コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.543 )
- 日時: 2014/04/24 14:14
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
『もしもし、ゆき姉っ?』
「…え?うそっ!?健人くん?
どーしたのっ?まだ稽古中でしょ?だからメールにしたのに。」
健人のケータイを鳴らしたのは、確かに雪見からのメールだったのだが、
健人は中身も読まずにすぐ電話した。
文字をやり取りする時間がもどかしかったし、何より声を聞きたかったから。
『今日は早くに終わったんだ。今、ストレッチしてたとこ。
でね、さっきプレゼント届いたから、お礼言いたかったわけ。』
「プレゼン…ト??…あ、もしかして…今日の写真もう見たの!?」
『うん、見た。みんなで見たよ。
事務員さんがプリントしたのを綴じて、持って来てくれたんだ。』
「ええーっ!?私が勝手に送りつけたのに、そんな事までしてくれたのぉ?
キャーッ!急いでお礼のメールしなきゃ!!」
雪見があたふたしてるので、隣の今野が何事か!?と目を丸くしてる。
と、雪見の耳に突然、健人の『ごめんね。』という言葉が飛び込んできた。
「えっ…?なに…が?」
『ゆき姉…あのために早く帰ったんだよね。それなのに…ゴメン。』
一瞬何のことかと戸惑ったが、すねたことを謝ってるのだとすぐ気付き
胸がキュンとした。
悪いのはいつも私なのに…。
「ううん。私の方こそ、ちゃんと言えばよかったのに…。ごめんねっ。
ほんとは日本に帰ってからにしようと思ったんだけど、いい写真撮れたの
わかってたから、みんなに早く見せたくなっちゃって…。」
『うん。めちゃくちゃいい写真ばっかだったよ。みんなも喜んでた。
やっぱ、ゆき姉は凄いカメラマンなんだなーって、改めて思った。
俺の自慢の奥さん。最近好き過ぎて困ってる(笑)』
「健人くん…。」
そんなこと、今言わないでよ。
私、奥さんらしいこと、何にもしてあげられないのに…。
今だって、あなたを置いて帰ろうとしてるのに…。
不意に言われる愛の言葉は、そこまでの平常心を一秒で掻き乱す。
会いたい…。
「私も大好きだよ」って、あなたの胸に飛び込みたい。
ずっと一緒に居たいよ…。
今ならまだ…戻れ…る?
本気で今野をまいて引き返そうかと思った時だった。
健人のケータイ越しに、ホンギの大声が聞こえた。
『ゆき姉ーっ!写真ありがとねー!!
勇気と自信がいっぱいいっぱいになったから、今日頑張るよ!
俺もゆき姉が好き過ぎて困ってるー(笑)』
そう言いながらホンギが爆笑してる。
『クッソー!聞かれてたかぁぁ!!
お前、あっちで先生と話してたじゃん。どんだけ地獄耳なの。
てか、いっぱいいっぱいって日本語、使い方間違ってるし(笑)』
『え?なんで?すごーくたくさんって意味じゃないの??
ねーねー、それとさ。地獄耳って日本語、怖くない?
なんで地獄の耳なの?よく聞こえるんだから天国耳じゃダメなの?』
『天国耳とか、そんな日本語ねーし(笑)
日本で仕事したいなら、もっと勉強しなさい。』
健人とホンギの楽しそうな笑い声。
それを耳にして、今すぐ戻りたいという呪縛は緩やかに解けた。
そうだったね…。
みんなそれぞれの場所で、自分の頂上を目指すんだった…。
私には私の、健人くんには健人くんのやるべき事があるんだよね。
なんで私は、いくつになってもフラフラしてんだろ…。
健人くんの方が、よっぽど大人。
私は年ばっか食って、なにやってんだか…。
いい加減、自分自身に呆れかえり溜め息が出る。
あぁ、でもそろそろ時間だ。
「ねぇ。話してて大丈夫なの?まだ終わってないんでしょ?」
『え?あ、やっべ、先生から伝言頼まれたんだった!』
「伝言?私…に?」
『いいニュースだよ。ゆき姉が撮した写真を、発表会のパンフに使いたいんだって。
アカデミーから正式な依頼だって言ってた。おめでと。』
「えっ?うそっ…。私の写真が発表会のパンフレットに…?」
隣で今野が「でかしたっ!!」とガッツポーズしてる。
それはアメリカのマスメディアに、日本人カメラマン浅香雪見が、広く
紹介されることを意味してた。
アカデミーでは毎年、発表会用に本格的なパンフレットを作成する。
来場者に無料で配布するのだが、このパンフが人気で、ネットオークションでは
高値で取引されるほど。
なぜなら。そこには未来のスターが確実に写っているから。
これまでに多くの有名俳優を輩出してきたアカデミー。
過去のパンフには、今やハリウッドを代表するスター達の、貴重なデビュー前の姿が。
それを託される新進カメラマンも、スターが誕生すると同時に知名度が上がり、
今では起用されること自体がステータスであり、将来を約束される意味合いを持つ。
そう言えば、アカデミーに来てすぐ言われた事を思い出した。
「あなたカメラマンなの?じゃあ彼同様、あなたにも大きなチャンスが待ってるわ。」と…。
だが、そんな話にはちっとも興味が無かった。
自分は健人に同行したカメラマンであり、次に出す写真集のために最高の仕事をする、
ただそれだけしか頭には無かった。
この先も、ずっと猫と健人くんさえ撮していければそれでいいのに…。
厄介な仕事がまたひとつ増えそうで、嬉しいという感情が湧いてこない。
雪見がしばし考え込んでると、今野がイライラした様子で「貸せっ!」
とケータイを取り上げた。
「健人、勿論OKしとけよっ!
そんな美味そうな棚からぼた餅、受け止めない奴がどこにいる!」
『いや、棚ぼたではないですけど。ゆき姉の才能が正しく評価されただけで…。』
「何だっていいんだよっ!『スミスソニア』といいアカデミーといい、
ビッグチャンスが向こうから転がってきたんだ。
ホワイトハウスの一件から、こんな追い風が吹くのを待ってたのさ。
よし、あとは日本に戻ってから正式な契約をしよう。そう伝えといてくれ。
お前も雪見と一緒に世界へ飛べよ。必ず…な。」
『そのつもりです。』
その時、成田行き搭乗開始のアナウンスが流れ、客が一斉に立ち上がり移動を始めた。
「じゃ、時間だから行くぞ。」
『あ、すみません。ちょっとだけゆき姉に代わってもらえますか?』
「おぅ。」
『もしもし、ゆき姉?なんか悩んでんの?俺はゆき姉の仕事、応援してるよ。
てゆーか俺だって世界に出んだから、専属カメラマンも有名じゃないと困るんですけど。』
健人は電話越しに優しく笑ってた。
でも本心なんて読みとることは出来ない。
だって彼は…一流の役者なのだから。
慌ただしく電話を切ったあと、健人は雪見から届いてたメールを開いた。
健人くん、お疲れ様です。
私は無事空港に着いてるよ。
あのね、バタバタ家を出て来たから
バスタオル出してくるの忘れたぁ!
夕飯もシチューしか作れなかったの。
ごめんね。
でも愛情とブロッコリーだけは山盛
り入れて作ったよ。へへっ。
身体に良い野菜の王様なんだから、
風紀を乱すなんて言わず、ちゃんと
食べること!
ホンギくんの分もあります。
カメラテスト終わったら、ワインで
乾杯してあげて下さい。
では、吉報が届くと信じて!
by YUKIMI
「オカンか…。」
そう呟きながら、相変わらず絵文字のないメールをボーっと見つめる。
だが、これ以上見てると自分は泣き出すであろう事に気付き、慌てて文字をパタンと閉じた。
そしてホンギは無事カメラテストに合格。
健人と二人『スミスソニア』のアジア圏イメージモデルに就任した。
雪見から送られてきた写真が後押ししたことを帰り際に聞き、閉じたはずの涙腺が再び緩む。
その夜に食べたシチューのブロッコリーは、初めて『あってもいいかな。』
と思える気がした。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.544 )
- 日時: 2014/05/09 01:50
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
アメリカに健人を残し帰国してから十日ほど。
雪見は、時差ボケを解消する間もなく始まった、想像の範疇を越えた忙しさに
毎日必死に食らいついてた。
世界同時発売されるCDのプロモーション。
超高級ブランド『スミスソニア』の新作ドレスモデル。
それらに付随するテレビの取材、雑誌のインタビュー、グラビア撮影、
イベント出演等が分刻みで。
その合間を縫うように、カメラマンとしての仕事も超多忙だった。
引き受けることにしたアカデミーの発表会パンフ用写真は、帰国後すぐに
今まで撮したすべてのデータを整理して送信。
渡米前から契約してた有名人の写真集撮影も山積み。
しかも『マルチな才能を発揮し世界に注目される美人カメラマン』などと話題になってからは
更に新たな仕事が次々と舞い込み、雪見のスケジュールは二年先まで余白はなかった。
だが、このままではどこかで息切れしてしまう。
そう判断した事務所の対応は素早かった。
都内高級住宅街にある撮影スタジオを、雪見の拠点とするため借り受けてくれたのだ。
漆喰の白壁が美しい南欧風建築の大きな住宅は、以前は著名な写真家のアトリエ兼
別宅だったらしい。
その写真家がフランスへと活動拠点を移すため、家具や備品をそのままに
居抜きで売りに出したのを、小野寺常務が直接交渉し賃貸物件として借り受けてくれた。
忙しい雪見に代わり事務所スタッフが準備を整え、今日がここでの初仕事。
スタッフや今野らと共に撮影準備を進めてた。
雪見の鼻歌が聞こえる。
昨日までの目の回るような慌ただしさから一時解放され、良い環境下で
本業に集中出来ることが嬉しいようだ。
「ホントに素敵なスタジオですね。
天窓から入るお日様が気持ちいいし、庭がとても綺麗で癒される。
でも、ここがあの篠原先生のアトリエだったなんて、恐れ多くて身震いしちゃう(笑)
私なんかのために、こんな高そうなとこ借りてもらって申し訳ないな…。」
まさか自分ごときが専用スタジオを持つなんて、夢にも考えなかった。
だから不思議な気持ちと申し訳なさと、いよいよ抜け出せないとこまで来てしまったという
諦めにも似た覚悟を、心の片隅に意識した。
「なに言ってんだ。事務所の初期投資の一つだよ。
お前はこれから、もっともっと忙しくなる。
モデルや歌の仕事はどうしようもないが、写真の仕事は先方に出向いてもらえば
かなり負担が少なくなるだろ?」
「えぇ、まぁ…。」」
「取材なんかもここで受ければいいし、寝室もキッチンもあるから忙しい時は
寝泊まりだって出来る。
とにかくこの先も息切れせず仕事するには、早めに環境を整えないとな。
遠慮はいらんよ。張り切って仕事してくれ(笑)」
「はい…ありがとうございます。」
あまりの期待の大きさに、過大評価し過ぎではないかと不安になる。
だが、そう言ってもらえるのは有難い事と捉え、少しでも期待に添えるよう
努力しなければと自分を奮い立たせた。
「あ、でも最初に言っとくが、俺はカメラに関してはまったく無知だからな。
常務が今、専門知識のあるアシスタントを探してくれてる。
見つかるまでは俺で我慢してくれ。」
「本当に何から何まですみません。じゃあ遠慮なく…こき使います(笑)」
コポコポと落ちるコーヒーの香り。
天窓からは柔らかな光が差し込み、健人に抱かれてるかのような温もりを感じる。
心地よい緊張感。身体を弛緩させる香りと温もり。
今日は良い仕事が出来そうだ。
それから数日経った、ある日の午後。
「こんにちはー!ここって浅香雪見さんのスタジオですかぁ?」
芸能界に疎い雪見でも知ってた人気アイドルのグラビア撮影を終え、
スタジオの後片づけをしてると、玄関先から聞き覚えのある大きな声が聞こえた。
「はーい!」と返事しながらドアを開けると…。
「やっほー!ゆき姉、久しぶりっ♪」
「つ、つぐみちゃんっ!?」
なんとそこには健人の妹つぐみが、ピースサインしながら立ってるではないか!
「どーしたのっ!?よくここがわかったね!元気だったぁ?」
「午後から休講になったんで来ちゃった。学校から割と近かったよ。
けど、なーんにも看板無いから、間違ってたらどうしようってメチャ緊張したぁ(笑)」
「ごめんごめん!看板はあえて付けてないの。
有名人が出入りするから、隣近所に迷惑かけないようにしないとね。」
「キャー有名人!?誰だれっ?今まで誰が来たの?」
つぐみは興味津々、瞳をキラキラさせながら雪見の返答を待ってる。
自分だって超有名人の妹なのに、どうやら兄は兄でしかないらしい。
可哀想な健人くん、とクスッと笑えた。
「今日は大原さくらちゃんを撮ったよ。さっき帰ったとこ。」
「うっそーっ!さくらちゃんが来てたのぉぉ?ここに?さっきまで??
いやーん、会いたかったよぉ!見たかったぁー!!」
興奮したつぐみの声が予想外に大きくて慌てた。
「とにかく入って入って。ちょうど一段落したからコーヒー落としたとこなの。
さくらちゃんの差し入れの美味しそうなケーキもあるよ。時間は大丈夫でしょ?」
「大丈夫に決まってる!やったぁ、さくらちゃんのケーキケーキ!
おじゃましまーす!って…あれっ?誰か…いるの?」
「あぁ、新しく来たアシスタントがいるけど、気を使わない子だから平気よ。
シュートくーん!ちょっと来てー。健人くんの妹のつぐみちゃんが来てくれたの。」
庭で機材を片付けてたらしいその人が「こんにちは。」と言いながら中に入ってくる。
その瞬間、つぐみはドキッとした。
兄と同じぐらいの年頃。
黒縁メガネ。茶髪。高身長。笑顔が眩しい細身のイケメン。
名前は高岡秋人(たかおかしゅうと)
どこかで聞き覚えのある名前だった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.545 )
- 日時: 2014/05/13 08:10
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「紹介するねっ。健人くんの妹のつぐみちゃん。大学の看護学部一年生なの。
で、こっちはスタジオを手伝ってくれてる高岡秋人くん。
年は…健人くんと同じ、だよね?」
「健人さんは三月生まれで俺は六月だから、年は同じだけど学年は健人さんが一個上です。」
「えっ?シュートくんも六月生まれなの?私もだよ。」
「雪見さんは19日生まれの双子座ですよね?
俺は22日だから残念ながら蟹座(笑)でも血液型は同じA型です。」
「そーなんだ!ど真ん中のA型でしょ?几帳面だもんね。
私はO型の血たっぷりのA型だから、ちょっと違うよ(笑)」
「あぁ、わかる気がします(笑)」
『何?こいつ。ゆき姉の誕生日や血液型まで知ってる。
お兄ちゃんのファンだって言ってたけど…オタクなの?』
二人のどーでもいいやり取りを、ニコニコ聞いてるフリしてつぐみは
必死に幼い頃の記憶を呼び起こしてた。
『昔うちの近所に、シュートってお兄ちゃんの同級生がいなかったっけ…。
シュート、シュートって名前で呼ばれてたから、名字の記憶が薄いんだけど
確か高岡だったはず…。
…あれ?高木だったっけ?でもメガネは掛けてたよ。それに右目の横のホクロが同じ。
最初見た時、初めましてな気がしなかったもん。
でもお兄ちゃんと学年が違うって…。私の勘違いかなぁ…。』
つぐみは他の手がかりを探そうと、高級そうなケーキを口に運びつつも
さりげなく秋人を観察した。
『え?なに?この人のゆき姉を見る目!それって好きな人を見つめる目じゃないの?
なんなのっ?ゆき姉はお兄ちゃんの婚約者だって、ファンなら勿論知ってるでしょ!?
てゆーか、ゆき姉はまったく気付いてる風もないし。ま、天然だからね(笑)
それにしたって、二人に割り込もうなんて百年早いからっ!
ゆき姉はお兄ちゃん一筋だし、お兄ちゃんだってゆき姉のこと、大、大、
だーい好きなんだからっ!二人の仲を邪魔するなー!!
しっかしコイツの素性が気になるー!えーい、聞いちゃえ!』
「あのぅ…。失礼ですけど、どちらのご出身ですか?
昔、埼玉の大宮に住んで…」
「東京です。この辺が地元でした。」
「うそっ!?こんな高級住宅街に住んでたの?
シュートくんって見かけに寄らずお坊ちゃまなんだ!
じゃあ、お給料が少なくっても大丈夫だねっ。良かったぁ(笑)」
『ゆき姉は脳天気に笑ってるけど、この人、今確かに私の言葉を遮った…。絶対怪しい。
よーしっ!お兄ちゃんが帰って来るまで、ゆき姉は私が守るっ!!』
コーヒーを一杯飲み終えると高岡は、つぐみに「どうぞごゆっくり。」と微笑んで
また庭へと出て行った。
その後ろ姿を目で追ったもんだから、つぐみは有らぬ勘違いをされたようだ。
「ははーん♪さ・て・は(笑)
ねぇねぇ、シュートくんってイケメンでしょ?俳優さんみたいな顔立ちだよね。
写真の専門学校出たばかりらしいんだけど、テキパキ先を読んで動いてくれるから、
すっごく仕事がやりやすいの。
きっと健人くんと同じで頭がいいんだなぁー。
でもね、私がここで仕事する時だけのアシスタントだから、あんまりお金にならなくて
申し訳なかったんだけど、お金持ちのお坊ちゃんなら少し気が楽になった(笑)」
『ゆき姉は相変わらず優しいなぁ…。
こんなに綺麗で可愛いくて仕事も出来るんだから、お兄ちゃん以外の人だって
ゆき姉を好きになって当然か…。』
キラキラ輝くように笑う雪見を頬杖つきながら眺めて、つぐみはぼんやりとそう思った。
自分が男だとしたら、こんな彼女が欲しいと思うに決まってる、と。
でも!だ。
ゆき姉はお兄ちゃんのお嫁さんになるのっ!
私のお姉ちゃんなんだからっ!!
「ふぅーん、そーなんだ。いいアシスタントさんが見つかって良かったね。
ゆき姉の仕事が忙しそうだから、お兄ちゃん随分心配してたもん。」
「えっ?健人くんが?もしかして…健人くんに頼まれてここに来たの?」
2杯目のコーヒーを注ぎながら、雪見はつぐみの顔を見る。
つぐみは兄から念を押された『あくまでもさりげなーく様子を見てきて』
との約束を破るのに一瞬躊躇したが、緊急事態だから許せ!と心で承諾を得た。
「そうだよ。お兄ちゃんから電話が来たの。時間があったら様子を見てきて欲しい、って。
電話じゃ元気そうな声してるけど、本当は参ってるんじゃないかって随分心配してた。
ゆき姉は何でも一人で抱え込んで頑張っちゃうから、って…。」
「健人くんが…そんなこと…を?」
そう言葉にした途端、雪見の瞳からポロポロと涙の粒が転がり落ちた。
「ちょっ!え?待って!なんで泣くの?やだぁ!どうしたの?」
つぐみがビックリして慌てふためいてる。
確かに、なぜ泣いてるのか自分でもわからない。泣きたいのを堪えてたつもりもない。
だけど不意に触れた健人の優しさは、遠く離れていても充分に温かく、
だからこそ余計に涙を誘因するのだ。
健人くんに会いたい。
やっぱりそばに…居たいよ…。
涙のきっかけは、見透かされた心だったかも知れない。
だが今は、ただただ健人に会いたくて会いたくて、迷子になった子供のように涙が溢れた。
が、ちょうどそこへ運悪く、秋人が戻って来てしまった。
「どうしたんですか、雪見さんっ!!何かあったんですか?
あ…ちょっと待ってて。」
さっきまで笑ってた雪見が泣いている。
秋人は驚いて雪見の顔を見たが、テーブルの上にコーヒーがこぼれ、
雪見のシャツにも染みが付いてるのに目をやると、素早くキッチンからタオルを持ってきた。
ボーっとしていて、コーヒーをこぼしたことにさえ気付かなかった。
白いシャツに付いた染みを、秋人が濡れタオルでポンポンと一生懸命叩いてくれてる。
その頭をぼんやり眺めながら、これが健人くんだったら…と顔を思い浮かべた。
『しょーがねーなぁー、ゆき姉は!
ほんっと、そそっかしいんだから。
あーあ、取れないよ。無理。もうムリっ!
早くクリーニングに出しちゃえ(笑)』
きっと笑いながらそう言って、タオルをテーブルにポーンと放り投げるだろうな。
そしてお気に入りのシャツを汚して落ち込んでる私の頭をポン!と叩いてこう言うだろう。
『そだ!新しい服買いに行こ!俺が選んでやるよ。
でさ、帰りになんかうまいもん食ってこよ♪早く準備して。』
目の前に健人が浮かんでクスッと笑ったら、もっといっぱい泣けてきた。
雪見の肩を無言でギュッと抱き寄せる秋人。
つぐみはこの状況を、どう兄に伝えたらよいものかと思案してる。
さっき食べたアイドル差し入れ高級ケーキの味が、頭から見事に吹き飛んでることを
少なからず後悔しながら…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.546 )
- 日時: 2014/05/16 18:33
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「少し…落ち着きましたか?」
秋人が雪見の肩からそっと手を離し、柔らかに微笑んで雪見を見る。
その一部始終から目を離すもんか!と使命に燃えてるつぐみは、砂糖を入れそびれた
苦いコーヒーを我慢して飲みながら、さりげなく秋人を監視した。
「ごめんなさい…。もう大丈夫。
きっと、つぐみちゃんの顔を見てホッとしたのね。
毎日毎日、知らない人との仕事ばかりだったから…。」
さすがに健人に会いたくて泣いた、とは言えなかった。
けれども理由の2番目はこんな事だろうな…と自分で言ってから納得した。
「疲れも溜まってるんですよ。雪見さんは忙しすぎます。」
秋人が雪見をいたわるように、穏やかな声で助言する。
その眼差しがあまりにも優しすぎて、つぐみの使命感を更に掻き立てた。
『この人、男のくせにやたら気が利くな。お兄ちゃんとは大違いだ。』
いつの間に用意したのか、秋人がグラスに入れた冷たい水を雪見にスッと差し出す。
つぐみはそれをマジマジと眺めながら、気を使われた記憶のない兄の顔を思い浮かべた。
「ありがとう。」と受け取った雪見は一口だけ飲むと、少しうつむいて
今まで誰にも話したことのないことを、ポツリポツリと語り始める。
「私ね…。たぶん…人と接することがあまり得意じゃないのかも知れない。」
「えっ…?」
それはつぐみにとっても秋人にとっても、青天の霹靂に匹敵する意外な言葉だった。
今まで、ただの一度もそんな風に感じたことなどないのだから。
「あ…対人恐怖症とか、そんなんじゃないのよ。無理してる意識もないし。
でもね…。今思えば人とあまり関わりたくなくて、猫を相手に仕事してた気がする。
それなのに、今は毎日が初めて会う人ばかり…。
新しい仕事始めたばっかなんだから、当たり前の事なんだけど。でも…。」
「でも…?」
秋人が首を傾げて雪見の言葉を促した。
「心がいつも緊張してて…。帰国してから夜も眠れないの。
どんなにお酒を飲んでも寝られない…。」
つぐみと秋人は、とんでもない機密事項を耳にした気がして緊張した。
多分兄さえ知らない、いや、雪見のことだから心配かけまいと話すはずもない
重要事項を…。
「そんな…。ゆき姉、毎日忙しいんでしょ?寝ないと倒れちゃうよ!
ダメだよ、そんなのっ!!」
「そうですよ。ここの片付けは俺がやりますから、次の仕事まで少し休んで下さい。
済みませんでした…。俺がここに来たことも要因のひとつですよね。
もっと早くに気付いてあげれば良かった…。」
悲しげに頭を下げた秋人を見て、再び雪見の瞳から涙がポロンとこぼれ落ちた。
「違う…。違うよ…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。」
雪見はそう言うと、その場から逃げ出すように、まだ一度も使ったことのない
ベッドルームへと駆け込み、内側からガチャリと鍵を掛けてしまった。
取り残された二人は茫然と佇むだけ。
だが二人とも、雪見を守らなくてはならないという思いは同じくした。
つぐみにとってさっきまでの敵が、ただ一人の味方になった。
「健人さん…には?」
「言えるわけないじゃないですかっ!
お兄ちゃん、ゆき姉を心配して私に見てこいって言ったのに!」
「だったら尚更、言わなきゃならないんじゃないの?」
さっきまで柔らかな物腰だったのが、いきなり強い口調で言われて、
つぐみは少しムッときた。
そんなこと、言われなくてもわかってる。
だけどゆき姉が、お兄ちゃんに心配かけないように黙ってることを、
この私が言えるわけないじゃない!
あんたも…言ったらブッ殺す!
…と、心の中で脅しをかけた。
何も答えが出ないまま時間だけが過ぎ…。
次の仕事へ移動するため、今野が雪見を迎えに来てしまった。
「おぉ!つぐみちゃんじゃないか。久しぶり!
いやいやいや、すっかり綺麗な女子大生になっちゃって。」
「今野さんは変わりないですねー。相変わらず…。」
途中まで言いかけて自分の口にストップをかけた。
危うく兄に怒られるセリフを吐くとこだった。
「相変わらず、なんだ?」
「相変わらず…お、お元気そうで!うん、何よりです、何より。あははっ。」
本当は『相変わらずダサくて。』と言いそうになったのだが…。
「あれっ?雪見は?準備でもしてんのか?
おーい!どこだ。早くしろっ!次は撮られる番なんだぞ。
『スミスソニア』は時間にうるさいんだから、早めに出発しないと。」
雪見のいる寝室からは何も返事がない。
つぐみと秋人は内心オロオロした。
もしも雪見がこのまま寝室から出て来なかったら…。
世界が相手の仕事を、キャンセルすることにでもなったらどうしよう、と。
その時だった。
ガチャリとドアが開いた音がして、何事も無かったかのように雪見が皆の所へとやって来た。
「雪見さんっ!」
秋人がいきなり大声を出したので、今野が怪訝そうな顔をする。
だがつぐみも、取りあえずはホッと胸を撫で下ろした。
雪見は身支度を整え、バッグを持って準備が出来てる。
どうやら落ち着きを取り戻し、予定通り次の仕事に行けそうだ。
「お待たせしました。じゃあシュートくん、後は戸締まりお願いね。
つぐみちゃんも、せっかく来てくれたのにゴメンね。
また遊びに来て。健人くんに…よろしく。」
雪見はつぐみの瞳をジッと見つめ、伝えてきた。
『健人くんには絶対言わないでね。絶対!』と。
「よーし、じゃあ出発するぞ!
ってお前、何だか顔色悪いな。目も腫れぼったいし大丈夫か?」
「えっ?あ…そうですか?チーク入れるの忘れちゃったかな(笑)
まぁ、向こうでプロのメークさんが待ち構えてるから大丈夫ですよ。
さ、行きましょ。シュートくん、お疲れ様でした。また明後日お願いね。」
「お疲れ様でした。気をつけて行ってらっしゃい。」
秋人とつぐみは、雪見を心配げに見送った。
また己との戦いの場に出向く後ろ姿を。
誰にも助けを求めず悲鳴も上げず、自分の中で必死にもがき続ける姿が見えた気がした。
「あいつも若いのに心配性だなぁ。山登りに行くわけでもねーのに。」
笑いながら車を発進させた今野は、後部座席なんて見ちゃいなかった。
崩れるようにシートに横たわる雪見の姿など…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.547 )
- 日時: 2014/05/26 19:04
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「おーい!着いたぞっ。
でも少し早過ぎたな。こんなスイスイ来れると思わんかったから。
おい、どうした?起きろ。
…ったく、しょーがねぇーなぁ。どんだけ爆睡してんだよ(笑)
ま、ギリギリまで寝かしといてやるか。次の仕事も大変そうだし。
こんだけスケジュール詰まってたら、お疲れモードも仕方ないよな。」
今野はルームミラーでチラッと後ろを見ただけで、そんな脳天気なことを言ってる。
もはや身体を起こす気力も体力も、エンプティランプが点灯してる雪見に気付かずに…。
それから30分後。
「よーし、時間だぞっ!一眠りしてスッキリしただろ。今度こそ起きろ。
顔にヨダレ付いてないか、降りる前に鏡を見とけよ(笑)」
……………。
「おい…。雪…見?お、おいっ!どうしたっ!?」
何も返答無く静まり返った後部座席の異変に、今野はやっと気付いた。
慌てて運転席を飛び出し、雪見側のスライドドアを急いで開ける。
「どうしたんだっ!!どこか具合悪いのかっ!?」
揺り動かされた雪見は力を振り絞り、やっとの思いで鉛のような体をムクッと起こす。
その瞬間めまいがしたが、しばらく目を閉じてるとそれは治まった。
「すみません…。大丈夫です。さぁ…行きましょう。」
「行きましょう、ってお前なぁ!どう見ても大丈夫じゃねーだろっ!?
大体、顔が真っ青だぞ。まさか…二日酔いだとか?」
「違いますよ…。ほんのちょっと…寝不足で貧血気味なんだと思います。
大丈夫です…気にしないで下さい。さ、急ぎましょう。」
力無く微笑んで雪見は車を降り、ふぅぅ…と大きく肩で息してから歩き出す。
今野にだって本当のことは言えなかった。
帰国してからずっと夜も眠れないことを。
身も心も緊張し続けてクタクタで、だけど気を緩めるとプチンと糸が
切れてしまいそうなことを…。
雪見と今野が訪れたのは、都内の高級ホテル。
18時から大ホールで『スミスソニア』の新作内覧会が行われるのだ。
雪見は19時から催されるミニファッションショーのモデルを務めるのと、
その後に行われるトークショーのゲストとしても呼ばれてた。
シャンデリア煌めく会場には、着飾って招待状を手にした各界のセレブや芸能人、
マスコミ関係者らが続々と到着。
早速新作ドレスを品定めしたり、無料で振る舞われる高級シャンパン片手に談笑したりと
華やかな賑わいを見せている。
その様子を雪見はメイク室の鏡越しに、ぼんやりとモニターテレビで眺めてた。
「顔色悪いですけど…大丈夫ですか?」
『スミスソニア』社員であろうメイクさんが、ファンデーションを塗りながら
心配げに聞いてきた。
「…えっ?あ…大丈夫です。
ごめんなさい。最近お肌の手入れをサボってるから…。」
ピントのずれた返事に聞こえただろう。
でも吐き気がするほど緊張してるとは言いたくなかった。
空気はたくさんあるのにアップアップと溺れてるような息苦しさ。
冷たくなった指先。ドレスさえも重く感じる身体。
誰にも助けてはもらえないんだ。自分が頑張るしかないんだよ。
でも…。
健人くん…助けて……。
その頃、つぐみは一人ファミレスで、テーブル上のスマホを睨み付けてた。
雪見のことを兄に伝えるべきか否か。
秋人のことを兄に聞こうか否か…。
ウェイトレスは、自分が運んだパスタがいつまでも手を付けられないのが気になって、
通り掛かるたびチラチラと様子を伺ってる。
『ダメだ…。やっぱり言えないや。
ゆき姉のこともシュートさんのことも、どっちもムリだ。
だってお兄ちゃん、ゆき姉のことが大好きなんだもん。
離れてるってだけで心配だろうに、もっと心配になるようなこと言えないよ。
…あ。それに今、ニューヨークって何時?』
つぐみはハッと思いつき、スマホでニューヨーク時間を検索する。
『えっと…こっちが5月26日(月)の18時23分でしょ?
で、ニューヨークは今…サマータイム中なの?
じゃあ13時間日本が進んでるってことは…向こうは朝の5時23分だ!
あははっ!そんな時間にお兄ちゃん、起きちゃいないわ。
危ない危ないっ。ただでさえ寝起き悪いのに、叩き起こして怒鳴られるとこだった。
いいや。もうちょっと様子見しよーっと。
あ…パスタが冷めてるぅぅ!』
つぐみが、冷めて固まったカルボナーラをエイヤッ!とフォークに丸め、
パクッと口に頬張った時だった。
テーブル上のスマホが、兄からの電話を知らせるドラマの主題歌を、
とんでもない大声で歌い出してしまったのだ。
しまったーっ!マナーモードが解除されてたぁぁぁ!!
「お、お、お兄ちゃんっ!?」
健人は雪見が心配で嫌な夢を見て、夜明け前に目覚めたらしい。
いつもギリギリまで寝てて、体を揺り動かしても簡単には起きぬほど
朝に弱い兄を知ってるだけに、つぐみはビックリした。
「ちょ、ちょっと待って!あと五分したらまた電話して。」
つぐみは皆の注目を集め、穴があったら入りたいほど恥ずかしかったのだが、
食べ物を残すのは作ってくれた人に対して失礼!と母に躾られて育ったので
大急ぎでパスタを完食し「ご馳走様でしたぁ!」と会計を済ませファミレスを飛び出した。
そこへ再び兄からの電話。
地下鉄駅へと歩きながら、取りあえずは相手の出方を見ることにする。
「あ、おはよ。さっきはごめんねっ。ファミレスに居たから。
しっかし早起きだねぇー。そっちはまだ朝の5時半過ぎでしょ?
ビックリしちゃった(笑)」
「ゆき姉んとこ行って来たんだろ?どうだった?ゆき姉。」
しまったぁー!出方を見るも何も、いきなり本題かよぉ!?
まさかこんな事態になるなんて思わなかったから、お兄ちゃんに
『これからゆき姉んとこ行ってくるよ♪』なんてメールしちゃったんだぁぁ!
つぐみは頭がクラクラした。
授業中先生に突然当てられ、しどろもどろに答えを探す午前の自分が蘇った。
「えーっとぉ…。どう…って?」
「ゆき姉の様子を見てきてくれたんだろっ!?
元気だったの?変わりなかったか?体調は崩してなかった?」
こんな心配げな兄の声を、つぐみは今まで聞いたことがなかった。
本当に心配してるんだ…。
そう思った途端、ポロッと涙が一粒落ちた。
「お兄ちゃん…。ゆき姉、可哀想だよ…。
お兄ちゃんに心配かけないように…一生懸命ひとりで戦ってるよ…。」
「なんだよ、可哀想って…。ひとりで戦ってるって何だよ…。
ゆき姉になんかあったのかよっ!つぐみーっ!!」
「このたび我が社は、アジア圏に新たな旋風を巻き起こします。
その象徴として選ばれたのが人気カメラマンであり、アーティストとして
世界デビューも決まった今もっとも輝いてる女性、浅香雪見さんです!
どうぞ盛大なる拍手でお迎え下さい!」
新作ドレスに身を包み、にこやかに登場した彼女の美しさに場内はどよめき、
すぐさま大きな拍手と歓声が贈られる。
だがステージ横の今野はドキドキ。
着慣れないドレスにハイヒール、最も苦手なトークにその上体調不良、
と三拍子揃った雪見をハラハラ見てる。
そんな心配をよそにトークショーの席に着いた雪見は、精一杯の笑顔とおしゃべりで
場を盛り上げ華を添え、ドレスの売り上げにも大きく貢献して内覧会の成功に一役買った。
「はぁぁ…無事終わった…。ありがとうございました。」
ねぎらいの言葉をあちこちからかけられ、お礼を言って控え室に戻る途中のこと。
雪見は突然、足元から崩れるように廊下に倒れ込んだ。
「お、おいっ!雪見っ!しっかりしろーっ!!誰か早く救急車をっ!!」
控え室で雪見のケータイがピコピコと点滅してる。
着信が12回と、心配を隠した優しい声の留守電が、戻って来ない持ち主を待っている。
胸騒ぎが当たったことを、10900㎞ほど先の健人はまだ知らない。
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