コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.162 )
- 日時: 2011/05/24 20:40
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
健人専属カメラマン最後の仕事場は、CM撮影スタジオであった。
午後三時半から、健人がCMキャラクターを務めるビール会社の
新製品のコマーシャル撮りが行なわれる。
女子五人と健人が、友人の結婚式パーティー会場で出会い乾杯をする、
という設定のCM撮影だ。
健人がヘアメイクを完了し、衣装のタキシードに着替えてスタジオに入ると
期せずして歓声と拍手が起こった。
カメラを構えて待っていた雪見も、思わずカメラを下ろし見入ってしまうほど、
健人のタキシード姿は格好良くセクシーで、男の色気が漂っていた。
「よろしくお願いします!」
頭をぴょこんと下げる仕草は子供っぽいのだが、衣装に合わせて雰囲気を作ると、
途端に大人のいい男に変身する辺りは、さすが若手俳優№1と言われる
健人ならではの仕事ぶりである。
共演の女の子は、今人気のモデル五人が勢揃いした。
健人から遅れること二十分。
やっとパーティーメイクが完成し、スタジオに入ってくる。
みんな綺麗で可愛く、華やかな衣装の五人にも拍手が起こる。
だが最後に入ってきた一人を見て、雪見と健人の表情が固まった。
なんと、霧島可恋だった!
後ろにいた今野が、慌てて雪見の側に駆け寄る。
「霧島可恋が共演者だなんて、台本に無かったぞ!どういう事だ!」
雪見にだけ聞こえるような小さな声で、今野がささやく。
どうやら予定していたモデルの一人が急病で来られなくなり、急遽、
最近ブログで人気が急上昇中のカレンに声が掛ったらしい。
雪見は突然のカレンとの遭遇にうろたえたが、何とか冷静さを保ち、
最後の仕事を全うしなければと思い直し、深呼吸をしてカメラを構えた。
この五人は色んな現場で顔を合わせるらしく、すでに本当の友人同士のような雰囲気だ。
それぞれが頬を染めたりはにかんだりしながら健人に挨拶したが、カレンだけは
健人を無視するように何も声をかけてこなかった。
それがかえって不気味さを増し、この先何を仕掛けてくるのかと健人の心は身構えた。
モデル五人と健人が、パーティー会場を模したセットに勢揃いする。
それはそれは六人とも華やかで、たった六人しかそこにはいないのに
みんなの目には、百人以上の招待客がいる結婚式会場にも見えていた。
「じゃ、始めます!よろしくお願いしまーす!」
シャンパングラスに新製品のスパークリングワインが注がれ、新郎新婦の幸せと
ここで出会った六人に乾杯!というシチュエーションで撮影がスタートする。
「カンパーイ!」カチンとグラスを六個合わせ、グッとワインを飲む健人。
「カット!」の声がかかると、「これ、本物だぁ!」と健人が驚いた。
「びっくりしたぁ!ジュースかと思ったのに!」
大人を気取った演技の後にいきなり子供っぽい顔に戻り、そのギャップに
共演者も女性スタッフも、ドキドキと胸をときめかせる。
『健人くんの魅力って、そこが大きいよね。大人と子供が同居してて、
きっとみんなそのギャップにやられちゃうんだろうな。』
カメラを覗きながら雪見は冷静に分析してみたが、内心穏やかではいられない。
なんせ五人の美女達が、しのぎを削って健人に自分をアピールしているのが
カメラを通してありありと判るのだから。ましてや霧島可恋が健人の右隣にいる。
まさか最後の仕事でカレンと一緒になろうとは…。
結構この二ヶ月間、辛いことも多かった。
どの現場でも健人は人気者で、健人を嫌いな女子にはお目にかかった事がない。
雪見が健人の遠い親戚であると言うことは、後半広く知れ渡っていて、
雪見に健人のアドレスを聞いてくる女子がどれほどいたことか。
そのたびに「ごめんなさい!マネージャーさんに口止めされてるの。」
と断るのだが、『あぁ、この人も健人くんを狙ってるんだ…。』と思うと
いつ自分が彼女の座から引きずり下ろされるのか、不安と恐怖で仕事に
身が入らない日も多くあった。
だがそんな日々とも今日でお別れだと、ある意味ホッとしていたのに。
なぜ今、カレンに会わなければならないのか。
怖さと言うよりも、無性に腹が立ってくる。
最後の仕事を、お願いだから全うさせて!邪魔しないで!
祈るような気持ちでカメラを構える雪見。
その反面、もう健人を撮ることもないんだ、という思いが寂しさを募らせる。
いろんな思いでシャッターを切るうち、とうとうCM撮影が終了した。
何事も起こらずに安堵の表情を見せる健人。
最後の最後までシャッターを切り続ける雪見。
「お疲れ様でした!ありがとうございますっ!」
健人が共演者やスタッフに挨拶して、雪見の方に歩いてくる。
カメラの中のその姿が、またしても涙で段々とぼやけてきた。
「ゆき姉、お疲れ様!本当に良く頑張ったね。
二ヶ月間ありがとう!凄く楽しかったよ。
ゆき姉と一緒に仕事が出来て、毎日が幸せだった!」
健人は、泣きながらもカメラを下ろさない雪見を、「頑張った頑張った!」
と言いながらよしよし!と頭を撫でてあげた。
雪見はカメラを下ろしたくはなかった。
下ろした瞬間に、幸せまでが終ってしまうような気がした。
「最後は泣かないって決めてたのに…。
健人くんの前では笑顔でいようって決めてたのに…。」
泣きながら笑顔を作る雪見を見て健人は胸がキュンときしみ、思わず雪見を抱き寄せた。
「大丈夫!俺がカレンから守ってやるよ。」
雪見の耳元でささやいて、健人は素早く身体を離す。
それを見ていた共演のモデル達は口々に、
「なにあれ!なんで私達よりあんな人なわけ?あいつ最近当麻のラジオや
『ヴィーナス』にも出てる健人のカメラマンでしょ?
ちょっと健人のそばにいるからって、調子に乗ってんじゃないの?」
と、腕組みをして雪見をにらんだ。
「ほーんと、懲りない人達よねぇ。ばっかみたい!精々恋愛ごっこを
二人で楽しんでればいいわ!」不敵な笑みを浮かべてカレンがつぶやく。
後ろで二人を見ていた今野が近づき、雪見の肩をポンと叩く。
「雪見さん、二ヶ月間お疲れ様でした。俺から見ても、良く頑張ってたよ。
明日からは編集の方で忙しくなるけど、健人が喜ぶような写真集を頼んだからね。
あ、その前に、明日は午後二時から『ヴィーナス』十二月号のグラビア撮影だ。
他にもこれからキャンペーンとかが入ってきて、編集の合間にも雪見さんの出番が
多くあるから、これからもヨロシク!
じゃ健人、早く着替えて来い!『どんべい』まで乗っけて行くから。」
そう言って今野は、一足先にスタジオを出て行った。
「あー、腹減った!俺、めちゃめちゃ食うから覚悟しといてねっ!」
健人が雪見の肩を叩いて控え室へと足早に消え去る。
やっと、長い長い雪見の二ヶ月間が終わりを迎えた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.163 )
- 日時: 2011/05/25 06:58
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
e さんへ
きっとeさんが考えてた学や愛穂さんのキャラとは、かけ離れて行っちゃったでしょうね。
ごめんなさい!基本形を書いたら、そこから勝手に人物が一人歩きしてしまうので、
行きたい方向に歩かせてみたらこんな話になっちゃった!って感じです。
私の話はゴールは決まってますが、途中の道順はその日の気分で勝手に
思いつくまま手が動くので、この先もどこをどう寄り道するのか
書いてる本人にもわかりません。
まぁ、本物の小説家さんはこんなアバウトな書き方しないだろうけど、
なんせ初めてのお話なんでご勘弁下さい。
しかも!最近は、お話と同じに家に連れてきた、白い子猫のラッキーが
(ラッキーを拾う話を書いた後に、偶然にも同じ白ねこが家の子になったのです!)
パソコンの上に乗って、せっかく完成間近のお話を消しちゃったりするので、
なかなか作業がはかどりません!
ラッキーと戦いながら書いてる状況です。
雪見さんちのラッキーは、いい子にしてるのかなぁ?
ではまた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.164 )
- 日時: 2011/05/25 12:04
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
雪見がカメラバッグを担いでスタッフにお礼を言い、スタジオを出ようとした時、
後ろから「ちょっと待ってよ!」と声がした。
まだモデル五人でおしゃべりしていたカレンが、一人その輪から抜け出して
雪見の元にツカツカと歩み寄る。
「お久しぶり。お元気そうで何よりだわ。
最近は随分と派手にご活躍のようだけど、あなたって結構根性あるのね。見直したわ。
健人も相変わらずのイケメンなのに、台無しよねぇ!こんなおばさんが彼女なんじゃ。
せいぜいファンを減らさないように頑張ってね。じゃ。」
カレンは一方的にそれだけ雪見に告げると、他の四人のモデル仲間と一緒に
楽しそうにおしゃべりの続きをしながら、スタジオを出て行った。
それぐらいの事を言われる覚悟は出来ていた。
だが、最後にカレンが言った言葉がいつまでも耳の中でこだまする。
『せいぜいファンを減らさないように頑張ってね…。』
今野に送ってもらって、『どんべい』前で下ろしてもらう。
雪見が降りる間際、「今野さんも良かったら一緒にどうですか?ここ、
何食べてもすっごく美味しいんですよ!お世話になったお礼に私がおごりますから!」
そう言うと、健人がジロッと雪見を見た。
「あははっ!心配するな、健人!行くなんて言わないから。
雪見さん、今日は健人と二人で打ち上げなよ。また今度一緒に飲もう。
二人とも明日はグラビア撮影があるって事をお忘れなく!」
今野は軽く手を上げ「じゃ、お疲れ!」と言い、車を発進させた。
「今野さんって、いいマネージャーさんだよね!
健人くんは今野さんのあとをついて行けば、何の心配もいらないよ。」
雪見は今野の車のテールランプを見送りながら、健人の顔を見る。
「そうだね。俺たちの仲を邪魔しないんだから、いいマネージャーに違いない!
さっ、腹減った!マスター、注文しておいたもん作ってくれたかな?早く入ろ!」
健人は帽子のつばをグッと下げて、店の暖簾をくぐって行った。
「マスター、久しぶり!元気だった?」
雪見が笑顔で、カウンターの中にいるマスターに声をかける。
「おぅ!元気よ!ほんと、しばらくご無沙汰だったな、二人とも。
ま、あれだけ忙しいんじゃ、しゃーないわ。
頼まれた料理はすぐ運ぶから、いつもの部屋に入ってな!
あ、取りあえずはビール二丁ね。」
店の奥に進み、マスターが二人のためにいつでも空けてくれてる小上がりに入る。
「あー、やっぱり落ち着くね、ここは!
でも、いつから来てないんだろ?あ、しまった!
沖縄から買ってきた泡盛、まだマスターにあげてないんだった!
今日もここ来ること、突然決めたからなぁー。まぁ、いいや。腐るもんじゃないから。」
そんな話をしていると、マスターが「入るよ!」と、料理やビールを運んできた。
ここで一息付いていこうと、自分のビールまで持ってきたらしい。
「じゃ、お疲れ!乾杯!うんめーっ!仕事中のビールは旨いわ!
さぁさ、暖かいうちに食いな。健人に食わせようと思って、新作も作ってみたから。
どうだい?美味いか?」マスターが健人の顔を覗き込む。
「マジ、うめぇ!なにこれっ!マスター天才だよ、ほんとに!」
健人は本当に幸せそうな顔をして物を食べる人なので、作る者にとっては
それが何よりの労いの言葉代わりであった。
「じゃ、ゆっくりして行きなよ!」そう言ってマスターはまた仕事に戻る。
やっと二人きりになって、改めて健人と雪見は乾杯をした。
「本当にゆき姉は二ヶ月間、よく頑張ったよね。
だってその前までの生活とは、180度違う暮しになったわけでしょ?どうだった?」
「うーん、やっぱ想像以上に大変な世界だなぁと思った!
そんなとこで活躍してる健人くんは凄いよ!今回一番の収穫は、
健人くんを尊敬の眼差しで見れるようになったことかな。」
雪見がビールをグイッとあおりながら、頬杖ついて健人を見た。
「その目が尊敬のまなざし?俺には、『こんなに料理注文して、誰が食べんのよ!』
って眼差しに見えるんだけど…。」
「それもある!」
二人は久しぶりに心から笑いながらおしゃべりをし、食事とお酒を楽しんだ。
だがお互いに、先ほどカレンに言われた言葉だけは話題にするまいと、
自分自身に言い聞かせる。
雪見と同様、健人もカレンから声を掛けられていたのだ。
健人らが何テイク目かの撮影のあと、メイク直しに小休憩を挟んだ。
カレンがそれとなく健人の後ろに立ち、一言ささやいて離れる。
「あんな彼女でいいわけ?斎藤健人も大したことない男ね。」
健人は素早く振り向きカレンの顔を見たが、カレンは小首を傾げてにっこり微笑み、
メイクさんのもとへ歩いて行った。
またカレンが行動を開始する!直感的にそう健人は感じてしまった。
「ねぇ!当麻くんたち、どうしてるかな?」
「当麻くんたち、って、まだ当麻と愛穂さんが付き合ってるかどうかもわからないんだよ?」
「だったら当麻くんに聞いてみれば?ね、電話して!メールでもいいや!
あの後どうなったのか、早く知りたいっ!」
雪見は興味津々で早く早く!とせっついたが、健人はまったく乗り気ではない。
愛穂といいカレンといい、同じような時期に二人続いて現れたことに、
健人は違和感を覚えていた。
「あのさぁ、当麻なら、もし付き合い出したら必ず俺に言ってくるって!
それに、あれからまだ二日しか経ってないんだよ?
いくらなんでも、付き合うには早過ぎるでしょ!」
「へーっ!健人くんって意外と恋愛に関しては慎重派なんだ。
恋愛だけじゃないよね。割と何事に置いても慎重派かな?
当麻くんは反対に、直感で動くタイプに見えるけど…。」
「まぁ、当たってなくもないけど。それにしたって、出会ってすぐには
付き合わんでしょ!さすがの当麻くんでも。」
そう言いながらビールを飲み干し、ジョッキをテーブルに置いたところでメールを受信した。
「あれ?誰からだろ。え?当麻からだ!噂してたのがバレたかな。
えーっとぉ…。え?愛穂さんと付き合うことにしたぁ?!マジでぇ?」
当麻からのメールは、『愛穂と付き合うことになったから、今度ダブルデートしよう!』
という内容だった。
健人は、当麻のメールに久々のハートマークを見てビックリ!
前の年上彼女に振られて以来こなかった春は、こんな秋の初めにやって来た。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.165 )
- 日時: 2011/05/26 09:29
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今日は十月一日(金)、健人と二人『どんべい』で打ち上げをした翌日。
「明日はグラビア撮影があるから軽く飲もう!」と健人と約束して飲み出したのに、
突然送られてきた当麻からのハートメールのお陰で、やたら二人ともテンションが上がり
結局のところ、また飲み過ぎてしまった。
「あー、またやっちゃった!お風呂でむくみを取ってからじゃないと、
恥ずかしくて写真なんて撮られたくないや。
健人くんはちゃんと起きて仕事に行ったかなぁ…。」
めめとラッキーに餌をやりながらの独り言。
今日からは健人と別々の仕事場だ。
健人は今まで通り今野の車に乗り、その日の仕事先へ。
雪見は今日から当分の間、『ヴィーナス』編集部が仕事場だった。
いよいよ写真集の編集作業が開始されるのだ。
昨日までの生活パターンと、朝一番に健人の顔を見られない寂しさに慣れるのは
まだしばらく先のことになりそう。
だけど今日は午後から、健人と一緒のグラビア撮影がある。
以前はあんなに気乗りしない仕事だったのに、今日は違った。
健人と共に仕事が出来ると思うと、嬉しくて仕方ない。
少々の頭痛なんて吹き飛ぶ嬉しさだ。
さぁ、お風呂に入って編集会議に出る準備をしなくちゃ!
その頃健人は今野の車の後部座席で、隣の席がぽっかり空いてる寂しさと
昨夜の酒のせいで、虚ろな腫れぼったい目をして沈んでた。
朝から午前中いっぱい、新ドラマの番宣があるというのに…。
「おいおい、健人!大丈夫かよ?目が死んでるぞ!」
「ゆき姉だったらこんな日は、目に当てるアイシング用の氷を持って来てくれたのに…。
あと、野菜ジュースも…。」
「わかってんなら、自分で用意してくればよかっただろ?
いつまでもゆき姉を頼ってたんじゃダメだって!
二ヶ月前の生活に戻っただけなんだから、しっかりしてくれよ。
グラビア撮影までにシャキッとしとかないと、またゆき姉に怒られるからな!
ま、その前に、そんな顔で番宣でたのぉ?!って怒られると思うけど。」
今野の口調があまりにも雪見そっくりで、健人は思わず吹き出した。
「絶対言うね!言う言う!怒られんのヤダから、どっかコンビニ寄って
氷買って行きたいんだけど…。あと野菜ジュースも。」
「OK!もうちょっと行ったとこで買ってくるよ。」
今野は、やっと元気になり出した健人にホッとして、車をコンビニへと走らせた。
午後二時。雪見は『ヴィーナス』編集部にいる。
午前中から健人の写真集の編集会議に出席し、そのまま作業に移った。
午後三時からは『ヴィーナス』十二月号のグラビア撮影があるので、
そろそろスタジオに移動し衣装に着替え、ヘアメイクをセットしてもらわねばならない。
「済みません!じゃ私、撮影の準備があるんで一旦抜けます。
終ったら大至急戻りますので、後はよろしくお願いします。」
雪見が申し訳なさそうに編集部員に告げ、頭を下げた。
するとみんなはニコニコして
「なに言ってんですか!雪見さんがうちの雑誌に出てから、めちゃくちゃ
売り上げ伸びたんですよ!
問い合わせも殺到してるし、雪見さんが着た服なんて、あっという間に
在庫切れだって!稼ぎ頭なんだから、こちらこそよろしくお願いします!です。」
「そうそう!こっちは任せて早く行って。また格好いいの頼むよ!」
そう言って笑顔で送り出してくれた。
みんないい人ばかりで、これからの編集作業も楽しみながらできそう、
と心を明るくしながら十二階の撮影スタジオへと向かう。
メイク室にはすでにスタイリストの牧田と、ヘアメイクの進藤がスタンバイしていた。
「おはようございます!またお世話になります。」
雪見が笑顔で二人に挨拶する。
この二人と一緒にいると、とても安心して自分を出せると雪見は思っていた。
何回体験してもドキドキするグラビア撮影だが、すべてを任せておけば
みんなが喜んでくれる姿に変身させてくれるので、徐々にそれも楽しむ
余裕が生まれてきた。
「今日のイメージはね、山ガールって感じにしたいの。
これが発売になるのが十一月の中だから、冬仕様の山ガール。
きっとこんな格好で雪見さんは猫を写しに行くんだ!ってみんなが思うような格好。」
「多分そんな可愛い格好じゃ、一度も撮影行ったことないと思うけど。」
そう言って雪見は可笑しそうに笑った。
雪見が着替え終りメイクをしてもらってると、ドアがノックされスタッフが顔を出す。
「斎藤健人さん到着です!お願いします!」
「了解!今行く。じゃ、健人くんの方やってくるね。
雪見ちゃん、またしても可愛いよ!って言っとくから。」
牧田がポンと雪見の肩を叩いて、隣のメイク室へと走って行った。
雪見のメイクとヘアセットが完成し、進藤も慌てて健人のメイク室に飛び込む。
一人残された雪見は椅子から降りて、全身を鏡でマジマジと見つめながら、
「ふーん。こんな私もいるんだぁ…。なんか凄いな、あの二人って。」
と、魔法に掛けられ綺麗になったシンデレラの気分で、クルッと一回転して自分を観察した。
「でも、こーんなカラフルな格好で猫の撮影に行ったら、猫がみんな
びっくりして逃げてっちゃうよね!」
大きな独り言を言って一人で笑った。
そしたらなんだか肩の力が抜けてきて、撮影が楽しみになってくる。
「健人くん、どんな衣装かなぁ。まさか二日酔いの顔なんてして来てないだろうね。」
健人と会える瞬間が楽しみでならない雪見。
たった半日会ってないだけなのに、何週間ぶりかの再会のような気持ちになって
ドキドキとその時を待っていた。
「雪見さん、準備ができたのでスタジオにスタンバイお願いします!」
スタッフから声がかかり、メイク室から移動する。
スタジオで挨拶していると、後ろから「おはようございます!」と健人の声がした!
振り向く雪見に、健人は嬉しそうに「おはよう!ゆき姉!」と、いつもの挨拶をする。
「おはよう!元気だった?二日酔いじゃない?
おっ!目は調子良さげだね、腫れてないや。どうしてるか心配だった。」
そう言ったあと、小さな声で「会いたかった。」と雪見がつぶやいた。
健人はにっこり笑って「今日も可愛くなってるよ!俺も会いたかった。」
と言いながら、帽子を被った雪見の頭をよしよし!と撫でてあげた。
その時、二人の後ろから声がかかる。
「もう感動のご対面は終了したかな?じゃあ、お二人とも今日はよろしくねっ!」
その声に驚いて振り向くと、なんとそこには、カメラを手にした愛穂が
笑顔で立っていたのだ!
「今日カメラマンを務めさせていただきます、霧島愛穂です。よろしく!」
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.166 )
- 日時: 2011/05/27 05:52
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「愛穂さん!愛穂さんが撮ってくれるの?阿部さんは?」
てっきり今日のカメラマンは、阿部だとばかり思ってた二人。
突然の愛穂の登場に驚かないわけはない。
なんせ昨夜『どんべい』で、当麻との噂話を散々したとこなのだから。
雪見と健人は顔を見合わせ、にやっと笑った。
「なによ、二人とも!カメラマンが阿部さんじゃなくてがっかりした?
私は今日二人を撮せるのが、すっごく楽しみだったんだけどな。
あ!当麻くんが、よろしく言ってたよ。
今日のラジオもちゃんと聞くように!って、伝言頼まれてたんだ。」
雪見たちが何も聞かないうちから、愛穂は嬉しそうに当麻の話をする。
「後から色々、聞き出さなくっちゃねっ!」
雪見が健人の耳元でささやいてから、二人でセットの前に立った。
「なんだか益々仲良しな二人ね。カメラマンとしてやる気をそそられるわ!
じゃ、始めましょう!みなさん、よろしくお願いします!」
愛穂の声で、『ヴィーナス』一月号の撮影がスタート。
一気にスタジオが熱気に包まれる。
当初の予定では、雪見と健人のグラビアは最初の号だけのはずだった。
あとは健人のグラビアのワンコーナーに、雪見の撮影風景やオフショットを
十二月発売号まで載せて終了、となるはずであった。
ところがふたを開けてみると、グラビアが発売と同時に大反響を呼び、
雪見に対する質問や感想が多数寄せられて、編集部がちょっとしたパニックに
陥る騒ぎになったのである。
それで急遽編集長の吉川は、雪見と健人二人のグラビアを、十二月発売号まで
毎月載せる事に決めたのだ。
カメラマンの愛穂はと言うと、沖縄で健人と雪見、そして当麻の三人を撮した写真が
編集部内で高く評価され、すっかり『ヴィーナス』の人気カメラマンとして
阿部と仕事を二分していた。
雪見は同業者として、つい愛穂の仕事ぶりに見入ってしまう時がある。
そんな時、愛穂はすぐに気が付いて雪見に声を掛けた。
「雪見さーん!カメラマンの顔になってるよ!
今はカメラマン雪見じゃなくて、モデルの雪見になりきって!」
「ごめんなさいっ!どうも愛穂さんの動きに目が行っちゃって…。」
「せっかく健人くんと一緒にいるんだから、もっと楽しまないと!
じゃ、衣装替えようか。セットのチェンジもお願いしまーす!」
次の衣装はなんと着物であった!
「えーっ!この振り袖着るのぉ?
私、三十三ですよ!ちょっと振り袖はまずいと思うんだけど…。」
牧田にすがるような目で訴える雪見。
「だって一月号の撮影なんだから仕方ないよ!
一月号はいつも健人くんには着物を着てもらってるの。
まさか着物姿の健人くんに、隣の雪見ちゃんが洋服って訳にはいかないでしょ。
振り袖だって、二十代のファッション誌なんだから大丈夫!雪見ちゃん未婚なんだし。」
渋々髪を着物用にセットし直し、牧田に着物を着付けてもらう。
振り袖なんて、成人式以来着たことがない。それがまさか今日着ることになろうとは…。
準備が出来て雪見がスタジオに戻ると、すでに健人はセットの前にいた。
さすが毎年着ているだけあって、背筋も正しく堂々と着こなし、
いつも見ている健人とはまた違った、大人の色気を感じさせる。
イケメンというジャンルの人達は、どうしてこう何でもかんでも似合ってしまうのだろうか。
一歩ずつ健人に近づくたびに、ドキドキとさせられる。
だが、今みんなの視線を釘付けにしているのは雪見の方だ。
スタジオに静々と入ってきた雪見の艶やかな振り袖姿は、誰もが感嘆の声を上げる。
もちろん健人も、雪見が着物を着ている姿など、生まれて初めて見た。
「驚いた!メッチャ綺麗だ…。
ゆき姉の着物姿なんて想像も付かなかったけど、良く似合ってる。凄く綺麗だよ!」
健人の瞳には、もう目の前の雪見しか映っていなかった。
雪見は、振り袖をまとっている自分自身がどうしても恥ずかしく、
横に下ろした長い巻き髪をいじっては、その恥ずかしさを紛らわせている。
「やだなぁ!そんなに見ないでよ!この格好が今までで一番恥ずかしいんだから。
グラビア見てうちの母さん、なんて言うだろ…。」
三十三まで嫁にも行かずに猫ばっかり追っかけてたかと思ったら、
今度は健人の後を追っかけ出して、その上振り袖姿で二十代向け雑誌に
載ってる娘を、母はどう思って見るのだろうか。
そう思うと、雪見は段々ナーバスになってきた。
「ほら!そんな顔すんなって!俺が綺麗だって言ってんだから間違いないの!
ねぇ、愛穂さん。ゆき姉、綺麗だよね!」
「うん!すっごく綺麗!やっぱ日本の伝統美っていいなぁー。
よし!雪見さんのグラビアを見て、日本の着物人口が増えるような写真を撮るからねっ!
じゃ、撮影再開します!よろしく!」
無事今回もグラビア撮影をこなし、着物を脱いでメイクルームでホッと
安堵する雪見に、ノックして入ってきた愛穂が後ろから声をかけた。
「雪見さん、お疲れ様!すっごく素敵な写真を撮らせてもらったよ!
なんかカメラ覗いてたら、私も着物着てみたくなっちゃった。
成人式も出てないから、着物なんて七五三以来着てないもん。」
「私も似たようなものだよ!これがなかったらきっと、もう一生
振り袖なんて着ないで終ってたと思う。
最初はどうなることかと思ったけど、いい経験させてもらいました。
あ、愛穂さんも今度着物借りて着てみれば?私が写真、撮ってあげる。
こう見えても私、結婚式場でのバイトが長いから、着物撮影はお手の物だよ!」
雪見がちょっと得意げに言う。それから思い付いたように小声で、
「そうだ!来年のお正月は当麻くんと、着物で初詣なんて素敵じゃない?
当麻くん、絶対に着物似合うと思う!そしたら私がツーショット撮ってあげるよ。」
なんて反応するか興味津々で愛穂の顔を見る。
「うーん、それまで付き合ってるかどうか、わかんない。」
「えっ?」
愛穂の予想外の返答に、雪見は困惑した。
あんなに当麻は浮かれてるのに、愛穂はたった二ヶ月先の愛も保証できないと言う。
今さっき始まったばかりの愛なのに…。
雪見は、心の中を駆け抜けた言いようのない不安を隠しながら、次の言葉を探していた。
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