コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.533 )
日時: 2014/01/11 11:39
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

…ん…?ゆき姉の歌が聞こえる…。キッチン…か?
相変わらず良い声…。贅沢なBGMだな…。
そっか、今日はレコーディングの打ち合わせがあるんだっけ…。
俺の好きな甘い卵焼きの匂い…。
やっぱいいなぁ、ゆき姉のいる朝…。
こーいうのを幸せっていうんだよね、きっと。
起こしに来るまで寝たふりしてよ♪


「健人くーん!朝だよー!起きて。
今日も通し稽古なんでしょ?朝ご飯いっぱい食べないと持たないよ。
ねぇ、起きて…って、絶対寝たふりしてるー!」

幸せすぎて思わずニヤけた口元を雪見に見られた。
「バレたか!」と笑いながら雪見を捉えギュッと抱き締めると、折れてしまいそうで
慌てて手を緩める。

元々細いんだから痩せる必要なんてなかったのに…。
そういや昨日だってホンギの料理、俺に勧めてばっかで自分は大して食べてなかった。
まさか拒食症…とか?新しいモデルの仕事がプレッシャーなのかも…。
ゆき姉、やるとなったら自分を追い込むから…。

「ねぇ。ゆき姉のポスター撮りって土曜日だっけ?」

「うん、そうだよ。」

健人の隣りに寝ころんだ雪見が、健人の頬を引っ張ったりホクロを指で押したりイタズラしてる。
雪見は健人の柔らかなほっぺたの感触が大好きだった。

「その撮影さぁ。俺も見に行っていい?ラッキーな事に久々の休みだから。」

「えっ?うそ!お休みなの?ほんとに?ほんとに一緒に行ってくれるの?
だったら嬉しいっ!今から緊張して、どーしようかと思ってた(笑)ありがと♪」

雪見が子供のようにはしゃぎながら、健人のほっぺたにキスを繰り返す。
健人は、雪見が痩せたのはやっぱりそのせいだったんだと納得。
ならばその緊張を解き、少しでも良い仕事が出来るよう手助けしたいと思った。
母の死去が本当の原因だなんて夢にも思わず…。

「俺の初仕事(笑)奥さんがいい仕事出来るよう、サポートすんのも夫の役目でしょ?
なんたって、世界の有名人になるんだから。」

「あ!…ごめん。なんか…健人くんより目立つつもりはなかったんだけど…。」
雪見は急に顔を曇らせ、心に引っかかってた事を口にした。
最初はそんなつもりじゃなかった…と。

「え?なに言ってんの。世界デビューって、めっちゃ凄いことだって知ってる?
誰もが出来ることじゃないんだよ?
運と実力と、神様がくれた才能を手にしてる人だけが進めるステージなんだよ?
ゆき姉はどれも持ってんだから、堂々と進めばいい。
心配すんなって。俺だって負ける気ないから(笑)」

「健人くん…。」

「今度の発表会が俺の第一歩。なんかね、段々欲が出てきたの。
最初は留学中にたまたま与えられた機会だ、ぐらいにしか思ってなかったんだけど。
でも今は、精一杯頑張って次に繋げてやる!みたいな野望を持ってる。
ハリウッドのアクション映画とか出てみたい。
主人公の相棒役とか(笑)。一作目が当たってシリーズ化でもされたら最高っ!」

目を輝かせて熱く語る健人を久々に見た。
きっと今回の留学に、大きな手応えを感じてるのだろう。

本当にそうなればいい。
健人くんが世界の扉を開く瞬間を、この目で見たい。
私も何か手伝えるといいな。

「ここに来て良かったね。私も付いてきて良かった。
よしっ!健人くんに追いつかれる前に、頑張って前へ進んどこ。
さ、朝ご飯食べよっか。いっぱい喋ったらお腹空いちゃった。」

「その前に…。」

ベッドから降りようとした雪見を、健人が再び捕まえキスをした。
お互いが何者になろうとも、生涯愛するのはただ一人…。



そして土曜がやってきた。
雪見、世界デビューへの第一歩。
超高級有名ブランドの看板を背負って立つモデルYUKIMI、誕生の日!

「ゆき姉、準備できたぁ?うっそ!まだ着替えてないの?
メイクなんて、どーせ現場でやってくれんだから素っぴんでいいんだって!
今野さんが迎えに来ちゃうよ。」

なぜか本人よりも気合い充分な健人。
鏡の前でまだ準備の終わってない雪見の隣りに立ち、急かすのだが…。

「健人く〜ん…どーしよ。息が苦しくなってきたよ…。」

雪見が鏡越しに健人を見て、弱々しい声を出す。
そのSOSを『こりゃマジ、ヤバいパターン?』と慌てた健人が雪見の後ろに立ち、
緊張をほぐすように肩をマッサージしてやった。

「落ち着けって!現場に立てば、ゆき姉のスイッチは勝手に切り替わるから大丈夫。
CM撮影だって『YUKIMI&』のPV撮影に毛が生えたようなもんだよ。
俺がそばでずーっと見てるよ。何なら今日一日、俺がマネージャーやっちゃう?
今野さんより優秀かもよ(笑)」

健人の笑い声と肩に伝わる手の温もりが、雪見の緊張を徐々に解かしてゆく。
『健人くんが見ててくれたら大丈夫かも…。』と思えるようになった。

「ありがと。今日健人くんがお休みなのは、きっと神様の計らいね。
私一人だったら、どうなってたんだろ…。
改めて健人くんを尊敬するよ。だって毎日がこんな緊張の繰り返しでしょ?
私が斉藤健人じゃなくて良かったぁ(笑)」

やっと雪見に笑顔が戻った。
もう大丈夫だね。支度を急いで、いざ出陣!



「すっ、すっげーセット!なにこれぇ?」

「いやいやいや…。雪見って…こんなに期待されてたの?
てゆーか、俺のカッコが場違い過ぎて…帰りたい。」

ニューヨーク郊外にある城のような古い建物。
そこが、超高級ブランド『スミスソニア』米国支社。
すべての広告媒体は、ここか英国本社内にあるスタジオで撮影されてるというのだが、
そのスタジオの規模もしつらえもハンパじゃなかった。

「ポスター撮りでこんなの、お前ん時でも見たことないわ!
まったくの想定外!だって無名の新人だよ?」

「新人ってことは関係ないんですよ、きっと。
それだけ今回アジア戦略に力を注いでるって事で…。
ゆき姉への期待度、ハンパないっすね!すっげ!ヤバイ!!」

「ヤバイのは雪見だよ。想像してみろ!
俺たちでさえこんな舞い上がるのに、雪見はどーなるんだ?
こりゃ、サポートに手を焼くぞ。
いや、俺一人だったら無理だったかも知れない。お前が来てくれて助かったよ。」


二人は雪見の登場をドキドキしながら待っていた。
その仕上がり具合にではない。
スタジオ入りした時、どんな事態がおこるのかを。

だが、ここが雪見の大いなる第一歩目になることは間違いない。
その瞬間を二人の男達は、まるで父親かのような心境で待ちわびている。











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.534 )
日時: 2014/01/19 21:54
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ワォ♪なんて綺麗で可愛い人なの!ほんとにカメラマン?モデルか女優みたい!」
「え?歌手じゃないの?この前You tubeで凄い歌、聴いたよ?
ホワイトハウスで歌ってるやつ。」
「あ、見た見た!大統領が涙ぐんで聴いてるやつでしょ?私も泣きそうになったもん。」
「じゃ、やっぱり日本の有名なアーティストなのね!」

どうやら雪見がスタジオ入りしたらしい。辺りが騒然とし始めた。
が、健人は今すぐその綺麗で可愛い人を確かめたいのに、振り向けずにいる。
なぜなら。今野と共に打ち合わせに参加してるからだ。

広いスタジオの片隅にある、高級そうな応接セット。
運悪く二人は、入り口に背を向けて置かれたソファーに座ってる。
向かい側には自社の高級スーツをビシッと身にまとった、いかにも有能で
気位高そうなブロンド美人。
片や、どう見ても安物の、少々くたびれたカジュアル服を着て身を縮める中年男。
その隣りに健人が座らされてるのだが、部外者という意識が先立ち居心地悪い。

本来なら、今野が彼女相手に今後の予定等を話し合うのが役目。
…なのだが、完全に場の空気に圧倒され、しかも予想以上に自分の英語が
へなちょこで通じず、慌てて健人に泣きついた。

「なっ、なんで俺がぁ!?俺、ただ撮影を見に来ただけですよぉ?
もうすぐ入りだから、ここでゆき姉を迎えてやりたいのに。」
「頼むっ!この通りだ!!雪見のためだと思って一肌脱いでくれ!」
「ゆき姉のためっつーか、今野さんのためでしょ?(笑)」
「面目ない…。」

まさか雪見のみならず、今野のサポートにまで手を焼こうとは…。
雪見の様子は気になるが仕方ない、と渋々同席することにした。

最初は健人を通訳に話を進めていたのだが、そのうちブロンド美人が
完全に今野の隣りを向いて話し出した。
どうやら彼女は、健人も雪見のマネージャーだと勘違いしたらしい。
今朝冗談で言ったことが本当になり、可笑しくて仕方ない。

「しゃーない。この際お前に全部任せるよ。お前が雪見のために、いいようにしてやれ。」

「ほんとにいいんですか?じゃ…本気でやりますよ。」

「え?何を??」

今野が健人に一任すると、何やら二人は白熱したディスカッションを始めた。
その美しく流れるようなやり取りを、今野はただただ尊敬の眼差しで見守るだけ。
しばらく話し合った後、打ち合わせは終了したようで、ブロンド美人は
笑顔で健人に握手を求めた。

「あなたのようにクリエイティブで優秀なマネージャーが付いてるなら、
彼女はきっと我が社の幸運の女神になってくれるわ!
じゃ、早速準備させましょう。あとはよろしく!」

そう言い残して彼女は席を立ち、何やらカメラマンと話を始めた。
ポスター撮影は一時中断。撮影スタッフが慌ただしくライトの位置や
セットの配置を変え出す。

「あれ?なんかプランの変更でもあったのかな?
て言うか、お前って前に当麻と撮影でこっち来た時は、まだそんなに喋れなかったよな?
二人で『掘った芋いじくるな』とか言ってた奴がいつの間に…って感動したよ!
世界進出はいつでもOKだと、小野寺常務に報告しなきゃな。」

「今回の留学を許可してくれた事務所のお陰です。それとゆき姉の。
今野さんも、これからのために頑張って下さいよ。」

「はい、頑張ります(笑)さ、早く雪見んとこ行ってやれ。
俺のサポートの次は女房のサポートだ。売れっ子は忙しいなぁ!」

笑いながら肩をポンと叩かれ、健人が弾かれたように振り向くと…。
その人の美しさに息を飲んだ。

地上に降りた天使のように可憐で、陸に上がった人魚のように美しく
恥じらいながら佇んでる。
でもその表情には、まだ解けない緊張が見て取れた。
無理もない。彼女は撮すプロであって、撮される事に関してはまだまだ新人なのだから。

「ゆき姉、お疲れっ!めっちゃ綺麗で驚いたよ。さすが世界の高級ブランドだね。」

「それって、ドレスが綺麗って意味にしか聞こえないよ(笑)
こんな格好普段しないから、何だか恥ずかしくって。」

はにかんだ笑顔が可愛くて、思わずハグして頭をポンと撫でてやる。
照れ隠しに憎まれ口を聞いたけど、ほんとは今すぐキスして連れ去りたいほど
大好きだと思った。

「ねぇ。今朝俺が言ったこと覚えてる?今日一日、俺がマネージャーやっちゃう?って。
あれが現実になったんだよ。」

「えっ?どーいう…こと?」

事の成り行きを話すと、雪見は可笑しそうにケラケラと笑ってる。
やっといつもの笑顔が戻った。

「でねっ。さっき打ち合わせの時、広報の人に提案してみたんだ。
彼女は撮られてる時より撮ってる時の方が百倍いい顔しますよ、って。」

「…?」

「俺がモデルやるから、ゆき姉が撮ってよ。だったら緊張なんかしないだろ?
ほーら、やり手の広報さんが手はずを整えてくれた。
急いで着替えてくるから、カメラの準備しといて!」

「えっ?え?どーいうこと?なに?俺がモデルってなに!?」

意味のわからない雪見を置いて、健人は迎えに来たスタッフと共にスタジオを出て行った。
そこへ、カメラを手にしたブロンド美人がやって来る。

「あなたは優秀なマネージャーを持って幸せね。
モデルのマネージャーで、あんな風に意見してくる人は初めてよ。
でも彼が言ってるのはもっともなこと。
今日初めて会った私達より、彼の方があなたの魅力を知ってる。それを引き出す術もね。
私達は常に最上級のクオリティを求めてるの。
だから私達が持ってるものより更に良いものがあれば、喜んでそっちをチョイスするわ。
はい、カメラ。使い勝手が違うかもしれないけど今日は我慢して。
あとはうちのカメラマンの指示に従ってちょうだい。
あー久々にワクワクする仕事になりそう♪じゃ、頑張って!」

「えっ?カメラって…私が撮すんですかぁ!?健人くんを?どーして?
私、モデルはクビですかっ?規約違反で痩せたから?」

雪見の大声に、場を離れてた今野がすっ飛んで来る。
状況を飲み込めないまま二人が突っ立ってると、カメラマン氏がやってきて
これから仕切直しで再開される撮影の説明をしてくれた。

健人の提案で撮影コンセプトを急遽変更。
雪見はただ微笑んで立つだけのモデルではなく、生き生きと仕事する姿を
描くことになったという。

「どうせ彼女を使うなら、僕が最大限に魅力を引き出してみせます!
って、うちのボスに力説したらしい(笑)
彼女を説き伏せるんだから、凄腕のマネージャーだね。
おっと!噂をすれば彼のお出ましだ。
ヒュー♪彼はほんとにマネージャー?プロのモデルも副業でやってるとか?」

スタジオの誰もが振り向いて健人を見てる。
自社の高級ストライプスーツを見事に着こなし、颯爽と登場した彼を
先程のマネージャーと同一人物と気付かずにいる人が大半だ。
それほどまでに健人の瞳は、プロの仕事モードに切り替わってる。

「まさか雪見の現場に斉藤健人が登場するとはな。
しかもあいつのことだ、きっとノーギャラだろ(笑)なんて夫婦愛だ。
雪見。こんだけのことやってくれるダンナに感謝しろ!
全力で仕事しないと、俺が承知しないぞ。」

「…もちろんです。今までで一番いい仕事をしてみせます!」

セットの中でカメラを構えた雪見は、みんなの目には別人に映った。
キラキラした瞳。生き生きとした顔。テキパキ指示する声。
そのプロフェッショナルな仕事ぶりは、身にまとったドレスの甘さや優しさと
一見相反するように思えるが、逆にピリリとスパイスの利いたインパクトを与え
見守ってるスタッフ達は、新しい世界が拓けた気がしてワクワクしてた。

一方、ソファーに脚組みしカメラを見つめる健人は、『とーぜん!』という顔してる。
俺を撮るゆき姉以上にセクシーでカッコイイ女は、この世に存在しないんだよ…と。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.535 )
日時: 2014/02/01 09:41
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「彼女…!さっきまでとは、まるで別人だわ…。
ほんと、彼が言ってた通り。撮られるより撮ってる時の方が格段にいい顔してる。
って言うか…自分がモデルだってこと、すっかり忘れちゃってるようね(笑)」

「はい、そのようです(笑)
でもプロフェッショナルだし、アクティブで美しいですねぇ。輝きが倍増した。
そのお陰でドレスの表情までもが、チャーミングだったりセクシーだったり
変化して見える。
ポスターの仕上がり的には、相当面白くなりそうですよ。」

「そうね。それにあの彼もいいと思わない?美しくてクールでセクシーで。
スタイルも抜群だし、あそこまでうちのスーツを着こなすとは思ってもみなかったわ。
それにバックショットだけなのに、背中で顔の表情が解る感じ?
上手い役者の演技を見てるみたい。一枚の繊細な絵のよう…。」

「ただのマネージャーなんですかね?モデルの経験でもあるのかな?」

「ねぇ。うちのメンズ部門…この後レディスに続いてアジア強化に乗り出すって話よね?
…どう思う?彼。」

「さすがボス!閃きましたね(笑)いいんじゃないですか?
オーディションの手間も省けるし、彼ならイケルと思います。」

「よしっ!決まり♪」

腕組みして撮影を見守るクライアントが、まさかそんな会話を交わしてるとは。
健人と雪見は想像すらせずファインダー越しに見つめ合い、二人の世界に没頭していた。

「はい、OK!衣装チェンジお願いしまーす!」

「えっ?あのぅ…今ので良かったんですか?
私ったら、すっかり撮られてること忘れちゃって…。」

カメラマンの声で我に返った雪見は、「またやっちゃった。」と健人に首をすくめる。
健人は、そんな雪見が可愛くて「ドンマイ。」と笑って頭をポン。
そこへ広報担当のブロンド美人が、満足げに微笑みながら近づいて来た。

「いいのよ、あれで。お陰で素敵な仕上がりになりそうだわ。
あ、それとマネージャーさん。次のカットにもご協力頂けるかしら?」

「えっ?次も…ですか。」

雪見の緊張がほぐれるまでのワンカットだけと思ってたので、予想外の依頼に戸惑った。
大好きな人との撮影は楽しいし、たとえ休日中であろうと自分はまったく構わないのだが、
なんせこれは斉藤健人としての正式な仕事ではない。
果たして事務所的には大丈夫なのか?と心配になり、今野に目を向ける。
すると今野は、渋い顔ながらも『やってやれ。』という風に顎をクイッと突き出した。

まぁ、渋い顔の原因は、ブロンド美人が明らかに『あなたじゃなくてイケメン君の方ね。』
という顔して「マネージャー」と発したことに他ならないのだが。

「あ…僕でいいなら喜んで。」

「そう!良かった。じゃ、あなたも着替えてきて。
次に用意したスーツは、うちのトップデザイナーがアジアを意識して作った新作なの。
きっとあなたなら、素敵に着こなしてくれるはずよ。
あ、勿論、ちゃんとギャラはお支払いしますから(笑)」

「はぁ。新作…ですか。」

言われるがまま着替えてスタジオに戻った健人だが、ふと『何してんだろ?俺。』
と自分が笑えた。
でも、隣で雪見が嬉しそうに顔を見上げてる。それが何より愛おしく嬉しい。
よし、こーなったら本気モード全開!どんな時も、どんな仕事も全力投球。
それが斉藤健人だから。


「はい、じゃあユキミはカメラ片手に持ったまま、ケントのソファーの後ろに立って!
あ、やっぱ背もたれに腰掛けられるかな?」

「こんな感じですか?」

「そうそう、いいよ!ドレスの裾、少しだけ持ち上げてみて。
OK!二人とも視線はこっちね!」

健人がすぐそばに居ることで、雪見はスムーズにカメラマンからモデルへとシフトチェンジ。
かつて『ヴィーナス』で撮られてた時の勘をすぐ取り戻し、健人と二人で
息の合ったポーズを決めていく。

ポスター撮影をトントンと終えた後は休憩を挟み、引き続きCM撮影へ突入。
これにもナゼか健人は駆り出され、結局全編に関わって長い一日を無事終えた。

「はい、OK♪今回の撮影はすべて終了!お疲れ様!」

「…えっ?あ、お疲れ様でした!ありがとうございました!」

すっかり入り込んでた世界から現実へと意識が戻り、雪見が慌てて挨拶すると
スタッフから拍手と歓声が沸き上がり、大きな花束を贈られた。
健人も嬉しそうにスタッフやカメラマンと握手。
保護者の気分で「これからもユキミをよろしくお願いします。」と彼らに今後を託した。


「ゆき姉、帰ろ。俺、めっちゃ腹減ったぁ!なんか旨いもん食いたい。」

一足早く着替えて待ってた健人は、雪見が「お待たせっ!」といつもの格好で
メイク室から出て来ると、やっと元通りの二人に戻れた気がして甘えたくなった。

「そうだね。私もホッとしたら、めちゃめちゃお腹空いてきた!
うーんと美味しいもの、食べよっか。どこに行こう?」

「よしっ!今日は俺のおごりだ!雪見も頑張ったし、健人には世話になったからな。
何でも好きなもん、食っていいぞ!酒もたらふく飲ませちゃる!」

今野がやけに気前よく張り切ってる。
雪見は『珍しいこともあるもんだ。』という顔で今野を見たが、健人にはお見通しだ。

「それって、もしかして常務への口止め料ですか?英語がダメだったことの(笑)」

「バレたか(笑)。頼むから常務にだけはチクらないでくれよぉ!
部長職を蹴ってまで志願したのに、これじゃ大目玉喰らうって。
次回までには全力で勉強しますから、どーか今回だけは見逃して下さい!」

「ゆき姉、どうする?まぁ、ご馳走になりながら考えよっか。」
「うん、そうだね。ご馳走次第ね。」

「おいっ!それはないだろ?何ご馳走したら内密にしてくれるんだ?
とんでもなく高い店は勘弁してくれよ。役職手当てが無くなって給料下がるんだから!」

雪見と健人が今野をからかい、ゲラゲラ笑いながら手を繋いで歩き出す。
と…。

「待って!まだ帰らないで。大事な話があるの。」

後ろから誰かに呼び止められた。
三人が一斉に振り向くと、そこには書類を手にした広報担当のブロンド美人が、
スーツ姿の長身イケメンを従え立っている。

顔を見合わせた雪見と健人は「大事な話」という言葉に、鳴りそうなお腹を差し置いて
ドクンと心臓が大きく鳴った。











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.536 )
日時: 2014/02/06 12:01
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あ、あのっ!やっぱり私、クビ…ですか?
カメラ無視して自分の撮影に没頭しちゃったし、規約違反で痩せちゃったし…。」

最後は蚊の鳴くような声だった。
やっぱ、そうだよね…。
世界の頂点を目指すための真剣勝負だもの、私なんかじゃ…と。
ところが彼女は大きな身振りで「Say what?」(なんですって?)と笑い出した。

「どういうこと?私、一言でもそんなこと言ったかしら?
確かにあなた、ホワイトハウスでうちのドレス着た時より痩せたわね。
でもそのお陰で、バストがボリュームアップして見えるわ(笑)」

「…え?」

一瞬の間を置いて、ホッとしたように健人がクスクス笑い出す。
今野も「バストがボリュームアップ」は聴き取れたらしく、健人に小声で
「そうなの?」と聞いて雪見にひじ鉄を食らった。

「もっと自分に自信と誇りを持ちなさい。あなたは我が社が選んだ人なのよ?
私を誰だと思ってるの。私が手掛けた仕事に、一度だって失敗は無いわ。
それが私の自信と誇り。
あなたも胸を張って堂々と『スミスソニア』の顔になってちょうだい。」

にっこり微笑んだ彼女の瞳は、やっと雪見に安堵と少しの自信を与えてくれた。

いいんだ…。
この私が『スミスソニア』のモデルと名乗ってもいいんだ…。
良かった…。

ふと、ローラの顔が頭に浮かぶ。
心がひるみそうになるけれど『負けない…。』と自分に言い聞かせた。

「そうそう、肝心な話をしましょ(笑)
ねぇ、マネージャーさん♪うちの会社と…モデル契約を結ばない?」

「えっ?」
「えっ?」

マネージャーさんと言われ、今野と健人が同時に声を上げた。
が、どう見てもブロンド美人は、またしても健人を向いてる。
部下とおぼしき長身イケメンが、彼女の隣で明らかに失笑したので、
今野は穴があったら入りたかった。

「それって…どういうことですか?僕が『スミスソニア』のモデルに?
あの…今更で申し訳ないんですが、僕、マネージャーではないんです。」

「やっぱりね(笑)じゃあ…プロのモデルさんかしら?
いいえ、職業なんて何だっていいのよ。要はうちと契約さえ結んでくれれば。
これからユキミに続いて、メンズ部門でもアジア強化に乗り出すの。
そのためのオーディションを、アジア三ヶ国で開いて二人選ぶつもりなんだけど、
まさか一人目を今日ここで発見出来るとは思わなかったわ。」

「二人…選ぶんですか?…あ!もし僕がお引き受けしたら…。
推薦したい友人がいるんですけど、会うだけ会ってもらえますか?」

健人は自分がどうこうよりも先に、ある友人の顔を思い浮かべた。
あいつにこの仕事、どうしてもやらせてやりたい…。

「あなたが引き受けてくれるなら喜んで!
でも。採用する、しないは別の話よ。よく見極めさせてもらうわ。
それでいいなら二、三日中に、ここへ連れて来なさい。面接してあげる。
じゃ、あなたは決まりねっ♪早速詳しい話しに移りましょう。
どうぞ、こちらへ。あ、皆さんもご一緒にどうぞ。」

「なになに?どーいう展開だ?今、健人は何て言ったの?」
言葉をよく理解出来ずにいる今野に雪見が通訳してやると、今野は大声を上げて驚いた。

「え?ええーっ!?健人まで『スミスソニア』のモデルにぃ?
そりゃスゲー話だ!けど事務所も通さず勝手に決められても、今後の予定ってもんが…。
いや、こんなでっかい仕事、断る理由はない!まずは事務所に連絡だっ!」

「えっ?ちょっと、どこ行くんですか、今野さん!
日本は今、朝の7時ですよ?まだ誰も出社してませんって!
やだ、一緒に居て下さいよぉー!」

雪見が止めるのも聞かず、今野はその場から立ち去った。
残された健人と雪見は『仕方ないなぁ…。』と思いながら、ブロンド美人と
長身イケメンの後に続き、長い廊下の先にあるラウンジへと移動する。

「お腹が空いたでしょ?ここのローストビーフサンドとビールのセットは
安くてボリュームがあって美味しいのよ♪みんな同じでいいわね?」

そう言うと彼女はウエイターに、セットを4つ注文した。
今野の分は…ない。致し方なし。

程なく運ばれた美味しそうな黒ビールは、緊張で喉がカラカラだった雪見の頬を一瞬で緩め、
ニコニコ顔へと変貌させる。

「あなた、今日一番の笑顔だわ(笑)さ、まずは乾杯しましょ。
『スミスソニア』の新しい仲間に、乾杯♪」

「乾杯!」

まだ契約も交わしてない健人にとってはピンと来ない言葉だったが、
何より雪見が嬉しそうだったので自分も嬉しかった。
まぁ、雪見の笑顔は、ビールによる割合が高いだろうが。

「う〜ん、美味しいっ♪久しぶりに心から美味しいビールだぁー!」
ゴクッゴクッゴクッ。
「もう一杯頂いてもいいですか?あ、もちろん自分で払いますから。
このサンドイッチも、めっちゃ美味しい〜♪」

「早っ!どんだけ喉乾いてたの。あと一杯にしておきなよ(笑)
あ、それで僕の契約の件なんですが…。」

子供みたいにゴキゲンな雪見を『可愛いなぁ。』と横目で見ながら、
健人は安心したように本題に入った。
自分のためじゃなく、友人のために。

もちろん世界の『スミスソニア』の顔に選ばれたことは光栄だ。
雪見と二人、最高峰を目指す手伝いを出来るのだから、こんな名誉なことはない。
だが。
自分が選ばれたことに関しては、不思議なほど冷静でいる。
元々、本業の芝居以外に欲はないのだ。
それよりも何よりも、もう一人選ばれるというアジア人モデルに、
何としてでも彼がなって欲しかった。
だから淡々と自分の契約を済ませた後は、熱く彼のことを語り出した。

『ホンギ…。あとはお前の運と実力だけど、俺は出来る限りの応援をするから…。』

ビールを飲みながら黙ってその様子を見守ってた雪見にも、健人の想いは伝わってくる。
『きっとこの仕事が獲れたら、ホンギくんの未来は拓けるよね…。
そしたら貧しい家族だって…。よーし!』

「あのぅ、お話中突然ですが、お二人って…恋人同士、ですよねっ?」

「は?はぁあ!?いきなりなに言い出すんだよ、ゆき姉っ!失礼だろ。」

健人は慌てた。
どう見ても二十代後半イケメン男と四十代後半ブロンド美人女史は、上司と部下の関係。
なのに雪見ときたら、そんな爆弾発言を。
酔っぱらってんのか?

「あ、ゴメンナサイ!失礼しましたっ!恋人同士じゃなくご夫婦…ですよね♪」

「だーかーらっ!失礼だって。
スミマセン!この人、緊張から解放されて酔いが回ったみたいで。
気にしないで下さい。ほんと、ごめんなさい。」

健人がペコペコと詫びるのを見て、突然のことに目を丸くしてた美人女史が
可笑しそうに笑い出した。

「よくわかったわね!私達の関係を見破ったのは、あなたが初めてよ♪」

「え?ええーっ!?」



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.537 )
日時: 2014/02/13 16:06
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

静かにジャズが流れ、コーヒーの香り漂うラウンジ。
だが向こうのテーブルで打ち合わせ中の3人が、チラチラこっちを見てる。
今入って来た重役らしき紳士2人も、驚きの表情で遠くの席へと着いた。
みんなの注目を集めてるのは、ゴキゲンにワインを飲んで盛り上がる女子二人。
言っておくが、ここは『スミスソニア』米国支社内。
決して街中のパブではない。

「ねぇ、頼むから、もうちょっと小さい声で話してよ。
みんながこっち見てるって。」

健人が小声で隣の雪見に注意する。
が、すぐにブロンド女史が口を挟んだ。

「あら、気にすることなんかないわ。
ここ、夕方からはアルコール片手に打ち合わせしてもいい場所なんだから。
それに私達、今後の仕事に大切なディスカッションしてるのよ。
年下夫を持つ女はどうあるべきか、ってね(笑)」

「はぁ、そうですか…。」

やり手のビジネスウーマン、ステファニーにそう言われてしまったら黙るしかない。
向かいのイケメン部下、いや、夫のアレンがクスッと笑って「乾杯♪」
とビールを突き出したので、健人も苦笑いしながらそれに応じた。

「彼女、相当嬉しいんですよ、ユキミと話せることが。
こんなにはしゃいでる姿を、きっと会社の誰も見たことがないはず。
彼女はみんなが憧れる完璧な女性。我が社が誇る優秀な公告ディレクターなんです。」

そう言いながらアレンは彼女を、愛しそうに誇らしげに眺めた。

「いつ結婚したんですか?
さっき、『私達の関係を見破ったのはあなたが初めて』って…。」

「あぁ(笑)。ユキミの観察眼は鋭いですね。さすがカメラマンの目だけある。
先月結婚したんです。と言っても婚姻届を出しただけで…。
僕たちのこと、会社にはまだ秘密にしてるんです。」

「えっ?じゃあ、あんな声で話してたらバレちゃうんじゃ…。」

「多分…もうバレて楽になりたいってとこ、あるんでしょうね。
結婚した時、僕はみんなに話そうって言ったんですけど、彼女が頑なに拒んで。
会社の中じゃずっと、上司と部下の関係を貫いてました。
僕が好奇の目に晒されるのは耐えられない、って…。
僕は、彼女以外は考えられないから平気なのに。
そんなに年齢って…重要ですかね。」

彼は少し悲しげに笑って言った。
愛しい人を見つめる綺麗な横顔が、健人の胸をギュッと締め付ける。

「僕は…関係ないと思います。」

そう言い切ってしまったが、12歳差と20歳差じゃ、やっぱり違うのかも知れない。
でも、彼女以外考えられないという言葉に心の中で同意し、自分も早く
籍を入れたいな…と少し羨ましく思った。

「君たちは?君が日本で有名な俳優なら、色々と大変なんじゃない?」

「えぇ、まぁそれなりに(笑)。ファンあっての仕事ですからね。
彼女は本当に大変な気遣いをしてくれてると思います。
でも僕は、ファンの人達にも彼女にも嘘はつきたくないから、本心を伝えます。
嘘はきっと…自分も相手も傷付けてしまうから。」

「いいな…。僕も自分に正直に生きたい…。
彼女が少しでも笑顔でいられるように、ずっとサポートしていきたいんだ。」

はにかみながら笑うアレンを見て、本当に彼女の事が好きなんだな…
と、二人を応援したい気持ちがムクムクと頭をもたげた。

そうだ!いいこと考えたっ♪「ゆき姉、耳貸して。」

健人は、アレンがステファニーと見つめ合って話し出したのを見て、
何やら雪見の耳元でコショコショと内緒話を始めた。

「なに?やだ、くすぐったーい!ひゃははっ!
お願いだから、もう少し離れてしゃべって(笑)
え?うんうん。…そうなの?ふーん。そーいうことか…。
で?健人くんにしては大胆なアイディアだけど、スリル満点で面白そうじゃん!
よし、それ乗ったー!健人くん、優しいから大好きっ!」

雪見が健人の顔を引き寄せ、ほっぺにチュッ♪
「ヤッベ!もしかして相当酔ってんの?やっぱ無理?」

「この私を誰だと思ってんの?雪見さまに任せなさいっ♪」


四人はラウンジを出て、突き当たりにあるスタジオ方面へとなぜか再び歩き出す。
向こうから人が来て、雪見と健人はドキドキ。
よりによってポスター撮影を担当したカメラマンだ!

「ボス、お疲れ様です。あれ?みんなでどこ行くんですか?
スタジオにはもう誰もいませんよ?」

「あぁ、いいのよ。ちょっとスタジオ借りるわね。
ユキミがケントの宣材写真を撮らせて欲しいって言うから、試しに何枚か撮って
見せてもらうだけ。
ちゃんと片付けて帰るから心配しないで。」

「あ、そうなんですか。
ポスター撮影中にユキミが撮した写真、さっき何気なく見たけど、相当良かったですよ。
あのままボツにするのはもったいないくらい。
ユキミに撮らせるケントの宣材は有りかも知れません。
じゃ、お先に失礼します。お疲れ様でした。」

何の疑いもなく二人がそう会話したので、雪見と健人はホッと胸を撫で下ろす。

「さてと。『ケントを撮らせたら世界一』って豪語した腕前、とくと拝見させてもらうわ。
カメラはさっきユキミが使ったのでいいわね?じゃ、始めてちょうだい。」

酔ってるはずのステファニーが、すっかり仕事モードの真剣な顔になってて健人は焦った。
が、反対に雪見はアルコールのお陰で、大胆にも堂々とシナリオ通りの芝居を演じて見せる。

「あ、その前に。衣装お借りしてもいいですか?
健人くんが私服のままだと、イメージがまったく違うので。
やっぱり『スミスソニア』を身にまとうって事が大事だと思うんです。」

「それもそうね。いいわ。隣の衣装室から好きなの選んで着てらっしゃい。」

「ありがとうございます!健人くん、行こ。私が選んであげる♪」
そう言いながら雪見と健人は、スタジオ内にある大きな衣装室へと消えていく。

ここには今まで『スミスソニア』で発売されたすべての服や装飾品が収蔵され、
さながら『スミスソニア』博物館といったところだ。
その中から二人は似合いそうな物を手早く選び、再びスタジオへと戻って行った。

「えっ?どうして着替えてこなかったの?中に更衣室があったでしょ?
それに、それって…。」

健人と雪見がそれぞれ手にして戻った衣装を見て、ステファニーとアレンが
顔を見合わせた。
どう見ても、ウェディングドレスとタキシード。
これは一体…?

「私、もちろんケントを撮らせたら世界一ですけど、多分今日は世界一の
ブライダルカメラマンです。
だって、新郎新婦の心が手に取るようにわかるから。」

「えっ…?」

「私が二人の結婚写真を撮ってあげます。
籍を入れただけでドレスは着てないんでしょ?話は聞きました。
アレンに素敵なドレス姿を見せてあげて下さい。」

ステファニーは『あなたねぇ!』という顔でアレンを睨み付ける。
が、アレンがいつになく真剣な目で見つめ返すので、フフッと笑って
「負けたわ。」と言った。

「誰かに見つかると恥ずかしいから、スタジオに鍵掛けてくるわね。」

「あ、もうとっくに掛けてあります(笑)こっちも準備しときますから着替えて来て。
ドレスはそれが似合うと思うけど、自分の好きなのに換えていいですよ。」

「『スミスソニア』ウェディングは世界一素敵なドレスなの。
だからどれを着たって世界一の花嫁になれるわ。」
にっこり笑ってステファニーはアレンにキスをした。

ドレスに着替えた妻に見とれる夫の幸せそうな微笑みは、今まで見てきた
どの新郎新婦よりも輝いてる。

健人にしては珍しく大胆なサプライズだったが、その優しさが何よりも嬉しくて
雪見は健人の首にぶら下がり、百万回のキスをした。





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