コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.287 )
- 日時: 2011/09/11 12:52
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
雪見のレコーディングまで、あと三日。
あれから大人しく過ごしたお陰で喉の調子も元に戻り、ホッと一安心と言ったところだ。
だが、健人は一安心どころか、昨夜から眠れぬまま朝を迎えた。
それもそのはず、今日は健人と当麻のユニット『SPECIAL JUNCTION』の
レコーディングが、雪見より一足先に行なわれるのだ。
「健人くん、全然寝れなかったでしょ。一晩中寝返り打ってたもんね。
体調は大丈夫?朝ご飯、何か食べたい物ある?」
「ごめん、今日は野菜ジュースだけでいいや。
あー、ヤバいっ!心臓が壊れるかも知れない。どうしよう!」
俳優業に関しては常に堂々としていて、決して弱音を吐かない健人だったが、
歌う事に対してだけは未だ自分の中で自信を持ちきれず、イケメン俳優
斎藤健人とは別の人物になってしまってる。
どうしたものかと雪見も思案中。そうだ!いいこと考えた!
「ねぇ、今日の集合って一時だよね?真っ直ぐ車でスタジオ送るから、
これからちょっと出掛けない?」
「え?こんな朝っぱらから、どこ行くの?」
「秘密のデート!」
雪見は半ば強引に健人に身支度させ、自分も準備を整えて車で家を出発した。
「ねぇ、デートったって、どこ行く気してんのさ?
まだ七時半でしょ?ヘタな所へ行っちゃうと、通学途中のファンに見つかるよ!」
「大丈夫!絶対見つからないとこだから!」
しばらく車を走らせてるうちに、健人は静かに寝息を立て始める。
無理もない。仕事で疲れてたはずなのに、一睡も出来ないで朝を迎えたのだから。
『ちょっとだけ寝ててね。着いたらビックリさせてあげる。
レコーディングまでの間、少し気分転換した方がいいよ。』
雪見は街中の、ある地下駐車場へと車を滑り込ませた。
「健人くん、起きて!着いたよ。」
「うーん…。ここって、どこ?」
まるでどこにでもある、普通の地下駐車場だ。
「確かこっちだったような…。あ、ここだ!健人くん、このエレベーターに乗って!」
雪見に背中を押され、訳も解らずに乗り込む。
すると雪見が手の中の何かをボタンの下にかざし、B2を押した。
たった一階上っただけでエレベーターのドアが開く。
「着いたよ!」
「え?うそ…。ここ!」
健人の目の前に、薄暗いながらも見覚えのある光景が広がった。
なぜ?と思いながらゆっくり足を進めて降りる。
「だから秘密のデートって言ったでしょ?絶対見つからないって。ねっ!」
なんとそこは、閉店中の『秘密の猫かふぇ』であった!
「えーっと、この辺りに照明のスイッチがあるはずなんだけど…。あ、あった!」
パチッ!と全部のスイッチを入れると、ぱぁーっと空間に明かりが広がった。
「どういう事?なんで閉店中なのに入れるの?」
健人の頭の中は疑問だらけで混乱してる。
そりゃそうだ。雪見に珍しくデートに誘われて、慌ただしく家を出て来たと思ったら、
予想もしてなかった場所に自分が居るのだから…。
「二日前にみずきさんから手紙が届いたの。
改装工事が終ったから、一度お店を見てじっくり考えて、って。
オーナー専用カードキーも入ってた。会った時に返してくれればいいって。
このカードキー以外では、閉店中は直結エレベーターが動かないらしい。
だから、今日は私達だけが入れるの。
ほんとは、来ないでカードを返すつもりだったんだけど…。」
「それって…もう決めたって事?」
「いや、最終的にはこれから見て決める。あと三日だもん、もう心を固めなきゃ。
早く決めて、レコーディングに集中したいの。健人くんもそうでしょ?
さ、時間がもったいないから見て回ろう!
猫ちゃんがいないのは残念だけど、二人の貸し切りデートだよ!」
そう言いながら雪見は健人の手を取って、店の奥へと歩き出した。
「あ、ここ雰囲気変わったね!前はもっと渋い感じだったけど、私の好きな
ナチュラルインテリアに変わってる!
見て見て!こっちには大きなキャットタワーが出来たよ!」
健人たちのお気に入りのコーナーは、壁紙を替えただけでそのまま残されていた。
「あー良かったぁ!ウォーターベッドのスペースはそのままだ!
ここが無くなってたら、どうしようかと思った!」
健人が嬉しそうに、ベッドにダイブする。
「気持ちいいっ!サイコー!!やっぱ、このベッド欲しい!
ねっ、今度の給料出たら二人で買おうよ!これさえあれば、絶対毎日熟睡できるって!」
雪見も健人の隣りにごろごろ転がってゆく。
「そうだね。健人くんって割と眠りが浅いから、このベッドだったらいいかも。
けど、これいくらすんの?めちゃ高そうだけど。
斎藤健人のお給料と浅香雪見のお給料じゃ、社長と平社員ほどの違いがあるんだからねっ!」
ベッドの上に頬杖を付いた雪見が、健人を覗き込みながら真面目な顔して言う。
「じゃあ俺がプレゼントするよ!っつーか、自分の為に買う!
やっぱ、睡眠不足はイカンわ。頭は回らないし顔もボロボロ!
プロとしてこれじゃダメだなって思った。もっと自分に投資しないとって。」
「えらいっ!さすが斎藤健人!
じゃ私も健人くんに投資したげる!ベッド代一万円!」
「えーっ!一万じゃベッドカバーも買えないよ!まっいいか!」
二人は笑いながらじゃれ合いながら、ベッドの上でいっぱいお喋りをした。
めめとラッキーの事。つぐみの進学の事。しばらく顔を出してない『どんべい』の事etc
このあと控えているレコーディングの話題には、あえて一切触れずに…。
そのうち健人がまたすやすやと眠り出す。
雪見は「おやすみ。一時間経ったら起こしに来るからね。」とささやきながら
そっと頬にキスをした。
健人を起こさぬよう静かにベッドを降り、身体にジャケットを掛けてあげる。
それから雪見は一人で、店の奥へ向かってゆっくりと歩き出した。
見て歩くと言うよりも、歩きながら自分の気持ちと対話したかったのだ。
自分の中で、大まかな答えが出ている事はわかってる。
ただ、それが正しい答えなのかを知りたくて、ここへ来た。
雪見は途中にある革張りの大きなソファーに腰掛け、長い時間考え事をしてから
ポン!と膝を叩いて立ち上がる。
「よし!決めたっ!」
健人が眠るベッドまで、誰もいない店内を思いっきり走った。
「健人くん、起きて!お腹空いたからご飯食べに行こうよ!」
中々起きない健人をキスの嵐で起こす。
私の「今」は、この人のために!と思いながら…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.288 )
- 日時: 2011/09/13 21:04
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ごめーん!定休日だった!せっかく健人くんに、私のイチ押しパスタ
ご馳走しようと思ったのにぃ!」
『秘密の猫かふぇ』を出た二人は、健人のレコーディング前に腹ごしらえしようと、
雪見の行きつけカフェにやって来た。
が、月に一度しかない定休日が、運悪く今日だったのだ。
「いいよ、ドライブスルーのハンバーガーで。今はあんまり騒がれたくない気分。
スタジオの近くに、公園の駐車場があったよね?
そこに車止めて、時間までゆき姉と二人でいたい。」
レコーディングスタジオ集合まであと二時間。
またナーバスになってきた健人を、少しでもリラックスさせて送り出すのが私の使命!
今日はなんでも健人の言う事を聞いてあげよう。
「よし!じゃあ私はベーコンレタスバーガーにしよーっと!」
ドライブスルーで昼食を買い込み、スタジオ近くの公園駐車場に車を止める。
「たまにはこんなデートもいいね。一緒に暮らし出してから、どっかに出掛けるって
めったに無くなったもん。二人で旅行とか、行きたいなぁー!」
雪見がハンバーガーを頬張りながら、あれこれ健人に話しかける。
だが健人は口数も少なく、スモークガラス越しのグレーの景色を眺めるばかり。
『そっとしておいた方が良さそうかな…。』
そう思いながら雪見はコーヒーを飲み、外に目をやる。
と突然、「あ、猫!」と健人が一言。
「うそっ!どこどこ!?」
「あそこ。」健人の指差す方には、確かに白い猫がいた。
しかし、猫と言う言葉はこんな時、言ってはいけないNGワードだ。
雪見のカメラマンスイッチをONにしてしまい、健人の事など忘れ去られるに決まってる。
案の定、次の瞬間にはすでに鞄からカメラを取り出し、ドアを開けて飛び出して行った。
雪見が真剣な顔でシャッターを切る様子を、車の窓越しに眺める健人。
今にもまた寝転がりそうな勢いで、見てる方がヒヤヒヤしてくる。
すると猫の前にしゃがみ込んだ雪見が、健人に向かって手招きをした。
キャップを目深に被り、辺りをうかがって車の外に出る。
「見て!この子、もうすぐお母さんになるんだよ!」
見ると白猫のお腹は、はち切れんばかりに膨らんでる。
「ほんとだ!全然逃げない人懐っこい猫だね。」
「子供が出来てから捨てられた猫だよ、きっと。可哀想に…。」
よく見ると確かに、ずっと野良猫だったという毛並みではない。
「元気な赤ちゃんを産むんだよ。」
雪見は涙を浮かべ、いつまでも白猫の頭を撫で続ける。
気持ち良さそうに撫でられた後、その猫は満足したように歩き出した。
「連れて帰りたかったでしょ。」健人が猫を見送りながら雪見に聞く。
「仕方ないよ。うちのマンション、動物は二匹までの決まりだから…。」
撮影旅行中も、こんな猫には時々出会う。
その度に人間の身勝手さに怒り悲しみ、それと同時に何も出来ぬ自分が嫌になる。
「はぁぁ…。」雪見がしゃがんだままため息をついた時、健人がぽつりと背中から言った。
「やりなよ。」
「えっ?」
雪見には健人が何を言っているのか、すぐには解らなかった。
「猫かふぇのオーナー、やってみれば?」
健人の言葉に驚いて雪見は立ち上がり、振り向いて顔を見つめる。
眼鏡の奥の瞳はいつも通りに優しかった。
が雪見には、その瞳が嘘をついてるようにも思えた。
「だって店の資金は全部、今のオーナーが出してくれるんでしょ?
基本方針さえ守れば、あとはゆき姉の好きなようにやっていい、って言ってくれてるんだから。
自分の思うようにやってみればいいじゃん。」
「だめ…。今はまだできない…。」
「なんで?ゆき姉の夢がすぐに実現するんだよ?こんなチャンスないだろ!」
健人は少しいらついたように大きな声を出してしまい、何人かの人が振り向いた。
「ごめん。とにかく車に乗って話そう。」
車に乗ってはみたものの、健人は黙り込んでいる。
雪見は、レコーディング前に健人の精神状態を悪くしてしまった事を後悔した。
時間も無い。きちんと自分の気持ちを話して、健人を落ち着かせなくては…。
「健人くん。私の正直な気持ちを聞いて。確かに、こんなチャンスは二度と無いと思う。
私の夢を実現するのに、一番大変なのは資金の調達だから。
今この話を受けたら、そんな苦労も無く夢が実現する。
でもね…。こんな話を今するのは不謹慎だけど、現実問題として赤の他人の遺産で
私の夢を実現するって事でしょ?
私が孫であるとか親族なら、有り難く遺志を継ぐ。
だけど私は、みずきさんのただの知人。オーナーとは縁もゆかりもない。
そんな私が後を継いで、自分の夢を実現するって言うのは違うと思うの。」
しばらくの沈黙の後、健人がやっと口を開いた。
「でも…。オーナーに残された時間は少ないんだよ。
みずきが他の人を捜してる時間なんて、あるかな…。」
「そうだね…。難しいかも知れないし、反対に思いっきり簡単かも知れない。
猫好きなんていくらでもいるし、あなたをオーナーにしてあげます!
なんて言ったら、二つ返事で引き受ける人は大勢いるのかも…。」
「そうだよね。そんな夢みたいな話、そうそう無いもんね。
じゃあ、ゆき姉が断ったって、そんなに困らないか!
良かった…。本当は引き受けるんじゃないかと思ってた。
そしたらゆき姉とは、すれ違いの生活になっちゃうのかな、って…。」
健人の顔に、少しずつ笑顔が戻ってきたようだ。
「私、やるなんて一度でも言ったっけ?最初から心は決まってたよ。
今の私は、健人くんのためだけに生きる、って…。
健人くんが毎日仕事を頑張れるように、美味しい料理を作って疲れを癒やしてあげるのが
私の仕事だなって。ちゃーんとそばに居るから、安心して。」
そう言って雪見はにっこり微笑んだ。
「ほんとだね?俺のそばにずっといてよ!」
「うん!約束!あ、でも、まずは今日のレコーディング、頑張ってよねっ!
私が大好きなイケメン俳優斎藤健人は、仕事に関してはいつも完璧にこなすんだから。」
「よっしゃ!任せといて!なんか、今ならめちゃめちゃ上手く歌える気がしてきた!
じゃ、最後まで頑張れるおまじないして!」
また雪見にだけ見せる甘えた顔で、子供みたいにおねだりをした。
「しょーがないなぁ!」
そんな顔してこっちを見られたら、キスするしかないじゃない。
雪見は健人の耳元で「だーい好きっ!」とささやいたあと、長い長いキスをした。
大丈夫。どんな時でも自分の力を信じて。
さぁ、新しい世界の扉を開けに、行ってらっしゃい!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.289 )
- 日時: 2011/09/15 23:26
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「今日の夜は遅くなると思うから、晩飯はいらないよ。
久しぶりにゆき姉も、のんびりしなよ。じゃ、行って来るね。」
「ほんとに送らなくていいの?」
「そこの信号一個渡るだけだよ?歩いて行くから大丈夫!」
集合時間よりも三十分早く、気合い充分の健人が車を降りて歩き出す。
信号の手前でチラッと後ろを振り返り、笑顔で小さく雪見に手を振った。
雪見も手を振り返したが、スモークガラスの向こうからでは、見えはしなかっただろう。
『ゆき姉のおまじないは良く効くんだから!頑張れ、健人!』
心の中でエールを送り、成功を祈る。
「さてと。私もちょっと早いけど、最後のレッスンに行きますか!」
車のエンジンを掛けようとした時だった。
またさっきの白猫が、どこからともなく現れた。
きっとお腹を空かしているのだろう。ウロウロと辺りを物色し始める。
可哀想に思った雪見は、近くのコンビニから猫缶を買って来て、人目の付かない木陰にそっと置く。
「少しでも栄養つけて、元気な赤ちゃん生まなくっちゃね。」
そう言いながらも、このまま置いて行かなければならない事に、罪悪感を覚えた。
「どうしよう…。うちの母さんに頼み込んでみようかな…。」
実家には、すでに五匹の拾われて来た猫がいた。もちろん全て雪見が拾った猫である。
『一匹プラス四、五匹だもんなぁ…。怒られるに決まってるけど、泣き落としに出るか!』
ケータイを握り締め、意を決して実家の母に電話しようと思ったその時だった。
手の中のケータイが突然、着信を伝えて鳴り出した。
「えっ?健人くんからだ!」
何かアクシデントでもあったのかと、ドキドキしながら電話に出る。
「もしもし、健人くん?どうしたの?何かあったの?」
「ゆき姉、今どこ?もうレッスン行っちゃった?」
「え?いや、まださっきの駐車場だけど…。でも、もう出ようと思ったとこ。何なの?」
「良かったぁ!今、今野さんに代わるね!今野さん、ゆき姉まだそこにいるって!」
「もしもし、雪見ちゃん?今野だけど。
悪いけど、大至急カメラ持ってスタジオに来てもらえないか?
全国ツアーでやる写真展に、急遽健人たちのレコーディング風景も入れようって話になってさ。
これから雪見ちゃんに、写してもらいたいんだけど。
あ、レッスンの方は俺から電話入れておくからさ、なんとか頼むよ!」
「えぇ、まぁいいですけど…。機材は一式車に積んでありますから。
わかりました。じゃあ、これからそっちに伺います。」
「助かったぁ!待ってるよ!じゃ!」
電話を切ってから足元を見ると、すでに白猫の姿は消えていた。
『ごめんね、猫ちゃん。この次会う時まで、どこかで元気にしててね…。
よし、気持ちを切り替えなくちゃ!健人くんと当麻くんのために仕事、仕事!』
雪見は後ろ髪を引かれながらも車に乗り込み、気持ちを立て直す。
他の事に気を取られていては、良い仕事など出来るはずもない。
自分に葉っぱをかけてから、アクセルを踏み込んだ。
その録音スタジオは、閑静な高級住宅街の一角にある。
三階建ての大きな住宅といった外観だ。
一階部分の駐車場に車を止め、機材を担いで階段を上る。
厚い防音ドアを押し開けると、大きな音で健人たちの歌が流れていた。
「あのぅ…。お疲れ様です!浅香ですけど!」
大音響に阻まれて、誰も雪見に気が付いてくれない。
今野の後ろ姿が見えたので肩をトンッ!と叩いたら、とんでもなく驚かれた。
「びっくりしたぁ!いや、悪かったね!急に呼び出して。
でも助かったよ!健人に聞いたら、ちょっと前まで一緒にいたって言うから…。」
今野が雪見の耳元で大声で話す。
「私も良かったです!まだ近くにいて。それで写真は…。」
と、雪見も大声で話しかけたところで、ぱったりと大音響が鳴りやんだ。
するとガラスの向こうのレコーディングブースから、健人と当麻がドアを開けて出て来た。
「よっ!ゆき姉!元気だった?」
当麻が手を上げながら雪見に近寄ってくる。
その隣で健人は、思いがけない再会が嬉しくて仕方ない、というように微笑んでいた。
「うん、元気だったよ!いよいよだね、おめでとう!
今日は記念になる、いい写真撮ってあげるからねっ!期待してて。」
雪見も三日後にはここでレコーディングするのだが、今はカメラマンモードに入ってるので、
そんな事は一つも気にならなかった。
「雪見ちゃん!みんなに紹介するから、こっちに来て!」
今野からお呼びが掛かり、雪見は緊張の面持ちでレコーディングスタッフの前に立つ。
当麻のラジオ番組のプロデューサーであり、今回のプロデューサーでもある三上が
こっちを見ながらニコニコしてたので、雪見はぺこりと頭を下げた。
「さっき話した、三日後にお世話になる、うちの事務所の浅香雪見です。
今日は健人たちのカメラマンとして、ここで仕事させてもらいますんで
どうかよろしく!」
今野に紹介されて、雪見はみんなにお辞儀する。
「浅香雪見と言います。今日はみなさんのお邪魔にならないよう、気を付けますので
どうかよろしくお願いします!」
すると三上が、他のスタッフに向かって大声で言った。
「お前ら、雪見ちゃんをただのカメラマンだと思ったら大間違いだぞ!
歌を聴いたらびっくりするから!来年の俺の一押しアーティストだ!」
三上の大賛辞に雪見は「三上さん!ハードル上げないで下さいよ、もう!」と恐縮し、
当麻と健人は「えーっ!俺らは押してくれないんすかぁ?」と笑いながら慌ててみせたので
みんながドッと湧き、場の空気が一気に和んだ。
「よし!じゃあ、そろそろ始めるとするか!」
三上の号令でそれぞれが配置に付く。
健人と当麻も再びブースに入り、ヘッドフォンを付けマイクの前に立った。
雪見は長い髪を手早く一つにまとめ、カメラバッグからカメラを取り出し、
ガラス越しの二人に向ける。
健人の顔はいつになく自信に満ち溢れていた。
一睡も出来なかったほどに弱気だった健人は、一体何だったのだろう。
今はいつも通り冷静で、堂々とした瞳で前を見据えている。
一方当麻に至っては、嬉しくて楽しくて仕方ない!と言った気持ちが、
カメラのファインダー越しにビンビン伝わってくる。
雪見は、この空気感丸ごとを写し込もうと、プロの鋭い目で瞬時に構図を計算した。
アップテンポでダンサブルなイントロが流れ、二人が歌い出す。
『SPECIAL JUNCTION』(スペシャル ジャンクション)誕生の瞬間に立ち会えた事を感謝し、
雪見は心の中で拍手を送った。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.290 )
- 日時: 2011/09/18 21:22
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ただいまぁ!ゆき姉、もう寝ちゃったのぉ?」
レコーディングを無事終えた健人は、上機嫌で打ち上げからご帰還だ。
時計の針は午前三時を示してる。もちろん雪見は眠ってた。
「ねぇ、聞いて聞いて!三上さんが俺のこと、めちゃめちゃ褒めてくれたよ!
忙しいのに良くここまで練習して上手くなったな!って。
当麻と対等になったって言われたのが、スッゲー嬉しかった!ねぇ、聞いてる?」
相当嬉しかったのだろう。
酔ってハイテンションな健人は、雪見の寝ているベッドサイドに腰掛けて、
一人であれこれ喋りまくってる。
が、一度眠りに落ちたら多少の事では起きない雪見には、すべてが夢の中の話に聞こえてた。
「起きてよぉ!みんな、ゆき姉の事も褒めてたよ!
美人だし仕事も出来るし歌も上手いなんて、健人の彼女にはもったいない!
とか言われちゃってさぁ。
で、料理もプロ級に美味いよ!って自慢したら、みんなにボコボコにされたし!
ゆき姉がレコーディングに来るの、楽しみだって言ってたよ!良かったねっ!」
夢うつつに聞いてた雪見だったが、これにはさすがに飛び起きた。
「今、なんて言ったの?健人の彼女がどうのこうのって、聞こえた気がしたんだけど…。」
「ゆき姉、会いたかったよぉ!」
酔っぱらいの健人が、やっと起きてくれた雪見にガシッ!と抱き付いた。
「ちょっとぉ!どんだけ飲んだのよ!ほんとに私達の事、みんなに喋っちゃったわけぇ!?」
抱き付いたまま離れない健人に、「嘘でしょ!?」と雪見が叫ぶ。
「嘘じゃないじゃん!だってみんな、ゆき姉が帰ったあと、綺麗なカメラマンだったとか、
次に会うのが楽しみとか言ってるんだよ?
『俺の彼女だから!』って言っとかないと、危なくて仕方ない!」
「はぁぁ…。どんな顔してレコーディング行けばいいのよ、まったく…。
取りあえず、今日はもう寝るよ!ほら、ジャケット脱いで!」
雪見に身体を預けた健人は、もう半ば目を閉じている。
無事レコーディングをクリアした達成感と、大好きな人の待つ家に帰って来た安堵感は、
健人に安らかな眠りを提供してくれるだろう。
雪見の隣りに身体を横たえた健人は、可愛い顔してすでに寝入ってる。
そっと頬にキスをして、今日の頑張りを褒めてあげよう。
「おやすみ、健人くん。愛してる。」
そして三日後。いよいよ雪見の番がやって来た!
「はぁぁ…、どうしよう。緊張しすぎて、今までどんな歌い方してたのか、わかんない。」
朝早くに目覚めた雪見はすでにドキドキがマックスで、健人が入れたコーヒーを
何杯もがぶ飲みした。
「ゆき姉、落ち着きなよ。レコーディングはお昼からでしょ?
今からそんなんで、どうすんのさ!」
健人は自分の時の事など綺麗さっぱり忘れた様子で、朝食のサンドイッチを頬張っている。
「健人くんはいいよねぇ!もう終ったんだもん。
レコーディングでこうなんだよ?全国ツアーなんてどうなっちゃうの?
私、心臓が爆発して、死んじゃうかもしれない。」
健人は半分、雪見の話を聞き流していた。いつも初めての時はこうなのだ。
グラビア撮影に記者会見、当麻のラジオ出演だって最初は大騒ぎだった。
しかし、一旦開き直ると雪見という人は、とてつもない力を発揮できる事を、
健人は経験上よく知っている。
「はいはい!もし心臓が破裂したら、俺が拾い集めて縫ってあげるから。
安心して爆発させなさい!
そんな事より、今日は猫かふぇのオーナーの面会に行く日だろ?
みずきとは何時に待ち合わせてんの?」
「みずきさん、今日は仕事ないらしいから、私のレコーディングが終ったら
連絡することになってるの。
けど、あんまり遅くに病院行くわけにはいかないし…。」
「明日じゃダメなの?時間気にしながらのレコーディングって、嫌じゃない?」
「私もそう思ったんだけど…。でも、どうしても今日会いたいらしい。
特別室に入ってるから何時になっても構わない、って…。」
雪見が少し憂鬱そうな顔をして、時計をチラッと見た。
「健人くん、もうそろそろ準備しないと。今日は晩ご飯、作れそうもないからごめんね。」
「いいよ。俺の事は気にしないで。納得行くまで歌って、納得行くまでみずきと話し合ってきて。
夜は事務所で当麻とSJの取材があるから、終ったら一緒に晩飯喰いに行くわ。
なんかあったら必ずメールしてよ!」
健人は仕事に出掛ける間際、玄関先でブーツを履きながらもう一度念を押す。
「なんかあったら、絶対にメールしてね!約束だよ!
レコーディングも、いつも通りに歌えば大丈夫。絶対上手く行く!
じゃ、ゆき姉が頑張れるおまじない。チュッ!行って来ます。」
早朝六時半、健人はロケへと出発した。
健人が出掛けたあとの部屋はシーンとしていて、なんだか寒々しい。
いかに健人が太陽のように温かで、かけがえのない存在なのかがよくわかった。
『そう、今の私は健人くんのために生きていたい。
一生懸命頑張って全国ツアーを成功させて、健人くんに喜んでもらいたい!
今見てる夢の実現なんて、どうでもいいの。』
雪見は自分自身の気持ちを再確認するために、みずきへの答えを声に出してみる。
「ごめんなさい。今はお引き受けできません…。」
それでいい。それでいいんだ…。
気を紛らわすため、時間いっぱいまで家中をピカピカに磨き上げる。
「よしっ、片づいた!でも健人くんが帰って来るまでだなっ。」
一人きりでクスクス笑ったら、なんだかすっきりした。
「さーてとっ!準備して、いよいよ出陣と行きますか!」
レコーディングスタッフに、健人の彼女だとバレてしまったからには、
健人にふさわしいと思われるよう、綺麗にして行かなくては!
雪見は久々に気合いを入れて準備した。
だが、あくまでも自分らしくナチュラルに、『YUKIMI&』のイメージを損なわぬよう。
「これで健人くんの彼女として、恥ずかしくないかな?」
何度も玄関の鏡の前でクルクル回ってチェックをし、「OK!行って来まーす!」と
めめ達に声を掛けて出発する。
ドキドキはしていても、決して逃げ出したくなるようなドキドキではない。
むしろ、遠い昔に離ればなれになった幼なじみに、再会でもしに行くかのような、
嬉しさと照れくささの入り交じったドキドキ感である。
子供の頃に見てた夢。『歌手になりたい!』
それが今日、思いがけずに実現する。
さぁ!はるか遠くに忘れた夢を、勇気を出して取りに戻ろう!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.291 )
- 日時: 2011/09/20 17:58
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「今日はどうかよろしくお願いします!」
マネージャー今野の車でスタジオに到着した雪見は、これからお世話になるスタッフ達に
真っ先に頭を下げて挨拶をした。
しかし、健人の彼女だという目で見られてるのが、空気を通して伝わってきたので、
恥ずかしさから伏し目がちになってしまう。
「こちらこそよろしく!あ、差し入れ頂いて済みませんね!後でみんなでご馳走になります。
今日はレコーディング、楽しんで下さいね。子供の頃の夢だったんでしょ?」
「えっ!?」
「こないだの打ち上げで、健人が力説してましたよ!『ゆき姉の夢は俺の夢だ!』って。
どんだけあなたの話を聞かされたことか!あいつがあんなに熱い奴だったとは意外でした。」
顔から火を噴くとはこの事だ。
「葉山さん」と今野が呼んだ三上の次に偉そうな人物の、着いて早々の先制攻撃に、
足元がふらつきそうになる。
「本当にごめんなさい!ご迷惑かけました!」
自分でも、何を謝っているのかよく解らなかったが、頭を下げた。
とにかくそれしか言葉が出てこなかったのだ。
隣の今野が雪見の肩をポン!と叩き、笑いをかみ殺してる。早く帰りたーい!
「じゃ、早速ウォーミングアップ代りに、さらっと歌ってみようか!」
「は、はいっ!」
ここから一刻も早く立ち去るには、とにかく完璧に歌ってOKをもらい
レコーディングを終了させるしかない!
出来ることなら録り直しなどせずに、一回で終らせたいくらいだ。
一生に一度しかない体験を楽しもう!などという当初の思いは、とうの昔に吹き飛んだ。
よーし!レコーディング最短記録で終らせてやる!
おかしな切っ掛けが、思わぬ集中力を生み出した。
雪見はウォーミングアップの声出しにもかかわらず、完璧な歌を披露する。
初めて雪見の歌を聴いたスタッフ一同は、思わず顔を見合わせた。
「三上さんの言ってた通りだ!こりゃ凄いCDになりそうだぞ!
もしかして、もう本番いってもいいぐらい?」
「ええ、大丈夫だと思います。どうせ私の歌なんて、こんなもんですから。」
間違っても早く帰りたいから、なんて事は言えなかった。
だが実際、数多く歌ったからといって、いい歌になるわけでもない。
それよりも、たった一回の歌にすべての気持ちを込めて歌ったならば、
それが一番聴く人の心に響く歌になるのではなかろうか。
「じゃあ、取りあえずはいってみよう!
もし失敗したとしても、何回でも録り直すから安心して歌って。本番いきまーす!」
シーンと静まり返った一人きりの空間。
『YUKIMI&』のデビュー曲、『君のとなりに』のイントロがヘッドフォンの中に流れ出す。
目を閉じて、この曲に歌詞を付けた時の気持ちを思い出していた。
大切な二人を想って作った詩。あの時よりも今の方が、もっともっと強く想ってる。
そう!大切な健人と当麻のために、私は歌おう!
「ふぅぅ…。」
全身全霊をかけて歌い切ったら、魂が抜けたかのように身体の力も抜けた。
「OKでーす!素晴らしかったよ!少し休憩挟んでもう一回録ってみよう。こっちに来て休んで!」
「あ、はい!」
何度録り直しても今以上の歌は歌えないと思ったが、もし万が一、機材のトラブルか何かが
あっても困るので、一回で終らせるのは諦めて素直に歌う事にしよう。
重い扉を押し開けてブースを出ると、期せずしてスタッフの間から拍手が起こった。
迎える今野もニコニコしてる。
「いやぁ、仕事を忘れて聞き入ったよ!久々に感動する歌に出会えた。
詞は君が書いたんだろ?特に二番の歌詞がいい!
『夢は強く願えば叶うから こわがらないで目をとじて
君のまぶたにうつった景色を どうか忘れないでいて
いつか同じ景色が見えたなら ためらわないで手を伸ばそう
君の夢は僕の夢 きっといつか叶えてあげる 記念の写真を二人で写そう
未来は誰にもわからないけど ひとつ確かに言えるのは 君のとなりに僕がいること
緑の風に二人でふかれて 今より遠くへ飛んで行けたら
きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず』
これって、君と健人の事を歌ってるんだよね?いい歌詞だよ。」
「えっ!?あ、有り難うございます…。」
そんな、改めて歌詞をつらつらと読まれて、健人との仲を突っ込まれても
どんな顔をすればいいわけ?
しかも、仕事を忘れて聞き入ったって、だから録り直すんじゃないでしょうね?
みんなが、イケメンアイドル俳優と、一回りも年上のカメラマンとの恋愛に興味津々で、
あれこれ聞きたくてウズウズしてる感が漂ってる。
マジで早く帰ろう!いや、みずきが私の事を待ってるんだった!
「あのぅ、今の感覚を忘れないうちに、すぐ歌わせていただけますか?
あとたった一度でいいんです!それ以上は何回歌っても同じだと思いますから。」
「え?もう歌うの?そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるんだよ?」
「いえ、結構です!早く歌いたくて仕方ないんですっ!」
雪見の考えてる事がすぐに解った今野が、またしても肩を震わせて笑ってる。
結局もう一度歌いはしたが、一回目に勝る歌には成り得なかった。
チェックの結果、全てがきちんと録音されていたのでOKが出され、
雪見の初レコーディングは、呆気ないほど簡単に終了してしまった。
「お疲れ様でした!本当にお世話になりました!有り難うございます。
後の作業も、どうかよろしくお願いします!」
深々と頭を下げたあとは長居は無用!そそくさとスタジオを退散しよう。
「うーん!終ったぁ〜!」
外に出て深呼吸をし開放感に浸ると、急にお腹が減ってきた。
「今野さん、これからご飯行きません?早く終ったことだし。」
「雪見ちゃんの集中力には恐れ入ったよ!うちの事務所の最短レコーディング記録だ。
けどそのお陰で、健人のロケに直行しろ!って常務からの指令が入っちゃった。
健人にも伝えておくよ。無事にゆき姉のレコーディングも終了したよって。
送れないけど気を付けて帰って。じゃ、お疲れ様!」
今野を見送ったあと、歩いてて見つけた可愛いカフェに入り、ひとりご飯。
エネルギー補給が完了したところで、みずきに連絡する。
「あ、もしもし、みずきさん?予定より早くレコーディング終ったよ。
もういつでも病院に行けるけど。うん、わかった。じゃ、ロビーで待ってる。」
いよいよ本日二つめの難関に立ち向かう。
今の私にブレはない。
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