コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.112 )
日時: 2011/04/19 00:38
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

当麻は今日、9時過ぎには家にいるから、と言っていた。
仕事帰りに寄ってもいいよ、と。

マンションの下から電話を入れる。

「もしもし、当麻?俺だけど。今、下まで来てるんだけど、少しだけ
寄ってもいいかな?話があるんだ。」

当麻にオートロックを解錠してもらい、12階までうつむき加減で
エレベーターに乗る。


「よぅ!お疲れ!あれ?ゆき姉は一緒じゃなかったの?
まぁいいや。はいんなよ!」

「おじゃましまーす!」

当麻の部屋は、いついかなる時に来ても整理整頓されていて
汚い状態なのを見たことがない。
一方健人の部屋はと言うと、親友の当麻を部屋に呼ぶ時でさえ
大掃除をしてからでないと入れられない。
掃除に料理、家事一切が得意な当麻に対して健人は、
掃除が苦手だし、料理に至ってはリンゴの皮さえむけやしなかった。

「なんでお前んちって、いつ来ても綺麗なの?
忙しいのに掃除してる暇なんてある?
あ、もしかして、誰か掃除してくれる人でも見つかった?」

そう言ったあと健人は、少し意地悪な質問だったかな、と後悔した。

「そんな人、すぐに見つかる訳ないだろーが!もし見つかったら
ちゃんと真っ先に報告するよ、健人には。
で、そんな話をしに来たわけじゃないよな?なんかあったの?」

意地悪な質問をサラッと流してくれたので、取りあえずはホッとする。


「今日、ドラマのクランクアップだったんだけど…。」

「え、そうなの?おめでとう!三ヶ月間お疲れ様でした!
で、打ち上げはいつやんの?」

「俺が沖縄から帰ってきてから。そんな事はどうでもいいんだけど…。
クランクアップの花束を俺にくれたのが、カレンだった。
『色々大変なことも有りましたよね。』って。」

「まぁ、ドラマの主役を張るのは確かに大変なことだから…。
でも、そういう意味には捉えなかったんだろ?健人は。」

「まぁね。そのあと、スタジオを出ようとしたら後ろに立ってて、
『もっと早くに親しくなってたら、こんな目に遭わなかったのに。』
って…。しかも、俺たちが沖縄に行くことも知ってたよ。
『私も行きたい!』って言ってた。」

「嘘だろ!それって、完全な犯人宣言だよな!
なんか嫌な予感がする。まさか沖縄まで行く気してんじゃないだろな。
で、この事はゆき姉には話したの?」

当麻はなんせ雪見の事が心配でならなかった。
そんなことを聞いたら雪見は…。

「ゆき姉には言ってない。余計な心配させたくないから、言わない。」

当麻はホッとした。

「そう。俺も言わない方がいいと思う。
もしかしたら何もなく、平和に旅行が進むかもしれないし、
カレンが何か仕掛けて来るかも知れない。
どっちか解らないのなら、ゆき姉には何も知らずに旅行を楽しんで
欲しい。」

「俺もそう思う。ゆき姉、本当に楽しみにしてるんだ。
俺と当麻と三人で行けるって事が…。
だから何かが起こるまでは内緒にしておこう。
当麻。俺と一緒にゆき姉を守ってくれるよね?」

「当たり前じゃん!守るに決まってる!前に話しただろ?
俺にとってゆき姉は姉貴みたいな存在だって。
あ、俺が健人の彼女を姉貴みたいって思うの、健人は迷惑かな…。」

今まで一度も聞いたことがなかった大事な事を、急に聞いてみたくなった。
本当は『姉貴みたいな存在』では、今はもう無いのだけれど…。


「俺、当麻がゆき姉のことをそう思ってくれるの、凄く嬉しいよ。
当麻は初めてゆき姉に会った時から、ちゃんと受け入れてくれたよね。
俺ね、こんな関係がずーっと続いてくれたら毎日が楽しいだろうな、
って思うんだ。
いつまでも三人で一緒に、いろんな事を楽しみたい。
ゆき姉も、きっと同じ事を思ってると思うよ!」

「そう。だったら良かった!
俺も思ってる。この関係がいつまでも続くといいな、って。」

二人はお互いの雪見に対する思いを確認し合い、
全力で雪見を敵から守ることを約束した。

「じゃあ、俺帰るわ。悪かったな、遅い時間に。
俺も帰ったら荷作りしなきゃ!当麻も忘れ物するなよ!」

そう言って健人は当麻のマンションを後にした。



タクシーでの帰り道。

「あ、ここで止めて下さい!済みません、降ります。」
降りて見上げたのは、雪見のマンションであった。

無意識にここへ来てしまった。
つい一時間ほど前に別れたばかりなのに、もう顔を見たくて仕方ない。
一目会ってからじゃないと、帰れない気がした。

電話をかけてみる。

「もしもし、ゆき姉?」 健人の顔がパッと花開いた。
「今、少しだけでいいから会えない?いや、ゆき姉んちには寄らない。
近くの公園で待ってるから。肌寒いから温かくして来てね。」

健人は電話を切り、ひとり公園へと歩き出す。
そこの公園は雪見がめめを拾って来た公園で、今も捨て猫が絶えない
と、雪見は話してたことがある。

こんな真夜中に遊んでる奴なんて、さすがに一人もいなかった。
程なくして、雪見が息せき切って走ってくるのが遠くに見えた。

「おおーい!ゆきねぇーっ!」 健人が両腕を頭の上で大きく振る。

ハァハァ肩で息をしながら、雪見が健人の元へ走って来た。
その瞬間、健人は「ゆきねぇ!」と言いながら思いきり抱き締める。

「ちょっとぉ、健人くん!どうしたの?なんかあったの?」

こんな真夜中にいきなり呼び出され、突然抱き締められて
雪見は健人の身に何かあったのではないかと、心配になった。

いつまでも離れない健人にドキドキしながらも雪見は、
「ねぇ、何があったのか教えて!」と、健人の事だけを案じていた。

健人は雪見をギュッと抱いたまま、
「なんにもないよ!ただゆき姉に会いたくて仕方なかっただけ。
ずっと会いたかった…。」

「変なの!さっきまで一緒にいたのに。でも嬉しいよ。
私も健人くん、どうしてるかなぁーと思いながら、荷作りしてたから。
私も会いたかったよ。」

今度は、雪見が健人の身体をギュッと強く抱き締めた。
いつまでもいつまでも、まん丸お月様だけが二人を見守る。

その時だった!

どこからか、微かに「にゃぁ」という声が聞こえた気がした。
が、気のせいか。それっきり声は聞こえない。

二人は身体を離し、声が聞こえたであろう方向に目を凝らす。
するともう一度、小さな声で「にゃっ」とだけ鳴いた。

慌てて二人で駆け寄る。すると木の根元に段ボール箱が!


「子猫だっ!!」








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.113 )
日時: 2011/04/19 00:53
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

りえ さんへ


今まで意識したこと無かったけど、言われてみれば、
まだ雪見に欠点らしきものは見当たりませんね。

うーん、気が付きませんでした。
いいご指摘をありがとうございます。

この先、少し雪見の意外な一面を描いて行こうと思います。
アドバイス、ありがとう!

またお時間あったら読んでやって下さいね。


では…。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.114 )
日時: 2011/04/20 07:33
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

段ボール箱を覗いた二人は、顔を見合わせる。
箱の中には白い子猫が一匹、小さく丸くなって闇夜に紛れていた。

健人は、子猫を驚かせないよう静かに箱の中に手を入れて
その小さくか弱い生き物を、そっと両手で持ち上げ話しかける。

「お前、いつからここにいたんだよ!こんなに冷たくなって…。
ゆき姉、どうしよう!こいつ、体温下がってるから弱ってると思う。」

健人の瞳は何かを雪見に訴えていた。

その日の夜はやけに空気が冷たく、気温が低いことが伺える。
健人も雪見も、家で飼ってる猫はすべて捨て猫なので
経験的にその子猫が、今どういう状況にあるのかは大体判断がついた。

雪見も子猫の頭を撫でながら、
「そうだね、このままじゃまずいな。早く家に連れて行って、
湯たんぽを入れてあげよう。健人くん!箱ごとうちに運んでくれる?」
と、健人を促した。

すると健人は、びっくりしたような嬉しいような顔をして雪見を見た。

「えっ!ゆき姉んちに連れて行ってもいいの?こいつ!」

「当たり前でしょ!このまま箱に戻して知らん顔して帰れると思う?」

「いや…。でもいいの?ゆき姉んち。」健人が心配そうに雪見に聞く。

「大丈夫!最近ね、めめが一匹じゃ寂しいかな?と思ってたとこなの。
次に私が出会った子猫をうちの家族にしよう、って
心のどこかで考えてたんだ。
だから大丈夫。この子はうちで飼ってあげるから。」

「ほんとに?やったぁー!
よかったな、お前!ゆき姉んちの家族になれるって!
俺たちに拾ってもらってラッキーだったな。
じゃあ、早く連れてって温めてあげなきゃ。」

嬉しそうに健人は子猫を箱に戻し、そっと箱のふたを閉めて
両手で大事そうに抱えた。
その瞳は喜びに満ちていて、見ている雪見の心も嬉しくなった。

「さぁ、うちに帰ろう!」



「ただいまぁー、めめ!お友達を連れて来たよー!」
「え?俺のこと、お友達ってめめに言ってんの?」
「なにバカな事言ってんの!この子の事に決まってんでしょ!」
「あー、ビックリしたぁ!彼氏から格下げされたかと思った!」

雪見んちの玄関先が真夜中に、楽しそうな声で賑やかになった。

突然出掛けて行ったご主人様が、何やら同じ匂いのする箱と共に
帰ってきたかと思うと、バタバタと歩き回るのを見てめめは、
何事かと静かに健人に近寄ってきた。

「よぅ!めめ!ゆき姉がお前に友達を連れて来てくれたぞ!
仲良くしてやってくれよな。」

そう言いながら健人は、箱のふたを開けてめめに新入りを紹介する。
めめは一瞬驚いてピョンと体を翻したが、すぐにまた近寄って
箱の中の小さな同類を確認し出した。

程なく雪見が、小さな湯たんぽにお湯を入れて持って来る。
薄汚れた箱はそのままに、中にバスタオルを二枚敷いてやり
そこにタオルでくるんだ湯たんぽを置いて、子猫を近くに寄せた。

子猫は、母親の体温にも似た温もりに安心したかのように
しばらくすると目を閉じて、眠りについた。

「朝になったら猫缶あげてみるね。多分もう離乳はすんだ頃だと思うから。
ちょっと待っててね、今コーヒー入れて来る。」

雪見が子猫の様子を見て、一安心したようにキッチンに戻る。
健人もやっと一息ついて、ソファーに腰を下ろす。
めめはいつまでも、箱の中の白い小さな友達を見守っていた。


「健人くん。カフェオレだけど良かった?」 
雪見が、お揃いのマグカップを二つ持って、ひとつを健人に手渡し
自分も健人の隣りに座った。

「うん、ありがとう!あれ?このカップ、お揃い?」

「そう!健人くんと私用に買って来たの。
あ、当麻くんのも買ってあるよ!色違いのカップ。」

雪見が自分を、この部屋に迎える準備をしてくれていた!
健人は嬉しくて、隣りに座る雪見の肩を抱き寄せた。
雪見は、マグカップを片手に健人の肩に頭を傾け、静かに語りかける。

「ねぇ。この子の名前、なにがいい?健人くんが付けてあげて。」

「えっ、俺が?いいの?俺が名前付けても。」

「もちろん!だってこの子は健人くんが救った命だもん。
健人くんが、今日この時間にあの公園へ行かなかったら
この子の命はどうなってたか解らないもの。どうしてここに来たの?」

「ゆき姉と別れた後、当麻に用事を思い出して今野さんに、当麻んちへ
送ってもらったんだ。
で、帰って来る途中で、どうしてもゆき姉に会わないと帰れない
気がしてきて、気が付いたらここでタクシーを降りてた。」

「そうだったの…。じゃあやっぱり健人くんがこの子を拾うのは
運命だったんだ。この子が健人くんを呼んでたんだよ、きっと。
ここにいるから迎えに来て!って…。
私ね、そういう運命ってよく感じるの。
あ、今ここに来てこの人に出会ったのは偶然じゃなくて
必然だったんだ!って思う事がよくあるんだ。」

「俺に会った時も?」 健人が雪見の顔を覗き込んで聞いてみる。

「そう!じゃなかったら、ただのはとこでしかなかったよ。
健人くんが私を呼んでいた。俺を救いに来て!って。」

雪見は真剣な顔をしてそう言った。健人の瞳をじっと見つめて…。

「俺もゆき姉に救ってもらいたかった…。」

二人は初めて唇を合わせ、運命の出会いに感謝した。
そして……。



いつの間にか二人はソファーで眠ってしまったらしい。
朝陽を顔に浴び眩しくて目を覚す雪見。時計を見ると六時であった。
そっと健人の腕枕から身体を起こし、顔を洗って身支度を整え
キッチンに入って朝食の準備をする。

健人の今日の仕事は九時からだから、八時に家に戻れば充分間に合う。
すやすやと気持ちよさそうに眠る、健人の綺麗な寝顔を眺めながら
雪見はひとり、この上ない幸せな時間を過ごしていた。


と、その時、子猫の入った段ボールのふたがぽこりと動いたかと思うと
ぴょん!と勢いよく白い子猫が箱の外に飛び出した!
そばにいためめがビックリして、50㎝位は飛び退いた。

「健人くん、起きて!子猫が元気になったよ!猫缶あげなきゃ!」

雪見の声に目を覚した健人は、一瞬ここがどこであるのか理解できず
キョロキョロと辺りを見回した。
そして子猫を見つけて昨日の出来事を思い出す。

「うゎあ!お前、凄い元気になったな!良かったぁー!
ゆき姉、こいつ元気になったよ!」

昨夜の事を思い出し、少しお互い照れくさかったが
白い子猫とめめを間にして幸せを噛み締めていた。

「そうだ!この子の名前はラッキーにしよう!
ゆき姉んちの家族になれてラッキーな奴だから。」


夏の終わりの朝陽は、幸せそうな二人の元に優しく届いていた。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.115 )
日時: 2011/04/21 13:05
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

雪見の家に、子猫のラッキーが来てから二日目。
いよいよ今日は、待ちに待った沖縄旅行出発の朝だ!
東京は快晴。沖縄も今日は暑いでしょう、とテレビのお天気ニュースが
伝えていた。

「うーん、いい天気!こりゃ紫外線対策は万全にして行かないと
帰って来てからひどい目に遭いそうだな!」

窓の外の太陽は朝の六時だというのに、すでに容赦なくギラついてる。
東京でこんなんだから、沖縄はどんな事になってるんだろう。
暑さを想像し少しビビッていると、めめが伸びをしながら足元に来た。

「めめ、おはよう!ラッキーはまだ寝てるの?
今日から三日間またお留守番だけど、ラッキーといい子にしててね!」

そう言いながらめめの頭を撫でて、餌と水をあげる。
トイレの砂も綺麗にしてラッキーの餌を準備してると、
玄関のインターホンが鳴った。

「え?もう早、真由子が来ちゃったのぉ?早すぎるから!」

バタバタと玄関に向かい「はーい!」とドアを開けると
なんとそこには健人が立っているではないか!

「ええっ!健人くん?どうしたの、こんな朝から!」

雪見はまだ化粧もしていなかったし髪も整えていない、
ほぼ寝起きの状態だったので、突然の健人の訪問に焦りまくった。
恥ずかしくて、このままドアを閉めてしまおうかとさえ思っていた。

「おはよう!ゆき姉。ラッキーは元気?ちょっと上がってもいい?」

いいよ、と言う前にすでに健人は靴を脱いでしまった。
そして一目散に玄関を上がり、ラッキーがまだ眠っている居間の
薄汚れた段ボール箱の前にペタンと座り込んだ。

「ねぇ、こんな朝っぱらからラッキーに会いに来たの?」

「だって、今日から三日間は会えないじゃん!
沖縄行く前にどうしても会いたかったから!迷惑だった?」

健人は、雪見のすっぴん顔やボサボサ頭など眼中に無いらしく、
ただひたすら箱の中の小さな命を見つめていた。
雪見はそんな健人が微笑ましく、本当にこの人も猫が好きなんだなぁ
と、優しい気持ちになって一緒に箱の中を覗く。


「あ!起きた!ラッキー、おはよう!元気だったか?」

そう言いながら、健人は箱の中から白い子猫を取り出し頬ずりした。
猫砂の入ったトイレの中にそっと降ろして排泄を待つ。
すると子猫は、肉球に砂の感触を確かめたかと思うと
誰に教わったでもなく、きちんとおしっこをした。

「えらいえらい!ちゃんとおしっこも出来るじゃん!
じゃあ次はご飯を食べなさい。お水も飲むんだぞ!」

健人は付きっきりで子猫の面倒を見ている。まるでお母さんのように。
雪見はそのすきに化粧をし髪をセットして、何食わぬ顔をしていた。

「健人くん、旅行の準備は出来てるの?七時半には迎えの車が来るんだよ!」

「大丈夫!もう準備は終わってる。もう少ししたら帰るから。
それより、留守中のこいつらの世話は、誰かに頼めたの?」
健人が急に心配そうに聞いてきた。

「真由子に頼んだら二つ返事でOKしたよ。
健人くんの拾った猫のお世話をお願い、って言ったら速攻、
有給三日間取ったから!って電話が来た!
七時には来ると思うから、その前に帰らないとまた大変な騒ぎに
なっちゃうよ!」

笑いながら雪見は健人の方を見る。
健人は、それは大変だ!とばかりに腰を上げ、「じゃ、帰る!」と
最後にめめとラッキーの頭を撫でて玄関に向かった。

「じゃあ、またあとでね。あ、そうだ!健人くん、カメラ持ってる?」

雪見が突然思い出したように健人に聞いた。

「え?カメラ?家にあるよ。今やってるカメラのコマーシャル撮りの時
スポンサーさんからもらった最新のデジカメ!それがどうかした?」

「それ、沖縄に持って来て!当麻くんには私のを貸してあげるから。」

「何しようとしてんのさ。」  訝しげに健人が雪見に聞く。

「どうせなら思い出に残るロケにしたいなと思って。
ちょっとした事を計画中だから、帰ったら忘れないで鞄に入れてね、
カメラ!」

「えーっ!今は教えてくれないのぉ?気になるじゃん、そういうの!」

「いいからいいから。向こうに行ってのお楽しみ!
じゃ、真由子が来ちゃうから早く帰って!またあとでね。」

健人を追い立てるようにして玄関から押し出した雪見は、
急いで出掛ける準備を始める。
猫の餌を三日分出して置き、真由子のためにコーヒーを落とす。
パソコンでメールをチェックし、植物に水をやった。

そうこうしてるとまたインターホンが鳴って、今度こそ真由子が
やって来た。

「おはよー!しばらくだね!元気だった?」

いつもの真由子の朝より、遙かにテンションが高い。
しかも約束の時間まで、まだ三十分もあるというのに…。

「ずいぶん早かったね!休む前だから昨日は残業したんでしょ?
もっとゆっくりで良かったのに。」

「健人の猫にお目にかかるのに、ゆっくりなんてしてられないよ!
うわぁーっ!これが健人の猫ちゃん?かっわいいー!!
なんて名前にしたの?」

「ラッキーだよ。健人くんが付けてくれたの。」

「ラッキー?なんでそんな犬みたいな名前つけたんだろ?
あんまりセンスないね、健人って。」

「相変わらず容赦ないね、あんたって。
別にいいでしょ!猫にラッキーって付けたって。
健人くんが付けてくれたんだから、何だっていいの!」

雪見がプンプンと怒り出したので真由子は可笑しかった。

「はいはい、ラッキーちゃんでいいですよ!ラッキーちゃんで。
そんなことはどうでもいいけど、あんた、霧島可恋には充分気をつけなさいよ!」

「えっ!何かわかったの?」 雪見は急にドキドキしてきた。

「パパにも頼まれたから、いろんな方法で彼女の事調べてみたけど、
かなり手強そうな女ね。
あんな頭悪そうに見えるけど、実はハーバード大学出身だった。
編集部にある履歴書やなんかは、すべて改ざんされてる。」

「秀才じゃない!なんでプロフィール隠してんだろ?」

「判っただけでも二人、彼女に潰されたアイドルがいたよ。
みんな似たような手口ね。かなり嫉妬深い性格らしい。
しかも頭いいから、上手く情報を操作してる。
あんた達も細心の注意を払った方がいい。沖縄でも気をつけなよ!」


真由子の話を聞いて、雪見の不安は本格的なものになってきた。
沖縄での三日間、何も起こらないで!と祈るような気持ちだ。

そろそろ迎えの車がやって来る。出発の時から気は抜けない。


だけど絶対にこの写真集の完成までは、何人たりとも邪魔はさせない!










Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.116 )
日時: 2011/04/22 09:08
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「そろそろ下に降りてなきゃ!あとの事はお願いねっ!
冷蔵庫の中は全部真由子用に買った食料だから、好きに食べていいよ。
じゃ、なんかあったら連絡して!いってきます!」

「めめ達の事は心配しなくていいから。
お土産は請福の一番高い泡盛でいいよ!あと、ミミガージャーキーね。
三日間、一生懸命仕事して一生懸命楽しんでおいで!
じゃ、行ってらっしゃい!」

真由子に見送られ、雪見はマンションのエレベーターを降りる。
さぁ、ここから二泊三日の沖縄石垣島旅行の始まりだ!
仕事とは言え、健人と行く初めての旅行に胸が高鳴る。
しかも健人の親友当麻も、すっかり仲良くなった『ヴィーナス』編集部
プロジェクトメンバー四人も一緒の旅だ。
今から楽しい三日間が想像できる。ワクワクした。

だが、常に忘れてはならない事があった。霧島可恋の存在を…。


マンションの下で待っていると、程なく今野と健人が乗ったワゴン車が
到着した。運転手は、こっちに残るサブマネージャーの及川だ。

「おはようございまーす!三日間、よろしくお願いします!」
そう言いながら雪見は、カメラの機材やら自分の旅行バッグやらを
急いで車の後部に乗せ、健人の横に座って出発進行!

「ラッキーはどうしてる?」 開口一番、健人が聞いてくる。

「真由子がいるから大丈夫だよ!三日間、家に泊まってくれるから。」

「そう!良かった!助かるよね、そういう友達がいると。
真由子さんになんかお土産買って帰ろう。」

「すでにリクエストされてるから。石垣島の高い泡盛!
あ、『どんべい』のマスターにも泡盛買って帰ろう!安いやつ。
忘れないよう私に言ってね。」

なんだか新婚旅行に出掛けるところのカップルのようだ。
朝から二人の世界に浸る健人と雪見に、すかさず今野が釘を刺した。

「お前達。くれぐれも気を付けてくれよな!他人の目を。
常に見られてると思って意識しろよ!
親戚同士であって、カメラマンと俳優の関係なんだから。
まぁ、こないだの記者会見で仲の良さをアピールしといたから
多少は多めに見るけど…。」

健人と雪見は、今野が面と向かっては言わないが、二人の仲を
認めてくれてると感じ、嬉しくなった。


健人が今野に、三日間の予定を聞く。

「飛行機は、羽田9時55分発那覇行に乗って、石垣行に乗り換え
到着は14時30分予定。
石垣に着いたら真っ直ぐマエサトビーチに行って、
まずは来月号の『ヴィーナス』のグラビア撮影。
特別グラビアで、健人と当麻、それと雪見さんの三人の特集だ!」

「えーっ!うそでしょ?なんで私まで!」
初耳な話に、雪見はもちろん健人も驚いた。

「そうだよ!なんでゆき姉まで!」

「こないだの記者会見の問い合わせが『ヴィーナス』編集部に殺到してるそうだ。
斎藤健人と一緒に出てた浅香雪見って何者だ。
もっと知りたいから、特集をやってくれ!ってね。
で、吉川さんが、当麻との三角関係騒ぎの後すぐにうちの事務所に
連絡してきて、これも逆手に取って、三人一緒に特集を組もう!
って話になった。写真集の宣伝も兼ねてな。

吉川さんのお陰で、この旅行が実現したんだぞ!
じゃなかったら、健人が会見で勝手に言った当麻とのプライベート旅行
なんて、今のお前達のスケジュールじゃ絶対に無理だったんだから!
あんだけ大々的にテレビで言っといて、もし行けなかったらとか
考えなかったの?お前。」

今更な今野の説教に返す言葉もなく、健人は「済みませんでした。
以後気を付けます…。」と言うしかなかった。

雪見はまさか、こんな事態になるとは予想もしてなく、
カレンの事も忘れて、ただ自分の仕事に集中しようと思っていた。
なのに、またしても本職以外のやり慣れない事をやらされる。
健人の事務所に所属してしまった以上、事務所の決めたことに
文句を言える立場ではないが、多少の憤りは感じていた。

しかし、すべては健人の写真集のため。事務所も『ヴィーナス』編集部も、
あらゆる手段で健人と雪見の写真集を売ろうとしてくれている。
そのことに対しては、最大限の感謝を表さなくてはならない。
ならば、雪見に与えられた役目はどんなことでも受け入れて、
持てる力のすべてを出し切って答えるのが礼儀ではなかろうか。

そう思った瞬間、雪見は「よし!やってやろうじゃないの!」
と、背中のスイッチがONになった。

「私、頑張ってやってみます!」

隣で健人が、雪見のいきなりの変りように目が点になってる。
今野は嬉しそうに「健人のために頑張ってくれ!」とだけ言った。


明日は石垣島から船で竹富島へ渡り、丸一日健人の写真集の撮影だ。
当麻とのプライベート旅行でのスナップ、という設定なので
終日二人に島を遊び回ってもらい、素顔の二人に迫る。
いよいよ雪見の本領発揮だ!が、同時にもう一つの仕事も進行される。

『ヴィーナス』での連載コーナーの撮影だ。
健人の写真集の完成までを追うコーナーで、健人を撮す雪見を
『ヴィーナス』のカメラマンが撮すと言う二重構造だ。
雪見はこの仕事が憂鬱だった。
果たして自分の仕事に集中出来るのか。邪魔されないのか。
こればかりはやってみないと判らないので、考えないことにする。

「竹富島はね、私の一番好きな島なんだ。去年も半年間民宿に泊まって
猫を撮して歩いたの。カイジ浜って言う星砂の浜に猫が集ってて、
ほんとにゆったりした気持ちで撮影が出来るんだ。
健人くんも前に竹富島で写真集撮ったことあるでしょ?
カイジ浜は行かなかった?」

「うん、行ったことない。早くそこに行ってみたい!」
健人は猫が集る浜辺と聞いて、目を輝かせた。

「私たちってほんと、猫好きだよねぇ!」


ワイワイ二人でやってるうちに、どうやら羽田に到着したようだ。
今野が現実に引き戻すように、健人と雪見に言った。

「車から一歩降りたら周りには敵が潜んでいると思え!油断するな。」

二人は顔を引き締め、サングラスと帽子を目深にかぶり車から降りる。
荷物を持って、当麻たちが待つ集合場所へと急いだ。


さぁ、いよいよみんなの旅のスタートだ!















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