二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Mythology
日時: 2015/08/16 04:44
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 初めましての人は初めまして、モノクロという者です。ここでは二次板と雑談板が拠点です。

 本作では基本的に既存のカードを使用するつもりではありますが、オリジナルのカードも多数登場します。ご了承ください。

 投稿したオリキャラのデッキにキーカードや切り札を追加したり、既存の切り札級のカードや、追加した切り札に召喚時の台詞を追加しても構いません。追加したい時はその旨をお伝えください。

目次


一章『神話戦争』

一話『焦土神話』
>>1 >>2 >>6 >>9 >>12 >>13 >>14
二話『萌芽神話』
>>17 >>18 >>21 >>22
三話『賢愚神話』
>>25 >>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>33


二章『慈愛なき崇拝』

一話『精力なき級友』
>>41 >>45 >>49 >>52 >>55 >>58 >>59 >>60 >>61
二話『加護なき信仰』
>>63 >>64 >>66 >>70 >>71
三話『慈悲なき女神』
>>72 >>73 >>74 >>75 >>76
四話『表裏ある未来』
>>77 >>78


三章『裏に生まれる世界』

一話『裏の素顔』
>>79 >>80 >>81 >>82 >>85 >>86 >>91 >>92 >>94
二話『裏へと踏み入る者』
>>96 >>97 >>98 >>99 >>100 >>101


四章『summer vacation 〜夏休〜』

一話『summer wars 〜夏戦〜』
>>103 >>106 >>107 >>110 >>111
二話『summer festival 〜夏祭〜』
>>112 >>113 >>114 >>117
三話『summer ocean 〜夏海〜』
>>118 >>121 >>127 >>128 >>129 >>132 >>141 >>148


五章『雀宮高等学校文化祭店舗名簿』

一話『ガーリックトーストレストラン』
>>152 >>153 >>156 >>157 >>158 >>160 >>162 >>163 >>164 >>167
二話『ロイヤルミルクティーカフェテリア』
>>168 >>169 >>170 >>173
三話『ゾロアスター教目録』
>>174 >>175
四話『天の羽衣伝説調査』
>>185 >>186
五話『日蓮宗体験記録』
>>187 >>190
六話『天草四朗時貞絵巻』
>>191 >>192
七話『後夜祭・神々の生誕劇場』
>>193 >>202 >>206 >>207


六章『旧・太陽神話』

一話『序・太陽神話』
>>208 >>212 >>213
二話『破・太陽神話』
>>214 >>217 >>218 >>219 >>221 >>222 >>223 >>224 >>231 >>235 >>236 >>243 >>244
三話『急・太陽神話』
>>266 >>267 >>268 >>269 >>270 >>271 >>272 >>279 >>282 >>285 >>292


七章『続・太陽神話』

一話『再・太陽神話』
>>293 >>299 >>300 >>303 >>304 >>315 >>316 >>317 >>318 >>319 >>320 >>321 >>322 >>323 >>324 >>329 >>330 >>331 >>332 >>333 >>334 >>335 >>336 >>337 >>338 >>341 >>342 >>343 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>356 >>357 >>358 >>359 >>360 >>361 >>362 >>363 >>364 >>365
二話『終・太陽神話』
>>366 >>371 >>372 >>373 >>374 >>375 >>376 >>377 >>380 >>381 >>382 >>383 >>384 >>385 >>386 >>387
三話『新・太陽神話』
>>393 >>395 >>396 >>397 >>398 >>399 >>402 >>403 >>404


八章『十二神話・召還』

一話『焦土神話・帰還』
>>405 >>406 >>407 >>408 >>409
二話『海洋神話・還流』
>>410 >>411 >>412 >>413 >>415
三話『萌芽神話・還却』
>>417 >>418 >>419 >>420 >>421 >>422 >>423 >>424


九章『聖夜の賢愚クリスマス・ヘルメス

一話『祝祭の前夜ビフォア・イヴ
>>425
二話『双子の門番ツインズ・ゲートキーパー
>>426 >>429 >>430 >>431
三話『祝宴の闘争パーティー・バトル
>>432 >>433 >>434 >>435 >>436 >>437 >>438 >>439 >>440
四話『知将の逆襲ノウレッジ・リベンジ
>>441 >>443 >>444 >>445 >>446 >>447


第十章『月の下の約束です』

一話『月影の同盟です』
>>468 >>469 >>470 >>471 >>472 >>473
二話『月夜野汐です』
>>486 >>487 >>489 >>490 >>491 >>492
三話『私の先輩です』
>>493 >>496 >>497 >>498 >>499 >>500 >>503 >>506 >>507 >>508


第十一章『新年』

一話『初詣』
>>512 >>513 >>514 >>515 >>516 >>519 >>520 >>521 >>522 >>523 >>524 >>525 >>526 >>527 >>528 >>529 >>530 >>531 >>532 >>533 >>534 >>535 >>536 >>537 >>538 >>539 >>540 >>541 >>542 >>543 >>544 >>545 >>546 >>547 >>548 >>549 >>550 >>553 >>554 >>557 >>558 >>559 >>560 >>561 >>562 >>563 >>564 >>565 >>566 >>567 >>568 >>571 >>572 >>573


十二章『空城夕陽の義理/光ヶ丘姫乃の本命』

一話『誕生日/バレンタインデー』
>>577 >>578 >>579 >>580 >>583 >>584
二話『軍人と探偵と科学者と/友人と双子と浮浪者と』
>>585 >>586 >>587 >>590 >>591 >>592 >>593 >>594 >>595 >>596 >>597 >>598 >>599 >>600 >>601 >>602 >>603 >>604 >>605 >>606
三話『告白——/——警告』
>>609 >>610


十三章『友愛「親友だから——」』

一話『恋愛「思いを惹きずって」』
>>616 >>617
二話『敬愛「意志を継ぎたい」』
>>618 >>619
三話『家族愛「ゆずれないものがある」』
>>620 >>621 >>622 >>627 >>628 >>629 >>630 >>631 >>632 >>633 >>634 >>635 >>636
四話『親愛「——あなたのことが大好きです」』
>>637



コラボ短編
【1——0・メモリー(タクさんコラボ)】
外伝『Junior to connect』

一話『Recollection』
>>474
二話『His outrage』
>>475 >>476 >>477 >>478 >>480
三話『My junior and his friend』
>>482



デッキ調査室
№1『空城夕陽1』  >>95
№2『春永このみ1』 >>102
№3『御舟汐1』 >>136 >>137

人物
>>34
組織
>>35
フレーバーテキスト
>>574

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.486 )
日時: 2014/03/03 20:52
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 神話空間が閉じる。同時に、夕陽の体が投げ出された。
 いつもなら地に足がつくはずなのが、今は重力に抗うことができず、そのまま落ちていく——ことはなかった。
 グイッと、襟首を掴まれる。頭ががくんと後ろに流れるが、目の前に立つ少女はそれを許さず、視線を逸らさせない。
「……とりあえず、これは頂くですよ」
「あ……アポ、ロン……」
 夕陽の手から零れ落ちる《アポロン》のカードは、少女——汐の手中へと収まる。
「流石、アタシが目を付けただけはあるわね。アタシ抜きでもなかなかやるじゃない」
 アルテミスが称賛するも、それを聞き流す汐。彼女は、夕陽しか見ていない。
「これが最後です、先輩。私になにか言うことはないですか」
「…………」
 聞いているのかいないのか、掠れる視界で汐を見つめる夕陽。唇は動いているものの、その動きは明確な発音とはならない。
「ぁ……」
「なんですか。はっきり言ってください」
「アポ……ロン……」
 汐は、まっすぐに夕陽の目を見る。その目は汐を見ているようで、よく見れば彼女を見ていない。
 その目が見ているのは、彼女の持つ《アポロン》だ。
「……この期に及んで《アポロン》の心配ですか。先輩にとっては、私なんかよりも《アポロン》の方が大事ですか。そうですか、そうですか……そうですよね。なんたってひまり先輩の形見です。先輩にとってはただの後輩に過ぎない私よりも、よっぽど大事ですよね」
 そして汐は、遂に、本当に、心の底から、見限ったように、侮蔑するように、夕陽を一瞥し、投げ捨てた。
 ドサッと、重い音が響く。呻き声一つない。気を失っているのだろうか。
「もういいです。先輩はそういう人だったということにするですよ。アルテミス」
「人間がアタシに指図しないで欲しいものだけど、今回だけは許すわ。一応あなたの成果で、お兄様も遂にあの人間の呪縛から解放されたわけだし。あとはあの人間によってつけられた穢れを取り払わないと。それまでもう少し協力してもらうわよ」
「……なんだっていいですよ、もう」
 投げやりになったように答え、汐は《アポロン》を仕舞いながら、再び背後に横たわる彼を一瞥し、
「さよならです……先輩」
 別れを告げて、その場を去った。
 最後に残ったのは、夕陽ただ一人。
「アポロン……御舟……戻って、来て……くれ……」
 視界が混濁する中、夕陽は、うわ言のように呟くと——その意識は、闇へと沈んでいった。



「あれ……? ねぇ、あそこで倒れてるのって……」
「ん? なんか見覚えある面してるな」
「見覚えあるじゃないでしょ! 一昨日うちのパーティーに来てたじゃない!」
「……ああ! 思い出した! あいつか……で、なんでこんなとこで倒れてるんだ?」
「知らないわよ、なんかボロボロだし……って、本当にボロボロね……大丈夫かしら……?」
「外傷が酷い……たぶん、内側のダメージも……誰かと、戦ったんだと思うけど……随分、酷くやられてる……」
「こっぴどくやられたなぁ……ははっ、俺がジークと百回くらい戦った後みたいだな」
「ちょっと、笑い事じゃないわよ。どうするのよこれ、流石にこのままここに放置しておくわけにもいかないし……」
「う、うん……ちゃんと、傷の処置を、しないと……破傷風とか、かかっちゃうし……それに、この時期だから、体も冷えて……と、とりあえず、どこかに運ばないと……」
「んじゃ、ついでに連れてくか。なにがあったか興味がないわけでもないし、たぶん、そのことは他の愉快な連中にも教えとくべきだろ」
「珍しくまともなことを……まあでも、それが一番ね。ほら、じゃあ運んで」
「は? 俺が運ぶのかよ」
「当たり前でしょ。いくらあたしたち二人でも、この人ひとりを運ぶのは無理よ」
「あー、なんだよ面倒だなぁ……よっと、お? 意外と軽いぞこいつ。お前たち二人分より軽い」
「悪かったわね、重くて。いや、二人分なら別におかしくもないじゃないの」
「あ、あの、二人とも……早く、行かないと……その人……」



「なんか……居心地悪い感じだね」
「うん……そう、だね」
 カフェ『popple』の店内で向かい合うこのみと姫乃。この日は定休日ではないのだが、木葉の用事で臨時休業となっているため、店内に客はいない。
「ゆーくんと汐ちゃんがあんなになってるとこなんて、初めて見たよ」
「このみちゃんたち三人って、あんまり喧嘩とかなさそうだもんね」
「まーねー。ゆーくんはよくあたしに色々言ってるけど、けっこー気遣いはできるし、汐ちゃんも譲るところは譲ってくれて、そーゆーケンカになりそうな空気を作らないようにしてるから」
 しかし今回、その空気が完膚なきまでにぶち破られた。
 それも、最も穏健だったはずの、汐の手によって。
「汐ちゃんはゆーくんがやったとかなんとか言ってたけど……姫ちゃん、どう思う?」
「わ、わたし? うーん……御舟さんの言葉を疑うわけじゃないけど、空城くんは、あんな酷いことはしない、と思う」
「だよねー……あたしも、ゆーくんはそんなことしないって思ってる。付き合い長いあたしが言うんだから間違いない、ゆーくんが手ぇ出すのはあたしくらいだよ」
 あはは、と笑うこのみだが、その笑いもすぐに消え去った。
 能天気でお気楽な彼女でも、友人二人が対立しているこの状況で笑っていられるほど気楽なつもりはない。
「御舟さんは、空城くんのこと、嫌いになっちゃったのかな……」
「どうだろ……言葉はきつかったけど、汐ちゃんもゆーくんのことは大好きだからなぁ」
「え……?」
 何気なくこのみが発した言葉に反応してしまう姫乃。一瞬フリーズした頭を再起動させ、その意味を考える最中、このみが慌てたように手を振る。
「あ、いや、違う違う、そういう意味じゃなくってね、えーっと……なんて言うんだろ。汐ちゃんはゆーくんの後輩で、ゆーくんは汐ちゃんの先輩だから、汐ちゃんは先輩のゆーくんが好き、みたいな……?」
「あ、あぁ……えっと、つまり、尊敬とか敬愛とか、そういう意味で好きってこと……?」
「そうそう、それそれ」
 一言で好きと言っても意味は様々だ。汐の場合は、ラヴやライクではなく、リスペクトの意味で夕陽を好いている。
 そのようにこのみに説明され、ホッとする姫乃。
「だから姫ちゃん、自分もゆーくんが好きで汐ちゃんに悪い、とか思わなくてもいいからね」
「そっ……そんなこと、別に——」
「思ってないの?」
「……ごめん、ちょっと思った」
 しゅん、と縮こまる姫乃。
「こんな時に不謹慎だよね、こんなこと考えるなんて」
「んー、それとこれとは別の話じゃないかなぁ。そういや姫ちゃん、髪型、結局それにしたんだね」
「え? あ、う、うん……」
 このみに指摘され、頭を少し下げる姫乃。同時に、彼女の後頭部の尻尾が揺れた。
「あおいんが来た日だっけ。あの後、パーティーの招待状が届いたから、せっかくだし、サプライズでパーティーの日にポニーテールにしようってことになったけど、あれから変えてないんだね。やっぱゆーくんの受けがよかったから?」
「それはよく分かんないけど……うん、まあ、これもいいかなって……」
 顔を赤らめて俯く姫乃。このみも、彼女の言葉には同意し、
「だねー、姫ちゃんはポニーテールにしてる時が一番だよ……それはそれとして、ちょっと結ぶ位置高くない?」
「そうかな……? いつも結ぶ時は、大体この位置だよ」
「いやー、ゆーくんはわりと年下趣味だから、背高い人よりもそこそこ低い子の方がいいみたいだよ」
「それ関係ないよね……」
「なんか、亜実さんみたいな人だと友達っぽく見えるんだって」
「わたしも友達だよ……」
 抗議するわけではないが、しかし、このみの勧めで尻尾の位置は少し低くした。というか、低くされた。
「うん、いい感じかも。テールの位置はダウンだけど、姫ちゃんの可愛さはアップ!」
「そんなに変わらないような気がするけど……?」
「いやいや、意外と変わるんだなーこれが。髪型一つで変わるのと同じで、結ぶ位置でも印象って変わるよ」
「そうなの?」
「そうなの」
 まっすぐに姫乃の目を見て返すこのみ。
 能天気でお気楽で、頭の中が春色お花畑のようなこのみだが、友人——特に姫乃のこの思いに対しては、真面目で真摯だ。笑いながらではあるものの、それは彼女の性格であり、個性であるというだけの話。
「それよりさ、なんだか今日、プロセルピナが出て来ないんだけど」
「そういえば、わたしのヴィーナスも……どうしたんだろ」
 二人は、いつもならカードから飛び出して騒いでいるはずの《プロセルピナ》と《ヴィーナス》のカードを取り出す。
「このみー……」
「どしたの? プロセルピナ?」
「姫乃様……」
「ヴィーナス……?」
 いつもと違う彼女たち。その様子を訝しむように見遣るこのみと姫乃。
「なんか、変な感じがする……アポロンが、遠くに行っちゃう……」
「それに、なんだか違和感を感じるですの……アポロン様と似ているようで違う、わたくしたちと同じような気配が……」
「? なんかよく分かんないんだけど、それって——」

カランカラン

 このみの言葉を遮るように、いやさ遮って来客を告げる鈴が鳴る。
 だが、冒頭でも述べたように今は臨時休業である。
「あれ? プレートかけてなかったっけ?」
「このみちゃん、またなの……」
 しかし今回に限っても、休業などということは関係ないのかもしれなかった。
 むしろ、臨時休業中で良かったとさえ言える。
「よーぅ、邪魔するぞ」
「あれ? お客さんいない……ならちょうどよかったわ」
「お、お邪魔、します……」
 三人組の男女が、入店する。それも見覚えのある顔ぶれだ。
 いや、見覚えのあるどころでは、ないのだが。
「っ、あなたは、【神格社界】の……」
「ルカにーさん! と、ささちゃんとうさちゃん……え? なに? なんでここにいるの?」
「本当はお前に用があったんだけどな、春永このみ。だが、ちょっと途中であるものを拾ってな、まあちょっと居座らせてもらうぞ」
 と言って店内にずけずけと入ってくるルカ。
「あ、あの、救急箱とか、その、ありませんか……?」
「あるけど……なんで?」
「……これよ」
 ドサッと、ルカがなにかを下す。
「か、かいちょーさんっ! 怪我人なんですから、もっと、優しく……」
「大丈夫だって、死にやしないだろ、このくらいじゃあ」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ……」
 などと、彼らは軽く言っているが、このみと姫乃は絶句していた。
 その下ろされたなにかに、見覚えがあったからだ。
 これこそ、見覚えがあるどころではない。自分たちがよく知る、そしてさっきまで話の中心にいた人物。
「ゆーくん……」
「空城くん……」
 満身創痍で全身傷だらけの、夕陽だった。

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.487 )
日時: 2014/03/04 20:51
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「う……」
「あ、ゆーくん。目、覚めた?」
「このみ……? ここは……」
「『popple』だよ……ルカさんたちが、ここに運んでくれたの」
「光ヶ丘……ルカ……?」
 体を起こす夕陽。全身がズキズキと痛み、顔をしかめながら周りを見渡す。
 すると、すぐに視界に飛び込んできた三人組。一人の大柄な男と、二人の小柄な少女。
「よぅ、起きたか」
「いや、起きちゃダメ、ですよぅ……まだ安静に、してないと……」
「ちょっと心配しすぎじゃない? この人だって、伊達に今まで“ゲーム”の世界で戦ってきたわけじゃないんだし」
「ルカ……ネロ……え? なんで、お前がここに……?」
 一応は正装していたパーティーの時とは違い、今はファーの付いたコートを着ていたりと、わりとラフなスタイルだ。その横のささみとうさみも、それぞれ色違いのダッフルコートに身を包んでいる。
 まだ状況が認識できていない夕陽は、とりあえず真っ先に浮かんできた疑問をルカにぶつけた。
「春永このみに会いに来たんだ。暇だったから、この前の千番勝負の続きをしようと思ってな。まだ三百七十九番しか戦ってねえし」
「そんだけ戦えば十分じゃない……っていうか、別に暇じゃないし。暇なのは仕事しない界長だけでしょ」
「さ、ささちゃん、それより、今は……」
 ささみの小言をうさみが止める。そして、それで思い出したというように、ルカが手を打った。
「そうだ、お前に聞きたいことがあったんだ。なんであんな道端で寝てたんだ?」
「寝てたんじゃなくて倒れてたの! どう見ても誰かにやられてるじゃない! この傷!」
 ビシッと、夕陽を指差すささみ。夕陽はそれで初めて気づいたように、自分の身体を見遣る。
「傷……」
 服もズタズタで、刺し傷や裂傷のようなものが多かった。大きな傷だけは止血され、包帯が巻かれている。小さな傷も、血は止まっていた。
「そうだよ、空城くん、酷い傷……」
「ねぇ、ゆーくんはどこで倒れてたの?」
「あたしたちもこの町にはほとんど来たことないから彷徨い歩いてたんだけど……」
「裏路地、みたいなところの手前、でした……人通りの、少ない場所で……」
「え……それって……」
 その場所に心当たりのあるこのみ。姫乃もピンときた。
 だが、この傷をつけた主をはっきりと認識しているのは、他ならぬ夕陽であり、夕陽がその名を告げる。
「……御舟」
 御舟汐、自分たちの一つ下の後輩。
「そうだ……僕は、御舟に負けたんだ……」
 と同時に、なにかを思い出したように体を動かそうとする夕陽。だが、急激な筋肉の運動に彼の身体は悲鳴を上げ、夕陽は結局動けなかった。
「あ、だから安静に、してないとって……傷は塞ぎましたけど、身体のダメージは、残ってるんですから……」
 うさみに抑えられ、身を退く夕陽。だが
「アポロン……そうだ、アポロンが……」
 夕陽の持つ『神話カード』、《太陽神話 サンライズ・アポロン》が、御舟に奪われた。
 そう、矢継ぎ早に説明する夕陽だったが、
「やっぱり、そうなんだ……」
「え? そうって……?」
「さっきね、プロセルピナとヴィーナスが、ゆーくんのデッキに潜ってクリーチャーから話を聞いたんだって」
「デッキに、潜る……?」
 ちょっとよく分からない説明だったが、とりあえず飲み込む。
「それで、ゆーくん《アポロン》のカード持ってないし、クリーチャーたちもアポロンがいなくなった、奪われたって、言ってたみたいだから、誰かにやられちゃったんだって思ったけど……」
「御舟さん、だったんだね……」
 今、プロセルピナとヴィーナスは、アポロンの所在を探しに行っているらしい。
「……御舟だけじゃない。御舟は、『神話カード』を手に入れたんだ」
「え? なにそれ?」
「どういうこと? 空城くん」
「俺も気になるな。詳しく聞かせろ」
 そんな促しを受け、夕陽は語り出した。
 汐のこと。彼女が『神話カード』、アルテミスと共に行動していること。そして夕陽に神話空間での戦いを挑み、《アポロン》を手にしたこと。
 すべてを、明白にする。
「……汐ちゃん、そんなに怒ってたんだ……」
「それに御舟さんが『神話カード』を……アルテミス、だっけ」
「ああ、そう言ってた。なんか、随分と毒舌だったけど——」
「アルテミス!?」
「ですの!?」
 その時、窓から二つの影が店内に飛び込んでくる。
「うおっ!? プロセルピナ、ヴィーナス……戻ったのか」
「そんなことよりゆーひー! いま、アルテミスって言った?」
「う、うん、そうだけど……」
「アルテミス様、この町に来ていらしたんですの……ということは、先ほどまで感じていたあの気配は、アルテミス様のもの……」
 なにやらよく分からないが、プロセルピナやヴィーナスはアルテミスについてなにか知っているようだ。有益な情報になるかと思い、聞いてみたが、
「ゆーひー、アルテミスはね、アポロンの妹なんだよ」
「うん、それは知ってる」
 本人が言っていたことだ。
「妹と言っても、双子の妹ですの。ただアルテミス様はアポロン様をとても尊敬しているんですの」
「ああ、まあ、そんな感じだったな」
 まず呼称がお兄様なのだ。尊敬の念はすぐに見て取れる。逆に、アポロンに対する敬意が強すぎるゆえに、夕陽に対して辛辣だったのかもしれない。
「で……それだけ?」
「え? うーんとねー……うん、それだけ」
「ですの……わたくしたちが覚えている範囲では、それだけですの」
「…………」
 有益な情報は特になかった、ほとんど既知の情報だった。
「……ま、まあ、そのアルテミス? についてはともかくとして、御舟さんのことを、考えないとね……」
「そうだね……ゆーくん、汐ちゃんはどうだったの? って、聞くまでもないよね……」
「あぁ……」
 汐から見た夕陽の信頼と信用は、ほぼ完全に喪失している。
 これを元に戻すには、とにかく汐が求める答えを夕陽が出さなければならないのだが、
「いまだに御舟がなにを言ってるのかよく分からないんだよな……僕に襲われたって言うけど、あの夜、僕はまっすぐ家に帰ったよ」
「だよね。あたし、途中まで送ってもらったし」
 難癖つけるとしたら、その後で襲撃したということなのだろう。汐は時間まで明確に記憶していたわけではないので、完全に夕陽のアリバイが証明されるわけではない。
 だが、それは些か現実味に欠ける。不可能とは言わないまでも、このみを送り届けてから、汐の帰り道を辿るのは、徒歩では流石に時間がかかる。汐は一足先に帰ったので、なおさら厳しいだろう。
「ってことは、やっぱり空城くんじゃないんだよね……」
「うん、断じて僕じゃない」
「だが、御舟汐はお前だって言ってるんだろ?」
「だよねー……ゆーくんのそっくりさんとかかな? ドッペルゲンガー?」
 ふざけた物言いだが、それすらも現実味を帯びてしまうほどに今の状況は謎だらけだ。暗闇で相手の顔がはっきり確認できなかった可能性もあるが、その後で汐はその相手と神話空間でデュエルしている。それで見間違えたということはないだろう。
「ここで話してても、埒が明かないな」
「でも、汐ちゃんのところに行っても……」
「さっきの二の舞になるだけじゃない? 界長とのデュエル、あたしは傍から見てただけだけど、あの子が一番センスを感じたわ」
「それに、その体じゃ、もう一度デュエルするのは、無理、です……しばらく休まないと」
 ささみとうさみの言うことはもっともだ。もう一度話をしたいと彼女に会いに行った結果がこれなのだ。なにも考えずに話したところで、また《ブリティッシュ》や《UK パンク》の槍に串刺しにされるだけである。
 だが、
「それでも、実際に会って話をしないとなにも解決はしない。それにあの時、御舟と戦って少しだけ分かったんだ」
「なにを……?」
 恐る恐る尋ねる姫乃。逆に夕陽は、なにかを悟ったような、そして決意したような声で続ける。
「今の御舟は、どこか歪んでる。いや、軋んでる……違うな、悲鳴を上げている、みたいな、そんな風に感じるんだ」
 夕陽の感覚的なものなので上手く説明はできないが、それでも今の汐は、苦しんでいるように感じた。
「それでもまだ、御舟がなにをどう思っているのかとかはよく分からない。でも、もっと御舟と戦うことで分かる気がする。それに僕は、それを知らないとけないような気もするんだ」
 謎多き後輩、御舟汐。
 ミステリアスなところが彼女の魅力でもあったのだが、しかしいつまでもミステリアスでいるわけにはいかない。
 これから先も、彼女とは親しい仲でいるはずだ、いや、そういう仲でいたい。
 親しい仲なのに、相手のことを知らないのであれば話にならない。
「それに、僕は御舟の先輩だからね。先輩として、やっぱり後輩はリードしたいよ」
 いつもはリードされがちだからね、と夕陽は笑った。この日、初めての笑みだった。
 それに影響されたのか、このみと姫乃の表情も綻ぶ。
「……あはっ。なんか、やっとゆーくんらしくなったね」
「うん……わたしたちも協力するよっ」
 沈んでいた二人の表情が、少しだけ明るくなる。晴れやかとはいかないが、その明るさには、活力を感じた。
 さらに二人は夕陽に協力的な姿勢を見せる。それもありがたい。ありがたいが、
「そうか。だけどごめん、今回は僕一人でやらせて欲しい」
 その申し出は、やんわりと、しかし即座に断られる。
「今回の不和は、僕と御舟の間だけで起こってることだ。残念だけど、二人が介入してもなにも変わらないと思う」
「あぅ……そっかぁ、そうだよね。これは、ゆーくんと汐ちゃんの問題だもんね……」
「結局、わたしたちが手を出す余地はないんだね……」
 しゅん、と項垂れる姫乃。このみも残念そうな表情を見せている。沈んだ表情から明るくなったと思ったら、また沈んだ。
 ああ言えばこうなるだろうと、流石の夕陽も予測できていた。なので、二人にしか頼めないことを、頼むことにした。
「いやまあ、そうなんだけど。代わりに、御舟との関係が修復したらさ」
 確かにこのみと姫乃は、夕陽と汐の関係を立て直す上では手を出す意味がない。だが、その後のことを考えれば、彼女たちも必要だ。
「御舟のこと、可愛がってやってよ。僕がやるよりも、君ら二人の方がいいだろうし」
 二人に気を遣ったというのもあるが、あながち間違ったことでもない。夕陽とこのみの関係ならともかく、やはり男女間の壁というものは確実に存在するのだ。
 だからその壁のないこのみや姫乃も、関係が修復したばかりで不安定であろう汐のメンタルを癒すためには必要不可欠。
 こんなことでもいいのかどうか、夕陽としてはやや不安であったが、
「……別にゆーくんでもいいとは思うけど、了解だよっ! 女の子を可愛がるのは得意なんだからっ」
「御舟さんとは今まであんまり接点がなかったけど……いい機会だし、ここで仲良くなるも、いいかな……」
 二人も乗り気のようだった。
 これで方針は固まった。いや、最初から変わりないが、意識の問題で、大きく前進したように思える。
「じゃあ、明日早速、もう一度御舟の家に——」
「ちょっと待てよ」
 夕陽の言葉を遮って、ルカの言葉が飛ぶ。
「なかなかいい友情を見せてもらったのはいいんだが、そもそもお前、またあいつと戦う気になってるじゃねえかよ」
「……その通りだ。たぶん、話だけじゃ御舟との関係は戻ってこない。僕の身体がボロボロでも、僕は戦うよ」
「そいつは結構だ。だがな——」
 結構じゃないですよぅ、とうさみの苦言が聞こえたが、ルカはそれを無視。
 そして、最も重要で、しかし単純で、根源的な、最大の問題を——突きつける。

「——お前、御舟汐に勝てるのか?」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.488 )
日時: 2014/03/04 20:40
名前: セロ ◆R4hLm3t7XM (ID: P747iv5N)


モノクロ様

以前、自小説にて《ランブル・レクター》が
攻撃すれば《シンデレラ》が除去されると
おっしゃってましたが
調べてみたところ、除去されないことが判明しました
詳しいことは雑談の方に載せときますね

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.489 )
日時: 2014/03/05 20:46
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「お前、御舟汐に勝てるのか?」
 ルカのストレートな発言。しかしそれは、汐との関係を修復するにあたって、最も大事なことでもあった。
 力で屈服させるということではないが、しかし勝たなければどうしようもない。汐が夕陽の信頼を喪失しているのには、夕陽が汐に負けた、即ち夕陽が弱いから、だということもある。
 いや、事実夕陽は汐より弱い。純粋なセンスで言えば汐の方が圧倒的なのだが、『神話カード』がある場合はその差もかなり埋まる。
 しかしその埋まるはずの差を、汐に覆されてしまった。デュエルの結果自体は僅差だったとはいえ、負けたことには変わりない。
「このまま負け続けて、御舟汐がお前を認めるとは思えない。それにお前だって、何度もダイレクトアタックを受けてたら、そのうち死ぬぞ。俺みたいにとどめを刺され慣れてるならともかくな」
 最後の一文になにかおかしな引っ掛かりを感じたものの、今は置いておくとして。
 それはその通りだ。少なくとも、敗北を重ねる夕陽を、汐が許すとは到底思えなかった。
「でも、やるしかないだろ。それに何度も戦ってれば、向こうの弱点だって見えてくる。それを踏まえてデッキを作れば——」
「それ以前の問題だ」
 また夕陽の言葉を遮るルカ。
「俺もラトリからちっとしか聞いてないが、お前と御舟汐は、それなりの付き合いなんだろ?」
「ん、まあ……」
 と言っても、まだ二年足らずだが。
 しかしその二年足らずの時間なら、汐が夕陽のことを知るには十分な時間だ。
「俺の見立てでは、あいつはお前らの中で一番洞察力と理解力に優れている。恐らく、二年もあればお前の弱点なんて全部お見通しだ。それはプレイングだけじゃなく、デッキの組み方そのものにまで及んでいるはず」
 だが逆に、夕陽は汐のことを知らない。特に、アウトレイジを使用する彼女は、今年初めて知ったもの。さらにそこに、オラクルによる変化をつけたのだから、対応できるはずもない。
「……だったらどうするって言うんだ。まさかこのみや光ヶ丘のデッキを借りるわけにもいかないし、そもそも二人のデッキを僕が使いこなせるとも思えない」
 二人は二人専用の構築で、二人にとって最も使いやすいベストな形に仕上げている。デッキのクオリティ自体は悪くないだろうが、それを夕陽が使ったところで、その力を十分に発揮することはできないだろう。
「大丈夫だ、俺に考えがある」
「なんだよ、考えって」
 しかし自分から言い出すだけあって、ルカはちゃんと考えていたらしい。とはいえこんな性格なので、あまり期待はしていない。
 そしてルカが提案する、考えとは、

「俺が作る」

「……は?」
 なにを言ってるんだこいつは、と言いたくなるが、言葉が出ない。そしてルカはなにを思ったのか、再び口を開き、
「だから、俺がお前のデッキを作ってやるんだ。それ以外の解釈があるか?」
「……えーっと……」
 今それ以外の解釈を探しているのだが、しかしいくら探せど考えど、答えは見つからなかった。
「安心しろ、俺はこう見えても人を見る目はある。それにお前とは二度も戦ってるからな、お前がどういう文明、どういう種族、どういう戦法を得意としているかは理解したつもりだ。あとはそれを、御舟汐の思いもよらない形に仕上げるだけだ」
「いや、簡単に言うけど、そんなことできるのか?」
 夕陽の得意な文明と種族と言えば、火文明のファイアー・バードやドラゴンだが、夕陽もデュエマ歴は長い、その手のデッキは作り尽くしたと言っても過言ではない。火文明のドラゴンが絡めば即興でデッキを作り、それなりの結果を残すことができるほどだ。
 それくらいファイアー・バードとドラゴンに精通した夕陽に使わせるデッキで、汐の穴を突くなんて可能なんだろうか。
「大丈夫だ、任せとけ。デッキメイキングにも自信はある。それに、目には目を、歯には歯を、って言うだろ」
「なんのことかよく分かんないけど、それ、悪名高きハンムラビ法典の罰則だからな」
「そして無法には無法だ。後はお前好みの……ドラゴンか? を突っ込めば完成する。ほら、簡単だろ」
 夕陽の話などまったく聞いていないルカ。スイッチが入ってしまったのだろうか。
 とはいえ、彼のデッキの完成度は確かに高い。少なくとも、ルカ=ネロという男が使うにあたっては、この上ないほど適切なデッキと言える。それは夕陽も、そしてこの場にいるこのみも姫乃も分かっている。
 だから、半ばなし崩し的とはいえ、デッキはルカに任せることとなった。
「それはそれとしていいんだけど……なんで、僕たちにそこまでしてくれるんだ?」
「あん?」
「僕らは、一昨日のパーティーで会ったばかりだろ。お前にとっては対戦相手としていいのかもしれないけど、こんな風に手を貸してくれるなんて……」
 敵対しているわけではないが、友好条約を結んでいるわけでもない。赤の他人と言うと流石に冷たすぎるが、協力関係にはないはずだ。
「……俺はな、ラトリとはまた違う方向でだが、お前たちには注目してるんだ」
 それは、夕陽たちが実力者だから。自分が楽しむ相手として、注目している。それは間違いない。
「俺は、とにかく相手が強ければいい。が、同時に強くなっていく相手でもいて欲しい。【神格社界】も、今じゃ色んな奴らがいるが、元々はそういう組織だ。そしてお前らも、同じだろう」
 一人ではなく、複数でいることで、個々が強くなる。
「大勢で競い合い、切磋琢磨し合うのはいいことだ。俺があの組織でランキングなんてしてるのも、それを促すためだしな。だが、中にはそうでない奴もいるだろう。一人で、独学で、自力で強くなっていく奴もいるはずだ。それはそれでいいと思う。強くなれるのならな」
 だが、とルカは続け、
「お前たちはそうじゃない気がする。確かに、今の御舟汐はこの前俺が戦った時よりも強くなってるかもしれないが、その強さの天井はどこだ? 後どのくらい強くなる——どこで、その強さは止まる?」
 ある意味真理とも言える、強さの上限。強さというものを追い求める者が目指す場所。
 正に、最強。
 強さの頂があるのだとすれば、人は誰しもそこに辿り着けるのか。この答えを否とするのなら、人は必ず、どこかでその強さが止まる。
「お前たちにはどんどん強くなって欲しい。そのためには、強さが止まるなんてことはあってはならない。そしてお前たちは、一緒にいることでその強さが伸びていくと、俺は思っている。【神格社界】とはちっと違うが、それでも通じるところがあるからな、なんとなく分かるんだ……だからお前らが喧嘩してると、俺も不安不安で仕方ねえんだ。グループ一つで五人相手にできるのが、一人減って四人になったらつまんないしよ」
 最後の言葉でやや台無しになった感があるが、しかし、終始彼の言葉は本音そのものだった。
 その本音を、無下にすることができるほど、夕陽も嫌味な人間ではない。
「ま、そういうわけだ。俺も好きでやってるわけで、俺の利得を考えてやってることだから、お前もあんまり気にすんな。むしろ、手を貸してやるんだから頑張れよ」
「……ああ。ありがとう」
「例には及ばないさ」
 こうして、夕陽の目的は決まり、ルカによる協力も得られた。

 翌日、夕陽は汐の内包する闇を、知ることになる。



 《アポロン》を手に入れ、ひとまず帰宅した汐。これからどうしようかと考える一方で、このままどうにもならないのではないかと思っていた。
 あの様子では、自分の先輩に自白させるのはほぼ不可能。彼は汐のことなど見ておらず、《アポロン》が奪われることにしか反応していなかった。アルテミスとの同盟があると同時に、ある種の人質のようにして活用する予定だった《アポロン》も、これでは役に立たない。
 これからどうしようかと、闇の中を探るように家の扉を開くと、男の声が聞こえる。
「——……以上……すな……とはいえ、あいつは……だ……」
 この家の中で男の声と言ったら一つしかない。汐はその音源へと向かうと、そこにいたのは自分の兄——御舟澪が、受話器を握っている姿があった。
「……汐、帰ったのか」
 ちょうど受話器を下したところで、澪は汐の帰宅に気づいたらしい。
「どうしたのですか、兄さん。なにやら不機嫌そうな声でしたが、今の電話はどちら様ですか」
 いつもポーカーフェイスで声のトーンも一定を保っている澪だが、妹である汐には、その声に苛立ちやら怒気やらが含まれていることは察することができた。
 澪はそのポーカーフェイスのまま、心中では苦虫を噛み殺したような表情を浮かべ、口を開く。

「……母さんだ」

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.490 )
日時: 2014/03/05 23:18
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「お母さん、ですか……」
 澪の電話の相手が誰かを知り、彼が不機嫌であることに納得する汐。
 同時に、なぜその人物から、今頃電話がかかって来たのかも、謎である。
 いや、その謎自体は容易に想像できる。そしてその想像は、当たっていた。
「正確には、母さんと父さんからだな。あの二人、また離婚したらしい……ったく、離れたりくっ付いたり、磁石かっつーの、あの二人」
 少し言葉遣いが乱雑になりつつある澪。それだけ、彼は機嫌が悪い——いや、怒っていると言ってもいいだろう。
 今の、夕陽に対する汐のように。
「離婚ですか……では、私は……」
「また母さんが引き取ることになった。だから、お前の苗字も変わることになる」
 実際のところ、親の離婚では子供の姓は影響を受けないのだが、しかし離婚後、子供が引き取った親と別姓ではいろいろと面倒なことも多い。なので、大抵の場合は子供と親は同性になる。
「だが、こう何度もコロコロ変えられたら、逆に鬱陶しく面倒だ。お前だって、今の学校では御舟汐だ。今更苗字が変わったらややこしいだろ」
「…………」
 否定はしなかった。確かに面倒だし、クラスメイトからも詮索されるだろう。だが、それでもそこまで面倒だとも思っていない。
 億劫ではあるが、そうなってしまっては仕方ないと、割り切れる程度のことだ。
「あっちはお前のためだとか思ってんのかもしれないが、ありがた迷惑にしか思えねえ……実際のところ、どうなんだ。お前も15だ、苗字変更の手続き自体は可能ではある。まあそこまでしなくとも、お前が拒否すれば向こうも無理強いはしない、だろ。たぶん」
「……私はどちらでも構わないですよ。御舟でもなんでも」
 自分の名前、ましてや苗字に、そこまでのこだわりは汐にはない。
 何度もこの苗字が変わっているからかもしれないが……と、そこでふと思った。
「これで、何回でしたか」
「もう数えるのも嫌になるが……お前が生まれてからは、小学二年生の時に一回、四年生の時に一回、お前が中学に上がる時にも一回離婚してる。離婚するたんびにすぐ再婚しやがるがな……仏の顔も三度までってやつだ、お前が生まれる前もカウントすれば、三度じゃ済まないがな。ま、流石の俺もそれには見かねて、お前をこうして引き取ったわけだが」
「…………」
 そう考えると、とんでもない両親だ。別の相手と再婚するのではなく、何度も何度も同じ相手と別れてはくっ付き、別れてはくっ付く。
 まあ、必ず母親に引き取られる汐としては、誰が父親であるのかはっきりするので、悪いことばかりではないが。
 とはいえ、それが良いことだとも思っていない。
「それで、苗字が変わるのはいいですが……それだけですか」
「いいや。俺が無理やりお前を引き取ったせいか、あの二人、特に母さんは、お前の顔が見たいとかぬかしやがった。だから一度、帰ってきてくれだとよ」
 なお、澪も父親から同じ申し出を受けたらしいが、
「行くかんなもん。俺はもうガキじゃねえし、あんな連中と好き好んで関わりたくはない。これ以上振り回されてたまるかってんだ」
 ということらしい。
 妹としても、同じ境遇にあったために澪の気持ちはよく分かる。汐も、程度差はあれど似たようなことを感じている。
 いつもの彼女なら、澪同様に行かなかったかもしれない。しかし自分のもう一つの姓が関わってくることだ。それは、自分の中に抜け落ちた記憶に、関わってくるはずなのだ。
 先輩である彼の問題は解決しそうにないが、しかしもう一つの問題。一昨日から汐の頭を悩ませている、欠けたた記憶の一部はどうにかしたい。
 鴨が葱を背負ってきたような申し出、と言うほど楽観的にもなれないが、自分が月夜野汐であったはずの中学一年生の一年間は、再び月夜野汐となることで、戻ってくるかもしれない。
 これが希望的観測、淡すぎる希望を抱いていることは百も承知だ。
 だがそんな淡い希望に縋りたくなるほど、今の彼女にはなにもなかったのも、また事実だ。
「で、どうする? 無理して行くことはない、急なことらしいから、明日来いとかふざけたことも言ってた。お前も明日は学校だろ。それに一応受験生だ。向こうから来ればいいものを横着しやがったような連中のとこに行く必要なんてない」
「……いえ」
 一応、行くですよ。
 と、汐は告げた。



「ふぅ……」
 自室へと戻り、汐はまず、明日のことを考える。
 汐の実家、母親たちが住んでいるだろう家は、この町、というかこの県からはさほど離れていない。かなり田舎で山の方ではあるのだが、デュエル・マスターズという娯楽が普及している程度には発展したところだ。
 本当に急な話で、汐も少々焦るが、しかしすぐに順序立てて明日の予定を組み立てる。後で母親にも電話しておかなければならない。とりあえず、明日持って行くもの——日帰りは厳しそうだ、なら恐らく一泊することになるので、着替えも持って行かなくてはならない。
 と、その時。汐のデッキケースから一つの影が飛び出す。
「アルテミス……なんの用ですか」
「あなたにはなんの用もないわ。それより、お兄様は」
 アルテミスに言われ、汐は《アポロン》のカードを取り出す。四連続の《トンギヌスの槍》を受け、相当なダメージを受けているのか、カードから出てくる気配がない。
「先輩に対してはともかく、アポロンには少々やりすぎた感はあったですよ。すみませんでした」
「……その点に関しては、アタシも少しあなたに恨みを抱いていなくもないけど、お兄様は強いから、あのくらいはやらないと逃げられそうだし、仕方ないってことにしておくわ。それより、まずはあの人間にかけられた洗脳を解かないと」
「…………」
 汐も夕陽がアポロンを洗脳していたとは微塵も思っていないが、アルテミスは本気のようだ。どうやってその洗脳を解くのか気になるところではあるが、どうせ無意味だろうと思う。
 だが止める理由もないので、とりあえず勝手にやらせておく。止めても無駄だろう、という思いもある。
「そうだ……あなた、ちょっと気になることがあるんだけど」
「気になること……なんですか」
 アルテミスは、基本的にアポロンのことしか頭にない。なので、そのアポロン以外のところに意識を向けるということに、汐もほんの少しの興味をそそられる。
「やっぱりあなたは他の人間とは違う……アタシが人間に対して初めて抱いた興味よ。誇りなさい」
 だが、前置きで語られたのはそんな言葉。褒められているのか貶されているのかよく分からない言い分ではあったが、とりあえず黙って聞いておく。
「昨日の夜、あなたと同盟を締結して、あなたが寝静まった時にあなたの中に入ったんだけど」
「ちょっと待ってください。なにか奇妙なワードが聞こえた気がするのですが」
 中に入った、という一文を聞き逃す汐ではなかった。まだ本題ではないようだが、そこは真っ先にはっきりさせておかなくてはならないことだろう。
「ま、中に入ったと言っても、ちょっと憑依したようなものよ。今日はアタシは戦わなかったけど、一応、同盟を結んで共に戦う相手だし、どんな人間なのかを知っておく必要があると思ったのよ。大丈夫、体に害はないわ。寝てる間だから、昨日アタシが憑依してた男みたいにもならないし」
「あんなゾンビさんと同じにされたくはないのですが……まあ、とりあえず納得したですよ。それで、なんですか」
 知らぬ間に得体の知れない(とも言えないか)存在に体を乗っ取られていたと思うとぞっとしない。しかし特に異常はないようなので、とりあえず飲み込んでおく。
「あなた、記憶の一部が欠落してるわね。記憶喪失、っていうんだっけ? 小さな範囲の記憶だけど、一定の期間の記憶が抜け落ちているわ」
「……そうですか」
 それは既知のことだ。いや、欠けている部分は未知の領域だが、欠けている、ということについては既知だった。
「まあ、だからどうしたってわけでもないけど、その傷がちょっと特殊なのよね……あなた、クリーチャーにやられたことって、ある?」
「クリーチャー、ですか……いいえ、クリーチャーには、ないです」
 青崎記や、先輩と呼ぶ彼との対戦では惨敗だったものの、クリーチャーとの戦いで負けたことはない。
「そう……じゃあ、その記憶ごと失くしてるのかしら……」
「どういうことですか」
 汐が問うと、アルテミスは普通に語り出した。もったいぶる気もないようだ。
「あなたの記憶を欠落させている傷は、アタシの見立てではクリーチャーによるものよ。たぶんあなたは、どこかでクリーチャーに負けたか……もしくはなにかの拍子に大きな傷を受けて、その時の記憶を失っていのだと思う」
「クリーチャーによる、傷……」
 汐の欠けている記憶は、中学一年生に上がってから、東鷲宮中学に転校するまでの一年間。ちょうど、この町ではなく、別の地で生活していた時のことだ。
 一人で、生きていた時のことだ。
(その時の記憶はまったくないです……中学一年生の時点で覚えていることと言えば、お母さんやお父さんの反対を押し切ってどこかのデュエマの専門学校に通って、凄い先輩たちがいて……それで、お母さんとお父さんも再婚して、私が実家に戻されそうになったのを、兄さんが引き止めて、兄さんと一緒に暮らすようになって……この町へ来て——)
 いや、ちょっと待て。
 この町へは、どうやって来たのだ。
 電車か、新幹線か、飛行機か、船舶か——思い出せない。
 学校の名前も、先輩たちの姿も、なにも。
 ただ、ぼんやりと、靄とノイズとスクリーンが同時にかかったような映像が浮かんでくる。そこに浮かぶのは、自分と似ているような気がする人影と、姿のはっきりしない異形の怪物たち。しかしその怪物たちに、抵抗感や嫌悪感はない。むしろ、共に戦ってきた仲間のようにすら感じる。
 まるで、デッキの中にいる、クリーチャーたちのような。
「……前々から、変だとは思っていたのです」
 クリーチャーが実体化したり、変な空間でデュエルが行われたり、“ゲーム”に巻き込まれた当初、現実離れした現象に驚きを禁じ得なかった——はずなのだが。
 普通の感性なら驚くだろう。夕陽は珍しくその場の勢いに乗ったようだが、このみでもない限り、クリーチャーが実体化したり、ダメージがフィードバックしたり、そんな現象を目の当たりにして、戸惑わないわけがない。それこそ、姫乃のように事前の覚悟があったのなら話は別だが。
 だが、もし、その覚悟が、無意識のうちに汐にあったとしたら。こうして“ゲーム”に関わる前から、似たような状況に置かれ、同じ覚悟を決めていたとしたら。
 もっと言えば、汐はそれらの現象に対して、驚くほど驚きがなかった。どこか慣れているような——言い換えれば、それらの現象を知っているような。
 そんな感覚に、囚われていた。
「まあ、あなたの記憶については、正直どうでもいいんだけど、そこらのクリーチャー程度に負けるような弱者は必要ないって言いたかったのよ。ま、でも、今日の戦いは悪くなかったわ。あなたの身体の適合具合もいい感じだし……まあ、要らぬ心配だとは思うけど」
 自分で振った話を、自分で切り上げるアルテミス。
 汐もその記憶を辿るのを、そこで止めた。


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