コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.26 )
- 日時: 2011/02/25 06:53
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
健人とスタジオを出て、長い廊下を歩き出した時
後ろから「浅香さん!」と呼ぶ声がした。
振り返ってみると、健人のチーフマネージャーの今野さんが
二人に向かって歩いて来る。
二人同時に、「お疲れ様でした!」と今野さんに声をかけると
「いや、こちらこそお疲れ様でした。どうでしたか?初日の撮影は。」
と、雪見に向かって話しかけた。
「ええ、無事に終わらせていただきました。
昨日、急に決まったお話でしたから、ここに来るまでは
少し不安だったのですが、
今野さんが話を通しておいてくださったお陰で
スムーズに仕事を進めることができました。ありがとうございます。」
そう言って、雪見は今野さんに頭を下げた。
「健人も、今日はやたらと調子良さそうなんですよ。
こいつ、朝は弱いから、いつも早朝の仕事はテンション上がらずに
こっちも苦労するんですけど、今日はスタジオ入りした時から
顔つきが全然違ってました。
これも、雪見さんのお陰かな?」
「とんでもないです!私のお陰だなんて。
私はただ、健人くんが少しでもリラックスしてくれて、
仕事の合間に素の表情を見せてくれたらいいなと思って。
じゃないと、私が撮らせてもらう意味が無くなっちゃいます。」
「いやぁ、あなたにお願いして本当に良かった!
いい写真集になりそうで、期待してます。
明日から、結構タイトなスケジュールになりますが
またよろしくお願いしますね!
じゃ、僕はこれから事務所に戻りますので、あとは健人をよろしく。
健人、お疲れ!今日もあんまり飲み過ぎるなよ!また明日な。」
そう言い残し、今野さんは二人を追い越して出口の方へと
足早に去って行った。
「あんまり飲み過ぎるなよ!だって。
今日も、ってことは、いつも飲み過ぎってこと?」
雪見が健人に聞く。
「そんなに飲んでないから!まぁ、大体毎日は飲んでるけど…。
仕事終わったら、ふぅ〜って、肩の力抜きたくなるでしょ!
毎日抜かないと、肩凝っちゃう。」
「そうだね。私も同じ。
一日の終わりには美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲んで
あー今日も幸せだなぁ〜、と思いながら眠りたいもん。」
「わかるわかる、その気持ち!
俺とゆき姉って、結構似てるよね。やっぱ、はとこだからかなぁ。」
「まぁ、ばあちゃんが姉妹だから、同じ遺伝子は受け継いでるけど、
はとこが似てるかどうかはわからない。
けど、私と健人くんって、思うツボが一緒だよね。
だから、全然気を使わなくて済む。」
「ほら!俺も今、同じこと思ってた!
ゆき姉には全然気を使わなくて済むから、一緒にいて楽だなぁって。
俺たち、凄くない?」
「すごいすごい!だから早くご飯食べに行こう!お腹ぺっこぺこ!」
「俺も思った!」
「きりがないって!」
漫才のようなやり取りが楽しくて、二人は笑い転げながら
スタジオをあとにした。
「今日は、どこに連れてってくれんの?」
「えーとね。時間がもったいないから、この近くにしようと思う。
頭に浮かんでるお店が二軒あるんだけど、
健人くんは中華とイタリアン、どっちの気分?」
「えー!その二択はまずいなぁ。どっちも食いたいに決まってる!」
「うーん、どうしよう。私も決められないや。
じゃあさ、じゃんけんして私が勝ったら中華で、
健人くんが勝ったらイタリアンっていうのはどう?」
「うん、どっちが勝ってもいいや。じゃあ、じゃんけん、ぐー!
やった!俺の勝ち!ワインが飲める。」
「よし。じゃあ今日はイタリアンってことで、レッツゴー!」
夜の街を、黒い帽子に黒い眼鏡、大きなマスク姿の怪しい男と、
それに寄り添う年上女が、楽しげに通り過ぎた。
この男が、イケメン俳優 斎藤健人と気づくものは誰もいない。
人目を気にしなくて済む夜が、二人は大好きだった。
二日後の水曜日。
この日も、朝早くから健人のスケジュールはぎっしりだ。
ドラマに取材、ラジオの生放送にテレビの収録。
朝六時の撮影に始まって、全て終わったのは夜の十一時過ぎ。
「はぁーっ。やっと終わった。さすがに今日はしんどかった!」
健人の目は赤く充血し、目の下には隈ができていた。
「お疲れ様。大丈夫?健人くん。」
「うん、大丈夫だけど、早くコンタクト外したい!
ちょっと待ってて!」
そう言って控え室に戻り、コンタクトを外してメイクを落とした。
いつもの黒縁眼鏡をかけて帽子をかぶり、
さぁ帰ろう!と、雪見とテレビ局の裏口を一歩出たとたん
「キャーッ!健人だぁー!!」
と、出待ちをしていた多くのファンに、一瞬で取り囲まれてしまった。
キャーキャー言いながら健人を囲んだ、何重もの女の子の輪から
あっという間にはじき出された雪見は、
それを遠巻きに見ながら、改めて健人の人気を思い知らされた。
そうだよね。今一番人気の斎藤健人だもんな。
みんなだって、少しでもそばに近づきたいよね。
いいよ。せっかく会えたんだから、握手してもらいなさい。
雪見はなぜか、少しの嫉妬心も覚えず、
ただこの状況が落ち着くのを、じっと見守るだけだった。
だが、健人は違った。
一刻も早くこの場を立ち去り、雪見とご飯に行きたかった。
健人が、自分を取り囲む女の子達にお願いしてる。
「ごめんね!これから急いで行かなきゃならないとこがあるんだ!
悪いけど、行かせてね!遅れると困るから!!」
そう健人が言うと、好きな人を困らせてはいけないと思ったのか、
一人二人と健人のそばから離れていった。
「ごめん!またね!」
最後は、健人が女の子達の間をすり抜けるようにして
離れた場所にいた雪見の所まで走って行き、
雪見の手を取って、近くに停まっていたタクシーに飛び乗った。
「はぁーっ。最後に余計疲れた!」
「だって、今日に限ってマスク忘れてるんだもん。
見つからない方がおかしいって!
で、急いで行かなきゃならない所って?」
「もちろん、ゆき姉とのご飯!」
「まぁいいか!明日はやっと休みだもんね。
おばさんの手料理、凄く楽しみ!
私、明日十時に寄るとこあるから、健人くん迎えに行くの
十時半頃でいい?着いたら電話する。」
二人は明日の休みに思いを馳せて、幸せな気分に浸っている。
それはまるで、実家に里帰りする新婚さんのように見えなくもなかった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.27 )
- 日時: 2011/02/25 10:36
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今日は木曜日。
本当に久しぶりの、健人の完全休養日である。
ここ何ヶ月間か、全くのオフというのは無かったので
とにかくこの日を心待ちにしていた。
十時半頃、雪見が車で迎えに来るというので健人は、
朝はのんびりとベッドの中で、最近の睡眠不足を解消していた。
あぁ。今日はゆき姉が俺んちに泊まってくれるんだ!
昼飯食ったらゆき姉を、昔よく行った河原の公園にでも
連れて行ってあげよう!俺も東京出てから行ってないや。
もう変っちゃったかな。懐かしいだろうなぁ。
色々、実家に着いてからの事に思いを巡らすと、ワクワクしてきて
それ以上は寝ていられなくなった。
ベッドからぴょんと飛び起き、ブラインドを上げる。
夏の終わりのギラギラした太陽が、すでに健人の姿を捕らえていた。
うわぁーっ!今日も暑くなりそうだ!
健人は大きく伸びを一度して、バスルームへと歩き出した。
一方、雪見は朝早くから起きて、真由子にパソコンから
メールを送っている。
朝のメールチェックをしていると、真由子からのメールが届いていた。
開いて見ると、急な出張で今、ニューヨークにいると言う。
あの後、どうなったのか!と相当なおかんむりだ。
雪見は、しまった!と頭を抱えた。
日曜日、真由子の家で作戦会議中に突然家を飛び出してから
一度メールをしただけで、その後の忙しさにかまけて
まだ詳しい話をしてはいなかったのだ。
あー、また やっちゃった!!
連絡しようしようとは思ってたんだけど…。
雪見は大急ぎで、あれからのことをメールした。
真由子の家を出てから、健人の事務所へ行ったこと。
健人の写真集のカメラマンにして欲しいと、自分を売り込んだこと。
そして今は健人専属カメラマンとして、毎日一緒に仕事してること。
今日はこれから健人と一緒に、健人の実家へ行ってくること。
それらの詳しい話を打込みながら、雪見は不思議な気持ちになった。
こんなにすごい出来事が、たった五日ばかりの間に
起こっていたなんて…。
あの時真由子んちで、健人くんの写真集を見ていなかったら
今の自分はいなかった。
そう思うと、真由子に感謝こそすれ、こんな仕打ちは無かろうと
ひどく申し訳ない気持ちで一杯になった。
真由子に非情を詫び、帰ったらお礼をすると約束した。
すると、すぐに真由子からの返信が…。
健人に会わせてくれたら、全てを水に流す!
もう、実家にも連れてく仲なら、健人もそれぐらい
文句は言わないでしょう。
約束したからね!ちゃんと私を紹介してよ!
案の定というか、ほらきた!というか、そうなることは目に見えてたが
いつまでも内緒にしておく訳にはいかないので、仕方ないかと諦めた。
パソコンを閉じ、そろそろ出かける準備を始める。
簡単に朝食を取り、シャワーをする。
お化粧をしてから化粧道具を鞄に詰め、着替えも用意した。
めめに多めの餌を二ヶ所置き、水もたくさん入れてやった。
「めめ。明日帰るから、それまでいい子にしててね。
こういう時、もう一匹お友達がいると寂しくないのかなぁ。
そのうち考えておくね。」
めめの頭をなぜてやり、しばしの別れを惜しんだ。
よし、出かけるとするか!
まずは、この前予約してきたケーキを取りに行かなくちゃ。
雪見は、戸締まりを確認してからマンションを出発した。
十時の開店ちょうどに店の中へ入り、
頼んでおいた品を受け取って、代金を支払う。
思ったよりもスムーズに済んだ。
うーん、これから健人くんちに迎えに行っても少し早いな。
途中のコンビニに寄って、車の中で食べる
おやつと飲み物を買って行こう。
車で少し走って、駐車場の空いているコンビニに入った。
ええと、健人くんのいつも飲んでる野菜ジュースと
私の缶コーヒー。サンドイッチも買っておくかな。
おやつはこれが好きそうだな。まぁ、私が食べたい物だけど。
隣で退屈だったら困るから、雑誌でも買っていくか。
ちょうど今日発売の、健人が表紙になった雑誌が二冊あったので
それもカゴに入れて、レジへと急ぐ。
よし、準備OK!健人くんを迎えに行こう!
健人のマンション前に到着。車の中から電話を入れる。
「もしもし、健人くん?おはよう!準備できてる?
もう下にいるから、用意できたら降りてきて。」
これから健人を乗せて、埼玉の健人の実家までドライブだ。
電話を切った途端、なんだか急にドキドキしてきた。
どうしよう、緊張してきちゃった!
あんなに毎日、お酒を飲みに行ってご飯を食べる
間柄になったのに、なんで今頃……
そんなことを考えているうちに、健人がマンションから出てきた。
「おはよう!ゆき姉。なんか朝から、めっちゃ暑くね?
エアコン効いてる?ゆき姉の車。
俺、朝飯食ってないから、どっかコンビニ寄って行きたい!」
車に乗り込んできた健人は、やたらとテンションが高い。
まるで遠足のバスに乗っている、小学生のようだ。
「そんなことかと思って、ちゃんと朝ご飯買ってきたよ!」
「うわ、さすがゆき姉!俺のこと、わかってるぅー!
なになに、サンドイッチ?俺、コンビニで買おうと思ってた!
いつもの野菜ジュースもある!すごいね、ゆき姉って。」
いつまでたってもハイテンションな健人は
そのあともひたすらしゃべり続け、
結局二冊の雑誌は、一度もページを開かれることもなく
レジ袋のなかで眠ったままだった。
さぁ、みんなが待っている家へと急ごう!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.28 )
- 日時: 2011/02/25 19:14
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「おかーさーん!お兄ちゃん達、帰ってきたよー!!」
ちょうど玄関先で、花に水やりをしていたつぐみが
雪見の車が到着したのに気が付き、
キッチンにいる母に向かって大声で叫んだ。
「よっ!ただいま!」
「早かったね、お兄ちゃん!」
「ゆき姉が、結構飛ばし屋だったから。」
「誰が飛ばし屋だって?こんにちは、つぐみちゃん!
今日はお世話になります。」
そう言って、雪見がつぐみに頭を下げた。
「ゆき姉がうちに泊まるのなんて、何年ぶり?」
「いつ以来だろ?十年以上前なことは確かだわ。」
健人と雪見が話ながら家に入って行った。
「おじゃまします、おばさん!お言葉に甘えて来ちゃいました。」
「いらっしゃい、雪見ちゃん!よく来てくれたわ。
いつも健人がお世話になって、ありがとうね!」
「いいえ、こちらこそ、健人くんのお陰で
こんな大きな仕事をさせてもらって。本当に感謝してます。」
ここの家族には、雪見の仕事が決まってすぐに
健人からのメールが入ったそうだ。
「もう、お兄ちゃんのメール、めちゃくちゃだったんだから!
どんだけ嬉しかったのかは知らないけど、
意味理解するのにみんなで悩んだんだよ!
専属カメラマンってことだけは、理解できたけど。」
「俺、そんな変なメール、送った?
自分じゃ、ちゃんと打ったつもりなんだけど。」
「だいたいお兄ちゃんのメール、字ばっかりで読みにくいの!」
「おめーのメールこそ、絵文字ばっかで読みにくいわ!」
雪見は可笑しかった。
私と居るときの健人くんは、甘えん坊の弟みたいなのに
ここに帰った健人くんは、ちゃんとお兄ちゃんになるんだ。
つぐみちゃんも、自慢のお兄ちゃんなんだろうな。
「さあさ、お腹すいたでしょ?お昼ご飯用意したから食べなさい。」
「えーっ!俺、ずっとお菓子食ってたから、あんまり腹減ってない!」
「なに言ってんの!あんたはいいけど、雪見ちゃんは運転してたから
お腹すいてるでしょ!」
「ゆき姉も、なんだかんだ言って、食ってたよ!」
「あ、いただきます。でもその前に、お仏壇お参りしていいですか?
ちいばあちゃんにお線香上げさせてください。
あ、つぐみちゃん。美味しいケーキ買ってきたから、みんなで食べて。
それとお待ちかねのコタとプリンの写真集!
ごめんね、遅くなって。送ってあげようと思ったのに
健人くんが、行ったときでいいからって。」
「そして自分だけ先にもらってんでしょ!いっつもずるいんだから!
わーい!ありがとう、ゆき姉!!
キャーッ!かわいい表紙!うそみたい!コタとプリンだ!!」
わいわいみんなで言ってると、二階から虎太郎とプリンが降りてきた。
その二匹を捕まえて、健人がそれはそれは嬉しそうに抱きしめる。
「コタ!プリン!いい子にしてたか?会いたかったぞぉ!」
「コタ!プリン!こっちにおいで!ゆき姉があんたたちの
写真集を作って持ってきてくれたよ!見て見て!」
健人とつぐみで、二匹の取り合いが始まった。
そんな二人を、雪見は心に温かなものを感じながら、笑って見てた。
軽く昼食をご馳走になり、雪見と健人は腹ごなしに
近所の河原へ散歩に出かけることにした。
昔この家に遊びに来たときには、必ず出かけた思い出の場所だ。
「あ、そんなに遅くならないで戻ります。
夕食の準備、手伝わせてくださいね。
おばさんにキムチの美味しい漬け方、もう一度教えてもらうために
来たんだから、先に準備しちゃわないで下さいよ。
じゃあ、ちょっと行ってきます。」
雪見は、まだ強い日差しを避けるために大きなつばの帽子をかぶり、
健人はバレないように、サングラスと帽子をかぶった。
「お兄ちゃん!マスクはいいの?」
「あっつくて、さすがに無理!まぁ、大丈夫でしょう。」
久しぶりに歩く、懐かしい河原。
あの頃より河川敷の木々は生い茂っているけれど、
風の匂いはなにも変らず、二人の間に涼しげな記憶を蘇らせた。
「きっもちいいー!!最高だね!やっぱ、ここ来て良かった!」
「ほんと、懐かしいね!あの頃はここでドッジボールとかしたよね。
よく、健人くんにボールぶつけて泣かせてた!」
「そうだ、めっちゃ早いボール投げてくるんだもん。
今考えると、大人げないよなー!」
そう言いながら、健人は芝生の上にゴロンと横になった。
「見て、ゆき姉!すっごい青空!気持ちいい!」
健人はサングラスを外し、天を仰いだ。
「俺さぁ。子供のころ、ずっとお姉ちゃんが欲しくてさ。
幼稚園ぐらいまではよく母さんに、お姉ちゃん産んで!って
せがんでたんだって!
で、産んだら妹だったって、がっかりしてたらしい。」
「それ、おばさんに聞いたことある!面白いよね、子供の発想って。」
「今、やっと夢が叶った感じ。ゆき姉が本当の姉貴みたい。」
心の中では解っていたが、実際に健人の口からそう言われると
胸の奥で涙が流れた。そうだよね…。
努めて明るく健人に聞いた。
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんが欲しかったの?」
「お姉ちゃんだと、優しく宿題とか教えてくれるじゃない。
弟のわがままも、全部聞いてくれそうだし。」
「ええっ!そんな理由?そんなの完璧に妄想だよ!
残念ながら、私、雅彦に宿題教えたことないし、
雅彦のわがままも聞いたことない!」
「えーっ!そうなの?俺、雅彦兄ちゃんがずっと羨ましかったのに!」
「現実なんて、そんなもんだよ。
私は反対に、健人くんとつぐみちゃんの関係が羨ましいけどな。
だって、自分のお兄ちゃんが、あの今一番人気の斎藤健人なんだよ?
絶対に自慢のお兄ちゃんなんだから!」
「そんなに斎藤健人って、すごいのかな。
俺、最近、自分で自分のことがよく解らなくなってきた。
ゆき姉。俺って一体何者なんだろう…。」
健人が見せた憂いの表情が、いつまでも頭の中から離れない。
いったい自分は何者なのか。
雪見の知らない健人が、道しるべを探してる。
霧に包まれた深い森をさまよう健人の手を取って
雪見は何としてでもそこから脱出しなければと思っていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.29 )
- 日時: 2011/02/26 15:23
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
川の淵を歩きながら家へ戻る途中
向こうから歩いてきた、小学二、三年生ぐらいの男の子
四人組とすれ違った。
手にはバケツと網を持っている。
すれ違いざまバケツを覗くと、
中には何匹かの小魚と小さな川蟹が入っていた。
「うわっ、まだいるんだ、蟹!もういなくなったかと思ったのに!」
健人が突然大声を出したので、
その四人組はびっくりして立ち止まってしまった。
「ねぇ、これ、どの辺でとったの?」
健人がサングラスをはずしながら、バケツの中をじっと見る。
「あっちの石がたくさんあるところ。
水たまりみたいになってるから、捕りやすいんだ!」
「へぇー。お兄ちゃんも昔、毎日友達と蟹捕りに来てたんだ。
でも、その時、俺たちが全部捕り尽くして、
もういなくなっちゃったかと思った!」
四人組は、「そんなこと、あるわけないじゃん!」と大笑い!
雪見も一緒になって笑っていた。
「ここは何にも変ってないんだなぁ…。」健人が小さく呟いた。
その時、一人の男の子が、「あれ?もしかして、斎藤健人?」
と、健人の顔を下からのぞき込んだ。
私は、『しまった!サングラス外してるじゃん!』と内心焦り、
「あれぇ?やっぱり間違えた?そっくりでしょ、このお兄ちゃん!」
と、慌ててその場をしのごうとした。
が、健人がその声を遮るように
「そうだよ、斎藤健人。俺のこと、知ってる?」
と、子供達に向かって話しかけた。
「知ってる!知ってる!俺、ドラマ見てる!」
「うちのお母さんもお姉ちゃんも、キャーキャー言いながら見てる!
うるさくてしょーがない!」
「ねぇねぇ、なんで斎藤健人がここにいるの?」
みんなが口々に聞いてくる。
「俺んち、この近くだから。たぶん、みんなの小学校の先輩。」
「へーっ!そうなの?すげーや!俺たちの先輩だって!!
こんなすごい先輩いたなんて、知らなかった!」 「俺も!」
「自慢できるよな!俺たちの学校、卒業したんだぞ!って。」
みんなが笑顔で嬉しそうに話すのを見て、健人も微笑んでいた。
「じゃあ、握手!ちゃんと家に帰ったら、宿題やんだぞ!」
「もう全部、終わってるもん!健人こそ、ドラマ、がんばれよ!」
「よっしゃ、頑張る! じゃ、またな!お母さんによろしく!」
そう言いながら一人一人と握手をし、手を振って別れを告げた。
「ねぇねぇ。お母さんによろしく!は、まずいんじゃない?
絶対健人くんち、捜されるって!」
「いいよ、別に。指名手配されてる訳じゃないし。」
「そうかなぁ…。」
そんなことを話しながら歩いていると、
後ろのほうから、「けんとー!」と大声で呼ぶ声がした。
二人同時に振り返ってみると、さっきの子供達が駆け寄って来る。
そして、手にしたバケツを健人の前に差し出し
「これ、あげる!握手のお礼!」と言った。
「え?せっかく捕ったのに、俺にくれんの?」
「うん、いいよ!懐かしいんでしょ?
俺たち毎日、捕りに来れるから。」
「やった!じゃあ、もらっとく!ありがとな!
絶滅しないように、ほどほどに捕っとけよ!」
健人が笑顔でバケツを受け取り、また子供達は戻って行った。
「もらっちゃった!」 健人が二ヤッと笑いながら雪見に言った。
「なんか、物欲しそうな顔してたんじゃない?」
「そうかなぁー。よし!昔みたいに、つぐみを驚かせてやるか!」
何かを企んだ健人の顔は、悪ガキの小学生のようだった。
「ただいまー!あー、暑かった!汗、びっしょりだ!
俺、シャワーしてくる。 あ、つぐみ!お土産。」
「なになに、お兄ちゃん!」
「ほら、リアルバッチ!」
そう言いながら健人が、手の中に隠していたさっきの蟹を
つぐみの胸にしがみつかせたその瞬間、
「いやぁーっっ!!やだ!取って取って!早く取って!!」
つぐみの大絶叫が家中に響き渡った。
健人は笑いながら、そのまま浴室へと消えて行くし、
おばさんもキッチンで大笑いしてるだけで
誰も取ってあげる様子がなかったので、雪見が蟹を外してやった。
「もう!お兄ちゃんのばか!!あとで、ぶん殴ってやる!」
「めずらしいね。まだ蟹っていたんだ!」
おばさんがキッチンから冷たい飲み物を運んできた。
「懐かしいね。昔あんた今と同じ事、しょっちゅう兄ちゃんにされて
よく泣いてたもんね!」
「ほんと!兄貴のくせに、いつまでもガキなんだから!」
遠い昔の健人を思い出し、なんだかあれから二十年ほども
経ってしまったかのような感覚に陥った。
「じゃあそろそろ、パーティーの準備を始めようか。
雪見ちゃん、手伝ってくれる?」
「もちろん!今日はめちゃくちゃ期待して来ました!
健人くんからチゲ鍋するって聞いた時から、楽しみで楽しみで!
おばさん、私にもう一度、キムチの美味しくなるコツ教えて下さい。」
「あら、雪見ちゃんもキムチ漬けるの?若いのに偉いわ!」
「でも、おばさんの味にはなかなか近づけなくて。
だから今日は秘密を伝授してもらいに来たんです。
キムチって、パワーが出るでしょ?疲労回復にもいいし。
おばさんと同じ味が出せたら、
健人くんにいつでも食べさせてあげられる。」
「ありがとね。健人のこと、気遣ってくれて。
忙しそうだから、身体のことがいつも心配なんだけど、
なかなか帰って来れないし、私もしょっちゅうは行ってやれないし。
だから雪見ちゃんが今、健人のそばにいてくれてる事が
とても嬉しくて。お父さんもよろしく伝えてくれって、
さっき電話がきてたのよ。」
「おじさんもお元気ですか?単身赴任からはいつ戻るの?
おじさんにこそ、ご無沙汰しちゃって。」
「ええ、元気元気!あと二ヶ月は戻って来れないけど、
一人暮らしを満喫してそうよ。じゃあ、始めようか!」
雪見と健人の母は、二人仲良く並んでキッチンに立ち
次々に手際よく、その夜の宴の準備を進めていった。
その後ろ姿は、まるで親子か嫁姑の間柄に見えると、
シャワーから上がってキッチンで牛乳を飲みながら
健人は眺めていた。
さぁ、楽しいチゲ鍋パーティーの、始まり始まり!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.30 )
- 日時: 2011/02/28 08:11
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
午後七時。
みんなが食卓について、チゲ鍋パーティーが始まった。
八月の終わりのチゲ鍋は、ただひたすら暑い!
エアコンをガンガンにしても、次から次へと汗が噴き出す。
「うちってさ、昔からこの時期必ずこれやるよね。
前から疑問に思ってたんだけど、なんで?」
健人がビールを流し込みながら、母に尋ねた。
「暑い時期に熱いものを食べるってのがいいんじゃない!
インド人だって、暑いところで辛いカレー食べてるでしょ?」
「なんじゃ、その理由!」
「違うよ。おばさんはこの時期、夏バテする家族のために
何か箸が進んでスタミナのつくものを、って考えてるんだから。
ねっ、おばさん!」
「まぁね。でも、みんなでまあるくなってお鍋囲むのって、
なんだか幸せだなぁーって思わない?
見てるだけで充分幸せになれる。」
「いいから見てないで食えよ!」
「だって、辛いんだもん!」
「自分で作ったんだろーが!!」
雪見は、自分もこの家族の一員になった気分で嬉しかった。
健人もまた、雪見がここにいることが嬉しかった。
お腹一杯ご馳走を食べ、みんな満足して後片づけにかかる。
雪見が皿を洗い、つぐみが隣でそれを拭き、健人が棚にしまう。
その様子を母はニコニコしながら見守った。
「ねぇ。お兄ちゃん達って、付き合ってんの?」
突然のつぐみの発言に、健人と雪見は慌てた。
「なにバカなこと言ってんの!そんなわけないだろーが!」
「ほんとにもう!なんでそんなこと思うの?」
「だって、自分たちじゃ気が付いてないかも知れないけど
二人って、ラブラブオーラが全開だよ!
普通の関係には見えないって!」
「てめー!ぶん殴るぞ!」
逃げるつぐみを健人が追いかけて行った。
それと入れ替わりに、健人の母が雪見の隣りに立つ。
「ありがとね、雪見ちゃん。いつも健人の事を思っていてくれて。
あの子ああ見えて、結構傷つきやすいところがあったり
頑張り過ぎちゃうことがあるから、私、心配なの。
お陰様で、今は皆さんにとても応援していただいてるけど
こんな人気がいつまでも続くとは思っていない。
でもね、私は健人の母として、あの子のここまでの努力は
全部見てきたから、その過程をうんと褒めてあげたい。」
「私もそう思います。健人くんは本当によくやってますよ。
カメラマンとして毎日見てて、思うんです。
私にできることで、健人くんの助けになれたらいいなって。」
「お願いね。健人をよろしく。」
そう言い残し、母はキッチンを出て行った。
つぐみと母が、「もう二階へ上がるから。おやすみ。」
と雪見に言って、居間を出た。
それとすれ違いに健人が風呂から上がり、
冷蔵庫から「寝酒、寝酒!」と言いながら冷えた白ワインを出す。
「ゆき姉も、飲む?」
「あ、いいねぇ!じゃ、二人で二次会といきますか!
ちょっと待ってて。今なんか、おつまみ作る。」
雪見は、キッチンにあった先程の残り物をアレンジして、
手早く簡単なおつまみを作った。
「お待たせ!じゃあ、改めてカンパーイ!」
「おつかれー!あー、うまいっ!このつまみも美味そう!
ゆき姉って、ほんと、料理うまいよね。」
「いいお嫁さんになれそう?」
「なれる、なれる!俺もこんなうまい飯、毎日食って暮らしたい!」
「えっ?」
「あっ!お、男なら誰でもそう思ってるってことだから。」
そう言って、健人はワインを飲み干した。
「なんか、やっと疲れが抜けてった気がする。
ここんとこ、めちゃ忙しくて俺、かなり弱ってたから。」
「そうだね。カメラ覗いてて私も思った。大丈夫かなぁ、って。
だからね、本当はこのお休みも、
今野さんから写真を撮ってくるように言われてたんだけど
それじゃあ完全休養日にならないから、撮影は止めることにした。
ま、帰ったら叱られるだろうけど。」
「そうだったんだ。どうしてカメラ出さないのか不思議だった。
俺のこと、そんなに思ってくれてたんだ。ありがとね、ゆき姉。」
「だって健人くん、カメラ向けるとすぐかっこいい顔するし、
カメラなんてあったら、気が休まらないもんね。
私はただ、少しでも健人くんが、健人くんらしくいられるように
お手伝いしたいだけ。」
雪見もワインを飲み干す。
「俺さぁ。なんか最近、俺が俺でなくなってきた感覚なんだよね。
ほんとの俺って、どんなのだっけ?って感じ。
よくわからなくなってきた。」
「そう。」
「みんながかっこいい、かっこいいって言ってくれるのは嬉しいけど
かっこ悪いとこだって、いっぱいあるのが俺なのに…。」
「そうだね。本当はかっこ悪いとこだって、いっぱいある。
でも、わかってくれてる人は絶対にいるよ。
健人くんが気が付いてないだけで、ちゃんといる。
少なくとも、私は健人くんの強いとこも弱いとこも
ぜーんぶ知ってる。
だから大丈夫だよ。健人くんは今のままで大丈夫。
このまま進んでいいんだよ。
私がいつも、後ろで見てるから。
もしも道に迷ったら、後ろを振り返って私を見て。
健人くんの行く道を、私が教えてあげる。」
「ゆき姉……。」
「さっ、寝ようかな。なんだか最後のワインが利いてきた。
健人くんも、また明日から忙しくなるんだから
今日は早くに寝てね!明日は、朝七時半出発だから。
じゃあ、おやすみ。」
雪見が客間へ戻ったあとも、健人は一人でワインを飲んでいた。
さっき雪見が言ったことの意味を、じっとかみ締めてみる。
それは確かに、自分への愛情を感じる言葉だった。
だが、それが「愛」なのか、「身内の愛情」なのか
健人にはまだ解りかねていた。
たったひとつ解ったことは、今、自分が雪見に対して
深い「愛」を感じているということだけだ。
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