コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.312 )
日時: 2011/10/19 06:12
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

夏美に連れられて控え室に戻った雪見に、待ち構えていた今野がすかさず
グラスを差し出す。中には薄黄金色の液体が…。

「えっ?これって…。」
戸惑う雪見に今野が、いいから早く飲め!と急かした。

「これ、どう見ても白ワインですよね…?
もしかして私のこと…アル中だとか思ってません?違いますからっ!」
とんでもない勘違いをされてるかと焦って、全力で否定する。
確かに、酒好きであることは否定しないし、今まで数々の緊張する大舞台を、
酒の力で乗り切って来たことも確かだ。
でも、断じてアル中なんかではないことを強調した。

「そんなこと、思っちゃいないさ。ただの気付け薬だよ。
名付けて『酔拳作戦』だ!」
今野は、自分が考えた作戦だと威張ってる。

「何ですか?酔拳作戦って?」
ピンとこない様子の雪見に、今野はがっかりした。
我ながら、グッドネーミングだと思ってたのに…。

「お前さぁ。ジャッキーチェンの、あの名作を知らないのぉ?」

「あぁ!そう言えば見た事あります!『酔拳』ね!
お酒を飲めば飲むほど強くなって、千鳥足みたいなカンフーで、次々と
敵をやっつけるやつですよね!」

「やっと判ってくれたか!そうだ!だからお前も早く飲め!」
今野は突き出したグラスを、強引に雪見の手に握らせた。

「でも…。」チラッと横目で夏美を見る。

「いい?よく聞いて。あなたは、緊張さえ解ければ凄い力を発揮出来るの。
お願いだから飲んでちょうだい。時間が無いの!当麻と健人には時間が無いのよっ!」
夏美がしまいには金切り声を上げた。

「わかりました…。そうですよね。私だけがネックなんだもん…。
みんなに迷惑はかけたくない。」
そう言うと雪見は、手にした大ぶりのグラスを少し眺めたあと、水でも飲むかのように
ゴクッゴクッとワインを一気飲みしてしまった。
その飲みっぷりの良さには、さすがの今野と夏美も唖然としてる。

「うわぁー!めっちゃ美味しいです、このワイン!
飲みやすいから、いくらでも飲めちゃいそう!もう一杯貰ってもいいですか?」

「お、おう、飲め!解禁になったばかりのボージョレ・ヌーボーだ!美味いだろ!」
いきなりスイッチの切り替わった雪見にたじろぎながらも、空いたグラスに今野が注ぐ。
が、その数秒後には、またしてもグラスが空になってしまった。
恐るべし、雪見!

「ふぅ…。あー、美味しかった!ごちそうさまでした。
なんだかすっごくやる気が出てきたぞー!よっしゃ!SJのために変身といきますか!
じゃ私、スタジオに戻りますねっ。」
雪見は、明らかに別人になって控え室を出て行った。

「なんか…上手く行きすぎて怖いんですけど…。
あ!私も早く戻って、さっきの芝居の続きをしなくちゃ!嫌われ役も仕事のうち。
今野さんは証拠隠滅をお願いね!じゃ、先に行きます。」
夏美が雪見の後を追って、小走りにスタジオに戻ってみると…。

雪見は真剣な顔をして、監督に再び演技指導を受けている。
「セリフは『大好き!』の一言だが、声は録音されない。
口の動きだけで言葉がわかるように、はっきりと頼む。
それと、ここは三人の表情がアップになるシーンだ。
君は心を込めて、二人にセリフを言ってくれ。いいな?」

「わかりました。やってみます。皆さんよろしくお願いします!」
どうやらエンジンがかかったようなので、夏美はスタジオの後ろから、
取りあえずは様子を伺うことにした。

雪見の立ち位置である健人と当麻の間に入り、「さっきはごめんね!私、頑張るから!」
と、にっこり笑う。

夏美にきつく叱られてるだろうと心配していた二人は、雪見の豹変ぶりと
微かに漂った香りに心当たりがあり、お互い顔を見合わせた。
「もしかして、いつものパターン?」 「…のような気がする。」


「じゃ、本番行きまーす!」
スタジオ中に緊張が走る。もちろん注目を集めているのは雪見だ。

「よぉーい、スタートッ!」
監督の声を合図に三人の演技が始まった。

大切な仲間との繋がりを歌ったSJのデビュー曲『キ・ズ・ナ』
PVのメインはこの三人だが、同じ事務所の若手俳優仲間たちもワンカットずつ
「大好き!」と言ってる表情が、友情出演的に使われる。
そしてこの三人の演技はというと…。

雪見が健人と当麻の首に腕を回し、グイッと二人の顔を引き寄せながら
「大好きっ!」と言うシーンなのだが、監督からNGが出されてしまったのだ。
雪見は自分に出されたNGだと思い、「ごめんなさーい!」と謝ったが、
監督が出したのは健人と当麻に対するNGだった。

「おいおい!せっかく雪見ちゃんがいい演技したのに、プロの俳優二人が、その表情はないだろっ!
大好きな仲間に対して言った『大好き!』なのに、なんで愛を告白された!
みたいな顔しちゃったわけ?」

二人は『しまったぁ!』とバツが悪い。
そんなつもりはなかったのだが、雪見の演技とは思えない迫真の「大好き!」に
ついつい胸がキュンとして、顔が勝手にそうなってしまったのだ。

「ごめんなさい!私の言い方が悪かったですね!気合いが入り過ぎました。
今度は『NG出しやがって!だけど好きだよ!』バージョンでいきますねっ!」
雪見が茶目っ気たっぷりに笑いながら言うと、周りからドッと笑いが巻き起こり、
張りつめた空気が一気にまろやかになった。

それをきっかけに撮影はスムーズに進み出し、スタジオの中庭に場所を移しての撮影も、
天気に恵まれていい絵が撮れたようだ。

「よしっ!SJのPV、オールアップだ!お疲れっ!」
監督の終了宣言に、みんなから拍手が湧き起こる。

「よっしゃあ!お疲れ様でしたぁ!ありがとうございまーす!」
健人もスタッフに向かって、ねぎらいの拍手を送る。

当麻は、「腹減ったぁ〜!メシにしよう!俺、手伝うよ。」と率先して中庭に弁当を運んだ。


小春日和の柔らかな空を見上げ雪見は、山を一つ乗り越えた心地良い疲労感に満足していた。

さぁ、次はいよいよ私の番!気合いを入れ直して頑張るぞっ!











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.313 )
日時: 2011/10/21 15:14
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

昼食休憩を終えた午後一時過ぎ。
今度はロケバスで、少し離れた白樺林へと移動した。
木漏れ日差し込むこの場所が、『YUKIMI&』のPVのメインステージとなる。

「よし!準備を急いでくれよ!あっという間に日が傾くからな!
最初は雪見ちゃんの歌ってるシーンからだ。
その後、当麻と雪見ちゃんのシーン、健人と雪見ちゃんのシーンの順で行く!」
監督の大声が林に響き渡った。

ここからは、『YUKIMI&』のキャラクタープロデュースを担当する、
夏美も加わっての共同作業だ。
この場所もPVの衣装もストーリーも、すべて夏美が『YUKIMI&』のイメージに
こだわり抜いて決定した。

今まで、数多くの新人をプロデュースしてきた夏美だったが、なぜか雪見には
とりわけ力が入る。
出会った頃は、三つ年下の雪見のあれもこれもが鼻につき、ただ業務命令として
仕事を淡々とこなすのみだった。
それがどうした事か、今はこのプロデュースに夢中になってる。
なぜだろう…。

その理由を、最近夏美は見つけ出した。
私は雪見を通して、はかない夢を見ているのではないか?
遥か昔に諦めた夢を、雪見の身体を通して、疑似体験しようとしているのではないのか、と…。


夏美は十代の終わりに、歌手を目指していた時期がある。
自分で作詞作曲をした、青春や淡い恋の歌を、路上でギターを弾きながら歌っていたある日。
「デビューしてみないか?」と、ある事務所にスカウトされた。
夢のような話に、親にも相談せず二つ返事で承諾。

だが…。その事務所は夏美に、セクシー路線のキャラクターを強要した。
大きな胸を強調するような、水着みたいな衣装。
きわどい歌詞に、セクシーポーズの振り付け。
何一つ、自分の思い描いてたものとはかけ離れていた。
自分の身体を憎んだ。この口元のホクロが悪い!この大きな胸が悪い!
こんな身体に産んだ親が悪い!…と。

それっきり…夢は諦めた。人目に付くのも怖くなった。
なるべく胸の目立たない地味な服を選び、口元のホクロはコンシーラーを重ねて薄くする。
目鼻立ちのはっきりした、美人顔と呼ばれた顔には眼鏡を掛けた。
これでいい。もう、ひっそりと生きて行こう…。

それから四年ほどが過ぎ、心の傷もだいぶ癒えた頃。
とある居酒屋である男性と出会い、仕事の話で意気投合した。
夏美は大学を卒業してイベント会社の事務職につき、男性は芸能事務所にいると言う。
それが今の事務所の、小野寺常務との出会いだ。

十歳年上の小野寺は、当時マネジメント部長に就いたばかり。
始めはトラウマ的に、芸能関係者なんてと身構えていた夏美だったが、
小野寺の話に浮ついた話題はなく、仕事としてのマネジメント業務を熱く語り、
また勉強になる話もたくさんしてくれた。
何度か同じ居酒屋で顔を合わせ話をするうちに、いつしか夏美の中で
「私もやってみたい!」という思いがつのり、小野寺の紹介で転職したのだった。

あれから十三年…。
小野寺は、若きやり手の常務取締役になり、夏美はその片腕として期待されている。
夏美が入社当初から、何度か小野寺との関係を噂される事もあったが、
今も昔も二人の関係は、ビジネスパートナー以外の何者でもなく、お互い
恋愛感情など湧いたこともない。

夏美が小野寺から学んだキャラクタープロデュースの極意は、
「今備わっているものを最大限に生かせ!」というシンプルな事だ。
人間、持ち合わせていない物を後からくっつけても、結局は身体に馴染まず
ただの張りぼてになり、それさえもいつかは剥がれ落ちてしまう。
だったら、今持っているものの幅を少しずつ、最大限にまで拡げてやる事、
本人の気付いていない引き出しを開けてやる事が大切、と教わった。

だから…夏美も自分自身を覆い隠すのはやめにした。
この身体は持って生まれたもの。なにも恥ずべきことでは無いと思えてから
身も心も軽くなり、性格も前向きに変わっていったのだ。
今ではこの仕事が天職だとさえ思える。

そんな夏美が、雪見を通して夢を見ていた…。



「撮影の準備ができたから、ロケバスから雪見ちゃんを呼んで来て!」
監督の声に、スタッフが飛んでいく。

「スタンバイ出来ました!お願いします!」 「は、はいっ!」

スタイリスト牧田と共に降り立った雪見の姿に、みんながどよめいた。
あちらこちらから聞こえる賞賛の声に、夏美は嬉しそうに「フフッ!」と笑ってる。

白に近いベージュの、フレアたっぷりのノースリーブワンピース。
丈は前身ごろが膝上で、後ろが少し下がっている。
足元には焦げ茶色のレースアップブーツを履いていて、背中にはなんと
大きな翼が付いていた。

「女神様みたい…。」

当麻と共に、ディレクターズチェアーに座って出番を待ってる健人が、思わず呟いた。
あまりにも美しすぎて、それ以上の言葉が出てこなかった。
しばらくボーッと見とれたあと、隣の当麻に感想を聞いてみる。

「どう思う?」

「…寒いと思う。あれじゃ、ベンチコートも着れないや。」

確かに、健人と当麻を始め周りは全員、ベンチコートを着ていた。
十一月も後半の軽井沢では、間違っても小春日和に騙されて、こんな格好をしてはいけない。


「は、はっくしゅん!あのー、寒過ぎなんですけどぉー!」

雪見の叫びが、晩秋の白樺林にこだまする。
その日の夜、雪見が熱を出したのは言うまでもない。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.314 )
日時: 2011/10/23 06:30
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「カンパーイ!お疲れぇ〜!!」

午後九時。
東京に戻ってザッと後片付けを終えてから、お洒落なイタリアンレストランを貸し切って、
PVの打ち上げ立食パーティーが行なわれた。
無事予定通りに撮影が終了し、関係者一同、心から安堵してお互いをねぎらう。
あちこちで今日の撮影を酒の肴に、話が盛り上がっていた。


「いやぁー、無事今日中に終って良かった!本当に良かったよ!
スタートがあんなんだったから、どうなることかとヒヤヒヤだったもんな!」
若い撮影スタッフがピザを頬張りながら、「あんなんだった」雪見の様子を振り返る。

「ホント、俺も『マジかよ、こいつぅ!?』とか思ったもん。
事務所が押してる意味がわかんなかった。
だって、猫カメラマンでしょ?はっきり言って、ド素人でしょ?」

「それが…。」 
二人が声を揃えて言ったあと、店の真ん中のテーブルに健人達といる雪見を見た。

「綺麗だったよなぁ、本当に。白樺林に溶け込んで、森の妖精みたいだった。」

「うん!歌もめちゃくちゃ上手かったし!でも33歳なんだって?
惜しいよな、年が…。もうちょっと、若かったら良かったのに。」
残念そうな二人の後ろから、突然声が覆い被さった。

「33歳の、どこがいけないわけっ?」

「な、夏美さんっ!」
振り向くと、ワイングラスを持った夏美が仁王立ちになっている。
ピューッと二人は、散り散りになって逃げ去った。

「ほんっとに近頃の若いもんは!何でも若けりゃいいと思ってんだから!
あら、常務!お疲れ様です!出張から真っ直ぐこちらへ?」
今来たばかりの小野寺が、スタッフからワイングラスを受け取り、夏美の元へ歩み寄る。

「あぁ、早くみんなの顔が見たかったんでね。で、若いもんがどうしたって?
いや、まずは乾杯しよう。お疲れ!」
二人はにこやかにグラスを合わせた。

「監督にチラッと話を聞いたよ。いいのが撮れたって。えらいご機嫌で安心した。
小林も良く頑張ったな!結構大変だっただろ?彼女。」
小野寺が、笑いながら雪見の方を振り返る。

「えぇ、まぁそれなりに。でも…彼女には楽しませてもらいました。
常務にも感謝してます。私にこんな仕事をくださった事…。」
夏美は束の間に見た夢を思い出し、いつもの表情とは違う穏やかな顔をして
小野寺に微笑み返した。

「珍しいな、お前から感謝されるなんて。今夜は雪でも降るのかな?」

「失礼な!私、入社前から常務には、感謝しかした事ありませんけど?」
そう言ってまた夏美が笑う。
小野寺は、いつになく夏美が笑顔でいることが嬉しかった。

「じゃあちょっと、今日の主役三人組に挨拶してくるかな。」
雪見たち三人のテーブル周りには、たくさんの人が集まっていたが、
常務が近付いて来たとわかると、皆さっと場所を空けてくれた。

「よっ!お疲れ!無事終って良かったな!」
ワイングラスをかかげて、一人ずつと乾杯する。

「ありがとうございます!なんとかクリアしましたっ!
まぁ俺と健人は、芝居に関しては本業だから問題なかったんですけど、
この人が…ね。」
当麻がニヤニヤしながら、隣の雪見に視線を移した。

「なによっ!私なんか、本番で一度もNG出してないでしょ!
アンタ達二人でしょ、いきなりNG出したのはっ!
常務ぅ!聞いて下さいよ!この二人…。」
雪見が小野寺の腕にしがみつきながら、撮影中の様子を訴える。
が、その瞬間、小野寺はおやっ?と思った。

「おいおい!もう早酔っぱらってんのか?まだ始まったばかりだぞ!
どんなピッチで飲んでんだか、まったく。」
呆れ顔で雪見の腕をほどきながら、健人に小声でささやいた。

「どうやら雪見は熱がありそうだ。適当な所で雪見を連れて先に帰れ。
あとは俺と当麻で繋いでおくから。ちゃんと看病してやれよ。」

「えっ!?」

雪見が熱を出していたことにも驚いたが、もっと健人が驚いたのは、
小野寺が二人の同棲を、知ってるかのような口ぶりだったことだ。
事務所でその事を知っているのは、二人のマネージャーと当麻だけのはず。
いや、自分の思い過ごしか?親戚として、家まで送って看病しろって意味なのか?

まさか真意の程を直接聞くわけにもいかず、健人はモヤモヤを抱えたまま、
さりげなく雪見の手を握って熱の具合を確かめた。

「熱っ! ゆき姉っ!」 
あまりの高熱に、思わず健人が大声を上げてしまう。

『まずい!熱があること、みんなにばれちゃう!』
雪見は、次に発しようとしてる健人の言葉を阻止すべく、とっさに芝居をする。

「やだなぁ、健人くん!そんなにあの時の私の演技、熱かった?
NG出さないように、私だって必死だったんだから!」
と、かなり苦しい芝居だったが…。

結局雪見は、「先に帰ろう!」と言う健人の忠告も聞かず、一次会の最後まで
笑顔で平成を装い、いつも通りに酒を飲んだ。


「よっしゃあ!じゃ、二次会はみんなでカラオケ行くぞー!
雪見ちゃんの歌を聞きたい奴は、ついてこーい!」
監督が上機嫌で場を仕切るが、健人はこれ以上雪見を連れ回す訳にはいかないと、
慌てて待ったを掛ける。

「すみませーん、監督!ゆき姉、飲み過ぎちゃって、もう駄目みたいでーす!
俺、家まで送って来ますから、みんなで先に行っちゃってて下さい!」

「あれ、ほんとだ!ずいぶん真っ赤な顔しちゃって!
かなりの酒豪って聞いてたけど、さすがに今日は飲み過ぎたか!
じゃ、当麻の歌を聴きたい奴は、ついてこーい!」
みんなが楽しそうに、ワイワイとお喋りしながら店を出る。
雪見と健人の元に、当麻と小野寺がさり気なく近づき声をかけた。

「こっちの事は心配すんな!俺たちに任せて早く帰れ。
健人も、今日はもう戻って来なくていいからな!これは業務命令だ!
それと雪見!あんまりムリすんなよ。
小林が謝っといてくれ!って。ずいぶんと寒い格好させられたんだって?
自分のせいで熱出したって、済まなそうにしてたよ。」
小野寺の言葉に雪見はびっくりした。

「夏美さんのせいなんかじゃありません!私の自己管理が悪かっただけです!
夏美さんに伝えておいてもらえますか?
夏美さんのお陰で、『YUKIMI&』に成り切る覚悟が出来た、って。
感謝してるって、伝えて下さい。」
真剣な顔で訴える雪見に、小野寺は笑顔で答える。

「よし、わかった!伝えておくよ。これからはどんな格好でもOKだってね!」

「えーっ!そういう意味じゃありませんからぁ!」


四人の笑い声がキラキラ輝く星になって、夜空に溶けてゆく。
これから踏み出す新たな世界へと、ギュッと絆を一つに結んで…。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.315 )
日時: 2011/10/26 06:00
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「はぁぁ…。駄目だなぁ私って。なんでこんな時に熱出しちゃうんだろ。
打ち上げ、楽しみにしてたのに…。」
二次会を断念した帰りのタクシーの中。
隣の健人にもたれ掛かった雪見が、深いため息をつく。

「今日は仕方ないでしょ。相当熱あると思うよ。だって、めっちゃ熱いもん!」
雪見のおでこに手を当てた健人が、「寒くない?」と聞きながら自分のストールを外し、
雪見の首にクルクルッと巻いてやる。

「ありがと。健人くんは折り返し戻ってね。みんなが待ってる。
私なら心配いらないよ。帰ったら大人しく寝てるから。」
高熱のせいか、雪見は肩で息をしていた。

「こんな病人置き去りにして、自分だけ飲みに行くような、薄情な奴に見える?
いいんだよ、一次会はきっちり出たんだから。
きっと今頃当麻が、俺たちの分も盛り上げてくれてるさ。
それに常務が『業務命令だ!』って言ってただろ?業務命令違反は減給処分なのっ!」
そう言って健人が笑って見せる。
いつも、さり気ない健人の優しさに、雪見は救われるのだった。


夜が明けて朝7時。雪見はそっとベットを抜け出しシャワーを浴びる。
一晩中汗をかいたお陰で、どうやら熱はほぼ下がったようだ。
今日の午前中は撮影の予備日だったので仕事はない。
午後二時からは三人で、ツアー告知ポスターの撮影がある。
昨夜遅くまで台本を読みながら看病してくれた健人は、ギリギリまで寝かしてやろう。

雪見はコーヒーを落とし、カフェオレを作ってからパソコン前に座る。
高熱の後で少し頭は重たいが、どうやら風邪では無かった事に安堵し、
早速仕事の続きに取りかかった。

宇都宮のためにパソコン上で作ったアルバムを、一ページずつプリントアウトする。
愛しそうに猫に頬ずりする顔。みずきのことを、父親の優しい眼差しで見つめる横顔。
二人で寄り添い、健人の写真集を覗き込みながら見せる笑顔。
そこに写し出されているのは、眼光鋭い大俳優の顔ではなく、完全に素に戻った
娘を想う父の顔であった。

それを眺めてた雪見が、ふと亡くなった父を思い出す。

死んでから、もう23年も経つんだ。早いなぁ…。
父さんが生きてたら、今の私を見てなんて言うだろう。
ふらふらと色んな事に首を突っ込んで!って、カメラマン一筋に生きた父さんなら怒るかな。
それとも、たった一度きりの人生なんだ。好きなように、思い残す事なく生きなさい、
と励ましてくれるかな。
あ、でもその前に、33にもなって、まだ嫁にも行ってないのか!って
渋い顔をするかもね。
ごめんね、父さん。それはムリだわ。
だって私、あんな若いアイドルを彼氏にしちゃったんだから…。

宇都宮の写真に父の顔を重ね、久しぶりに心の中で対話していると、
寝室から『あんな若いアイドル』が起きてきた。

「おはよ!もう仕事してんの?熱は?」
びっくりしながら健人が後ろからおでこに手を回し、雪見の熱の具合を確かめる。

「うん、まぁまぁかな?これ、この前写した写真?」
焼き上がったばかりの一枚を手に取り、ワンショットずつ眺めた。
やっぱり雪見は凄いカメラマンなんだと改めて思う。
あんな大俳優が、人生最後の時を飾る大事な写真を、この人に託すのだから…。

「早く宇都宮さんに見せてあげたいの。仕事の前に病院へ届けようと思って。
そうだ!健人くんも一緒に行かない?宇都宮さん、健人くんの写真集見て、
会ってみたいって言ってたんだよ!健人くんと当麻くんに。
これからの日本を背負って立つ二人に、伝えておきたいことがあるって…。」

「えっ?」

雲の上の存在である大先輩の言葉が、嬉しくないはずはない。
だが…。その言葉に応えられるだけの実力が、果たして自分には備わっているだろうか。
託される言葉が、自分たち若手俳優への『遺言』となる事が判っているだけに、
二つ返事で「行く!」とは言えなかった。

「もう…会えなくなる人なんだよね、一生…。
私、演技の事はよくわからないけど、もし自分と同じ職業の大先輩が、
最後に何かアドバイスをくれるとしたら、私はその言葉を聞いてみたい。」
雪見は、亡くなった父のアドバイスを聞いてみたいと思った。
大先輩のカメラマンである、父の言葉を…。

「当麻…。じゃ当麻も連れて行きたい!俺一人なら、何を話せばいいのかわからないけど、
あいつと一緒なら、色々聞いてみたいことがある。」

「ほんと!?二人が来たら、絶対宇都宮さん、喜んでくれると思う!
ねぇ!当麻くんに電話してみて!車で迎えに行くからって。」

健人が「あいつ電話に出るかなぁ。」と言いながら、ケータイを取り出す。
確かに、二日酔いでダウンしてる気もする…。が、予想外にすぐ電話が繋がった。

「もしもし、当麻?俺だけど!昨日は悪かったな、一人で宴会係やらせちゃって。
もしかして二日酔いでぶっ倒れてた?え?飲んでる暇なかったって?ゴメンゴメン!
あのさぁ、仕事前に宇都宮さんのお見舞い行くんだけど、お前も一緒に行かない?」
健人からの突然の誘いに、ケータイの向こうから叫び声が聞こえた。

「うそっ!?マジ俺も一緒に行っていいの!?やばっ!どんなカッコしてけばいいんだろ?
めっちゃ緊張する!えー!少し酒臭いかな?どーしよう!!」

「なに、テンパってんの?一人で。そりゃ大先輩に初めて会うんだから
俺も緊張はするけど、別に怒られに行く訳じゃないんだから…。
十一時頃迎えに行くって、ゆき姉言ってる。んじゃ、後でね!」

電話を切ったあと、当麻の慌てっぷりを健人から聞き、雪見は大笑いした。
「それってまさしく、彼女の親に初めて会う彼氏の、王道の反応だよねー!」

「えーっ!?そうなのぉ!?そーいうこと?当麻とみずきって、デキテんのぉ?」

「いや、これからそうなると思う。私が見る限り、まだ付き合ってはいないな!
キャー!当麻くんの反応が楽しみっ!こうしちゃいられん!早く完成させなくちゃ!」

雪見は大急ぎで最後の仕上げに取りかかる。


だが、みずきに連絡することを、出掛ける直前まですっかり忘れていた。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.316 )
日時: 2011/10/28 13:08
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「当麻くん?雪見だけど。もう出掛ける準備出来てる?
じゃあ、これから迎えに行くから。着いたらまた電話する。後でね!
…よし!出発しますか!」
健人を助手席に乗せた雪見が、マンションの駐車場で車にエンジンをかける。
が、すぐに健人が「待った!みずきに連絡した?」と聞いてきた。

「あ!してない!忘れてたぁ!早く電話しなきゃ!」
慌てて雪見がみずきに電話する。今日も朝から病院にいるはずだ。

「あ!もしもし、みずきさん?雪見です!今、話して大丈夫?
あのね、これから写真を届けたいんだけど、宇都宮さんの体調はどう?
そう、この前写した写真。え、大丈夫?じゃ、これからそっち向かうね!
あぁ、そうだ、健人くんと当麻くんも一緒なんだけどいいかな?」

…と聞いたと同時に、「えーっ!?うそーっ!当麻も来るのぉー!?」
と、隣の健人にも聞こえるくらいの絶叫が、雪見の耳を直撃した。

「び、びっくりしたぁ!ごめん!健人くんたちはまずかった?
いや、すぐは着かないよ。今うちのマンションだから、これから当麻くんを迎えに行って、
途中でお花屋さんに寄ってから行こうと思ったんだけど…。
だったら大丈夫?あー、良かった!ごめんね!突然で。じゃ、また後で!」

電話を切ってから雪見は、みずきの慌てっぷりがおかしくて大笑いした。
「あはははっ!みずきさん、可愛いーっ!当麻くんも一緒だって言ったら
『メイクしてないのにーっ!』って慌ててた!」

「あいつ、この前まで俺たちとすっぴんで会ってたじゃん!何を今さら。」
健人が「ようわからん奴だ!」と小首を傾げる。

「だーかーらぁ!今は二人とも、そーゆー時期なのっ!案外にぶいね、健人くん。
病院着いたら二人の様子を観察してみ!楽しいから。
じゃ当麻くんを拾ったら、少しお花屋さんで時間稼ぎしようか。みずきさんのために。」

「どんだけメイクに時間掛かるんじゃ!今度からは真っ先に連絡入れてやれよ!」

「そうだね、反省反省!そんじゃ、出発!」


当麻のマンションに着くと、すでに当麻は外に立っていた。
「おはよー!」と、実に爽やかに車に乗り込んでくる。
打ち上げで朝方近くまで、飲んで騒いでたはずなのに…。

「おはよ!昨日はごめんね!二人とも先に帰っちゃって。
二次会はどうだった?楽しかった?」
雪見は、車を発進させながら当麻に聞いた。

「めっちゃ疲れた!あの人数を俺一人で盛り上げるのはムリがある!
常務がいつものマジックショーをやってくれたから、まだどうにかなったけど…。」
当麻がぶーたれた顔をする。

「ごめん!本当にごめん!もう熱出さないから。
お詫びにと思って、宇都宮さんのお見舞いに誘ったんだけど、疲れてたんなら
仕事まで寝てた方が良かった?」
どう見ても当麻は、父親受けしそうな服を選んで着ていた。
それを見抜いてわざと意地悪く聞いたのだが、可笑しくて笑いを堪えるのが大変だった。

「え?い、いや別に、疲れたっちゃー疲れたけど、せっかく誘ってくれたのに、
断るのも悪いじゃん!
それに俺、若い頃の宇都宮勇治に似てるってよく言われるから、一度本人に
会ってみたいと思ってたんだ!で…みずきも居るの?」
雪見が、ルームミラー越しに目撃した、当麻の嬉しそうな顔に堪えきれず
クスクスと笑い出す。

「な、なに笑ってんのさ!あ!このカッコおかしかった?もっと地味な色が良かったかな?
えー!ちょっと着替えに戻りたいんだけど!」
当麻の慌てっぷりには健人も爆笑した。

「わかりやすっ!久々に見たわ!お前のそーいうの。
大丈夫、大丈夫!どんなカッコでも当麻くんはイケてますから!
さー、とっとと花屋寄って病院行こ!」


病院に行く途中にあるお洒落で小さなお花屋さんは、雪見の行きつけの店だ。
大好きなアンティーク雑貨でコーディネートされていて、細長い店の奥には
四人掛けテーブル一つ分の、カフェスペースが併設されている。

「こんにちはー!」
古い木戸を押し開けた雪見を、五十近くのヒゲの店主が笑顔で迎え入れた。

「あ、雪見ちゃん、いらっしゃ…い!あれ?なんか見たことある人だ!」
雪見の後から入ってきた当麻を見て、店主が驚いてる。
だが当麻も同時に驚いた。

「え?男の花屋さん?しかも、どっかで会ったことあるような…。」

「ふふふっ、そう思う?この人ね、『どんべい』のマスターの弟さん!マスターに似てるでしょ。
あれっ?ママさんはいないの?」

「今、配達に出たとこ。で、今日のご注文は?」
場所柄、よく芸能人が来るらしく、店主は当麻に一度驚いたきりで、
あとは普通の顔をしてる。

花に興味の無い健人は車で待ってると言ったのに、当麻は「一緒に行く!」
と付いて来たのだ。どうやら自分も何か買いたいらしい。誰かさんのために…。

「病院にお見舞いに持って行く、アレンジメントが欲しいの。大体一万円ぐらいで。」

「男性?女性?いくつくらいの人?雰囲気は?」

宇都宮の顔を思い浮かべ、「あ!この人をおじいちゃんにしたような人!」
と当麻を指差すと、店主は「OK!任せといてっ!」と雪見に小さくウインクした。

夫婦でやってる店なのだが、他店にはない品揃えの花が多く、また夫婦共にセンスが良いので
お任せで作ってもらうアレンジメントは、誰にプレゼントしても大層喜ばれる。
いつもはその手際よい手さばきを、カフェでお茶しながらうっとりと眺めて待つのだが、
今日はそうもいかなかった。
当麻がみずきへの花を、あーでもないこーでもないと悩むのに付き合わされた。

「なにこれ?みずきさんにどーゆー目的で渡すお花?」

「も、目的ってなんだよっ!理由がなきゃ花って、やっちゃダメなわけ?ただの手土産!
人を訪問する時は、何か手土産を持って行け!って親にしつけけられたのっ!」

「じゃあ、お店にお任せでいいんじゃない?」
「それじゃ気持ちが伝わらんでしょーが!」
「だから、どーゆー気持ちよっ!もう、バレバレだからね!言っとくけど。」


宇都宮への大きなアレンジメントが完成してもなお、当麻は腕組みして真剣に悩んでる。

彼女への想い、届くといいね!
けど、健人くんがしびれ切らして待ってるから、早くしてっ!



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