コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.51 )
日時: 2011/03/19 11:19
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

撮影の準備が整い、健人と雪見に声がかかる。

「じゃ始めますので健人くんと雪見さんは、まず中央にお願いします。
あ、その辺でいいです!最初は二人とも、こっちに目線下さい!」

カメラマンの阿部が、早速撮影を開始した。


雪見はみんなの注目を浴びて、心臓が爆発しそうな状態だった。
まったくもって、地に足が着いている感覚が無く、
ふわふわと宙に浮いているかのようである。

顔にしたって、どんな顔をすればいいのか、
はたまた今自分は、一体どんな表情をしているのかさえ
全く解らなかった。


「雪見さーん!普通でいいですよ、作らなくていいです。
最初は無表情のカットが撮りたいんで、目線だけこっちにください!」

「あ、すみません!わかりました!」

阿部の注文に、雪見が慌てて顔を作り直す。


「ゆき姉!どうせなら俺と二人で、最高にかっこいいグラビアに
仕上げようよ。もっと、自信を持って大丈夫だから!
今日のゆき姉は、俺が今まで見た中で一番綺麗なゆき姉だよ!」

健人が前を向いたまま、雪見に話しかける。


「今までで一番綺麗でも、明日になったら元通りで
がっかりさせちゃうね。ま、一生に一度のことだろうから、
この変身ごっこを思いっきり楽しまなきゃ損か!
よーし!じゃあ世界で一番綺麗でかっこいいカメラマンに変身!」


そう笑いながら雪見が言った瞬間から、まったく違う雪見が現れた。

カメラのファインダーを覗いていた阿部は、女優のように
表情が一瞬で変化した雪見に驚いていた。

どんな注文にもすぐに反応し、健人と共に息の合ったポーズを決める。

後ろで見守っていた吉川を始め今野、牧野、進藤も
その変化にすぐに気づき、息を呑んで雪見の姿を見つめた。

さっきまでの、視線が定まらなくおどおどとした雪見とは別人で、
まるで女優かトップモデルかのような、堂々とした振る舞いである。

見ていた全員が、雪見は女優の経験があるのではないか?
と思いながら見ていた。


その時、吉川が動き出した。

「悪いが大至急、『シャロン』の編集長を呼んできてくれないか?
吉川が、どうしても見せたいものがあると言ってると伝えてくれ!
大至急来い!とな。」

吉川が牧野に伝言を託す。
牧野は「はい!」と答えて、急いでスタジオから飛び出した。


「これは、大変な宝石を掘り当てたかも知れないぞ…。」

吉川が、誰に言うともなくつぶやく。



程なくして牧野が、三十代向けファッション誌『シャロン』の編集長
北村を連れて戻ってきた。

吉川が、「お疲れ!悪いな、忙しい時に。まぁ彼女を見てくれないか。
とんでもない大発見をしたかもしれんぞ、俺は!」と
興奮気味に北村に声をかけた。

北村も、一目雪見を見たあとに「誰なんだ、彼女は!」と色めき立つ。


スタジオの真ん中だけが健人と雪見によって、オレンジ色の
太陽のような熱いエネルギーと光を放っていた。


北村が、雪見の隅々を観察する。

身長156㎝、体重47㎏ぐらいか。
胸まである髪には、ゆるやかにウェーブがかかり
ふんわりと顎の下あたりで二つに結ばれている。

生成り色のオーバーワンピースに、下から白いアンティークレースの
ペチコートがのぞいていた。

足元は、生成のくしゅくしゅなルーズソックスに
焦げ茶色のサボを履いている。
手にはコサージュの付いた、大きめなカゴバッグ。

すべて雪見の好きなテイストでまとめられていて、
それを着こなす雪見はとてもナチュラルだった。
可愛い大人の少女といった雰囲気で、健人の二、三歳年上の彼女、
といった印象を受ける。


着こなしもさることながら、みんなが注目したのはその豊かな表現力。

お互い小声で、「雪見さんって元女優さんだったのかな?」
とヒソヒソ。

カメラマンの阿部も、イケメン俳優とアイドル女優の撮影をしてるかと
錯覚を起こすような二人であった。



健人と雪見は、違うカットを撮るために一旦セットから離れた。

その間にアシスタントの二人が、大急ぎでセットを転換する。
今度はカフェテーブルと椅子が用意され、
小粋なパリのカフェテラスがスタジオに再現された。


二人にカフェオレが用意され、再びセットの中へ。

今度は健人と雪見に、いつものように自由なおしゃべりをしてもらう。
写真だけを使うので、話の内容は関係ない。

撮影中といえども、大好きなカフェオレを飲みながらの
大好きな健人とのおしゃべりは、やっと雪見を元の雪見に戻し、
無我夢中でこなしてきた撮影に、ホッと一息入れることのできる
貴重な時間であった。


「どう?疲れてない?」 健人が雪見を真っ先に気遣う。

「私なら大丈夫。健人くんこそ、ここんとこ忙しいから疲れたでしょ?
今日はなんか美味しい物、食べに行こうか。」

「うん!さっき餃子が食べたい!っておまじないしたじゃん。
ほんとに餃子が食べたい!どっか、美味しいとこ知ってる?」

「知ってる知ってる!前に本で見て行ってみたんだけど、
そこにね、クロたんって言う看板猫がいるんだよ!
餃子はもちろん美味しかったし、あんかけ炒飯も絶品だった!」

「絶対そこ行きたい!俺、疲れてきた時って何故か無性に
餃子が食いたくなるんだよね。それに、猫にも会いたくなる。
コタとプリン、元気にしてるかなぁ…。
あ!そうだ!さっきみんなに配ったコタとプリンの写真集、
なんで小さかったの?また作ったの?」

健人が、口にしかけたカフェオレカップをテーブルに下ろし、
ずっと雪見に聞きたかった事を思い出したように聞いた。


「あぁ、あれね。
健人くんが毎日大事そうに、コタとプリンの写真集持ち歩いてるけど
なんか大きいサイズで作ったから、持ち運ぶには不便かなと思って。
鞄に入れやすい大きさにして作り直してみたの。
あとで健人くんにもあげるね!」

「やった!さすが、ゆき姉だね。あの写真集のお陰で、
あっという間にみんなにもうち解けたし…。
やっぱ、俺の自慢の彼女だよ、ゆき姉は。」

健人がほおづえを付きながら、雪見の目を見て言った。


「ありがと!もちろん健人くんも、自慢の彼氏だよ!
本当に自慢出来ないのが悔しいけど。」

雪見も健人を見つめながら、ほおづえをついた。



二人の様子は誰の目にも、パリのカフェテラスで愛を語らう
恋人同士にしか映らなかった。









Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.52 )
日時: 2011/03/20 07:53
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

グラビアの撮影は、最後に衣装を替えてもうワンシーン行なわれた。


「はい!じゃあまた、一番最初に撮したのと同じ立ち位置で
お願いします。表情的には笑顔で!」

カメラマン阿部の指示で、健人と雪見はセットの中へと入る。


最後の衣装は、実際にお互いが仕事場へ着て行く服に近い衣装が
用意された。

健人は、黒の細身なパンツに黒のエンジニアブーツ、
上は白いロングTシャツに、黒とグレーの大きなギンガムチェックの
サテン地のジレ。首には薄茶色のストールを巻いた。

雪見は、明るめなモスグリーンのカーゴパンツに
ベージュのワークブーツ、
上は、グリーンと茶のチェックのボタンダウンシャツを
腕まくりして着る。手には愛用のカメラを持って。
髪は、先程の少女チックな二つしばりから一転、
いつも雪見が野良猫の撮影に出かける時と同じに、
高い位置でのアップスタイルに変身した。


「まったくこんな格好です、いつもの仕事着は。
野良猫を撮しながら結構ヨレヨレになっちゃうんで、
服装だけは、多少ヨレてもそこそこ、かっちりした格好で出掛けます。
まぁ、草の上に腹這いになったりするから
さすがに真っ白いシャツは着て行かないですけど。

それにしても、凄いですね!スタイリストさんって。
ほんの少しの情報から、その人にピッタリの服を選んでくれる。
ヘアメイクさんだって、一瞬の判断力でその人に似合うメイクや
ヘアスタイルを決めちゃうんだから!
私には、とっても無理な職業。進藤さんと牧田さんを尊敬します!」

ヘアメイク室の鏡の前で、髪をアップにしてもらいながら
雪見が進藤に話しかける。


「雪見さんだって凄いじゃないの!
野良猫を追って、一人であっちこっちに撮影行くんでしょ?
三、四人でなら行けるかもしれないけど、一人でなんて無理!
私こそ雪見さんを尊敬しちゃう!」

進藤が笑いながら雪見にそう言う。


「なに言ってんですか!
私なんて、独り身だから勝手気ままに暮らしていけるけど、
進藤さんも牧田さんも、お子さんがいてのこの仕事でしょ?
時間も不規則そうだし、家庭との両立って大変じゃないですか?」

「うーん、大変と言えば大変なのかも知れないけど…。
でも、そもそも『大変』って基準は、人それぞれの価値観から
来てると思うのね。
その人が今まで体験してきた事を基準にして、その人の感じる
大変さ加減が決まる、と言うか…。

私、下積み時代にもっと大変な思いを一杯してきたから、
今、子供がいてダンナがいて、それで好きな仕事ができるのは
たとえ時間のやり繰りとかが大変だったにしても、
私の中では、これは大変な部類には入らないの。

だから、『大変な思いをする』って、とても大事だと思うんだ。
今日、これが大変だと思ってた事が、明日それ以上の事を体験すると
もうその前日の大変さは上書きされて、『大変』ではなくなってる。
人生その積み重ねで、人は強くたくましくなって行くんだなぁって。」

「やっぱり、母は強し!ですね。
私も早く、たくましいお母さんになりたいなぁー。」

「雪見さん、33歳だっけ?子供を産むには丁度良い年頃ね。
人生経験がしっかりあると、多少のことでは動じない母になれるよ!
誰か、相手はいないの?お父さんになってくれる…。」


進藤は、わざと意地悪な質問をしてみる。

実は、このプロジェクトメンバー四人は、すでに吉川から
健人と雪見が恋人同士だと聞かされていた。

吉川と今野の判断で、この四人にだけは話しておいた方が
不測のトラブルにも対応できるだろうと言うことで、
昨日の時点で話し合われた。

プロジェクトの人選も、そこを考慮して行なわれている。

『ヴィーナス』編集部にはたくさんの二十代女性が働いていて、
みんなが健人ファンなので、たくさんの立候補があったのだが、
その人達をメンバーに加えると、必ず雪見に嫉妬する人が出てきて
前の噂の二の舞になってしまう。

なのであえて二十代は外し、全員三十代後半の既婚者で揃えた。
その方が、何かと二人にアドバイスも出来るだろう。

もちろん健人と雪見は、二人の関係を知っているのは吉川だけ、
と思い込んでいる。今野さえ知らないと思っていた。


「えーっ!結婚相手ですかぁ?いませんよ、そんな人!
いたらいつまでも、放浪の旅はしてませんって。」

「雪見さんだったら、男の人がほっとかないでしょ?
こんなに可愛い人が彼女だったら、毎日一緒に居たいと絶対思うよ!
でも、そんな彼氏がいたら、健人くんがやきもち妬いちゃうかな?」


雪見はドキッとした。

なんて答えようか、迷った。


「うーん、どうだろう?健人くんはあんなに人気者だし、
彼女だって、選り取り見取りでしょ?きっと。
私なんて、健人くんの年の離れたお姉ちゃんみたいなもんだもの。
やきもちなんて、妬きませんって!」


自分で声に出して言って、自分で『あぁそうだよね。』と思う。

健人は、選り取り見取りの中から、なぜ私を選んだんだろう…。
今まで浮かれてて、そんなことは深く考えてはみなかった。


健人の彼女は、本当に私でいいの?

もっと私よりふさわしい人が、この世にはいくらでもいるんじゃない?

私と一緒にいて、健人は幸せになれるの?



頭の片隅に出かかっている答えを、今は無視しなければならない。

まだ撮影は続いているのだから…。









Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.53 )
日時: 2011/03/21 10:29
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

セットの中央に立つ雪見は、もはやプロのモデルであった。

スタート時の雪見は、もうどこにもいない。
写真を撮られ慣れてる健人と、同等の仕事ぶりだった。

見守るスタッフ達も、安心して二人を見ている。


「はい!じゃあ次は、『イケメン俳優vs美人カメラマン』の対決!
みたいな表情でお願いします!」

カメラマン阿部の注文に、すかさず二人が反応する。


「えーっ!まさか本当に、そんな恥ずかしいタイトルが
付くんじゃないですよねぇ?
そんなの載ったら恥ずかしくて、友達に合わせる顔がない!」

雪見が叫ぶと、阿部はスタジオの後方を指差し

「それは吉川さんに言って!」と、笑っていた。


健人も吉川に向かって、
「俺も恥ずかしいっすよ!親戚中の笑い者になっちゃう!」

と言うと、雪見が口をとがらせ健人に、

「ちょっとぉ!それはあんまりでしょ!言い過ぎだから!」
と、怒ってみせたあとに大笑いした。


「ほんと、うちの母さん、なんて言うかな?
健人くんちのおばさんや、つぐみちゃんもビックリだよね。」

雪見がそう言うと、

「俺は、早く見せてやりたいな。
きっと、お似合いだよ!って、言ってくれると思う。」と、健人。


「お似合い!って、まさか、おばさんに話しちゃったの?」

雪見が声をひそめて健人に問いただす。


「いや、話してはないさ。でも、前から気づいてると思う。」

「ええっ!そうなの?しばらく顔を合わせられないや。
どんな顔してればいいのか、わかんない…。」


雪見は、急に憂鬱になり笑顔が消えた。

さっきメイク室で思い悩んでいた事を、思い出していた。
お互いの親が、二人の関係をどう思うのか…。
それこそ、一番考えたくはない事項であった。



「はーい!あと少しだから頑張って!
二人とも正面向いて、対抗心剥き出し!って顔して。」

阿部の声に雪見は我に返り、とにかく今は何も考えずに
この仕事に集中しようと、気合いを入れ直した。


「じゃあ今度は、雪見さんがカメラを構えて健人くんを撮して!
いつもやってるのと同じようにね。自由に動いていいよ!」

その声を合図に健人と雪見は、また違う表情を見せ始めた。


雪見が構えるカメラに対して健人は、阿部に見せる表情とは
まったく違う表情を見せる。

そこで撮影の様子を見ていた誰もが、
目の前にいる健人は、先程までの健人と瓜二つではあるが、
別人にすり替わっているのではないか、と思う程だった。


雪見にしても同じである。

水を得た魚のように、実に生き生きと伸びやかに
阿部とは正反対の撮影スタイルで健人を写し出して行く。

みんなの目にはその光景が、いたずら子猫を撮す雪見の姿に重なった。


愛に溢れる瞳で被写体をのぞく。
柔らかに包み込むように…。両手を広げて抱きしめるように…。

二人のお互いを想う気持ちが、周りの誰にも伝わってきた。


「あの二人、うまくいくといいね。」

誰からともなく、そんな声が漏れてくる。

「ほんとだね。でも、私たちがしっかりとガードしてやらなくちゃ。
これが載ってからが本当の正念場だよ。」

「気を引き締めていこうね!」

プロジェクトメンバー達が、お互いのミッションを確認し合う。
みんなが健人と雪見の幸せを祈っていた。



「はーい!お疲れ様でしたぁ!撮影終了でーす!」

阿部の宣言に周りから拍手がおこり、二人の頑張りをねぎらった。


スタジオの後ろから吉川が、北村と共に二人の前に駆け寄る。

「いやぁ、素晴らしかったよ!先にお礼を言っておかなくちゃ!
次の『ヴィーナス』は二人のお陰で、大反響間違いなしだ!」


吉川が顔をくしゃくしゃにしながら、大きな声で笑った。

その隣で北村が、「おい、俺を紹介しろ!」と背中を叩く。


「あぁ、失礼!こちらは『シャロン』の編集長、北村君だ!」

「初めまして。北村と言います。」 名刺を雪見に差し出した。


「あ!私、毎月『シャロン』買ってます!
グラビアの背景がいつも凝っていて、凄く楽しみにしてます!」

「いやぁ、それは嬉しい!あなたみたいな人が、うちの読者だなんて!
しかも、うちの編集部のこだわりを、ちゃんと見ていてくれるなんて
さすがにカメラマンさんは目の付け所が違う!」

北村が手放しで喜ぶ。

そして雪見と健人に向かって、『シャロン』にも二人で出てくれないか
と聞いてきた。もちろん、健人の写真集の告知も約束した。


「えぇ、まぁ…。僕はかまわないですけど、
仕事の話はマネージャーにお願いできますか?」

健人が北村に、微笑みながらそう告げる。


「あぁ、失敬!そうだね、二人に頼んだって仕方なかった。
でも、是非ともうちにも出ていただきたい!
特に雪見さん!あなたにはうちの専属モデルになって欲しいくらいだ!
どうでしょう。考えていただけませんか?」

北村の突然の話に、健人も雪見も驚いた!


「ちょっと待って下さい!それは無理です!
私は健人くんの写真集が終わったら、
またフリーのカメラマンに戻るつもりですから!」


また言っている、と健人は急に寂しくなった。

楽しかった撮影から一転して、心の中が不安でいっぱいになり、
雪見のいない一人きりの仕事場を思うだけで、気持ちがふさいだ。


どうしたら、雪見とずっと一緒にいられるのだろう…。

この二人の時間が途切れる十二月までに、なんとしてでも
答えを探さなくてはならないと、健人は雪見を見ながら思っていた。



「まぁ、仕事の依頼は健人くんの事務所を通してお願いするとして、
今日はお近づきのしるしに、みんなでこの後食事でもどうですか!」

北村が、どうしても雪見との縁を繋ぎたくてそう提案したが、
その言葉に雪見はキッパリと答えた。


「折角のお誘いですが、ごめんなさい!
今日はこの仕事が終わったあと、大事な人との約束が入ってるので。」

そう言いながら、視線を健人に移す。


健人は、まだ先程の雪見の言葉を引きずり、
下を向いたままで、雪見の視線など気が付きもしなかった。


雪見はなぜ健人が、そんな寂しげな横顔を見せているのか、
なぜ私の声が耳に届かないのかわからずに、
正体の見えない不安に襲われ始めた。


今は健人の心が読めない…。

雪見自身も自分の心が読めなくて、霧の中を手探りしている。


二人の心は、奥深い樹海の入り口にたたずんでいた。










Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.54 )
日時: 2011/03/22 06:52
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

グラビア撮影終了後。
雪見は元気のない健人のために、あることを思いついた。


「あ、牧田さーん!お疲れ様でした!
今日は本当にお世話になって、ありがとうございました!
みなさんのお陰で私、何とかなったでしょうか?」

雪見が、スタジオを出て行く途中のスタイリスト牧田を見つけ、駆け寄った。


「何とか、なんてもんじゃなかったよ!プロ並みだったから!
みんなで感心して見てたの。ねぇ、女優さんの経験なんてあった?」

「えーっ?女優さん?あるわけ無いじゃないですか!
学芸会でだって、お芝居なんてしたこと無いのに…。
それより、あの一番最初に着た服!
すっごく欲しいんで、私、一式買い取らせてもらってもいいですか?」

「ほんと?そんなに気に入ってくれたの?嬉しいなぁー!
もちろんOKだよ。昨日一生懸命、選んできた甲斐があった!
じゃ、メイク室に掛けてあるから、後から取りに来て!」

「あ、私、それ着て帰りたいんですけど、いいですか?」


雪見の言葉に、牧田はおっ?と思った。

さては健人と、このあとデート?ならば、手を貸してやらなくちゃ!


「なになに?あれ着て、どっか出掛けるの?
まぁ雪見さんのお陰で、撮影がスムーズに早く終わったもんね。
よし!あのオーバーワンピースは、私がプレゼントしちゃう!
これからもよろしく!って意味をこめて。
あ、その代わり、ペチコートとかはお代を頂くけどね。」

「いや、それは悪いです!ちゃんと全部買わせて下さい!」

「いいの、いいの!実はあれ、私の知り合いの店から
新商品のサンプルにタダでもらった物なんだ。
雪見さんが着て来月号に登場した途端、きっと凄い売れると思うよ!
知り合いにも、大量に仕入れておけって伝えなくちゃ!
それも雪見さんのお陰なんだから、遠慮しないで受け取って。

あ、そうだ。
今だったらまだメイク室に、進藤ちゃんも片付けして残ってると思う。
どうせなら、髪もさっきみたいにしてもらいなよ!
私が頼んであげるから。」

牧田が笑顔で雪見に言った。


「本当ですか?ありがとうございます!
じゃあ、あれ着て街歩いて、宣伝してきますね!」

「あ!でも、相当注目浴びると思うから気をつけてね!
なんせ、あの格好の雪見さん、可愛くて目立つから!
服はナチュラルテイストだから、目立たないはずなのにね。
もう帰れるなら、一緒にメイク室に行こう。」

「はいっ!」


雪見は牧田と一緒にメイク室に戻り、最初に着た衣装に着替えてから
ヘアメイクの進藤に、アップの髪を下ろして二つにしばり直してもらう。


「はい、完成!やっぱ可愛いよ、雪見さん!
とても三十代には見えない!この髪型のせいかなぁ。
ジーンズにも似合うと思うから、今度やってみてね。」

「ありがとうございます、進藤さん!
牧田さんも、また来月お世話になります。
今日は本当に、ありがとうございましたっ!」

雪見が、二人に向かって丁寧にお辞儀をした。


「さぁ、準備が出来たら早く行って!お連れ様が待ってるよ!」

牧田の言葉に雪見は小さく首をすくめ、照れ笑いをしながら
メイク室を出て行った。


「でもさぁ、あの二人がこんな明るい時間に、あの格好で出歩いたら
どうなると思う?」

牧田がコーヒーを飲みながら、進藤に聞く。


「そりゃ相当、ヤバいでしょ?
まぁ、健人くんはいつも通りの変装をしてるだろうけど、
雪見さんが目立つよね、きっと。
なんであんなナチュラルスタイルなのに、目立っちゃうんだろ。
やっぱ、素がいい人って、なに着ても目立つんだね。
服のせいじゃないんだわ。
私なんて、どんな派手なかっこしても目立たないもん!」

「ほんとだ!私もいくら派手なかっこしても、
街で囲まれたためし無い!すべては素材の善し悪しってわけだ!」

そう言って、二人は大笑いした。

健人と雪見の無事を祈って…。




「お待たせっ!へへっ。これ買っちゃった!」

健人の目の前に、さっきの感動的に可愛い雪見が現れ、
またしても健人の瞳はうるんで来始めた。


「ねぇねぇ、どうしちゃったの?なんか今日は変だよ!
嫌な事でもあった?」

雪見が心配そうに、健人に聞いた。
撮影の終わった後に見せた、うつむいた横顔も気がかりだった。


「いや、なんにもないよ。ただ、ゆき姉の可愛さに感動してるだけ。」

「だったらいいけど…。」

「おいおい!否定はしないのかい。」

「だって、本当に可愛いって思ってくれてるんでしょ?
この格好なら、健人くんといくつ違いに見える?」

「うーん、五つ違いぐらい?」

「えーっ?たったのそれだけ?七歳しかサバ読めないか…。」

「どんだけ年ごまかしたいのさ!いいんだって、そのままで!」

健人が久しぶりの笑顔でそう言う。


「だって…。お姉ちゃんじゃなくて、彼女に見られたいから…。
健人くんが、おばさんと歩いてるなんて、思われたくないから…。」

雪見の言葉に、健人の胸はぐいっと痛んだ。


「いっつも、そんなこと考えてるの?
俺、ゆき姉と付き合い出してから、一度だってそんなこと
考えたことないよ!
俺が好きになったのは、十二歳年上のゆき姉なんだから!」

思わず声が大きくなってしまい、当の健人も慌てた!
ここはまだ、出版社の社内。


「もう!健人くん、声が大きい!とにかく、早くここを出よう!」

二人はそそくさと逃げるように、その場を立ち去った。



外に出ると、まだまだ陽は高い。
久しぶりに明るいうちに仕事が終わった。

「ゆき姉が頑張ったお陰だね。
じゃあ今日はご褒美に、ゆき姉が行きたい所に全部連れてってあげる!
まず、どこに行きたい?」

健人が雪見の顔をのぞき込む。


「ほんと?全部、付き合ってくれるの?やったぁ!
なんか、デートみたいだね!」

「俺たち、付き合ってるんだからデートでしょ!
さ、いいから早く決めて!こんなとこにいても時間がもったいないよ。
どこに行きたいの?」

「じゃ、最初は原宿!健人くんがスカウトされた現場を見てみたい!」

「なんで?そんなとこ見て、楽しいか?」

「私の知らなかった間の健人くんを、埋めていきたいの。
俳優になってからの健人くんは、すべて知っておきたい!」

「ふーん。ま、いいや。
ゆき姉がそんなに言うんなら、久々に行ってみますか!原宿へ!」

「レッツゴー!」


雪見は嬉しくて仕方なかった。
大好きな健人との、久しぶりのデート。ウキウキしている。


だがこの先は、すんなりとデートが進むはずはなかった。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.55 )
日時: 2011/03/22 14:12
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

平日の原宿、午後三時。
すでに学校帰りの学生達に占拠され、ごった返している。

「ちょっと、ヤバくね?
俺、このかっこでも見つかる可能性大だ!
俺のスカウトされた場所を見たら、とっとと退散した方がいいよ。
買い物は違うとこでしよ!」

「そうだね、時間的にまずかった!早いとこ、移動しよう。
で、どのあたり?健人くんがスカウトされたのは?」

「こっちこっち!高二の夏休みに初めて原宿に買い物に来て、
ここの角で信号待ちしてたら、うちの事務所にスカウトされたんだ。」

「へぇーっ、そうなんだ!凄いね、こんな人混みの中から
健人くんを見つけ出したスカウトさんって!
その時、一歩早く信号を渡ってたら、今の斎藤健人はいなかったよね。
絶対に運命だったんだ。私、そう言う運命って信じてる!」

「っつーか、ほんとにヤバいよ!
あそこにうちのスカウトさんがいる!見つかったらヤバいって!
早く逃げよう!!」


健人が雪見の手を取って走り出す。

健人と雪見は、指名手配犯が警察の張り込みから逃れるように
人混みに紛れて、その場を脱出した。



「ひゃあーっ!なんとか見つからないで済んだ!よかったぁ!
もし、あの人がこっち向いてたら、一発でバレたと思う。」

「そうだね、この人混みじゃ反対に健人くんの変装が目立っちゃう!」

健人と雪見は、取りあえずタクシーに飛び乗った。


「いくら花粉症といえども、おっきいマスクと黒縁眼鏡に黒の帽子は、
この暑さの中じゃ確かに目立つわ。」

「俺、走ったから余計暑くなったよ!もう、やだ!マスク!」

「でも、マスク外して歩いたら、絶対すぐ見つかるって!
どっか、見つからないとこなんて、ある?」


その時、タクシーの運転手さんが一言。

「あのぅ、行き先はどちらでしょう?」

「は? あっ、そうか!まだ言ってなかった。すみません!
そうだ、いいとこがある!
運転手さん、南青山までお願いします。」


健人がどこか思いついた様子で、やっと行き先を告げた。


「どこ行くの?健人くん。南青山だって、今の時間は凄い人だよ!」

「予定変更!買い物はまた今度でいい?」

「うん、別にいいけど、どこ行くのか教えてよ!」

「当麻に教えてもらった、秘密の猫カフェ!
会員制で紹介状がないと入会出来ないんだって。
この前、事務所で当麻に紹介状書いてもらったから、行ってみようよ。
なんかね、本屋の地下に洞窟みたいなとこがあって、
その入り口は会員以外はわからないとこにあるらしい。」

「なんか、外国のスパイ映画かなんかみたい!
本当に日本にそんなとこ、あるの?」


雪見はどうも、健人の話を半信半疑で聞いている。

健人にしたって、行ったことがないから想像がつかないが、
当麻から「絶対に行ってみろ!ハマルから!」と再三力説されて、
まぁ、当麻が言うくらいだから、取りあえずは
怪しい場所ではないだろうと、行ってみたい気持ちになっていた。


「ペア会員ってのがあるらしくて、その方がお得だから、
ゆき姉と一緒に行けって言われてたんだ。」

「えっ!当麻くんに、私のこと話したの?」

「俺の一番の親友だもん!
付き合う前のゆき姉の話も、全部聞いてもらってる。」

「なんか恥ずかしいな!あんな有名人が私のことを知ってるなんて。」

「ちょっとちょっと!今ゆき姉と手をつないでる隣の人も、
一応負けないぐらいの有名人なんですけど…。」


健人が雪見の顔をのぞき込むが、マスクと眼鏡が怪しくて
雪見は思わず笑ってしまった。


「で、ペアでお得って、一体いくらなの?」

雪見の質問に、健人はさらっと「十万。」と答えた。


「じゅうまん?嘘でしょ!そんな高い猫カフェって、有り?
絶対、怪しいでしょ!猫カフェだよ?猫カフェ!なに、その会費!」

「だからぁ、普通の猫カフェじゃないんだって!
会則の一条が、『絶対に他人に干渉するべからず。店内での他人の
様子を口外した者は、罰金一千万に処す』だって。」

「なにそれ!普通じゃないでしょ、どう考えたって!
変なとこには近寄らない方がいいんじゃないの?やめといた方が…。」

「大丈夫!ちゃんと当麻に話は聞いてるから!
そこね、名前は伏せてるけど、芸能界の大物がオーナーらしくて、
会員は芸能人とか有名人とか、顔の知れてる人ばっかりらしい。
まぁ、中にはお金持ちの社長さんみたいな人もいるみたいだけど。

ほら、有名人って、どこに行っても周りの目が気になって、
自分ち以外ではくつろぐ場所が無かったりするでしょ?
で、それを身をもって体験してるオーナーが、
街の中でもくつろげる場所を作りたいって始めたのが、そこってわけ。
猫が大好きだから、『秘密の猫かふぇ』って名前にしよう!って。」

「えっ?それって店名だったの?そのまんまじゃん!
でもさ、そんな所に芸能界とは何の関係も無い私が、入れるの?」

「片方が芸能人なら一緒にペア会員になれるんだ。
ただし、誰でもいいわけじゃなくて、夫婦か恋人に限定されてるけど。
だから、ゆき姉は大丈夫!俺の彼女だもん!」


俺の彼女!と言う響きは、何度聞いてもくすぐったい言葉だったが、
健人の口から直接言われると、安心してその日一日を
過ごせる気がした。


「ねぇ、でも今日、そんなにお金持ってないや。カードは使える?」

「いや、現金払いだって。いいよ、俺が払うから。
今日はゆき姉が行きたい場所に付き合う約束だったのに、
大幅に予定変更になっちゃったから。
十万で、三ヶ月間使い放題、何時間でも居ていいなら、
そんなに高くもないでしょ。
飲み物もソフトドリンク飲み放題だし、持ち込みもOKらしいから
当麻はこの前ワインを持って行って、パーティーしたって言ってた。」

「へぇーっ。なんか、そう言うのも面白そうだね。」

「でしょ?やっと信用してくれた?
俺、早くゆき姉と行ってみたくて、仕方なかったんだ!
今日行けて良かったよ!
最初だけはペアでしか入れないけど、二回目からは一人ででも
入れるから、ここで待ち合わせとかもいいんじゃない?

あ!運転手さん、その角の本屋で止めて下さい!ゆき姉、着いたよ!」


タクシーを降りて見ると、そこは何の変哲もない本屋のビルだった。

雪見と健人は、誰かに見つからないうちに、サッとビルの中へと
駆け込んだ。


そこは、夢と希望のアミューズメントパークの入り口にも
二人の目には見えてきた。







Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



この掲示板は過去ログ化されています。