コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.21 )
日時: 2011/02/22 11:25
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

しばらくして、今野が書類と写真集を手にして戻って来た。


「この契約約款に目を通して頂けますか?
それと、健人が今までに出したすべての写真集が、ここにあります。
差し上げますので、次の写真集のご参考になさって下さい。」

「わかりました。お心遣いありがとうございます。」

雪見はざっと、すべての写真集を開いて見てみた。



「浅香さんの方から、何かご質問やご提案はありますか?」

「あの、今までの写真集は、どこかに何日間かロケに行って
そこで撮った写真だけで構成されてるようにお見受けしましたが。」

「はい。大体がそうなってしまいます。
映画やドラマの撮影が途切れないものですから、
どうしても写真集だけに長い時間、割くわけにはいかなくて…。」


ちょっと考えてから雪見が口をひらいた。


「私にしばらくの間、健人くんを追わせていただけませんか?
三ヶ月、いや二ヶ月でいいです。
どこか知らない場所に立つ斎藤健人ではなく、
今日も明日も、いつもの場所で生きている斎藤健人を撮ってみたい。

私がファンだったら、よそゆきの顔した健人ばかりではなく
日常の、普段着姿の健人も見てみたいと思うはずです。

今が八月の終わりだから、これから二ヶ月撮ったとして
十月下旬に撮影終了。そこから編集作業に取りかかって、
クリスマスに刊行でどうでしょう?」


「ふーむ。なるほどねぇ。
確かに今までの写真集は、その為だけに撮影したものだった。
よそゆきの顔と言われれば、そうだったかもしれない。
普段着の斎藤健人か……。

よし!今回はそれで行きましょう!あなたの案を採用します。
健人も、あなたにだったら付いて回られても
素の自分でいられるでしょう。

こいつ、こう見えても結構人見知りなとこがあるんですよ。
心を開くまでに時間がかかる。
けど、あなただったら大丈夫だ。
なんせ、赤ん坊の時から知ってるんだから。

な、健人! いい企画じゃないか?どう思う?」


今まで、口を挟めるような場の雰囲気ではなかったので
ただじっと、今野と雪見のやり取りを見守るしかなかったが
やっと健人に発言の機会が回ってきて
慌てて声を出した。


「良いです! そういうの、やりたかった!!
もっと、普通の俺を知ってもらいたいと、ずっと思ってたから
そういうの嬉しいです! ありがとう、ゆき姉!!」

「おいおい、これからは仕事の大事なパートナーなんだから
ゆき姉はないだろ。浅香さん、とか雪見さんとか。」



雪見が笑いながら、今野の方を見て言った。


「あ、いいんです、ゆき姉で。
健人くんには、ガンガン素の自分をさらけ出してもらわないと
困るから、今野さんはやりずらいかもしれませんが、
私と健人くんとの関係は今まで通り、はとこ同志でいきたいんです。

今までのカメラマンさんが撮れなかった写真を狙うんですから、
他人より近い関係でいたい。
そういう点では私たち、近いですから。」


そう言って雪見は健人に顔を向け、にっこりと微笑んだ。

健人も雪見の目を見て微笑み返した。




健人は嬉しかった。

やっと、今まで思ってきた事がひとつ実現する。
やっと、本当の自分をみんなに解ってもらえる。

だがそれ以上に、これから二ヶ月間
雪見と毎日一緒にいられることが、なによりも嬉しかった。


   あれ?俺、なんかドキドキしてんだけど。


ドキドキの正体がまだ何者なのか、深く考えもせず
健人はこれからの毎日に思いを馳せた。



所属事務所との契約を無事済ませ、晴れて二ヶ月間の
健人専属カメラマンになった雪見は、
明日からの健人のスケジュールを打ち合わせし
今野、健人の二人と固い握手を交わして、事務所を後にした。



  
  さぁ、明日から忙しくなるぞ!
  しばらくは猫ちゃんとお別れだけど、この仕事が終わったら
  また会いに行くから待っててね!猫ちゃん。


すっかり暮れた夜の街は 昼間の蒸し暑さを拭い去り、
高揚した心をスッと静めてくれる、穏やかな風が流れていた。


  
  そうだな。まずは真由子にメールしておくか。
  さっき、せっかく作ってくれたパスタも食べずに
  飛び出してきちゃったから…。
  真由子、びっくりするだろうな、この展開に。


真由子の驚く顔を想像したら、嬉しくなってきた。

  さっきまで、一日一回のメールでどうのこうのと言ってたのが
  一足飛びに健人専属カメラマンになっちゃったなんて、
  真由子、信じてくれるかな?


雪見は、街角に立ち止まって真由子にメールしている間、
自分がとんでもなく、にやついていることに気が付き
慌てて表情を取り替えた。


      真由子さま。
      さっきは突然帰ってしま
      い、ゴメンナサイ。
      あの後、とんでもない展
      開になっちゃった!
      
      なんと、この私が健人専
      属カメラマンになっちま  
      ったのです!凄い!
      自分でも信じられない!
      真由子には何が起こった
      か、訳解らんと思うので
      後からゆっくり話すね。
      じゃあ、これから明日の
      準備があるので帰ります
      またね。



送信ボタンを押してから、またやっちゃった!
と、がっくりきた。真由子に叱られる。

  また 絵文字を忘れた。せっかちなのかな?
  絵文字を探してる時間が、もったいなくて…。


自分に言い訳をし、まぁいいや!とケータイを閉じて歩き出す。
すると、すぐにケータイの着メロが鳴り出した。

  さては、真由子だな!あの人もせっかちなんだから!


どれどれ、とケータイを開くと、それは健人からの電話であった。

  ええっ!健人くんからだ!!
  どうしよう!



どうしようも何もないのだが、雪見はドキドキして
なかなか電話に出る勇気がなかった。

深呼吸を一度して、恐る恐るボタンを押して出る。


「もしもし、健人くん?」

 















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.22 )
日時: 2011/02/22 18:47
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「あ、ゆき姉?さっきはありがとね!
俺のために、頑張ってくれたんだよね。
俺、めっちゃ感激した!すっげー嬉しかった!!
ねぇ、まだ その辺にいるの?もう、帰っちゃった?」

健人が電話越しに、早口でまくし立てる。


「いや、まだ事務所の近くを歩いてるとこ。
角を曲がった交差点の前にいる。
友達にメールしてたから…。」

「じゃあ、飯食いに行かない?俺、おごるから。
なんかゆき姉に、お礼がしたい!
明日の打ち合わせも、ちゃんとしておきたいし。」

「お礼だなんて。こっちこそ、すごい仕事をもらえたんだから
健人くんには感謝してる。だから今日は、私がおごるよ。
昨日は健人くんにおごってもらっちゃったから。」


「俺、今めちゃくちゃ腹減ってるから、すっげー食うと思うけど
ゆき姉、お金持ってんの?」

「失礼だなぁー!健人くんにおごるくらいのお金は
持ち合わせてますよーだ!
けど、どんだけ食べる気してるの?」

「あはは!冗談、冗談!そんなに食わないから安心して。
じゃあさ、俺、そっちに行くから、そこで待ってて。
絶対、待っててよ! じゃ!」


   
   うそ!健人くんが来る!
   どうしよう!こんな人混みの中なのに。
   こんな所に斎藤健人がいたら、街中パニックだ!
   どうしよ、どうしよ!!


雪見がどうしていいのかわからずに、一人で焦っていると
後ろの方から大きな声で
「ゆきねぇ〜!!」と呼ぶ声がした。

   ええっ!うそでしょ?
   なんでそんな大声で……


慌てて後ろを振り返ると、
黒縁眼鏡に大きなマスク、黒い帽子を目深にかぶった健人が、 
息せき切って人混みをかき分けながら、走ってくるのが見えた。


「お待たせ!あー、走った走った!
ゆき姉がどっか行っちゃったら困るから、
事務所から全力疾走してきたよ。あー、疲れた!」


雪見は、自分のために息を切らして駆けてきた健人が
愛しくて愛しくて、思わずギュッと抱きしめたい衝動にかられた。

   いかん、いかん!なに考えてんの、雪見!
   こんな街中で。
   とにかく早く、どこかのお店に入らなくちゃ。
   こんな所で健人くんだってバレたら、大変!



雪見は取りあえず、歩き出した。
健人の腕を引っ張りながら。

歩きながら、すばやく
二、三軒のお店のリストを頭の中から引き出し、
一番近くで健人の気に入りそうな店を、一軒決めた。


「ねぇ、ゆき姉!どこまで歩くのさ。」

「もうちょっと!」

「俺、喉乾いた!腹減った!」



駄々っ子のような幼い顔を見せる健人に、
雪見はクスッと笑いながら

「もうちょっとだから、頑張って歩いて!」

と、お母さんのように手を引いて先を歩いた。



「ほら、到着!この辺りではここが一番の私のお薦め。
たぶん、健人くんも気に入ってくれると思うけど。」

「居酒屋 どんべい? ずいぶん、渋い名前だね。
おじさんの集まってそうなお店だけど…。」

予想通り、健人が躊躇したので可笑しかった。


「いいから、いいから。さ、入って!」



ビルの地下一階にあるその店は、
一歩中へ入ると店名からは想像のつかない、お洒落な店だった。

お洒落なんだけれども、どこか懐かしい
居心地の良さそうなブースが、いくつにも分かれている。


雪見はここの常連らしく、カウンターの中にいたマスターに
一声かけてから、店の奥へと進んだ。

そこは四人も入れば一杯になる、掘りごたつになった
小さな個室であった。


「ごめん!ちょっと狭いかな?
でも、この微妙な狭さが段々と落ち着いてくるんだよね。
ここの料理は、なんでも絶品なの!
マスターがアイディアマンで、いつも帰りにレシピを聞いて帰るんだ。
ま、酔っぱらって、聞いても忘れることの方が多いんだけど…。」


その時、「入るよ」とさっきのマスターが自ら注文を聞きに来た。


「いらっしゃい、雪見ちゃん。
雪見ちゃんが、初めて男の人を連れて来たから、
挨拶しとかないとと思って。

どうも。ここのマスターの中居です。
雪見ちゃんには、しょっちゅう来てもらって…。」


「やだな、マスター!
私がとんでもない酒飲みに聞こえるでしょ!
嘘だからね、健人くん。」

「あ、健人くんって言うんだ。よろしく、健人くん!」


そう言って、マスターは握手を求めた。

健人は、握手を求める相手にマスク姿は失礼かと
急いでマスクを外した。


「あっ!!」  マスターが大声をあげて、手を引っ込める。
目を白黒させるマスターの顔が面白かった。



「も、もしかして、斎藤健人!?」

「ども。斎藤健人です。」


ぺこんと健人が頭をさげる。


「ちょっと、雪見ちゃん!
なんで、雪見ちゃんが斎藤健人と一緒にいるわけ?」

さっきの大声から一転、いきなり蚊の鳴くような声で言った。


「ごめんごめん、驚かせちゃった?私たち、遠い親戚なの。
明日から一緒に仕事することになって、今日はその打ち合わせ。

ねぇねぇ、詳しい話はあとでするから、先にビール持ってきてよ!
もう、喉がカラカラなんだから。

あ、健人くんも最初はビールでいいんだよね?
じゃ、ビール二つ、大至急お願い!
あと、お腹もペコペコだから、すぐできる美味しい物をお任せで。

あと、ここに健人が居ることは、もちろん…」


「内緒でしょ?わかってるって。信用第一だから。
急いでなんか、作ってくる!」

「ビールが先だからねー!」



バタバタとマスターが部屋を出て行ったあと、雪見が健人に謝った。


「ごめんねぇ、健人くん!
あのマスターは絶対悪い人じゃないから、安心して。
まぁ、びっくりするのは無理ないもん。それも最初だけだから。

このお店はきっと健人くんも気に入ってくれると思う。
お料理も美味しいし、安いし、なによりここの常連さんは
あのマスターに元気をもらいに集まって来るんだよ。
私も今まで、随分と助けられた…。」


そう話していると、「開けるよー」と言って
マスターがビール二杯と、たくさんの料理を運んできた。

「取りあえず、これ食べといて!
すぐ、もっとうまいもん、作ってくるから!」

「すっげー、うまそう!!いただきまーす!」


健人が美味しそうに食べる横顔が、雪見は大好きになっていた。







  
  






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.23 )
日時: 2011/02/23 09:05
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「めっちゃ、美味いです!この唐揚げ!!
こっちのポテトグラタンも、すっげー美味すぎる!」


ビールのお代わりを運んできたマスターに、
健人が興奮気味に叫んでいる。

そんな無邪気な健人を見て、マスターも私も満足していた。



「ねぇ、気に入ってくれた?このお店。」

「うん!めちゃ気に入った!みんなにも教えてあげたい!
今度、俺の友達、連れてきてもいい?」

「もちろん!マスターも喜ぶよ。」


「やった!今度、当麻を連れてこよ!」

「当麻、って、三ツ橋当麻くんのこと?」

「そう。同じ事務所で仲いいんだ!
俺より一個下だけど、すごく気が合う。芸能界で一番の友達。」


「そうなんだ。良かった!
ちゃんと近くに、親友がいるんだね。安心したよ。

私ね、健人くんが俳優さんやってるって聞いて、
本当はすごく心配だったんだ。
私の知ってる健人くんは、
人見知りで恥ずかしがり屋さんだったから。
競争の激しい世界で、うまくやっていけるのか心配だった。
けど、昨日と今日で、少し安心できたかな。
私の知らない間に、立派な大人になったんだね。」


「まただ。いっつもゆき姉は俺のこと、子供扱いするんだから!
俺、こう見えても酒だって、結構強いんだよ!」

「あーら!私だって、お酒なら負けないよ!キャリアが違うんだから。
お酒歴一年生に負ける気は全くありません!」

「じゃあ、明日の晩飯賭けて、勝負ってのはどう?」

「望むところよ!負けないからね!」



それから二人はビールを片手に、先ずは明日からの打ち合わせをした。


「明日の撮影は、取りあえずドラマの撮影現場からスタートするね。
二ヶ月の間には、寝起きの顔だったり、
お風呂に入ってるとこだったりも徐々に撮ってくけど…。」

「えーっ!そんなとこも撮すの!?」

「もちろん!ファンが知りたいのは、そういう日常の健人なんだから。
私はファンを代表して、みんなの知りたいを叶えてあげるの。」


「ゆき姉って、俺のファンなの?」

「え? も、もちろん親戚一同、みんな健人くんの
ファンに決まってるじゃない!」

「なんだ、それだけ…。」

「それだけ、ってなによ。それじゃ、ご不満?」


「俺はさぁ、ゆき姉が俺の専属カメラマンになってくれて、
めちゃくちゃ嬉しかったんだよ。
俺のこと、本当にわかってくれた人はゆき姉が初めてだから…。

俺さぁ、今日ゆき姉が今野さんに言ってくれたセリフ、
一生忘れないと思う。
俺、この人のために、明日から一生懸命働こうと思った……。」


「結構、お酒回ってきたでしょ?やっぱ、私の勝ちかな?」

「まだまだ!」



それから二人で赤ワインを開け、改めて明日からよろしく!
と、乾杯をした。

「俺、最近、ワインが好きになってさ。
飲みながら、俺って大人だなぁとか思うわけ。」

「そんなこと、思いながら飲んでるうちは、まだ子供!」

「子供はお酒、飲んじゃいかんでしょ!だから、大人!」

「はいはい!健人くんは大人です!」



そんなくだらない話や、お互いの猫の話、家族の話や、
これからの夢の話など、夜が更けるのも忘れて語り合う。

二人とも、自分がなにも飾らずに素の自分でいられることを
居心地良く思っていた。

いつまでも、こうして二人でいたいとお互いが感じていた。



「あ!そうだ!聞きたかったことがあるんだ。
ねぇ、昨日健人くん、台湾から帰って来たとき、
成田から私にメールくれたよね?
でも私、あの時、羽田に健人くん迎えに行って、
確かに健人くんが到着ロビーに出てくるの、見たんだよね。

あれって、私にくれたメール、嘘だったの?」


「いや、本当に俺は成田に降りたよ。
ゆき姉が羽田で見た俺は、実は俺の影武者!
パニックが予想される時は、事務所がそっくりさんを用意すんの。」

「えーっ!そうなの?背格好もそっくりだったから、
てっきり健人くんかと…。
健人くんが私に嘘をついたのかと、ずっと気になってて…。」


「俺、ゆき姉に嘘なんて、一生つかないよ!
好きな人に嘘つく男は最低だと思う。」


「えっ?好きな人、って?」

「い、いや、これは一般論であって、俺が、って意味じゃなくて…。」



二人とも、ビール五杯ずつに赤ワインを一本空けたところで
急に酔いが回ってきた。


今日一日の、いや、ここ六時間ばかりの間に
二人の距離は一気に縮まった。

明日からは二人、いつも一緒にいれる。


そう思うと、心に安らぎが訪れて、
昨日からの疲れも訪れて、眠気も訪れて……。

いつしか二人は、寄り添うようにして
畳の上で深い眠りに落ちて行ってしまった。




……雪見ちゃん!

…雪見ちゃん!!起きろー!雪見ちゃん!


「ええっ!?ここ、どこ? え?マスター?
うっっそ!私たち、ここで寝ちゃったの??
なんで起こしてくれなかったの!」

「あんまり、二人が気持ちよさそうに寝てたから、
もう少しだけ寝かしてやろうと思ってるうちに、
俺もカウンターで寝ちゃった!」

「で、いま何時?」  「朝の五時。」

「ええーっ!五時なの?大変!!
健人くん!起きて!!大変だよ、早く帰って準備しなきゃ!」

「いってぇ!頭がぐらぐらする。なんか、気持ち悪いし…。」

「そんなこと、言ってる場合じゃない!早く早く!
帰ってシャワーする時間、あるかな?服もしわしわだし。
カメラの点検もしてないよ!
やばい!初日から遅刻はやだ〜!!」



しーん と静まりかえった街の中に、
二人のドタバタと騒ぐ声だけが響き渡り、
一足早く起こされた街路樹が、さわさわと朝の運動を始めた。

今日からの二人を祝福するかのように、
オレンジ色の光がビルの谷間に降り注いでいる。


さぁ、ここからが私たちの記念すべき第一歩。
もう、迷うことはなにもない。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.24 )
日時: 2011/02/23 17:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

朝の五時過ぎ。まだ動き出す前の街に、
慌てふためく二人の姿があった。

タクシーをひろい、急いで二人で乗り込む。


健人と雪見のマンションは、同じ沿線上にあり
先に健人が降りなければならない。
なのに、先に乗り込んでしまったのは健人だった。

「なんで先に乗っちゃったの?最初に降りるのは健人くんなのに!」

「しょーがないじゃん!後ろから押したのはゆき姉でしょ!」


タクシーの運転手さんが、チラッとミラー越しに後ろを見る。



「やばっ!もう早、来ちゃったよ。」

そう言いながら、健人が鞄の中からマスクを取り出し
慌ててつけた。


「今日の花粉はヤバイかも!
俺のレーダーが、マックスに反応してるよ。」

「健人くん、花粉症なんだ。大変だね、この時期。」

「ゆき姉は平気なの?」

「今の所は大丈夫そう。
でもあれって、ある日突然なるんでしょ?健人くんも?」

「そう!ほんとにある日突然。前の自分に戻りたい!」

「なんか、目もすごい充血してるけど、大丈夫?
これからドラマの撮影だけど…。
私は、ありのままの健人くんを撮すのが仕事だから平気だけど、
ドラマはそうはいかないでしょ?」

「大丈夫、大丈夫!こう見えても一応プロだと自覚してるから。
当麻と朝まで飲んで、一睡もしないで仕事行っても
わりと普通に仕事できる。俺、若いから!」

「あっ、そう!若くて良かったですねぇ。どうせ私なんか…。」



「ゆき姉って、いくつだっけ?」

「ね、それ嫌み?
一回り違うんだから、健人くんの年プラス十二でしょ。」

「ゆき姉は三十代になんか、絶対に見えないよ!」

「じゃあ、四十代に見える?」

「なに言ってんの!もっと自分に自信を持ちなよ!
ゆき姉は昔から綺麗で頭が良くて、俺の自慢の姉ちゃん
だったんだから!今だって昔と何にも変らないよ。」

「姉ちゃんかぁ…。そうだよね。
健人くんにとって私はお姉ちゃんだよね、親戚の…。」



なんだか、夢から覚めた思いがした。

急に現実に引き戻され、一気に酔いも醒めた。


  そう、これから一緒に仕事をしていくのなら、
  「親戚のお姉さん」のスタンスがちょうど良い。
  健人くんがそう思っているのなら、それでいいんだ…。


自分で自分を納得させると、少しは踏ん切りがついた。

  よし、今日から仕事、頑張らなくちゃ!



そうこうしているうちに、健人のマンションに到着。
一度、雪見が降りてから健人を降ろす。

「じゃあ、また後で。急いで支度してね。
スタジオで待ってるから。じゃ!」


そう言って、雪見は再びタクシーに乗り込み
急いで自宅を目指す。

  着いたらまず、めめにご飯をあげて、お水を取り替えて、
  シャワーをして、カメラの準備をして…


降りてからの手はずを順番に頭に叩き込み、
一分たりとも無駄にはできない、仕事前の時間に備える。


「お客さん、着きましたよ!」

よし!スタートダッシュだ!!


大急ぎで部屋の鍵を開け中へ入ると、まだ寝ぼけ眼のめめが
ご主人様のいなかったベッドから飛び降りて、
私の足元にすり寄って来た。


「ごめんねぇ、またすぐに出かけなくちゃならないの。
今、ご飯あげるから、ちょっと待ってて!」

いつもよりスピードアップして、めめのご飯と水を整えた。


お次はシャワーだ!

初日から、ぼけっとした顔して行くわけにはいかない。
なんせ私は、今をときめくイケメン俳優 斎藤健人の
専属カメラマンなのだから!


お化粧も抜かりなく。健人くんの親戚でもあるわけで
健人くんが恥ずかしくないように、
「綺麗なお姉さん」でいつもいなくちゃ!


服もこんな感じが初日はいいだろう。
第一印象って、めちゃくちゃ大事!
特に女のカメラマンは、男に比べて甘く見られる。

いつもは猫が相手だから、地面に腹這いになったり
草っ原に寝ころんだり、汚してもいい格好で仕事をするが
今日からの私は、そうはいかない。
仕事のできる女に見られたいから、真由子の真似を少ししてみた。
いい感じ。


さぁ、カメラのチェックも終わったし、準備完了!
いざ、斎藤健人の撮影現場へ。




初めて目にするドラマのセット。へぇ、こうなってるんだ。

それは健人演じる主人公、高嶋隼人の自宅マンションのセットで、
まるで本当に、ここが健人の部屋かと錯覚するような
生活感溢れる造りになっていた。


感心しながら、あちこちキョロキョロ見渡していると
スタジオの入り口方面から
「斎藤健人さん、入りまーす!」という声がして
健人がスタジオに入って来た。


振り返って見てみると、そこにはさっきまで一緒に飲んでいた
無邪気で柔らかで、少し子供っぽい親戚の健人ではなく、
身体中からオレンジ色のオーラが見えるような
キリッとした表情で堂々とした、俳優の斎藤健人が立っていた。

  
  すごい!私の知っている健人くんと俳優の斎藤健人とは
  全くの別人なんだ!
  こんな健人くんのオーラは感じたことがない。


スタジオ入りの瞬間から、シャッターを押そうと思っていたのに
その存在感に圧倒されて、すっかりタイミングを逃してしまった。

  
  いけない!これは私も真剣勝負で挑まないと。
  俳優 斎藤健人の顔があってこそ、素の斎藤健人が存在するんだ。
  どれも本当の健人くんなのだから、
  どんな顔も撮り逃してはならない!よし、じゃ始めるか!


雪見にもスイッチが入り、一瞬で鋭いカメラマンの目に豹変した。


本番中は、シャッター音が入ってはいけないので撮せない。
打ち合わせや、リハーサル、休憩時間などを狙って撮すことにする。

なるべく本人の集中が途切れないよう、
望遠レンズで離れた場所から狙うことにした。
それはまるで、なかなか草藪から出てこない子猫を、
木の陰からそっとのぞく、いつもの自分のようだ。

  結構、これ得意なの。

なんだかファインダーの中に映るのは、
いたずらっ子のかわいい目をした子猫のような気がした。
  


「本日の撮影はすべて終了です!お疲れ様でした!」

そう声があがると、やっと健人の表情がゆるみ笑顔が見えた。
私はその瞬間を逃さずにシャッターを切り、
こっちに向かって歩いてくる健人に、最後までカメラを向けた。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.25 )
日時: 2011/02/23 22:25
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「お疲れ、ゆき姉!俺、どうだった?」


ゆき姉!と健人に呼ばれて、パチンと私のカメラマンスイッチが
オフになり、静かにカメラを持つ手を下に下ろした。


「お疲れ様、健人くん!
かっこよくて、惚れ惚れしながらカメラ覗いてたよ。
すごい役者さんだなーって。初めて尊敬した!」

「初めてかよ!まぁ、そうだね。
普段の俺に、尊敬ポイントは確かにないわ。
で、写真はうまく撮れた?
スタジオの中って、結構制限があるから大変だったんじゃない?」

「大丈夫!いい表情撮れたよ。
私の方こそ、お芝居の邪魔しなかった?
あんまり視界に入らないように、撮ったつもりなんだけど。」

「ぜんぜん、ゆき姉がどこにいるのか解らなかった!
二日酔いで、途中で帰っちゃったのかと思ったよ。」

「そんなわけないでしょう!健人くんこそ、二日酔いでしょ?」

「ぜーんぜん!まだまだ飲めたよ!」

「じゃあ、昨日の賭けは引き分けかぁ。
せっかく今日は、健人くんのおごりだと思ったんだけどな。」

「まぁ、負けてないけど、おごってあげる。
今日は、写真集撮影スタート記念日だから!
けど、この後の雑誌のインタビューが終わってからね。
このままセットの中で取材受けるから、そこで待ってて。」



二人の親しげな様子に、周りにいた人達がざわめいた。



それに気づいた健人が、慌てて雪見を紹介する。

「あ、こちらはフリーカメラマンの浅香雪見さんです。
今日から二ヶ月ばかり、僕の写真集の専属カメラマンとして
同行するので、よろしくお願いします!」

周りのスタッフに向かって、ぺこんと頭を下げた。



それを見て、雪見も慌てて自己紹介をする。

「ご挨拶が遅れまして失礼いたしました。
わたくし、本日から斎藤健人さんに同行させていただく
浅香雪見と申します。
現場の皆様にご迷惑にならないよう配慮いたしますので、
どうぞよろしくお願いいたします。」


大人な挨拶をする雪見を、健人は誇らしげに見守っていた。
かっこいい、大人の女性だなぁーと思いながら
改めて雪見の姿を見直した。

  
  ゆき姉ってよく見ると、今野さんの言う通り
  美人の部類に入るよなぁ。
  美人って言葉はなんか、ニュアンスが違う気もするけど
  綺麗だよね。こういう女優さんがいてもおかしくないな。


健人の視線に気づいた雪見が、笑いかけた。

「あのね、みんな、私と健人くんの仲を疑ってたんだから!
あんまり親しそうに話してるから、年上の彼女かと思ったって!
で、赤ちゃんの時から知っている、遠い親戚だって言ったら
みんな驚いてたよ。
今度、赤ちゃんの時の写真見せて!だって。」


雪見が嬉しそうにしていて、健人は安心した。
この雰囲気に馴染めるか、少し心配だったから。
でも、雪見は明るくて、ぱっと咲いたひまわりのような人だから
自然と周りに人が集まってくるのも不思議ではなかった。


健人は笑いながら、

「そう!でもチンチン丸出しの写真だけはやめてね。
あ、この際だから、猫の写真集とか売り込んじゃえば?
結構ここのスタッフさんって猫好きな人、多いよ!
俺もこの前コタとプリンの写真集、みんなに回し読みされたもん。
欲しい!とか言われたけど、ダメ!って言った。」

「そうなの?なんか嬉しいな。
コタとプリンの写真集、私の周りでも評判良くって、
ちゃんと出版すればいいのにって、よく言われる。
そうだ!健人くんの写真集が終わったら、
今度はコタとプリンの写真集、ちゃんと編集し直そうかな?」


とても上機嫌な雪見を、健人は微笑ましく眺めていた。

取りあえず、初日は無事終了だ!


そこへ、「斎藤さーん!取材の準備が整ったので、
セットの方へお願いしまーす!」と、声がかかる。


「じゃあ、ゆき姉!もうひと仕事してくるから待っててね!」

そう言い残し、健人が再びセットの中へと入って行った。



雪見はもう一度、カメラバッグを開けてカメラを取り出し、
健人に気づかれない角度からファインダーを覗いた。

  
  お芝居をしてる健人くんは、もちろん別人に見えるけど
  取材を受けてても、やっぱりアイドルの斎藤健人なんだ。
  ずっと、アイドルで居続けるのって、大変なんだろうな。
  すでに出来上がったイメージから外れるわけにはいかないし、
  寝る時、素の自分に戻ったとしても、
  また朝になれば、アイドルの顔をして仕事に行かなきゃならない。
  なんだか、ちょっとかわいそう…。
  
  私が側にいたら、少しは素に戻れる時間が増えるかな。
  忙しい毎日でも、ほんのちょっとの空き時間に
  心を休めさせてあげられるかな。
  なにか健人くんの、助けになりたい…。


そう思いながら、ファインダーの奥の健人を見つめていた。

  今日は月曜日か。
  今週の木曜日には、久しぶりに実家でのんびりできるんだね。
  あと、明日とあさって、頑張って仕事しようね!


その時、「どーも、お疲れ様でした!ありがとうございます!」
と、チーフマネージャーの今野さんの声がした。

どうやら取材が終了したようだ。


ぱたぱたと健人が雪見の前に駆け寄ってくる。


「腹へったぁ〜!ゆき姉!早くご飯に行こ!!俺、死んじゃう!」

と、また昨日の夜と同じ駄々っ子の健人が立っていた。


雪見は、「しょーがないなぁ!じゃあ、とっておきのお店
第二弾を紹介するか!」と、わざとお姉さんぶって言った。

健人は、「やった!今日もゆき姉のおごりになった!」
と無邪気に笑い、一瞬で素の斎藤健人に戻ってくれた。



この二ヶ月間は、私が守ってあげる。

健人くんの疲れた心を、私が癒やしてあげる。


そのためにだけ、私はあなたのそばにいる。


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