コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.467 )
- 日時: 2013/04/22 14:53
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「と、とうまぁあ!?」
「なんでぇ!?なんで当麻くんがそんなカッコして、ここにいるの!?
てゆーか、いつから…いたの?」
「え?俺?『私も外人さんになっちゃった。えへへっ♪』の少し前からかなぁ?」
「あははっ!そうなんだ…。」
当麻は平然と答えたが、店のスタッフならまだしも当麻に目撃されるなんて!
雪見は恥ずかしさを笑って誤魔化した。
「で、そのカッコは何?みずきとここで働き出したとか!?」
健人も、キスに関して突っ込まれる前に話題を変えようと焦ってる。
「んなわけ、あるかーっ!撮影だよ、撮影っ!
みずきが、うちの事務所に移籍して初めての写真集を出すわけ。
で、その撮影を朝からここでやってんのっ!」
「なるほど。この店、うちの事務所の物になっちゃったもんな…。
あ、そんでみずきが忙しいから当麻が店を手伝ってるんだ。お疲れっ!」
「なんでやねんっ!どーしても俺をここで働かせたい?
執事役で写真集にスペシャルサンクスしてんのっ!
どーよ!イケてると思わね?自分じゃこのカッコ、相当気に入ってんだけど。」
当麻はご満悦である。どうやら先程目撃したキスシーンも頭から消え去った様子。
健人と雪見はさりげなく目を見合わせ、ホッと胸を撫で下ろした。
「ヤベッ!そんなことより、早く二人を連れて来いって言われてたんだ!
俺が1個持ってやるからついて来て!」
「えっ?連れて来いって…誰を?私達、猫を預かってもらいに来ただけなんだけど…。
え?ねぇ!どこ行くの?ちょっと待って!
えーっ!執事のくせにバッグ1個しか持ってくんないのぉ〜!?」
「だーかーらっ!俺はここの執事じゃねえっつーのっ!いーから急げ〜!」
当麻はキャリーバッグ1個をサッと手にしたと思ったら、雪見の質問にも振り向きもせず
早歩きで店の奥へと足を進めた。
二人は何が何だかサッパリわからず。
とにかく残りの猫たちを連れ、当麻の後ろを追いかけるより仕方ない。
「ねぇ!まだ撮影の途中なんでしょ?当麻くんは戻っていいよ。
猫の部屋は通りがかりのスタッフさんに聞くから。」
何度も通ったことのある長いトンネルを、当麻はなぜか無言でひたすら歩く。
こうなったら当麻の手から、猫をふんだくってやろうかと思ったが
なんせ両手のキャリーバッグの重さが歩みを遅くした。
「当麻、ちょっと待てよっ!…え?な、なんだ!?」
「うそっ!な、なにっ?」
トンネルを抜けた当麻にやっと追いついた健人と雪見。
しかしそこに待ち受けてたのは、この店に有るはずのない空間と思いがけない人達だった。
「よぉ!やっと到着したか!待ちくたびれたぞ。」
小野寺常務と今野さんが、どうしてここに?みずきの撮影を見に来たの?
「雪見ちゃん、久しぶりっ!あらま、今日は一段と変身し甲斐のある格好ね(笑)
でも私達に任せといてっ♪」
『ヴィーナス』スタイリストの牧田さんに、ヘアメイクの進藤さんも!
なんで?みずきの写真集って『ヴィーナス』とのタイアップなのかな?
「雪見ちゃん!今日はビシバシ撮らせてもらうからねっ!健人くんもヨロシクっ!」
わぁ!カメラマンの阿部さんまでいる!久しぶりだなぁー。
…って、え?今、ビシバシ撮らせてもらうからねって言った?…何を?
それにこれって、どう見ても教会のセット…だよね?
「どーゆーこと?」
健人と雪見は、いまだ重たいバッグを両手にポカンと突っ立ってる。
そこへ隣室のドアが開いて、純白ウエディングドレス姿のみずきと、
タキシードに急いで着替えたであろう当麻が、みずき専属ヘアメイクさんと共に
ゆっくりと現れた。
「おぉぉ!」
撮影スタッフたちがどよめき、大きな拍手が湧き起こる。
「みずき、めっちゃ綺麗…!!お人形さんみたい!
そっか、結婚記念の写真集でもあるんだね!素敵だよ、とっても!」
目を潤ませ、いつまでも見とれる雪見の前に、そのお人形が立ち止まる。
「さぁ、次はゆき姉が着替えてきてねっ♪」
「…え?」
にっこり微笑んだみずきの言葉を合図に、二人をヘアメイクスタッフ達が取り囲む。
「ちょ、ちょっと何なんですかっ!?常務ーっ!どーいうことですかぁ〜!?」
「えーっ!?まさかの仕事ぉ〜?俺ら今日からオフじゃね?」
それから40分。
当麻とみずきの撮影がまだ続いてる中、隣室のドアが再び静かに開いた。
中から出てきたのは、何ともまるで王子様のような麗しきタキシード姿の健人と、
どこかの国の王女みたいなウエディングドレス姿の雪見である。
健人にエスコートされて恥ずかしげに微笑む雪見に一瞬時が止まり、みんなが見とれた。
「やだ、そんなに見ないで下さい。心の準備がまだ出来てないから…。」
雪見は、自分に突然もたらされた状況に戸惑いながらも小野寺の前に進み出る。
「あの…。進藤さんからお話聞きました。みずきさんが常務を説得したって…。
私の母に写真を贈るために、皆さんが集まって下さったって…。」
言葉にした途端、その心遣いに涙がポロポロとこぼれ始めた。
「おいおい!せっかく綺麗にしてもらったのに泣くんじゃないよ!
勘違いしなさんな!お袋さんのためだけじゃない。
うちの看板俳優が結婚するってのに、お前たちが写真も撮らないって言うから。
みんなが『それはジョーダンじゃないっ!』て怒って集まったんだぞ!」
怒ってと言いながらも小野寺は笑ってた。
「あ、ドレス姿は神父さまにでも撮ってもらおうと思ってたんですけど…。」
「それはスナップ写真だろっ!?しかも神父さまにって、お前ねぇ(笑)
カメラマンのくせに、なんで自分の写真にはこうも無頓着なんだ?
一生に一度の晴れ姿なんだから、お袋さんにもちゃんとした写真を贈ってやれ!
それが親孝行ってもんだ。健人もだぞっ!」
小野寺が呆れ顔で二人を見たが、その瞳はどこまでも優しい。
「じゃあ撮影を再開するぞーっ!次は2組揃ってのスチールだ!
機会を見てドカーンと公開する、とっておきの一枚だから阿部ちゃん!
最高なのをよろしく頼むよっ!」
「任せといて下さいっ!いやぁ〜こんなの撮せる名誉に指が震えますよ!」
「じゃ、私が代わりましょうか(笑)」
さっき泣いてた雪見が、もう今はケラケラと笑ってる。
その眩しい笑顔は、つい健人を見とれさせた。
「おいっ!健人も当麻も、だらしない顔で自分の嫁さんを見過ぎだっ!」
撮影現場が幸せな笑いで溢れてる。
みずきは、自分の起こした行動が誰にも怪しまれず、上手く事が運んだことに安堵した。
「さぁ、これを早くお母さんに届けてあげて。アメリカに旅立つ前に必ずねっ!」
着替え終わり、猫を無事預けて帰ろうとした時である。
カフェのオフィスで阿部がプリントした写真を、みずきが綺麗なフォトスタンドに納め
「はいっ!」と雪見に差し出した。
それは阿部会心の出来の、健人と雪見の2ショットである。
「みずきも阿部さんも本当にありがとう!母さん、これ見たら病気治っちゃうかも♪
だって実物より十倍は綺麗に写ってるもん!」
「あれ?俺、百倍綺麗に写したつもりだけど?」
「ひどっ!阿部さんっ!これはゆき姉の実物通りですっ!」
「いいから健人も、早くこれ持って行きなさ〜いっ!」
みずきに追い立てられ再び母の病室に立ち寄ると、母は寝息を立てて眠ってた。
起こさぬよう静かにベッドサイドに写真を飾り、二人はニコッと笑い合う。
そして寝顔に向かって小声で「行って来ます!」と頭を下げ病室を後にした。
息をしてる母の寝顔が見納めになることは、みずきだけが知っている…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.468 )
- 日時: 2013/04/30 23:07
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「健人くん、忘れ物ないっ!?パスポートあるよね?お財布も持った!
めめとラッキーもOK!ガスの元栓も閉めたし…。」
いよいよ渡米当日。今野が迎えに来る15分前。
雪見は緊張と興奮と心配とでほとんど寝られず、夜明け前にはベッドを飛び出し
今だドタバタと部屋中を動き回ってる。
一方の健人はと言うと、朝からずっと雪見にかまってもらえず少々ふて腐れ気味か。
支度を早々に終えた後はソファーに腰を下ろし、雪見がせわしなく動く姿を目で追ってた。
「ねぇ。大丈夫だから少しは落ち着いたら?俺はゆき姉さえ…」
「ストーップ!ゆき姉さえ居たらそれでいいなんてこと、あるわけないでしょっ!
そんなんじゃ暮らしていけな…」
「いいんだって!」
説教し始めた雪見の腕をグイと引き、健人はその唇を強引に封じるという強硬手段に出た。
本当にゆき姉さえ居てくれたらいいんだから…。
それだけですべてを乗り越えてみせるし、どんな事も耐えてやる…。
いっつも俺の隣にいてよ。俺がゆき姉を見てる時はゆき姉も俺を見て!
言葉の代わりに熱く長く官能的なキスをする。が…。
「やっべ!時間無いのに…どうしてくれんの?」
唇をやっと離した健人が、雪見をギューッと抱きしめ呟く。
「…何が?」
キスによって心が落ち着いた雪見は、小首を傾げて健人の顔を見上げた。
「ゆき姉が…欲しくなったに決まってんじゃん!」
なにぃ!?寂しげな子犬みたいな目でこっち見てるー!その芝居には引っかからないぞ!
「ダーメッ!もう今野さんが迎えに来るでしょ!?
てゆーか私のせい?仕掛けてきたのはそっちのくせにーっ!
続きはニューヨークまでお・あ・ず・けっ♪」
「ちっ!バレタかー!」
成田11:00発ニューヨーク行き。
それに乗り込むためには、2時間前にはチェックインを開始しなければならない。
なぜなら、めめとラッキーを連れて出国するには、多くの書類と雑多な手続きが必要だから。
かなり早めに着いた出発ロビーだったが、すでに大勢のビジネスマンや
観光客でごった返してる。
その人混みに紛れ健人と雪見も、何とか無事搭乗手続きを済ませることが出来た。
小さなケースの中で、アパートまで15時間ほども過ごさなければならない二匹。
心配で可哀想で、一瞬連れて渡米することを後悔もしたが致し方ない。
「良い子にしててね!」と声を掛け、グランドホステスには健人が
「こいつらの事、よろしくお願いします!」と頭を下げた。
あとは無事を祈るだけ。アパートに着いたら真っ先に出してやろう。
ペットを出国させるという、経験のない一番の不安事をなんとかクリアし
ホッとしながら今野と及川の待つ場所へ戻るその時だった。
ほんのわずかな距離に、キャーッ!と騒ぐ大声が上がった。
健人の存在に気付いた女子大生グループらしい。
健人は黒のキャップを目深に被り黒縁メガネを掛け、シンプルな服を着て無言でいたのだが
ホッとして見せた笑顔で、斉藤健人だとバレたと雪見は思った。
斉藤健人のオーラとは、そんな幼稚な手で覆い隠せるほど弱々しいものではないのだ。
困ったことに、それをきっかけにあちこちからキャーキャー騒ぐ声が聞こえ始め、
健人の隣で雪見はずっとうつむいたままだった。
「雪見っ!顔を上げてろ!
最初からうつむいてたんじゃ、斉藤健人のマネージャー失格だぞ!」
今野がいつになく厳しい顔で雪見を叱った。
「お前、俺と常務に言い切ったよな?『私が健人を超大物俳優にしてみせる。
だから健人の人生の専属マネージャーにしてくれ!』って。」
「…はい。」
「あの時の強い目と強い意志はどこ行った!今の弱々しいお前じゃ健人は任せられんぞ!」
今野が本気で言ってるのがよくわかる。
それほどまでに健人の存在とは、事務所にとっては国宝級の宝なのだ。
そうだ…。ここから先は今野さんも及川さんも同行しない。
こんな凄い人気俳優を私一人で守り、二ヶ月後無事に事務所に返さなくてはならないのだ。
私が恥ずかしがって下を向いてる場合ではない。
誰よりも堂々と前を向き、常に盾となって健人を守りかばう。
それがマネージャーの最重要任務ではないのか。
そう…恋人であるとかフィアンセである前に、私は斉藤健人の生涯マネージャーなのだ!
パチンと背中のスイッチがONになる。
シャキーンと顔を上げた雪見は、今野と及川を交互に見た。
「今野さん、及川さん!私、頑張りますっ!ここから先は私に任せて下さいっ!
必ずや斉藤健人を命賭けで守り抜き、無事二人の元へと連れ帰りますっ!」
なぜか雪見は姿勢を正し、婦人警官のように最敬礼して見せた。
「おいおいっ!SPじゃねーんだからっ!ドラマの見過ぎだよっ(笑)
そこまで気負わなくてもいいよ。」
今野と及川がゲラゲラ笑ってる。
健人も「ゆき姉、サイコー♪」とお腹を抱えて笑いながら、雪見の手をギュッと繋いだ。
「大丈夫!自分の身は自分で守るし、ゆき姉のことも俺が守るから!
つーか、俺は命を狙われてんのかっ?(笑)まぁいいや。
じゃあSPさん。ここじゃ敵が多すぎる。どこか二人で身を隠しましょう!」
今野と及川が『はぁぁ!?』という顔して健人を見てる。
「今野さん、及川さん!色々とありがとうございましたっ!
こっから先は、俺たち二人でどーにかやります!
あ、小野寺常務にもよろしく伝えといて下さい!
斉藤健人、更に男を磨いて帰国しますっ!では、行って参ります!」
健人までがビシッと敬礼するので、慌てて雪見も習って敬礼する。
「じゃ、お茶でもしよっか♪」
健人と雪見は目を見合わせ、にっこり笑って手を恋人繋ぎした。
「お、おいっ!俺たちに、とっとと帰れってことかぁ!?
最後まで見届けろって、常務からの業務命令なんだぞーっ!
大騒ぎになったらどーすんだ!」
「その時はその時っス!
これからずーっと二人でいるんだから、そんなのにも慣れてもらわないと。
大丈夫ですよ!今この人の背中のスイッチ、入ったまんまだから(笑)
向こう着いたら真っ先に連絡します!じゃ!」
健人と雪見は、まだどこかから聞こえるキャーキャー言う声を気にも留めず
二人で楽しそうにおしゃべりしながら人混みに消えて行った。
視界からあっという間に消えた残像を、今野はしばし眺めてる。
「…まぁな…。いつでもどこでも俺らが守りきれるもんでもねぇし…。
新米マネージャーが有能であることを祈るとするか…。
てか、雪見なら本気でマネージャーやらせろ!っていつか言い出すかもな。
及川っ!お前、危機感もって仕事した方がいいぞ!失職しないようにな!」
「ちょ、ちょっと今野さんっ!脅かさないで下さいよー!
ヤバイっす!それ、マジ勘弁して欲しいっ!!」
今野の高笑いが、幸せな喧噪にかき消されてゆく。
健人と雪見は、きっとたった今から新しい人生を歩き出したのだ。
少し早いがおめでとう!幸せな顔して帰って来いよ。
斉藤健人と斉藤雪見の未来に、今日は乾杯!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.469 )
- 日時: 2013/05/03 10:46
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ねぇ。二人きりで並んで座るのって初めてだよね?
なんかさぁ…新婚旅行に行くカップルみたいじゃない?えへっ♪
機内食楽しみだなぁ!ワインも美味しいだろうなぁ〜♪
飛行機ってワクワクするよね!離陸の瞬間がジェットコースターみたいだしさ。
あーディズニーランドとか行きたいなーっ!
絶叫マシンいっぱい乗りたーい!健人くんも好きだよね?絶叫系!
でもそんな時間ないよね…?健人くんの学校、忙しいよね?」
離陸前の機内は、遊園地のアトラクションに並んでるかのごとく高揚感に溢れてる。
その片棒を担ぐのは、もちろん雪見。
まるで修学旅行に出かける女子高生のごとく、キャッキャと落ち着きがない。
いつもはそれを「もうちょっと静かにしてくれる?」とたしなめる健人だったが
今日は雪見が本当に楽しそうに笑ってるのが嬉しくて可愛くて、肘掛けに頬杖ついて
顔をジィーッと眺めてた。
「な、なにっ?顔になんかついてる!?」
「いや、俺のSPさんが、ずいぶん楽しそうだなーって。」
健人が笑いながら言うと、雪見はハッとした顔で口を両手で押さえた。
「ごめんっ!私、ついはしゃいじゃって!誰かに…バレちゃった?」
「いやいやいや、もうとっくにバレてるでしょー(笑)
でも気にしなくていいよ。今日からそんなの気にしない気にしない!
新婚旅行に行くカップルみたいじゃなくて、ほんとにそうなんだから。」
にっこり笑った健人がそっと手を伸ばし、窓側に座る雪見の右手を握る。
その左手薬指には、健人が初めて雪見にプレゼントするのにお揃いで作った
『YUKIMI LOVE』と刻まれた思い出のリングが、しっかりとはめられていた。
もちろん雪見の薬指にも、お守りのようにいつだって『KENTO LOVE』リングは輝いてる。
「ねぇっ!そー言えば結婚指輪って持って来たよね?」
「え?」
4月7日(木)現地時間午前10時45分。
12時間45分のフライトを終え、やっとジョン・F・ケネディ国際空港に着陸。
時差は13時間。日本の方が13時間進んでる。
よって日本を飛び立ったのが4月7日の午前11時なのに、タイムマシンに乗って
まるで逆戻りしたかのよう。
時間は掛かったが無事手続きを済ませ、めめとラッキーを受け取り感動の対面を果たす。
「二人とも、いい子にしてたんだねっ!良かったぁー!
さ、早く新しいお家へ行こう!あと少しだけ、いい子にしてるんだよ。
着いたらすぐに出してあげるから♪」
雪見と健人は猫の入ったバッグを一つずつ持ち、その他にも大きなキャリーケースを押してる。
こんな大荷物じゃ、タクシーに乗るしかない。
二人は忘れ物がないか何度も周りを確認し、「よしっ!」と外へ出た。
身体のあちこちは痛いが、存分に飲んだワインのお陰で睡眠不足は解消し雪見は気分爽快。
「う〜ん!着いたぁ〜♪」と大きく伸びをして深呼吸。これからの新生活に心躍らせた。
が、一方の健人はと言うと…。
「…にしても、なーんであんな大事なもの忘れちゃうんだよ、俺っ!
ばっかじゃねーの!マジ腹立つわー!ほんっとゴメン!はぁぁぁ…。」
そう!溜め息ついてるこの人が、結婚指輪を忘れた張本人。
十日後に挙げる二人きりの簡素な挙式で、指輪の交換と婚姻届の署名捺印は
メインイベントとも言える重要な儀式。
なのに、肝心の指輪を大事に大事に仕舞い込み過ぎて忘れてくるという、
らしからぬ大失態をやらかしてしまった。
健人の落ち込みようときたら、それはそれはハンパなかった。
飛行機の中でも雪見に謝り通しだったし、あんなに楽しみにしてた食事とワインも
溜め息つきながらじゃ美味いもへったくれもなかっただろう。可哀想に。
その責任感と完璧主義のお陰で、この失態は自分じゃ許し難いらしい。
「ほんとにもういいんだって!なに一人で落ち込んでんの?
確かめなかった私も悪かったんだってばぁ!
私はなーんとも思ってないんだよ?今してる指輪でいいじゃん!
指輪を盗まれたわけじゃないし、家に帰ったらちゃんとあるんだからさ。
健人くん、言ってたくせに!ゆき姉さえいればいいって(笑)
私がここにいるんだからいいでしょ?
それに私はこっちの方が、むしろ思い入れがあって好きだな〜♪」
雪見は左手を高く掲げ、ニューヨークの太陽にかざしてみた。
指輪がキラキラ輝いてる。二人の未来のように眩しく美しく。
そしてこの手のひらの向こうの太陽が、けさ日本で見てきた夜明けの朝陽と同じだなんて
なんだか少し不思議な気がする。
でも、知らない土地で偶然出会った同郷の人みたいでホッとした。
また会えたね、太陽さん。今朝の私達を知ってるのはあなただけ。
私達もあなたが日本で綺麗な朝陽だったこと、知ってるよ。
今日からしばらく、ここでお世話になります。
どうか私達のこと、よろしくねっ!
雪見はにっこり微笑んで左手を下ろし健人を見た。
「さぁ、行こっか!めめ達を早く出してあげよう。どんなアパートかワクワクするぅ♪
あ、あそこがタクシー乗り場だ!こっちじゃイエローキャブに乗らないと危ないからねー。」
そう言いながら荷物を再び両手に持ち、歩き出そうとした時だった。
「タクシーに乗るんだろ?」
後ろから片言の日本語で、にこやかに声を掛けられた。
しまった!白タクの客引きだ!
「No Thank You♪」
雪見はトラブルにならないよう笑顔で丁重に断った。だが…。
「お前、今、手を挙げただろう!タクシー呼んだよな?
だからわざわざ来てやったんだ!さぁ乗ってもらおうか!」
その小太りな男は、どこか訛りのある英語で笑顔から一転怖い顔してまくし立て、
雪見のトランクを強引に運ぼうと手を掛けた。
一瞬、足がすくむ。
健人が何かを英語で言おうとしてるのだが「Stop!」しか出てこないで慌ててる。
そのこわばった顔を見て、雪見の背中のスイッチが0Nになった!
「ちょっとぉ!いい加減にしなさいよ!大人しい日本人だと思ってなめんじゃないわよ!
よくも記念すべき第一歩に泥を塗ってくれたわねっ!
あんたのそのツラ、一生忘れないから覚えておきなさいっ!」
雪見は仁王立ちになり、流暢な英語で早口にまくし立てた。
それもかなりのオーバーアクション、ハリウッド女優も顔負けの凄みと迫力で。
男は、可愛い小さな女の子(嬉しいことにそう見えてるはず)の豹変に目をまん丸くし、
思いの外あっさりとトランクから手を離した。
「I accept your apology!(分かればよろしい!)
さ、健人くん、行こ行こっ♪」
「あ…う、うん!俺、ラッキーも持ってやるよ!」
「ありがと♪♪」
こうして二人の米国留学はやっと今、スタートを切った。
イエローキャブに乗り込み行き先を告げた後、素晴らしい活躍を果たした可愛いSPに
健人からご褒美の熱いKISSが真っ先に贈られたのは言うまでもない。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.470 )
- 日時: 2013/05/06 23:15
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「着いた!…って…ほんとにここ?ここに住むの?私達…。」
「うん、多分…。ここが俺たちの家…って凄くね!?
うっそ!マジかー!こんなスッゲーとこ借りてくれたんだ!やっべぇ!!」
タクシーを降り、二人してその建物を見上げてる。
何度も何度も手の中のメモを確認したが、どうやら本当にここが今日からの我が家らしい。
街中に在りながらロケーション最高な地区に建つ、プチリゾートホテルのような外観。
周りには緑が多く広がり、健人の大好きな美術館もある。
すぐ近くには大きなスーパーもあるし、最寄りの地下鉄駅から徒歩5分。
常務の小野寺が知人の口利きで、破格の家賃で二ヶ月借りてくれたのだ。
感謝感激雨あられ♪とにかく中に入ってみよう。
「ナニコレ?これがアパート?ホテルの間違いじゃね?」
健人がつぶやいた感想は正しい。雪見も同じことを思った。
米国じゃ、日本のマンション並みの建物もアパートメントと呼ぶのは知ってたが
このエントランスは、マンションどころか本当にちょっとしたリゾートホテルである。
住む場所は、忙しい健人に代わって事務所が手配してくれた。
健人が示した条件は、多少家賃が高くても交通の便が良く治安も良い地域。
雪見が一人で留守番する場合も考えて、セキュリティのしっかりした建物。
一番重要なのは猫を2匹飼っても良い!ということ。
今野からの報告で、日本のウィークリーマンションのように家具家電など、
日常生活に必要な物はほぼ揃ってること。
アパートのエントランスには日本語の話せるコンシェルジュと、24時間在中の
ガードマンがいることを聞いていた。
でも、本当にこんなホテルみたいな建物がペット可なのか?
もし何かの手違いで、ペット御法度のアパートだったら…。
浮かれ気分が徐々に不安へと変わってく。
それを感じ取ったかのように、左手のズシリと重たいバッグの中から
「にゃ〜ん」とめめが声を上げた。
そうだ。突っ立ってても仕方ない。とにかく行動開始しなくては。
常務から、コンシェルジュに渡すようにと手渡された封筒がある。
日本語が出来ると言っても、どうせ片言だろう。
いざという時に備え、雪見がそれを手渡すことにする。
「Hi!」
第一印象が肝心と、明るく元気に声をかけた。隣で健人もペコリと頭を下げる。
すると映画『プリティウーマン』に出てくるリチャードギアそっくりのその紳士は
素敵な笑顔で二人に微笑み「こんにちは。ようこそニューヨークへ!
お待ちしておりました、斉藤様ご夫妻。」と、滑らかな日本語で挨拶し
深々と日本式にお辞儀したのだ。
いきなりの「斉藤様ご夫妻」には健人も雪見もビックリ!
片言どころかそんな高度な日本語を操り、しかも私達のことを知ってるなんて。
「えっ!?あ、こんにちは。日本語がとってもお上手ですね!
あの…斉藤です。今日から2ヶ月間お世話になります!
これ、あなたに渡すよう預かって来ました。」
「拝見します。」
封筒の中身を彼が読んでる間に思い出した。
そう言えば賃貸契約の書類に、便宜上「夫婦」と書いたんだっけ!
一人ずつの証明写真も貼らされたんだった。だから私達を知ってたのか。
一瞬『斉藤健人って米国でも有名人なんだ!』と思ったことを苦笑した。
それと同時に、心の準備もないまま初めて名乗った斉藤姓が急に気恥ずかしくなり
雪見は今頃頬が赤らむのを感じてた。
うなずきながら封書を読み終えた彼は、小さく「OK!」とつぶやき
「では、お部屋へご案内致します。」とカートに荷物を乗せ、エレベーターに乗り込んだ。
「そうだ忘れてた!ここって本当に猫飼ってもいいんですか?」
慌てて健人が大事なことを聞く。部屋に入ってからダメと言われちゃかなわない。
「もちろんですとも!ご安心下さい。そのように作られたアパートですから。
さぁ、猫ちゃんも長旅で疲れたことでしょう。
今日からこの部屋が、あなた達のマイホームですよ。」
そう言いながら701号室の扉を開けた。
最上階の角部屋。
ペントハウスとまではいかないが、窓の外に広がる景色とお洒落な内装に
二人は子供のように大はしゃぎ。
「やっべー!マジ、こんなとこに二ヶ月も住めんのぉ!?
すげー!こっちのベッドルーム、デカっ!
うわっ!バスルームもナニコレ!?外が丸見え(笑)」
「キャーッ!見て見て健人くんっ!外の景色がメチャ綺麗っ!
うわぁー!バルコニーまでオシャレだぁ〜!」
雪見はバルコニーに繋がるガラス戸を両手で押し開け、外に出て改めて
ニューヨークの風を肌で感じた。
長い髪がふわふわと風に踊る。
空を仰ぎ、「う〜ん!気持ちいぃ〜♪」と思い切り伸びをした。
その後ろ姿を部屋の中から目を細めて健人が眺めてたのだが、ふいに髪をかき上げた
雪見の仕草に胸がドキドキ高鳴って、思わずバルコニーへ飛び出し雪見の肩を抱き寄せた。
「ね!今日は天気いいから、これからここでメシ食わない?
シャンパン買ってきて引っ越し祝いしよ!夜になったら月見酒なんかも良くね?
ねぇ、疲れてる?これから一緒に買い出し行かない?」
「行く行くっ!ぜーんぜん疲れてなんかないよ!て言うか、良かった。
健人くんが元気になった♪」
雪見が嬉しそうに健人に抱きついて、顔を見上げる。
「え?俺?元気無かったっけ…?」
「あーいいのいいの!忘れてて。ついでに今朝のこともね。」
雪見が小さく付け加えた言葉を、健人が聞き逃すはずはない。
「今朝の…?あー思い出したーっ!そーだった!
俺キスの続きを、おあずけ食らってたんだぁ!
ニューヨークでね、って言ったよね?着いたよ、ニューヨーク!」
健人は雪見の頬を両手でそっと包んで瞳を見た。
「今日から毎日、時間はたっぷりあるからね。
演劇学校にだって二人で通うんだ。本当に24時間一緒に居るんだよ。
俺のこと、ずっと見ててね。写真もいっぱい撮って。
ゆき姉の24時間を俺にくれたら嬉しい。
俺は…俺の一生を…ゆき姉に…あげる。」
そう言って健人は、雪見に柔らかな唇を重ねた。
何度も何度も軽やかに重ねては離し、重ねては離しして、最後に力一杯抱きしめながら
長い長いキスをした。
パチパチパチ♪
「さすが日本の人気俳優さんですね!素敵なシーンを見させてもらいました。」
「え…!?」
しまったぁ!すっかりこの人の存在を忘れてたぁぁぁー!
「多分あなたは日本人で一番綺麗なキスをする男性だ。
もしあなたがハリウッドで成功する日がきたら、真っ先に私があなたの
熱烈なファンになることでしょう。
その日が来るのを今から楽しみにしています。
さぁそろそろバルコニーを締めて、この猫ちゃん達を放してあげてはいかが?」
「ヤバッ!すっかり忘れてたぁー!」
ご主人様のラブシーンのお陰で、予定時刻を大幅に遅れて解き放たれた二匹は
さっそく新しい我が家の探検に出かけて行った。
優秀なコンシェルジュも一礼して部屋を出て行ったあとは、約束通り
今朝の続きが待ってることだろう。
記念すべきNY1日目は、大きなベッドからスタートを切る。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.471 )
- 日時: 2013/05/13 01:01
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
『うーん…。もう朝なの…?なんか寝た気がしないな…。
頭がぼーっとしてる…。昨日飲み過ぎたんだっけ…?
えっと…昨日は…そう、お天気だから昼間っからバルコニーで健人くんと
シャンパン開けて、夜はお月さま見ながらワイン…。
…え?バルコニー…で?
…って、そーだっ!ここ、ニューヨークじゃん!
私達、昨日からニューヨークにいるんだったぁ〜!
なに私ってば寝ぼけたこと言ってんだろっ!
ヤバッ!今朝しか出来ない、大事な大事な仕事があったんだぁ〜!!』
雪見は一気に目が覚め、ガバッとベッドから身体を起こす。
が、隣に寝てる健人が「う…んっ…。」と寝返りを打ったので『まずいっ!』
と、そーっとベッドを下りた。
米国留学、初めての朝。時計の針は6時ちょっと過ぎ。
だが健人は、二ヶ月間を過ごす高級アパートメントのキングサイズベッドで、
幸せそうな顔してまだ寝てる。
今日から演劇学校に編入するが、毎週金曜のレッスンは午後から。
なのでもうしばらく寝かせておこう。てか、今すぐ起きられちゃ困るのだ。
雪見は物音を立てぬよう、カメラバッグからそっと一眼レフとデジカメを取り出す。
広い寝室の片隅には、まだ荷ほどきされてない荷物が山のように積まれてた。
今朝しか出来ない大事な仕事。
それは…NY初めての朝陽を浴びて眠る健人を撮ること。
新しい写真集の表紙には絶対このショット!と決めていた。
自分が健人を撮る意義に気付いた今、仕事に嘘はつきたくない。
初めての朝の健人を残したいと思ってるのだから、明日やあさっての健人ではダメなのだ。
その時の空気や匂い、目覚めた時の緊張感や期待感、幸福感やあるいは気だるさ…。
それは初日と二日目では明らかに違うはず。
たとえ今日、私が寝坊してその瞬間を撮り損ねたとしても、一旦起きてしまった健人に
見事な寝たふりをしてもらってまで撮る意味は、今の私には無い。
私はスタジオでグラビア写真を撮るカメラマンとは、明らかに役割が違うのだ。
今日からの二ヶ月、健人のもっとも近くで24時間見つめていられるチケットを
この世でたった一人、私は手にしてる。
そんなプラチナチケットを持ってるのだから、私にしか出来ない事に使わねばバチが当たる。
私はカメラマン。ならばその私が果たすべき役割とは、健人の「今」を写し取り
世の人々に斉藤健人の本質を、更に広く知らしめる事ではないのか。
でもこれって報道カメラマンの仕事だよね?
じゃ今度から猫カメラマンじゃなくて、報道カメラマンって名乗っちゃう?
そうクスッと笑ったら、亡き父の顔が頭に浮かんだ。
今思えば、父の仕事も報道カメラマンと同じであったように思う。
子供の笑顔が大好きで、世界中を旅しては子供たちの笑顔だけを写し歩いたが
とりわけ多く訪れていたのは、貧しい国や戦争に苦しんだ国。
本当は、その笑顔の裏に隠れてる涙や悲しみこそが、父が一番に伝えたかった事のような気がする。
父さんと私、どうやら似たもの親子みたいだよ。
よしっ!私は健人専属報道カメラマンを目指そう!
「今」の健人から見え隠れする感情を、世間に伝えるのが私の仕事なんだ。
そうと心が確信したら、いきなり仕事モードが全開になる。
雪見は長い髪をクルクルッと器用に結い上げ、まずは一眼レフを手に取った。
真っ白なシーツに顔をうずめて眠る健人は、まるで日溜まりで気持ちよさげに眠る子猫のよう。
ワクワクしながらカメラを覗き、その柔らかな朝陽に包まれた天使のような寝顔に
夢中でシャッターを切る。
キャーッ!絶対いいっ!
こんな寝顔が写真集になったら、女子はみんな悶絶もんでしょ!
やだ、涙出そう…。神様ありがとう!素敵な天使を地上に降ろしてくれて…。
カシャカシャッ!カシャッ!
「うーん…。ん…?なに…?なにしてんの…?」
健人が片目だけを開け、眩しい光の中に立つ雪見を確認してる。
『ヤバッ!もう早お目覚めかぁ!急げ急げっ!』
雪見は健人の問いにも答えず、とにかくシャッターを切り続けた。
「ちょっとぉ…。俺の許可なく、なに朝から撮ってんだよぉ…。」
「常務から、ちゃーんと許可もらってるもんねー!
てゆーか、次の写真集はニューヨーク暮らしの一冊にするって決めたでしょ?
いいから喋らないでフツーにしてて。」
寝起きの悪い健人は一瞬ムスッとした顔を見せたものの、まだ半分寝ぼけまなこ。
だが次の瞬間、いきなり両目をパチッと見開いた。
そしておもむろにベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、メガネを掛けたのである。
「えーっ!なんでもうメガネ掛けちゃうの!?」
「なんでって、起きたらいつもメガネ掛けてんじゃん!俺のフツーでしょ?これが。
いいから仕事しなよ。好きなだけ撮っていいよ。」
健人はなぜか先程とは打って変わり、どこか嬉しげだ。
ベッドにうつぶせになって頬杖ついたり、気だるく髪をかき上げたかと思うと溜め息ついたり。
ジーッとカメラを見据えて視線を外さない。
え?なに、この色気…。
しかもなんでカメラから目をそらさないの…?
「ねぇ!不自然でしょ、そんな視線!
朝っぱらからそんな顔、いつもしてないじゃん。
私はフツーの健人くんを撮りたいのっ!
スタジオのグラビア撮影じゃないんだから、顔を作らないでよぉ!
私が撮ってる意味がないじゃないの!」
雪見がカメラを下ろし、不服そうに頬を膨らます。
「え?俺のせい?ウソでしょ?ゆき姉のせいだから!」
「なんでっ?カメラマンの私が悪いって言うの?」
「しゃーない。じゃカメラ貸して。証拠見せてやっから。
もー少し楽しんでたかったんだけどなー。」
健人がデジカメを受け取り、なぜかニヤニヤしながら雪見に向かってシャッターを切る。
「ちょっとーっ!なんで私を撮ったの?意味わかんないし。」
「いーから、これ見てみ!
こんなシルエット朝っぱらから見せられて、男がフツーの顔を維持出来ると思う?
いや、この場合あれがフツーだって!」
健人から手渡されたカメラを再生し、雪見は思わず悲鳴に近い声を上げた。
「ヤダーッ!なんでもっと早く言ってくんないのよぉーっ!!」
そこに写ってたのは、素肌にキャミソールとショーツを身につけただけの雪見。
朝陽に浮かび上がるシルエットには、胸の小さな突起までもがくっきりと、
まるで裸のままカメラを構えているかのようにも見えたのだ。
信じらんない!こんな姿でずっと健人くんを撮り続けてたなんて!
そういや寝起きと同時に仕事モードに入っちゃったんだ。恥ずかし過ぎる…私。
「この撮影会のギャラは高いよ?今すぐ払ってもらわないとなぁー。」
そう笑いながら健人は雪見の手首をつかみ、グイッと力強くベッドに引き寄せた。
「ねぇ。俺はカメラマンと同居してんじゃなくて、奥さんと暮らしてんでしょ?」
「お、奥さん…?」
「そうだよ。昨日執事さんに斉藤様ご夫妻って呼ばれたじゃん!
今日からはちゃんと奥さんのフリしてねっ!
それと仕事もいいけど、できれば朝は奥さん業を優先して欲しい。
シャッターの音で目覚めんじゃなく、例えばこんなふうに…。」
健人が再び雪見をベッドに横たえ、優しいキスをする。
その途端、雪見の背中の仕事スイッチもOFFになった。
今日から始まる新たな関係。
まだほんとの結婚は先だけど、予行練習と参りましょうか♪
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
この掲示板は過去ログ化されています。