コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.36 )
日時: 2011/03/15 09:16
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

二人で恋人記念日の祝杯をあげた翌日。


「あ痛ぁ…。さすがに今日は俺、ヤバイかも。
頭ん中がぐわんぐわん鳴ってる。」

「私も同じ。完璧にマスターにしてやられたって感じ。」

「お祝いしてくれるのは嬉しいけど、朝の四時までワインはきついわ。
結局、全部で何本空けたんだろ?」

「わかんない。まぁ、かなり空けたことは確かだわ。
もっと早くに帰れば良かったね。
閉店時間までいたから、マスターに捕まっちゃった。

今日は撮影、無理だ!ファインダー覗いても焦点が定まらない。
今野さんに叱られるから、一応撮ってる振りはするけど、
今日の写真は無しね。
健人くんのその目はまずいでしょ、写真に残したら。」

「俺って寝不足とかすると、すぐ目にきちゃうから困るんだよなぁ。
しかも花粉症も相当きてる。目薬差さないとヤバイ!」



二人でドラマ撮影スタジオの片隅で、こそこそ話をしていると
健人のチーフマネージャーの今野さんがやって来た。

そして険しい顔して二人に、

「今日の仕事はこの撮影だけにしたから、これが終わったら
二人で事務所に来るように。」

と、それだけを伝えてまた足早にどこかへ行ってしまった。



「やっばー!二人して二日酔いなのがばれちゃった!
今野さん、相当怒ってるんじゃない?
だってこの後、新聞と雑誌の取材も入ってたんだよ。
それをキャンセルしちゃうなんて、かなり怒ってる証拠だ!」

そう健人が言ったが、雪見は何かがおかしいと思っていた。


「ねぇ。今日のみんなの様子、なんか変じゃない?
昨日までと全然空気が違う気がする。
だいたい、いつも健人くんの周りにはたくさんの人が集まってるのに
なんで今日は誰も寄って来ないの?おかしいと思わない?」

「そう言われてみれば、なんか雰囲気が違う気もする…。」



二人は、正体の掴めない不安に周りを包囲されていた。

なにがこの先待っているのだろう……。

健人は演技に集中することで、その闇からの脱出を試みた。
だが、もがけばもがくほど深みにはまってゆき、
足が着くことは結局なかった。



その日の撮影が終わり、その場から逃げるように
事務所へのタクシーに乗り込む二人。

しばらくは沈黙が続いた。


「なんだろうね。絶対にみんなおかしかった。
誰も私の近くに来ないし、話しかけてもこない。
なんか、みんなに無視されてた気がする…。」

雪見がうつむきながらそう言った。

健人もまったく同じ事を思っていた。
だが、返事ができなかった。


「今野さんは私たちに、何を言おうとしてるんだろ…。
私、事務所に行くのが怖い…。」

雪見が、膝に乗せたカメラバッグをぎゅっと抱え込むと、
健人はゆっくりと雪見の肩を抱き寄せた。


「大丈夫。俺が必ずゆき姉を守るから。
どんなことがあっても、必ず守ってあげるから。
大丈夫だよ、大丈夫…。」

健人は自分に言い聞かせるように、前を見据えた。

雪見は、健人の温もりを肩に感じながら、
これから待ち受けているであろう困難に、
私自身も立ち向かわなければならないと、冷静さを取り戻して行った。

健人の盾になるのは私でなければならない、と…。




健人の所属事務所に到着。
ビルの足元に立って、上を見上げる二人。

「よし、行こうか。」 「うん。」


八階までのエレベーターの中。
二人は固く手をつなぎ合っていた。お互いの心を確かめるように。


八階到着の合図が鳴ると、二人はスッと手を離し表情を引き締めた。

健人が先頭を切って事務所の中を進む。
なぜかみんな、顔を上げようとしない。やっぱり変だ。

覚悟を決めて、今野の待つ応接室のドアを開けた。



「失礼します!」

「おう、お疲れ!どうだった?今日の撮影は。
まぁ、二人とも中に入れや。どうぞ、浅香さん。」

「はい、失礼します。」


雪見と健人は二人並んで、今野の前に腰を下ろした。


「今日ここに呼ばれた理由はわかるか?」


心の準備が整わないうちに、いきなり本題に入られて
二人は内心焦っていた。

だが、平静を装って健人が「いいえ」と答える。

本当は、「二日酔いの件ですか?」と聞こうと思ってたのだが
どう考えてもそんな雰囲気ではなかったので、やめにした。

雪見も真っ直ぐに今野の目を見つめていた。



「実はな。昨日の夜、週刊誌数社から問い合わせのメールがきてな。

それが、『斎藤健人と健人の写真集の専属カメラマンが恋愛関係にある、
という情報が入ってきたが、それは事実か』という内容だったんだ。」

「えっ!誰がそんなことを!!」


健人と雪見は心臓が止まりそうなくらい、驚いた。
すぐには次の声が出てこなかった。


「でな。まずは本人に事実確認をしてからじゃないと答えられない
と、取りあえずは返信しておいた。」

今野は健人から視線を外さずに、表情一つ変えないでそう言った。


「健人の専属カメラマン、とは浅香さん、あなたのことですよね。」

今野はまばたきもせずに、じっと雪見の目を見て話す。

雪見は、ここで視線を外したら私の負けだと思い、
今野の瞳を見つめ続けた。


「はい。昨夜その話が出たと言うのであれば、たぶん私の事で
間違いないと思います。」

雪見も、ひたすら平静さを装って、落ち着いて話すことに努めた。


「それでは、君たちが恋愛関係にある、と言う噂は本当なのか、
あるいは全くのデマなのか。
それを君たちの口から教えてくれ。事実…なのか?」


雪見は、心臓の鼓動が辺りに聞こえるのではないかと思うほどの
緊張感に包まれていた。

健人もまた、追いつめられて崖っぷちに立たされているような、
絶体絶命感を覚えていた。


黙りこくる三人。誰もお互いの視線を外そうとはしなかった。


しばらくの無音のあと、健人が雪見の隣で小さく「ふぅぅ」と
息を吐き出したのが聞こえた。

そして、意を決してこの沈黙を打ち破るように健人が
「それは、事実で…」と言いかけると
その声を打ち消すほどの大声で、「事実ではありません!」
と、雪見がソファーから立ち上がって叫んだのだ。


「事実ではありません。ただのデマです。
私と健人くんは、ただの親戚以外の何者でもありません…。」

冷たく雪見が言い放った。



隣で話す雪見の声が、健人には遙か遠くに聞こえる気がした。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.37 )
日時: 2011/03/06 06:01
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「事実ではない…と言うんですね。それは本当ですか。」

今野が雪見をにらみつけるように言う。


雪見は、声を出したことによって少し心が落ち着いていた。
ソファーに座り直し、
   
   大丈夫、うまくやれる。大丈夫…。

自分におまじないをかけてから、毅然とした態度で話し出す。
冷静に、冷酷に。まるで女優のように…。



「今野さん。今回の件、大変ご迷惑ご心配をおかけしまして
申し訳ありませんでした。
事務所にもご迷惑をかけたとしたら、それはすべて私の責任です。
たとえ健人くんと親戚関係にあったとしても、
私が事務所と仕事の契約を交わしたのであれば、
もっと俳優の斎藤健人に対し、配慮すべきだったと反省しています。

素顔の斎藤健人を撮ろうとするあまり、私が公私混同して
健人くんに近づきすぎました。
端から見ると、それが今回の噂に繋がったのだと思います。
これからは、これだけ世間に影響力のある斎藤健人の
専属カメラマンなのだという自覚をもって、
仕事に臨みたいと思います。
本当に申し訳ありませんでした!」


そう一気に言って雪見は立ち上がり、今野に対して深々と頭を下げた。


それまで、突然の雪見の謝罪を夢の中で聞いているかのようだった
健人も、ハッと我に返り慌てて立ち上がって頭を下げる。


「俺も軽率でした!ゆき姉が…いや、雪見さんが俺の写真集を
撮ってくれることになって、ちょっとはしゃいでました。
もっと仕事の現場なんだと言うことを、意識しなきゃいけなかった。
本当に申し訳ありませんでした!」


二人の様子を、今野はじっと観察するように見入っていた。

そして、何かに区切りをつけたかのように
やっと柔和ないつもの顔に戻って、穏やかに言った。


「まぁ、座って下さい。お茶でもどうぞ。
二人の言い分はきちんと受け止めました。
今回のことは、私にも責任があると思っています。
健人のチーフマネージャーでありながら、
周りへの配慮が少し足りなかった。

健人と浅香さんが、仲の良い姉弟のようだというのは
最初から思っていたことです。
それを知っていながら、周りへの配慮を促さなかった私にも
落ち度がありました。申し訳ありません。」


「いえ、今野さんに謝っていただくことは何もありません!
私たちの方こそ、ご迷惑をおかけしました!」


雪見は再度頭を下げながら、なんとかこの場を収めることができそうで
心底ホッとしていた。

それと同時に心に余裕が出てくると
今回の噂が、どこから流れて来たものなのかが知りたくなった。
雪見には、黒幕にピンとくる者があった。



「あのぅ、今野さん。今回の噂の出所に心当たりはありませんか?」

「いや、出版社からのメールには詳しいことは何もなかったが…。
浅香さんには何か心当たりでもあるんですか?」

「健人くんに専属カメラマンが付いたという話は、
まだ一部の人にしか伝わっていないと思うんです。
写真集のコンセプトや出版自体が、まだ発表されてないんですから。
それに、私が健人くんと仕事をするようになって、まだたったの
一週間足らずです。
その間に、私が専属カメラマンであると紹介された場所は
ごくわずかなはず。
たとえば、毎日行ってるドラマの撮影現場だとか…。」


健人が、あっ!という顔をしたのが隣でわかった。

   もしかして、昨日俺の腕にしがみついてたあの子…。
   確か、プロデューサーの姪っ子とか言ってたような…。
   あとは思い当たるふしがない。
   あの子が俺に気があるのは前々から感じていたけど、
   まさかこんな行動に出るとは。
   明日から気を付けないと、これだけじゃ済まなくなる。


健人が考えていた事と同じ事を、雪見もまた考えていた。

   まさかこんな仕返しをしてくるとは…。
   甘く見てたわ、あの女のこと。
   でも、私と健人くんとの関係を本能的に感じ取ってるのは
   間違いない。
   週刊誌に流れた話は嘘ではないのだから…。
   これからは気をつけて行動しないと。
   今、二人の関係が公になるのは、誰にとってもメリットがない。
   健人くんの人気にマイナスになることだけはしたくない。



「浅香さん、健人。今回の事は、私がうまく納めておきます。
だから二人は毅然とした態度で、今まで通り仕事を進めて下さい。
ただ…。
仕事の現場でだけは、もう少し仲の良さを引っ込めてもらわないと。
またあらぬ誤解を招いても、仕事に支障をきたしますからね。
お願いしますね、その辺は。」


実は今野は、全てをお見通しのような気が雪見にはしていた。

その上で、暗黙のうちに二人の関係を認めてくれ、
フォローしてくれてる気がしてならなかった。

それを確かめる勇気はまだ無いが…。



「本当に今回はすみませんでした。
また明日から仕事頑張るんで、よろしくお願いします!」

そう言って、健人は深く頭を下げ、
雪見も今野にお礼の気持ちも込めて、丁寧にお辞儀をしてから
応接室のドアを出て行った。




ビルの外に出ると、すでに辺りは夕暮れの街へと変貌している。

やっと酸素が身体の中に入ってきた気がして、
大きく深呼吸をしてみる健人。


「大事に至らなそうで良かったね。どうなるかと思ったよ。」

健人が疲れ切った表情で、そう言った。


「ほんとだね。ごめんね、健人くん!
私が昨日あの子にやきもち妬いて、ちょっと意地悪しちゃったのが
いけなかったんだ。ほんとにごめん。」

「こんなとこで話してて、また写真とか撮られたら困るから
どっかで飯食いながら話そ!」

「今日はおとなしく帰った方がいいんじゃない?」

「やだ!このまま帰れる訳がない!
ゆき姉と一緒にご飯食べなきゃ、一日が終わらないよ!」


また駄々っ子みたいな幼い顔を健人が見せた。


「しょうがないなぁ…。じゃあ、一緒にお店入るのはまずいから、
二人別々に時間差でお店に行こう。昨日行ったけど…」

「どんべいでしょ?
こんなに早く、あそこに逃げ込む日が来るなんてね。
でもあそこなら、何かのときはマスターが上手くやってくれそうだし、
あそこのご飯なら毎日でもいいや。
じゃ俺、先に行ってるからね。後で絶対に来てよ!あとでね。」


そう言い残し、健人は人混みに紛れて消えて行った。


雪見は何故か店の方角とは違う方へ歩き出し、タクシーに飛び乗った。














   








   

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.38 )
日時: 2011/03/07 07:22
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

雪見は一人、タクシーの中で考えていた。

  今回のことは、本当に週刊誌にだけ流された話なんだろうか。
  もしかしたら他のメディアにも、すでに流されてるかもしれない。
  話が大きくなる前に調べて、なんとか収めないと…。


雪見はそう思いながら、ポケットからケータイを取り出し
電話をかけ出した。


「あ、もしもし、真由子?
ごめんね、出張から戻ったばかりで疲れてるとこ。寝てた?
あのね。真由子にお願いがあるの。
力を貸して欲しいんだ、私と健人くんに…。」


電話の向こうから、悲鳴にも似た声が聞こえた。

「勘弁してよ、真由子!
あんたのせいで私最近、耳の調子がおかしいよ!
とにかく、これから真由子んちに行くから、相談に乗ってくれる?
うん、じゃあ詳しいことは後でね。もうちょっとで着くから。」



雪見は、何としてでも健人を守りたいと思っていた。
健人と付き合うことで、健人に迷惑をかけたくはなかった。


いわゆるアイドルの仕事ってやつは、ファンにいかに擬似恋愛をしてもらい
応援してもらうかにかかっている。
それは半ば妄想の世界になるのだが、ファンが健人に恋愛感情を持ち、
究極のゴールは健人が自分を選んでくれて、彼女になる!
と言うのがファンそれぞれの密かな願いだ。

だから健人に、本当の彼女の存在が見え隠れするとなると
それは人気に大きな影を落とすことになる。

アイドルというのは因果な商売だ。

アイドルである前に、みんなと同じ一人の人間なのに
その職業のせいで、自由な恋愛さえも許されない。
人間として、誰かを愛するのは当たり前なことなのに
恋愛をしたところで、それを隠し続ける生活を強いられる。

『偶像』という意味を持つアイドル。

一人の人間として生命を持つ『アイドル』は、
完全なる『偶像』には成り得ない。



タクシーが真由子のマンション前に到着。
中に入りインターホンを押す。

「はい。」

「あ、雪見だけど。ごめんね、来ちゃった。」

「今、開けるから。」

オートロックを解除してもらい、広いエントランスホールを通り
エレベーターに乗り込む。



ピンポーン。 「どうぞ!入って。」

トイプードルのジローが、短い尻尾をクルクル回し
全速力で雪見の元へ駆けつける。


「ジローくん久しぶり!元気にしてた?よしよし!
ごめんね、真由子。ニューヨークから戻ったばかりで疲れてるよね。
お願いだけ伝えたら、すぐに帰るから。」

「なに言ってんの!帰すわけないでしょ!
健人とあんたの力になって欲しいって、一体どういう事?
一体、あんたたちの関係はどうなってるわけ?」


凄い勢いで真由子がまくし立てる。まぁそれも無理のない話だが…。


「時間が無いなら単刀直入に聞くわ。あんたたち、付き合ってんの?」

「うん、まぁ…。」

「うん、まぁだと!!なにそれ!
あんた、付き合いだしてから私に連絡よこした?
専属カメラマンになって、健人の実家にも行ったまでは知ってるけど、
あんたが健人の彼女になったなんて、ただの一言も聞いてないよ!
それって、あんまりじゃないの?」

「ごめん…。だって真由子はニューヨーク行ってて忙しいかと…。」

「仕事と健人と、どっちが大事だと思ってんの!」

「えっ?健人…なの?」

真由子はまだ健人のことを好きなんだ、と複雑な思いがした。


「当たり前でしょ!健人と雪見が大事に決まってるじゃないの。
おめでとう!雪見。良かったね。本当に良かったね!」

「真由子…。ありがとう。真由子になんて言おうか迷ってたんだ。
あんなに好きだった健人くんを、私が取っちゃったみたいで…。」

「なに言ってんの!私はアイドルおたくであって、
健人おたくじゃないんだから。他にもかっこいい人は山ほどいるよ!
まぁ、健人が一、二を争うアイドルだったことは確かだけどね。

そんなことより、相談ってなに?あんた達に何が起きてるの?」



雪見は今日、今野から呼び出された一部始終を話して聞かせた。

そして真由子に一つのお願いをした。



「ねぇ、真由子のお父さんって、確か大手出版社の編集長さんだよね?
違ったっけ?」

「よく覚えてたね!そうだけど、それがどうかした?」

「私をお父さんに紹介してもらえないかな?」

「えっ?なんで?週刊誌の方は、そのマネージャーさんが
なんとかしてくれるんでしょ?」

「うん。そっちの方はもういいの。多分、うまく収めてくれると思う。
そうじゃなくて、真由子のお父さんの所から
健人くんの写真集を出版出来ないかなと思って。」

「えっ!!うそでしょ?父さんの所に健人の写真集を頼みたいわけ?
もうどこから出すか、決まってるんじゃないの?
あー、ちょっと待って!興奮して喉が渇いちゃった!」


そう言いながら、真由子は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出し、
一本を雪見に渡した。


「ありがと。あー美味しい!生き返った!
今ごろ健人くん、一人で待ちくたびれてるだろうなぁ…。」

「なに、あんた!健人に待ちぼうけ食わして、ここに来たわけ?
健人が可哀想でしょ!メールぐらい入れなさいよ。心配してるよ!」

「うん、わかった。じゃ、ちょっと電話する。」

「うっそー!?健人に、あの斎藤健人に生電話するのぉ?
やだぁー、緊張する!!」

「なんで真由子が緊張するのさ。電話するのは私だから。」

「もう、何でもいいから早く電話して!いやぁ、ドキドキする!」


「変なの!」と言いながら、雪見が健人のケータイに電話した。


「あ、もしもし、健人くん?ごめんね、待たせちゃって。
あのさぁ、今急用を思い出して友達んちにいるんだけど、
もう少しかかりそうだから、悪いけどご飯食べたら先に帰ってて。
ほんと、ごめんね!明日は私がご馳走するから!
じゃあ、また明日。お疲れ様!」

「ちょっとぉ!なんでもう早、切っちゃうわけ?
私に一言あいさつぐらい、させなさいよ!ほんとにもう!」

「あ、出たかった?この次、会わせてあげるから。
それより今日は、緊急作戦会議第二弾ということで、このままいい?
取りあえずお腹が空いちゃったんだけど…。」


健人との食事をキャンセルしてまで、雪見は何を企んでいるのか。

真由子には、まだ想像がつかなかった。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.39 )
日時: 2011/03/15 04:20
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

腹が減っては戦は出来ぬ!とばかりに、作戦会議の前に真由子が
あり合わせの材料で、美味しそうなパスタを作ってくれた。


「うわっ、美味しそう!いっただきまーす!
うーん、美味しい!真由子、また腕上げたね。さすがだわ。」

「そりゃそうよ。男をつなぎ止めるには、胃袋を掴むのが一番!
でしょ?そのためには日々精進しないと。
あんたが食べないで行っちゃった、この前のパスタも
相当美味しかったんだから!」

「ごめんごめん!あれは謝る。
けど、あの時パスタを食べないで飛び出したお陰で、
私と健人くんが一緒に仕事することになったんだから、
本当に真由子には感謝してる。」

「パスタをゆっくり食べてたら、チャンスを逃してたかも?って事ね。
それなら、食べきれずに捨てられたパスタも浮かばれるわ。
じゃ今日は、第二回作戦会議兼雪見のお祝いってことで、
とっておきのワインを開けちゃおう!
これからうちの商社で輸入を開始する、私が買い付けた中で
一押しのワインだよ。飲んでみて!」

「やった!ワイン輸入のプロが選んだワインなんだから、楽しみ!」


こうしてまた、お酒を飲みながらの作戦会議が始まった。



「ねぇ、うちの父さんの所から写真集を出版したいって、
話は健人の事務所に通してるの?」

「いや、まだなにも。」

「また始まった!お得意の直感で行動ってやつね。
どうでもいいけど、あんたのシナリオは?」


「私ね、今回の仕事に命を賭けようと思ってるの。
健人くんの写真集に。健人くんの事務所も同じ。
これでまた一気に、健人くんの人気をアップさせようと考えてる。
だから、どんなことをしてでも成功させなくちゃならない。

でも今のままでは、また次に同じような噂を流されたら
多分私は専属カメラマンを降ろされて、誰か他の人が撮ることになる。
それだけは絶対に嫌!私が撮らなきゃ意味が無い!

健人くんと約束したの。
私が必ず、本物の斎藤健人を撮してあげるって。
健人くんの魂が感じられる、一番の写真集に私がしてみせる!って。
だから、この写真集が完成するまでは、誰にも邪魔されたくない。
これ以上、余計な気を配って写真を撮りたくないの。
少しでも私たちの後ろ盾になってくれるような
大手出版社と契約して、この写真集を成功させたい!」


雪見は、珍しくワインに口も付けないまま熱く語った。


「そう。そんなに大事な仕事なんだ、雪見にとって…。
よし、わかった!
雪見が命を張って挑む仕事なら、私も全力で力になるよ!
でも、父さんに頼むのは簡単だけど、向こうも仕事だからね。
もっときちんとした戦略でプレゼンしないと。
いくら編集長と言えども、父さんの一存では決められないと思うから。
まぁ、ちゃんとした提案ができれば、その先は大丈夫だと思うよ。
なんせ、今をときめく斎藤健人の写真集だもん!
きっとどこの出版社だって、喉から手が出るほど欲しい仕事に
決まってる!」


「そうだといいんだけど…。でも、一つだけ不安があるの。
今までの健人くんの写真集は全部、名だたるカメラマンが撮してる。
そのカメラマンと健人くんとのコラボって形で、
二倍の話題性があったわけ。その分、売れ方も大きかった。

でも私ときたら、無名のフリーカメラマンなわけだし、
これまで猫ばっかりで、人物の写真集なんて出した事もない。
あ、健人くんを撮ることに関しては、誰にも負けない自信はあるよ!
けど、カメラマンの私が話題になることは一つも無い。
本当に、写真だけで勝負をしなきゃならないのがプレッシャーで…。」


ワインを飲みながらじっと聞いていた真由子が、ニコッと笑った。


「じゃあ、あんたも話題になればいいんだ!」

「えっ?どういう事?」

「いいから、この真由子様に任せて!いい考えがある!」


何を思いついたのか、真由子がクローゼットへ行き、
たくさんの洋服と化粧道具を持って戻って来た。


「何をしようってわけ?ねぇ、教えてよ!」

「あんたを売り出すのよ!健人の親戚の美人カメラマンとして!」

「えーっ!なによ、それ!
猫の写真集しか出してないカメラマンを、どうやって売るわけ?」

「この際、写真集の実績なんて、どうでもいいのよ!
私が狙ってるのは、今流行の美人カメラマンって分野。
まぁ、あんたを美人カメラマンと呼ぶには
私的には少し抵抗があるけど、悔しいかなあんたはその線でいけるよ。
あとはいかにビジュアル的に話題性を呼ぶか。

あ、一番の売りは、もちろんあんたが健人の親戚だって事!
これほど強力な売りは誰も持ってないよ!
みんなが欲しくたって、努力で手に入れられる物じゃない。
それを活かさない手はないでしょう!」


「でも…。今野さんは今回の写真集で、
私と健人くんが親戚だってことは、全面には押し出さないって…。」

「なに言ってんだろうね、まったく!それを押さないでどうすんの!
いい?それをあえてアピールすることで、
あんた達が仲良くやってても、誰も怪しまなくなるでしょ?
十二歳も健人と年が離れてて、赤ちゃんの時からお姉さん代わりだった
ってメディアに公表すれば、みんな仲の良さに納得するでしょ?
と言うことは、次の噂に先手を打って封じ込められるってわけ。

しかも、あんた達も堂々としてられる。
だって、本当にはとこ同士なんだから、嘘じゃないもんね。
まぁ、恋人同士ってことだけはトップシークレットだけど。」


「そんなにうまく行くかなぁ。
誰にも邪魔されないで、撮影を続けられるなら嬉しいけど…。」

「ま、この真由子様に任せなさいって!
私があんたを、美人カメラマンに仕立てて見せるから!」




そう言って真由子は、たくさんの服の中から幾つかをチョイスして
雪見を売り出すためのイメージ作りを開始した。



雪見プロジェクトのスタートだ。











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.40 )
日時: 2011/03/08 10:08
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

真由子は、自分の持ってるワードローブの中から
雪見に似合いそうなものを引っ張り出し、
次から次へと雪見に着替えさせた。


「うーん…。どうもしっくりこないなぁ。なんか違うんだよね。」

真由子はバリバリの商社ウーマン。
仕事着はスーツだし、私服も、性格的に着崩した格好が出来なくて
いつも、パリッと糊のきいた白いシャツにパンツスタイルが多い。

それは真由子自身を象徴していてとても良く似合い、
雪見はそのかっこよさに惚れ惚れとするのだが、
どうも雪見が着てみても、そのかっこよさは表現しきれない。


「だって、真由子と私じゃ、タイプが違いすぎるもん。」

確かにそうだ。何でもテキパキ、性格きっちり、
竹を割ったような姉御肌タイプの真由子と、
どちらかというとおっとり、のんびり、ぽわーんとした性格の
雪見とじゃ、あまりにもタイプが違いすぎる。

雪見が真由子タイプの服を着ても、いかにも借り物を着せられてる
感じがして、いつまで着ていても身体に馴染まない。


「仕事初日に真由子の格好を真似して行って、
出来る女の第一印象をもらいたかったんだけど、
それに見合った行動をしなくちゃと思ったら、くたびれちゃった。
やっぱりこの格好は、真由子だから似合うんだよ。
私が着ても、私らしくない気がする。」

「そうだね、私もそう思った。
うーん。バリバリの美人カメラマンって言う路線はアウトか…。
じゃあ、次はどんなイメージで行こうかな。
やっぱり、むやみやたらと服着てもダメだね。
もっとしっかりしたイメージを作ってからじゃないと。
どんなタイプの美人カメラマンでいくか、コンセプトから決めるか。」


二人はファッションショーを中断し、またソファーに座り直して
ワイン片手に戦略を練り直した。


「やっぱ、雪見から離れすぎたタイプじゃダメだね。
最初は取り繕えても、次第にボロが出てくるようじゃマイナスだ。
会見を開いた直後から、あんたは日本中の注目を集めるんだから、
どこから見られても自然でないと。」

「ち、ちょっと待ってよ!なに、その会見って!
私が日本中の注目を集めるって、どういう事?何を考えてるのよ!」

「もちろん写真集を成功させるための戦略よ!それ以外に何があるの!
まず早いうちに健人とあんたで、写真集の制作発表会を開かなきゃ。
あ、もちろんそれは出版社主催でね。
うちの出版社から、クリスマスに斎藤健人の写真集を刊行します!
って宣言してもらうの。
で、その発表会に健人とあんたが登場して、今回の写真集の
コンセプトや狙い、あんたと健人の間柄も説明するわけ。

そこで重要な事が一つあって、あんたが次の日のスポーツ紙に
『斎藤健人と美人カメラマンの夢のコラボ写真集!』とかっていう
見出しを付けてもらえるぐらいの、美人にならなきゃなんないわけよ!
だって、自分から『美人カメラマンの浅香雪見です。』なんて
自己紹介できないでしょ?
ましてや『天然カメラマンとのコラボ写真集』なんて見出しでも
付けられてごらんよ!印象ガタ落ちだから!
だから、あんたを一目見て、誰もがすぐに美人カメラマン!って
言葉が頭に浮かぶようでなくちゃダメなの。」


はーっ…。雪見が深くため息をつく。


「これからどうなっちゃうの、私…。
しかもさ、よく考えたらそれって、ただ真由子が頭の中で考えてる
だけのことで、なに一つ現実のものにはなってないんだよ!
健人くんの事務所にはもちろん、真由子のお父さんの出版社にだって
まだ一言も交渉していない!」

「じゃあ、交渉すればいい。」

「そんなに簡単な話じゃないから!」

「意志が固まってるなら、あとは実現に向けて進んでいくしか
ないんだよ。どうしよう、どうしようってオロオロしてても
何一つ夢は叶わない。
あんたはこの仕事に命を賭けるんでしょ?
だったら一つずつ問題をクリアしていかないと!

ねぇ。私の作戦、もし実現したとしたらどう思う?
こんな売り方じゃ嫌?何か他に雪見が考えてる事はある?」

「別に考えてる事はないけど…。本当に真由子のシナリオ通りになれば
仕事もやりやすくなるだろうし、励みにもなると思うけど…。」

「よし!じゃあ決まりだ!どんなスタイルの美人カメラマンにするかは
あとで考えるとして、まずは具体的に話を進めるね!」


そう言いながら、真由子はどこかへ電話し始めた。


「あ、もしもし、パパ?元気だったぁ?
うん、真由も元気にしてるよ!昨日までニューヨークだったの。
相変わらず忙しいけど、仕事は楽しんでるから大丈夫!安心して。
それより真由ねぇ、パパにお願いがあるんだ。
今、俳優の斎藤健人が写真集を企画してるらしいんだけど、
その出版をパパの会社で受注出来ないかなと思って。
まだどこの出版社から出すかは決まってないらしいんだけど、
それを何とかパパの所で採って欲しいんだ。
他に決まったら困るから、明日にでも交渉して欲しいの!
え?理由?そうだね。それが解らないと交渉しようがないか。
わかった!じゃあこれから家に説明しに帰るわ。
友達一人連れて行くから、ママにも伝えといてね!
じゃ、これからタクシー乗るから、また後で!

さ、雪見!出かけるから用意して!」


雪見は呆気にとられていた。
真由子の行動力は、さすがに商社ウーマンの真骨頂だが、
それ以上に衝撃的だったのは、真由子が父親と話す時の変りよう!
今まで聞いたこともないような甘え声で、「パパ」と呼んでいた。

一気に真由子に対する印象が変った。
なんだか、見てはいけないものを見てしまったようで、
どんな顔で真由子と話せばいいのかわからなくなった。


それに気づいた真由子がひとこと、

「私、ファザコンなの。」と言った。

雪見は「あぁ、そうなんだ…。」としか返事ができなかった。



突然に、真由子の実家へ連れて行かれることになった雪見。


いったい、自分で蒔いた種は、この先どうなってしまうのか。

あのまま健人とご飯に行ってれば良かったかな、と少し後悔し始めた。






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