コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.41 )
- 日時: 2011/03/09 13:57
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
思いもしなかった展開で、突然真由子の実家へ行くことになり
雪見の頭の中は、これ以上無いと言うぐらいに混乱していた。
「ちょっと待ってね、真由子。今、一つずつ考えを整理するから。」
タクシーの中で、雪見がため息をつきながらそう言った。
「あんまりのんびり考えてる時間はないよ!二十分ぐらいで着くから。
まず、これだけは約束!
父さんには、雪見と健人の本当の関係は絶対に言わないこと。」
意外な真由子の提案であった。
大好きなお父さんぐらいには、本当の事を話しちゃうのかと思った。
「あ、はとこ同士って話じゃないからね。恋人同士だって事を。
自分の親を信用しない訳じゃないけれど、ビジネスにおいては
たとえ親子であろうとも、秘密は厳守しなくちゃならない。
だから、父さんに話す内容はそれ以外の事ね。
まぁ、私がすべて話を進めるから、雪見は聞かれたことを
答えるだけでいいから。
あとは…。実家に帰ったら、私は怪しまれないように
いつもの調子に戻るから、それを見てあんたは笑わないように!」
一体、どんな調子になっちゃうんだろ?
笑わないように!なんて最初に釘をさされたら、
かえって笑っちゃいそうで、なんだか自信がない。
取りあえず、「うん、わかった。」とだけ返事をしておいた。
「さぁ、もうすぐ着くよ!いい?必ず今日で決めちゃうからね!
交渉なんてもんは、明日があると思ってたら必ずどこかに
話を持ってかれるものなんだ。
タッチの差で契約を取れないことだって、しょっちゅうなんだよ。
だから、最初のプレゼンが肝心なの。
いかに相手の心を捕らえて離さないか!ここにかかってる。
まぁ、私のいつもの仕事ぶりを雪見に見せてあげる。
あ、運転手さん。その信号の手前でいいです。」
「ここだよ。」と言われて見上げた家は、夜の暗闇でも充分に
その存在感を漂わせる、いわゆる豪邸であった。
「この場所にこの豪邸?真由子んちって、どんだけお金持ちなの?」
「ぜんぜんお金持ちなんかじゃないって。」
「こういう家に住んでる人を、世間ではお金持ちって呼ぶんだよ!」
深呼吸をして自分を落ち着かせる。
隣で真由子が、大丈夫、大丈夫って言うけれど、
ちっとも大丈夫なんかじゃない!
自信がないから、健人の事務所に初めて行った時より緊張してる。
もうここまで来たら、あとは全面的に真由子にすがるしかないと
自分に言い聞かせた。
「ただいまぁー!あ、ママ!久しぶりだね。元気だった?」
「ほんとに久しぶりね!こんなに突然帰って来るなんて!
あら、ごめんなさい。お友達も一緒なのに立ち話なんてね。
ようこそいらっしゃいました!いつも真由子がお世話になって。」
「こんなに遅い時間にお邪魔しまして、申し訳ございません!
わたくし、浅香雪見と申します。
こちらこそ、真由子さんにはいつも大変お世話になってます。」
雪見は夜分の突然の訪問を詫び、恐縮しながら居間へと足を運んだ。
やはり、想像通りのお金持ちらしい。
キョロキョロするのは、はしたないと思いつつも
インテリアの高級感に目を奪われ、高そうな絵画に見入ってしまう。
そこへ真由子の父が居間に入ってきた。
真由子は母と、キッチンに入ったままだ。 早く戻って来てよ!
「あの、真由子さんの友人の浅香雪見と申します。
今日はこんな時間からお伺いしまして、申し訳ございません。」
雪見がソファーから立ち上がり、深く頭を下げた。
すると真由子の父は、にっこりと笑いながら
「あぁ、斎藤健人の専属カメラマンの浅香さんですか。
お噂は聞いてます。色々大変ですね。まぁ、お掛け下さい。」
と、言うではないか!心臓の鼓動がこれ以上ないほど、高鳴った。
「あ、いえ、違うんです!あれは嘘です!
私と斎藤健人は祖母同士が姉妹で、はとこの関係にあるんです!」
とっさに弁解したが、うろたえているのは誰の目から見ても明らかだ。
どうしよう!何から話せばいいんだろう。
やっぱり、噂がリークされた出版社には
すべての部署に話が広まっているんだ!
真由子のお父さんは、二十代向けファッション誌の編集長
だって聞いてたけど、これじゃ、飛んで火に入る夏の虫。
真由子、早く助けて!
雪見と真由子の父との間に、気まずい沈黙が流れ出したその時
やっと真由子と母が、キッチンから戻って来た。
二人はトレーにワインとグラス、おつまみを三皿乗せて運んできた。
「よう、お帰り!元気そうな顔を見て安心したぞ!」
「パパも元気そうね!良かった!」
そう言って真由子は父の隣りに座り、外国人並みのハグをした。
「もう自己紹介ぐらいは済んだ?じゃあ取りあえずは乾杯しよう!」
母がワインの栓を抜き、四つのグラスに注ぎながら
「パパ!このワイン、真由ちゃんが買い付けて今度日本に輸入される
美味しいワインなんですって!
真由ちゃんもお仕事、頑張ってるみたいよ。」
「ほう、そうか!それは楽しみだな!どれどれ、早速いただくか。
真由ちゃん、お帰り!それと浅香さん、ようこそ。じゃ、乾杯!」
四人は軽くグラスを合わせ、ワインを一口飲み込んだ。
「おお、美味いじゃないか!これは日本で飲める日が待ち遠しいな。」
真由子の父は、先程とはうって変わって上機嫌だ。
久しぶりに会った一人娘と一緒に、お酒が飲めることが大層嬉しそう。
真由子はファザコンだと言っていたが、この父もまた
一人娘を溺愛してる様子が随所に見られた。
「お前がパパにお願いがあるって言うから、
ベッドの中で本を読んでたけど、飛び起きたぞ!
こんな時間に何事かと思ってね。」
「あ、済みません!お休み中のところを遅い時間に…。」
雪見が再度、真由子の父に詫びを入れる。
時計を見ると、十一時半を過ぎていた。
「いいんですよ、そんなに気になさらないで!
真由子はいつも忙しく仕事をしているものですから
帰ってくるとなったら、大体がこんな時間なんです。
それも、本当に突然に。でも、顔を見れるだけで嬉しいんですよ。」
真由子の母は、目を細めて心から嬉しそうにそう言った。
とても穏やかで、優しそうな母だ。
「じゃあ、そろそろ本題に入るとしようか。
で、斎藤健人の写真集をうちの社で受注して欲しい、と…。」
いよいよ勝負の時がやってきた!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.42 )
- 日時: 2011/03/10 08:10
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
真由子の父が、手にしていたワイングラスをテーブルに置き、
姿勢を正して私の方を向いた。
そして私に向かって鋭い視線を浴びせ、
私は一気にここから逃走したいほどの、恐怖心に襲われていた。
真由子には私の隣りに座って欲しかったのに、
父の隣りに座ったまま、移動する気配はない。
私の隣には真由子の母、という商談にしては変った形でスタートした。
「まず、今回の話の概要を聞かせてもらおうか。」
さっきまでの笑顔はどこかへ消え去り、あたかもここが
会社の応接室であるかのように、淡々と商談を進める構えだ。
いや、取引を決めると言うことはどんな場合でも
真剣勝負をする!と言うことに他ならない。
その相手がたとえ可愛い愛娘であろうとも。
その証拠に、真由子の顔つきも先程までとは全く違う。
そこにいるのは父親ではなく、一人の商談相手と捉えているのだろう。
いよいよここから、真由子と父の駆け引きがスタートだ!
「今、斎藤健人の事務所では、今年のクリスマス刊行を目指して
新しい写真集の制作に取りかかってるの。
今までの健人の写真集とは異なって、素顔の斎藤健人だけを狙った
違う視線からの写真で構成される予定。
それで、ここにいる私の親友の浅香雪見が、
健人の専属カメラマンとして仕事やプライベートに同行して
今、一生懸命に撮影を進めてるところ。
だけど昨日の夜、何者かによって出版社数社に
『俳優の斎藤健人と専属カメラマンが、恋愛関係にある。』
という嘘の情報を流されて、仕事に支障をきたしてるわけ。
パパはもちろん、その情報は耳に入ってたよね?」
真由子には、すべてがお見通しだったようだ。
向かい側に座った私ではなく、隣りに座った娘からの
理路整然とした説明に父は、少し表情が揺らいできた。
一言だけ、「あぁ、知っていたよ。」と…。
私はと言えば、恋愛関係を嘘と言わなければならないことに、
チクチクと心が痛んだ。
「健人と雪見はおばあちゃん同士が姉妹で、健人が生まれた時から
雪見はおばあちゃんに連れられて、よく健人んちに遊びに行ってたの。
年も一回りも違うから、健人は雪見を姉貴代わりに育ち、
雪見は健人を弟みたいに可愛がってたわけ。」
「ほぅ。あの今、若者に一番人気の斎藤健人と親戚関係ですか。
それはさぞかし鼻が高いでしょう?」
真由子の父が、テーブルのワイングラスに手を伸ばした。
「鼻が高いなんて、そんな!
私、つい最近まで健人くんが、あの俳優の斎藤健人だって
知らなかったんです。真由子さんに教えてもらったくらいで…。
だから私にとって健人くん、いや俳優の斎藤健人は
いつまで経っても子供の頃のイメージで、
ちっとも人気アイドルなんだと言う実感が無いんです。」
「それなのになぜ、あなたと斎藤健人に恋愛の噂が?」
第一の核心に迫ってこられ、雪見は平静を装うのに苦心した。
「多分、私たちの仲の良さをうらやんでのことでしょう。
私たちも悪かったんです。
十年ぶりに再会し、その上一緒に仕事が出来るようになったので、
二人とも少しはしゃいでしまって…。
みんなが真剣に仕事をしている現場で、確かに私たちは
けじめが無かった。プライベートな関係を持ち込み過ぎてしまった。
だけど、そういう関係だからこそ、今回の写真集は成り立つんです!
他のカメラマンには見せられない、素の斎藤健人を
私にだったら見せてくれるんです!撮らせてくれるんです!
私、健人くんと約束しました。
私が誰にも負けない写真集を作ってあげる。
本当の斎藤健人の魂を撮してあげる!って。
だから、なんとしてでもこの仕事は成功させなければならない。
誰にもこの仕事を邪魔されたくはないんです!」
いつの間にか雪見は、緊張からも恐怖心からも解き放たれていた。
ただ熱い思いだけが細胞の隅々から溢れ出し、
真由子の父さえも圧倒するエネルギーを放出していた。
そのエネルギーは真由子の父はもちろんのこと、
真由子の母にも、最大の理解者である真由子自身にも深く心を貫いた。
真由子は、雪見がどれだけ健人を愛しているかを思い知らされた。
そして、好きな人のために命を賭けて仕事ができる雪見を
心から応援したい気持ちで一杯になった。
「パパ!雪見はね、今回のうわさ話で仕事から降ろされるのを
恐れているの。次にまた同じような話が流れたら、確実に事務所は
雪見を専属カメラマンから降ろすでしょう。
だから何としてでも仕事を遂行できる、強力な後ろ盾が欲しいの!
パパの会社なら、もしこの写真集の契約を結んだら
何が何でもバックアップしてくれるよね?」
「それはまぁ、斎藤健人の写真集なら売り上げが見込めるし、
出版社のクリスマス商戦には願ったり叶ったりの話だと思う。
確か去年の写真集売り上げランキングの二位が、斎藤健人だったはず。
そんなドル箱はきっとどこの出版社でも、喉から手が出るほど
欲しがるはず。まだどこの社とも、契約してないのかい?」
真由子の父が、初めて身を乗り出して聞いてきた。
「ええ、今日の時点ではまだどことも契約を結んでないようです。
私としては一日も早く落ち着いて、仕事を再開したいのですが…。」
しばらくの間、真由子の父は何かを考えている様子だった。
そして長い沈黙のあと、雪見に向かってにっこりと笑い
「その仕事、うちでやらせてもらえるよう
明日にでも、僕が芸能部に掛け合ってみよう。
多分、拒否される理由は何もないはず。
真由子がお世話になってる浅香さんのために、ひと肌脱ぎましょう。
きっとうまく行きますよ!」
そう力強く真由子の父は宣言した。
「本当に?本当に力を貸してくれるの?
嬉しい!やっぱり真由のだーいすきなパパだわ!
ありがとう!!」
そう言いながら、真由子は隣の父に抱きついた。
いつもお姉さんみたいな真由子が見せた、可愛い女の子のような
笑顔だった。
「ありがとうございます!本当に感謝します!
どうかよろしくお願い致します!」
そう言いながら、雪見は立ち上がり深々と最敬礼した。
やっと第一の関門を突破できることに安堵したら、急に喉の渇きを感じ
雪見は残りのワインを一気に飲み干す。
その時、おもむろに真由子の父が口を開いた。
「ただし、一つだけ条件があります。
今、この場に斎藤健人を呼び出してくれたら、という条件です。」
父が何を思ってそんな事を言い出したのか、娘の真由子でさえ解らなかった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.43 )
- 日時: 2011/03/10 21:37
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
健人を今ここに呼び出す事が、交渉仲介の条件?
雪見は我が耳を疑った。
「失礼ですが、おっしゃる意味がよく解りません!
これは、私が真由子さんにお願いしてここまで進めてもらった話で、
健人くんはまだ何も知らない話です!
健人くんを呼び出して、一体何をしようとなさってるのですか?」
雪見は、おかしな事に健人が巻き込まれるのではないかと
必死になって、その条件を撤回してくれるよう懇願した。
「パパ!何を言い出すの!この交渉に今の時点で健人は関係無い!
それにここの家に理由も無く、あんなアイドルを呼び出すなんて、
そんな勝手なことが健人の事務所にでもバレたら
この話は全てがご破算になってしまうわ!」
真由子も必死に父の説得を試みる。
「ねぇ、少しお酒に酔ってそんな意地悪言ってるんでしょ?
いつものパパの悪い冗談よね?」
「いや、冗談なんかじゃないさ。気が変っただけだ。」
「気が変ったって、どういう事!まさか、この話を進める気が
無くなったとでも言うんじゃないでしょうね!」
「違うよ。それは違う。
ただこの話を、他の部署に引き渡すのが惜しくなっただけさ。
パパのところでやってみようと思う。」
「えっ!!」
雪見と真由子、それと真由子の母の三人が同時に驚きの声を上げた。
「どういう事?パパの所はファッション誌の編集部でしょ?
アイドルの写真集は他の部署が担当なんじゃないの?」
「確かに今まではそうだった。きっちり分担が決まってたからな。
だけどこの春から、コラボ企画って言うのが
各部署で推進されることになってね。
うちのファッション誌とコラボできそうな事を、探してたのさ!」
真由子の父は、すごく良い物を見つけた!というような
満足げな顔をしていた。
私と真由子は、考えてもみなかった展開にしばし唖然としていた。
「コラボ企画って言ったって、今回の写真集のコンセプトを
変えるわけにはいかないのよ!
雪見が撮る斎藤健人の素顔、って言うのがコンセプトなんだから、
一番重要な事を変えたんじゃ、意味が無い!」
「誰もコンセプトを変えようなんて思っちゃいないよ。
写真集の狙いはそれでいいと思う。
ファンの望んでいる事を企画するのが、一番売れる方法だからね。」
「じゃあ、健人とファッション誌の何がコラボするって言うの?」
真由子も雪見も、父の意図するところが全く解らなかった。
「斎藤健人とのコラボじゃなく、浅香さん!あなたとのコラボです。」
「えっ!私とのコラボっていったい…。どういう事でしょうか?」
「あなたをうちの誌面で連載するんです!
斎藤健人に密着してるカメラマンを、今度は僕らが密着して
写真集が出来上がるまでの過程を毎月連載する。
知ってましたか?斎藤健人は毎号うちのグラビアに出てるんですよ。」
「あっ!ごめんなさい!私、二十代のファッション誌は読まなくて。」
「私だって読まないわよ!だって私たち三十代だもん!」
真由子が父に対して、少しむっとした顔をする。
「別にそんな意味で言ってるんじゃないさ!
斎藤健人が載るのと載らないのとでは、売り上げに凄い差がでるんだ。
これからクリスマスの写真集刊行までの間、毎号君たちを連載すれば、
うちのファッション誌も売れるし、その読者が写真集も買う。
なんせ、写真集の出来る過程を見てきてるんだからね。
お互いが連動するって訳だよ!
どうだい、いい考えだと思わないか?」
確かに真由子の父が言う通り、一番健人のファン層が厚い
二十代向けファッション誌で、十二月まで連載を持たせてもらったら
写真集の前宣伝にもなるし、買ってくれる確率も高くなる。
それだけの事で、この先何の心配もなく撮影を続けられるのであれば
悪い話ではないのかも知れない。
他の部署に仲介してもらって、一から交渉するより
このまま真由子の父に頼んだほうが、健人の事務所との契約交渉も
スムーズに進められる気がした。
「なんせ、迷ってる時間はないんだ!斎藤健人の事務所との交渉が
一日遅れただけで、他に決まってしまう可能性が高い!
そうならないためにも今すぐ決断して、明日の朝一番で健人の事務所に
交渉に出向きたい。
だがその前に、斎藤健人本人に直接会って話を聞きたいんだ。
ここに呼び出してくれますね?」
雪見も真由子も、迷ってる時間はないことを重々承知していた。
ここに健人さえ来てくれたら、それですべてはいい方向に動き出す。
あとは真由子の父に任せれば、きっと明日には契約が締結される。
そうしたら私も健人も、悩むことなく仕事に没頭できる。
「わかりました。健人くんに連絡してみます。
たぶんまだ飲んでるか、家に帰ったかのどちらかだと思うので。
ちょっと、席をはずします。」
そう言って雪見は玄関の外にでて、健人のケータイに電話をかけた。
「もう帰って寝ちゃったかな? あ!もしもし、健人くん!」
雪見は今、健人の声を聞けて心から嬉しかった。
何時間か前に別れたばかりなのに、ずっと声が聞きたかった。
声を聞いたら、今度は早く会いたくなった。
「健人くん、今どこにいるの?まだ、どんべい?
だいぶお酒飲んじゃった?」
「いや、そうでもない。
ゆき姉が来ないからやけ酒しようかと思ったけど、
マスターが気を使って、メチャクチャ面白い話をしてくるから
笑ってばっかりで酔いも醒めちゃった。
なに?まだ友達んちにいるの?まだ帰らない?」
「あのね、今すぐ健人くんに来て欲しいんだけど、来れるかな。
私たちの写真集のことで、力になってくれる人の家にいるんだけど、
その人がどうしても健人くんに会いたいって。
健人くんが来てくれることが、交渉を進める条件だって言うの。」
健人はしばらく黙っていた。よく事態が飲み込めなかったが
短い沈黙の後、明るい声で雪見に言った。
「ゆき姉が俺のために、一番良い方法を考えてくれたんでしょ?
だったらきっと、そうする事が必要なんだね。
わかったよ!これからそっちに行くよ。どうやって行けばいい?」
雪見は、健人が詳しい事情も聞かずに
雪見を信じてここに来てくれることが、何よりも嬉しかった。
一分でも早く、健人に会いたくて仕方なかった。
真由子たちの待つ居間へと戻り、満面の笑みで
「これから健人くんを迎えに行ってきます!」
と言ったその顔は、ここに来て初めて、
ひまわりのように輝いて見えた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.44 )
- 日時: 2011/03/13 21:46
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
健人は、店の中で待ってるから着いたら電話して!と言っていた。
ここからなら十五分もあれば着くだろう。
十五分後には健人に会える!
ただそう思っただけで、雪見の胸はときめいた。
健人を迎えに行くタクシーの中で、ひとり健人を想う。
こんなにも強く、会いたいと願ったことがあっただろうか。
たった十五分の道のりが、永遠に思えるほど長く感じた。
帰りのタクシーの中では、健人に理由を説明しなければならない。
時間が無いので、今から要点を簡潔に考えておこうと思っているのだが
頭の中が健人ですぐに一杯になり、他の事を考える余裕は無かった。
「あ、その辺でいいです!」
わざと曲がり角の少し手前で降り、走って角を曲がった瞬間
視界に健人の姿が飛び込んできた。
店の中で待ってると言っていたのに、すでにビルの外に立っていた。
夜十二時半を過ぎ、昼間の人通りは無いにしても
飲んで上機嫌な人達が、何人も行き交う。
雪見は、健人が誰かに見つかるのではないかと、焦って駆け寄る。
「健人くん!誰かに見られ……。」
話してる途中で涙が溢れてきた。ポロポロと涙がこぼれては落ちる。
健人の姿を見て、今まで張りつめていた心が一気に解き放たれ
涙となって身体の外に溢れ出る。
それを見て、健人は慌てていた。
「何かあったの?どうしたの?ね、話して!」
雪見の肩に手を置いて、顔をのぞき込む。
大好きな健人が、私のために心配そうな顔をしている。
健人の優しさが心に染みて、雪見はさらに泣けてきた。
「ううん、なんでもない!ただ健人くんに会いたかっただけ。
顔見たら嬉しくなって、勝手に涙が出てきちゃった。」
いつまで経っても泣きやまない雪見を、健人はそっと抱きしめた。
「ごめん。ゆき姉ひとりに辛い思いをさせたんだね…。
もう、ゆき姉を泣かしたりはしないから。
大丈夫。俺が必ず守るから…。」
両手で雪見を抱きしめながら、健人はこれから待ち受けている
『敵』との戦いに、思いを巡らせた。
まだ敵の正体がわからない。
だが、そいつが雪見を泣かしたことだけは間違いない。
絶対に許さない!ゆき姉を泣かす奴は、この俺が許さない!
そう思いながら、抱きしめた雪見の頭をなぜていると、
突然雪見に突き飛ばされた!
その反動で、ビルの壁に肘を思いっきりぶつけてしまった。
「いってぇ〜!なにすんだよ!肘から電気が流れただろ!」
「だって、誰かに見られたらどうするの!」
「泣いてるゆき姉を抱きしめてやることも出来ないなら、
俺、俳優なんて辞めてもいいから!」
思っても見なかった健人の言葉に、雪見は言葉が出なかった。
そんなにも自分を思ってくれてるなんて、知らなかった。
「ごめん…。ありがとう、健人くん。
今の言葉、かなり心に効いた。元気が出てきた。
ダメだなぁ〜、私って!
健人くんに心配かけないようにって、いつも思ってるのに
まったく演技ができないや。これじゃあ、女優さんにはなれないね。」
雪見が涙を拭きながら、笑ってそう言った。
「あれ?ゆき姉って、女優になりたかったわけ?
無理だよ、すぐ顔に出るから。
泣いたり笑ったり怒ったり、くるくる顔が変って面白いけどね。」
健人が笑いながらおどけて見せた。
だーれもいない場所だったらもう一度
今度は、雪見が健人をギュッと抱きしめたかった。
ありがとうね、って言いながら…。
「さぁ、行こうか!みんなが健人くんの事を待ってるよ!」
真由子の家へ戻るタクシーの中。
二人はずっと手をつないだまま、話をしていた。
健人との食事をすっぽかし、真由子の家へ行った理由。
そこから真由子の父の所へ行き、写真集の仲介を頼んだこと。
それなのになぜか真由子の父が、写真集を自分のとこでやりたいと
言い出したこと。
明日事務所と交渉する前に、どうしても健人に会いたがってること。
「ごめんね。健人くんに一言の相談もなく、勝手に話を進めちゃって。
健人くんの事務所に、写真集のカメラマンにしてくれ!って
乗り込んだ時も、今回も、どうも健人くんの事が頭に浮かぶと
勝手に身体が動き出しちゃうんだよね。
頭で考えるよりも先に、足が歩き出しちゃうんだ。
これって、病気だね。健人病だ!」
雪見が可笑しそうに笑った。
健人は、いつでも自分のために、後先考えずに行動する雪見を
とても愛おしく思って見つめていた。
「え?なに?なんか顔に付いてる?
あ、さっき泣いちゃったから、お化粧が落ちちゃった?
やっばー!お化粧直ししてから行った方がいいかな。」
そう言いながら、鞄の化粧ポーチから鏡を出そうと下を向いたその時、
突然健人の顔が近づき、雪見の頬にそっとキスをした。
びっくりした顔をして、雪見は健人の目を見た。
健人は優しく微笑みながら、「大好きだよ!」とだけ伝えた。
そしてもう一度、雪見のことをしっかり抱きしめ
耳元で、「愛してる!」と小さな声でささやいた。
雪見は胸がいっぱいになり、また泣きそうになってしまった。
運転手さんが見てようが何しようが、もういいや!と思って
しばらくは健人に身体を預けていた。
心まで暖かくなる温もりだった。
必ずこの人のために、いい写真集を作ってみせる!
もう、周りの妨害なんかに負けはしない!
私は宇宙一、健人のことを想ってるんだから。
自分の心を確認し、いよいよ大詰めを迎える交渉に気合いを入れた。
「健人くんのことは私が守るから。絶対に守ってみせるから!
だからこの写真集のために、少しの間我慢してね。
きっと私たちの味方になってくれる人達のはず。」
「大丈夫だよ!俺のことなら心配しないで。
ゆき姉と一緒にいれるんだもん。
呼んでくれてありがとう!って、お礼を言わなくちゃ。」
「あ、私の親友の真由子って言うんだけど、大のアイドル好きでねぇ。
健人くんに会わせろ、会わせろって前から言ってたから、
きっと会った途端に絶叫すると思うけど、ほんとはいい奴だから。
私たちのことをちゃんと解ってて応援してくれてる。
お父さんとお母さんは私たちの関係、はとこ同士ってことしか
知らないからそのつもりでね。」
「OK!わかったよ。そんじゃあ、乗り込みますか!」
健人は、俳優の斎藤健人の顔になり、タクシーを降りて行った。
その後ろに続く雪見の顔も、カメラマンの鋭い瞳に変っている。
二人はもう一度手をつなぎ、真由子の家を見上げていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.45 )
- 日時: 2011/03/14 07:16
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「でっけぇ家!こんな都心にこんな家?いったい何者なの?」
健人は真由子の実家を見上げながら、
雪見が来た時と同じようなセリフを呟いた。
「あはは!やっぱり私と同じこと言った!
健人くんと私って、似た者同士だね。」
「この家はきっと、誰が見ても同じセリフしか出てこないでしょ!」
「なんだ、そうなの?つまんないの。」
雪見と健人は、インターホンを押す前につないだ手を離し、
一呼吸置いてから健人がボタンを押した。
「はい。」
「斎藤です。」
健人がそう名乗った瞬間、インターホンの向こうから
真由子の絶叫が聞こえてきた。
「ほらね!言った通りでしょ。」
「今の声、近所に響き渡ったと思うんだけど。
事件かと思われたらヤバイから、早く中へ入ろう!」
そう急かされて、雪見は健人と共に玄関の中へ飛び込んだ。
玄関先に、真由子の母が出迎える。
「ようこそいらっしゃいました!お待ちしてましたのよ!
ごめんなさいね、こんな時間にうちの主人がお呼び立てして。」
「いえ、いいんです。
こちらこそ、僕の写真集のことでお力になって頂けるそうで、
ありがとうございます!」
「あら、ごめんなさい!こんなところで立ち話なんて。
さぁ、どうぞ中へ入って!」
居間では、緊張気味の真由子と、堂々とした父とが待ち構えていた。
「ようこそ、健人くん!よく来てくれたね。
『ヴィーナス』編集長の吉川です。
いつもうちの編集部がお世話になって、ありがとうございます!」
そう言いながら、真由子の父は握手を求め、右手を差し出す。
「いえ、こちらこそ、いつもお世話になってます。
今日は僕の写真集のことで、色々と雪見さんがお世話になりました。」
健人は握手を交わしながら、隣りにいる雪見のために礼を言った。
「お父さん、私を紹介して!」
小声で真由子が、隣の父に催促する。
「おぉ、そうだったな。健人くん、うちの娘の真由子だ!
さっき初めて聞いたんだが、なんでも健人くんの大ファンらしい。
すまないが、娘と握手してやってくれないか?」
「あ、いいですよ。ども!斎藤健人です。
いつもドジなゆき姉が、大変お世話になってます!」
「ドジな!って失礼ね。」
隣で雪見がふくれてる。
健人は笑いながらグラビア向けのアイドルスマイルで
真由子に右手を差し出した。
真由子は顔を赤らめながら、おずおずと手を伸ばす。
その右手を健人が両手で包み込み、握手しながら真由子の目を見て
仕上げににっこりと笑顔を送った。
真由子の、今にも卒倒しそうな表情を向かいで見ていて、
雪見は笑いをこらえるのに必死だった。
その時、真由子の母が、また例の赤ワインとグラスを持ってきて、
「さぁ、どうぞお座りになって!
まずはお近づきのしるしに乾杯しましょう。」
と、みんなのグラスにワインを注いだ。
「じゃあ、健人くんの写真集の成功を祈って、カンパーイ!」
お互いにグラスを合わせたあと、一口ワインを飲んだ健人が
「うまい!このワイン、すごく美味しいですね!
どこのワインですか?僕、最近ワインが凄く好きになって…。」
と話すと、すかさず真由子が勢いよくソファーから立ち上がり、
「あ、あの、私がカリフォルニアで買い付けたワインなんです!
これから日本で販売されるんですが、
よかったら家にたくさんあるんで、今度雪見に持たせます!
是非飲んで下さい!」
と、健人に頭を下げた。
私はさっきタクシーの中で健人に、ちらっと真由子のワインの話を
したことを思いだし、『おぬし、やるなぁ!』と感心していた。
「さぁ、もう時間も遅いことだし、ここからは本題に入るとしよう。
真由子と母さんは先に休んでいなさい。
真由子は泊まっていけるんだろう?」
「ええ、明日はお休みだから。
でも、雪見の話がまだ終わってないし…。」
真由子が私の『美人カメラマン計画』のことを言ってるのがわかったが
私は今イチ乗り気じゃなかったので、
真由子には悪いが、その話はスルーしようと思った。
「真由子、ありがとね!真由子のお陰でうまく仕事が出来そう!
私の事ならもう大丈夫。健人くんが来てくれたから…。」
そう言いながら、隣の健人と目を合わせた。
「そっか。そうだよね。じゃ、あとは二人で頑張って交渉して。
お父さん!明日絶対に健人くんの事務所との契約、採ってきてよ!
採れなきゃ私、怒るからね!
それじゃあ雪見、またね。お休みなさい!」
健人が笑顔で「お休みなさい。」と返したら、
真由子はぎこちない笑顔を健人に見せて、そそくさと居間を退散した。
いつもは姉御肌のバリバリ真由子なのに、
今日は十代の少女のようなふわふわ真由子だった。
次に会った時になんて言ってやろうかと、楽しみになった。
「さてと。健人くんは今回の雪見さんの話、聞きましたか?」
「ええ、ざっとはタクシーの中で。」
「今回のお話、うまくお宅の事務所と契約が結べれば
お互いにとって、大変に有益な話だと思うんです。
私としては、何としてでも採りたい仕事だ。
すでに頭の中には、契約後の戦略さえはっきり見えている。
こんな時間に、無理を承知で健人くんに来てもらったのは、
やはり本人の意志をきちんと確認しておきたかったからです。
どうも最初の話だと、真由子と雪見さんが勝手に暴走してるような
印象を受けたので、肝心の本人はどう思っているのかと…。」
「この人はいつもそうなんです。僕の事となると、後先考えずに
突っ走ってしまう。写真集の専属カメラマンになった時も同じでした。
けれど、すべては僕の最善のアシストをするためであって、
決して自分の為なんかじゃない。
僕は雪見さんに感謝してます。今は仕事が楽しくて仕方ない!
たぶん、今までで一番いい顔して毎日仕事してると思います。
だからきっと写真集も、これまでにない素晴らしい物になると
確信してます。
もし吉川さんのところでこの写真集を作ってくれたら、
絶対に売れる自信があります!
でもその前に、誰にも邪魔されずに仕事がしたいんです。
もしもゆき姉…、いや雪見さんが写真集から降ろされた場合には
僕は今回の出版を、無かったことにしてもらうつもりです。」
雪見は、初めて聞く健人の考えにびっくりしていた。
私がカメラマンを降ろされたら、写真集も中止になっちゃう!
それはとんでもない話だ!
雪見と健人は、真由子の父に対して深く頭をたれた。
「お願いします!僕たちの力になって下さい!!」
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