二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Mythology
- 日時: 2015/08/16 04:44
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)
初めましての人は初めまして、モノクロという者です。ここでは二次板と雑談板が拠点です。
本作では基本的に既存のカードを使用するつもりではありますが、オリジナルのカードも多数登場します。ご了承ください。
投稿したオリキャラのデッキにキーカードや切り札を追加したり、既存の切り札級のカードや、追加した切り札に召喚時の台詞を追加しても構いません。追加したい時はその旨をお伝えください。
目次
一章『神話戦争』
一話『焦土神話』
>>1 >>2 >>6 >>9 >>12 >>13 >>14
二話『萌芽神話』
>>17 >>18 >>21 >>22
三話『賢愚神話』
>>25 >>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>33
二章『慈愛なき崇拝』
一話『精力なき級友』
>>41 >>45 >>49 >>52 >>55 >>58 >>59 >>60 >>61
二話『加護なき信仰』
>>63 >>64 >>66 >>70 >>71
三話『慈悲なき女神』
>>72 >>73 >>74 >>75 >>76
四話『表裏ある未来』
>>77 >>78
三章『裏に生まれる世界』
一話『裏の素顔』
>>79 >>80 >>81 >>82 >>85 >>86 >>91 >>92 >>94
二話『裏へと踏み入る者』
>>96 >>97 >>98 >>99 >>100 >>101
四章『summer vacation 〜夏休〜』
一話『summer wars 〜夏戦〜』
>>103 >>106 >>107 >>110 >>111
二話『summer festival 〜夏祭〜』
>>112 >>113 >>114 >>117
三話『summer ocean 〜夏海〜』
>>118 >>121 >>127 >>128 >>129 >>132 >>141 >>148
五章『雀宮高等学校文化祭店舗名簿』
一話『ガーリックトーストレストラン』
>>152 >>153 >>156 >>157 >>158 >>160 >>162 >>163 >>164 >>167
二話『ロイヤルミルクティーカフェテリア』
>>168 >>169 >>170 >>173
三話『ゾロアスター教目録』
>>174 >>175
四話『天の羽衣伝説調査』
>>185 >>186
五話『日蓮宗体験記録』
>>187 >>190
六話『天草四朗時貞絵巻』
>>191 >>192
七話『後夜祭・神々の生誕劇場』
>>193 >>202 >>206 >>207
六章『旧・太陽神話』
一話『序・太陽神話』
>>208 >>212 >>213
二話『破・太陽神話』
>>214 >>217 >>218 >>219 >>221 >>222 >>223 >>224 >>231 >>235 >>236 >>243 >>244
三話『急・太陽神話』
>>266 >>267 >>268 >>269 >>270 >>271 >>272 >>279 >>282 >>285 >>292
七章『続・太陽神話』
一話『再・太陽神話』
>>293 >>299 >>300 >>303 >>304 >>315 >>316 >>317 >>318 >>319 >>320 >>321 >>322 >>323 >>324 >>329 >>330 >>331 >>332 >>333 >>334 >>335 >>336 >>337 >>338 >>341 >>342 >>343 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>356 >>357 >>358 >>359 >>360 >>361 >>362 >>363 >>364 >>365
二話『終・太陽神話』
>>366 >>371 >>372 >>373 >>374 >>375 >>376 >>377 >>380 >>381 >>382 >>383 >>384 >>385 >>386 >>387
三話『新・太陽神話』
>>393 >>395 >>396 >>397 >>398 >>399 >>402 >>403 >>404
八章『十二神話・召還』
一話『焦土神話・帰還』
>>405 >>406 >>407 >>408 >>409
二話『海洋神話・還流』
>>410 >>411 >>412 >>413 >>415
三話『萌芽神話・還却』
>>417 >>418 >>419 >>420 >>421 >>422 >>423 >>424
九章『聖夜の賢愚』
一話『祝祭の前夜』
>>425
二話『双子の門番』
>>426 >>429 >>430 >>431
三話『祝宴の闘争』
>>432 >>433 >>434 >>435 >>436 >>437 >>438 >>439 >>440
四話『知将の逆襲』
>>441 >>443 >>444 >>445 >>446 >>447
第十章『月の下の約束です』
一話『月影の同盟です』
>>468 >>469 >>470 >>471 >>472 >>473
二話『月夜野汐です』
>>486 >>487 >>489 >>490 >>491 >>492
三話『私の先輩です』
>>493 >>496 >>497 >>498 >>499 >>500 >>503 >>506 >>507 >>508
第十一章『新年』
一話『初詣』
>>512 >>513 >>514 >>515 >>516 >>519 >>520 >>521 >>522 >>523 >>524 >>525 >>526 >>527 >>528 >>529 >>530 >>531 >>532 >>533 >>534 >>535 >>536 >>537 >>538 >>539 >>540 >>541 >>542 >>543 >>544 >>545 >>546 >>547 >>548 >>549 >>550 >>553 >>554 >>557 >>558 >>559 >>560 >>561 >>562 >>563 >>564 >>565 >>566 >>567 >>568 >>571 >>572 >>573
十二章『空城夕陽の義理/光ヶ丘姫乃の本命』
一話『誕生日/バレンタインデー』
>>577 >>578 >>579 >>580 >>583 >>584
二話『軍人と探偵と科学者と/友人と双子と浮浪者と』
>>585 >>586 >>587 >>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596 >>597 >>598 >>599 >>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606
三話『告白——/——警告』
>>609 >>610
十三章『友愛「親友だから——」』
一話『恋愛「思いを惹きずって」』
>>616 >>617
二話『敬愛「意志を継ぎたい」』
>>618 >>619
三話『家族愛「ゆずれないものがある」』
>>620 >>621 >>622 >>627 >>628 >>629 >>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636
四話『親愛「——あなたのことが大好きです」』
>>637
コラボ短編
【1——0・メモリー(タクさんコラボ)】
外伝『Junior to connect』
一話『Recollection』
>>474
二話『His outrage』
>>475 >>476 >>477 >>478 >>480
三話『My junior and his friend』
>>482
デッキ調査室
№1『空城夕陽1』 >>95
№2『春永このみ1』 >>102
№3『御舟汐1』 >>136 >>137
人物
>>34
組織
>>35
フレーバーテキスト
>>574
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.511 )
- 日時: 2014/03/10 03:15
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
パーセンターさん
おぉ、それはそれは。月並みなことしか言えませんが、合格おめでとうございます。
そうですね、汐の過去は作中ではかなり重い方に分類されるかもしれません。
彼女には色々ありすぎて、作者もたまに混乱するほどです。
今まで闇文明の『神話カード』が出ていませんでしたからね。これでやっと全文明が出ました。残りで出ていないのは、闇と自然が一種類、あとは《アテナ》の能力も半分以上未公開でしたね。
ともあれ、これから汐のデッキは《アルテミス》を中心としたものになります。なんか、随分とデッキのバリエーションが変化するキャラなきがします。実際は他のキャラも結構変わっていますが。
ニャル子——もといニャルラトホテプは、元ネタの邪神同様に、自由自在に姿形を変えられる、作中では数少ない人外染みた人です。いや、人外と言っても間違いではないですね。変装と言うより、変身と言った方が正しい感じです。
アルテミスの憑依は、できる奴はできることなので、そこまで特別ではなかったり。もう一体の闇の『神話カード』もできます。
ひまりが亡くなった七章からは、その章の最後の回が次の章への繋ぎになっていたりします。まあ最近のラノベには結構ある引きですね。
なのでロッテの台詞が、次回に繋がっていきますよ。
ジークの「……は?」は「なに言ってんだこいつ」みたいな意味がこもっています。要するに唖然としているだけですが。
そうなんですよねぇ……自分はかなりものぐさですし、少々部活が特殊なうえに来年度からはシステムが変わったりなんだりで、今からお先真っ暗闇です。
まあこんな愚痴みたいなことは、ここで言うことではないですね。とりあえず、なるようになるだろうと思っておきます。色々ありがとうございます。
大光さん
まあ、身体がどうこう言っていましたからね。ちょっと誤解を招く表現だったかもしれません。正確に言うと変わるのは身体だけでもありませんしね。
次回はロッテの言う「はつもーで」の回です。どうなるのかは……その時をお楽しみということで。
ただ少しだけネタバレ、というか次回予告的なことを言うと、夕陽の災難その二が訪れます。どんな災難かは、これこそその時をお楽しみに、ですね。まさか彼も、またあんな目に遭うとは思っていないでしょう……
とまあ、そんな予告はさておいて、希野のプロフィールありがとうございます。実はもう希野の登場回まで少し書いているのですが、希道は九頭龍、希野は希野、という呼称で書き分けています。というか、希道はもう九頭龍という表現で固定してしまったので、こうやって分けるしかなかったんですよね……
ともかくありがとうございました。今日、明日くらいには投稿できると思います。
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.512 )
- 日時: 2014/03/10 04:37
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
何事にも区切りというものは存在する。
人間とは不思議な生き物で、なにをするにせよ、なにかしらを、どこかしらを一つの節目として、その節目が来たらふりだしに戻るように始まりへと行きつく。
そして時に、その節目は重要な意味を持つときもあるのだ。
そのうちの一つが、一月一日。
即ち、元旦である。
「《ボルシャック・NEX》でWブレイク、《エコ・アイニー》でブレイク。S・トリガーはないな? だったら《コッコ・ルピア》でダイレクトアタック」
「うぁー……負けたぁ……」
早朝、まだ外は暗く、早すぎるほどに早い早朝、空城家の兄妹は向かい合って——デュエマをしていた。
「お兄ちゃん最近強くなったよね……前からあんまり勝てなかったけど、最近は本当に勝てないよ。このみさんとかシオ先輩とか、後はこのみさんのカフェでバイトしてるおねーさんとか、みんなすっごい強いよ」
「まあな。僕らはお前の知らないとこで命を懸けたデュエマをしてるんだ。そりゃ強くもなるさ」
「なにそれ」
ほとんど真実をそのまま言ったのだが、当の妹の反応は薄い。仕方ないと言えば仕方ないが。
「というか、なんで僕らは年明けて早々デュエマをしてるんだ。もっと他にやることないのかよ」
「羽子板とか福笑いとかすごろくとか?」
「そんな時節に則った遊びじゃなくてもいいけど……」
最初に誘って来たのは妹の方。とはいえ、夕陽も暇を持て余していて、それに乗っかったことも事実だ。
「お母さんとお父さんがいれば、また違ったんだけどね」
「あの二人はもう仕事か……正月だってのに忙しいな」
「まったくだよ」
などと話していると、ふと妹が思い出したように立ち上がる。そしてテーブルの上に置いてあった紙の束を手に取った。
「そういえばお兄ちゃん、年賀状来てたよ」
「早いな。誰から……って、聞くまでもないか。このみと御舟だろ」
「うん……あと、もう一人女の人から。姫乃さん、だっけ? 『popple』でバイトしてるおねーさんだよね。お兄ちゃん、いつの間に仲良くなったの?」
「いつの間にもなにも……クラスメイトだし」
姫乃と親しくなった経緯については、あまり軽々しく言えることでもないし、そもそも簡単に説明できることでもないので、適当に流す。適当な妹にはその程度で十分だ。
「ふーん。ま、いいけどさ……にしても、枚数が少ないのはいいとして、お兄ちゃんは相変わらず女の人からの年賀状ばっかりだよね」
「ほっとけ。小中高とこのみに振り回されてたせいで男友達なんてできなかったんだよ」
高校はまだマシだが、小中ではこのみと一緒にいる時間が多かったせいで、同性と遊んだりしたことはほとんどなかった。どころか、このみは見てくれだけはいいので、常に一緒にいることに対して恨みを買ったりもしたほどだ。いい迷惑である。
そのせいで、小学校から今に至るまで、男の友人はほぼ皆無。そもそも友人と言えるような相手も、姫乃が初めてと言っていい。勿論このみは除外されている。
「せめて流に住所教えとくべきだったか……」
友達というより先輩だが、恐らく現時点では、同性の中では最も接点が多いであろう水瀬流。とはいえ、夕陽も流と会う機会はそれほど多くない(そもそも連絡先すら知らない)ので、親しいかと言われると微妙だ。
「あ……もうこんな時間か。そろそろ準備しないとな」
「どっか行くの?」
「ああ、このみに呼ばれてるんだ。お前も行くか?」
「いや、こっちもこっちで友達と約束が……って、だからどこ行くの?」
「お前、自分で約束がどうこう言ってるじゃねえの。聞くまでもないだろ」
元旦のこの日、しかも早すぎる早朝。行く場所、そしてその目的は一つに決まっていた。
「初詣だよ」
十二月の末も末の頃、このみから一緒に初詣に行かないか誘われた。
その誘い自体に驚きは欠片もない。どころか、やっぱ今年もか……と溜息交じりに呟くだけだ。
夕陽は毎年のように、というか毎年このみと一緒に、時に妹がいて、時に木葉がいて、中三の頃は汐がいて、という風に初詣に行っていた。
なのでそのこと自体に驚きはない。しかし今回、驚きと言うよりも少々奇妙というか、不可解な点があった。それは、集合場所——現地集合なので、もっと言えば参拝する神社。
夕陽たちの住む町にはあまり神社はないが、隣町に行けば大きな神社がある。大抵の人々はその神社へと足を運ぶもので、去年までは夕陽たちもそこで参拝したのだが、このみが今年選んだ神社はそこではなかった。
智雅宮神社。
聞きなれない、というか聞いたことのない神社だ。とりあえず鳥居の手前まで来たが、人はほとんどいない。まだ早朝より早いくらいの時間ということもあるのだろうが、それ以上に人のあまり訪れない神社なのだろうと、直感的に理解する。
どうやら一番乗りで来たようで、このみたちの姿は見えない。なので鳥居の手前から神社を眺める。
それほど大きな神社ではないよう見える。それでもそれなりの敷地はあるようで、社も古ぼけているのではなく年季と時代を感じさせる威厳はあった。奥には林と思しき木々が立ち並んでおり、その深さはここから出は窺えない。
悪い場所ではないと思う。大人気の神社、というわけではないようだが、いわゆる穴場スポットのようなものなのだろう。神社に穴場があるのかどうかが疑問だが。
などと神社を観察していると、視界の端に見慣れた少女の姿が映る。
「ゆーくーん!」
パタパタと走って来るのは、小学生かと見紛うような背丈の幼馴染、春永このみだった。その後ろには、友人と後輩の姿も見える。
「このみ……と、光ヶ丘に御舟も一緒か」
「うん、ちょうどそこで会ったから、一緒に来た」
横目で視線を後ろの二人に向けるこのみ。すると姫乃と汐は、それぞれ頭を下げる。
「あけましておめでとう、空城くん。今年もよろしくね」
「あけましておめでとうです、先輩。今年もよろしくお願いするですよ」
「ああ、おめでとう」
定型句だが、それぞれのらしさの出ている挨拶だとは思う。とはいえ夕陽は、こういう畏まった挨拶は苦手なクチなので、軽く返す。
「あ、言い忘れてた。ゆーくん、あけおめっ! 今年もよろしくね!」
「できればお前とはよろしくしたくないけどな」
なのでこのみの軽い新年の挨拶は、逆に安心する。
役者が揃ったところで、夕陽は今まで抱えていた疑問をこのみにぶつける。
「なあ、このみ」
「なに?」
「僕らは一緒に初詣に行くためにこうして神社まで来たわけだが、なんでこんな辺鄙なところにある神社なんだ? もう少し足を伸ばせばもっと大きな神社があるのに。去年までみたくそこでいいんじゃないか?」
「あー……それはね、実は——」
「辺鄙で悪かったね」
このみの言葉を遮って、声が飛んできた。ほぼ反射でそちらを向くと、白い小袖に緋色の袴姿——いわゆる巫女服に身を包んだ少女。
「ひーちゃん! あけおめー」
「おめでとー、このみちゃん」
真っ先に反応を示したのはこのみ。いつも通りのフランクな口振りで、新年の挨拶などしている。
だが、夕陽と姫乃は、決して小さくない驚きを隠せないでいた。そして口から言葉が漏れる。
「……野田さん?」
「野田さん……だよね……?」
「空城くん、光ヶ丘さん、あけましておめでとう。そしてようこそ……いや、いらっしゃいませ? なのかな?」
神社だからいらっしゃいはおかしいか、と彼女はまたすぐ訂正する。
野田ひづき。夕陽たちのクラスメイト。そして夕陽たちが在籍する一年四組のクラス委員長だ。
入学してすぐの席割の時、このみと席が前後になって仲良くなったらしく、どんな相手でもフレンドリーに接するこのみでも、彼女とはとりわけ仲が良い。夕陽も少しだけ、その関係で関わったことがある。
だがそれでも精々その程度のプロフィールしか出て来ない。それほどに、今まで関わりの薄いクラスメイトだった。
ただ、どういうわけか夕陽は彼女に対して、仄とはまた違う潜在的な苦手意識が働いており、彼女を前にすると妙な緊張が襲い掛かる。そのせいもあってか、普段クラスメイトは呼び捨てている夕陽だが、彼女に対しては野田さんと、さん付けで呼んでいる。
「っていうかその恰好……野田さんの家って……」
「うん、見ての通り神社だね。今日は来てくれてありがとう。いかんせん辺鄙なとこにある神社だから、人手も集まり難くてねー」
「人手……?」
姫乃が復唱する。なんだその不可解なワードは、とでも言いたげだった。
「あれ? このみちゃんから聞いてないかな」
「サプライズにしようと思って言ってないんだ」
「あ、そっか。なら改めて言っちゃうよ」
改めてじゃないし、言わなくて結構、と喉元まで押し寄せていた言葉は、ひづきの宣言でかき消された。
「今日はみんなに、巫女さんになってもらいます!」
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.513 )
- 日時: 2014/03/10 08:30
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
要するに、巫女のバイト、ということらしい。
どこの神社でも、この時期になるとバイトを雇うのは当たり前だ。しかし人気の神社というのはそれだけ人気のアルバイト先ということでもあり、このような辺鄙なところにある神社は求人募集をしてもなかなか人が集まらないそうだ。
そこで、ひづきはこのみに相談を持ちかけた。相談する相手を間違えてるだろ、と夕陽なんかは思うのだが、その結果が今に至る。
「いやー、本当に助かったよ。去年までは私一人でなんとかやってたんだけど、この神社無駄に広いし、流石に高校生にもなると忙しくなるし、あんまり家の方ばかっりに気を向けてもられないからね。それにこのみちゃんや光ヶ丘さん、それと……月夜野さん、だっけ? みんな可愛いし、来年からはもっと繁盛するかもね」
「そっかー、そういうことだったんだね……それなら、わたしもお手伝いするよ」
「……私も着るのですか」
わりと乗り気な姫乃に、どこか不満気な汐。しかし、どうせこのみに押し切られてしまうのだから、素直に諦めた方がいい。特にひづきは悪乗りしやすいタイプなので、このみと結託したら手が付けられなくなる。
そんな女子四人の問答を眺めている夕陽は、ふと呟いた。
「なんか……僕だけ蚊帳の外だな」
というか、自分が呼ばれた理由が分からない。
このみのことだから、親しい人間は仲間外れにしたくない、とでも思ったのかもしれないが、夕陽を含む四人中三人が巫女のバイトをするとなると、黒一点の夕陽の出る幕はない。むしろ放っておいてほしかったくらいだ。
などと思っていると、
「なに言ってんの、ゆーくんもひーちゃんのお手伝いするんだよ」
「そうだよ。四人分用意してるからね」
「あれ、そうなの? ってことは、神主の衣装みたいなの——白装束って言うの? があるのかな」
夕陽は生まれてこの方、和服というものを着たことがない。服を着ることに楽しみを見出すような柄ではないが、未知のものに触れるというのは、それだけで多少なりとも気分が高揚するものだ。
——ただし、自分の想像を超えていた場合は、その限りではないが。
「神主の衣装はないなー。そもそも巫女服だってあんまり数ないしね。このみちゃんとか、サイズ大丈夫かな……?」
「ダメだったら着なきゃいいだけだと思うけど。だったら僕はなにするの? 裏方で掃除とか?」
「いやいや、ちゃんと境内の方で働いてもらうよ」
「……?」
嫌な予感がする。
疑問より、疑念より、悪寒が身体を走り抜ける。
その予感が的中する前にこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、ひづきの視線で動きが止められた。どうやら自分はもう、ここから逃げることは許されないらしい。
そして、夕陽にとっての死の宣告とも言える発言が、放たれる。
「そういうわけだから、巫女さん頑張ってね——“四人とも”」
「なぜだ……僕は去年、そんなに悪いことをしたのか……? これは神罰なのか……?」
着替えのために通された一室で、夕陽は両手両膝をついて崩れ落ちていた。
空城夕陽——しかしその姿は、どう見ても夕陽ではない。いや、面影はあるのだが、ほぼ別人だった。
そもそも、外見的な性別が違う。服装的な性別、とでも言うのか。
それはここに来る道中、ずっとひづきが着ていた衣装と同じもの。即ち、巫女服。
白い小袖と緋色の袴に身を包んだ、空城夕陽がそこにはいた。
「着替え終わったー? 入るよー——って、うおぉぉぉ!」
女子らしからぬ雄叫びを上げるひづきと、その後ろには、こちらも巫女服に着替えたらしいこのみ、姫乃、汐の三人が、部屋に入ってくる。後ろの三人もそれはそれで反応を見せていたが、一際興奮していたのはひづきだった。
「夢にまで見た念願の巫女服ゆーちゃんだ! うわぁ、メイドも良かったけど巫女服もいいなぁ……写真撮っとこ」
「僕のこんな格好なんて見ても面白くないだろうに……」
「そんなことないよ! 私はゆーちゃんのファンなんだよ!」
聞くところによると、秋の文化祭の時、ひづきはこのみの悪巧みで女装させられた夕陽——通称ゆーちゃんに一目惚れした、らしい。
「やっぱりいいなぁ、ゆーちゃん。大好き、愛してると言ってもいいくらい。嫁にしたい」
「その台詞は男の格好の時に聞きたかったよ……」
「うん、それは無理かな。空城くんには興味ないし」
ばっさり切り捨てられてしまった。平坦なトーンだが逆にそれが辛い。涙がさらに込み上げてくる。
「人格を全否定された……」
どうやら夕陽は、ひづきからは男としての夕陽ではなく、ゆーちゃんとしての夕陽にしか価値がないらしい。仮にも一クラスメイトからこのような評価を受けていたと思うと、流石に泣けてくる。
「つーかこのみ……お前もお前で用意周到すぎるだろ! なんでメイク道具にウィッグに詰め物まで用意してんだよ!」
「えー、だってひーちゃんのお願いだし……それにゆーくん——じゃなかった、ゆーちゃんをまた見られるんだよ。これは完璧に仕上げないと、ゆーちゃんに失礼だよ。ね、ひーちゃん」
「だよね、このみちゃん。さっすが、よく分かってる」
「僕に女装を強要してる時点で失礼だって気付けよ!」
しかし夕陽の叫びも虚しく、二人には届かない。この格好になっている時点で、夕陽はもう逃げることができないのだ。
「先輩……」
「御舟……」
ゆっくりと歩み寄ってくる汐は、まだ崩れている夕陽の肩に手を置き、ふるふると首を振る。その眼差しも、酷く同情的なものだった。
「大丈夫です、中途半端な女装は気持ち悪いだけですが、先輩のそれは相当完成度が高いですから、そう簡単にはばれないですよ」
「もっと他のフォローをしてよ……」
しかし、なんだかんだ言ってこの女子四人は女装した夕陽に好印象を抱いている。
この一日、この神社の中で、夕陽が男の姿に戻ることは出来なさそうだった。
神社というものは年を越した直後にも人が訪れたりするものだが、ひづきが言うには、この神社は早朝に来る場合が多いらしい。というか、ほとんど六時以降に訪れるらしい。
ひづきは裏で準備があって少し遅れるらしく、その間、夕陽たちは境内の掃除をすることとなった。
「はぁ……年明け早々災難すぎる……僕、もう来年ダメかもしれない……」
「なにをそんなにしょげてんだよ夕陽! 別に変な格好じゃねえぞ?」
「そーだよゆーひー! かわいいよ!」
「ですの! とても似合っているんですの、夕陽様!」
「それ、褒め言葉じゃないよ……」
他に人がいないことをいいことに、自由に実体化しているアポロンたち。慰めか本心かは分からないが、どちらにせよ彼らの言葉は夕陽の心をさらに抉るだけだった。
「男が女の格好をしてるってだけで気持ち悪いっていうのに……人間、あなたの性癖はもはや理解不能ね。そんな輩にお兄様を預けたくはないのだけど」
「ああ、アルテミス……君だけだよ、今の僕を否定してくれるのは」
「……なにこの人間、罵られて喜んでる。なんかますます気持ち悪い……なんて言うのかしら、こういうのって。マゾヒスト……?」
辛辣なアルテミスの言葉が逆に夕陽を安心させる。
「汐、あなたの先輩とやら、なんだかこの前以上に気持ち悪いのだけれど……」
「先輩は今、メンタルに異常をきたしているような状態なんです。温かい目で見守っているのが一番です」
とはいえ汐としても今の夕陽はありだったりする。この辺はなかなか割り切れないことだ。
と、その時。
「人いねぇーなぁー……早く来すぎたか?」
「人混みに揉まれるよりはマシだ」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あ、リュウ兄さんと佑さんだ。おけおめです!」
「おー春永か、奇遇だな……っていうか、なんかまた妙な格好してるな」
「ナガレだ」
やって来たのは、流と零佑だった。まさかこんなところで会うことになるとは思わなかったので、少なからず驚いている。
「二人はどうしてここに? 初詣?」
「この時期に神社に来る理由って言ったらそのくらいだろ。ちょうど穴場を見つけたから、リュウを誘って来たんだ」
「ナガレだ。そもそも、神社に穴場とはどういう意味だ」
「まあそれはともかく……空城の姿が見えないな。そこにいるのは友達か?」
と言う零佑の視線の先にいるのは、言わずもがな、夕陽だった。
「…………」
「あー、確かに友達、だねぇ」
「そ、そうですね……あはは……」
「です……」
「?」
「……まさか」
含みある笑みを浮かべているこのみと、気の毒そうに夕陽を見遣る姫乃、汐。疑問符を浮かべている零佑。そして最後に、なにかに気付いたらしい流。
「……零佑、行くぞ」
「え? でも……」
「行くぞ」
流は零佑の腕を引っ張り、半ば強引にその場から立ち去っていく。
夕陽は心の中で感謝する。流に対して、ここまで感謝の念を抱いたことは、いまだかつてなかった。
(流……ありがとう)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.514 )
- 日時: 2014/03/10 23:24
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
六時を過ぎたあたりから、人気のなかった神社も人が入ってくるようになり、七時ごろになるとそれなりの人混みも出来ていた。辺鄙なところだとは思ったが、それでもある程度の人は入ってくるようだ。
「で、わたしたちはなにをすればいいの?」
「巫女とはいえバイトらしいですし、お守りを売ったりするのでしょうか」
「それでもいいんだけど……出店とかも見て回りたいでしょ? だからみんなには、警邏でもしてもらおうかな」
「警邏!?」
素っ頓狂な声を上げる夕陽。しかし警邏と言うと物々しいが、要するに見回り。迷子の子供を見つけた時に対応したり、トラブルが発生した時に報告したり、そんなことをすればいいとのことらしい。
出店の店主たちに夕陽らのことは既に伝えているらしいので、見回りながらも出店でなにか買うことはできるとのことだ。
「どうする? みんなで回る?」
「わたしはそれでいいけど……」
「右に同じく、です」
しかし、
「…………」
「ゆーちゃ——空城くんは、嫌そうだね……」
「……しばらく一人にしてほしい」
それができなくとも、できればこのみやひづきと一緒にいたくない。
「えー、そんなこと言わずに、ゆーちゃんも一緒に——」
「このみ先輩、その辺にしておいた方がいいですよ。夕陽先輩も、色々と参っているようですし」
というようなやり取りの末、夕陽は単独行動、このみ、姫乃、汐の女子三人が一緒に行動ということで、それぞれ分かれたのだった。
「災難だ……」
「いいじゃねえか、服くらい。そんなに気にすんなよ」
見回りながら夕陽は、気付かれないようにカードから声だけを発するアポロンに言い返す。
「君はクリーチャーだから気にしないかもしれないけど、人間界では服飾一つがかなり重要なんだよ」
もっと言うと、女装のためにこのみが用意した道具も気に入らない。恐らく夕陽は今日一日、鏡を見ることはないだろう。
などと思っていると、見知った顔を発見した。見知った顔ではあるが、ここで見ることになるとは露程も思っていなかったので、非常に驚いている。同時に、今の格好では関わり合いにならない方がいいだろうと判断を下した。
夕陽は相手に気付かれないよう、こっそりとその場から離れようとするが、
「あれ、空城君?」
見つかってしまった。
名指しされ、ビクッと身体を震わせている間に、その人物はパタパタとこちらへ走って来る。もう逃げることはできない。
「ハロハロー。なんか今日も面白い格好してるね」
「人が毎日のように変な格好してるみたいな言い方やめてください……ラトリさん」
夕陽は非難の眼差しを向ける。その相手は【ミス・ラボラトリ】の所長——ラトリ・ホワイトロックだった。
仮にも【ラボ】という“ゲーム”の中でも巨大な組織の所長が、こんな辺鄙な神社に初詣に来ていることに驚きを禁じ得ない夕陽だが、ラトリの性格を考えればそこまでおかしくないようにも思えた。
「……今日は、黒村先生はいないんですね」
「いた方がグッドだった?」
「いえ……」
一応は副担任の教師なので、こんな格好は見せたくない。というか、そもそも誰にだって見せたくない。自分でも見たくはないのだが。
「黒村君も誘ったんだけどねぇ……『行くなら一人で行ってください』って、断られちゃった。つれないよね。だから今日は——」
「所長!」
と、ラトリの後方でやや大きな声が響いてくると同時に、こちらへと走って来る二つの人影が見えた。
「所長! 急に離れるのはやめてください……人混みはそれほどでもないですが、はぐれますよ」
「お、主に、私が、なんですけど……」
「あ、希野ちゃん、ミーシャちゃん。ソーリー、ごめんね」
露程もごめんと思っていないラトリは、二人に軽く手を振る。
片方の少女(少女と言っても外見が幼いだけで、夕陽よりも年上だと思われるが)は見たことがある。文化祭に来ていた【ラボ】の研究員だ。確か、ミーシャと呼ばれていたはずだ。
もう片方も女だ。会ったことはないはずだが、しかし見覚えがあるような気がする。彼女自体は知らないが、誰かに似ているように思えた。
だが、夕陽が疑問を口にするより先に、
「この方は? 所長のお知り合いですか?」
「知り合いって言うか……希野ちゃん、アンノウン? この子が空城夕陽——私たちのワールドで言うところの『昇天太陽』だよ」
「え……『昇天太陽』って、女性だったんですか……てっきり男性だとばかり……」
「え、いや……」
夕陽が否定しようとするが、しかしその前にラトリが割って入る。
「いやー、実はそうなんだよ。人ってルックスによらないよねー」
そしてなにやら勝手なことを言っていた。だがそれには、ミーシャが弱々しくも否定してくれる。
「しょ、所長さん……その、あんまり変なこと言うと、また黒村さんに怒られちゃいますよ……」
「……結局、『昇天太陽』って、男なの? 女なの?」
夕陽などという性別の分かりにくい名前であることもあってか、希野と呼ばれていた女は首を傾げている。
ここで男だと言ってもいいのだが、しかしそうすると、まるで自分に女装癖があるかのように思われそうなので、はっきり言うことができない。
その迷いが、ラトリの前では命取りだ。
「ふふふ……ま、そういうのはボディタッチすれば分かるよ」
「はぁ……」
いまいち納得のいかない様子の希野だったが、
「失礼します」
と言って、やや控えめながらも丁寧な手つきで夕陽の胸(詰め物あり)を掴む。
「ある……!」
「ねえよ!」
即座に否定した。流石にこればかりは譲れない。
「ふむ、声質は確かに男声っぽいわね」
「あ、ばれちゃった」
「ばれちゃったじゃないですよ……」
げんなりとする夕陽。それを気の毒そうに見遣るミーシャ。彼女もラトリに振り回されているクチなのだろうか。
「ま、それはそれとしてだけど、なんでまたそんな恰好なの? メイドもグッドだったけど、今回は巫女さん? 空城君、実はコスプレイヤー?」
「んなわけないでしょう。これはですね……」
軽く事情を説明する夕陽。このみとクラスメイトの陰謀により、新年早々こんな格好をさせられていて、自分は被害者であることを熱弁する。
「へー、楽しそうだね」
「あの二人からすれば、楽しいでしょうね」
夕陽はまったく楽しくないが。むしろ悲しくなってくる。
「所長、そろそろいいですか?」
「ん? ホワット?」
「巷で有名な『昇天太陽』が男性だとはっきりしたところで、そろそろちゃんと名乗ろうかと思いまして」
「ああ、そゆこと。オッケー」
ラトリは一歩下がり、逆に女は前に出た。そして女は、名乗りを上げる。
「担当が違ったから知らないこともあったけど、名前はよく聞いているわ、『昇天太陽』。あたしは【ミス・ラボラトリ】の研究員、九頭龍希野よ」
「九頭龍、希野……え? 九頭龍って……」
今まで夕陽の中でおぼろげながら浮かんでいたイメージが、はっきりと像を結ぶ。そうだ、誰かに似ていると思ったが、あの男に似ているのだ。
かつて夕陽も戦ったことのある【ミス・ラボラトリ】の研究員、九頭龍希道に。
そう思うと、夕陽の目つきも鋭くなり、警戒心も一気に強まる。
「九頭龍ってことは、あの九頭龍希道の兄妹かなにかか……? お前に直接の恨みはないけど、僕はまだあの時のことを忘れたわけじゃ——」
と、そこで、夕陽の言葉が止まった。
なぜなら、希野が非常に不愉快なものを聞いた、とでも言いたげな目をしていたから。
「あたしと希道は無関係なので。まったくこれっぽちも全然関係ないので、あたしに責任を追及されても非常に困ってしまうのですが」
「え、あれ……? えっと……」
なぜ急に敬語? という疑問を抱くと同時に、困惑する夕陽。同じ姓と言うだけで彼女を責めるのは確かに間違っており、希野の言っていることは正しい。だが希野の目に浮かんでいるのは夕陽へのそんな非難ではなく、むしろ夕陽が名前を出した九頭龍希道への嫌悪、と言うように感じられた。
そんな希野の態度に戸惑っていると、ミーシャが耳打ちしてくる。
「希野さんは九頭龍さんの双子の妹さんなんですけど……その、仲が悪いというか、希野さんは九頭龍さんのことを、あまりよく思ってないみたいで……」
「あー……」
なんとなく分かるような気がした。
夕陽も九頭龍希道と接触したのは一度だけだが、たまに“ゲーム”絡みで黒村と話す時、九頭龍の名前が出ると彼も苦虫を噛み殺したような表情を見せる。血の繋がっている兄妹と言えど、いや、兄妹だからこそ、九頭龍希道の存在には嫌悪感を抱いているのかもしれない。
(あいつはかなり嫌な性格してたけど……この人はわりとまともそうだし……)
あまり実感はないが、夕陽たちは【ラボ】には世話になっている。その感謝の意も込めて、せめて彼女の前では兄の話をするのはやめようと、この時の夕陽は思ったのだった。
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.515 )
- 日時: 2014/03/11 03:27
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
人が多く行き交う神社の境内や本殿付近からやや離れた林の中。その林は意外と広く、また木もかなり丈夫で、大の大人が上ったくらいでは、枝が折れたりはしない。
そんな木の上で、双眼鏡片手に境内を見遣る、二人の男。
「——黒村さーん、所長、なんか誰かと接触したみたいですよ」
「そうか。……っ」
黒村は隣の木で双眼鏡を携えている九頭龍希道から報告を聞き、自分もその姿を双眼鏡のレンズ越しに確認するが、その誰かが誰なのかを理解すると、難しい表情を浮かべる。
(あれは、空城か……あいつは、なぜまたあのような格好を……)
文化祭の時にも一度メイド姿を見ているが、今度は巫女服だった。どうせ春永このみあたりに無理やり着させられたのだろう、災難だったな、と心中で思っておく。同情まではしないが。
「しっかし、新年早々僕らはなにやってんでしょうね。女性三人組を朝からストーキングして、神社に入った途端に人気のない林に隠れて今度は覗きですか。まったくもっていい趣味です」
「お前は黙れ」
「黒村さんは素直じゃないですよね。せっかく所長から一緒に初詣の誘いを受けたのに、にべもなく断るなんて。しかも断ったうえでこうしてストーカー&覗きって、人間的に見たら僕以上にクズなんじゃないですか?」
「黙れと言ったんだ」
「でもそう考えると黒村さんって結構幸せ者というか、顔つきはいいわけですし、わりとモテモテですよね。所長だって童顔ですけど美人ですし、そんな人に気に入られているんですから、もっと素直になればいいのに。僕なんて、クリスマスから年越しまで、ずっと一人で過ごしてたんですよ? あー羨ましいなー、黒村さんは」
「突き落すぞ」
……この会話で、大体の事情は呑み込めたかと思う。
九頭龍はわざとストーキングだの覗きだのと人聞きの悪い物言いをしているが、その表現は決して間違っていない。実際、彼らがしているのは軽く犯罪行為。それも、その主犯、というか計画者は黒村だ。
「言っておくが、俺は所長の私生活を覗き見るためにこんなことをしているわけではない」
「こんな状況でその言葉がどれほどの真実味を帯びるのか、理解してます? 嘘くさすぎますって、いくらなんでも。僕だってもう少しマシな嘘つきますよ」
「お前は所長に対してなんの疑問もないのか?」
九頭龍の言葉を無視して、黒村は問いかける。
「お前は、所長のことをどう思う?」
「その言葉はニュアンスを変えてそっくりそのまま黒村さんに返したいところですが……そうですねぇ、謎の多い人ではありますよね」
わりと思ったことをそのまま口にした九頭龍だったが、それは黒村の求めていた応えのようで、黒村は首肯する。
「そうだ。俺たちの所長、ラトリ・ホワイトロックには謎が多い」
「そんな改めて言われましても……別段おかしいことじゃないでしょうに。“ゲーム”は戦争だって喩える人もいますけど、実際その表現は結構的を射ていて、“ゲーム”でも情報戦が物を言います。敵の情報を掴めばそれだけ有利になりますし、逆に相手に情報を掴まれないよう隠匿することもあるでしょう。まあうちの所長はあんまりそういうことしない人ですけど、それでも最低限の機密保持はしているはずです。だったら別に、謎が多くてもおかしなことはないですよ」
「お前に正論を吐かれるまでもない、そんなことは分かり切っている。俺が言っているのは、そういうことではない」
九頭龍もあえてはぐらかしたところがあるが、黒村が言いたいのは、もっとラトリ個人の奥深いところ。ラトリのルーツ、とまでは言わないが、それに近いところの話だ。
「何度も言うように、あの人は不明な部分が多い。それは国籍や家族構成など、当たり障りのない部分もだ」
「そういや、所長ってどこの人なんですかね。なんか日本人っぽい見た目してますけど、ハーフかクォーターって感じもしますし。そもそも名前が日本人らしからぬものですが、偽名の可能性だってありますしね」
あ、でも、と九頭龍は思い出すように、
「【師団】の師団長とか、【神格社界】の界長とかは、所長のことラトリって、名前で呼んでますよね。僕も師団長の方は直に会ったことないんですけど、ルカ=ネロの方は、なんか妙に親しげでした。なんか関係あるんですかね?」
「そこだ」
やっと本題に入ったか、とでも言いたげに息を吐き、黒村はその言葉を継いだ。
「俺の見立てでは、所長は【師団】の師団長、ジークフリートと、【神格社界】の界長、ルカ=ネロ、この二人と関わりが深い」
ラトリの態度や言葉の節々、加えてジークフリートとルカの態度も合わせると、この三人は過去になにかあったと考えられる。ラトリ自身はマイフレンドなどと言っていたが、そんな簡単に済ませられる関係なのだろうか。
黒村には、それが疑問だった。
「……まあその見解は興味深いですけど、それとこの覗きとなんの関係が? そんなに気になるなら、所長に直接聞けばいいじゃないですか。案外、あっさり教えてくれるかもしれませんよ」
「どうだか。嘘を吐かれたり、真っ向から拒絶されたりするとは思わないが、一から十まで全てを明かすということもないだろう。恐らく、重要な部分だけはぐらかされるのがオチだ」
だがそれでは駄目なのだ。それでは、本当に知りたいものを知ることができない。
この覗きも、普段ラトリが黒村には見せない顔を見るために、陰から彼女を観察しているに過ぎない。ただ、ミーシャと希野がいることは計算外だったが。
(それに、これは完全な憶測だが……所長が抱えている謎は、この“ゲーム”が活発化したことと関係がある、かもしれない)
だからなんだと言われたらそれまでだが、しかし彼女の謎について、謎のままで終わらせておきたくはない。
そもそも彼女の目的はなんなのか。【ミス・ラボラトリ】などという組織を作り、“ゲーム”を隅から隅まで観察して研究して、どうするつもりなのか。
ただ知識欲を満たしたい、未知があるからこそ既知にしたいという欲求であれば、それは実に研究者らしくて納得がいくが、彼女がそうであるとは思えない。それがないとも言わないが、それ以上の、もっと大きな理由があるような気がしてならない。
黒村はそれが知りたかった。ただの、純然たる興味ではあるが、これを未知のままにはしておけなかった。
「へぇ……ま、いいですよ、どうせ僕も暇ですし。愚妹が自分の組織の長と上手くやれているかチェックしながら、ストーカーでも覗きでも、なんでもしますよ」
黒村さんには逆らえませんしね、と言葉とは裏腹にどこか反抗するような笑みを浮かべる九頭龍だった。その笑みに不愉快な気分になる黒村だが、協力している限りはできるだけ友好的にしようと思う。できるだけ。
「……ん?」
「どうかしました?」
「いや、なにか見覚えのある女を見たような……」
「女? いやいや黒村さん、言い出したのは黒村さんなんですから、ちゃんと所長を見張ってくださいよ」
「女と言うよりは、少女か……」
「少女って……確かに黒村さん、ロリコンの気とかありそうですけども」
「少女と言うより幼女かもしれないな……」
「もはやペドですか。黒村さん、僕以上にクズの素質があるかもしれませんよ」
横でなにか言っている九頭龍の言葉を聞き流しつつ、双眼鏡越しに人混みを凝視する。先ほど一瞬だけ視界に入ったものの姿は、もう見えない。
(気のせいか……?)
そもそも、その人物がここにいる可能性は限りなく低いはず。やはり気のせい、少々人混みの中だったから、似たような人物を見つけただけだ、と判断を下し、再びラトリを視界に入れる。
(今【師団】は複数の組織から襲撃を受けている。そんな状況下で、まさかこんなところに、師団長補佐の奴がいるはずがない——)
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