コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.342 )
日時: 2011/11/28 13:16
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

ふあぁぁっ。仕事の初っぱなからあくびが出て、雪見は慌てて口を押さえる。
健人の実家から帰って来て、ベッドでは三時間しか寝ていない。

「ずいぶんと眠そうじゃん!おはよっ!俺の専属カメラマンさん!」
翔平が笑いながら現場にやって来た。

「お、おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
大きなあくびを目撃されて、バツ悪そうに雪見が頭を下げる。

写真集撮影二日目。最初の翔平の仕事は、雑誌のインタビューとグラビア撮影。
朝八時。都内の下町にある小さくて絵になるカフェを、十時の開店時間まで借りての撮影だ。

若くて可愛い女店主が、取材陣全員にお店自慢のカフェラテを振る舞ってくれる。
店いっぱいに広がる芳しい香りと、翔平が注文したワッフルの焼ける甘くて香ばしい香りが、
まだ眠っていた細胞を優しく揺り起こしてくれた。

「あのぅ。私もワッフル注文してもいいですか?すっごく美味しそうな匂いで
お腹空いちゃって。でも、まだ開店前なんですよねぇ…。」
翔平のインタビューが終るまで、お店のカウンター席で待機している雪見が、
カフェラテを口にしながら、女店主に遠慮ぎみに聞いてみる。

「いいですよ!ワッフルも私の自慢なんです。召し上がって頂けたら嬉しいです!
あの…雪見さん…ですよね?健人くんの親戚の…。」

「えっ?あ、はい、そうですけど…。私の事、知ってます?」
思わぬところで見知らぬ人に声を掛けられると、まだまだびっくりしてしまう。
最近マスコミに露出する機会が段々と増えてきたので、少しずつではあるが
街で声を掛けられる事も多くなってきた。

「さっき翔平くんが『ゆき姉!』って呼んでたから、すぐ判りました!
私、健人くんファンなんです!今朝も健人くんのブログで、雪見さんを見たばかりだったし。」
嬉しくなっちゃったのだろう。インタビュー中はお静かに!と注意を受けていたのだが、
思わずはしゃいでしまい、皆の目が一斉にジロリ。

「ごめんなさーい!」
可愛い彼女が頬を染めて小声で謝り、「ワッフル焼きますねっ。」と雪見に苦笑いをした。

25、6ぐらいに見える彼女が、こんな素敵なカフェのオーナーだなんて偉いなぁと、
色々話を聞いてみたくなる。
「ねぇ、このお店って借りてるの?」内緒話のように雪見がヒソヒソ聞いてみた。

「いいえ。ここは元々、亡くなった私のおばあちゃんちだったんです。
古いから取り壊すって母が言ってたのを、偶然私が聞きつけて。
壊すぐらいなら私に頂戴!って、無理矢理譲ってもらったんです。
私、このおばあちゃんちが大好きだったから。ほら、昭和の懐かしい感じがするでしょ?
それで、一人でカフェを切り盛りするのに丁度良い大きさだけを改装して、
大学卒業と同時にオープンしました。親に相当借金もしましたけどねっ。
はい、どうぞ!美味しそうに焼けましたよ。あ、コーヒーのおかわりもどうぞ。」

「そうなのっ?若いのにすっごいねぇ!うっわー、いい匂い!
いただきまーす!うーん、めっちゃ美味しい!」

「ほんとですか?嬉しいっ!ゆき姉に食べてもらえるなんて!」
彼女は本当に嬉しそうに頬を紅潮させた。

「でも偉いね!おばあちゃんもきっと喜んでるでしょう。」

「健人くんも偉いですよね!月命日にわざわざタクシーに乗って、実家まで
お線香上げに行くんだから!今朝のブログで見ました。プリンちゃん抱いてる雪見さんも。」

「えっ!?そんな写真アップしたの?健人くん!」
ひそひそ話のつもりが、今度は雪見の声が大きくなってしまった。

「月命日だって?」 「翔平くん!!」
いつの間にか隣りに翔平が座ってる。
しまった!昨日の夜は、ばあちゃんが倒れたと言って、飲み会を飛び出したんだった!

「あっちの仕事、終ったけど。ここでゆき姉も撮るんでしょ?
なに?すっげー顔して驚いてる!あぁ、昨日の事ね!
俺知ってたもん、健人のばあちゃん死んでるの。だって四月のドラマで
健人と一緒だったんだよ?
あいつ、ばあちゃん死んだ時、葬式出るのに一日撮影休んだから覚えてる。
それ、一口ちょーだい!」
翔平は雪見の食べかけのワッフルを、手でつまんで口に頬張った。

「あの、これもし良かったら、みなさんで召し上がって下さい!
ご迷惑かけちゃったから…。」
女店主が申し訳なさそうに、人数分焼いたワッフルを、コーヒーサーバーと共に
テーブルに乗せた。
取材陣らは「おっ、美味そう!じゃ、遠慮なく頂きます!」と手を伸ばす。

「翔平くん!ドラマ遅れると困るから、私も早く写しちゃうねっ!
あのー!お店の前で撮らせてもらってもいいですか?
いいって!ほら早く、外に出て!」
雪見は翔平を追い立てるようにして、店の外へと連れ出した。

「なに慌ててんの?俺、昨日の飲み会でも、一言も健人のばあちゃんの話、
してないから安心しなよ。っつーか、そんなに俺って口軽そうに見える?」
翔平がじーっと雪見の目を見て聞いた。

「見えなくもない…。」

「見る目、ねーなぁ!でも安心した。健人も結構やるじゃん!昨日の健人は男らしかったよ。
ちょっと見直した。彼女を監督からさらって逃げるなんてねっ!」

「うそっ!?知ってたのっ?私達のこと…。」

「知らないでちょっかい出してると思ってた?
あ!まさか俺がモーション掛けてるとでも?ないない!
ゆき姉は最初っから、姉貴みたいだなって思ってたもん。俺、姉さん欲しかったから。」

「だよね…。健人くんや翔平くんの年から見たら、やっぱ私はお姉さんだよね…。」
雪見がそう言いながら、カメラのファインダーを覗く。

「ゆき姉。そうやって思うの、良くないよ。人の価値観なんて人それぞれだろ?
俺は姉貴みたいに思っても、健人にとっては彼女にしか見えないんだから。
ゆき姉が、自分で自分の見方を一つに決めちゃったら、それは健人が可哀想だ。」
思わずカメラを下ろし、雪見はマジマジと翔平の顔を見た。

「ふふっ…。まさか翔平くんに説教されるとは、思ってもいなかったな…。
そうだね…。翔平くんの言う通りかも知れない。人は人。健人くんは健人くんだよね。
何も当麻くんと比べることはないんだ…。」

「うっそーっ!?当麻&みずきと比べてたわけぇ?そりゃないわ!
当麻と健人はいい勝負にしても、みずきと自分を比べる、そのずーずーしさ!さすが三十代っ!」

「ちょっとっ!言ったそばから三十代を偏見の目で見るの、やめてくれるっ?」

下町の路地裏に賑やかな笑い声が響き、今日も一日がスタートした。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.343 )
日時: 2011/11/29 13:04
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「今日はご馳走様でした!またワッフル食べに来ますねっ。
あ、そうだ。翔平君の写真集が出たら、きっとファンの子がお店の外観から
ここを探し当てて、大勢来ちゃうと思うんだけど大丈夫かな…。」
雪見が少し心配そうに、若い女店主に聞いてみる。

「こんな小さなお店だから、どう頑張っても入れる人数しか入れませんけど、
お客様が来てくださるのは大歓迎です!
こちらの方こそ有り難うございました!お店を素敵に撮って頂いて。
写真集出たら必ず買って、お店に置いておきます。
あ、勿論健人くんの写真集はもう予約してありますから、今度いらした時には
雪見さんのサイン下さいねっ!」

「うん!その時までに練習しておくね!じゃ、また!」
雪見は手を振って、今野の車に乗り込んだ。
膝の上には彼女が健人のために焼いた、まだ温かいワッフルが可愛い箱に入って
ちょこんと乗っている。
さぁ、次の現場はまた健人と翔平の、ドラマの撮影スタジオだ。


「おはようございまーす!」

翔平から遅れること三十分。雪見がスタジオに到着すると、ちょうど翔平が着替えを終え、
スタジオに入るところだった。
「今着いたの?遅っ!あ!何それ?ワッフル?やった!」

「残念でしたー!これは健人くんの分!翔平くんはもう充分、食べて来たでしょ!」

スタジオのドアを開け二人で中に入って行くと、健人はすでに一区切り撮り終え、
次の出番まで椅子に座って待機中であった。

「お疲れっ!はい、お土産!美味しい焼きたてのワッフル!」
雪見が箱を、健人の前に差し出した。

「おっ!美味そうな匂い!どしたの?これ。」

「今撮影してきたカフェのオーナーが、偶然健人くんのファンでね。
私の事も知っててくれて。で、これから健人くんのドラマの現場に行くって言ったら
健人くんに!って、特別にイチゴ味のワッフルを焼いてくれたんだよ!
さすがファンだねぇ!健人くんがイチゴ味好きなの、ちゃーんと知ってるんだから。」

「うそっ!俺もイチゴ味食べたかった!メニューに無かったじゃん、そんなの!」
翔平が羨ましそうに「一口ちょーだい!」と、健人に食べさせてもらってる。

「もう、どんだけ食べるのよっ!ほら!あそこのテーブルにみんなの分の差し入れ
焼いてもらったから、あっちの食べてっ!」
やったー!と走って行く翔平を、あっ!写真、写真!と雪見が追いかける。
雪見の慌ただしい撮影の様子を、健人がワッフルを食べながらぼんやりと眺めていた。


翔平のリハーサルが始まり、雪見がブツブツ言いながら引き上げて来る。
「ほんっと、手のかかる弟だわ!一回り下の弟って言うより、幼稚園児の弟って感じ?
やだ!それってほとんど息子じゃん!」
健人の隣りのパイプ椅子に、眉をしかめた雪見がストンと腰を下ろした。

「息子なの?翔平って。」
健人がクスクス笑う。なんだかホッとした表情で…。

「そう!イケメン弟から、幼稚園児の息子に格下げ!ほぼクレヨンしんちゃん並みっ!」

「おおっ!いいとこ突いてるかも!そんな感じするわ!じゃあゆき姉は、みさえじゃん。」

「ええーっ!そうなるのぉ!?やっぱ弟でいいや!」
そう言って二人で、久しぶりにお腹の底から笑った。


「ねぇ。家族ってほんと有り難いよね。」

「えっ?あぁ、昨日のこと?なにもあんな夜中に、全員で起きて待ってなくても
良かったのにね。コタとプリンまで付き合わされてたし。」
健人が「さすがに疲れが抜けないや。」と言いながら、首をグルグル回した。

「みんな健人くんのこと、一番に思ってくれてるんだよ。
毎日遠くからただじっと、見守るだけしか出来ないけどね…。
でもさ。必ずあそこに自分のことを見守ってくれてる人がいる、って思うだけで
心が強くなれる気がしない?それは生きてる人も、死んだ人も含めて…。
健人くんの事は、天国からちぃばあちゃんが必ず守ってくれてるだろうし、
私の事は父さんとおばあちゃんが守ってくれてる。
あ!もちろん顔は覚えてなくても、おじいちゃんもねっ。
そう考えると、家族って永遠なんだなーって思う。いいよね、家族って…。」

「家族かぁ…。ねぇ、なんで突然そんな事思ったの?」
健人が、雪見の本心を探るような瞳で雪見を見た。

無防備に思った事が口をついてしまい、雪見は焦る。
昨夜雪見たち真夜中の来訪者を、大歓迎で迎えてくれた斎藤家の人々が
暖かくていい家族だなぁ!とただ純粋に思えたし、どこか心の片隅で、
自分もこんな家族を作れたらいいなぁ、と思ったのも事実だから。
健人と二人で…?それは言えない。

「え?なんで、って…。ほら!みずきさんもお父さん亡くしたばかりだけど、
いつもそばにいてくれるのを感じるから、ぜんぜん寂しくないって言ってたし…。
そうそう!健人くんのおばさんに会ったら、私も母さんの事が気になってさ!
同じ都内にいるのに、さっぱり顔も出さない親不孝娘だなぁって、反省したわけ!
その点、健人くんは偉いっ!飲んでる途中でも、ちぃばあちゃんを思い出して
わざわざお線香上げに埼玉まで行くんだから!」

「なにっ!?お線香?やっぱりばあさん、亡くなったのか?」
いきなり後ろから声がして驚いた!ヤバっ!監督だぁ!

「い、いや、だから、まだ亡くなってませんって!
お線香は昔死んだじいちゃんに上げて来ただけで、ばあちゃんは大丈夫でしたから
もう忘れて下さい!あー、俺そろそろ出番かなぁ?」
健人は雪見を残し、スッと椅子を立って移動してしまった。

「ち、ちょっとぉ!あぁ監督、昨日はご馳走様でした!
あの、あそこに焼きたての美味しいワッフル、差し入れで持って来ましたから
どうぞ召し上がって下さい!
あれっ?翔平くん、リハーサル終ったんだ!今のうちに仕事仕事っ!」
そう言って雪見も、カメラを手にそそくさと退散する。


宇都宮が手渡してくれたプレゼント。
それを大事にすることによって私は、本当にもっと健人に近づく事ができるのだろうか…。
答えはまだ分からないけど、とにかく今はやるしかない!

そう自分に思い込ませて、雪見はまた翔平にカメラを向けた。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.344 )
日時: 2011/11/30 11:43
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

翔平との仕事開始から一週間。
写真集の撮影も、三日間密着プラスアルファでなんとか撮り終え、その後翔平も交えて
写真を選考、この先の作業は編集者にバトンタッチすることにした。
本来ならば最後まで関わりたい性格の雪見だが、どうやっても今の忙しい状況では
無理という事務所の判断で、翔平の事務所にもご理解頂いた。

「ごめんね、翔平くん。私、翔平くんの写真集だけは、最後の最後まで
一緒に作り上げたかったんだけど…。短い間だったけど、凄く楽しかった。
翔平くんのお陰で、人間を写す面白さに目覚めたよ。ありがとねっ!」

「俺もめっちゃ楽しかった!なんかね、初めて会った時から初対面って感じしなかったな。
なんつーか、離ればなれになってた姉さんと再会した!みたいな…。
あ!それは俺の感覚だよ!健人はまた別だからね。」

「わかってるって!私も弟みたいだなぁーって思ったし。
後半はクレヨンしんちゃんぐらいまで、年下の弟になっちゃったけど。
あ、わかった!だから写すの面白いって感じたんだ!ちょろちょろしてるから!
動いてる猫を、追いかけて撮るのと同じ感覚だったんだ!」

「おーいっ!俺は猫並みだってこと!?それ、ひどくね?」

「あれ?私にとっては最大の賛辞のつもりなんだけど。
猫は私のライフワークだもん!翔平くんも、また写してみたいって思わされた。」

「ほんとに!?じゃ、いつかまた必ず写して!
それまでに俺、もっともっといい男になっておくから!」

「そうだね。わかった!またいつか写させてもらうよ。
その時まで私も、もっともっと腕を磨いておかなきゃね!楽しみにしてる。じゃ、またねっ!」
そう言って最後に握手を交わし、別れを告げた。


その後翔平の写真集は、健人の写真集と共に驚異的な売り上げを記録し、
雪見のカメラマンとしての名声を、確実なものとするのに一役買うことになる。



翔平の写真集以降、雪見は仕事を主にグラビア撮影に絞って受けていた。
なんとか最初の仕事は乗り切ったものの、クリスマスに行なわれるミニライブや
コンサートツアーの準備など、歌の仕事も多忙を極める状況での写真集撮影は、
拘束時間の長さゆえに件数をこなす事もできず、無理だと理解したからだ。

その日も四件のアイドルや女優のグラビア撮影と、自分への取材や撮影をこなし、
夜八時にライブのリハーサルで事務所のスタジオを訪れた時には、すでに
雪見は疲労困憊していた。

「まずいっ!バッテリー切れだぁ!」

スタジオに重い身体を押し込みドアを閉めた時点で、その日のエネルギーは使い果たした。
床にへたっと座ったまま、しばらくは動くこともままならない。
すかさず今野が、栄養ドリンクとバナナを差し出した。

「健人が到着するまで、これを食べてそこに横になってろ!」
今野が毛布まで持ってきてくれる。

「ありがとう、今野さん。体力ないなぁ、私って。
クリスマスの写真集限定ライブまで、あと十日しか無いのにね。
本当に大丈夫なのかな、こんなんで…。」
バナナをもそもそ食べながら、雪見は膝の上に視線を落とした。

「なに今頃弱気になってんだよ!すべては健人の写真集のために、今まで
やってきたんだろ?これからが大事な勝負なんじゃないか!
それにお前が言い出した事だろーが!カメラマンの仕事と必ず両立させます!って。
最初の勢いはどこいった!?」

こんな時、いつも今野はくじけそうな心を奮い立たせてくれる。
健人くんも今までずっと、この励ましに支えられて来たんだよね…。

「そうだった…。私、健人くんの写真集のためならって、ライブも引き受けたんだった…。
この限定ライブを楽しみに写真集を予約してくれたお客さんも、大勢いるんですよね…。
ばっかだなぁ、私!すっかり忘れてた。よしっ!健人くんが来るまで声出しとこっ!」

栄養ドリンクとバナナで、取りあえずのエネルギーはチャージ完了!
雪見は気合いを入れ直し、気持ちも新たに歌い出す。
当日歌う予定の三曲を一通り歌い終わった頃、健人が最後の取材を終えスタジオに駆けつけた。

「お待たせー!でもちょっとだけ、タイムもらってもいい?腹減って力が出ない。」
そう言うと、マネージャーの及川が差し出したハンバーガーを、コーラと共に
大急ぎで流し込む。

「いいよ、そんなに慌てなくても。健人くんも今日はこれがラストでしょ?
めいっぱいリハーサルして、帰りになんかスタミナつく物でも食べに行こっか?」
雪見が笑いながら言った。健人の顔を見た途端、元気が出てきた自分が可笑しくて…。

「やった!ゆき姉のおごりだ!」

「えーっ!一言もおごるとは言ってませんからっ!」

それから二人は精力的にリハーサルを繰り返し、なんとか当日の全体像をつかんで
あとは本番当日を迎えることとした。

「なんかまだ不安が残るけど仕方ないよね。あとはトークでカバーしよう。
この先はお互いもっと忙しくなるし、本格的にツアーのリハーサルが入ってくるし…。
ね、覚えてた?当麻のラジオで録ったCDも、クリスマスに出るって。」

「あ!そう言えばそうだった!なんかもうずっと昔の話みたいな気がするね。
33年間生きてきて、この年末年始が一番忙しい!
よし!風邪引いちゃ困るから、免疫力アップする美味しい物食べに行こう!」

時計の針は11時過ぎを指している。
健人と雪見がスタジオを出ようとバッグを手にしたその時、健人のケータイが鳴った。

「あ、当麻からだ。もしもし?よっ、お疲れ!
なに?今?ライブのリハーサル終って、ゆき姉とご飯行くとこ。
え?『どんべい』にいんの?うーん、ちょっと待って。
当麻が『どんべい』に来れないか、だって。どうする?」
健人が当麻の言葉を雪見に伝えてきた。

「来れないかって、なんかあったの?当麻くん。珍しくない?」
雪見が心配そうな顔で健人を見る。

「いや、別に深刻そうな声でもないんだけど…。
あそこに免疫力アップするメニューって、あったっけ?」


取りあえず二人は行き先を、当麻の待つ『どんべい』へと決めてタクシーに飛び乗った。





Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.345 )
日時: 2011/12/01 07:28
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「マスター、久しぶりっ!当麻くんに呼ばれて来ちゃった。
なんか免疫力アップする物、作って!」
雪見がカウンター前で、マスターに注文をつける。

「なんだ?そりゃ。おぅ!いらっしゃい!二人ともお待ちかねだよ!」
雪見の後から入ってきた健人に、マスターが声をかけた。
健人は目深に被ったニット帽と大きな黒縁眼鏡姿で、うつむき加減にペコリと頭を下げ、
マスターの立ってるカウンター前を通過する。

「え?今、二人とも、って言った?当麻くんだけじゃないの?。
あ、ビール二つもらってくね!ちゃんと注文した物、作ってよ!」
雪見が慌ててジョッキ二つにビールを注ぎ、小走りにいつもの部屋へと持って行く。

「誰か開けてぇー!」
当麻が「よぅ!お疲れ!」と開けた障子の向こうには、みずきの笑顔が待っていた。

「みずきさんも一緒だったんだぁ!元気だった?」
当麻にビールを手渡し、雪見がみずきのとなりへ嬉しそうに急いで座る。

「うん!元気元気!雪見さん、お葬式じゃ本当にお世話になりました。
きちんとお礼に行かなきゃと思ってたんだけど、なかなか父関係の挨拶回りが終らなくて。」
みずきが掘りごたつから出て正坐し直し、両手を付いて頭を下げた。

「やだぁ!そんな他人行儀に、かしこまらないでよ!
それに、雪見さんじゃなくてゆき姉でしょ!私は。取りあえず乾杯しよ!
まだ二人が付き合いだしたお祝い、してなかったもんね。
きっと宇都宮さんも喜んでるから、おめでとうって言っちゃう!
おめでとう!カンパーイ!」
四人それぞれが、嬉しそうにグラスやジョッキを合わせる。
雪見はやっと二人をお祝いしてやれて、ホッとしていた。

「あぁ、美味しいっ!ずっとね、気になってたんだ。
早く二人の事お祝いしてあげたかったんだけど、きっとみずきさん、しばらくは
バタバタと忙しいだろうなって。
それにお父さんが亡くなってすぐに、おめでとうって言うのも不謹慎かな、
とか考えてるうちに、私も忙しくなっちゃって…。
当麻くんの会見、めっちゃ男らしくて見直したよ!感動した!」

「見直した!って、今までどんな目で見てたんだよっ!」
当麻が笑いながら雪見をにらむ。

「いやホント、今日は当麻くん、ナイスタイミングで電話くれたわ!
これで胸のつかえが取れて、安心して眠れる!よかった!」

「うっそ!?毎日ベッド入ってすぐに、爆睡してるじゃん!あれって寝たふり?」
健人の言葉に当麻とみずきが大爆笑!一気ににぎやかな宴会のスタートとなった。

そこへマスターが料理と白ワインを運んで来る。
トレーの上には、オクラのいか納豆和えにマグロの山かけ、山芋のチーズグラタン等と
ワイングラスが五つ乗っていた。

「なるほど!免疫力アップにはネバネバ料理がいいって言うもんね!さすがマスター!
あれ?ワインはまだ頼んでないけど?しかもグラスが五つ。
また自分も飲む気してんでしょ!」

「失敬な!俺なんか飲まねぇよ!このワインは俺から宇都宮さんへのお礼!」

「えっ?父へのお礼…ですか?」
みずきが不思議そうな目をマスターに向けた。

「あのお葬式の後、弟夫婦の花屋が大繁盛してるらしくてさ。
みんな、宇都宮さんの祭壇のお花はこちらですか?って来るんだって。
なんか俺も嬉しくってよ!あの祭壇の三分の一…いや四分の一ぐらいは俺も手伝ったから。
だからこれはそのお礼。宇都宮さんも酒が好きだったって聞いたから、
陰膳据えてやってくれ。
あ、あと免疫力アップって、こんなんでいいのか?
ほんと、この人は容赦なくメニューに無い物頼むから、たまらんわぁ!
じゃ、ごゆっくり!」
マスターは、いつもと変らぬ笑顔で去って行った。

「あのね、本当に行く先々で、いいお別れ会だったって誉められるのよ。
特に遺影と祭壇のお花と、もちろん雪見さんの歌!
あ、写真展も凄く良かったって!いいアイディアだって誉められたわ。
だからね、私も最後にちゃんと親孝行ができたかなって…。
お別れ会を演出してくれた人達に、心から感謝してる。
ゆき姉には、本当にいくら感謝しても足りないくらい。」
みずきが雪見の手を取り「ありがとうねっ!」と礼を言う。

「みずきさん。お礼を言わなきゃならないのは私の方なの。
あの後、本当にたくさんの仕事のオファーを頂いて、毎日大忙しよ!
すべて宇都宮さんとみずきさんのお陰。私の方こそありがとね!」
二人で手を取り合ってるところに、健人が割って入る。

「まぁまぁ!せっかくマスターがワイン用意してくれたんだから、早く飲もうよ!
みずき、宇都宮さんの写真持ってない?」

「あ…私、全部ケータイに入れてるから…。」

「あ、私が持ってる!」
雪見がバッグの中から、宇都宮の遺影に使った写真を取り出した。

「これ、私のお守り!グチャグチャにならないように、ラミネート加工しちゃった!
宇都宮さんが選んでくれたこの写真が、私のカメラマン人生を動かしてくれたから…。」

そう言いながら雪見は五つ目の席を用意し、そこに宇都宮の写真をそっと置く。
写真の前には健人が注いだワインと、マグロの山かけを割り箸と共に置いた。

「よし!じゃあみんなで改めて乾杯しよう!当麻くん、なんか挨拶して!」
いきなりの雪見の振りに、当麻が慌てる。

「ええっ!?挨拶ぅ?なんか緊張するんだけど!」

「お父さんが見てるよっ!」
当麻をからかうように、隣の健人が笑いながら肩を叩いた。

「益々緊張するだろっ!えーっとぉ、このたびは故宇都宮勇治の…」

「もういいわっ!当麻、みずき、おめでとう!カンパーイ!!」
健人がさっさと乾杯の音頭をとったので、雪見とみずきが大笑いしながらグラスを合わせた。

「おーいっ!マジ挨拶させて!」

「なにを?もう葬式のお礼はいいから!マジ腹減ってんだから、早く食おうぜ!」
健人が「いっただきまーす!」と箸を伸ばしたその時だった。
当麻が驚くことを口にした。


「俺たち、結婚するからっ!」

「ま、マジっ!?」












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.346 )
日時: 2011/12/02 20:22
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「う、うそだろっ?だってお前ら、付き合いだしてからまだ一ヶ月も経ってないじゃん!
どう考えても早すぎるだろっ!」

健人が唖然として、声が上ずっている。
雪見は心臓がキュンと縮まって、声も出なかった。
が、当の当麻は…。

「え?俺、今すぐするなんて一言も言ってないけど!なに二人して早とちりしてんの?」
平然とした顔で笑ってる。

「当麻〜っ!おっめ〜なぁ〜!!」
健人が当麻の頭をポカッと殴りながらも、どこか安堵した表情を見せた。

「ほんと!今の言い方はさぁ、絶対すぐに結婚するって言い方だったから!
もーう!ビックリさせないでよぉ!」
雪見も、なぜかホッとしている自分に気がついた。
もし本当にそうだったとしたら、私はすぐに祝福の言葉を掛けてあげられただろうか…。

「ねぇ。じゃあ、いつの話してんの?もう日取りとか決めたわけ?」
一呼吸置いて落ち着いてきた雪見が、呑気にワインを飲んでる当麻に聞いてみる。

「いいや、ぜんぜん!ただ、結婚するってことだけは決めたよ。
お互い、人生のパートナーを見つけたってわけ。」
そうい言って当麻が微笑みながらみずきを見ると、みずきも嬉しそうに少しはにかんで当麻を見た。

「どこまで行っても気持ちは変らないって確信出来るから、別に今すぐじゃなくていいんだ。
二人の仕事の都合とか今後の予定とか、色んなこと考えて一番いい時期にするつもり。
ほら今ってさ、割とみんな先に籍を入れて、後から式を挙げるってパターンが多いじゃん?
俺ら、そうじゃないんだよね。式で永遠の愛を誓ってから、神父さまや
みんなの前で婚姻届に署名したいわけ。なぁっ!」
またしても二人は目を合わせ、にっこり笑ってうなずいた。

そのあまりにもラブラブモード全開な二人に、健人も雪見も次の言葉が出てこない。
こんなにも当麻って、堂々と恥ずかしげもなく愛を語る奴だっけ?
聞いてるこっちの方が恥ずかしくなるのは、なんでだ?

「あ、あのさぁ…。何て言ったらいいのかわかんないけど…。
取りあえずは、めでたい話ってことで、まぁ飲もう!あー喉乾いた。」
健人がぬるいビールを一気に飲み干し、すぐにワインも飲み干した。

「そ、そうだね!二人ともおめでとう!
ごめんね、なんかあまりにも驚いちゃって、失礼だったね。
もちろん式には私達、呼んでくれるよね?
あ、話聞く前に、私マスターに冷たいビールもらってくる!」
雪見は一旦頭を冷やすために、その場を離れたくなった。

「マスター、ビール四つ!はぁぁ…。」
カウンター前の椅子に腰掛けた途端、ため息をついて突っ伏した雪見に
マスターは怪訝そうな目を向ける。
クリスマス十日前の店内は、週半ばの水曜日十二時過ぎであろうとも、
浮かれ気分で賑やかだった。

「どうした、どうした!?随分とお疲れモードじゃないか!
まぁ、宇都宮さんの葬式以来、すっかり売れっ子カメラマンだもんな。
そろそろ疲れも溜まってきたか。」
ジョッキに美味しそうな泡を作りながら、マスターは雪見の顔色を見る。

「それもあるよね…。きっとそうだ。そのせいなんだ、こんな気分…。」

雪見は、今のなんとも得体の知れない心のモヤモヤを、マスターの言った通り
疲れのせいだと思い込みたかった。
そうでもしなければ、当麻たちの元へ戻る気力も湧いてこない。
どうしてなんだろう…。

「上がったよ!持っていこうか?」

「ううん、大丈夫。それくらいの力は残ってる。
あ…。ねぇ、マスターは奥さんと知り合ってから、確か一ヶ月くらいで結婚したよね?
結婚ってそんなすぐに、お互い決めちゃうもん?」

「はぁ?まぁ人それぞれだろうけど、俺たちは付き合いだしてすぐに、
こいつが運命の人だ!ってお互いが思ったからよ。
もう後にも先にも、そいつ以上の出会いはないって思うから、別にいつ結婚しようが
時期なんて関係ないわけ。だったら早くに一緒になりたいだろ?
いや、まだこの先いい出会いが待ってるかも知れないぞ!なんて思ってたら
結婚までの道のりは遠いよな…。
って、なに?いきなりのこの質問!俺も大まじめに答えちまったじゃないか!
ビールの泡が消えちゃっただろっ!」

「あぁ、いいから自分で入れてく!ほら、お客さんだよ!」
雪見は慌ててサーバーから泡だけを継ぎ足し、そそくさとその場を立ち去った。

ばっかみたい。私ってば、なに聞いてんだろ…。
でもマスターが言ってる事って、当麻くんと同じ事だよね。
じゃ、私と健人くんって…。


「誰か開けてぇー!」
本日二度目の叫び声。今度は健人が開けてくれた。

「さっすがゆき姉!力あるぅ!」
四つのジョッキを持った雪見を見て、当麻が感心してる。

「フリーカメラマンはね、一人で重たいカメラバッグを背負って、どこでも
行かなきゃなんないから、力持ちになんのっ!
そんな事よりみずきさん、『秘密の猫かふぇ』いつから再オープンするのか
目処はついてるの?」
雪見に、もう当麻たちの結婚話の続きを聞く勇気はなくなってた。

「うん。近々会員にはご案内を出すんだけど、クリスマスを予定してるの。
今、支配人が中心になって、里親に預けてた猫ちゃん達を集めて回ったり、
再度従業員研修をしたりして、準備は進んでるみたい。
父の意向で今回もオーナーは正体を現さないから、私がやることと言ったら
資産の運用と、新しく保健所から迎える猫と暮らして、最初の躾けをする事くらいね。
でねっ私、猫の世話するために津山の家を出て、宇都宮の家で暮らすことにしたの。当麻と…。」

「ええーっ!?ほんとにぃー!?」

みずきは、照れながらも嬉しそうに当麻を見つめ、当麻もみずきを見つめて微笑んだ。
またしても驚いたのは健人と雪見だった。

「お、おめでとう!いやー、今日は驚かされっぱなしだなぁ!
当麻の引っ越しはもう済んだの?まだなら俺、手伝うけど。
俺んときは当麻に手伝ってもらったからね。」

「いや、健人の手伝いはいらないわ!絶対俺一人でやった方が綺麗に片付く!」

「それは言えてる!」
雪見の突っ込みに、当麻とみずきが大受けする。

なんだか二人とも、本当に幸せそう。
きっと宇都宮さんはこんな光景を見て、安心して天国へ行けるだろうな
と思ったら、少しだけ心が軽くなり二人を祝福したい気持ちが湧いてきた。

でも、まだまだひねくれてる私の心…。










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