コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.197 )
- 日時: 2011/06/13 02:30
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
あれから四日目。健人は毎日当麻のケータイに電話をし、マンションにも出掛けたが、
ケータイは着信拒否され、マンションには戻ってる気配がない。
仕方ないので当麻のマネージャーに電話して、それとなく様子を伺うことにする。
「あ、豊田さん?健人です。お疲れ様です!
あのぉ、当麻って今、仕事中ですよねぇ。え?実家に帰ったぁ?
いつですか、それ!昨日の夜?え?おばさんの具合が悪いの?
大丈夫なんですか?そう…。はい、わかりました、メールしてみます。
あ、俺ですか?今日はこれからロケで、横浜に向かってるとこです。
はい、ありがとうございます!じゃ、頑張ってきまーす!」
当麻が実家に帰った?ほんとかよ?
「どうしたんだ?当麻。実家に帰ってるって?」
車を運転してるマネージャーの今野が、心配そうに聞いてきた。
「あ、はい。なんか、お母さんが具合悪くて病院に運ばれたらしくて。
大丈夫みたいなんだけど…。」
「お前、当麻となんかあったの?」 「えっ?」
突然、今野が振り向いてそんなことを言うので健人は焦った。
「今野さん!前向いて運転してくださいよ!危ないなぁ、もう!」
「すまんすまん!けどお前、二、三日前からおかしいよ。
あ、当麻とじゃなくて、雪見ちゃんとなんかあったとか?」
「な、なんにもないですよ!ただ当麻とは連絡が取れなかったから、
ちょっと心配になって。おばさんが大丈夫ならそれでいいんだけど…。
あ、今日って何時終了予定でしたっけ?」
「東京到着は七時ってとこかな?あ、その後に事務所に呼ばれてるよ。
クリスマスのミニコンサートの話らしいけど。」
「そう…。じゃ、今日も帰りは十時過ぎるかな…。」
健人は、今野に聞こえないように小さくため息をつき、窓の外を見た。
ゆき姉、大丈夫かなぁ。ちゃんと仕事行ったかなぁ。
いつになったらゆき姉と一緒に暮らせるんだろ…。
そんな思いのため息だった。
あの日あの時…。
当麻さえ『どんべい』に現れなければ、お酒を飲みながら楽しく
雪見のインタビューに答えていただろう。
インタビューが終った後はきっと、いつ雪見んちに移ろうか、と
照れ笑いしながら話し合ったに違いない。
いや、もしかしたら、
「インタビューはまた今度にして、これから取りあえずの荷物を持って
ゆき姉んちに移ろう!」
ってことに、なってたかもしれない。
なのにあの時、当麻が来たから…。
その頃雪見は、いつも通り編集部にいた。
あれ以来ふさぎ込み、辛うじて編集部に出社はするものの、仕事が手に着くはずもない。
家に帰ってからも、健人が来ようとするのさえ拒み、
一人きりでずっと考え事をしては、涙を流す夜を過ごしていた。
当麻にキスされたことに泣くわけではない。
健人と当麻の親友関係を、自分が壊してしまった…、という
自責の念に押し潰され、もがき苦しんで流す涙であった。
今日十月二十日は『ヴィーナス』12月号の発売日。
健人、当麻と三人で沖縄ロケを行なった、あの特別グラビアがいよいよ
発売される日なのだが、今の雪見にとってそんなことはもう、どうでもよかった。
と言うよりも、今三人で仲良く写ってる写真など見てしまったら
即、涙が溢れるに決まってる。
なのに朝からみんなが次々と、『ヴィーナス』片手に雪見のデスクを訪れて、
三人のページを開いては、賞賛の声を雪見に投げかける。
「凄いですよ、雪見さん!さっきからずっとファクスやメールが殺到してます!
みーんな、このページに対するものばかり!
初めて雪見さんが登場した先月号も凄かったけど、今月号は更に上行く
大反響です!」
「そうなんだ…。それは良かったね…。」
「なんですか!その、気のない返事は。おかしいですよ、ここんとこ。
何日か前から、一度も笑顔の雪見さんを見ていない。
どうしちゃったんですか?しっかりして下さいよ、まったく!」
何を言われても、ひとつも心に入ってこない。
ほんと、どうしちゃったんだろ、私…。
こんな事じゃダメなことぐらい、よく知ってる。ちっとも前に進んでない事も…。
だけどどうしたら良いのか、ひとかけらのヒントも見つけられずにいた。
その日の夜七時。
「済みません!これから事務所に呼ばれてるんで、今日はお先に失礼します。」
そう言って雪見は編集部を退社した。
お昼に健人の事務所、いや雪見の事務所から連絡があり、
夜七時頃、話があるので事務所に来い、との事。
何だろう?まさか健人くんとのことがバレて、写真集がご破算になったとか?
それとも、当麻くんとのキスがバレたとか…。
タクシーの中であれこれ考えて、また雪見は泣きそうになっていた。
久しぶりに訪れた所属事務所。
未だ、自分がここのタレント兼カメラマンであることに、違和感を覚える。
きっと、いつまで経っても馴染むことはないだろう。
だが、馴染めないからこそ、来年の三月一杯までという期限を
一生懸命、全力で頑張ろうと心に決めていたはずだ。
「おはようございます!」
昼でも夜でも「おはよう!」と挨拶するのは、
学生時代のファストフードのバイトで経験済みだ。
呼ばれている会議室へと、ドキドキしながら進んで行く。
「失礼します!」ノックをして会議室のドアを開けると、そこには
見覚えのある顔がこっちを向いて、ニコニコしていた。
「えっ?当麻くんのラジオのプロデューサーさん?どうしてここに?」
訳が解らず入り口に立ち尽くしていると、後ろから誰かがやって来た。
横浜ロケから戻ったばかりの、健人と今野である。
「えっ?ゆき姉!?それに三上さんも!一体どうなってるの?」
健人が目をまん丸にして驚いている。それはこっちが聞きたいセリフだ。
なんでここに私が呼ばれたの?事務所は何を企んでるわけ?
健人と久しぶりに目を合わせると、健人が嬉しそうににっこりと微笑んだ。
その笑顔は以前と何一つ変わらずに、雪見にだけ注がれている。
健人の笑顔の魔法にかかり、雪見は少し自分を取り戻した。
この人の隣りにさえいれば、私は大丈夫だったんだ!
ちゃんと前を向いて歩いて行こう!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.198 )
- 日時: 2011/06/13 06:25
- 名前: うちの (ID: JM4GV/kx)
前を向いて行こう!
とってもかっこいい言葉ですね^^
とても面白いです^^
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.199 )
- 日時: 2011/06/14 10:33
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「よし!みんな揃ったようだな。じゃ、始めようか。」
そう声を上げたのは、この芸能事務所の若き常務取締役、小野寺だ。
最年少で常務に昇進したやり手だが、役員になっても現場第一主義の、
頼れる兄貴のような存在だった。
「えー、今日集まってもらったのは、健人のクリスマス限定ライブの話ともう一つ、
いい話だぞ!健人、喜べ!」
小野寺は健人の方を見て、ニヤッと笑う。
「な、なんですか?いい話って…。」
健人はそのいい話に、まったく心当たりが無い。一体何だろう?
しかも、なぜ雪見までもがここに呼ばれてるのかさえ、まだ聞いてはいない。
「健人。念願のCDデビューが決まったぞ!
この三上さんが、全面的にプロデュースしてくれるそうだ!」
小野寺の隣りに座ってる、『当麻的幸せの時間』プロデューサーであり
凄腕音楽プロデューサーでもある三上が、にっこりと微笑んでうなずいた。
「えっ?ほんとですか!ほんとに俺がデビューできんの!?」
健人のビックリ嬉しそうな顔!
「ただし、だ。デビューの最初は三人組のユニットで、って事になった。
あとのメンバーは、今日は来れなかったが当麻と、それから雪見さん。
あなたです!」
「ええっ!?」
健人と雪見が同時に驚きの声を上げた。
雪見にとっては、まさに青天の霹靂!
タクシーの中で考えてたここに呼ばれた理由とは、まったくかけ離れていた。
「ち、ちょっと待って下さい!
私は三月一杯までしか、ここにはいないんですよ!
それに今は編集作業に追われていて、そんな大変な仕事は無理です!」
「あなたの写真集の仕事は、健人へのインタビューと当麻からのコメント取りで終了です。
あとはプロの編集者に任せなさい。」
「そんな…。」
そうしなければならないことは薄々解っていた。
私はあくまでもカメラマン…。
本来は健人たちへのインタビューでさえ、雪見の仕事ではないのだが、
無理を言ってやらせてもらうのだ。
でもこの写真集だけは、最後の最後まで編集者と共に携わりたかった。
雑用でも何でもいい。印刷所に回すその瞬間までを見届けたかった。
それは自分一人のわがままであると、充分解ってはいたが…。
子供の頃から歌うことが大好きで、小学校の卒業文集には将来の夢を書く欄に、
『歌手!』と迷わず書いた記憶がある。
だが、今その夢が実現したところでちっとも嬉しくはない。
それはすでに過去の夢だから。もうどうでもよい夢だから…。
雪見が視線を落とし、何かを考えている。
健人はその隣で、浮かない顔の雪見をぼんやりと見つめていた。
小野寺が、二人の様子を見ながら話を先に進める。
「三上さんからデモテープを聴かせてもらったが、雪見さんがめちゃくちゃ
上手くて驚いたよ!すでに完成されたアーティストのようだ!」
「デモテープ?デモテープなんて録ったこと無いですけど…。」
雪見が不思議そうに小野寺に聞く。
すると三上がバツ悪そうに頭をかきながら、「ごめん、俺だ。」と言って
テーブル上のCDプレーヤーのボタンを押した。
そこから流れてきたのは、雪見が以前当麻のラジオで無意識に歌った
『涙そうそう』だった!
「えっ!これって、もしかしてあの時の…。」
「そう。これを聞いた時から、ずっとあなたの声が頭から離れなくなった。
そう言う歌声って、あなたにも経験があるでしょ?
たった一度聞いただけなのに、『これって、誰が歌ってるんだろう?』
って、心を捉えて離さない歌声。あなたの声が、まさにそうなんです。
で、これを聞いた時に俺の決意は固まった。」
そう言ってもう一度CDをかけると、今度は健人たちと三人で歌ってる
『WINDING ROAD』が流れた。
「えーっ!これってもしかして、この前スタジオで本番前に練習してたやつ?
録ってたの?」 今度は健人が、驚きながらも嬉しそうな声を上げる。
「これを三上さんから聴かされて、お前達のCDデビューを打診されたんだ。
健人も当麻も、一人ずつじゃちょっと弱いかなぁと思ってたんだけど、
三人で歌ったら凄くいい!
なんでこんなに、三人の息がぴったり合うわけ?難しい曲なのに。」
「え、えっ?」
小野寺からの問いに健人に雪見、それとマネージャーの今野が、内心ドギマギする。
が、健人が持ち前の演技力でなんとか乗り切った。
「そりゃ、俺とゆき姉は生まれた時からの付き合いだし、当麻は俺の大親友ですよ!
息が合って当り前じゃないですか!ねっ、ゆき姉!」
突然振らないでよ!と思いながら、健人をジロリと見る雪見。
しかし、ここでうろたえては怪しまれるので、努めて冷静にいつも通りの声で話す。
「健人くんはもちろん、今では当麻くんも、私の弟みたいなもんですから
仲良くさせてもらってます。でも、当麻くんはなんて言ってましたか?
断ったんじゃないですか?」
今のこの三人の関係を考えるなら、断っても当然だと思って聞いてみた。
「当麻?当麻は大喜びしてたよ!
昨日の夜、当麻からお袋さんのことで、沈んだ声で電話をもらったんだが、
その時に、『三人でCD出す話が来てるけど、お前はどうしたい?』
って聞いたら、いきなり声が明るくなりやがってさ。
『絶対やらせて下さい!俺、頑張りますから!』って、病院の中なのに
でっかい声出して。看護婦さんに注意されてる声がしたよ。」
そう言って小野寺は可笑しそうに笑ってる。
当麻がそんなことを…。
健人も雪見も、同じような思いでいた。
当麻は、三人の仲を元通りにしたがっている…。
あれ以来、健人からの連絡を拒絶しながらも、きっと自分一人になって
必死に心を修復しようと努力しているのだ。
そう考えると、スッと雪見の気持ちにも変化が訪れた。
全てを洗い流して、三人の関係を元に戻すチャンスは今しかないのではないか。
「やります!やらせて下さい!これって、写真集の宣伝にもなりますよね?
写真集の話題作りになるのなら、もう、何だってやっちゃいます!」
いきなり雪見が立ち上がったもんだから、みんながびっくりしている。
健人は隣で雪見を見上げながら、胸が熱くなってきた。
『またゆき姉は、俺のために頑張ろうとしてるんだね。
ありがとう、ゆき姉!愛してる。』
健人も立ち上がり、「よろしくお願いします!」と笑顔で頭を下げた。
また三人の、新たなスタートラインがここに引かれた瞬間だった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.200 )
- 日時: 2011/06/14 10:38
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
うちの さんへ
読んでいただいてありがとう。
これからもお暇な時にでも、のぞいてやって下さいね。
お互いがんばりましょう。
では、また…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.201 )
- 日時: 2011/06/15 12:38
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「よしっ!じゃあ決まりだなっ!三上さん、あとはうちの三人を全面的に預けますので、
どうかよろしくお願いします!」
小野寺が隣の三上の方を向いて、深々と頭を下げる。
「いや、こちらこそ、こんなに凄い三人を私に任せてくれて、本当にありがとう!
この事務所において、いや日本の芸能界にとって、健人と当麻が
どれほど大事な存在であるかは、重々承知しているつもりです。
もちろん雪見くんの才能も、決して潰すようなまねだけはしたくない。
だから私も、全力を注いで三人をプロデュースします。
しかし、いかんせん時間がない。
1月5日CDデビューとなると、あと二ヶ月半後だ。
と言うことは、遅くともあと一ヶ月でレコーディングして、
発売までに一回でも多く流さないと。」
「あと一ヶ月でレコーディングぅ!?それって無理じゃないっすかぁ!?」
「無理です!絶対無理!だって健人くんと当麻くんは、いつも歌のレッスン
受けてるからいいけど、私はド素人ですよ!!無理に決まってます!」
健人と雪見が必死になって訴えたが、三上はニコニコして聞いてるばかり。
そして自信と確信に満ちた、落ち着いた声で二人に言って聞かす。
「大丈夫!俺がそれで行けると思ったから、デビューをそんな早くに設定したんだ。
このメンバーじゃなかったら無理だよ、もちろん。
でも、お前達なら行けるんだよ。もっと自分に自信を持て!
一体、俺様を誰だと思ってんの?」
それだけ言うと、三上はニヤッと笑って白い歯を見せた。
「けど自信を持てって言われても…。
私には、どこからもそんな自信なんて出てきません…。」
さっきの勢いはどこへやら、雪見は一気にへこんでいる。
「自信はなくても、やる気はあるんだろ?だったらそれで充分だ!
その代り、かなり厳しい一ヶ月にはなるけどな。
よし!決まったからには時間がもったいない!
まずはここのレッスンスタジオを借りて、軽く声を聞かせてもらおうか。」
三上がソファーを立ち上がった時、健人が待ったを掛けた。
「ちょっと待って下さい!あのぉ、デビュー曲って、もう決まってるんですか?」
「おぉ!肝心な事を忘れてた!すまんすまん!
曲はすでに何曲か出来上がってはいるが、まだ決定はしていない。
バラードっぽいのがいいか、アップテンポなのがいいか、もう少し考えさせてくれ。
それと歌詞がまだ付いてないから、それも急がないとならん。」
「えーっ!じゃあ本格的にデビュー曲の練習を開始するのって、まだ先じゃないですか!
ホントにそんな短期間で、上手く歌えるようになるのかなぁ…。
俺も当麻も、ドラマの撮影が毎日みたいにあるし、合間に他の仕事も入ってるし。」
健人は、この先の超人的忙しさを想像し、段々と元気がしぼんでくる。
一方雪見は、さっきから隣で何か考え事でもしてる様子だ。
「あのぅ…。」雪見が三上に小さく声をかける。
「あの…、そのデビュー曲の歌詞、私に書かせてもらえませんか?」
「ええっ!?」全員が一斉に雪見の顔を見た。
雪見は、他の誰も視界に入れずに真っ直ぐと、三上だけを真剣に見据えてる。
「時間が無いのは解ってます。でも、せっかくのデビュー曲なんだから
少しは思い入れのある曲にしたいんです!
私に三日間時間を下さい。必ず三日で書き上げます!お願いします!」
隣で健人は、『あの時と同じ瞳だ!』と思いながら雪見を見つめていた。
『俺の写真集のカメラマンを、自分にやらせてくれ!って、この場所に
直談判しに来たあの時と、まったく同じ目をしたゆき姉がここにいる…。
この人は、また俺のために突っ走ろうとしている…。』
困ったことに、雪見の姿が徐々にぼやけてきてしまった。
『ゆき姉がそんなこと言うから…。』
すると、雪見の真剣な表情をじっと見ていた小野寺が、サッと膝の向きを変え、
隣りに座る三上に突然頭を下げた。
「三上さん!僕からもお願いできますか!
僕も出来ることなら三人のうちの誰かに、歌詞か曲のどちらかでも
オリジナルな曲を作らせたかったんです。
デビュー曲がまったくの他人が作った曲と、メンバーが作った曲とでは
ファンの反応が全く違う。
だが、どう考えても今回のデビューに間に合わせて、健人か当麻が曲を
作ってる時間など無いと諦めてた。
けど雪見さんが、もしデビュー曲にふさわしい良い歌詞を書けたなら、
それを使ってやって欲しいんです!」
「私に、その出来てる曲のデモテープを、貸していただけませんか?
時間がないので曲にピッタリと合う文字数で、歌詞を作っていきます。
三日後にここで聞いて判断して下さい!ダメだったら諦めます!」
雪見も必死に食らいつく。
しばらく腕組みをして考え込んでいた三上が、にっこりと微笑んで
GOサインを出した。
「いいでしょう!ただし、本当に三日間しかあげられませんよ!
こっちはこっちで、別の歌詞も用意させてもらいます。
あなたの歌詞がダメだった場合は、即、こっちの歌詞でレッスンを
開始しなければならない。三日後からレッスン開始です!
ここのスタジオに、仕事の終った者から駆けつけて指導を受けてもらう。
かなりキツイ毎日になるが、どうにか一ヶ月間体調管理をしっかりして
乗り切って欲しい!じゃ、皆さんもよろしくお願いします!」
そう言って三上は立ち上がり、全員と握手をする。
雪見には両手で手を握り、「期待してるよ。頑張って下さい!」と笑顔で言った。
そのあとはすぐにスタジオに移動し、健人と雪見は一曲ずつ、
一番得意な曲をみんなに歌って聴かせる。
健人はミスチルの『花火』を、雪見は少し考えてやはり歌い慣れた歌、
中島美嘉の『雪の華』を選択した。
健人の生歌は小野寺も今野も、レッスンやイベントで何度も聞いているが、
雪見の生の歌は今初めて耳にする。
カラオケのイントロが鳴り出した時、三上が二人に「感動的ですよ。」
と、小さくささやいた。
雪見が歌い終わった時、健人は勿論のこと、雪見の歌に対して無防備だった
三上、小野寺、今野の三人は、ただの涙もろいオッサンになって
必死に涙をこらえている。
雪見の声が、また魔法をかけた瞬間だった。
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