コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.512 )
- 日時: 2013/10/20 20:04
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「えっ?ええーっ!うっそぉぉぉお!?
ローラのお父さんが、あのロジャーヒューテックぅう!?」
早朝6時。キッチンで最後の朝食を準備しながら雪見が出した大声は、雪見自身の頭と
「おはよ。」と言って後ろから抱きついてきた健人の耳を、もろに直撃した。
「あいたたっ…。頭に響いた。なんでこんなに頭が痛いの?おかしいなぁ…。
てゆーか、なんでそんな凄いこと昨日教えてくんなかったのよぉ!」
「…ったく、どんな大声だよー!こっちの方が耳痛いわ。
だって昨日はゆき姉、そんなモードじゃなかったじゃん。
ずーっとお風呂ん中で俺を離してくれなかったしー(笑)
ヘトヘトになって寝たんだから、言うタイミングなんて無かったよ。」
健人がいやらしくニヤッと笑った。
な、なにっ!?今のイケメンにあるまじき顔!
「うそっ!?え?私また飲み過ぎて…なんか…した?」
「また覚えてないの?つまんねーの!昨日の続きのイチャイチャしようと思ったのに(笑)
ね、ほんとに覚えてないの?ホントにぃ?
そりゃお風呂ん中で、ほとんど一人でシャンパン飲み干したんだから酔って当たり前。
ま、そのお陰で楽しい夜だったけどね♪ほいっ、薬!」
「イジワルっ!もう健人くんとお酒飲まない!」
雪見は健人から受け取った頭痛薬を水で流し込み、プンと頬を膨らませて
レタスを千切り出す。
「あははっ!ごめんごめん!もう言わないから許して。
酔ってエロっぽいゆき姉もフツーのゆき姉も、どっちも可愛いから大好きだよ♪」
健人は笑いながら頭をクシュクシュッと撫で、頬にチュッ♪とキスして
逃げるようにキッチンを出て行った。
「ちょっ、ちょっとぉー!今、エロっぽいって言ったのぉ!?
エロっぽいぃい?私が???」
消えた記憶の中の私って一体……怖っ!
健人が思いの外、晴れ晴れとした顔で食卓についてる。
別れの朝らしく、もっとしんみりとした朝食かと思ったが、雪見があれこれ聞くまでもなく
ローラの家での一部始終を興奮気味に話して聞かせた。
もしも昨日の夜がそうさせてるのなら、記憶に無い私、Good job!
「ロジャーがね、俺と共演する日を楽しみにしてるって!
あ、奥さん連れて今度遊びに来いって言ってたよ。」
「うっそー!キャーッ!!凄い凄いっ!
健人くん、あのハリウッドの大スターに気に入られちゃったのぉ!?
え?私も今度会っていいの?ほんとにっ?
嘘みたい!同じアパートにロジャーが住んでたなんて!」
あいたた…と頭を押さえながらも雪見がはしゃいでる。
ずっと気になってたマーティンの言葉は、きっと彼の思い過ごしなんだと思ったら
ホッとして力が抜けた。
しかし、その頭からすっぽりとローラの存在が抜け落ちてることに気付くまでに、
そう時間は掛からなかった。
「あ…でもロジャーがローラのお父さんだなんて、アカデミーじゃ誰も知らないんじゃない?
そんな話、一度も聞いたことがないもの。」
「そうなんだよね…。俺も聞いたことがなかった。
秘密にしてる…ってことなのかな?言えない事情があるとか…。」
二人は同時に黙りこくってしまった。
大スターと知り合い、有頂天になったのも束の間、やはりローラは一筋縄ではいかなそう。
ここから始まる新たな日々に、緩んでた心がキュッと引き締まった。
「俺、めっちゃ頑張っていい舞台にするから。あと一ヶ月、必死に頑張る!
だから発表会には絶対来て!
あ…いや、お母さんの容体が安定してたらでいいけど…。」
健人は一瞬顔を曇らせた。
義母の容体や雪見の心情も考えず『絶対来て』と言ってしまったことへの後悔。
だけど雪見にはどうしても観てもらいたいという本音…。
そのすべてを瞬時に理解出来たので、雪見は飛び切りの笑顔を作って健人の目を見た。
「大丈夫、必ず観に来るよ。健人くんのアメリカデビューを見届けなくちゃ一生後悔する。
だから、私に最高の舞台を観せてね。
私はそれまでに、やるべき事はキッチリやって戻って来るから。ねっ!約束!」
雪見が突き出した、細く長い小指。
力を入れて握ればポキリと折れてしまいそうなほど華奢なのに、健人の
無骨で男らしい小指をギュッと捉え、絶対の約束を誓うように力強く指切りをした。
健人が安心したようにニッコリと微笑む。
その笑顔を見て雪見も、やっと日本へ帰る心が整った。
きっと大丈夫。
離れていても、きっと大丈夫…。
「めめとラッキーのこと、お願いね。
あ、朝食と夕食は一週間分くらい作って冷凍庫に入れてある。チンして食べて。
ちゃんとホンギくんの分も作ったから、遠慮しないで食べてって伝えてね。
私は2時頃ここを出るよ。今日の夕飯は作って行くから。
それと…ん。」
終わりそうもない話を、エレベーターが閉まると同時に健人が唇で遮断する。
強く抱き締めながら温もりを分かち合い、扉が開くギリギリまで最後のキスを交わした。
「愛してる。」「私も。」
お互いの目を見て想いを確認し合い、別れの儀式を終える。
エレベーターが一階への到着を告げると、名残を惜しむように固く手を繋ぎ降りたのだが
そこで二人は同時に「あっ!」と声を上げた。
エントランス中央にある小さな噴水の脇に、サングラスは掛けていても
一目で判るオーラを放ち、その人は立っていた。
「ロジャーさん、おはようございます!昨夜はご馳走様でした。」
躊躇して足にブレーキの掛かる雪見の手を強引に引き、健人はロジャーの前まで歩み寄る。
そして昨夜の礼を言って頭をペコリと下げ、隣の雪見を紹介した。
「妻…のユキミです。」
「は、初めまして!昨夜は主人をお招き頂き、有り難うございました。」
突然の出来事に慌てた雪見だったが、まだ使い慣れない『妻』や『主人』
という言葉のぎこちなさが可笑しく、満面の笑みに隠して握手したらスッと緊張が解けた。
「こちらこそ、いきなり彼をお借りして済まなかったね。
それにしても、僕の大好きなサイエンスティーチャーマナブの元カノが
ケントの奥さんだったとは驚いたよ。いや、実にお美しい!」
「えっ…?」
無防備な背中に突然拳銃を突き付けられたように、健人も雪見も固まった。
どうしてそれを知ってるのか。一体何の目的で今それを口にしたのか。
ふいに掛かった蜘蛛の巣に動きを封じ込められてると、エレベーターからローラが降りてきた。
「あ!愛しのロミオだわ♪おはよう。
これからパパにアカデミーまで乗せてってもらうの。ケントも一緒に行きましょ。」
「あ、いや俺は地下鉄で…。」
「私達今日から本格的な稽古に入るのよ。少しでも早くからウォーミングアップ始めないと。」
ローラは意味深なことを口にし不敵な笑みで雪見を見ると、いきなり健人に口づけた。
「な、何をっ!」
目の前の光景に軽いめまいがした。
父親と、健人の妻である自分が見てる前で、何て事するの!?
「あら、ごめんなさい。私、稽古の最中は24時間役になり切っちゃうの。
ユキミは今日帰国するのよね?安心して。今からケントは私が引き受けるわ。
食事も私の家でバランスいいもの食べさせるし、お寝坊しないように毎日起こしに行って
一緒に登校するから。
ユキミは安心してお母様の看病してきてねっ。
あ、もうこんな時間!大変だわ、パパも遅刻しちゃう!さ、行きましょ!」
「おぉ、そうだな。じゃ奥さん。ケントを一ヶ月お借りしますよ。
またお会いできる日を楽しみに。さぁ、二人とも急ごう!」
「ゆき姉っ!気をつけて帰ってね!お母さんによろしくっ!」
連れ去られてゆく健人の後ろ姿を、二日続けて眺めることになろうとは…。
茫然とたたずむ雪見の肩を、いつの間にかそばにいたマーティンが
ポンポンと励ますように無言で叩く。
この想像以上に巨大な敵と戦うには、もっと武器が必要…。
……よしっ!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.513 )
- 日時: 2013/10/26 23:48
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
健人くん、お疲れ様!
まだ稽古中だよね。
私は無事空港に着きました。
少し早く出過ぎた。
今、ラウンジでお茶するとこ。
しばらく離れ離れになるけど、
いつも健人くんを想ってるよ。
一ヶ月後素敵なロミオに会える
のを楽しみにしています。
だから私のために頑張ってね。
愛してます。てへ♪
by YUKIMI
「キャッ!愛してます、とか文字にすると照れるなぁー。
そうだ、ひろ実ちゃんにもメール入れとかないと。
日本時間は今何時だ?えっと…朝の5時か。まだ寝てるかな?」
おはよー♪
朝っぱらからゴメンね。
突然ですが、予定より早く
これから日本へ帰りまーす♪
NY18:05発、全日空最終便。
成田到着はそっちの今夜9時。
夜遅くなっちゃうけど、成田に
着いたら真っ直ぐ母さんの病院
に直行するよ。
ぐーぐー寝てるだろうが早く顔
見たいから。
私の留守中お世話になりました。
ありがとね!
良いお嫁さんで母さんも幸せだ。
ひろ実ちゃんちにもお土産買った
から今度母さんのお見舞いに来て
くれた時にでも渡すね。
あ、それから私たち結婚したよ♪
雅彦にも
相変わらず絵文字も使わず、長々と義妹のひろ実にメールしてる最中だった。
無言で店員がトンと置いたコーヒーにビックリし、思わず送信ボタンを押してしまった。
「あーっ!途中だったのに送っちゃったぁ!ま、いっか。わかってくれるよね?
母さんには…メールしないでおこ。帰ってくるな!って怒るに決まってるもん。」
空港のラウンジでコーヒーにミルクを入れながら、雪見は誰も聞いてないと思い
ぶつぶつ独り言を言っている。
と、その時だった。今度は誰かに突然肩を叩かれ、またしても飛び上がらんばかりに驚いた。
後ろを振り向くと、なんと!
「学っ!!な、なんでここにいるのっ!?
まさか…また後を付けてきたんじゃないでしょうねっ!」
「ひどい言われようだな、俺も(笑)出張だよ、出張!日本で学会があんの!
雪見こそ、どうしたの?一人?あいつは?」
モデル顔負けに着こなしたスーツ姿で、嬉しそうに雪見の向かいに腰を下ろした学は、
店員に軽く手を挙げコーヒーを注文する。
「ちょっとぉ!ここに座らないでよ!あっち行って!!
あんたと一緒に居ると目立つじゃない!写真でも撮られたら、どーしてくれんの?」
「席が空いてないんだから仕方ないだろっ!お前の大声の方が目立つよ。静かにしてろ。
あ…この前はサンキュ♪雪見のお陰で、ホワイトハウスで恥かかずに済んだわ。」
「それはどーいたしまして。私はあんたが流した動画のお陰で事務所から呼び出し食らって、
これから一人で帰るとこですっ!」
「あれ?バレてた(笑)」
「バレてたじゃないわよ!何て事してくれたのよっ!
お陰でどんな騒ぎになったか知ってんの?」
「シィーッ!だから声がデカイっつーの!
お前ね、帽子被って顔隠してるつもりかもしれんが、頭隠して尻隠さずだよ。」
「学こそ有名人なんだから、もっと変装とかしなさいよ!
もーう!絶対あんたと居ると、ろくな事にならないっ。
私があっち行くから、どうぞごゆっくり!」
雪見は厄介な騒ぎにならないうちに離れなければと、ガタッと席を立つ。
が、その手を学がガシッと掴んだ。
「待てよっ!いいから座れ。」
「なっ、なによっ。」
いきなり手を掴まれて、雪見は思わずドキッとした。
思い出してはいけないシーンが蘇える。
二度目のプロポーズを断った時のこと。あのキスのこと…。
「お前、ロジャーヒューテックと知り合いなのか?」
「えっ…?」
突然学の口から出てきたロジャーの名前に驚いた。
でも、そう言えば今朝…。
「学こそ…ロジャーと知り合いなの?
あなたが私との関係を、ロジャーに話したの?」
まさかたった今、今朝の疑問を解消出来る場面が訪れようとは思いもしなかった。
連れ去られるようにして消えた健人の後ろ姿が鮮明に浮かび上がり、
ドキドキと鼓動が激しくなる。
「前に…ロジャーの番組のゲストに呼ばれて、二回ほど飲みに行ったことがある。
その後ロジャーの自宅にも招待されて、散々飲まされて…多分お前との話を…したと思う。」
「うそ…。ロジャーの…自宅?」
「そう言うお前こそ、ロジャーとどこで知り合った?
昨日の夜中に突然電話が掛かってきて、ホワイトハウス前で一緒にインタビュー受けてたのは、
もしかして前に話してた元カノかって聞かれたから、そうだと返事したんだ。
そしたら…よりを戻す気はないのかと言われた。」
「えっ?なんでそんな事を…。で…なんて答えたの?」
「彼女は…もう結婚したから無理だと答えた。間違ってないだろ?」
なんなの?一体何が目的?
真意のわからないロジャーの質問に悪寒が走った。
でもただ一つ直感でわかるのは、今ここに学と一緒に居てはいけないということ。
「ごめん、学。やっぱ、ここ出るわ。お会計して行くから学はゆっくりしてって。
それから…。この先は私に近づかない方がお互いのためよ。
早く彼女を見つけなさい。じゃあねっ。」
「待てって!雪見っ!!」
風のように目の前から立ち去った雪見に、学は話しそびれたことがあった。
ロジャーが溺愛してやまない娘ローラに、以前求婚されたことがあることを…。
「はぁぁ…やっと着いたぁ…。さすがに14時間の長旅は疲れるわ。
もういいや。お金かかるけど病院までタクシーに乗っちゃお。
…って、こんなに並んでる。また順番待ちか…。」
空港を出て、タクシーを待つ列の最後尾に仕方なく並ぼうとしたその時だった。
スッと一台の黒いワゴン車が雪見の前に止まり窓が開いた。
「よっ!お帰りっ。」
車の中からニコニコと声を掛けたのは、事務所のマネジメント部長に昇格した今野だった。
「今野さんっ!?どーしたんですか?こんな所に。」
「大事な大事なお姫様をお迎えに上がったんだよ。決まってんだろ(笑)
いいから早く乗れっ!こんなとこに停車してたら怒られるわ。」
「は、はいっ!」
雪見が大慌てで荷物を押し込み懐かしい車に乗り込むと、今野は改めて
「お帰り。」と優しい笑顔で雪見を迎え、車を静かに発進させた。
「真っ直ぐお袋さんの病院へ向かうんだろ?送ってくよ。」
「えっ?どうしてわかったんですか?」
「健人から連絡が入ったよ。ゆき姉をよろしく頼みます、って。
すげぇ心配してたよ、お前のこと…。
仕事もお前の望むようにしてやって欲しい、って。
俺のことは気にしなくていいから、お母さんの看病をしっかりするように
って、あいつからの伝言だ。
あいつ、結婚しても『ゆき姉』って呼んでんだな。しょーがない奴だ(笑)」
「いいんですっ!」
雪見は泣きそうになってやっとそれだけを言うと、何も見えない夜の車窓に目をやった。
健人の優しさがジワジワと効いてくる。
会いたい…。今すぐ会いたい…。
会って抱きついて、大好きをいっぱい伝えたい。
渦巻く幾多の不安や恐怖から、健人がひととき解放してくれた。
心の中で健人を抱き締めた雪見は、いつしかスヤスヤと寝息を立て出す。
これから立ち向かうであろう現実から心を無意識に遮断し、逃避行させるように…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.514 )
- 日時: 2013/11/15 16:05
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
今野の車の後部座席で30分ほども居眠りしただろうか。
ガタンと揺れた振動で、雪見はハッと目が覚めた。
元気で家に居る、母の夢を見てた。
『秘密の猫かふぇ』に預けた猫たちも家に帰っており、ソファーに座る母の隣で
安心しきって眠ってる。
そのフカフカな背中を母が微笑みながら、そっと優しく撫で続けてた。
私が「ただいま!」と居間に入ってくと「おかえり。」と笑顔で出迎えてくれたのだが、
一人で帰ったことを知ると「今すぐ戻りなさいっ!」と案の定叱られた。
「母さんの心配はしなくていいから、あんたは健人くんだけに尽くしなさい。
健人くんの自慢の奥さんになれるよう、もっと努力しなきゃダメよ。
母さんは父さんのお世話で忙しいんだから、さぁ帰った帰った!」
……そう母に追い払われたところで目が覚めた。
父さんのお世話、って…。
すごくリアルな、だけど不思議な感覚の夢だった。
『病院でも同じこと言われる気がするな。正夢だったりして。』
母の態度が想像つくからそんな夢を見たのか、雪見はこれから向かう病院で
母になんて言われるのか楽しみになって、下を向いてクスッと笑った。
「おっ!起きたか。しばらくは時差ボケとの戦いだな。
まぁいいさ。二、三日はお袋さんのそばにいてやれ。
明後日の夜、小野寺常務が出張から戻る。
翌日午前九時からはお前の戦略会議だ。遅れないで事務所に来るように。」
「せ、戦略会議って!私まだ何にも決めてませんけどっ!?」
後ろから運転席に身を乗り出すようにして、雪見は今野に訴える。
いつもなら「耳元でデカイ声を出すなっ!」とたしなめられる場面だが、
今野は表情一つ変えず淡々と、静かに雪見に問い掛けた。
「だからそれを決めるための会議だ。
お前にとって、どうするのが一番いい道なのかを考えるための…。
手にしたくたってそう手に入らないチャンスが、向こうからやって来たんだぞ?
あのブランド初の東洋人イメージキャラクターモデルって、どんだけ凄い話かわかるか?
『YUKIMI&』が世界レーベルからデビュー出来るって、どういう意味かわかるか?
目先の感情だけで決めつけると、後で絶対後悔するぞ。
会議まであと三日ある。お袋さんとでも相談して、自分の考えを整理しとけ。
健人は多分近い将来…世界への道が繋がるはずだ。」
「えっ?ほんとですかっ!?」
今野はこの前の国際電話でも、健人はもう夢のかけらを握ってる、と言っていた。
世界への道…。夢のカケラ…。
何か大きな仕事がすでに決まってるのか。それとも今はその途中?
だが、雪見と言えども今野は、それ以上のことを口にはしなかった。
それを踏まえて妻としての方向性を考えろ。きっとそう言うことなのだろう。
窓に映る自分の姿をぼんやりと眺めながら、自分にとって…ではなく、
健人にとってどうすることが一番いいのかを考える。
だが、答えはそう簡単に見つかるはずもなく、様々な思いが浮かんでは沈み、
沈んでは浮き上がった。
健人くんに…会いたいな。
ふと、まだ到着メールを入れてないことに気が付いた。
ヤバッ!きっと心配してる。
向こう時間は…と。ちょうど休憩時間だ!カフェテリアに居るはず。
雪見は、今ならメールではなく電話しても大丈夫だと、心弾ませて健人に電話を掛けた。
ところが…。
「Hello!誰?あ、ユキミ?」
なんと、ケータイに出たのは健人ではなくローラだった。
「ちょっ!なんでローラが健人くんのケータイに!?
健人くんは?健人くんはどうしたのっ!?」
「あははっ!そんなに慌てないで。
ケントは今、私のコーヒーとサンドイッチを買いに行ってくれてるの。
お昼休みもこのまま稽古したいって言ったら、ケントが売店まで走ってくれたわ。
彼ってほんとに優しくて素敵な人ね♪とっても情熱的なお芝居をするし。
みんなカフェテリアに行っちゃったから、これから二人きりでキスシーンの
お稽古でもしようかしら(笑)
あ、日本に着いたって伝えたいんでしょ?私が伝えとくから…。」
その時だった。
「お前、なにケントのケータイいじってんだよ!貸せっ!」
遠くから声が聞こえた。ホンギだ!
「ホンギくーん!ユキミだよー!」
「えっ?もしもし?ゆき姉?うっそ!
ローラ、ゆき姉からの電話に出たのかよっ!まったく油断も隙もあったもんじゃねぇ。
ゆき姉、安心して。今日から俺様がケントの用心棒だ!
盗み食いしようとする野良猫が近づいたら俺が追っ払う!
だから、ゆき姉は心配しないでお母さんの看病しておいで。」
「ホンギくん…。ありがと。」
「誰が野良猫よっ!」と憤慨するローラの声が聞こえる。
ホンギはローラの言動に気付いてくれてた…。
それがわかってホッとし、優しい言葉が嬉しくて涙がじんわり滲んだのだが、
今まで「ユキミ」としか呼ばれた事がないのに、今日はやたらと「ゆき姉」
を連発するのが可笑しくて、思わずクスクスと笑ってしまった。
「何が可笑しいのさ。」
「だってぇ。」
わけを話すと「ゆき姉って呼び方は、心友の証しでしょ?」と言う。
そうか…。
翔平くんや優くんと同じく、ホンギくんも私達を見守ってくれるんだ…。
「そうだね。心友の証しだよ。じゃあ健人くんのことは心友のホンギくんに任せたから。
健人くんね、朝はなかなか起きれないし、お料理をまったくしないから
ホンギくん、お願いね。それと…。」
「わかった、わかった!大丈夫だって!このホンギ様に任せなさいっ!
あ、国際電話でこんな長話ししたらケントに怒られちゃう!じゃ、またねっ!」
唐突にホンギに電話を切られ、「ちょっとぉ!」と出した大声に、今野が
「どうしたんだ?健人がどうかしたのか?」とルームミラー越しに後ろを見る。
だが雪見は「なんでもないです。」とだけ言って、街の明かりに目を移した。
やっぱり…誰にも負けない最強の自分になりたい…。
「いいのか?ここで。病院まで送ってくのに。」
「いいんです。ここで母さんに、お花買って行きたいから。
このお花屋さん、夜12時まで開いてるんですよ。
酔っぱらった男の人が花束抱えてお店から出てくるのを、よく見かけて。
見ず知らずの人なんだけど、奥さん愛されてるなぁーって嬉しくなっちゃう(笑)
今野さんもお花、どうですか?」
「いや、遠慮しとく。ガラにもないことしたら、やましいことでもあるんじゃないかって
勘ぐられるのがオチだからな(笑)
じゃあ、病院まで近いったって夜なんだから、気をつけて行けよ。
お袋さんによろしく。戦略会議の時間だけは忘れんなよっ!」
雪見を降ろした今野は、笑顔で軽く手を挙げ「じゃあな!」と車を発進させた。
テールランプを見送りながら、心がジワッと温まる。
どんな時でも今野は私達の味方でいてくれる…。
そう思えることが、どれほどの安心感を与えてくれてるか。
感謝を込めて、見えなくなる車の後ろに一礼し、花屋のドアを押し開けた。
お見舞いに持って行くことを伝え、母の大好きなブルーと黄色を基調に
アレンジメントを作ってもらった。
「こちらでいかがですか?」
「わぁ、綺麗っ♪すっごく喜んでくれると思います。ありがとう!」
お会計をしてる時に『YUKIMI&』と気付かれサインを頼まれたので、照れ笑いしながら
レジの後ろの白い壁にぎこちなくサインして店を出る。
「あー遅くなっちゃった。母さん、爆睡してるだろうなぁ。
今日はお花を置いて帰って来よう。また明日の朝、来ればいいもんね。」
病院の夜間玄関から守衛さんに会釈して入り、エレベーターに乗って
特別室や個室の並ぶ三階で降りる。
消灯から三時間ほども経った病院はシーンと静まり返ってたが、なぜか
奥の一室の前に二人ほどの人影が見えた。
えっ…?母さんの部屋辺り?誰だろ…。
一歩近づくごとにドキドキと鼓動が早くなる。
えっ、うそ…雅彦?…ひろ実ちゃん?
そこには、神戸の自宅にいるはずの弟夫婦が、なぜか泣きながらたたずんでた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.515 )
- 日時: 2013/10/30 19:48
- 名前: チョコ (ID: WgY/GR3l)
初めまして。突然来てしまってすいません。
実はずっと前から読んでます。め〜にゃんさんの
文才にただ驚くばかりです。(分けてください〜)
私は雪見(ちゃん?)が好きです。完璧でもなくて
ちょっと抜けてるところが...
お母さんどうなっちゃったのでしょう....?
続きが楽しみです。また来ますね!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.516 )
- 日時: 2013/10/31 15:45
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
チョコさんへ
初めまして、め〜にゃんです。
こんなに長いお話を読んで下さってありがとう!
そして何より雪見を好きでいてくれてありがとう!!
とっても嬉しい♪
ちょっと抜けてるとこが好きって、最上級の褒め言葉です。
私の思う雪見像がちゃんと伝わってるんだな、と安心しました。
文才なんてまるで無いから、こんなに申し訳ないほど
長い長いお話になっちゃってます(笑)
でも最後まで楽しみながら書いていこうと思うので
もう少しだけお付き合い下さいね。
いや、もう少し…ではないな(笑)
さぁ、チョコさんに元気をもらったから
気合いを入れてお話の続きを書き出すとします。
また何日後かにお会いしましょう。
季節の変わり目、風邪などにお気をつけて。
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