コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.227 )
- 日時: 2011/06/29 15:10
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)
櫻井薫さんへ
読んでくださってありがとうございます!
これからもお互いに、頑張りましょう。
では、また…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.228 )
- 日時: 2011/06/30 10:15
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)
「嘘だろっ!俺をつけてたって…。まさか義人兄ちゃんが…。」
ショックを受ける健人の隣で雪見は、自分でも不思議なほど落ち着いて
嫌な予感が的中してしまった、とだけ思った。
だが、それだけで終らせるわけにはいかない。
健人にとっては、思い出一杯の従兄弟かもしれないが、私にとっては幸いにして
何の思い入れもない、赤の他人に程近い親戚だ。
いや、健人は私のはとこでかまわないが、こんな男を健人と同様に
私のはとこ、だとは呼びたくもない。
一旦、この人には別に嫌われようが何しようが構わない、と思ってしまうと
雪見はひどく冷静に冷酷に、相手に対峙してゆく。
「あなた、健人くんと私を売るつもり?一体どういう神経の持ち主かしら。」
「こっちも生活が懸かってるもんでね。
なんせカミさんが、子供二人置いて出てっちゃったばっかりだから。
二人の話を嗅ぎつけた時、やっと俺にもビッグチャンスが巡ってきたと小躍りしたよ。
健人んちに電話したらつぐみちゃんが出て、探りを入れたら案外簡単にここを教えてくれてさ。
まさか俺がこんな仕事してるなんて思ってないから、懐かしがって色々
お喋りしたよ、二人の事。」
健人と雪見は、つぐみの名前が出てきたことに驚愕した。
すでに健人の実家にまで手を回したとは…。
「義人兄ちゃん。俺たちのことは実家には何一つ関係無い。
もう二度と、つぐみに接触するのは止めてくれ。お願いだから…。」
健人の声は、明らかに震えていた。
その悲しげな健人の声を聞き、雪見は許せない!と思った。
健人を悲しませる者は誰であろうと、この私が許さない!
「健人くんはもう時間だから、戻って仕事の準備をして。
ごめんね、せっかく美味しい朝ご飯を作ってあげようと思ってたのに。
私のお昼用に買ったサンドイッチ食べてから行ってね。
あと、野菜ジュースも買ってあるから飲んでよ。
それと、卵なんかは冷蔵庫に入れておいて。忘れないでね!
じゃ、あとは私に任せて行った、行った!」
雪見は飛びっきりの笑顔を見せ、強引に健人の手にコンビニのレジ袋を握らせて、
なかなか立ち去ろうとしない、健人の背中を押した。
「私なら大丈夫。健人くんが思ってるほど、か弱くないの。」
自分で言いながら、可笑しくなって雪見は笑った。
「か弱いなんて、思っちゃいないよ。
けど、ゆき姉は俺のこととなると、すぐ暴走しちゃうから心配なんだ。
絶対に連絡ちょうだいよ!わかった?」
「わかってるって!行ってらっしゃい。夜にスタジオで待ってるよ。」
こんな状況にも関わらず雪見は、新妻がダンナ様を見送る気分に浸って
健人を見つめる。
健人は後ろ髪を引かれながらも、どうしても穴を開けられないドラマ撮影のために
雪見を残し、マンションに戻ることにした。
「ゆき姉に何かあったら、この俺が許さないから!」そう男に言い残して…。
健人の姿を見えなくなるまで見届けて、雪見はこれから挑む難交渉に向けて
自分の気合いを入れ直す。
「こんなとこに立ってるのもなんだから、そこのベンチに座りましょ。
お化粧しないで出て来たから、少しでも日陰にいないと…。」
雪見は、こんなことになるのなら、きちんと化粧してからコンビニに
行けば良かった!と、今更ながら後悔した。
こんなすっぴんに眼鏡で、この公園にあと何時間いるはめになるものやら…。
今日が仕事休みの日曜日だったから、まだこうしていられるけれど
これが平日だったら、とんでもない話だ。
っつーか、このしょーもない、健人とは似ても似つかない(と思いたい)
『はとこ』のお陰で私は、夢にまで見た大事な大事な同居初日の朝食を、
すっかり作り損ねたじゃないか!
初日ってのは、もう二度とやって来ないんだぞ!一体どうしてくれよう!
再びそれを思い出した雪見は、無性に腹の虫が収まらない。
が、同時に腹の虫が鳴き止まないことにも、今気が付いた。
「ねぇ、お腹空きません?あなたも朝早くから、あそこで私たちが出て来るのを
待ってたんでしょ?私もお腹ペコペコだから、ちょっとそこのコンビニ行って
朝ご飯買って来ます。あ、逃げも隠れもしないから安心して。
腹が減っては戦は出来ぬ、でしょ?じゃ、待ってて下さいね。」
そう言って雪見は、公園沿いにあるさっき買い物したばかりのコンビニに
再び入り、サンドイッチやおにぎり、飲み物を素早く買って、また公園へと戻ってきた。
「お待たせしました。サンドイッチとおにぎり、どっちがいいです?
あ、両方でもいいですよ。多めに買ってきたから。飲み物もお好きなのをどうぞ。」
男はおにぎりと緑茶をチョイスし、雪見はサンドイッチとカフェオレを選んだ。
それを口に運びながら、公園の木々を眺める。
ふと、『まさか私達、夫婦になんか見られてないでしょうね。』
とか思うと、周りの視線が急に気になって仕方なくなった。
とっとと話をつけて、家に帰ろう!
「いつからカメラマンを?ずっと今の仕事をしてた訳じゃないですよね?」
「以前は新聞社の報道カメラマンだった。この仕事は離婚してから。
大体都内の現場が多いから、子供たちのそばにいてやれると思って。」
「そう。お子さんはいくつ?」 「五歳と七歳。二人とも男。」
「ヤンチャ盛りだ、大変そう!」 「いや、親思いのいい子だよ。」
一瞬、目を細めて父親の顔になったのを、雪見は見逃さなかった。
「じゃあ、健人くんが戦隊ヒーローやってた時、夢中になって見てたでしょ?」
「そりゃもちろん!『パパはこの人のいとこなんだぞ!』って言ったら
いとこの意味を保育園の先生に聞いてきて、『パパ、すごいね!』って。
しばらくは俺、保育園の先生方の人気者だった!」
そう言いながら男は、嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ。じゃ子供たち、健人くんに会わせてあげれば?きっと大喜びするんじゃない?」
「えっ?」 思いもよらない雪見の言葉に、男は目を丸くした。
「今日の夜八時に、健人くんの事務所に子供を連れて来れる?
私達、歌のレッスンがあってスタジオに集まるの。
話を通しておくから、プロとして一番いいカメラを持って来て。
レッスン前に健人くんと子供たちの、記念写真を写してあげよう!
はい、これ私の名刺。なんかあったら、ケータイに電話して。
じゃあ、夜に待ってるからね!絶対来てよ!」
それだけ言うと雪見は、残りのサンドイッチやおにぎりの入った袋を
「お昼に食べて!」と男に強引に手渡し、風のように去って行った。
雪見がいなくなった公園のベンチには、爽やかな緑の風の匂いが残っている。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.229 )
- 日時: 2011/07/01 08:12
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)
雪見が急いでマンションに戻ると、すでに健人は出掛けた後だった。
『ちゃんとお見送りしたかったな…。朝ご飯も作りたかったし…。』
朝ご飯の恨みは、きっと一生消えそうもない。
でも元をたどると、私が昨日冷蔵庫を空っぽにしなければ、予定通りに朝ご飯を作れたわけで。
なんで冷蔵庫を空っぽにしたかと言うと、私が一人デビューをごねて
スタジオを飛び出して来たからであって。
ヤケになって料理に走ってしまったばかりに、冷蔵庫が空になって…。
で、冷蔵庫が空だったからコンビニに出掛けて、写真を撮られたという…。
なーんだ、結局は自分のせいじゃん!という所に落ち着いた。
今日は早めに事務所に行って、常務に謝らないと…。
あ、その前に健人くんに連絡しないと、心配してるだろうな…。
なんて考えながら居間に入ってビックリ!自分ちとは思えない、この散らかりよう!
テーブルの上には、サンドイッチの袋と野菜ジュースのパックが散乱してるし、
床の上にはまたしても、猫と遊んだ後と思われる丸めたチラシが多数転がってるし。
寝室に行けば、雪見がいなくて慌ててガバッと飛び起きたままに、
ベッドから掛け布団が落ちる寸前であった。
『あっちゃー!整理整頓や片付けが苦手だとは、よくインタビュー記事で読んでたけど
まさかここまでとは!
こりゃ毎日健人くんが出掛けた後は、掃除からスタートだな!』
よし!と腕まくりをし、手際よく部屋を片付けてゆく。
洗濯だって、今日からは二人分。料理の下ごしらえも二人分。
何だって二人分かと思うと、ひとりでに顔がにやけてしまう。
今日の晩ご飯は何にしよう。健人くんの好きなチーズハンバーグがいいかな?
もしかして当麻くんも食べに来るかもしれないから、お鍋にしようか。
あとで買い出しに行ってこなきゃ。ビールも忘れずに…と。
あ!健人くんに連絡するの、すっかり忘れてたぁ!
まずい!あんなに心配してたのに!
それから雪見は慌てて健人にメールを入れた。
お疲れ様。頑張ってる?
私は無事家に帰ったから
安心してね。
話があるから休憩時間に
電話下さい。
by YUKIMI
それから三十分ほどで、健人から電話がきた。
「もしもし、健人くん?ごめんね、仕事中に。
あ、私なら無傷だから大丈夫!安心して。
それより、今日は八時のレッスンに間に合うんだよね?あのね…。」
詳しい事の経緯を説明して、今野さんにも協力してもらうことにした。
あとは当麻にも。
「私、色紙持って行くから、子供達にサインしてやってね。
斎藤健人のサインじゃなく、変身前のジュピターレッドのサインだよ!
子供達はジュピターレッドに会いに来るんだから。
当麻くんは戦隊もの、やってなかったっけ?じゃ、三ツ橋当麻のサインでいいや。
うん、当麻くんには私が頼んでおく。今野さんにはお願いね。
大丈夫!きっと上手くいく。だって、健人くんの好きだった義人兄ちゃんでしょ?
元々、悪い人じゃないんだから…。うん、わかった。じゃ、スタジオでね。」
健人はまだ不安げであったが、雪見は必ず上手くいくと自分を信じた。
さて、あとは当麻くんにメールして、買い出しに出掛けよう!
色紙とマジックも買ってこなくちゃ!
夜七時半。みんなより三十分早く事務所へ行き、常務に昨日の非礼をまず詫びる。
「申し訳ありませんでしたっ!私、とっても失礼なことをしてしまったと後悔してます。
あんなに常務と三上さんが私の歌を買って下さったのに、少しも心を開けなくて…。
私にまだチャンスは残ってるでしょうか?
今度は私からお願いします。どうか私をデビューさせてくださいっ!」
雪見は、もしこれで許してもらえなかったら、土下座してもいいと思いながら
小野寺に深く頭を下げ、微動だにしなかった。
だが、雪見の覚悟は無意味で…、あっさりと小野寺はデビューを許可した。
「ありがとうございます!私、本当に頑張ります!
三月に燃え尽きて終われるよう、全力でお仕事しますから!」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。
今日からきみの名前は、『YUKIMI&』だ!
最後の『&』は発音しないが、健人と当麻につながってるという意味でつけた。
三人で、デビューまで切磋琢磨して頑張って欲しい。」
雪見は、その『&』が何より気に入った。
私は一人じゃない!そう思える事ができて、心強かった。
常務にお礼を言ってからスタジオに移動すると、すでに健人と当麻は来ていて
雪見を温かく迎えてくれる。
「よかったね!ゆき姉。これからよろしく!」当麻が嬉しそう。
「今日から一緒に頑張ろうね、俺たちと。」健人が優しく微笑んだ。
三人で固い握手を交わしていると、スタジオのドアが控えめに開いて
一人の男の子が顔だけのぞかせる。
「あっ!ジュピターレッドだ!本物なの!?」パタパタと健人に駆け寄った。
続いて弟も駆けてくる。「本物だよ、兄ちゃん!パパが言ってたもん!」
突然の兄弟の登場に、心の準備がまだだった健人は少し慌てたが、さすがは俳優、
一瞬にしてレッドになりきり、子供達のリクエストに応えて変身ポーズを決めてみせる。
父親である義人も、今野に連れられてスタジオに入ってきた。
「ようこそ。」健人が義人に右手を差し出し、二人は握手する。
それを見て子供達は、「パパって凄いんだね!ほんとにレッドのいとこなんだ!」と、はしゃぎ回った。
健人を真ん中にして子供達が手をつなぎ、義人がプロの顔つきで写真を写す。
子供達の顔は実に嬉しそうに輝いていて、それを写す義人の顔もほころんだ。
最後に雪見が自分のカメラを取り出し、当麻、義人も三人の中に加わって
五人の記念写真を撮ってやる。
「ああ見えてもあのおばちゃん、パパに負けないくらいのカメラマンなんだよ。」
健人が笑いながら子供達にささやいた。
「だーれがおばちゃんよ!まっいいか。じゃ、みんな、おばちゃんのカメラを見てね!はい、チーズ!」
いい写真が撮れた自信がある。みんなが心から笑っていたから…。
別れ際、雪見は鞄からコタとプリンの写真集を取り出し、健人に渡して
今度は『斎藤健人』のサインを入れ、子供達に手渡した。
「今度、埼玉の家にこの猫たちを見においで。待ってるから。」
そう言って健人は、最後の握手を力強くする。
雪見は、「子供達の夢、壊さないでやってね。」とだけ義人にささやいて
手をつないだ三人が、スタジオを出て行くのをそっと見送った。
それ以来、義人が雪見たちの前に現れることは、二度となかった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.230 )
- 日時: 2011/07/01 18:09
- 名前: う (ID: Ue208N0d)
おいおいおいおい?
すっかりラブラブ日記に戻ってるじゃん?
この話の題名は?「アイドルな彼氏に猫パンチ」
じゃなかった?今は「アイドル名彼氏と幸せライフ」になってるよ?
あの問題ももう少し時間をかけて完成してほしかったな。
アイドルな彼氏(斉藤健人)に「ふざけんなぁ!」とか言って猫パンチするんじゃないの? そのために勝気な女性にしたんじゃないの?これじゃあ、弱気な女の子でも話は一緒だよ。
これじゃあ題名変えてもらうか、話を変えるかだな。
どっちも嫌なら消すことを進める。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.231 )
- 日時: 2011/07/02 06:47
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)
「さぁ!じゃレッスンを始めるぞ!」
事務所専属のヴォイストレーナー柴田の掛け声で、雪見たち三人は
グランドピアノの周りに集まる。
発声練習から始まり、声を良く出すための練習曲、はたまた腹式呼吸のための腹筋運動まで、
時間のあまり取れない健人と当麻の為に、様々な要素が効率よくトレーニングできるよう、
工夫がされたメニューだった。
「こんな本格的なレッスンは何年ぶりだろう。中学卒業以来だから…、
え?十八年振り?うそだぁ!あれからもうそんなに経つのぉ!?」
小学校中学校と、九年間所属した児童放送合唱団を、退団してからの年数を
指折り数えてみた雪見は、十八年という歳月の経過に気が遠くなりそうだった。
十八年前と言えば、健人達はまだ二、三歳!
そんな赤ん坊のような時期に、雪見はすでに中学を卒業してたなんて!
いまさらながらこの二人との年の差を、目の前に叩き付けられたような気がした。
「健人と当麻は久々のレッスンだけど、割と声が安定してるから大丈夫そうだな。
雪見ちゃんも、合唱団にいた頃のレッスンを思い出したでしょ?
基礎っていうのは、何十年経っても変わらないもんだから。」
柴田の言った『何十年』が、心に再びパンチを入れてきたが、
事実なんだから仕方ない!と開き直るよりほかなかった。
「あのぉ、私こんなんで、なんとかなるでしょうか…。」
不安で仕方のない雪見が、柴田に感想を求める。
「大丈夫!三上さんに聞いてた通りだったよ。
凄く魅力的な歌声だ!話し声とはまったく違うね。
基礎が身体に染みついているから、ちょっとのレッスンですぐいけると思う。
デビュー曲、もう歌えるんだって?一度聞かせてもらえる?」
「歌えるって言っても、自分の解釈で歌ってるだけですから…。」
「それでいいんだよ。歌っていうのは、自分の中できちんと消化してから声にしないと
相手には伝わらないものなんだ。
まだスタートの段階なんだから、気にしないで歌ってみて。」
「わかりました。」
スタンドマイクの前に立ち、雪見が目をつぶる。
すでに完成されてる練習用カラオケの前奏が始まり、見開いた雪見の瞳に
健人は見覚えがあった。
それは、カメラを構えた時に雪見が見せる、プロの鋭い眼差しと同じ瞳だった。
真剣で鋭くて、優雅で優しくて、自信に満ち溢れた瞳で写真を写す時と同じ雪見が、
今マイクの前に立っている。
『自分じゃ気が付いてないのかも知れないけど、ゆき姉の中でこの曲は
すでに自分の曲なんだ。だからあんな瞳で…。』
歌い終わって雪見が、『ふぅぅ…。』とため息をつく。
いつも雪見は前奏が始まると、意識が異次元に飛んでいくように歌の世界に入り込み、
一切の雑音が聞こえなくなる。
歌っている最中に緊張などしたことがなく、曲が終ると同時に異次元から
また引き戻される感覚があるのだ。
だから一曲歌い終わると、かなりの体力を消耗してしまうらしい。
聴いていた柴田が言葉を失っている。
初めて雪見の歌を聴いた者は、誰しもがそうなった。
「いや、これは…。驚いたとしか言いようが無い…。
もうきみに教えなきゃならない事なんて、何一つないよ。
とんでもない新人を見つけたもんだ!三上さんは。」
雪見は、柴田の感想があまりにも大雑把で、歌う前より不安になった。
「あのぉ…。もっと具体的な言葉で、ビシバシおっしゃって頂きたいんですけど…。」
「じゃあ、一つだけアドバイスしよう。
もう誰のアドバイスも聞かない方がいい。
今のきみの歌い方を、誰かに壊してもらいたくない。
いいね?今のまま歌い続けていいんだ。もっと自分を信じなさい。
僕のレッスンはこれでおしまい!」
「え?そんなぁ!これでおしまい、って…。」
雪見は困って後ろを振り返り、小野寺に助けを求める。
小野寺は微笑みながら、黙って一度だけうなずいた。
「ヤバクね?これじゃ俺と当麻、完璧に負けるっしょ!」
健人が嬉しそうに当麻を見た。
「っつーか、これ、ゆき姉との競争じゃないっすよね?
競争だとしたら俺たち、可哀想すぎる!」
「おいおい、お前たち!切磋琢磨するんじゃなかったの?
昨日の勢いはどうした!
『俺たち、この事務所の最強コンビだよ?ゆき姉一人に負けるわけないじゃん!』
とか言ってなかったか?」 小野寺は二人を見て笑ってる。
それから一時間ほど、健人と当麻は指導を受けながら自分たちのデビュー曲を歌い込み、
雪見はその間一人で、スタジオの隅にもう一台あるアップライトピアノを弾きながら
自分の歌を自主練していた。
歌えば歌うほどこの曲が大好きになり、自分が書いた歌詞も、より深い所まで
思いが染み込んでいく。
歌えば歌うほど二人への思いが更に強まり、愛おしくてどうしようもなくなる。
『この歌、毎日歌ってたら、どんどん体力消耗しそう!
今日は帰ったら、疲労回復になるご飯を食べようっと。
あの二人も結構バテてきてるみたいだし…。』
「有り難うございました!」健人と当麻が、柴田に挨拶をしている。
どうやら今日のレッスンが終ったようだ。
雪見も慌てて柴田に駆け寄り、挨拶をする。
「雪見ちゃん。きみのデビュー、楽しみにしてるよ。
きっとね、もっと歌うことが好きになると思う。だけど、周りに流されちゃダメだよ。
いつまでも、きみらしさを失わずに歌い続けていきなさい。」
「有り難うございます。私も柴田先生のお陰で、少し自信がつきました。
これからは、迷わないで歌っていけそうです。」
雪見は柴田と握手を交わし、健人、当麻と共にスタジオを後にする。
「さーてと。お腹空いちゃったね!うちでキムチ鍋食べたい人!」
「食べたい、食べたい!」 「俺も!」
「よし!じゃあ二人とも手伝ってよ!」
三人は、ワイワイ騒ぎながら今野の車に乗り込む。
雪見のマンションまで送ってもらい、車を降りる直前、雪見が今野に向かって言った。
「今野さんも一緒にキムチ鍋、どうですか?」
健人と当麻が一斉に雪見をにらんだのは、もちろん言うまでもない。
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