>71
三話『慈悲なき女神』
>>72 >>73 >>74 >>75 >>76
四話『表裏ある未来』
>>77 >>78


三章『裏に生まれる世界』

一話『裏の素顔』
>>79 >>80 >>81 >>82 >>85 >>86 >>91 >>92 >>94
二話『裏へと踏み入る者』
>>96 >>97 >>98 >>99 >>100 >>101


四章『summer vacation 〜夏休〜』

一話『summer wars 〜夏戦〜』
>>103 >>106 >>107 >>110 >>111
二話『summer festival 〜夏祭〜』
>>112 >>113 >>114 >>117
三話『summer ocean 〜夏海〜』
>>118 >>121 >>127 >>128 >>129 >>132 >>141 >>148


五章『雀宮高等学校文化祭店舗名簿』

一話『ガーリックトーストレストラン』
>>152 >>153 >>156 >>157 >>158 >>160 >>162 >>163 >>164 >>167
二話『ロイヤルミルクティーカフェテリア』
>>168 >>169 >>170 >>173
三話『ゾロアスター教目録』
>>174 >>175
四話『天の羽衣伝説調査』
>>185 >>186
五話『日蓮宗体験記録』
>>187 >>190
六話『天草四朗時貞絵巻』
>>191 >>192
七話『後夜祭・神々の生誕劇場』
>>193 >>202 >>206 >>207


六章『旧・太陽神話』

一話『序・太陽神話』
>>208 >>212 >>213
二話『破・太陽神話』
>>214 >>217 >>218 >>219 >>221 >>222 >>223 >>224 >>231 >>235 >>236 >>243 >>244
三話『急・太陽神話』
>>266 >>267 >>268 >>269 >>270 >>271 >>272 >>279 >>282 >>285 >>292


七章『続・太陽神話』

一話『再・太陽神話』
>>293 >>299 >>300 >>303 >>304 >>315 >>316 >>317 >>318 >>319 >>320 >>321 >>322 >>323 >>324 >>329 >>330 >>331 >>332 >>333 >>334 >>335 >>336 >>337 >>338 >>341 >>342 >>343 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>356 >>357 >>358 >>359 >>360 >>361 >>362 >>363 >>364 >>365
二話『終・太陽神話』
>>366 >>371 >>372 >>373 >>374 >>375 >>376 >>377 >>380 >>381 >>382 >>383 >>384 >>385 >>386 >>387
三話『新・太陽神話』
>>393 >>395 >>396 >>397 >>398 >>399 >>402 >>403 >>404


八章『十二神話・召還』

一話『焦土神話・帰還』
>>405 >>406 >>407 >>408 >>409
二話『海洋神話・還流』
>>410 >>411 >>412 >>413 >>415
三話『萌芽神話・還却』
>>417 >>418 >>419 >>420 >>421 >>422 >>423 >>424


九章『聖夜の賢愚クリスマス・ヘルメス

一話『祝祭の前夜ビフォア・イヴ
>>425
二話『双子の門番ツインズ・ゲートキーパー
>>426 >>429 >>430 >>431
三話『祝宴の闘争パーティー・バトル
>>432 >>433 >>434 >>435 >>436 >>437 >>438 >>439 >>440
四話『知将の逆襲ノウレッジ・リベンジ
>>441 >>443 >>444 >>445 >>446 >>447


第十章『月の下の約束です』

一話『月影の同盟です』
>>468 >>469 >>470 >>471 >>472 >>473
二話『月夜野汐です』
>>486 >>487 >>489 >>490 >>491 >>492
三話『私の先輩です』
>>493 >>496 >>497 >>498 >>499 >>500 >>503 >>506 >>507 >>508


第十一章『新年』

一話『初詣』
>>512 >>513 >>514 >>515 >>516 >>519 >>520 >>521 >>522 >>523 >>524 >>525 >>526 >>527 >>528 >>529 >>530 >>531 >>532 >>533 >>534 >>535 >>536 >>537 >>538 >>539 >>540 >>541 >>542 >>543 >>544 >>545 >>546 >>547 >>548 >>549 >>550 >>553 >>554 >>557 >>558 >>559 >>560 >>561 >>562 >>563 >>564 >>565 >>566 >>567 >>568 >>571 >>572 >>573


十二章『空城夕陽の義理/光ヶ丘姫乃の本命』

一話『誕生日/バレンタインデー』
>>577 >>578 >>579 >>580 >>583 >>584
二話『軍人と探偵と科学者と/友人と双子と浮浪者と』
>>585 >>586 >>587 >>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596 >>597 >>598 >>599 >>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606
三話『告白——/——警告』
>>609 >>610


十三章『友愛「親友だから——」』

一話『恋愛「思いを惹きずって」』
>>616 >>617
二話『敬愛「意志を継ぎたい」』
>>618 >>619
三話『家族愛「ゆずれないものがある」』
>>620 >>621 >>622 >>627 >>628 >>629 >>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636
四話『親愛「——あなたのことが大好きです」』
>>637



コラボ短編
【1——0・メモリー(タクさんコラボ)】
外伝『Junior to connect』

一話『Recollection』
>>474
二話『His outrage』
>>475 >>476 >>477 >>478 >>480
三話『My junior and his friend』
>>482



デッキ調査室
№1『空城夕陽1』  >>95
№2『春永このみ1』 >>102
№3『御舟汐1』 >>136 >>137

人物
>>34
組織
>>35
フレーバーテキスト
>>574

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.506 )
日時: 2014/03/09 12:31
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 神話空間が閉じた。それはつまり、デュエルの勝敗が決したということなのだが、
『くそっ、《アルテミス》の奴、最後の最後で逃げやがった……!』
 夕陽の横では、今だデフォルメ化されない凛々しい《アポロン》の姿があった。闇夜の空を憤怒の形相で睨みつけ、拳を握りしめている。
『夕陽! 俺は《アルテミス》を追いかける! まだもう少しだけ、この姿でいられるはずだ! あの愚妹には、しっかりと分からせないといけねえことがあるからな』
「う、うん……分かった」
 夕陽が頷くと、《アポロン》は飛翔し、瞬く間に漆黒の夜空へと消えていく。後からやって来る熱風が、夕陽の髪を揺らした。
「……そうだ。御舟!」
 《アルテミス》のことは《アポロン》に任せるとして、問題はこっちだ。《アルテミス》が身体から出て行ったからか、グランドで仰向けになって倒れている汐に駆け寄る。
「おい、しっかりしろ! 御舟!」
「……せん、ぱい……」
 少し強めに揺さぶると、汐はすぐに目を覚ました。それだけで、夕陽は安堵の息を漏らす。
「よかった……大丈夫? どこか、怪我とかしてない? 一応、手加減はしたつもりなんだけど……」
 とどめを刺したのが、《ボルシャック・クロス・NEX》と《アポロン》だ。神話空間でのデュエルは、ダイレクトアタックを決めたクリーチャーの強さに応じて、ダイレクトアタックを受けたプレイヤーの受けるダメージが変わってくる。大型クリーチャーでとどめを刺せば、それだけ大怪我に繋がりやすく、最悪の場合、死に至ることすらあるのだ。
 しかし見たところ、汐に外傷はないようだ。
「……すみません、でした」
 汐は夕陽の問いに答えることなく、力なく頭を垂れた。
「本当は、自分でも分かっていたはずなんです……先輩が、あんなことをするはずないって……でも、私……」
 どこか独り言のようにも感じられる汐の言葉。それは、普段の彼女からは感じられないほど弱々しく、悲しげだった。
「あの時の、パーティーの時から、ずっと変で……今まで頭の中で、ぼんやりとしかイメージできなかった、中学一年生の頃の欠けた記憶が、迫ってくるように大きくなって……それで、整理がつかなくて、そんな時に、あの人に負けて、《ヘルメス》を奪われて……頭の中がまたぐちゃぐちゃになって、それから先輩に——」
 順番に話してこそいるが、理路整然としているとは言い難い。その口振りも、彼女らしからぬものであった。
「……実を言うと、私は、先輩に失望してしまったんです」
「失望……?」
「はい……私が負けて、《ヘルメス》を奪われた時、もしかしたら先輩が駆けつけてくれるのではと、少し、思ったんです……」
 そんなことあるはずないのに、と言って、彼女は続けた。
「自分で勝手に期待して、その勝手な期待通りにならなかったから、勝手に失望して、その失望が疑念を生んで、先輩の姿をした誰かに襲われたから——先輩に対する疑念と失望が、より強いものになってしまった……結局、元を辿れば、私の弱さが、悪いんです」
 結果は同じだとしても、期待していたものが期待通りにならないのと、期待していなかったものが予想通り期待外れなものだったのとでは、人間の感じ方は違う。
 汐が夕陽に抱いていたものとは、正にそれだった。
 その感じ方の差と、本来ならあり得るはずのない夕陽による襲撃が、彼女を狂わせたのだ。
「それに、頭の中で欠けているはずの昔の記憶が肥大化して、昔の先輩と、今の先輩とが混沌と混ざり合って、私にとっての先輩という存在が揺らいで……わけが、分からなくなってしまったんです……」
「…………」
 つまり、クールで冷静で知的だと思っていた汐も、混乱していたのだ。
 不幸にもその混乱が重なり、予想だにしない事態まで起こって、それを追及する対象が、夕陽しかいなかったということだ。
「……とりあえず、帰ろうか」
 夕陽は、懺悔のような汐の言葉には、なにも言わない。
 生憎ながら、今の夕陽は弱音がだだ漏れになっている汐にかける言葉を持ち合わせていない。それに、汐の内面をここまで知ることができただけでも、十分だ。
「もうこんな時間だし、冬の夜は凍えるように寒いからね。立てる?」
「ん……っ」
 汐は仰向けの状態から体を起こそうとするが、上手くいかないようだった。腕はまだ大丈夫そうだが、上体だけではなく、足も満足に動かせない様子でいる。
「すみません。動けない、です……」
「《アルテミス》に乗っ取られた影響かな? 時間の経過で戻ればいいけど……」
 夕陽が言うように、冬の夜は非常に冷える。極寒と言ってもいいほどに寒い。そんなところでジッとしていたら、すぐに凍えてしまうだろう。
「仕方ない。僕が君をおぶって行くよ」
「え……いや、それは……」
「嫌ならお姫様抱っこだ。好きな方を選ぶといいよ」
「……おんぶで」
 半ば強引だが、今の汐を口先で動かすのは簡単だった。夕陽は汐の身体を背中に乗せ、立ち上がる。
「ははっ、軽いなぁ。このみを背負ったこともあるけど、あいつ重いんだよね」
「それは私の体が貧相であると暗に述べているのでしょうか」
「いや、そんなことは言ってないけど……」
 そんな軽口を言い合うが、すぐにその会話は消えてしまう。
 やがて校門の前に辿り着く。そして困った。
 一人なら楽勝だが、汐を背負いながらだと学校の門を飛び越えるのも難しい。どうやって飛び越えようかと頭を悩ませていると、汐が裏門の鍵が壊れていて、自分はそこから入ったということを教えてくれたので、そちらを通って安全に学校から出る。かなり今更だが、警備員などに見つからなくてよかった。
 決して都会というわけでもなく、片田舎——どちらかと言えば田舎と呼べるようなこの町で、寒さの厳しい十二月の夜。そんな時に夜遊びや散歩をするような酔狂な人間などおらず、淡い月明かりだけが照らす、誰もいない道を、夕陽と汐は体を密着させたまま進んでいく。
「……先輩」
「なに?」
「すみませんでした」
「いいんだよ、もう過ぎたことだし」
 いまだに謎が残る部分はあるものの、夕陽と汐の間にできていた深い溝は、ほとんど埋まっていた。
 夕陽には、なにが切っ掛けでその溝が埋まったのかは分からない。もしかしたら今夜に行った最初の一戦で分かってくれたのかもしれないし、《アルテミス》に憑依されたところを助け出されたからかもしれない。どちらにしろ関係が修復したのだから、どちらでもいいが。
「それと……ありがとう、でした」
「ん?」
 謝られるのはともかくとして、夕陽には礼を言われる覚えはなかった。
 だが、今夜のデュエルは、汐にとって非常に大きな意味を持つデュエルだったのだ。
「私……思い出したんです」
「なにを?」
「昔の記憶です」
 汐は、初めて、はっきりと、夕陽に打ち明けた。
 その内容は、澪や汐自身から聞いた、夕陽にとって既知のこともあったが、未知のこともあった。
 中学一年の頃、デュエリストの養成学校に通っていたこと。入学動機は、親の離婚と地元での孤立。こちらに引っ越した理由も、親の再婚。ここまでは、夕陽の知っていることであった。
「私は中学一年生の約一年間、そのデュエリストの養成学校の通っていたのですが——その時の記憶が、私にはなかったのです」
「え……?」
 夕陽は絶句する。
「それって、記憶喪失……?」
「恐らく、そうですね。アルテミスが言うには、クリーチャーに襲われた時につけられた傷のせいらしいですが……そこはまだ、はっきりしていないんです」
 しかしアルテミスの言葉が本当なら、汐は“ゲーム”に関わる以前から、実体化するクリーチャーと戦っていたことになる。
 そこを追及しようとする夕陽だが、汐の言葉がそれを躊躇わせる。
 これも、ある意味では彼女らしからぬ、温もりを感じる言葉だった。
「ですが、先輩とのデュエルではっきりと思い出したんです……今まで私の中で、闇夜の如く影を潜めていた虚像が、実像となって、戻って来たんです。欠けた記憶のピースが、再び埋まったんです」
 その理由は、やはり中学一年生の一年間で、最も強く触れてきた力——無法の力が、夕陽によって呼び覚まされたからだろう。
(《ドラポン》《ドラゴ・リボルバー》……先輩との思い出は、先輩が思い出させてくれた、ということでしょうか)
 実際には夕陽が思い出させてくれたのだが、しかし《ドラゴ・リボルバー》でシールドをブレイクされたあの時、夕陽に自分の知るもう一人の先輩の姿が重なったことは、否定しようがない。
 ならば、彼らとの思い出は、彼が呼び覚ましてくれたと考えるべきだろう。少なくとも、汐はそう思う。
「……まあ、よかったじゃん。で、その先輩たちっていうのはどんな人? あんまり覚えてない状態で言ったんだろうけど、なんか凄い先輩だって言ってたよね」
「秘密です」
 興味本位で尋ねる夕陽を、汐はどこか優しげな声で、一刀両断にした。
「これは私のもう一つの物語——先輩の踏み入る場所ではないのです」
「ちぇ……ま、なら仕方ないか」
 汐が言いたくないのであれば、無理に詮索することもないだろう。それが夕陽の考えだった。
 振り返ってみれば、いいことだらけだった。夕陽と汐の仲は元通り、汐の失われた記憶も戻って来た。今も《アポロン》に追われているだろう《アルテミス》の存在さえなければ、今回の件も悪いことばかりではない。
 などと思っていると、汐が囁くように声を発する。
「それと……先輩。一つ、お願いしても、いいですか……」
 急に小さくなる汐の声。それは弱々しくなったというより、どこか後ろめたいような、遠慮しているような感じだ。
「……なに?」
「私のこと……一度だけ、名前で呼んでください」
 か細い声だったが、はっきりと、汐は言った。
「一度だけでいいんです。そして、その後は——御舟って、呼んでください」
 御舟汐。その名は今の彼女の名ではなく、昔の彼女の名だ。今の彼女の名は、月夜野汐。
 思わず旧姓で彼女を呼んでいた夕陽だったが、これからは月夜野と呼ぶことになるのだろうか、と思っていた。しかし、彼女の望みはそうではなかった。
「昔のことを思い出して、よりはっきりしたんです。私の記憶は二つある。中学一年生の一年間、あの先輩たちと共に戦った記憶と、今の先輩たちと共に戦っている記憶。この二つはどちらも私の記憶であり、私の人生。私にとっては、かけがえのない、大事なものです。ですが、この二つは、混じることのないものとして、はっきりさせたいんです」
 汐の中で渦巻く、その二つの記憶が混ざり合ってしまったからこそ、汐の思う空城夕陽という存在が揺らいでしまい、今回の不和が生じてしまったことは彼女が証明している。ゆえにその二つを区別したいと思うのは当然だろう。
 そして、彼女の中ではただそのことを明確にする以上の意味もあった。
「私の中で、私は二人です。中学一年生の頃、月夜野汐として生きた私と、御舟汐としてある、今の私と」
 二つの姓が、汐の人生を分けていた。それは不幸なこともあるのかもしれないが、汐はその分断を、拒絶しない。
 しかし今の汐の姓は月夜野だ。御舟汐としての汐ではない。つまり、姓という壁で分けられていた汐の記憶は、また混ざり合ってしまう。
「でも、もし先輩が、私のことを御舟と呼んでくれるのなら、そうはならないです……それに、中学一年生の時の先輩が、月夜野汐としての私の先輩であったように、今ここにいる私の先輩は、先輩には、御舟汐としての、私の先輩であってほしいんです」
 月夜野と御舟。それはただの姓、家族を示すための識別でしかない。
 しかし汐にとっては、それ以上の意味を持つ。自分の先輩との関係、そして後輩としての自分がどういう存在であるかの、識別となる。
 正直なところ、汐の言わんとしていることのすべてが夕陽に伝わっているわけではない。むしろあまり伝わっていない。だが、汐が一度だけ名前で呼んでほしい——これは単純なお願いだろう——そしてその後は、旧姓の御舟で呼んでほしい。そんな頼みごとをされていることは、理解した。
 大切な後輩の頼みだ。聞かないわけにはいくまい。が、
「……いいよ。ただし条件がある」
 そのお願いについては、承諾する。だが、呼称というのであれば、この機会だ、夕陽も言いたいことがあった。
「僕のことも、名前で呼んでくれ」
 夕陽は、今までずっと気になっていたことを、ここで曝け出す。
「気づかないと思った? 君、僕のこと今まで名前で呼んだことなかったよね。このみに対してはこのみ先輩なのに、僕に対しては、先輩としか呼んでくれなかった」
 男女間における気まずさなどもあったのかもしれないが、約二年間、名前どころか苗字すらも呼ばれたことがないのだ。最初の頃は特に気にしていなかったが、流石に中学卒業間近になって来ると気になり、もしかしたら卒業式の日に初めて名前で呼んでくれるのではと期待したが、彼女が発したのは「先輩方、卒業おめでとうです」という一括りにされた呼び方だ。
 それ以降も、彼女は夕陽のことを一度たりとも「先輩」以外の呼称で呼んだことがない。
「しかも、妹に対しても名前なのに、僕だけ姓名どっちも呼ばれないなんて、どうなのかな?」
 やや威圧的とも取れる夕陽の言葉にたじろいでしまう汐だったが、ややあって、
「……分かりました、です」
 不承不承、というわけではないだろうが、汐はどこか罰の悪そうな空気を醸し出して頷く。
 それから少しの間、沈黙の時間が流れた。汐は夕陽の耳元に口を寄せ、そっと囁くように、告げるように、その名を口にする。

「……夕陽、先輩」

「なんだい、汐」

 また、二人の間に沈黙が流れた。
 しかしその沈黙も、どこか心地よいように感じる。
 初めて呼ぶ名と、初めて呼ばれる名。どちらも新鮮で、気持ちの良い響きがある。
「……なんだかんだで君のことはずっと苗字で呼んでたけど、名前で呼ぶのも悪くないね。いい機会だし、これからずっと名前で呼びたいな」
「もうダメです、御舟と呼んでください。夕陽先輩だけなんですよ、今の私を御舟と呼べるのは」
「それは光栄だね」
 たかだか名前、他人の呼称だが、それ一つとっても、人間という存在においては重要になることもある。
 夕陽のとっては大きな意味を持つものではないが、汐にとっては、過去と今を分け、繋ぎ、そして未来へと向かうための、大事なものだ。

 御舟汐は、月夜野汐となった。
 しかし、空城夕陽の前でだけは、御舟汐でありたい。
 それが彼女の、彼女のとっての、今の先輩との関係なのだ——

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.507 )
日時: 2014/03/09 12:02
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「遅かったな」
 汐を背負って人気のない夜道を進んでいく夕陽。もうすぐ『御舟屋』に到着しようとする時、陰の中から声をかけられた。
「れ、澪さん……」
「兄さん……」
 ぬっと現れた澪。その登場にも驚いたが、なにより焦るのはこの状況だ。
 現時刻夜中、もうすぐ日付が変わろうかという時間だ。半ば放任されている夕陽ならともかく、まだ中学生の汐がこんな時間に一人での外出を許可されるはずもないだろう。汐の方からそう申し出るとは思えないので、恐らくこっそり抜け出してきたはずだ。
 そしてそんな時間に、夕陽が汐を背負っている。そこを汐の兄である澪に目撃された。
 夕陽はかつてないほど焦りながら、かつてないスピードで脳をフル回転させ、上手い言い訳を考える。
「あ、いやですね、これは……」
「いいんだよ、なにがあったかは知らないが、お前らに限って間違いはないだろ」
 考える、が。澪は信用しているのかなんなのか、特にどうと言うでもなく、そんなことを言った。少しの間呆ける夕陽だが、少しずつ安心してくる。
「そんなことより、ほら汐。さっさと帰るぞ。この時期の夜は寒い」
「は、はい……先輩、もう大丈夫です。下ろしてください」
 まだ少し足取りは危なっかしいが、汐は一人で立ち歩ける程度には回復していた。
 澪に先に戻ってろと促され、汐はおやすみなさいと夕陽に頭を下げてから、先に『御舟屋』へと入っていった。
 残されたのは、夕陽と澪の二人。
「……ありがとな」
「え?」
「汐のことだ」
 急に礼を言われて呆気に取られる夕陽に、澪はさらなる言葉をかける。
「正直な話、俺はあいつのことはほとんど知らない。知ってるのは昔の——中学以前のことだけだ。だがお前は、俺の知らない汐も知ってるだろ」
 澪は自分の妹にはあまり干渉しない。両親絡みのことに関してはその限りではないようだが、それ以外のことに関しては冷淡とさえ思われるほどに不干渉だ。
 たとえば今回起こった夕陽と汐の不和。澪は汐の態度、夕陽たちの来訪からもそれは察していたはずだが、あえて踏み込まなかった。今夜の無断外出も、分かっていながら止めなかった節がある。
「あまり俺を見くびるなよ。お前ら、俺の妹巻き込んでなんか色々やらかしてるだろ。必死に隠してはいるが、あいつたまに怪我して帰って来るからな」
「あ、いや、それは……」
 たじろぐ夕陽。どうやら夕陽たちに、なにかある、というところまでは感づかれてしまっているようだ。しかし、かと言って“ゲーム”のことを話すわけにもいかないので、口ごもっていると、
「言う気がないのなら、俺も無理には聞かない。今んとこ大きな怪我もないしな。あいつが自分でそうしてるのか、それともお前たちが気を配ってるのかは知らないが……そこんとこもよろしく頼むぞ、夕陽」
「…………」
「おい、どうした」
「え? あ、僕のこと、呼びました?」
「お前の名前出したろ。この空間に夕陽なんてけったいな名前の野郎が何人いると思ってんだ」
 けったいな名前なんて酷い、と思う前に、困惑が込み上げてくる。
「澪さん、僕を名前で呼ぶことなかったから……今までだって主人公だのなんのって……」
「あれはお前のハーレムを茶化してるだけだ。俺の妹に加え、幼馴染にクラスメイト? お前はどこのライトノベルの主人公だよ」
「そういう言い方やめてくださいよ。何度も言ってますけど、このみは腐れ縁で光ヶ丘は友達で、御舟は——」
 自然と出て来る彼女の呼称。実際、その呼称を使うことは間違っているのだが、これは彼女が望んだことだ。その望みに、応えているだけだ。そして、彼女の望みには応えたいのだ。
 なぜなら彼女は、夕陽にとって唯一の——
「——後輩ですよ。僕の、たった一人の、大切な後輩です」
「……そうか」
 澪は短く言うと、それ以上は茶化すことはなかった。
「まあいい。お前たちについては、俺が口を挟むことでもないしな。俺の役目は売れないカードショップの店番と、遊び場の提供ぐらいだ」
 だから、と言って、澪は夕陽の肩に手を置く。優しい手つきではないが、荒々しさもない。それだけに、彼の純粋で真摯な思いが、伝わってくるようだった。
 そして、

「汐のことは任せたぞ、先輩」

「……はい、任されました」



「今回は、あなたたちにも迷惑をかけてしまったですね……私の身勝手な行いに付き合わせてしまい、申し訳ないです」
 家に帰った汐は、机に向かって、自身のデッキの中身を広げていた。彼女の視線の先にあるのは、無数のカード、その中でも唯一にして無二になる無法の存在《豚魔槍 ブータン》。
「私の記憶が戻っても、あなたが戻ることはない……それは私が一度記憶を失ったことが関係しているのか、それともあの時の先輩たちと離れたことにあるのか定かではないですが……やっぱり、ちょっと寂しいですね」
 《ブータン》のカードを手に取り、無表情ながらも、彼女は精一杯の優しさで語りかける。
「しかし、それでもあなたが失われたわけでもないですし、これからもよろしくお願い——」
 と、その時。
 ガタガタと、部屋の窓が揺れる。風ではない。もっと人為的な揺れ方だった。
 泥棒か、などと思ったが、明かりについた部屋に侵入する空き巣はいない。ならば強盗か、と思うと、それはまずい、と警報機の場所へ駆け出しそうになる。
 だが、実際はそのどちらでもなかった。
「アタシよ」
「アルテミス……」
 窓を揺らしていた張本人は、カードと化したアルテミスだった。その姿でどうやって揺らしたのかが謎ではある。
「なんの用でしょうか。先輩からの話だと、《アポロン》に追われているようですが。私も、文字通りあなたに身体を乗っ取られた身なので、少なからず恨んではいるのです。匿うつもりはないですよ」
「違うわよ! その、お兄様にはもう捕まえられて、怒られて……えっと……とりあえず、入れてくれるかしら……? ちゃんと、話するから……」
 いつも強気な態度の彼女にしては、弱気だった。その様子を見て、害はなさそうだと判断した汐は、窓を開ける。同時に、冬の夜特有の、刺すような冷たい風が汐の髪を揺らす。
 部屋に入ったアルテミスはデフォルメされた状態で実体化した。
「で、話とはなんですか」
「いや、その、えっと……」
 どこか鋭く感じられる汐の視線と声に、アルテミスは委縮して口ごもる。いや、汐がどうこうではなく、単純に今から口にすること自体が言い難いことなのかもしれない。
 アルテミスはしばらくごにょごにょと口ごもっていたが、やがてぼそぼそと、その言葉を口にする。
「……ごめんなさい」
 謝罪だった。
「あなたの身体を乗っ取ったことは、謝るわ……それであなたの身体に負担をかけてしまったことも……」
 しゅん、とアルテミスは頭を垂れる。
「……いいですよ、別に。もう過ぎたことですし、同盟を組んだという点に関しては、私にも落ち度はあったのです。お互い様ですよ」
 まさかいきなり謝って来るとは思わなかったが、アルテミスに悪いと思う気持ちがあると分かるだけで、汐の中の怒りや恨みといった感情は引いていった。
 それよりも、気になることがある。
「しかし、まさか謝罪をされるとは思わなかったですよ。あなたと共に行動したのは、たったの三日間ですが、それでもあなたの性格は概ね把握しているつもりです。どういう風の吹き回しですか」
「う……アタシだって、好き好んで人間に頭を下げたくなんてないわよ……でも、お兄様が言うから……」
 どうやら《アポロン》が一枚噛んでいるらしい。まあそうだとは思った。このブラザーコンプレックスな妹なら、兄の言うことは大体聞き入れる。今回は対立していたが、結果的に《アポロン》が勝利して、元々兄妹間で権力を持っていたであろう《アポロン》に逆らうことなどますますできない。加えて《アポロン》はかなりお怒りだったので、この帰結はある意味当然と言えた。
 要するにアルテミスは、《アポロン》に怒られたから汐に謝罪しているのだ。誠意のこもっていない謝罪だが、アルテミス自身も悪いことをしたという自覚はあるようなので、汐も寛容になる。
「それと……お願いが、あるんだけど……」
「なんですか」
 これは本当に意外だった。アルテミスから汐になんのお願いがあるというのだろうか。
 同盟締結の時は、お願いというより交渉だった。しかし今のアルテミスは、どこか切実で、命令に従事するようなところがあり、しかし興味のようなものも窺えた。様々な感情が入り乱れた眼をしている。
 そして、彼女は告げるのだった。

「アタシを……仲間に、して……!」

「…………」
 汐は、黙っていた。その間にも、アルテミスは言葉を紡ぎだす。
「お兄様から、人間について色々と教えられたわ……でもアタシにとって、人間は愚鈍で惰弱な存在。その認識だけは覆らない」
 過去アルテミスは《月影神話 ミッドナイト・アルテミス》として、様々な“ゲーム”参加者の手を渡った。最近だと【師団】が所有していたらしい。
 アルテミスは今まで、多くの人間を見てきた。しかしどの人間も、欲望にまみれ、醜く、愚かで弱い生き物であった。見方はそれぞれだが、少なくともアルテミスにはそう見えた。
 だからアルテミスは人間が嫌いなのだ。こんな醜悪な者たちに、自分が束縛され使役されていることが許せなかった。それだけに神話空間以外で実体化できるようになった時は嬉しかった。
「それで、《アポロン》を先輩から取り返す、などと言っていたんですね」
「お兄様は特別だから。人間に限らず、誰かに縛られていいお方ではないわ」
 アルテミスらしい論だった。しかし一つだけ、汐は訂正する。
「同盟を結ぶ際はあえて言わなかったですが、別に《アポロン》は先輩に縛られていないですし、先輩も《アポロン》を縛りつけているということはないですよ」
「ええ……お兄様も、何度もそう言っていたわ。アタシはあの人間が洗脳でもしているのかと思ったけど、いくら確認してもお兄様は正常、アタシのお兄様だった」
 どう確認したのかが気になるところではあるが、それを問う前にアルテミスは続けた。
「その時お兄様は、人間の素晴らしさについて語っていたわ。お兄様だけじゃなくて、プロセルピナ、ヴィーナス、ネプトゥーヌス、マルス——他の十二神話たちが、人間と共存していることを」
 アルテミスの人間に対する評価は変わらなかったが、しかし《アポロン》の熱弁は無意味ではなかった。その熱は、アルテミスに変化をもたらしたのだ。
「それを聞いて、アタシも少しだけ興味が出て来たって言うか、もう少し人間のことを知るのも、いいかなって……思ったのよ。それに、アタシもお兄様みたいになりたいって、ずっと思ってた。だから、もしかしたら、今のお兄様と同じように人間と共にあることで、アタシはお兄様に近づけるかもしれないって、思ったの……」
 そこでアルテミスが目を付けたのが、汐だった。
「あなたは他の人間とは違う……ような気がする。それもお兄様や他の十二神話から見たのと違って、アタシから見たあなたは特別なものに感じるの。そしてその特別は、たぶん間違っていない」
 汐の身体にアルテミスが憑依した時も、彼女はそれを感じていた。普通の人間なら完全にシンクロするなんてほとんどありえないが、汐に憑依した時は、ほぼ完璧に同調していた。
「所有者が神話を選ぶのか、神話が所有者を選ぶのかは分からないけど……もし前者なら、身勝手ながら、アタシはあなたに選ばれたと思ってる。後者だとしても、アタシはあなたを選ぶわ。運命、なんて陳腐な言葉だと思うけど、たぶんそれが正しい……」
 『神話カード』と所有者の関係についてなら、汐も考えていた。
 《アポロン》と夕陽、《プロセルピナ》とこのみ、《ヴィーナス》と姫乃、《ネプトゥーヌス》と流——汐の知る先輩たちと『神話カード』の関係は、それこそ唯一無二にのものに感じられた。
 アルテミスは、それを伝えようとしている。
 ならば、汐の答えは一つしかなかった。

「いいですよ」

 淡々としているが、しかしその内には歓喜にも似た感情がどっと溢れていた。
「実を言うと、私も、私だけの『神話カード』——パートナーというものが、欲しかったんです」
 相棒と共に戦う先輩たちの姿を、汐は一人で見ていた。その中で、ずっと抱いていた強い感情がある。
 それが、憧憬。
「つまりは憧れですね……私は『神話カード』を手に戦う先輩たちに憧れていたんです。パートナーと力を合わせて、戦い、困難を切り抜けていく先輩の姿は、私の憧れでした。後輩の性とでも言うのでしょうか、私も、先輩みたいになりたいと、心のどこかで思っていたんです」
 あなたがお兄様のようになりたいのと同じですね、と続けた。
 そう考えれば、汐とアルテミスも似た者どうしかもしれない。相棒となるには、この上ないほどに。
 だから、
「むしろこちらからお願いしたいくらいですよ、アルテミス。私も、あなたと共にありたいです」
 それが、自分の憧れた世界に繋がるのだから。


 その日は星も見えない真っ暗な闇が覆う夜空が広がっていたが、その闇の中には、淡くも美しい輝きを放つ月が悠然と浮いていた。
 その月の下で、御舟汐——いやさ月夜野汐は《月影神話》の所有者となったのだった。

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.508 )
日時: 2014/03/09 15:28
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「——んだよ、結局失敗かよ」
 某国に存在する【神聖帝国師団】の拠点、その最奥部にて、ジークフリートは吐き捨てるように言う。
 その先にいるのは、空城夕陽——の姿をした、誰か。
「みたいですね。タイミング的には最高の瞬間を狙ったはずですが、人間関係、とりわけあの年代の子供は、なにが起こるか分かったもんじゃないです」
 その誰かは、夕陽の声、夕陽の口調、夕陽の仕草で、言葉を発する。それは誰がどう見ても、空城夕陽という少年だが、
「ちっ、だったらとりあえず、今回の作戦におけるお前の役目は終わりだ——ニャルラトホテプ」
「まあ、そうですよね。分かりましたよ」
 夕陽——否、ニャルラトホテプは、やはり夕陽の声で、答えた。
 『無貌混沌ニャルラトホテプ』——彼と呼ぶか彼女と呼ぶかすら曖昧なその存在は、もはや人であるかどうかすら疑わしい。
 現在ニャルラトホテプの身体は空城夕陽、なので便宜的に彼と呼称するとして、彼の特異な点、性質、もしくは身も蓋もない言い方になるが、特技と言えば、変装だった。
 いや、そんな言葉は生温い。体つきや頭髪、目の色、骨格、声帯、口調や性格や気性にいたるまで、彼は他人という存在をコピーできる。もはやそれは変身と言えるような所業だった。
 ゆえに彼の異名は『無貌混沌ニャルラトホテプ』なのだ。如何なる姿にも変貌する、混沌なる存在。そしてそれは、自己という容貌が無であることを示す。正に邪神のニャルラトホテプだった。



 ジークフリートがひまりを倒し、亡き者にして以来、【師団】はあらゆる組織から狙われている。あらゆる組織というより、【ミス・ラボラトリ】と繋がりを持つ組織、とりわけ戦闘狂の多い【神格社界】の者から襲撃を受けることが多くなった。
 それは【ラボ】の所長、ラトリ・ホワイトロックの仕業であると、ジークフリートは踏んでいる。いや、十中八九そうであろう。彼女の考えはジークフリートの知るところではないが、恐らく彼女は、【師団】が、ひいてはジークフリートが『昇天太陽サンセット』たちに手出ししないよう、威嚇しているのだ。【ラボ】という組織の性質を考えれば、威嚇というより牽制だが。
 要するに【師団】は今、各国に存在する拠点が襲撃を受けており、人手不足に陥っている。今ジークフリートがいるこの拠点さえ無事ならそれでいいのだが、せっかく広域に広げた陣地をみすみす手放すのも惜しい。それにそこを無視したところで、ラトリはまた違う手を打ってくるはずだ。もしかしたらじわじわと追い詰めていくつもりなのかもしれない。
 ラトリの思惑に乗るのは癪だが、現在【師団】は、自由に動ける状態ではないのだ。
 だが、かといってそのまま黙って指をくわえている組織でもない。
 ジークフリートは、直接的に『昇天太陽サンセット』たちに手出しができないのなら、間接的に内部分裂を起こそうと考えた。
 その考えに至ったのは、『昇天太陽サンセット』たちは個々の強さではなく、互いの存在そのものが、彼らの強さに繋がっていると思ったからだ。普段なら非科学的、そんな漫画染みたことはありえないと一蹴するのだが、ジークフリートは『太陽一閃サンシャイン』、朝比奈ひまりと直に戦っている。その時に、彼女の強さの根源について考えた。そして辿り着いた結論、というわけだ。戦略的な話にするとしても、組織内で不和を生じさせ、心理的に個々を分断させるという作戦は、戦略としても有効だ。
 話を戻すが、そういうわけで、次にその強さを弱化させるためにはどうすればいいかを考えた。考えた結果、仲違いさせることにした。
 とはいえ、相手の組織に対して人為的に不和を起こすのは簡単ではない。だが相手は感性豊かで揺らぎやすい学生だ。偽物を介入させて誰かを襲わせれば、それなりの効果があると思った。
 そして実際、効果覿面だった。あの時の汐は精神的に不安定だったということもあり、夕陽の姿をしたニャルラトホテプを送り込んで戦っただけで、予想以上の効果があった。
 あとは時間が経ち人間関係が崩れる様子を見る。たまに干渉できる時にニャルラトホテプを使って干渉し、完全に崩壊するのを待つだけだ。
 だけ、だったのだが。
 最後の最後で、失敗した。
 感受性が豊かなあの年代ゆえに起こった不測の事態、と言えるだろう。
 偽夕陽となったニャルラトホテプのお陰で、とりあえず『昇天太陽サンセット』と汐の関係はかなり崩れた。人間関係を瓦解させるという長期的な作戦としては、いいスタートを切れたはずだ。
 だが、一度崩れたはずのその関係も修復してしまった。崩れやすい関係は、同時に戻りやすい関係でもあった、ということだ。
 感受性が豊かだったからこそ、これほど急激に修復した。
 それはつまり、【師団】の目論みは完全に失敗した、ということだった。



 夕陽の姿をしたニャルラトホテプは、夕陽の顔で、どこか名残惜しそうな表情を浮かべていた。
「個人的にはこの身体もいい感じなんですけどね……やっぱりオリジナルと比べたら力は劣りますけど、結構シンクロしてますし。この身体に合ったデッキを使えば、それなりに——」
「ねえ」
 そんなニャルラトホテプの言葉を遮るのは、少女の声。その声を聴くだけで、ニャルラトホテプは身体など関係なく憎悪が湧き上がってくる。
 視線をその声の方向へと向けると、そこには赤毛の少女——同じ帝国四天王のひとり、クトゥグアの姿があった。
「師団長の言葉、聞いてなかった? あなたの役目はお終い。だから、早くデッキを返して」
「……言われなくても。お前のデッキなんていらねえよ」
 ニャルラトホテプは夕陽のように悪態をつきながら、腰のデッキケースを、渾身の力を込めてクトゥグアに投げ渡す。いや、それは渡すなどという表現では不適切で、投げつけるというような勢いだったが、クトゥグアは容易くそれをキャッチする。
「本当なら自分で作るつもりだったよ。ただ、師団長の命令だからな。仕方なくだ」
「あなたがまともにデッキを作れるとは思わない。連ドラだってそんなに簡単なものじゃない。あなたみたいな生温い思考で組んでも、ジャンクデッキと同じ」
 いくら身体が変わろうとも、ニャルラトホテプとクトゥグアの険悪さは変わることがなかった。
 それはある意味では、なにもかもが他人と同化してしまい、自己というものが存在しないニャルラトホテプの、確固たる自己の確立なのかもしれなかった。
「しかし……いい作戦だと思ったんだがな、結局は失敗か。これからどうすっか」
 ぐったりと座っている椅子にもたれかかるジークフリート。人材不足というこの状況では、師団長と言えど働かねばならない。彼も彼で、様々なところに行って様々な相手と戦ってきた。その疲れがあるのだろう。
 と、その時。
 部屋の奥から、パタパタと誰かが走って来る。足音の軽さから、恐らくは少女。
 そしてその少女は一直線にジークフリートへと突っ込む。
「ジーク!」
「おぅ……んだ? ロッテ?」
 軽いため突き飛ばされるようなことはなく、シャルロッテを受け止めるジークフリート。見れば、シャルロッテはキラキラと目を輝かせていた。一体なにがあったのか、こっちは作戦失敗で気が滅入っているというのに、などと言うのは無駄だろう。
 なにか言う前に、シャルロッテは舌足らずな口調で言う。
「ジーク! ロッテ、にっぽんいきたい!」
「は? 日本? なんでだよ。なんかあんのか?」
「うんっ!」
 あまりに突然なシャルロッテの頼みに、ジークフリートも戸惑う。年相応に我が儘なシャルロッテだが、どこかに行きたいという要望は滅多にない。しかもその行き先が日本だ。
 日本と言うと、“ゲーム”の世界ではかなり注目が集まっている場所だ。その理由は、やはり『太陽一閃サンシャイン』と『昇天太陽サンセット』、この二人の存在が大きいだろう。
 そんな日本に行きたがるとは、一体どういうつもりなのかと問いただす。するとシャルロッテは、子供らしい真剣な眼差しと、期待に胸を膨らませているような無邪気な笑みで、言い放った。

「はつもーで!」

「……は?」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.509 )
日時: 2014/03/09 15:58
名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: p3cEqORI)

国公立大学合格で晴れて自由になったパーセンターです。

汐の過去はそんなに重かったんですね…。
今まで単にデュエマが強い無表情の、夕陽のかわいい後輩としか認識していませんでしたが、そこに行き着くまでにも理由があったんですね。
最後にはちゃんと仲直り出来てよかったですね。

遂に登場した月影神話ことアルテミスは、闇文明でしたか。
僕はパズドラの影響を受けたせいでてっきりアルテミスは自然文明だと思ってしまっていましたが、汐のデッキに入るならやっぱり闇ですよね。

偽物の夕陽はニャル子さんでしたか。
二回目の夕陽との戦いの後に、この体がどうとか言っていたので、幽霊か何かのように他人の体に取り憑いているのかと思ってましたが、変装だったみたいですね。
憑依能力はアルテミスが使っていましたけど。

最後は師団長ですが、シャルロットは年齢的に仕方ないとはいえ空気読めてないですね。
最後の「……は?」がよく分かる気がします。

確かモノクロさんは四月から高3ですよね。
高3の一年間はとても苦しいですが、楽しいことも絶対あると思うので、体調には気をつけて頑張ってください。

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.510 )
日時: 2014/11/03 22:30
名前: 大光 ◆HynV8xBjBc (ID: sbqN3TzW)

どうも、二日連続で来る大光です。

夕陽と汐が仲直り出来てよかったです。そして一連の出来事を仕組んだは、ニャルトラホテプでしたか。姿を変えられるのは、あいつくらいしかいませんからね。....まあ、自分もパーセンターさんと同じく、乗り移って身体を変えていると思っていたので、断定はできませんでした。ニャルトラホテプのことに気付くいたのも、七章を読み返してからやっと気づきました。
シャルロッテは「はつもーで」に行きたいようですが、良い予感はしませんね。

前から言っていた希野の人物紹介を投稿します。

名前:九頭龍 希野/くずりゅう きの
年齢:23歳
性別:女
容姿:黒髪のショートヘア。黒のカッターシャツに赤のネクタイをし、黒のショートパンツに黒のニーソを履いている(外着)。顔は兄にやや似ているが、間違われるほどではない。
性格:人当たり良く、誰とでも上手く接することができる。ただ、兄の話をされると急激に機嫌が悪くなり、口調が不自然なほど丁寧になる。
兄には過去にかなり苦労させられ、今もそのことについ恨んでいるが、どんな状況でも自分を見捨てるようなことをしなかった事だけは評価している。しかし、兄より上に立ちたいと考えおり、ラトリ所長に評価されようとがんばっている(ただし、あまり効果はない)。
"ゲーム"に関する研究も勿論しており、参加者への質問もするが、兄と違って普通なものである。
黒村のことはただの上司として見て、あまり気にとめていない。
希道がふざけて頭を撫でようとすることがあるが、絶対に頭に触れさせないようにしている。触れたときは、希道が数m吹っ飛ぶぐらい殴り飛ばす。
所属:ミス・ラボラトリ
備考:九頭龍希道の双子の妹。兄のことは、希道と呼んでいる。兄が調子に乗ると、口調を変えて怒る(効果はあったり、なかったり)。
サンプルボイス:
「あたしはミス・ラボラトリ所属、九頭龍希野よ」
「最近"ゲーム"は大きな動きを見せてるわ。これについて、あなたはどう思う?」
「え....希道のことは今はどうでもいいと思いますけど....」
「希道...あんまり調子に乗るなよ...」
「【師団】の誰かさん。あんまりあいつと比べないでくれる?」
「ああ、そう...(こいつ(希道)の相手するのめんどくさい...)」

使用デッキ:カイザー「刃鬼」切り札の水火自然デッキ
・「必勝」の頂 カイザー「刃鬼」
・永遠のリュウセイ・カイザー
・不敗のダイハード・リュウセイ
・アクア・インテリジェンス 3rd G
・フェアリー・シャワー
・ピクシー・ライフ
・フェアリー・ライフ
・再誕の社
・再誕の聖地
・超次元 ムシャ・ホール
・勝利のガイアール・カイザー
・勝利のリュウセイ・カイザー
・R.S.F.K.
・国士無双カイザー 「勝×喝」
・真実の皇帝 アドレナリン・マックス

クトゥルーの徹底したメタやトラトウルフの手札破壊が致命的だったので、今後のデュエルで同じタイプのデッキを対処しやすくした。《ムシャ・ホール》は数多くのシステムクリーチャーを除去し、更なる除去ができる《勝利のガイアール・カイザー》と、相手のマナをタップインさせる《勝利のリュウセイ・カイザー》にアクセスできる。ハンデスを連発されても、《再誕の社》や《再誕の聖地》で被害を抑える。特に《再誕の聖地》は《未知なる弾丸 リュウセイ》の大量のランデスからすぐにマナを回復できる。しかし希道からすれば、「クトゥルーに対しては、焼け石に水程度」と言われている。

切り札召喚時
「必勝を司る龍よ、その力を解き放ち、我らに勝利を——《「必勝」の頂 カイザー「刃鬼」》!」

雑談板に投稿したのと細部がちょっと違う部分や、追加された部分があります。


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