コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.422 )
- 日時: 2012/05/23 20:00
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「こんにちはっ!」
「え…?キャーッ!!雪見さんだぁ!どうしたんですかぁーっ!?
お母さん、今日は抗癌剤の日じゃないですよ?おうちにいると思うけど。」
「あ、母に用じゃなくて婦長さんに…。」
昼下がりの午後。
突然ひょっこり顔を出した雪見に、ナースステーションは大騒ぎ!
入院患者のリハビリ体操指導を終え、束の間ホッと一息つくはずの看護師たちは、
のんびりお菓子を食べてる場合じゃなくなった。
ここ、雪見の母がお世話になってる乳腺専門病院は、三十代とおぼしき看護師が多い。
彼女らにとって雪見は、勿論第一に患者さんの家族。
が、それ以上に同世代、看護師とカメラマンというプロの仕事人同士でありながら、
片や人気アーティストになり、その上12歳も年下の人気俳優斎藤健人を彼氏に持つのだから
雪見に注がれる羨望の眼差しはハンパではなかった。
嫉妬というよりは同世代の希望の星、憧れの人!と言った眼差しである。
「いつも母がお世話になってます!はい、これ差し入れ。
苅谷翔平くんと私お薦めの、美味しーいワッフル!皆さんでどうぞ!」
今や健人や当麻を凌ぐ勢いで人気の、苅谷翔平お薦めのワッフルなどと言ったもんだから、
それこそナースステーションは蜂の巣を突いたほどの大騒ぎ!
「うそーっ!?雪見さん、苅谷翔平くんとも仲良しなんですかぁ!?
羨ましすぎるー!やっぱ健人くん繋がりで?」
「それもあるけど、私が翔平くんの写真を撮ったのがきっかけかな?」
「私、翔ちゃんの大ファンなんです!会いたい会いたーい!」
「健人くんと翔平くん、仲良しですもんね!それに当麻くんでしょ?
いいなぁ雪見さん!イケメンに毎日囲まれて。夢の世界だ!
そんで、そんな凄い雪見さんと、今私達がおしゃべりしてること自体が夢みたい!」
ナースステーションとは思えないほどの賑やかさをもたらしてしまい、
雪見はちょっとまずかったかな?と周りの患者さんが気になり出した。
いくらアットホームな個人病院にしたって、病室では寝てる人だっているはず。
ここは早くに用事を済ませて退散しないと…。
「あのぅ、婦長さんは?今日はお休み?」
『看護婦』という名称から『看護師』に変わった今でも、この病院では皆が
「師長」ではなく「婦長」さんと呼ぶ。
それは年配の患者がそう呼ぶからでもあり、それを四角四面に声を大にして
「違います!今は師長と呼ぶんです!」と訂正するのではなく、
患者さんがそう呼びたいのならそれでもいいじゃない、と病院全体が
何事に対しても、柔軟に受け入れてくれる優しさが雪見は好きだった。
姿の見えない婦長を捜してキョロキョロしてると、グッドタイミングで当の婦長が入ってきた。
その瞬間の皆の慌てっぷりときたら!一斉に背筋がシャキーンと伸びた。
「ふ、婦長っ!お疲れ様でしたっ!あ、これ浅香さんから差し入れを頂きました!」
「あなた達の声、手術室まで聞こえてましたよっ!」
その姿から婦長は、どうやら午前中手術室の担当だったらしい。
この病院は小規模の個人病院であるため、大病院のように手術室担当看護師を置かず、
病棟の看護師がシフトにより平等に手術室にも勤務する。
よって、皆が少数精鋭の凄腕看護師であることに間違いなかった。
しかも手術室は同じフロアの一番奥にあるので、婦長の言葉はあながち
大袈裟でもない気がして、看護師たちは一様に首をすくめる。
「ほらねー婦長!やっぱり雪見さんだぁ!私の言った通りでしょ?」
そうタメ口をききながら、婦長の後ろからニコニコ顔で入って来たのは、
初対面当日にファンだと大騒ぎし、いきなり雪見にロビーコンサートまでやらせた
看護師の田中である。
彼女とはその後大好きな歌の話で盛り上がり、今や看護師の中では一番気の合う
仲良しさんになっていた。
「あ、田中さんも手術室入ってたんだぁ!お疲れ様でした!」
彼女のことを当初雪見は、なぜか新人看護師だとばかり勝手に思い込んでいた。
それは小柄で顔立ちが幼いのと、婦長にさえタメ口をきくその言葉遣いに
主な原因があるのだが。
しかし後に彼女が雪見と同い年であること、実はこの病院の中で唯一、
スペシャルな資格を持つ乳がん認定看護師である事を母に聞かされ、
ビックリ仰天した経緯がある。
「すーぐわかったよ!雪見さんが来てるってね。お母さんの調子はどう?」
田中は真っ先に母の体調を聞いてきた。
普段は雪見と同い年とは思えぬほどキャーキャーしてる、セワシナイ人。
だが最近それは、患者や家族の重苦しい心を少しでも紛らわせようとする、
彼女なりのパフォーマンスのような気がしてる。
現に彼女はいつもと変わらぬ賑やかさだったが、笑顔の奥の瞳は鋭く、
担当患者である雪見の母の体調を、雪見の言葉を通して注意深く観察してるかのようだった。
「うん、昨日はあんまり…。今日も仕事が忙しくて何時になるかはわかんないけど、
後から様子を見に行こうと思ってる。」
「そうなんだ…。で、今日はなに?なんか用があって来たんでしょ?」
雪見の声や表情から、瞬時に母の状態を読み取ったのだろう。
あまり抗癌剤の副作用が芳しくないと判断したらしく、素早くポケットから
メモ帳とペンを取り出し、なにやら短く書き留めていた。
「あ、そうだ!婦長さんと田中さんにお願いがあって来たんだった!」
雪見はやっと本来の目的を思い出した。
「婦長さん!急でわがままなお願いで申し訳ないのですが、三日後の25日の夜、
私に田中さんを貸していただけないでしょうか!」
「えっ!?どういうこと?」
雪見の突然のお願いに、当の婦長と田中は勿論のこと、周りにいた看護師たちも
一様に「えっ!?」と声を上げた。
「私の最後のライブを、どうしても母に見てもらいたいんです!
でも母は、体調の優れない自分なんかが行っては周りに迷惑を掛けるからと、
頑として来てくれるとは言ってくれなくて…。
だけど、これを母に見てもらえなかったら私、一生後悔すると思うんです!
母が亡くなったあとも…。」
雪見が言った最後の一言に、ナースステーションは静まり返った。
だが雪見は構わずに言葉を続ける。
「看護師さんが一緒にライブに行ってくれるとわかったら、母も少しは安心して
見に来てくれるんじゃないかと…。
お願いします!田中さんを一晩貸して下さい!」
その静寂こそが、母の行く末の答えなのだろう。
だが雪見にそのことに対しての動揺はなく、ただ今は婦長に懇願することだけが
すべてと思っている。
この世に生んでくれた母への感謝の気持ちを、ステージから歌で伝えたくて…。
こんなにもあなたの娘はみんなに愛されているんだよ。
今までも、そしてこれからも永遠に幸せだよ。
だから安心してね、と心から伝えたくて…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.423 )
- 日時: 2012/05/23 20:18
- 名前: 柚乃 ◆hQBVSu1GII (ID: OQN7GsL9)
久しぶりです!
前にコメントした時は名前が違ったかもしれませんが…。
前は、コメントできなくても陰ながら読み続けていたのですが、
ここ最近は忙しくても読むのもできなくなってしまいました…。
でも、ちょっとずつでも読んでいきます!コメントはできないかもしれませんが。
これからも応援してます!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.424 )
- 日時: 2012/05/24 09:01
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
柚乃さんへ
こんにちは!コメント、どうもありがとうございます!
えーと、多分以前は違う名前だったと思います。
どなたかな?と想像しながら読ませてもらいました。
私も最近は諸々忙しく、以前のように毎日更新は出来なくなりました。
それでも書いてる以上、一人でも読んで下さる人がいるからには
完結するまで何がなんでも頑張ります。
どうかこれからも、お暇な時にはのぞいてやってくださいね。
ありがとうございました!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.425 )
- 日時: 2012/05/29 17:30
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
僅かばかりの沈黙は、すぐに婦長が打ち破ってくれた。
いつにも増して穏やかな笑みを浮かべ雪見を見つめたあと、あまりにも唐突なお願いに
目をぱちくりしてる田中に向かって言った。
「そう…。わかったわ。田中さん、25日の勤務はどうなってるの?」
「え?25日ですか?今週の金曜日でしょ?確か準夜勤だと思ったけどな…。」
相変わらずのタメ口をききながら、田中はポケットから手帳を取り出し
「うん、やっぱりそうだ!」とうなずきながら婦長を見る。
「じゃあ私が勤務を代わってあげるから、あなたは浅香さんに付添って
コンサートに行ってあげなさい。
担当患者さんの願いは出来る限り聞いてあげる。これがこの病院のモットー!
いつもみんなに話してるわよね。」
婦長は、少し羨ましげに見てる他の看護師を見渡してにっこり微笑み、田中を促した。
「えっ!?いいんですかぁ!?でも婦長、25日のお休みは何か用事があったんじゃ…。」
さすがの田中も、嬉しさ半分遠慮半分な顔して婦長をのぞき見る。
「あー、いいのいいの。急ぐ用事じゃないし。
それよりもあなた、お休み中とは言え看護師として患者さんに帯同するんですからね。
緊急に備えてバイタルチェックだけは怠らないように。」
婦長は最後に一瞬だけ、キリッとした目で田中を見た。
だがすぐにまた笑顔に戻り、「まぁ、あなたの方が興奮し過ぎて倒れないようにねっ!」
と言って笑ったが、瞬きほどの田中とのアイコンタクトを雪見は見逃してはいない。
それが何を意味しようとも、今は考えないようにしよう。
母をライブに連れ出す条件が整い、ただそれだけを喜ぶことにしよう。
「婦長さん、ありがとうございます!田中さん、よろしくお願いします!」
雪見が二人に頭を下げると同時に、田中のスイッチがONに切り替る。
「やったーっ!うそっ!?私が雪見さんのライブに行けるのぉ!?
しかもお母さんの帯同看護師でぇ?やだ、ウソみたーい!!
斎藤健人と三ツ橋当麻にも会えたりするっ?
もしかして首からバックステージパスとかぶら下げて、お母さんと一緒に
楽屋とかも入れちゃったりとか?」
田中のテンションが一気に爆発し、びっくりした婦長が思わず「うるさいっ!」と叫ぶ。
そこで雪見はまたしてもシマッタ!と思うのだった。
他の看護師だって行けるものなら行きたいに決まってる。
少しは騒ぐであろうと予想してはいたが、まさかここまで大騒ぎするとは…。
「た、田中さん田中さん、落ち着いて!詳しい話は後からねっ。
あ、そーだ!忘れてた。みなさんにもう一つ差し入れがあったんだ!」
雪見が、ナースステーション入ってすぐ脇に、ドカッと置きっぱなしにしてた
大きなトートバッグの存在を思い出し、慌てて中身をよいしょ!と取り出した。
それは二十冊以上もある写真集であった。
「良かったらここに置いてもらえませんか?私が今までに出してきた写真集なんだけど。
二冊ずつ持って来たので、一セットはこのナースステーションに、もう一セットは
三階の談話ホールに置いてもらえたら嬉しいなっ。
少しは皆さんの気晴らしになるかな?と思って…。」
「うそーっ!?雪見さんの出した写真集?わぁ!可愛い猫がいっぱい!」
「キャーッ!こっちは健人くんや翔平くんの写真集だぁ!裏表紙にサインがしてあるぅ!」
「これ、欲しいーっ!」
「だーめっ!ここに置いといて、疲れた時に癒やされるのっ!
みんなのだからねっ!勝手に持って帰ったら怒るから!」
さっきまでちょっと憮然とした表情だった他の看護師らが、写真集を手にして
キャッキャと大騒ぎ!
これまた婦長のお叱りを受けそうな騒ぎようで、雪見は思わず「シーッ!」と
人差し指を唇に押し当てた。
だがどうやら皆がまあるく収まったらしい。
田中も一緒に加わって、雪見と婦長そっちのけで楽しそうに笑い合ってる。
「婦長さん、本当にわがままなお願いでご迷惑をお掛けしました。
このお返しはいつかきっと…。」
雪見が改めて深々と頭を下げ礼を言うと、婦長は穏やかな声で雪見に言って聞かした。
「言ったでしょ?この病院のモットー。私達は後悔する看護だけはしたくないの。
それはね、この病院が院長先生のそういう信念の元に造られたから。
だから私達は、浅香さんの笑顔のお手伝いが出来て嬉しいのよ。
こちらこそ、言ってくれてありがとう。」
思いもしなかった婦長からの礼に、雪見は瞳一杯の涙を浮かべた。
その言葉の意味がどうであろうとも、この病院に巡り会えたことを神様に感謝した。
表情を動かすと涙が溢れそうで、ただただ笑顔で婦長に一礼し病院を後にする。
車に乗り、ハンドルを握る前に涙を拭いた。
よし!きっと母さんは喜んでくれる。
笑顔になった母さんの写真をいっぱい撮ろう!
思い残すことなくカメラマンとして、娘としての最高傑作を撮ってあげよう。
人生最後をいつか飾るであろう、その時のために…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.426 )
- 日時: 2012/06/02 21:47
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「こんばんはー!母さん、調子はどう?」
その日の外仕事を終え、残りの作業は自宅のパソコンでやらなければならなかったので、
一足先に現場を後にし実家へと立ち寄る。
午後7時。勝手に家に上がり込み居間のドアを開けると、そこにはソファーに横たわり
目を閉じている母の姿があった。
「母さん!具合悪いのっ!?大丈夫っ!」
「びっくりするでしょ、そんなに大きな声で。死んでなんかないから安心しなさい。
仕事は?もう終ったの?」
駆け寄った雪見の心を見透かすように、母は笑いながら上半身を起こす。
良かった…。今日は昨日より体調がいいみたい。
声のトーンが昨日とはうって変わり力強く感じられたので、ホッと胸をなで下ろす。
そこで雪見は、先ほど看護師田中から電話で指示された通りの小さな芝居を、
自信を持って実行に移した。
「うん、あとの仕事は家でやらなきゃなんないの。
母さんに良い知らせがあるから寄ってみた。」
「えっ?良い知らせ…って?」
訝しげに顔を見上げる母に、雪見は満面の笑みで答える。
「あのねっ、25日の私のライブ、看護師の田中さんも見に来てくれるんだって!
すっごい嬉しいでしょ?なのはいいんだけど昨日の夜、田中さんからメールが来てさぁ。
一人じゃ心細いって言うんだよー!あんなに普段ワーワー騒がしい人なのに。
でね、どうしても一人じゃ無理だから母さんと一緒に見たいって言うの。
可哀想になって、母さんの事こちらこそよろしくお願いします!って返事しちゃった!」
「ええーっ!?」
母の驚きたるや相当であった。
すでに行く気はまったくなかったらしく、お腹の底からの大声をしばらくぶりに聞く。
「母さんは無理だって言ったでしょ!周りの皆さんにご迷惑かける訳にはいかないって!
なんで勝手にそんな返事しちゃうのよっ!」
母の反応なんて聞く前からわかってる。母はいつでもそういう人だ。
自分の事で周りに迷惑かけるのが、死ぬほど嫌いな人。
きっと本当の死を目前にしても、その姿勢だけは崩すことはないだろう。
けどね、悪いけど今回だけは引き下がらないよ。
私が一生後悔するもの。
母さんが死んだあと、絶対私が後悔するもの…。
そんな後悔背負って生きるなんて、まっぴら御免!
「母さん、大丈夫だって!昨日より今日の方が調子いいでしょ?
今日より明日の方が調子いいんだよ?だったら三日後はもっといいでしょ!
それに担当看護師さんが隣りにいるんだよ?こんなに安心なことないじゃない!」
「…ねぇ。あんたまさか田中さんに、無理言って頼んだわけじゃないでしょうね?」
「えっ…!?そんなこと、あるわけないでしょ!!」
まずいっ!今バレたら絶対に来てはくれない…。なんとかしなくちゃ!
「母さん…正直に言うね。今回はどうしても来てほしいの!
あのね、健人くんのお母さんや当麻くんのお母さんも見に来てくれてね、
終ったあとスタッフさんみんなに挨拶して回るんだって。
うちの息子が大変お世話になり、ありがとうございました!って。
これだけ大規模な全国ツアーをやらせてもらったんだもの。
なのにうちだけ誰も挨拶に行かないのは、どう考えてもマズイでしょ!?違う?」
一か八か、真っ向勝負で戦ってみようと思った。
本当はそんな理由、後付なんだけど…。ところが!
「えっ!そうなの?うそっ!どうしてそれを、もっと早くに言わないのよ!
たーいへん!こんな毎日寝てる場合じゃないわっ!
やだーっ!なに着て行こう!?ね、今何時?」
「え?え?今?まだ7時半前だけど…?」
思いもしなかった突然の豹変ぶりに戸惑う雪見。
「ねっ、買い物付き合って!これから服買いに行く!!」
「えっ?ええーっ!?」
「うっそ!そんで?それから二時間もゆき姉と歩き回ったわけ?
おばさん、疲れ切ったんじゃね?大丈夫だったの?」
「疲れ切ったのは私の方よ!母さんなんて『あー、お腹空いたぁ!』とか言って、
ざるそば一枚ペロッと完食したんだからっ!
昨日はプリン一口しか食べられなかったのに。ほんっとにもう!」
雪見が帰宅してから三十分もしないうちに帰ってきた健人が、着替えてコンタクトを外し
眼鏡を掛けながらテーブルにつく。
食卓には、雪見が大急ぎで作った軽めの料理三品と白ワインが並んだ。
「ごめんねー。ほんとは真由子からもらった美味しそうな赤ワインがあったから、
圧力鍋でビーフシチューでも作ろうと思ってたのに…。」
「充分ご馳走じゃん!いっつも感心するけど、マジゆき姉ってすげーよね!
魔法みたいに短時間で美味い料理が出て来る。絶対ビストロとか出来るって!」
「そう?じゃあ老後は二人でお店でも開こっか!」
「老後ぉ?そんなヨボヨボになってからじゃヤダよ!」
健人が笑いなが二つのグラスにワインを注ぎ、お疲れっ!と言いながら
ひとつを雪見に手渡す。
そして雪見がいつになく嬉しそうに笑っておしゃべりするのを、健人はグラス片手に
頬杖つきながら幸せな気分でジッと眺めた。
「なになに?顔になんか付いてる?」
健人の視線に気付いた雪見が、怪訝な顔して聞いてみる。
「目と鼻と口。あ、眉毛と泣きぼくろも。」
「なにそれ?健人くんにだって私とおんなじの、付いてるよーだ!」
ケラケラ笑って雪見がワインを飲み干したところへ、また健人がグラスを満たす。
それから噛み締めるように、ぽつんとつぶやいた。
「もうすぐ、ぜーんぶ俺のものになるんだね。」
「えっ…?」
ポロッと溢れた本音であった。
『YUKIMI&』引退まであとわずか。その日を健人は待ち望んでいたのだ。
確かに今の雪見には大勢の熱狂的ファンがつき、交際宣言した二人とは言え
まだ雪見はファンのものでもある。
それを今まで決して口には出さないで来た健人だったが、その日を目前にして
思わず本音を語ってしまったのだ。
「今まで嫌だった…の?」
「違うよ、そうじゃない。けど、早く落ち着きたかったのはホント。
二人で堂々とニューヨークへ渡って、早く演劇の勉強がしたい。
24時間ずっと一緒にいて、二人でたくさんミュージカルやお芝居見て、
英会話を習ったりワークショップに参加したり…。
買い物にも行きたいし、あっちこっち見て回りたいし、やりたい事が山ほどある!
もちろん結婚式も…。あ、それを真っ先に言わなきゃダメだったかー!」
健人は照れてワインをゴクゴクと飲み干した。
あーうまいっ!と笑いながら。
雪見は嬉しくて嬉しくて、すべてを泣きぼくろのせいにして泣いていた。
健人が手を伸ばし、よしとしと頭を撫でてくれても尚のこと。
それから三日間、二人は全力で準備してその日を迎えた。
いよいよ全国ツアー最後のライブ、東京公演初日が幕を開ける!
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