コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.327 )
日時: 2011/11/14 14:02
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇねぇ、なんかあったの?
なんでさっき、いきなり『大好きだよ!』って抱き付いたの?」
ご飯を頬張りながら、健人がしつこく聞いてくる。

「えーっ?大好きだから、大好きって言っただけだよ!それじゃダメ?」
雪見がグラスのビールを飲み干し、わざと不満げな顔をして健人を見た。
本当は、今野に言われた言葉が頭から離れないのと、当麻とみずきの
初々しい恋愛に刺激されての行動だったのだが。

「ダメじゃないけど、おかしいじゃん!普段、滅多に言わないのに。」
健人の口ぶりを見て、よっぽど言ってないんだなぁーと、少し反省。

気持ちの中じゃ思ってるんだよ!いっつも。
ただこの年になると、そういう類の言葉を口にするのが、少々こっぱずかしくて
躊躇しちゃう分、言う回数が減ってるだけのこと。
決して愛情まで減ってるわけじゃないんだよ!
…って言うのも、心で思ってるだけじゃ伝わらないよね、きっと…。

「まぁまぁ、飲もう!今日は二人で宇都宮さんのお通夜だよ。」
そう言って雪見は、パソコンデスクの上に宇都宮の写真を置き、グラスに注いだ
ビールをお供えする。
それから健人に、宇都宮の葬儀で歌う事になった経緯や不安、迷いを話した。

「小野寺さんが言う通り、めっちゃスッゲー事だって!
だって、デビュー前の役者が、いきなり映画の主役に抜擢されるようなもんでしょ?
どう考えても凄いでしょ!もっと喜びなよ。なんでそんなにテンション低いの?」

「だってぇ…。」

「俺は、みんなに自慢したいくらいに嬉しいけどな。
実はあそこで歌ってんの、俺の彼女なんっす!ってね。」

「ちょっと!マジやめてよぉ!?どんだけ集まるかわかんないお葬式でそんな事言ったら、
私みんなに袋叩きにあっちゃう!」
雪見は目を三角にして全力で止めた。が、健人はその勢いに呆れ顔。

「言うわけないだろっ!あのねぇ、俺こう見えても理性の人なの。
当麻やゆき姉みたいに、その場の感情で行動することはまず無いから!
安心して歌って下さいな。」
そう言ってビールを飲み干し、冷蔵庫からワインを持ってきた。

「だよねぇ!当麻くんだったら確かにあり得るわ!
あの人、自分の感情に正直だから。頭で思った瞬間に行動しちゃうタイプ?
みずきさんもこれからが大変かも!毎日ハラハラドキドキで。
だって芸能界の超ビッグカップル誕生だよ?絵に描いたような二人でしょ!」

「ち、ちょっと待て!うそっ?あの二人、本当に付き合い出したのっ!?」

「あ、あれっ?言ってなかったっけ?」

「聞いてないっつーのっ!なんで早く教えてくんないのさ、こんな大事件!
お祝いのメールしてやんなきゃ!」

それから健人は、メールじゃめんどくせぇ!と言いながら当麻に電話をかけ、
親友の久々の恋愛成就を自分の事のように喜びながら、いつまでも楽しそうに笑ってた。

頬杖をつきながらその笑顔を、ずっとニコニコ眺めていた雪見は、一瞬
『今が一番幸せな時かも知れない。今が…。』と冷静に分析する感情に出くわし、
慌ててそれを引っ込める。
この時間が永遠であることを、切に祈った。



それから二日後の11月30日。
いよいよ今日午後6時、宇都宮勇治お別れの会が執り行われる。
無論雪見は朝早くに目覚め、夜明け前のカフェオレを飲んで一人、気を紛らわす。だが…。

あー、マズイっ!人生最大の危機かもっ!?
どうしよう!この緊張ハンパないっ!!過呼吸になりそうだ。
この時間からこんなんだったら、あと12時間後は私、死んでるかも?

どうにもこうにもならなくなって、雪見はまた寝室に戻り、健人の眠るベッドへ潜り込む。
あと30分は寝られるはずだったのに、雪見によって起こされてしまった健人。

「ちょっとぉ!そんなバタバタされたら寝れんっつーの!」

「知ってるよっ!健人くんだって、とっくに目が覚めてたでしょ。
寝起きが悪い健人くんが、起こされてすぐに目が開くわけないもん!」

「あれ?バレてた?ゆき姉なんて、また三時間ぐらいしか寝てないでしょ?
眠らなくてもいいから、身体だけは休めときなよ。
身体を横にしてるだけでも、疲れって解消されるんだって。
大体俺が歌うわけでもないのに、なんでこんなにドキドキしてんだろ?
心臓の音、聞いてみ!ハンパないから!」
雪見は布団に潜り、健人の胸に耳を当てた。

「ほんとだ!凄いドキドキしてる。やだ、健人くんに落ち着かせてもらおうと思ったのに、
益々緊張してきた!どうすればいいの?私。」
すると健人は、胸に耳を当てたままの雪見をギュッと抱き締めた。

「いいよ、このまま二人でドキドキしてよ!
なんかこうしてるとさ、二人で一人になったみたいじゃない?
ゆき姉は俺の分身で、俺はゆき姉の分身で…。
これからもずーっと一生、同じ物見てドキドキしたりワクワクしたりして、
暮らして行けたらいいよね。」

「えっ?」 

それは、サラッと聞き流してしまいそうな言葉だった。
それほどさりげなく、ともすると別に特別な意味など無いんじゃないか
と、自分の勘違いにしてしまいそうな言い方だった。

だけど今の言葉って…プロポーズ?

雪見は慌てて顔を上げ、健人の瞳を見つめた。
健人の鼓動がさっきにも増して強く聞こえる。それに連動して雪見の鼓動も
強く早くなり、巨大な一つの塊となってベッドを揺り動かしていた。

「えっ?あのさぁ。そんなに食いつかれても困るんだけど、俺はずっと前からそう思ってたよ。
ちょいちょいアピールしてるのに、全然本気にしないんだもん、ゆき姉。」

照れ隠しか、プイッと横を向く健人。
だけどそれがプロポーズであるとか無いとか、はっきりした言葉はいくら待っても
健人の口からは飛び出さなかった。

「ドキドキを静めなきゃならないのに、なんで今そんな事を言うのよっ!
もう、どうしてくれるのっ!」

「こうする!」

健人は雪見のお喋りな唇を、自分の唇でふさいだ。
そんな事でドキドキが治まるはずもなく、更に加速度を増すばかりだったが
それとは裏腹に、不思議と心には平安が戻ってきた。

この人が私を見守っててくれる。
私の痛みも、喜びも悲しみも、すべてを一緒に感じてくれて一緒に生きてる。
それさえわかっていれば、怖いものなど何もない。
大衆の面前で歌う事の、何が怖いというのか。


あなたをなくす事以外に恐れる事など、何もない…。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.328 )
日時: 2011/11/15 11:57
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

『けさ、あんなふうに思ったのは気の迷いだ!どうしよう!やっぱりこわーい!!』

葬儀開始二時間前。
雪見は葬儀場の控え室で、みずきと並んでヘアメイクを施されている。
緊張のせいで肩こりがひどく、段々と頭痛もしてきた。

「昨日はお酒抜いたのに、二日酔いじゃなくて緊張で頭が痛くなるなんて!最悪だぁ!」
雪見のわめきに、『ヴィーナス』から駆り出されたスタイリストの牧田が、
鎮痛剤と水を持ってくる。

「雪見ちゃん、少し落ち着いて!
まだ二時間あるから、メイクが終ったら肩揉んであげる。みずきさんは大丈夫?」
ヘアメイクの進藤が、鏡越しに声を掛けた。

「私なら大丈夫です!結構緊張感を楽しんじゃうタイプだから。
私のことは気にしないで、雪見さんのこと見ててあげて下さい。」

「さっすが、大女優!この年にして貫禄が違うわぁ!」
牧田が二人の後ろで腕組みをし、感心しきりにうなずいてる。

「ゆき姉、ごめんね!お父さんのお陰で大変な思いさせちゃって。」
専属の美容師さんに髪をセットしてもらってるみずきが、鏡の中の雪見に謝った。

「なに言ってんの!宇都宮さんのせいでも、みずきさんのせいでもないから!
ただ私の肝っ玉が小さいだけ!こっちこそ、ごめんね。
もし万が一にもトチッたりした時は、許してね。」
そう言いながら雪見が、はぁぁ…とため息をつくと、後ろで牧田がぼそっと言った。

「あーあぁ。また負のオーラが充満しちゃった…。」


葬儀開始一時間半前。
会場の準備がほぼ整い、かなり気の早い参列者がチラホラ来場し始める。
雪見も、牧田の用意した『YUKIMI&』らしい喪服に着替え、ロビーが混み合わないうちに
宇都宮勇治写真展の様子を覗きに行った。

斎場の入り口に近い所から、年代を追って展示されている。
幼少の頃。学生の頃。俳優に成り立ての頃の写真は、確かに当麻に雰囲気が似ていた。
そして可愛い女の赤ちゃんを抱っこしてる写真。下に『みずき生後一ヶ月』と書かれている。
その宇都宮の笑顔は、心底我が子の誕生を喜び慈しみ、未来への希望を胸にした
新米父の思いそのものであった。

だが、どんなに身を引き裂かれる思いで、可愛い子を手放したのであろうか。
他人によって操作された我が子の運命…。
多分、命果てる瞬間まで、心の中でみずきに詫びてたことだろう。

「本当にみずきさんだけが、生きてく希望だったんですよね…。」
そう口に出して呟くと、涙がポロポロとこぼれては落ちた。


涙を拭きながら足を進めて行くと、残り三分の一ほどの所で、びっくりして足が止まる。
そこから先は、すべて雪見が写した写真が展示されていたのだ。
しかもあろう事か、カメラを手にした雪見の等身大パネル写真が置いてあり、
『カメラマン 浅香雪見』とご丁寧に名前まで書かれているではないか!
驚いたのなんのって、すべての涙が体内の奥深くに引っ込んでしまった。

「どう?びっくりした?私が写したゆき姉、結構いい仕上がりのパネルになったわね。」 
後ろからみずきの声がして、雪見が振り向く。

「びっくりするでしょ、普通!いきなり自分が立ってるんだから。
しかも私の写した写真が、こんなにたくさん展示されてるなんて…。
一体どういう事?」

「お父さんの遺言の一つなの。」 「えっ?」

宇都宮は、雪見が写した写真を大層気に入り、遺影の選定も迷いに迷ったそうだ。
こんなにいい写真がたくさんあるのに、他をお蔵入りさせるのはもったいない。
人生締めくくりの姿こそ皆に見て欲しいから、この写真を数多く展示するように。
それが遺言の一つだったらしい。

「父が亡くなった日に、ゆき姉が枕元に置いてったアルバムからも使わせてもらったわ。
健人や当麻と一緒の写真が多いから、迷惑をかけるかも知れないって迷ったんだけど…。
でもあの時の父は、確かに役者の顔をしてたから…。
だから、どうしても俳優 宇都宮勇治最期の姿として、皆さんに見てもらいたかったの。
もちろん健人たちを載せる許可は、事務所にもらってるから安心してね。」

そう言われて、最後の写真まで足を進めて見る。
確かに、猫と写した写真はプライベートな素顔の写真だが、健人や当麻と
仕事の話を熱く語ってる時の写真は、頬こそ痩せこけてはいるが、俳優
宇都宮勇治そのものであった。

「私ね、この写真が大好きなの。」
みずきがそう言いながら、一枚のパネルを指差す。
それは宇都宮が、右手で当麻と、左手で健人と握手している写真だった。
当麻と健人はちょっぴり緊張気味の顔。
宇都宮は、これからを期待される二人に、無事バトンを手渡したような晴れやかな顔。

「これが、この世に残る宇都宮勇治最期の一枚…。
きっとね、思い残す事は何もないって思ってたと思う。いや、そう思ってて欲しい…。」
みずきはゆっくりと写真に手を伸ばし、そっと父の頬に指先を触れる。

しばらくの間、父と無言の対話をしていたみずきがフッと我に返り、
「お父さんが、『会場の最終チェックをしてこい!』だって。ちょっと行ってくるねっ!」
と笑顔でロビーを駆け出した。
どうやらみずきは、もうすっかりと自分を取り戻したようだ。
きっとそれは亡き父と対話の出来る、不思議な能力のお陰であろう。

その後ろ姿を目で追ったあと、雪見もみずきを真似して写真の宇都宮に触れてみる。
みずきのように不思議な力は持ち合わせていないから、一方通行ではあるけれど、
どうしても式の前に伝えておきたい事があった。

『宇都宮さん。本当にありがとうございました。
この写真展もきっと、私に対する優しいご配慮ですよね。
無名カメラマンの私を、最後に強力に後押ししてくださったんだと思います。
自分で撮した写真を改めて見て、一つ気付いた事がありました。
私ってポートレートが苦手だとばかり思ってたけど、実はそうでもないんだなって。
自分で自分の可能性を狭めちゃいけないんですね。
宇都宮さんを送る歌も最初は自信がなくて、お引き受けした事を少し後悔したけれど、
これは、デビュー前の私に宇都宮さんが与えてくださった、大きな大きな
ワンステップなんじゃないかと思うことにしました。
だから、今の私が発揮出来る、最大限の力でチャレンジします。
それでもトチってしまった時は、笑って許して下さいねっ!
じゃ私、祭壇を見てきます。どんな遺影になったのか楽しみ!」

そう心の中で対話して、宇都宮の頬から指先をそっと離す。
その瞬間、身体中から不思議とエネルギーが湧き出すのを感じる事ができた。

さぁ!次のステージに進む扉を、自らの手で開けに行こう!





Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.329 )
日時: 2011/11/16 07:56
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「う、うそっ!なにこの大きな写真…。」

会場のドアを開けた途端、目に飛び込んできたものは、正面の壁一面を覆い尽くした
巨大な遺影であった。
想像していたものとあまりにもスケールが違いすぎて、呆気にとられるばかり。
ボーッと自分の写した遺影を眺めていると、横にみずきがやって来る。

「どう?いい写真でしょ?お父さんの一番のお気に入り。
まぁ、一番が多すぎて相当悩んでたけど、私もこの写真がいいと思った。」

「ほんと、いい写真だね!この際だから自画自賛しちゃおっと!」
雪見が首をすくめて笑って言う。

それは宇都宮が二匹の愛猫を抱きかかえ、愛しそうに嬉しそうにこっちを見て微笑んでる
素顔の宇都宮勇治であった。

病室の窓から、薄いレースのカーテン越しに差し込む陽の光。
その柔らかい光が宇都宮の身体をふんわりと包み込み、命が果てる前の痛々しさを
真綿でくるんだように、そっと隠していた。

「なんかさ、映画のスクリーンに映ったお父さんみたいじゃない?
お父さんって、気難しい頑固おやじの役も多かったけど、反対にめちゃめちゃ気の弱い、
猫だけが話し相手って言うシリーズもあったでしょ?
なんだか、あのワンシーンに見えてくる。」

「ほんとだね。じゃあこれが、俳優宇都宮勇治最期のラストシーンなんだ…。」
そう思って改めて遺影に目をやると、宇都宮が「上手いこと言うねぇ!」
と一瞬、微笑んだような気がした。


その写真から視線を下にずらすと、脚立に登ったり下から手を伸ばしたりして、
祭壇の花を慌ただしく手直ししてる、三人の花屋さんの姿が目に入る。

「うわぁ!凄いお洒落なお花!なんかお葬式とイメージが全然違う!」
雪見が感激して思わず叫ぶと、脚立に登った花屋さんがこっちを振り向いて、
何故か雪見に手を振った。

「おーい!雪見ちゃーん!」 「えっ?ええーっ!マ、マスター!?」

そこに登っていたのは、なんとなんと、居酒屋『どんべい』のマスターではないか!
で、祭壇の下で花を直している二人は、雪見が行きつけにしている花屋の夫婦。
『どんべい』のマスターは、花屋の店主の兄ではあるが…。

「な、なんでマスターが、こんなとこにいるのよっ!ビックリするでしょ!」
脚立の下まで走り寄り、雪見が上を見上げた。

「こいつらに駆り出されてよっ!今朝からメシも食わずに働かされてるんだぜっ!
あ!俺がなんで花なんかって思ってんだろ?うちの実家は花屋なの!
で、俺もこう見えても、草月流の看板持ってるわけよ。なに笑ってんだよっ!
あー、やっと終ったぁ!師範の看板なんて、クソも役に立たなかったぞ!」
ブツブツ言いながら脚立を降りて、マスターが大袈裟にふぅぅとため息をつく。

「なに人聞きの悪いこと言ってんの!お昼にみずきさんから差し入れ頂いて、
お腹が出るくらいに食べたでしょ!
お久しぶり、雪見ちゃん!ここんとこタイミング悪く、私が配達中で会ってなかったもんね。」
マスターの義理の妹である花屋のママさんが、雪見に近寄り笑顔で言った。

「どうりでお洒落な祭壇だと思った!お花のチョイスが私好みだなって。
こんな祭壇、見たことないもん!すっごく素敵!」
雪見が興奮気味にそう言うと、みずきも寄ってきて礼を言った。

「ゆき姉のお陰で、素敵なお花屋さんに巡り会えたわ。
お見舞いに頂いたアレンジメントを一目見て、私も父も、絶対ここだ!って思ったの。
最初っから、普通のお葬式にするつもりはなかったからね。
父も、菊で飾られた祭壇なんかまっぴらごめん!って遺言書にまで書くくらいだもん。
センスが良くてお洒落なお店を、前から探してたの。
けど、どこのお店も、そんな大きなご葬儀の祭壇は無理です!って断られて…。
ここのご夫婦にも一度は断られたんだけど、なんとかやってみます!って
連絡もらった時は本当に嬉しかった。」
みずきがそう言いながら、ママさんの手を取りギュッと握る。

「だってねぇ!こんなに可愛い、娘みたいな年頃の女優さんにお願いされたら、
断るなんて罰が当たるでしょ!それで兄貴にも頼んで応援に来てもらったわけ。
さっきまでは、『どんべい』の若い男の子達も手伝ってたのよ。
これだけのお花をそろえるのは大変だったけど、私達も一生体験できない、
いい勉強をさせてもらいました。
本当にありがとうね、みずきさん!今度はお店にも遊びに来て。
花屋とは思えない、美味しいケーキをご馳走するから!」
すると、後片付けを終えた店主もみずきの元にやって来て、笑顔を見せた。

「自分で言う?まぁ、お世辞抜きにこいつの焼いたケーキは美味いです。
そのうち、花屋を辞めてケーキ屋になる!って言い出さないかと、内心
ドキドキしてんですけどねっ。
じゃ、祭壇はこれで完成しましたので、僕たちは帰ります。
済みませんでした、ギリギリまで掛かっちゃって。
素敵なお別れ会になる事を祈ってます。雪見ちゃんも頑張って!じゃ!」
ほらぁ、兄貴帰るよー!と言いながら、三人は荷物を手に会場を後にした。

「素敵なご夫婦ね。私、すっかりここのお花屋さんのファンになったわ。
きっと来てくださる方も、褒めてくれると思う。みんなに宣伝しておくねっ。」
みずきが言ったその時だった。

後ろから「みずきー!ゆき姉!」と呼ぶ声がする。
二人同時に振り向くと、そこには少しだけ日焼けした当麻が立っていた。

「当麻!」 
みずきの嬉しそうな顔!だがそれは、すぐに泣き顔へと変化した。
きっと当麻の顔を見て、一気に緊張の糸が切れたのであろう。
みずきの元へと歩み寄り、「大丈夫か?」と当麻が一言掛ける。
すると、それまで気丈にしていたみずきが、まるで幼子のように声を上げて
泣きじゃくりだした。

「ごめんな、遅くなって…。ずっとみずきのこと、心配だったよ。
もう、しばらくはどこへも行かないから、俺がお前のそばにいてやる。」
そう言いながら当麻は、泣き止まない子供をなだめるように、「よしよし。」と
愛しそうに頭をいつまでも撫でていた。

その様子を微笑ましく眺めていた雪見は、二人きりにしてやらなくちゃと
そっとその場を離れ、会場から再びロビーへと出る。
が、そこにはすでに、もの凄い数の参列者がひしめいているではないか!
『うそっ!こんなにぃ!?』

時計を見ると葬儀開始45分前。
まもなく開場をを告げるアナウンスが、静かに流れることだろう。





Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.330 )
日時: 2011/11/17 11:57
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「皆様、本日はお忙しい所を、故宇都宮勇治お別れの会にご参列賜りまして、
誠に有り難うございます。大変お待たせを致しました。只今より……」

ロビーに開場を告げるアナウンスが流れ、ホールのドアが左右に開かれると、
人の波が一斉に中へと飲み込まれて行く。
雪見はその様子を、ロビーの一番隅からボケーッと突っ立って眺めていた。

『一体どんだけの人が来るわけ…?
凄い人数が集まるとは聞いてたけど、まさかここまで凄いなんて…。
うわっ!テレビで見た事ある人がいっぱいいる!
この人、いっつも宇都宮さんの奥さん役で映画に出てる人だ!
あっちにいる人もそこの人も、見た事ある!』

テレビなど、健人と付き合うまではニュースと天気予報ぐらいしか見なかった雪見だが、
付き合い出してからはやはり気になって、割と広く見るようになっていた。
そんな画面の中でしかお目にかかれない有名人が、わんさかと一堂に会している光景は、
雪見のようなほぼ一般人が目にしても、それは夢の中の出来事にしか思えないのだった。

『私がここにいてもいいのかなぁ…。警備員さんにつまみ出されたりして。』
厳重なチェックは無さそうだが、一般の焼香客は外の別会場に設けられた祭壇での焼香となる。
そこにもすでに多くのファンが長蛇の列を成している事を、ロビーにあるモニターが告げていた。
雪見は、自分が芸能事務所に所属しているという意識があまり無いので、
自分がこの場所に居ることが場違いな気がして仕方ない。
早く健人と今野が来てくれないかなぁー、と落ち着かない気持ちで出入り口を凝視してた。


葬儀開始十分前。
喪服姿の健人と今野が、やっと向こうに見えた時のホッとした事といったら!
二人は周りに挨拶しながら、足早にこっちに向かってくる。

「間に合ったぁ!ごめん!遅くなって。当麻は?もう来てる?」

「うん、結構前に来たよ。ずっとみずきさんに付いててくれた。
私達の分、場所を確保しとくって中にいる。」

「じゃ、行こうか。」

会場の中は、白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルがたくさん点在し、
軽食と飲み物も用意されていて、おめでたい席の立食パーティーを思わせる。

健人と雪見は、お互い初めて見せる喪服姿がなんだか恥ずかしい。
だが健人は、同じ姿をした黒の集団の中でも一際目立ち、オーラが違うということは
こういう事をいうのか!と改めて雪見は感心する。
が、そのお陰で隣りに立ってる雪見にまで注目が集まり、熱いというか
冷たい視線が注がれ居心地は悪かった。

それが当麻と合流してからは、更にオーバーヒートした。
こうして公の場に三人が並んだのは、デビュー会見以来のこと。
あの時はマスコミだけだったが、大勢の芸能関係者前に雪見が姿を現したのはこれが初めて。
当然、今をときめくイケメン俳優二人の間に立つあの女は誰?という視線が
あっちからもこっちからも、矢のように容赦なく突き刺さる。

「やだぁ…。みんながこっち見てるんですけど、怖い顔で。
私、あっちのテーブルにいてもいい?」

「だめっ!今うちの事務所のお偉方も来るんだから、ここにいろっ!」
今野に言われて泣く泣く視線に耐え続ける。
すると喪主のみずきに挨拶に行ってた副社長と常務が、テーブルにやって来た。

「やぁ、ご苦労さん。忙しいのによく来れたな、二人とも。
小野寺くん、この子かね。今日大役を仰せ使ったうちの新人は。」
雪見とは初対面の副社長安田が、雪見の前に来て握手を求める。

「は、初めてお目にかかります!浅香雪見と申します!」
手をギュッと握られたまま、雪見は緊張しながら頭を下げた。

「ロビーの写真も見せてもらったよ。まぁ凄い人だかりでチラッとしか見れなかったが。
あの遺影も素晴らしい!その上、こんな会場で歌を披露できる新人なんて、
うちの事務所始まって以来だよ!鼻が高い!どうか失敗しないように頑張ってくれたまえ!
あっ!社長!ご無沙汰してました。お元気そうで…。」
安田は向こうから声をかけてきた、どこかの事務所社長の元へと行ってしまった。
雪見にプレッシャーだけを残して…。

「はぁぁ…、緊張した。…っていうか歌の事、気にしないでおこうと思ってたのに…。」
またしても雪見は、はぁぁ…とため息をつく。
その場にいた小野寺を筆頭に四人は、『副社長、余計な事を!』と心の中で舌打ちしてた。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。
只今より、故宇都宮勇治お別れの会を開式させて頂きます。まず始めに…。」
場内に女性司会者のアナウンスが流れ、それまでざわついていた会場が静まり返る。

お別れ会主催者である宇都宮事務所の社長挨拶、そうそうたる来賓の弔辞、
そして喪主であるみずきの挨拶の番がやって来た。
マイクの前に歩み寄る、初めて目にする緊張しきったみずきの顔。
それを見守る雪見達三人も、自分が挨拶するかのごとく緊張し、そわそわと落ち着きがない。

「やっべぇ!腹痛くなってきた…。」
小さな声で言ったつもりの当麻の声が、シーンとした会場では意外にも周りに響いた。
瞬間、みんなの注目を集めた当麻。しまった!と言う顔をしてバツ悪そうに下を向く。
が、それを目撃したみずきはクスッと笑い、一転して表情が軟らかくなった。

『ありがと!当麻。お陰で落ち着いてきたよ。私、最後まで頑張るからね。』
心の中で礼を言い、一呼吸おいて喪主の挨拶を始める。
その姿は、若くして国際派女優の名前を世に知らしめた、華浦みずきらしい堂々としたものだった。

宇都宮との親子関係の公表で世間を騒がせたお詫びに始まり、生前の父が受けた恩義へのお礼、
闘病中の様子や、このような形での葬儀が宇都宮の遺言であることなどをよどみなく、
大女優の風格さえ漂わせて話し切った。

三人がホッとしかけた挨拶の終わり…。
「皆様、本日は式の最後に、素晴らしい歌のプレゼントをご用意させて頂きました!
そちらのテーブルに、イケメン俳優に挟まれて立っている浅香雪見さんをご紹介します!
雪見さん!こちらにいらして!」

「えっ?ええーっ!!」
なんの前触れもない突然の振りに、三人同時に声を上げた!

「うそっ!みずきぃ〜!!」


そのテーブルのメンバーが、顔を引きつらせたのは言うまでもない。







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.331 )
日時: 2011/11/18 15:38
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ちょっと、どうしよう!どうしたらいいの!?」
みずきの突然のご指名に、雪見はだだうろたえるばかりだった。

「どうしよう!ったって、もう呼ばれちゃったんだから、行くしかないだろ!早く行けっ!」
小野寺常務が小声で雪見をせっつくが、雪見の足は中々前に出て行こうとしない。
会場がざわつき出した。
まずいぞ!と健人たちが焦っていると、コツコツとハイヒールの音を響かせて、
みずきが雪見の隣りにやって来る。

「ゆき姉、大丈夫だよ、私がついてる。それにね、これもお父さんからの遺言だから!」

「えっ?遺言?」

「そう!遺言がいっぱいで、こっちは大忙しよ!さっ、行こっ!」
そう言いながらみずきは、半ば強引に雪見の手を取りマイクの前まで連れ出した。

「皆様、お待たせ致しました!改めてご紹介申し上げます。
本日の歌のゲスト、浅香雪見さんです!」

「イェーイ!ゆきねぇーっ!」

当麻が会場を盛り上げようと声をあげ、同じテーブルのメンバーが大きな拍手をする。
が…。盛り上がってるのは明らかにそこだけで、会場からはパラパラとみみっちい拍手。
当麻、本日二度目のやっちまった感が漂う。

だがそれはもっともな反応だ。
有名アーティストの名前でも呼ばれたのなら、当麻と一緒に「いいぞーっ!」
とでも盛り上がるだろうが、いきなり「歌のゲスト浅香雪見さんです!」
とか紹介されても、「誰?それ。」っていうのが正しい反応。
みずきはそこんところを間違えた。

この会場に、雪見を知ってるマニアックな人など一人もいない。
だって大御所俳優の葬儀に参列した、平均年齢かなり高めの人達が大半なのだから…。
これにはさすがのみずきも、しまった!と思ったが、そこは海外生活で身に付けた
ジョークで乗り切った。

「あれ?皆さんご存じなかったです?雪見さんのこと。
あぁ、ごめんなさい!私、けさまで父と未来を旅してたものですから。
この雪見さん、未来じゃ超有名人になって活躍してるんですよ!
だから、てっきり皆さんもご存じかと勘違いしちゃいました。
あ!本当に未来を旅するのは、もう少し後にしてくださいね!
父が先に行って、皆さんの分の特等席を場所取りしてきますから!
まだまだこっちで、のんびりしてて下さいな。
じゃあ、現代の皆さんに改めてご紹介します!
未来の有名人、浅香雪見さんです!拍手をお願いします!」

今度は笑いと共に、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
が、健人たちは唖然とするやら、苦笑いするやら…。

「相当なブラックジョークだよね、今の…。」
健人の顔が引きつってる。

「みずきの事務所的には大丈夫なのか…?こんな大御所達を相手に、あの発言は…。」
小野寺が、よその事務所の事ながら心配そうに呟いた。

「でも、なんとか危機的状況は脱しましたよね。」
ホッとした表情の今野が、ハンカチで汗を拭う。
そんな中、一人だけニコニコ顔の当麻が言った。

「さっすが、みずき!あとで褒めてやろうっと!」
さすが恋にまっしぐらな男は、どこまでいってもめげることを知らない。


「始めに歌のゲストとご紹介申し上げましたがこの雪見さん、実は本業はカメラマンなんです。
ロビーで行なわれてる写真展は、もうご覧になって頂けましたでしょうか?
まだの方は、後からでも是非ご覧になって下さいね!
そこに等身大のパネルが立ってたんですが、彼女だってお気付きになられたかしら?
今ここに立ってる雪見さんは、アーティストの『YUKIMI&』に変身してるので、
まったく別人にも見えますが、両方共にとても才能のある人です。
私の後ろの大きな父の遺影、これも彼女が写した作品です。」
みずきの説明に、おおーっ!と会場中がどよめいた。

「素敵な遺影でしょ?父が自分で選んだ一番お気に入りの写真です。
父は、たった一度だけ会った雪見さんに才能を見いだし、遺影の撮影を懇願したのです。
そして彼女は私と父の、大事な最後の残り時間を写してくれました。
本当に彼女には感謝しています…。」
涙ぐむみずきに、会場がしんみりと静まり返る。

「あっ、ごめんなさい!お話が長くなり過ぎました。
彼女の歌も素晴らしいです。どうか最後をお楽しみになさってて下さいね!
では、グラスにお好きなお飲み物をお注ぎ下さい。
父、宇都宮勇治の素敵なラストセレモニーに、献杯!」

「乾杯!」
当麻が一際大きな声でそう言った瞬間、会場中からジロッと睨まれた。

「お前っ!今、『乾杯!』って言っただろ!」
小野寺が当麻に小声で詰め寄った。

「な、なんですか!言うでしょ、普通!」
当麻はなぜ怒られてるのか解らず、しどろもどろ。

「こーいうめでたくない席では、『乾杯』じゃなくて『献杯』って言うもんなのっ!」
今野が呆れたように、大人のマナーをたしなめる。

「あーあぁ!本日三回目のやっちゃった!だな。」
健人は笑いながらビールを飲み干した。

会場は和やかに、宇都宮を偲ぶ語らいの時間に入る。
皆それぞれに宇都宮の思い出話を語り合ったり、あるいは遺影の前で酒を片手に
故人と一対一の心の対話をしたりして、最後の別れを告げた。
みずきが忙しそうに、各テーブルをお酌して回ってる。
雪見も宇都宮に焼香してから、健人らの待つテーブルへトボトボ戻った。

「よっ!お疲れっ!」
小野寺がビールを飲みながら、雪見の肩を叩く。

「ほんっと、何にもしてないのに疲れました…。
もう、みずきさんったら、上げるにいいだけハードル上げてくれて、
私このあと、どうすればいいんですか…。」
すっかり雪見は意気消沈してる。

「まぁまぁ、取りあえずは一杯飲め!まだ出番は先なんだから!
でも、あれだな。宇都宮さんも、よっぽどお前の事を気に入ってくれたんだな。
じゃないと自分の葬式で、こんな無名の新人をアピールしろ!なんて遺言残さないぞ、普通。」

「それはそうですけど…。ほんと、どうしてなんだろ…。」
雪見はぼんやり考えながら、小野寺が注いでくれた冷たいビールを一気に飲み干した。すると…。

「おっ!いい飲みっぷりですねぇ!わたくし、こういう者でございます。
まぁ、お近づきのしるしに一献!」
知らないおじさんがいつの間にか雪見に名刺を差し出し、空いたグラスに勝手にビールを注いだ。

注がれたので「あ、ありがとうございます…。」と飲み干す。
するとまた別の人が横から名刺を差し出し、またビールを注いだ。

「はぁ?」

見るといつの間にか、雪見の後ろには名刺とビール瓶を持ったおじさんが、
列を作って順番待ちしてるではないか!

どーゆーこと!?
















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