コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.132 )
日時: 2011/05/01 05:53
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「あのね、最初に言っとくけど、ここのママさん夜は相当テンションが
高いからそのつもりで。多分もういい感じで酔ってる時間だから。
あ、料理はめちゃめちゃ美味しいから期待していいよ!
でも、きっと健人くん達の事知ってると思うから、大騒ぎするはず。
ご飯食べて一杯飲んだら、さっさと民宿戻ろうね!」

その店は、昼は食事のできる喫茶店で、夜には沖縄の家庭料理を出す
スナックに早変わりの、五十代のママさんがやってる店だった。
雪見はこの店に何度も足を運んでいるらしく、店に入る前に二人に予め
説明をした。
本当は、二人の事を知らなさそうな老夫婦がやっている沖縄そば屋に
連れて行きたかったのだが…。

「ちょっと中を覗いてくるから、ここで待ってて!」
雪見がドアを少し開けて顔だけ中に入れた途端、店の外まで大声が
響き渡った。

「いやぁ、雪見ちゃんじゃないの!またこっちに来てたの?
なにそんなとこに突っ立ってんのさ!早く入りな!」
相変わらず元気いっぱいのママさんに雪見は、やっぱりね!と思う。
だが、ラッキーなことに他に客は誰もいなかった。

「あれ?今日はお客さん、誰もいないんだね。じゃあ、あと二人連れてるんだけど、
お腹ペコペコだから大至急美味しい物作ってもらえる?」

「もちろん!なに?外に待たせてんの?早く入りなさいって!」

ママに急かされて、意を決して健人と当麻を店の中に押し込み、急いで
ドアを閉める。と同時に、島中に聞こえたのではないかと思うほどの
大絶叫が、狭い店内にこだました。

「ちょっとぉ!斎藤健人と三ツ橋当麻でしょ!!
なんでこの二人が雪見ちゃんの連れなの?いや、まず座って!ここに。
やだ!ちゃんとお化粧してくれば良かった!
何飲む?ビール?泡盛?いや、信じられない!一緒に飲めるなんて!」

ママの興奮はいつまで経っても収まらないのだが、手だけはせわしなく動かし、
あっという間に三人の目の前に五品もの沖縄料理が出てきた。
健人たちはもう二日酔いは当分御免だったので、酒はオリオンビールを
注文し、一杯飲んでお腹を満たしたら宿に戻ろうと思っていた。

「うわぁ、ゴーヤチャンプルーだ!こっちの料理も美味そう!」
健人と当麻が嬉しそうに言うのを聞いて、ママも益々テンションが上がる。

「さぁさ、たくさん食べなさい!足りなかったらまだ作るよ!
ビールもガンガン飲んで!」
カウンター席に座ったのは失敗であった。
飲むそばからママが向こう側から手を伸ばして、ビールを注いでくる。
健人たちは程ほどに飲みたかったのに…。

お疲れ!と乾杯したあと、雪見が二人に今日の事態を改めて詫びる。
「本当に今日はごめんね!ほんとだったら今頃、ホテルで打ち上げの
真っ最中だったのに。スタッフさんにも悪いことしちゃったな。
主役の二人抜きの打ち上げなんて…。明日帰ったら謝らなくちゃ。」

雪見の落ち込むさまを見て、健人が笑って言った。
「俺、不思議だったんだ!せっかくの夕日を最後まで見ないで
帰っちゃう人が結構いたでしょ?
なんでこんなに綺麗なのに最後まで見届けないんだ!って、少しイラッ
と来たんだけど、あぁ、こういう事だったのね!って。」

「そう!俺も思った!この人達この感動がわからないんだ、可哀想に!
とか思ったもん。ごめんねー、みんな!」
当麻もおどけて言った。だが、すぐに優しく雪見を見つめて、
「でもね…。」と言葉をつなぐ。

「でも、船の時間を気にしなかったからこそ、俺たちはあの夕日を見る
ことが出来たんだよね。だから今はゆき姉に感謝してるよ!
凄いものを見せてくれてありがとう!感動をありがとう!って。
きっと今日の景色は一生忘れないと思う。」

「俺も。三人揃って同じ景色を見て、同じ感動の涙を流して…。
絶対にずっと忘れない。いい旅だったよな!来て本当に良かった。」
健人たちの思いやりある言葉に救われた雪見は、いつもの雪見に戻ることができた。

「やーっぱり、泣いてたでしょ!二人とも。ほんと泣き虫なんだから!
でもね、私も二人にあの夕日を見せてあげられて、本当に良かった。
台風シーズンなのに雨にも当たんなかったし、きっと日頃の私の行いが
いいんだな!きっと。」

「ほーら、調子に乗って来ちゃったよ!絶対この人プラス思考だから、
明日になったらきっと、私のお陰!って話だけになってるよ。怖い!」
健人が肩をすくめ、みんなで大笑いしてビールを飲み干した。


お腹が一杯になったので、健人たちは会計をして帰ろうとレジ前へ。
すると近くの棚に、綺麗なガラスのアクセサリーが並んでいるのが目に
留まった。それは工芸家でもある、この店のママが作った作品だった。

「うわぁ、綺麗!これって全部ママさんが作ったの?売ってるんですか?」 健人が聞いた。

「そう!私、こう見えても、こんなもん作れちゃうんだよ!
どう?三人でお揃いのブレスレットなんか、旅の思い出にいいよ!」
商売上手のママに言われて、当麻はその気になった。

「ねぇ、これ沖縄の海みたいな色で綺麗だよ!買おうよ、お揃いで!」
健人も雪見も、同じ物に目が行ってたのですぐに意見がまとまった。


帰り道、三人の手首には、同じ沖縄ブルーのガラスのブレスレットが
月夜に照らされキラキラと輝いていた。

「えへへっ、綺麗だね。ぜーったい無くさないでね、みんな!」
雪見が二人に向かってそう言うと、健人と当麻は顔を見合わせた。

「これ見るたびに思い出すよな、きっと。ゆき姉の、船に乗り損ねた!
って時の顔。今思い出しても笑える!」

三人はじゃれ合う子犬のようにして、宿までの道のりをてくてく歩く。
夜の十時に人と出会わないなんて、東京では考えられない。
周りの目から解放され、健人も当麻も素の自分に戻って癒やされた。


「おじさん、ただいまぁ!私たちの部屋、どこ?」
勝手知ったる他人の家なので、雪見はさっさと中に入り二階に上がる。
健人たちも慌てて雪見の後について二階へ上がった。

「あぁ、雪見ちゃんがいつも使ってる部屋だよ!」
階段の下からおじさんが叫ぶので、取りあえずはいつもの部屋のドアを
開けてみた。

「なにこれっ!!」  雪見の大声に後ろの二人が部屋を覗く。


そこには、横一列になぜか三枚の布団が敷いてあった。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.133 )
日時: 2011/05/01 17:05
名前: e (ID: ZpTcs73J)

梨弩=なしど です。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.134 )
日時: 2011/05/01 21:40
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

e さんへ

「なしど」って読むんですか!勉強になりました。
私の人生の中で、初めて目にする漢字でした。
日本人なんだから、もっと漢字の勉強しなきゃならないですね。

教えてくれて、ありがとう!

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.135 )
日時: 2011/05/02 12:57
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「ちょっと、おじさん!なんで一部屋なの?!普通、二部屋でしょ!
二部屋!隣の部屋だって空いてんでしょーが!他にお客さんいないんだから。」

雪見は、六畳ほどの部屋にぎっしり敷き詰められた、三枚並んだ布団を
見た途端、バタンと勢いよく部屋のドアを閉めた。
そして階下にいるおじさんに向かって、悪い冗談はよしてよ!と
二階から凄い勢いで食ってかかる。
健人と当麻は、顔を見合わせ何やらひそひそ話。
ところが階段の下から上を見上げたおじさんは、真面目な顔をして言った。

「悪いけど、今日はその部屋しか空いてないんだわ!
他の部屋は午前中にペンキ塗っちゃったから、臭くて今日は入れない。
雪見ちゃんの部屋だけ、他の部屋の荷物を移して置いといたから
まだペンキ塗って無かったの!済まないけど、一晩我慢してよぉ!」

「我慢って、そういう問題じゃないでしょ、おじさん!
私たちに何か問題でも起きたらどうするの?」
雪見の剣幕に健人たちは、速攻「ない、ない!」と首を振る。

「仕方ないじゃん!そういう事情なら。どうせ俺たち、背中が痛くて
寝れそうもないし、このまま朝まで起きてたって平気だよ。
だからゆき姉は安心して寝ていいから。」
健人が雪見をなだめるように言った。当麻も笑っている。

「そうだよ!こんなとこで俺たちがなんかするように見える?
いいじゃん!修学旅行みたいに三人で語り明かしても。
俺、いっぱいゆき姉に聞きたいことあるし!」

「なに、聞きたいことって?なんか怖いんだけど!
うーん、しょうがないかぁ…。今からよそに行くのもなんだし、
突然泊まらせてもらう原因を作ったのは私だもんね。
いいや。じゃあ、おじさん!ここ一晩借りるね!
朝はまた悪いけど、港まで送ってくれる?」

「あぁ、いいさぁ!7時45分の船なら7時半出発で間に合うね。
七時前には朝飯の準備しておくから、下の食堂に降りといで。
じゃ、おやすみ!また明日。」


雪見たちが部屋に入ってみると、よその部屋の荷物は綺麗に片付けられ
敷いてある布団の上には、民宿のサービスには無い歯ブラシとタオル、
それに袋に入った真新しいTシャツが三枚置いてあった。

「おじさん、私たちが何も持ってないから用意してくれたんだ!
明日お礼を言わなくちゃ。ここの突き当たりに共同のシャワー室がある
から、シャワー浴びてこのTシャツに着替えさせてもらおう。
潮風と汗でベタベタだもん!」

雪見に促されて最初に健人がシャワーを浴びに行った。
が、戻ってきた健人のTシャツを見てびっくり!
白いTシャツの胸に青い文字でデカデカと「海人」と書いてある。

「あ!そのTシャツ見たことある!うみんちゅTシャツだ!」
当麻の言う通り、それは石垣島のショップオリジナルの有名Tシャツだった。

「どう?結構似合ってるでしょ!」
さすが、イケメンという人達は何を着てもさまになる。
健人に続いて着替えた当麻も、そのままグラビア撮影してもいいほどに
着こなしていた。

シャワーを浴びてさっぱりした三人は、一階にあるビールの自販機から
ビールを買ってきて部屋に戻り、布団の上に丸く座って乾杯をした。

「なんか笑えるね!三人お揃いのTシャツにブレスレットだよ!
私たちって『チームうみんちゅ』のメンバーって感じ?」
雪見が、改めて自分たちの姿を見て笑い出す。

「そうだ!これも写真に撮っておこうっと!こんな姿の斎藤健人と
三ツ橋当麻は、もう拝めそうもないしねっ!」
雪見がカメラを構えようとすると、健人が待ったをかけた。

「ずるいよ、俺たちだけ!『チームうみんちゅ』なんだから、ゆき姉も
一緒に写らないと!」
雪見は、ほとんど剥げた化粧で写真に写るのは気が進まなかったが、
渋々三脚を立て、二人の真ん中に収まって記念撮影をする。
本当にこの三人だけしか知らない、秘密の記念写真だ。

それから三人は、それぞれ自分のカメラを取り出し、今日一日の作品を
披露し合った。お互いのカメラを交換し、データを再生して見る。

健人は猫の写真が一番多く、一匹ずつ色んな角度から猫の様々な表情を
切り取っては写真に収めていた。本当に猫を愛する目で見た、優しい
優しい写真である。
当麻の写真は、さすが元写真部員!と思わせるカットが何枚もあった。

「この写真、凄くいいじゃない!こっちのアングルも、プロっぽいね。
なんかもったいないなぁー。こんないい写真撮れるのにカメラ持たない
なんて。写真って、やれば結構ハマる人多いんだよ、最近。
当麻くんも、またカメラ持って歩けばいいのに。」

当麻は、プロの雪見が評価してくれたことが、とても嬉しかった。
と言うよりも、好きな人に褒められたことが嬉しくて嬉しくて仕方ない
といった顔で、ニコニコと笑って話を聞いている。

「俺ね、写真ってやっぱりおもしろいなぁ!と思いながら撮ってた。
また初めてもいいかなぁ、って。そしたらゆき姉、教えてくれる?」

「もちろん!当麻くんがカメラ再開するなら私は全面的に応援するよ!
時間のあるときに撮したデータを送ってくれたら、一枚ずつ評価して
指導してあげる。」

「ほんとに?ありがとう、ゆき姉!俺、また頑張ってみるよ!」

当麻と雪見のあいだに、健人には入っていけない別の空間が生まれる。
つないでは欲しくなかった一本の糸が結ばれたのを、そのとき健人は
感じ取ってしまった。
ふとした瞬間に襲われる、言いようのない不安。
そんな健人に気づかぬまま、当麻は雪見との写真談義に盛り上がる。

そのあとも三人は、布団の上に寝ころびながら、子供の頃の話や初めて
付き合った人の話、仕事の話など、いくら話しても話し尽きる事がない
と言うように、色んな事を語り合い笑い合って夜を明かした。

東の空が白々と明ける頃、雪見がいつの間にかすやすやと眠ってしまった。
健人はそっとタオルケットを掛けてやり、当麻と二人でその寝顔を眺める。

「なんか、ちっとも年上になんか思えないよね。俺と一回りも違うって
ほんとかなって思う。俺がもっと早く生まれて、この世界に入らないで
サラリーマンにでもなってたら、今すぐゆき姉と結婚するのに…。」

健人はわざと「結婚」と言う言葉を当麻に聞かせた。
当麻は、「そうだね…。」と答えるのがやっとであとは黙り込んだ。
初めて「結婚」と言う単語を口にした健人自身、その言葉の意味と
自分の本当の思いを考え込み、それ以上は何も言えなかった。


関係が新たになった三人の、また新しい一日が始まろうとしている。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.136 )
日時: 2011/05/03 11:25
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

結局健人と当麻は一睡もせずに夜を明かした。
話が尽きなかった事もあるが、なんせ日焼けした背中がヒリヒリ痛くて
とても寝れるような状態ではなかった。

「あーあぁ、とうとう朝になっちゃった。もう今日は東京に帰らなきゃ
ならないんだね。もうちょっと、ここにいたかったなぁ…。」
健人の言葉に当麻も同意した。

「ほんとだね。なんか東京帰るのが嫌になっちゃう。また明日から時間
と人に追われる生活に戻るんだよ!考えただけでも気が滅入る。」
当麻が深いため息をついた。

沖縄に来ると、帰りは誰しもそう思う。
せわしなく生きる毎日から逃れ、心と身体の癒しを求めにやって来て、
ゆったりと流れる沖縄時間に身をゆだねるうちに、いつしか心身共に
再生し、また日常へと戻る日がやって来る。
その時には皆が思うのだ。「あーあぁ、帰らなきゃならないのか…。」と。

「でも、楽しかったね!今度はまったくの仕事抜きで、時間を気にせず
この島に泊まりたい。また三人で来れたらいいよな、夕日を見に。」

「今度はちゃんと荷物を持って泊まろう!この状態で俺ら、誰にも
見つからないでホテルまで戻れるといいけど…。」
健人と当麻は、二人の間で熟睡している雪見のボサボサの髪と、ほぼ
すっぴんにまで剥げた化粧の顔を眺めながら、そうつぶやく。

と、その時、雪見がパッチリと目を覚ました。
「あれぇ?私もしかして寝ちゃってた?二人ともずっと起きてたの?」

「起きてたよ。当麻と二人でゆき姉の寝顔、ずっと見てた!
結構寝言いうんだね、ゆき姉って。面白かったよ!」

「やだ!変なこと言わなかった?」

「大丈夫だよ!それより、その頭は大丈夫じゃないと思うけど。」
健人が雪見の頭を指差す。

鏡で自分の姿を見た雪見は「最悪!」と一言叫んで、大急ぎで顔を洗い
ボサボサな髪を取りあえずの三つ編みにして輪ゴムで留めた。
それからさっと布団をたたんで、三人で朝食を摂りに下へ降りる。
食堂にはすでにおじさん手作りの、美味しそうな食事が並んでいた。

「うわっ!朝からご馳走!いっただっきまーす!」
三人は、「美味いっ!」と叫びながら、心づくしの朝食を平らげた。

「おじさん、本当にありがとうね!ご飯も美味しかったよ。
このTシャツもありがとう。着替えが無かったから助かった!」
と、雪見が頭を下げる。

するとおじさんは、真っ黒い顔から白い歯を覗かせ、笑って言った。
「十年位も前に、店にTシャツ置いてたなぁーと思い出してさぁ!
袋にほこりかぶってたけど、中は大丈夫そうだったから。
色男は何を着ても似合うもんだなぁ!」
そう言われて健人と当麻は、お互いの姿を眺めてうんうん!とうなずく。


そろそろ、この町を出発する時間がやって来た。
支払いを済ませ、三人は名残惜しそうにおじさんの車に乗り込む。
窓を全開にして、当分味わうことのできない竹富島の風を、顔全体で
感じてみる。
たった一日しかいなかったのに、なんだか故郷を離れる時のように
胸がきゅんと痛くなった。


高速船乗り場前で車を降り、おじさんに再度お礼を言い別れを告げる。
「おじさん!おばさんが入院中でも、あんまりお酒ばっかり飲んでちゃ
ダメだよ!ちゃんとご飯も食べて、一人でも頑張ってお店続けなきゃ!
今年はもう来れないと思うけど、来年になってまた猫の仕事に戻ったら
必ず来るからね。それまで元気でいてよ!」

実の娘のように心配する雪見の優しさに、おじさんは涙ぐんでいた。
「あぁ、待ってるさぁ!今じゃ雪見ちゃんだけがうちのお客みたいな
もんだからな。あんなボロい店でも、かあちゃんが生きてるうちは潰す
わけにはいかんし。少しずつ手直しして、今度雪見ちゃんが来る時まで
もうちょっと綺麗にしておくよ!その時には二部屋とは言わず、三部屋
でも四部屋でも使っていいから、またあんた達も一緒に来ればいいさぁ!」
おじさんは少し寂しげに笑って言った。
健人と当麻は、その場では詳しい事情は聞かなかったが、あまり良い
ことは想像していなかった。

石垣島行き始発の高速船が、すぅーっと岸壁を離れる。
いつまでもおじさんは、三人に向かって手を振り続けていた。
「おばさん、もうあまり長くはないみたい…。」
船のデッキに立ち、青い海を眺めながらぽつんと言った雪見の言葉に、
健人と当麻はやはり…と胸を痛めた。


十分で石垣港に接岸。急いで降りて逃げ込むようにタクシーに乗る。
三十分ほどでホテルに到着した。

タクシーを降りた健人たちが最初に出会ったのは、ホテルのロビーで
新聞を読んでいたスタイリストの牧田だ。
牧田は一目三人を見るなり、「なに、その格好!」と絶句した。
すっかりこの『チームうみんちゅ』姿が身体に馴染んだ三人は、牧田に
向かって「なにか?」という顔をする。
が、髪は洗いっぱなし、顔は日焼けして真っ赤、パンツはヨレヨレで、
どこからどう見ても昨日までのイケメン二人組とは思えない格好に、
「早く部屋に戻って着替えなさーい!」と牧田が叫んだ。

「雪見ちゃん。あなたも相当ひどい事になってるよ!話は後で聞くから
まずは部屋行って、シャワー浴びておいで!」
牧田の少し呆れたような顔に雪見は、「ごめんなさーい!取りあえず
部屋にもどりますっ!」と、すっ飛んで行った。

雪見が部屋の鍵を開けると、そこに愛穂の姿は無かった。
「あれぇ?どこか散歩にでも行ったのかな?」

シャワーを浴び着替えて化粧をする。やっと普段の姿に戻りホッとした。
荷物をまとめていても、愛穂が戻って来る様子は無い。
ホテルを出る時間になったのでロビーに降り、まずは集まってた皆に
三人が詫びを入れ頭を下げた。みんな、笑って許してくれて一安心。
「あのぉ、愛穂さんは?」と雪見が進藤に聞いてみる。

「あぁ、彼女なら昨日の夜、健人くん達が戻らないとわかると、急用が
できた!とか言って、最終で東京に戻っちゃったの!ありゃ、いかにも
面白くない!って顔だったわね。」
進藤の言葉に雪見たちは、益々東京に戻る気が重くなった。


石垣空港でみんなにお土産を買っていた時、すーっと当麻が雪見の隣り
に来て、小さな袋を手渡した。
「なに?これ。」 雪見が袋を覗き手のひらに中身を受けてみると、
それは沖縄ブルーをしたガラスのピアスであった。

「ゆき姉、いっつもピアスしてるもんね?これ俺からのカメラのお礼。
ゆき姉のお陰でまた写真始める気になった。これからよろしく!先生!
あ、このプレゼントの事、健人には内緒ねっ!」
それだけ言って、また当麻は離れた所へ移動した。


手のひらの青いピアスが、一瞬妖しい光を放ったように見える。
雪見は遠くに当麻の後ろ姿をじっと眺めた。












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